一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

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第76話 メイレイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間こそまだじりじりとした暑さを感じるものの、夜に寝苦しく感じたり、朝起きると汗で不快な思いを感じたりという事は少なくなってきたそんな時期。

 

雀の鳴き声を聞きながら、陸は二人以外は無人のリビングで、テーブルに羽と向かい合って着いていた。

 

羽が新聞を読んでいる所を何となくぼうっと眺めながら、コーヒーの入ったカップを咥える。

 

すると、横開きの戸が開かれ、誰かがリビングに入ってくる足音が聞こえてきた。

 

 

「おーす…、おはよー皆…」

 

 

入ってきたのは、大きく口を開けて欠伸をする楽だった。

しかし、楽は皆と口にしたが先程の通り、リビングには今、陸と羽以外は誰もいない。

 

 

「あれ…、何だ、誰もいねーのか?」

 

 

「おいおい楽、忘れたのか?今日は家にいる奴らは組員旅行に出てるんだぞ」

 

 

「あー…、そういえばそんな事言ってたっけか…」

 

 

そう。何故、朝早くから男臭さ満載のリビングに三人しかいないかというと、答えは簡単。

全員、外出しているからである。組員旅行、何年かに一度、そういう行事を行っている集英組。

ちなみに、陸は何故行っていないのかというと、おっさんだらけの旅行なんか楽しくないという理由からである。

ちなみにちなみに、陸はその理由を組の男たちの前で口にしたことがあるのだが、かなりの人数の男たちの心にぐさりと刺さり、涙を流すものまで現れたという。

 

頭を掻きながら家の中にいる人数が少ない理由を思い出した楽は、ふと携帯を取り出す。

 

マナーモードにしていたのか、携帯は着信音は鳴らさず細かく振動していた。

 

陸は、通話ボタンを押して携帯を耳に当てる楽を見ながらふと口を開く。

 

 

「…この時期、ほとんどの奴らスマホにしてるんだよなぁ。俺もスマホに替えようかな」

 

 

「あれ?陸ちゃん、まだガラケーだったの?」

 

 

陸の呟きは、向かい合っていた羽に聞こえていたようで。

新聞を読んでいた羽が、ひょっこりこちらへ顔を覗かせながら問いかけてきた。

 

 

「何だかんだガラケーもスマホも変わらんだろって思ってたんだけどな…」

 

 

何か自分がガラケーを使ってる時に、他の人がスマホを使っていると、とてもスマホが最先端というか便利というか、ともかく羨ましく思えて仕方なくなる。

 

 

「…今度親父と相談すっかな」

 

 

「ふふ…。陸ちゃんの好きにしたら良いと思うよ」

 

 

にこりと羽が微笑みながら、陸の呟きに返事を返す。

 

そんな風に話している内に、いつの間にか通話を終えた楽がこちらに来ていた。

 

 

「楽。電話の相手、誰だったんだ?」

 

 

「集だよ。今日、一緒に釣具店に行かないかって」

 

 

「釣り具?何だよ楽、お前、釣りにはまってんのか?」

 

 

楽に電話を掛けてきたのは集だったらしい。

そして楽は、陸が知らない内に釣りを始めていたようだ。本当に全く知らなかった。

 

 

「で?行くのか?」

 

 

「いや。今日は静かだし、一日勉強に使おうって思う。集にもそう言っといた」

 

 

楽の言う通り、旅行で奴らがいない今、静かな家の中は勉強には絶好の環境といえる。

 

 

「さて、と!さっそく部屋に戻って勉強すっかな」

 

 

「真面目だねー楽は。遊びに行かねえのか」

 

 

「そうだ!勉強なら私が教えてあげよっか?陸ちゃんも一緒に教えてあげる!」

 

 

伸びをしながらリビングを出ようとする楽、そんな楽に声をかける陸。

そして、二人に勉強を教えると、名案を思いついたように表情を輝かせながら言う羽。

 

 

「お、それは助かるかも…。なら、お願いしまーす」

 

 

「はい、お願いされました。陸ちゃんは?」

 

 

おふざけが入っているのだろうが、楽と羽が学校での生徒教師の関係をここで演じ始める。

すると羽は、すぐに返事を返さなかった陸の方を向いて問いかけた。

 

 

「あぁ、俺は後でお願いするわ。今はちょっと…」

 

 

羽の提案を丁重に断ってから、陸はリビングを出ていく。

そんな陸を、きょとんとした目で眺めていた羽がふと口を開く。

 

 

「陸ちゃん、最近、道場に良く行くわよね」

 

 

「最近っていうか、毎日だな。朝だったり夜だったり、時間帯はバラバラだけど…」

 

 

陸は、最近になって、特に羽がここで生活するようになってから良く道場に行くようになった。

さらに、数日前辺りからは毎日陸は道場に通っている。

 

 

「ここ二、三年はそういう事はしてなかったんだけどな…」

 

 

再び、戦いの訓練を始めた陸。

 

楽も当然、子供の頃は陸と一緒に訓練を受けていた時期があった。

だが、あまりの激しさに楽はすぐ音を上げてしまい、逆に陸は訓練を続け、親父…一征の教える技術をどんどん吸収していった。

 

陸を鍛えている時の一征の表情は、楽が今まで見てきたどの表情よりも、ある意味輝いていたのを覚えている。

 

 

「…とにかく、勉強だ勉強」

 

 

陸の事は気になるが、そういう危なっかしい事に自分が首を突っ込んだら逆に陸の迷惑になるのは楽自身よくわかっている。

 

だから今も、訓練を再開した陸に関わることはせず、自分がやりたいことを始める。

 

羽と一緒に、自室へ行こうとする楽。

しかしその時、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

「?」

 

 

「何だ?届け物かな…」

 

 

チャイムを聞いた楽と羽は、玄関へと向かってやって来た客が誰なのかを確かめる。

 

 

「…!?」

 

 

扉を開けて、そこにいた人達を見て…、楽は目を見開いて驚愕した。

 

 

 

 

 

リビングを出て、道場に向かっていた陸。

だがリビングから道場はそれなりに遠い場所にあって。同じ敷地内にあるというのに、入り組んでいても廊下を歩くのが一番最短ルートなのだが、それでも辿り着くまでに五分ほどかかってしまう。

 

 

「…来客か?」

 

 

そこで、陸は家のチャイムの音を耳にする。

しかし、こんな朝から誰がこんな家にやってくるのだろう。

 

家の者が組員旅行でいないという事は、交流のある組織には伝えてある。

 

…いや、だからこそ来たのか?そこを狙って─────

 

 

(…ないな。もしそうだとしたら、夜さんが一掃してるはず)

 

 

今この家にいるのは、陸と楽だけではない。

叉焼会の首領である羽、そしてその側近である夜もいるのだ。

 

もし、そういう目的の輩が家に近づいていたとしたら、ここに辿り着く前に夜が対応しているはずだ。

 

 

 

(ま、何かの届け物だろ。俺が行かなくても楽が対応してくれる)

 

 

楽が何とかしてくれるだろうと考えた陸は、目的の道場へと方向を変えずに歩く。

歩いていたのだが、懐に入れておいた携帯から着信音を鳴り始めた。

 

 

「…何だよ楽。てか、家の中にいるんだから直接来いよ」

 

 

携帯を開くと、楽からの着信だと画面が示していた。

通話ボタンを押し、耳にあててうんざりとした気持ちを隠さず言う陸。

 

 

『いや、お前の言う通りなんだけどよ…。ちょっと急ぎっていうか…、ともかく、すぐリビングに来てくれねえか?』

 

 

「…どうしたんだよ。さっきのチャイム、誰か来たのか?」

 

 

タイミングがタイミングだ。間違いなく、楽の用事とは先程のチャイムを鳴らした人物の事で確定だろう。

 

その、来客が誰なのか楽に問いかける陸。

すると楽は、陸が予想していなかった答えを返した。

 

 

『あの、よ…。千棘たちが…、今、家に来てるんだ…』

 

 

「…は?」

 

 

 

 

一言二言交わしてから、陸は通話を切ってリビングに向かう。

 

しかし、こんな朝…というには少し時間が遅いが、それでもどんな用があってここにきているのだろう。

別にこの家で何かをする約束なんかはしてはいない。

 

 

「あっ!わ、私も手伝いたいなぁー!!」

 

 

「私にも任せろ!」

 

 

「私一人で十分ですわ!」

 

 

「?」

 

 

もう少しでリビングに着くという所で、その方向から聞こえてくる複数の声。

陸は疑問符を浮かべながら、角を曲がってその声の主たちを見る。

 

 

「いや、そんなに手伝い要らねーんだが…」

 

 

「ううん、大丈夫大丈夫。楽ちゃん、私一人で大丈夫だよ」

 

 

楽たちはリビングには居らず、キッチンの前で何やら話していた。

 

ほんの少ししか内容を聞いていないが、話している場所がキッチンという事を考えたら、恐らく昼食のことについて話しているのだという事が予想できる。

 

そして、昼食を作る役目を買って出たと思われる羽が一人でキッチンの中へ入っていく。

 

そんな羽の後姿を楽たちが眺める中、陸は並んだ三人、楽、集、そして小咲の背後で立ち止まる。

 

 

「手伝わなくていいのか?」

 

 

「うぉっ!?」

 

 

「お、陸じゃん」

 

 

「陸君!?」

 

 

陸の接近に気づいていなかった三人。それぞれの度合いは違うものの。三人とも目を見開いて陸を見て驚いていた。

 

 

「ね、姉ちゃんが一人でやるって言ってんだ。大丈夫だろ」

 

 

「…俺もお前も、羽姉の料理は食った事ねえよな」

 

 

「俺もないなー。…なあ二人共、羽姉はどっちの分類だと思う?」

 

 

キッチンから、羽の鼻歌が聞こえてくる。

そして、小咲が呆然と眺める中、陸、楽、集の三人は小声で話し合っていた。

 

集が言った、どっちの分類。

そのどっちとは勿論、料理ができる方か、それともできない方か、という二つである。

 

現在、ここにいる女子達では、小咲と千棘ができない組、万里花と鶫ができる組に分けられている。

 

 

(…どっちだ)

 

 

(姉ちゃんは、どっちなんだ!?)

 

 

ごくりと喉を鳴らして待つ中、キッチンから羽が姿を現す。

 

 

「できたよ~!」

 

 

羽に続いて陸たちがキッチンの中に入る。

すると、キッチンのテーブルに置いてあったのは…

 

 

「焼き餃子を作ってみましたー!」

 

 

「おぉ~!うまそ~!」

 

 

まさに中華料理の王道。焼き餃子が置かれていた。

香ばしい匂いが陸たちの鼻をくすぐり、食欲を湧かせる。

 

 

(((((おいしい…。紛れもなくおいしい…!)))))

 

 

餃子を口に入れれば、広がるのは見事な味。

 

どうやら羽は料理ができる方の分類のようだ。

その事実が、小咲たちの心に刺さる。

 

 

(この人、完全無欠なのかしら…)

 

 

「それと、こっちが水餃子でこっちが揚餃子。こっちは梅餃子、こっちはチーズ餃子。これはカレー餃子に生餃子、エビ餃子…」

 

 

皆が感心したりショックを受ける中、羽が次から次へと様々な種類の餃子を出していく。

 

…そう、餃子ばかりが出てくるのだ。

 

 

「あのさ羽姉。…まさか」

 

 

「うん。私、餃子以外は作れなくって…」

 

 

((((あ、欠点ぽいとこあるんだ))))

 

 

軽く頭を掻きながら、照れたように言う羽。

そして、それを見て安心する女子達一同。

 

様々な感情が渦巻きながら、昼食を済ませた陸たちは大広間へと移動する。

本当は楽の部屋へ行こうとしたのだが、楽が頑なに拒否して譲らなかったため、仕方なく場所を大広間へと移動したのだ。

 

さて、大広間へと移動した陸たちは何をするのか。

 

 

(何でこんな事になった…?休日に押しかけて来た女子達と王様ゲームって…、傍から見たら変態の所業の気が…)

 

 

そう、陸たちは王様ゲームを始めることになっていた。

昼食を…餃子を食べ終えた陸たちは、集の案と万里花の賛同で王様ゲームを始めることになったのだ。

 

 

「あんた、変な命令したら許さないから」

 

 

「分かってますよー!ちゃんと健全な範囲にしまーす!あ、でも無難すぎるのもダメだからねー。つまらなくなるから」

 

 

集が暴走する前に、集を諌めるるり。

 

あまり信用できないが、取りあえず返事を返した集は早速作ったクジを皆に引かせてゲームを始める。

 

 

「じゃあ、最初の王様は…おっ、桐崎さんだー!」

 

 

初めに王様になったのは、千棘だ。

 

 

「…じゃあ、二番が六番の頭を撫でる!とかどう?最初だし」

 

 

少し考えた後、王様が命令を告げる。

 

王の命令を聞いた陸たちが、それぞれの番号を確認する。

 

 

「…あ、俺二番だ」

 

 

「私六番ー!」

 

 

(あ)

 

 

引いたくじの番号を確認すると、二番は楽、そして六番は羽だった。

 

そして、その面子を見た千棘は呆然と目を丸くした。

 

 

(私、何ていうアシストをー!)

 

 

(何やっているのですか桐崎さんー!)

 

 

頭を抱える千棘と万里花が見る中、楽は羽の頭を撫でて命令をこなす。

 

学校で、楽と羽は本当に生徒と教師なのかと疑いたくなるほどスキンシップが激しい。

嫌らしい意味ではないのだが…、本当に自分たち以上に互いの事を知っていると見せつけられているようで、千棘たちにとっては複雑である。

 

 

「…」

 

 

そして、それは小咲にとっても同じだった。

陸はクラスが違うものの、羽とすれ違うごとに一言二言交わす。それか楽しそうに少しの間会話したり。

 

 

「あっ」

 

 

すると、再びクジを引いた小咲は、自分が王様になったことに気付く。

 

ともかく、陸と羽、そして楽と羽が一緒になるような命令をしない。

そのためには、王様の自分に何かするように命令すれば何とかその事態を防ぐことができる。

 

 

「えーと、じゃあ…。五番の人が王様に…」

 

 

ぴくりと皆の体が震える。

小咲なのだから、あまり無茶な命令はしないのだろうが…それでもどんな命令を出すのか気になってしまう。

 

 

(無難過ぎない命令…。膝枕とか…?あっ、でも!もしも相手が陸君だったら…、それに男子は一条君や舞子君だっているんだし…!)

 

 

どんな命令を出すか迷う小咲。

 

膝枕と言うか、それとも他の安全なものにするか。

膝枕にすれば、もしその命令を陸がすることになったら…、だが陸以外の男子になってしまったら…。

 

 

「あ、頭を撫でるで…」

 

 

皆が崩れ落ちた。ていうか、さっきと同じ命令なのはありなのか…。

 

 

「えっと、五番は俺だな」

 

 

「え!?」

 

 

五番を引いたのは陸だった。そして、立ち上がった陸を見て目を大きく開く小咲。

 

小咲へと歩み寄った陸は、その掌で小咲の頭を撫でる。

時間は決められていないため、先程の楽と羽の時と同じ程度の間隔で終わらせる。

 

そして命令をこなした陸は、元の場所へと戻っていく。

 

 

(…膝枕にしておけば)

 

 

後悔しても、すでに遅し。

撫でられて嬉しいという気持ちはあるが、それ以上に悔いが残った小咲であった。

 

それからもゲームは続き、次に王様になったのは万里花だった。

 

何を思ったのかは知らないが、どや顔しながら一番が王様にキスをしろと命令した時は皆が驚愕した。

したのだが…、その肝心の一番が鶫だと判明した時の万里花の表情を見て憐れみすら覚えてしまった。

 

結局、その命令は嫌がる鶫が泣き出してしまってお流れになり、そして次のくじ引きが始まった。

 

その結果、次の王様になったのは…羽。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回に続く──────

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