一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

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第60話 サクセン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「記憶喪失だぁ?」

 

 

珍しく、一征は目を丸くして本気で驚いた様子を露わにした。

 

 

「おいおい…。それ、マジかよ?」

 

 

「マジも大マジ。ていうか、改めて考えたら生きてるってだけでも感謝したいくらいだ」

 

 

帰宅した陸は、楽の身に起こったことを一征に説明していた。

 

千棘を助けようとして、空から降ってきた硬球が顔面に激突したこと。

その結果、記憶を失くしてしまったこと。医師が言うには、命に別状はないという事も。

 

 

「確かに、な。ったく、お前がついていながら何やってんだよ」

 

 

「仕方ねえだろ。俺だって別に万能ってわけじゃねえんだ」

 

 

あの時、もし空から硬球が来ていたことに気が付いていたら…、助けることは出来たかもしれない。

一征に言い返した陸の言葉も、楽が生きていたからこそ言えた言葉だ。

もし、あの事故で楽が死んでいたら…、後悔の念に苛まれていた。

 

正直、一征の言うことも最もである。

 

 

「で、楽はアーデルトんとこにいると…。何で家に連れ帰って来なかったんだ?」

 

 

「今の楽はかなり繊細でな…。家の奴らを見たらどうなるかわからなかったのと…」

 

 

一征が楽を連れて帰ってこなかった理由を陸に問いかける。

陸は、記憶を失ってしまった今の楽の性格について説明。

 

 

「と、何だよ?」

 

 

「…その方が良い気がした。勘だ」

 

 

二つ目の理由を言い淀んだ陸を疑問に思った一征が再び問いかけ、陸は簡潔に答える。

あの時、何故か自分でもわからないがそう思ったのだ。

 

楽のためにも、千棘の所に任せておいた方が良いと。

 

 

「…ほぅ」

 

 

陸の答えを聞いた一征の口元が笑みを描く。

 

 

「ま、お前の勘はよく当たるからな。お前がそう思ったんならその方が良いんだろ」

 

 

一征は笑みを零しながら、腰を下ろしていた座椅子の肘掛けに肘を立てて頬杖をつく。

 

それを見ながら、陸はそっと口を開いた。

 

 

「親父、聞いてもいいか?」

 

 

「んぁ?」

 

 

笑みを零す際、閉じていた両目のうち片目だけを開いて陸を見ながら一征は短く返事を返す。

 

 

「もし、楽と千棘が…。本気になったら、親父はどうする気だ?」

 

 

「楽と、お嬢ちゃんが?本気って…」

 

 

拳から頬を浮かせ、もう片方の目も開いて陸を見る。

 

 

「俺が見ている限り、千棘は完全に本気になってる。…楽も、自覚こそないけど時間の問題だぞ」

 

 

一征があんぐりと口を開けたまま、呆然と陸を見る。

 

 

「…くっ、がははははは!マジか!おい陸、それは本当なんだな!?」

 

 

「あぁ」

 

 

楽と千棘のやり取りを見ていれば、一征ならばすぐに気づきそうなものだが如何せん一征は初めに楽と千棘に恋人をやってくれと頼んでから、陸が知る限りあの二人が一緒にいる所を見ていないはず。

 

一征は初めて知った息子の事実に、堪らず豪快に笑いだす。

 

 

「はぁ…、いやぁ、ついに楽にも春が来たってか?かはっ、面白れぇ」

 

 

「…」

 

 

「っとぉ、で?俺がどうする気かって?」

 

 

陸の変わらない真剣な視線を受けて、一征は笑いを止めて口を開く。

 

 

「んなもん、知らねえよ。そういうのは本人たちが決めるもんだろ?」

 

 

「…そうだけどよ」

 

 

「あぁ、言っとくが、向こうがどう思うかってのも俺ぁ知ったこっちゃねえからな。怒ろうが悲しもうが」

 

 

その時、一征は垣間見せた。

 

裏世界の住人としての、集英組の長としての顔を。

 

 

「ま、向こうが楽に手を出そうってんなら、徹底的に叩き潰すがな」

 

 

「っ…」

 

 

自分でも、相当強くなっていると自負している陸。

だが、今見せている一征の顔を前にすると、そんな自信は一瞬にしてどこかに吹っ飛んでしまう。

 

父ならば、やってのけるだろう。

ビーハイブが楽に手を出した場合、完全に彼の組織を潰しにかかるだろう。

そしてそれは、確実に達成される。

 

そうして、父はのし上がってきたのだ。

牙を向けてくる者を滅ぼし、手を返す者も滅ぼし、そうやって集英組は規模こそ小さいものの、手を出す者がいなくなるほどの地位を確立した。

 

 

「だが、アーデルトがいる限りそれはねぇって確信してるさ。あいつ、楽のこと結構気に入ってるみてぇだからよ」

 

 

全てを凍てつかせるのではないかと思わせるほどの冷たい空気を霧散させ、一征は朗らかな笑みを浮かべながら言う。

陸も、強張らせていた体の力を抜いて、ほぅっと息を吐いた。

 

 

「かははっ、おめぇもまだまだだな。この程度で委縮しちまうか?」

 

 

「うるせぇ、親父が異常なんだよ」

 

 

「何言ってんだ、俺がおめぇくらいの時でおめぇと同じ立場だったら、小便漏らしてたぞ?おめぇの方が異常だっての」

 

 

一征が再びがははは、と豪快に笑いだす。

 

 

「まぁ、楽の記憶の方はおめぇに任せるぞ陸。…いや、千棘嬢ちゃんに任せるって言った方が正しいか?」

 

 

「そうだな。後者の方が正しいかもな」

 

 

ニヤリと笑みを向け合いながら陸と一征は言い合う。

そして、少しの間笑みを向け合い続けると陸が立ち上がり、襖がある方へと足を向ける。

 

 

「じゃぁ、楽のことは伝えたからな。明日も親父は仕事だし、何も出来ねえとは思うけど」

 

 

「…仕事、すっぽかしてやろうか」

 

 

「止めろ」

 

 

ぽつりと呟きを漏らした一征に、すぐさま喝を入れる陸。

 

いつもなら、笑い飛ばしてから冗談を交えつつという感じなのだが、この時の一征が割と本気の顔をしていたため、陸も本気で止めにかかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「あの…、僕は何をしているのでしょうか?」

 

 

今、陸の目の前では万里花と鶫に一方ずつの腕を拘束され、動けなくなっている楽の姿。

 

 

「えーと、この辺でいいのかな…。千棘ちゃん、いいよ!」

 

 

そして、電話をしている小咲。

 

 

「うぉおおおおおおおおお!」

 

 

「え?」

 

 

そして、高い塀を飛び越えて楽の方へと落下していく千棘。

いや、最後おかしくね?

 

そう、これは楽と千棘の出会いを再現しているのだ。

その理由は至って簡単、楽の記憶を取り戻すためである。

 

楽の記憶を取り戻すために、何かきっかけを楽に掴ませようという方針に至った陸たち。

では、そのきっかけをどうやって掴ませればいいのか。

 

その結果、親しい人達…、つまり、千棘たちの出会いを再現すればいいのではないかという結論に達したのだ。

 

 

「とりゃ!」

 

 

「ぎゃぁあああああああああああああ!!」

 

 

陸がこうなった経緯を思い返している間に、千棘は楽に膝蹴りをかまし、楽は悲鳴を上げながら倒れてしまう。

 

少し楽の体が心配だが…、記憶がなくとも受け身のとり方は体が覚えているだろうと根拠のない確信を持つ陸。

 

 

「どぉ!?何か思い出せた!?」

 

 

「いたた…。あ、あの。これは一体…」

 

 

「いや…、あんたが何か思い出せるように私たちの出会いを再現したんだけど…」

 

 

「ぼ、僕たちそんな鮮烈な出会い方をしたんですか!?」

 

 

楽が驚く。いや、その反応も当然の事なのだが。

あの時陸はその光景を目撃したから良かったが、もしそうでなければ楽の話を何を馬鹿なと笑い飛ばしていただろう。

 

 

「わ、悪かったわね…。あんたに言っちゃ意味ないと思って…」

 

 

「いえ、そんな…。僕のためにしてくれたことなんでしょう?それより、桐崎さんに怪我がなくて良かったです」

 

 

流石に悪かったと感じたのだろう、千棘が楽に謝罪する。

すると、楽は千棘に微笑みかけながら優しい言葉を投げかけた。

 

直後…、千棘は頬を紅潮させながら校舎の壁を殴り始め、万里花も頬を紅潮させながら蹲り、鶫も特になんもないように見えるが僅かに頬が紅潮しているのが良くわかる。

 

 

「…なぁ集」

 

 

「…何?」

 

 

「…このまま楽の記憶が戻らないのも面白そうって思った俺は、滅茶苦茶最低ヤローだよな」

 

 

「…俺もそう思ったから、仲間だな」

 

 

小さく囁き合いながら、二人は同時にため息を吐いた。

 

 

「「?」」

 

 

その様子を、小咲とるりの二人が疑問符を浮かべながら眺めていたことも気づかずに。

 

 

「でも、今のだとなにも思い出せなかったみたいですわね…」

 

 

「じゃあ他の人もやってみようよ。…小咲ちゃんどう?」

 

 

「え!?」

 

 

「!?」

 

 

小咲は、目を見開いてたじろぎ、そして陸は表情こそ動かさなかったが僅かに身構える。

 

 

「小咲ちゃんと楽は同じ中学で会ったのよね。どんな感じで出会ったの?」

 

 

「え、えーと…。私は…」

 

 

「…小咲ちゃん?」

 

 

楽と小咲の出会いを千棘は聞いたのだが、小咲は頬を赤くしてもじもじする。

千棘だけではなく、他の者たちにも疑問符が浮かび始める。

 

ただそれは、陸とるり以外だが。

 

そして、小咲の状態を見かねたるりが口を開いた。

 

 

「この子と一条兄君の出会いはね…。小咲が食堂で一条“弟”君にアツアツの中華丼をぶちまけたことが切欠だったのよ」

 

 

「「「「「………」」」」」

 

 

「るりちゃん、しーっ」

 

 

るりが言い放った直後、小咲がるりを止めに入るのだが当然ながら時すでに遅し。

るりの話を聞いた千棘たちはとても痛そうな目で陸を見つめていた。

 

 

「じゃあ、やる?」

 

 

そんな中、るりがどこからか取り出したアッツアツの中華丼が入ったどんぶりを取り出す。

 

 

「やりません!」

 

 

「ていうかそのどんぶりどこから取り出した!?」

 

 

早速、るりがその時の再現をしようとするが、即座に小咲と陸が止めに入る。

しかしそれよりも、るりは一体どこからどんぶりを取り出したのか。

 

後に、それこそ何年も後。このるりの芸当について皆で討論する時が来るなどこの時はまだ知る由もない。

 

 

「次は…誰やる?」

 

 

「では私がやりましょう。私との出会いというならば少なからず強烈だったので、何か思い出すかもしれません」

 

 

「え」

 

 

るりが渋々どんぶりをしまうと、千棘が次に誰との出会いを再現するか悩む。

 

だから、るりはどこからどんぶりをというツッコミは受け付けないので悪しからず。

 

ともかく、次は鶫との出会いを再現する。

鶫は自分が買って出ると言いながらチャキ、と懐から銃を取り出すと一気に楽の懐に飛び込み、顎に銃口を突きつけた。

 

 

「さぁ吐け!なぜお嬢に近づいた…!?」

 

 

(そういえば、こいつらはこんな出会い方だったな…)

 

 

楽の表情が凄い事になっている。

そんな楽を見ながら、陸は楽と鶫の出会いを思い返していた。

 

あの時は、鶫が本気で楽を撃とうとしていたから大変だった。

…いや、別に本気で大変だったとは思っていないが。

 

 

「あの、鶫さん…」

 

 

すると、楽が銃をそっと掴んで優しく下ろす。

鶫も本気で撃とうとしているわけではないので、特に抵抗せずに楽のされるがままになっている。

 

そして、楽はさらに続けた。

 

 

「協力してくださるのは嬉しいのですが、女性がこんなものを持つのは良くないと思います」

 

 

「へ…」

 

 

「鶫さんにはもっと、可愛いものがお似合いですよ」

 

 

何か、微笑みながら物凄いことを言い始めた。

直後、鶫は爆発したように顔を一気に真っ赤にさせてじり、じり、と後ずさる。

 

 

「ち…ち…、違うんだぁああああああああああああ!!!」

 

 

「あ、鶫!?」

 

 

(違うって、何が違うんだろ…)

 

 

鶫がどこかへ駆け出して行ってしまった。

慌てて千棘が呼び止めようとするが、鶫は一瞬にしてその背中を遠くし、そう時間がかからない内に背中が見えなくなってしまった。

 

 

「…では、次は私が」

 

 

突然の鶫の行動に呆然としていた陸たちだったが、楽の傍らにいた万里花がすっ、と楽に視線を向けて、次は自分がと買って出た。

 

しかし万里花と楽の出会いはどんなものだったのだろう。

陸は万里花と病院で出会ったはずなので、楽もそこは同じはずだ。

 

さて、万里花はどうやって出会いを再現するのか…。

 

 

「楽様!」

 

 

「は、はい!」

 

 

万里花は楽の名前を呼びながら、そっと正面から近付いて…

 

 

「無理に思い出さなくていいんですよ?私とまた思い出を作りましょう…」

 

 

「え」

 

 

「コラコラコラ!!!」

 

 

うん。これでは楽の記憶は戻らないらしい。

陸たちは、誰かの家にて集まって作戦会議をすることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

和菓子屋おのでらの二階。つまり、小野寺家の住居の一室。

小咲の部屋に陸たちは集まっていた。

 

部屋の中心にはいちまいの紙が置かれており、そこには<第一回楽の記憶を取り戻そうの会作戦会議!!>と書かれている。

第一回ということは、第二回があるのだろうか…。

 

部屋の中には六人。

集と楽は一階にいて、冷静になって戻ってきた鶫を入れた陸たちが小咲の部屋で話し合っていた。

 

まあ、話し合いなどなく、紙を囲んだ千棘、万里花、鶫の三人がただならぬ空気を出して黙っているせいで陸、小咲、るりの三人が口を挟めずにいるのだが。

 

 

「何か、記憶がないのもありなんじゃ…」

 

 

直後、紙を囲んだ三人が同時にびくりと体を震わせた。

先程の声は、その紙を囲んだ三人の内の誰かが言ったはずなのだが…。

 

 

「ちょっと、誰よ今言ったの!」

 

 

「わっ、私じゃないですわよ!?」

 

 

「そ、そうだ!記憶がなくていいわけがない!」

 

 

うん、この三人に任せてたらダメだな。

 

 

「でもよ、他に何を試す?ぶっちゃけさっきやった以上の事ってない気がするんだが」

 

 

「正直、手詰まりに近いわよね…」

 

 

まだ、たった一つの手段を試しただけなのだが、それでも先程の手段はかなり核心に近づける手段だったためにあれが上手くいかないとなるとかなり作戦を絞らなければならない。

 

 

「やっほー」

 

 

「おう、集。楽はどうした?」

 

 

「小野寺のお母さんが見てくれてる」

 

 

すると、小咲の部屋に集が入ってきた。

 

 

(楽にとっての強い記憶、か…。皆との出会いじゃダメなんだから…)

 

 

もっと、楽にとって印象が強い事。何かないだろうか?

 

 

「う~、何も思いつきませんわー!何かヒントになるような物はないのですかー!?」

 

 

「キャーーーーー!!やめて万里花ちゃん!!」

 

 

この何も進展しない状況に耐えられなくなった万里花が、泣きながら小咲の部屋を漁り始める。

小咲が悲鳴を上げながら万里花を止めようと駆け寄る。

 

 

「…これは…」

 

 

すると、万里花の動きが止まる。

 

 

「ん?」

 

 

「どうかしたの?万里花」

 

 

急に動きが止まった万里花を疑問に思い、千棘と鶫が視線を向ける。

続いて、陸やるりたちも視線を向けて、ここにいる皆が万里花が握っているそれに気が付いた。

 

 

「…何?その絵本…」

 

 

万里花が持っていたのは、絵本。

こちらから見えるのは、その絵本の裏表紙。

 

そこに描かれているのは、千棘と同じ、赤いリボンを頭につけた少女の絵だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前半のシリアス(?)とは一体何なのか…。
まぁ、少しずつタグの集英組最強を回収していかなくちゃね…。

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