久しぶりに、高校だけでなく小中の友人と会えて楽しかったです。
更新も再開します。
常人では目にも留まらぬ速さで視線を逸らした陸と小咲。
そして小咲はバタバタと、慌てて試着室へ。元着ていた服に着替えて戻ってきた。
「あ、あれ?小咲、そのワンピース買わないのか?」
「え?だ、だって…、似合わないし…」
戻ってきた小咲の手には、先程まで着ていたワンピースがなかった。
買わないつもりなのだろうか、陸が問いかけると、小咲は似合わないと返してきた。
いや、何でそうなる。あんなに恥ずかしさに耐えて似合ってると言ったのに。
え、まだ他に言ったことがあるだろう?さて、ナンノコトデショーカネー。
「似合ってるって言ったじゃないか…。買わないのが勿体ないレベルだったぞ…」
「え…。そ、そうかな…?」
小咲に言葉をかける陸の頬が、再び染まる。
それと同時に、脳裏に浮かぶあのワンピース姿の小咲。
…うん。やっぱりまた見たい。
「一条先輩と同意見っていうのは癪だけど…、でも、本当に似合ってたよお姉ちゃん」
「春まで…」
一瞬、陸を睨んでから春は小咲に微笑みかけて言う。
春も、陸と同じようにワンピース姿の小咲に魅入られていたのだ。
先程春が言った通り、陸と同じ思いを感じたことに少し苛立ちを感じたようだが。
…いや、少しじゃないのかもしれないが。
「…じゃあ、買おうかな」
ぼそりと呟いた小咲。その呟きを耳にした陸と春は、互いを見合わせながら微笑む。
だがすぐに、はっと我に返った春が膨れっ面に戻って陸から視線を外してそっぽを向く。
「もう、春ったら…。…陸君、ちょっとお会計してくるね」
「あぁ」
陸への態度が変わらない春を見て、ため息を吐いてから小咲は陸に一言声をかけて先程のワンピースと麦わら帽子を取りに行く。
そして、二人残された陸と春だったのだが…、春はずっと陸と目を合わせようとしない。
そんな春を見つめる陸だが、ため息を吐いてすぐに視線をワンピースと麦わら帽子を持ってレジに向かう小咲に移す。
「…?」
少しの間、小咲を眺めていた陸だったがすぐ隣から聞こえてくる僅かに荒い息遣いを耳にして目を向ける。
「春ちゃん、どうかしたか?」
「…何がですか?別にどうもしませんが」
続いて、陸は春に声をかけるが、振り返った春の答えは素っ気ないものだった。
「…なら、いいけど」
陸はレジで会計しようとする人たちの列に並ぶ、小咲へと視線を戻す。
小咲が並ぶ列は、その前にも後ろにもたくさんの人が立っており、会計が終わるまで少し時間がかかるだろう。
陸はもう一度、ちらりと春を見遣る。
先程とは違い、陸と同じように列に並ぶ小咲を見ていた、春の横顔が見える。
「…」
振り返った春の顔を見た時も感じたが、やはり間違いない。陸は確信を持った。
「春ちゃん、悪い」
「え?」
陸は一言そう口にして、春に歩み寄る。
春はきょとんとしながら、歩み寄ってくる陸を見上げて…
「ひゃぁっ!?」
悲鳴を上げた。
その彼女の首には、陸の手が触れられていた。
「な、何するんですかぁ!?」
「…」
陸の手を振り払って、春は怒声を上げる。
だが、陸は春の首に触れていた掌をじっと眺めていた。
「…春ちゃん、体調悪いだろ?」
「っ…」
春が息を呑んだのがわかる。やはり図星か。
「いつからだ?…最初からか?」
「…」
再び問いかけるが、春は黙ったまま。
(何でもっと早く気付かなかったんだ…。待ち合わせ場所で会った時から、春ちゃんはずっと不調を感じていたんだ)
何という精神力なのだろう。ここまで、自分が気づかないほどに隠し続けていられたとは。
「春ちゃん、小咲が戻ってきたらすぐに帰ろう」
「そ、そんな!どうしてあなたなんかにそんな事を!」
「小咲なら絶対に同じことを言う」
陸に喰ってかかっていた春の勢いが弱まる。
陸の言う通り、もし陸が言わなくても小咲が同じことを春に言っていただろう。
それは、陸よりも春の方がわかっているはずだ。
「春ちゃんが無理をすることなんて、絶対望まないだろ。小咲は」
視線を春から、レジで会計している小咲に向けて陸は言う。
今、春が体調を崩していることを小咲が知ったら、間違いなく春を連れて家に帰ろうとするだろう。
そして無理やりにでもベッドに寝かせて、ゆっくり休ませようとするはずだ。
「…一条先輩。お願いがあります」
「ん?」
春が不調を感じているのは確実。
恐らく、風邪だろうし小咲が戻ってきたら事情を話して、すぐに帰ろうと陸が考えていたその時、春が体を陸の方に向けて話しかけてきた。
知っての通り、春は陸に対して敵意丸出しである。
話しかけることはあるものの、大体は目だけを向けて体を向けようとはしない。
本人が意図していることではないのだろうが、敵意を持っているからこそのこの行動なのだろう。
だが珍しい事に、今、春は陸に体を向けて話しかけている。
「どうした?」
お願い、とは何なのだろうか。
少なくとも、集の様に突然掌を返すかのごとくおふざけをし始めるという事は考えられないだろうが。
「このまま…、お姉ちゃんと一緒に買い物をしていてくれませんか…」
「…何言ってるんだ。じゃあ、春ちゃんはどうする気だ」
「私は一人で大丈夫です。一人で帰って、ゆっくり休んでいます」
「そんなことできるわけないだろ。体調を崩してるってわかってるのに、そんなこと…」
「お姉ちゃんは!」
一人で帰るという春の言葉を陸は断ろうとするが、春の声に一まず口を閉じる。
「お姉ちゃんは…、あなたと買い物するのを…お出かけするのを凄く楽しんでるんです。…だから」
「だからだよ」
もし、春の言う通りに。小咲が自分とこうして行動することを楽しんでいたとしたら、それはとても嬉しい事だし、自分としてもそうしたいという気持ちもある。
だが、だからこそなのだ。
「春ちゃん一人だけ仲間外れにして、楽しめる訳ないだろ。俺も、小咲も」
「っ!」
春の目が大きく見開かれる。
陸が言ったセリフに、驚いているのだろうか。
「何だよ。俺、そんなに人でなしに見えたのか?」
「い…いえ…。そんなことは…」
思われていたようだ。
わかっていたことだが…、やはり少し凹む。
「陸君、春!お待たせ!春、ここで何か買ってく?それとも、もう次の店に行く?」
そうして話している間に、会計を終えた小咲が戻ってきた。
こちらに駆け寄ってくる小咲に、陸も歩み寄っていく。
「小咲。次の店に思い馳せてるとこ悪いんだけどさ、春ちゃんが…」
「春?春がどうかしたの?」
「ちょ、ちょっと…」
戻ってきた小咲に、陸は春の容態を説明する。春が止めようとするが、陸は構わずに小咲に説明する。
「…春。ずっと調子が悪かったの?」
「う…、で、でも。家を出た時は大したことなかったんだよ?ここに来た時もそうでもなかったし、今だってちょっと頭が痛いくらいだし…」
「それでも、無理してこんな所に来る必要なんてなかったでしょ!?」
「ちなみに、俺は待ち合わせ場所で会った時からどこかおかしいなって思ってた」
「ひぇっ!?な、何で分かったんですか!?」
「…はぁ~るぅ~?」
「ひぃいいいいいっ!?」
よ、余計なことを言ったのかもしれない。
小咲としては、このモール内に入った時から春が体の調子がおかしいことを自覚したと思っていたようだ。
だが、陸は合流した時からどこか春がおかしいという事を感じ取っていた。
それをつい、口を滑らせてしまったのだが…、小咲のドスの利いた声が二人の耳を震わせる。
「お、お姉ちゃん…」
「…春。家に帰ったら、少しお話しようね?」
「は、はぃぃいいいいいいいい!!」
「…」
小咲と春のやり取りを見ていて、陸は今までの十六年間の人生の中で新たに教訓を得た。
世の中には、本当に怒らせてはいけない人がいる。
春への説教もほどほどに、陸が小咲を止めてから三人はモールから出て駅へと向かっていた。
駅まで歩いて十分。少し距離が遠いが、そこまで行くための便利な交通手段などなく、歩いていくしかない。
(…うわ、ちょっとやばいかも)
陸と小咲の二人が並んで歩いているのが、少し前の所に見える。
春は二人から数歩後ろの所を歩いており、その足取りも重い。
「春ちゃん、辛いか?」
すると、陸がこちらに振り返って問いかけてくる。
陸に続いて小咲も足を止めて、こちらに振り返ってくる。
二人共、心配げな表情を向けているのがよくわかる。
「大丈夫ですよ。お姉ちゃんも、そんな顔しないでよ」
自分は今、どんな顔をしているだろう。
ちゃんと、平気そうな顔を出来ているだろうか。
正直、辛い。体が熱い。頭が痛い、くらくらする。
少し気を抜けば、今すぐにでもこのコンクリートの歩道に倒れ込んでしまいそうだ。
でも、お姉ちゃんに心配を掛けたくない。
…一条先輩に、こんな姿を見せたくない。
「春ちゃん!?」
「春!」
あれ?どうしたの?急に大声を出して。
二人共、そんなに慌ててこっちに走ってきて…。駅はあっちだよ?
ちょっと…、一条先輩、そんな馴れ馴れしく触らないでください。
お姉ちゃんも、どうしてそんなに叫んでるの?
…あれ?何も、聞こえない。何も、見えない。
目の前が…真っ暗に…。
「…はっ!」
気が付けば、春は何処かに体を横にしていた。
目を開ければ、見覚えのある天井が視界に広がり、慌てて起き上がればいつもの見慣れた自分の部屋の光景が。
「…私」
自分はどうしたのだろうか?
陸に体の不調を悟られ、姉に報され怒られて。
モールを出て駅に向かって、それから…どうしたのだろう。
そうだ。陸と小咲が振り返って、急に駆け寄ってきて。
色々、二人に疑問を持っていたら目の前が真っ暗になって。
思い返していると、部屋の扉が開かれた。
ゆっくりと開いた扉の外から入ってきたのは、濡れたタオルを持った小咲。
「あ、春!もう起きたの?」
「お姉ちゃん…」
春が体を起こしていることに気付いた小咲が、早足で春へと近寄る。
「でもダメだよ?顔赤いし、体だるいでしょ?寝てなきゃダメ」
小咲は春の両肩に両手を添えて、優しく力を込めてそっと春の体を寝かせる。
「…お姉ちゃん。一条先輩は?」
ふと、春は今ここにいるのが小咲だけだという事に気が付いた。
小咲がここにいるという事は、陸も一緒に来ているはずなのだが。
「陸君は、春を家に運んでからすぐに帰っちゃったよ?自分がいたら、春が休まらないだろうって…」
「え…、一条先輩が私を!?」
自分が、陸に運ばれた?
小咲から聞いた瞬間、春の頬が一瞬にして染められた。
一体、どのように運ばれたのだろう。
おんぶ?肩に腕を回して、引っ張られた?それとも…
(…そんなわけないよね。普通に考えて、負ぶわれたのかな…)
お姫様抱っこ!?
と考えた所で、すぐに冷静を取り戻す春。さすがにそれはないだろう。
「…よし。春、喉渇いたり、お腹空いてたりしてない?」
「…ちょっと喉渇いたかな」
「そっか。なら、ピカリスエット持ってくるね」
濡れたタオルを春の額に当てた後、そう言い残してから小咲は部屋を去っていった。
「…」
小咲が部屋を出れば、訪れるのは沈黙。
春はそっと体を起こし、ベッドから降りて立ち上がり勉強机の引き出しを開いて中からある物を取り出した。
それは、ペンダント。
王子様が助けてくれたあの日、保健室で拾った王子様の物と思われるペンダント。
春はそれを手に取り、ギュッと握りしめる。
(…私が思ってたのより、ほんの少しは違うみたいだね。お姉ちゃん)