一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

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第52話 ケンカニ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日は土曜日、つまり学生にとっては休日である。

さらに翌日は日曜日、言うまでも無くその日も休日だ。

 

つまり、何が言いたいのかというと…。

 

 

「ひゃっはぁあああああああああああ!遊び放題だぜぇえええええええええええ!」

 

 

ということである。

 

自室で目を輝かせながらテレビの前に座る陸は、一心不乱に両手で握るコントローラーを操作している。

陸の目の前のテレビ画面では、剣を握ったアバターが巨大な龍の足下で立ち回っている。

 

さらにその傍ではまた別のアバターが剣を振っており、そして後方には杖を持ったアバターが立っている。

そう。今、陸がプレーしているゲームはオンラインである。

 

 

「よしっ、ふらつき始めたな…ん?」

 

 

画面の中の龍が、血を流しながらフラフラし始めた。これは、もう相手モンスターに残された体力が少ないという事を示している。

陸がもう少しで討伐を終えられると僅かに笑みを零したその時、部屋の中の勉強机に置いてあった携帯電話が鳴り始めた。

 

聞こえてくるのはアラーム音ではなく着メロ、つまり今陸の携帯に届いているのは電話。

 

 

「うわ…、ちょっと…よっ!」

 

 

陸はゲームに搭載されているチャット機能で、『少しだけ前線から外れます』とパーティ仲間に知らせてからアバターを龍の攻撃範囲から外れる所まで後退させる。

 

そしてコントローラーから手を離して急いで机の上の携帯を取り、誰から電話が来ているのかを確かめる。

 

画面に書かれている名前は、<小野寺小咲>。

 

 

「はい、もしもし」

 

 

すぐに通話ボタンを押し、電話を耳に当てて肩で挟み、再びコントローラーを握って操作を始める。

勿論、チャットで『今戻ります。すいませんでした!』と謝罪を入れるのを忘れずに。

 

 

『もしもし、陸君?小野寺ですけど…』

 

 

「おう、小咲。どうした?」

 

 

前線に復帰して直後に、<対象を討伐しました>というロゴが画面に載り、小さく拳を握りながら陸は壁に掛けてある時計を見上げながら小咲に要件を問いかけた。

 

ただ今の時間、九時二十分。電話をしてくるには少々遅いと思われる時間帯だ。

 

 

『あのね?陸君にまた、バイトを頼みたいの』

 

 

「バイト…?あ、和菓子屋のか?」

 

 

小咲が電話をしてきた理由は、和菓子屋おのでらのバイトの件だった。

 

 

『実は、明日勤務する人が二人も来れなくなって…。それでお母さんが陸君にまた来てほしいって』

 

 

「うわぁ…」

 

 

日曜日になれば、他の日よりもかなりお客が多くなるだろう。

そんな日に、二人も人員が欠けることになるとは…少しだけ同情の念を抱いてしまう陸。

 

 

「ん、わかった。前と同じ時間に行けばいいのか?」

 

 

『っ、うん!ありがとう、陸君!』

 

 

了承の返事をすると、陸の耳に小咲が歓喜する声が聞こえてくる。

 

そして直後、小咲から前にバイトをした時と同じ時間に来れば良いと返事を聞いてから、少しだけ話してからお休みと言い合って陸は電話を切る。

 

小咲との電話を終え、陸は再びテレビ画面に集中し始めた。

翌日に予定が入ってしまったため、オールでゲーム熱中とはいかなくなってしまったが、あの夏のバイトから陸は和菓子を作る練習を隠れて続けていたのだ。

その成果を見せつけてやろうと小さくほくそ笑みながら明日を楽しみにする陸だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます~」

 

 

と、いうことで和菓子屋おのでらへとやって来た陸。

 

 

「お、来たわね少年!」

 

 

「よろしくね、陸君」

 

 

「…」

 

 

小咲母、小咲、そしてもう一人の少女の三者三様のお迎えを受けていた。

 

小咲母は両手を腰に当て、どこか好戦的に見える笑みを浮かべ、小咲は体の前で両手を重ねて陸に笑顔を向けながら迎えてくれた。

 

そして、もう一人の少女だが…唇の端が引き攣っている。

明らかに陸を歓迎しているようには見えない。

 

 

(…あれ?そういえばこの子って…、飼育小屋の前で楽の悪口言いまくってた子じゃね?)

 

 

ここで陸は、その少女が飼育小屋の前で少しだけ話した子だという事を思い出す。

話したというよりは、少女の口から出てくる楽への罵言を聞いていたというのが正しいのだが。

 

 

「お姉ちゃん…。何で一条先輩が助っ人なの…?」

 

 

「え?前に一度うちに助っ人に来てもらって経験あるし…、お母さんも腕を認めてるし…」

 

 

「え!?お母さんが!?」

 

 

陸へ向けていた表情のまま、少女…春は小咲へと顔を向けて陸がここにいる理由を聞く。

そして小咲からの返答を聞き、目を見開きながら陸の方へと勢いよく振り返った。

 

 

「こ、この人が…?お母さんに認めてもらった…?」

 

 

「み、認めてもらったかどうかは知らないけど…。ま、まぁここに呼ばれたってのは事実だぞ?」

 

 

わなわなと震えながら、信じられないという面持ちで見つめてくる春に取りあえず事実を伝える陸。

 

 

「で、でもでも!私がその分頑張れば済む話でしょ!?要らないよ助っ人なんて!」

 

 

「そういう訳にもいかないでしょ?もう来てもらってるんだから」

 

 

よくはわからないが、春は陸が助っ人だという事を認めたくないようだ。

何とか自分が頑張るからと食い下がっている。だが、そんな春を意外にも止めたのは苦笑を浮かべる小咲母だった。

 

流石に母親に言われれば少しはおとなしくなるだろうと考える陸。

もしかしたら、何だかんだで認めてくれるかもしれないという希望も持ったのだが…そこまではさすがに高望みすぎた様だ。

 

小咲母に言われた春は、直後鋭い視線を陸に向けてくる。完全に、敵視されている。

 

 

(…これ、とばっちりなんだよな?だって俺、この子に何もやってないんだぞ?楽、ホントマジで何したんだよ…)

 

 

スカートの中を見たというのは確かにひどい事だと思う。

事実、それを聞いた陸は家に帰った後に楽の頭に五個ほどたんこぶを付けておいた。

 

しかしそれだけでここまで怒るのは少しいき過ぎだと思われる。

間違いなく、他に楽が何かしたとしか思えない。

 

 

「…おや?」

 

 

すると、陸と春が見つめ合って(陸はげんなりとした目で、春は怒気を含んだ目で)いるのを見ていた小咲母がにやりと笑みを浮かべる。

 

 

「あらら~?春、もう一条君と仲良しになったの?小咲、大変ね~。ライバル登場しちゃったわよ?」

 

 

「「何言ってるのよお母さん!!」」

 

 

(…うん、何となく安心した。この人がいつも通りで安心した)

 

 

小咲母は相変わらずの様だ。おかげで春から伝わる怒気が少しだけ小さく…ならなかった。

むしろ小咲母の言葉は春の怒気を煽ってしまったようだ。

 

ともかく、いつまでも何もしないでいるわけにもいかず、陸と小咲、春は厨房に行って何をするかを話していた。

 

 

「まずは、前回と同じ餡作りからね。陸君、覚えてる?」

 

 

「大丈夫、ちゃんと復習してきたからな」

 

 

否、復習などしていない。昨日は日を跨ぐギリギリまでゲームをしていた。

だが、陸は前回のバイトから和菓子について勉強を続けていたのだ。餡作りくらいお手の物である。

 

 

「陸君、そこの小さじ取ってくれる?」

 

 

「ん。…小咲、そこのボウル取ってくれないか?」

 

 

「はい」

 

 

「…」

 

 

餡の味付けをする陸、小豆を洗う小咲。そして、二人の間に挟まれる春。

春も陸と同じく餡の味付けをしているのだが、作業をしながらもその視線は陸の手元に向けられていた。

 

 

「…あの、春ちゃんだっけ?俺、君に何かしたかな?」

 

 

当然、その視線に陸が気づかないはずもなく。

作業の手を止めて、思わず春に問いかけた。

 

 

「…いえ。ま・だ・何もされていません」

 

 

「…」

 

 

やっぱり何もしてねえんじゃねえか。ていうか、まだを強調するな。

 

とは口に出して言えず、心の中だけに留める。

 

 

「ねぇ陸君、新しいクラスには慣れた?」

 

 

「まぁな。小咲たちとは離れたけど、中学からの友達とか多かったしすぐ慣れたな」

 

 

「そっか…。うぅ…、でも陸君だけ違うクラスなんて…、何で陸君だけ…」

 

 

「いや、クラス替えの結果なんだからさ。しょうがねえだろ。しっかし、あのクラス替えの紙を見た時の小咲のあの顔…、ぷくっ」

 

 

「え!?わ、私、何かおかしかった!?」

 

 

「おかしかったっていうか…、面白かった?」

 

 

「ふぇえええっ!?」

 

 

「…」

 

 

再び始まる陸と小咲の会話。そして再び二人の会話に挟まれる春。

 

 

(…はぁ)

 

 

陸に向けられる春の視線が、冷たいどころか熱くなってくる。

勿論、変な意味ではなくただただ怒の感情でだが。

 

 

「…あのさ、さすがに理不尽じゃないか?確かに楽は俺の兄弟だけど…、そんなに同一視されてもこっちが困る」

 

 

「っ」

 

 

さすがに、陸も我慢ができなくなってしまった。

作業の手を止めて、こちらを睨みつけてくる春に言い放つ。

 

 

「で、でも!あなたもヤクザの息子なんでしょ!?どうせ女の子を侍らせて最低なことを…」

 

 

「春!」

 

 

「っ!?」

 

 

今度は、小咲の我慢の糸が切れてしまった。

怒鳴られた春が、信じられないという思いと悲しみに染まった面持ちで小咲の方へ振り返った。

 

 

「陸君はそんな人じゃない!春、一条君もそうだよ?二人とも、春が思ってるようなことはしてない。何の噂を聞いたのかは知らないけど、全部春の誤解なんだよ?」

 

 

何か楽はついでみたいな言い方になってはいるが、小咲は春が抱いている陸と楽への誤解を解こうとしている。

陸としても、春に言いたいことはあるのだがここで自分が口を挟んでしまえば逆効果になるだろうことはわかっているので、二人のやり取りを黙って見守る。

 

 

「…もういいよ」

 

 

「え?」

 

 

「もういいよ!そんなにこの人が良いなら、二人で仕事しててよ!ここは私一人でやるから、二人はお母さんを手伝ってきてください!」

 

 

「は、春!?」

 

 

誤解が解けなくてもいい。だが少なくとも、今日のバイトに集中できるくらいになってくれれば。

そう願っていた陸の目の前で、春が大声で怒鳴る。

 

陸を、小咲すらも突き放して春は高く重なる、完成した和菓子が載ったお盆を一人で持ち上げようと力えおこめた。

 

 

「春、一人でそれは出来ないよ!」

 

 

「私は一人で大丈夫なの!お姉ちゃんはあっち行ってて!」

 

 

(どうしてこうなった?)

 

 

まさか春がここまで頑固だとは思わなかった。

だが、陸の中で怒りは沸かなかった。それだけ、春が姉を思っている証拠なのだから。

 

寧ろ春の反応は自然のものだろう。ヤクザの息子を家族から遠ざけたいと思うのは普通の事である。

 

 

(…帰った方が良いかもな)

 

 

陸は、春にそう伝えようと口を開こうとする。

しかしその瞬間、高く積み上がったお盆を持ち上げた春がよろめいた。

 

 

「は、春!」

 

 

「っ!」

 

 

呼びかける小咲の声を聞きながら、陸は駆けだす。

すぐに春に駆け寄り、背後から春の体に腕を回してその手に自分の手を重ねて力を込める。

 

 

「っ、な、何を…」

 

 

「ば、バカ!ちゃんと力入れろ!」

 

 

すぐ傍に陸がいることに驚いたのだろう。力を抜いた春に陸はすぐに一喝入れる。

 

 

「ちょっ、何してるんですか!離してください!」

 

 

「こんな時に意地張ってる場合か!取りあえずこれ戻すぞ!」

 

 

「いいです!一人で運べますから!大丈夫ですから離してください!」

 

 

「大丈夫なわけねえだろ!こんな重ぇもん、お前一人で運べるってのか!?」

 

 

「運べます!運べますからあなたはもうどっか行っててください!」

 

 

プチン

陸の中で、短く、何かが切れる音が響いた。

 

 

「あぁ、もう黙れ!!!」

 

 

「「っ!?」」

 

 

春と、少し離れた所に立っていた小咲すらも驚いてびくりと体を震わせる。

 

 

「そこに戻すぞ」

 

 

「…はい」

 

 

陸の怒鳴り声に、パニックから落ち着いた春に声をかけて、お盆を元の場所に戻す。

 

そしてすぐに春の手をお盆から離し、陸自身もお盆から手を離して春と密着していた体もすぐに離す。

 

 

「春!」

 

 

「お姉ちゃん…」

 

 

「大丈夫?怪我はなかった?」

 

 

直後、小咲が春に駆け寄り、何か怪我はしなかったと心配して聞き始める。

 

 

「うん…。どこも怪我してないよ」

 

 

「そっか…、良かったぁ…」

 

 

小咲が安堵の息を大きく吐く。そんな小咲を見ていた春が、顔を俯かせて口を開いた。

 

 

「あの、お姉ちゃん…。怒ってないの…?」

 

 

「え?何に?」

 

 

「だ、だって…。私、一条先輩に悪口沢山言っちゃったし…、さっきあんな事言っちゃったし…」

 

 

あんな事とは、春がお盆を持ち上げようとする直前に言ったことだろう。

頭が冷えた今になって、ようやく自分がしでかしたことを春は自覚したようだ。

 

 

「…怒ってるよ?」

 

 

「ぅ…」

 

 

「私の友達を、あんな風に言われて…。怒らないわけがないよ」

 

 

「…」

 

 

春の目に涙が浮かぶ。

 

 

「でも…、春が無事でよかった」

 

 

「え…?」

 

 

「もう…。あんまり心配させないでよ…、ね?」

 

 

姉妹というより、親子にしか見えない二人のやり取り。

それでも、とても強い絆が二人の間に確かに見える。

 

 

「お姉ちゃん…、ごめんなさい…。あんな事言って…、ごめんなさい…!」

 

 

「うん…。許すよ。許すから…、泣かないでよ春」

 

 

遂に春の涙腺が崩壊してしまった。

両目から涙がぽろぽろと流れ、春の口から聞こえてくる言葉をスムーズに聴き取れなくなる。

 

 

「あと春?もう一人、謝らなきゃいけない人がいるでしょ?」

 

 

「…」

 

 

春の頭を撫でていた小咲が、そんなことを言った。

そのセリフを聞いた陸がふと小咲の方に視線を向けると、先程まで小咲に頭を撫でられていた春がこちらに歩み寄ってきていた。

 

 

「…あの」

 

 

「…」

 

 

何か、今まさに一歩成長する我が子を見守っているような、そんな気分になりながら言葉を絞り出そうとする春を見つめる。

 

 

「さっきはごめんなさい…。悪口、たくさん言ってごめんなさい…」

 

 

声は小さいが、しっかりその言葉を陸は聞きとっていた。

 

 

「あと…、助けてくれて、ありがとうございます」

 

 

そして、その謝罪の言葉と共に春はぺこりと頭を下げた。

 

正直、お礼まで言われるとは思っていなかった陸。

少しは誤解が解けてきたという事なのだろうか。

 

 

「…少なくとも、あの一条楽先輩よりはマシな人だとわかりました。でもっ、まだ認めませんから!あなたにお姉ちゃんは渡しません!」

 

 

「わぁあああああああああああああああ!!」

 

 

「…?」

 

 

渡さない?なんぞ?

 

首を傾げる陸の目の前で、小咲が何やら春に詰め寄っている。

 

 

「春!もぉ!もぉおおおおおお!!」

 

 

…何がなんだかさっぱりわからない。

 

 

(しかし…、少しは距離を縮められたとは思うけど…和解まではまだまだ遠そうだなぁ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと春の性格悪くし過ぎたというか…、子供っぽくしすぎましたかね?
そこら辺、少し感想が欲しいです。豆腐メンタルに優しい、感想を下さい。

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