一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

50 / 103
第50話 オカエシ

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし、後はこれを焼けば完成だ」

 

 

外から見れば、巨大な和風の屋敷。中を見ても普通の家では考えられない廊下の広さと長さ、部屋の多さに圧倒されること間違いなしだろう。

そんな一条家のキッチンには明かりが点いており、そこでは陸がその手のお皿をオーブンに入れていた。

 

 

「ったく、何が俺が先に作るから後にしてくれだ楽の奴め。何度も何度も作り直しやがって。…あーあ、もう二時じゃねえか」

 

 

オーブンに皿を入れ、蓋を閉めてスイッチを押してから上を見上げて時計を確認すると、すでに二時を越していた。

 

オーブンの中にある皿の上に乗っているのは、一口サイズのクッキー。

そう、これは先月のバレンタインのチョコをくれた人へのお返しのためのお菓子だ。

学校から帰って、夕食を食べ終えてから作ろうと思っていたのだが、いつの間にか楽がキッチンを使っており、陸は後に回されてしまったのだ。

 

その後、入浴を済ませたり部屋でゲームしたりして楽を待っていたのだがいつまで経ってもキッチンは空かず、楽が陸を呼びに来た時は日を越してしまっていたのだ。

 

もうコンビニで買ったもので済ますか?と考えたりしたのだが、今年チョコをくれた女子は二人なのだが、どちらも手作りを渡してくれた。

だから、こちらも手作りで渡すのが礼儀だろうと考えた陸はこうして遅くまで起きてお菓子を作っていたのだ。

 

…そう、ここまで来ればもう分かるだろう。

明日はホワイトデー。つまり、乙男の戦争が行われ(ません。

 

 

「…よし、大丈夫だ」

 

 

焼き上がったクッキーの一つを齧り、味を確かめる陸。

その後、齧ったクッキーを口の中に放り込んだ後、明日に渡すクッキーが載った皿をラップで包み、冷蔵庫の中に入れる。

 

 

「さてっ…と!ようやく寝れる…」

 

 

冷蔵庫の扉を閉め、大きく体を伸ばしてから電灯を消してキッチンを出る。

そして陸は自室に戻り、布団の潜って眠りについたのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「坊ちゃぁあああああああああああああん!!熱があるじゃないっすか!だ、大丈夫なんですかい!?」

 

 

「いや、熱があるっつってもたかが37.2度だぞ?微熱だし、学校に行く」

 

 

「そ、そんな!坊ちゃんの身に何かあったら…、あっしたちはぁああああああああああ!!」

 

 

「何もねえっつうの」

 

 

翌朝、体を起こすとどこか頭が重かった。体もだるいし、念のためで体温計で熱を測ってみたら…、この結果である。

37.2度という微熱だが、どうやら組員たちには大問題のようで。陸を囲んで何とか学校に行くのを止めさせようと説得している。

 

 

「いや、だから。確かにだるいけど、授業受ける分は何も問題ないって。今日は体育もないし」

 

 

「でもよ陸。確か冬休みに入る前だったか?予防のために37度を超えた場合は学校に来ないでくださいって書いたプリント貰っただろ?」

 

 

「…そうだっけ?」

 

 

何とか学校に行こうとする陸を、今度は楽が止めた。

陸は覚えていないのだが、楽の言う通りのことが書かれたプリントを確かにキョーコ先生は配布した。

保護者に渡す用のプリントなので、楽しかそのプリントを貰っていなかったのだが。

 

 

「止めといた方が良いんじゃねえの?もしお前が学校行って、他の人に風邪が感染ったら目も当てられねえだろ」

 

 

「…そうだな」

 

 

何はともあれ、37度を超えた場合は学校に来るなという決まりがある以上、その規定を超えた熱を出している陸が行くわけにはいかないだろう。

 

だが、陸は一つだけ心残りがあった。

 

 

「ホワイトデーのクッキー…、渡せなくなっちまうな」

 

 

「あぁ…。何なら、俺が持ってってやろうか?風邪で休みだって聞けば納得してくれるだろうし」

 

 

陸の心残りとは、昨夜…というか今朝作ったクッキーの事だった。

学校を休むとなると、自分はそのクッキーを持って行けず、お返しとして渡すことができない。

 

だが、その陸の心配を楽が払拭した。

 

 

「頼めるか?」

 

 

「おう、任せろ」

 

 

陸が問いかけると、楽は胸を拳でトンと叩いて答えた。

 

 

「…なら頼むわ。非常に不本意だが。本当に渡せるか心配だが」

 

 

「俺は幼稚園のガキじゃねえぞ!?」

 

 

じと目で楽を見ながら、渋々といった感じでクッキーの事を楽に託す陸。

 

だが…、できることなら、自分の手で渡したかった。

 

 

「クッキーは冷蔵庫に入れてある。クッキーを入れるための袋は俺の部屋の机の上。クッキーの数は偶数にしてあるから、半分ずつ入れて持ってけよ」

 

 

「おう、了解」

 

 

自分の我が儘を抑えて、クッキーが置いてある場所などを楽に教え、陸は足を自室がある方へと向ける。

 

 

「じゃあ竜、他の奴らに感染したら困るから部屋に戻るわ。腹は減ってるから、飯持ってきてくれ」

 

 

「了解しやした、坊ちゃん!」

 

 

手を振りながら背後にいる竜に指示を出してから陸は自室に戻る。

風邪を引いているというのに、部屋から出歩くというのもどうかと思うから。

 

 

(でも実際、寝たいと思えるほど体調悪くねえんだよな…)

 

 

高々微熱。他の人を考えなければ迷うことなく学校に行くことができる程度のものなのだ。

 

 

(…布団に潜って漫画でも読むか)

 

 

部屋にいても暇だろうし、とりあえず竜が朝食を届けに来るまで漫画を読むことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?陸君がお休み?」

 

 

朝、いつまで経っても陸が来ないことを不思議に思った小咲が、斜め前の席に座る楽に問いかけるとその答えが返ってきたのだ。

 

 

「本人は行く気満々だったけどな…。念のために説得して休ませたんだよ」

 

 

「…そっか」

 

 

風邪なら、仕方ないだろう。小咲は俯きながら自分にそう言い聞かせる。

 

 

(でも…、ホワイトデーのお返し、楽しみだったのにな…)

 

 

陸から、贈り物がもらえる。何をくれるかはわからないだろうが、思い人からもらうというだけで嬉しいものがある。

昨日の夜も、今日のホワイトデーで何を貰えるだろうかと楽しみとドキドキで中々眠れなかったのは言うまでもない。

それほど小咲は陸からのお返しを楽しみにしていたのだ。本人には自覚がなくとも、他の人から見れば明らかに沈んで見えるような表情を浮かべていても不思議ではないだろう。

 

 

「…」

 

 

勿論、自分に対する感情には鈍い楽でも小咲の気持ちはすぐに読み取れた。

だから、陸との約束を破ることになってしまうが…、渡そうと思っていたクッキーを机の中に仕舞い、小咲に話しかけたのだった。

 

 

「なぁ、小野寺。陸から伝言なんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺、学校休んで何やってんだか」

 

 

外から赤い光が差し込んでくるようになった。時間は四時を過ぎ、そろそろ楽も帰ってくるだろう時間帯。

 

陸の熱はすっかり引き、暇になったため部屋でゲームをしていた。

ゲームのBGM 、効果音が部屋の中で響く中ぽつりと陸は呟いた。

 

熱が引き、寝ようにも寝られなくなったとはいえ学校を休んで遊ぶ。

風邪を引いたことは事実なのだが、少し罪悪感が陸の胸を襲っていた。

 

 

「「「「「楽坊ちゃん、お帰りなさいやせー!」」」」」

 

 

部屋の外から、組員たちの声が聞こえてきた。楽が帰ってきたのか。

陸はそんなことをぼんやり考えながら、手に握るコントローラーを操作する。

 

 

「おーい陸、大丈夫かー」

 

 

「おー。起きてるから入っていいぞー」

 

 

すると、部屋の障子のすぐ向こう側からだろう。楽の声が聞こえてきたため、陸はテレビ画面に顔を向けたまま返事を返す。

すぐに障子が開く音が聞こえ、トントンとこちらに歩み寄ってくる足音が聞こえてくる。

 

 

(…?ずいぶん静かに入ってくるな。風邪引いてると思って遠慮してんのか?)

 

 

だがその直後に、部屋に入ってくるもう一つの気配を感じた。

その気配の主は、遠慮なしにどしどし足音を立てて部屋の中に入ってきたのだ。

 

 

「おい陸!お前、学校休んだくせにゲームやってんなよ!」

 

 

「しょうがねえだろ。大体、元々微熱で学校行こうと思えば行けたんだぞ?昼前にはすっかり体調も回復してたんだ。寝ようにも寝れなかったんだよ」

 

 

楽の叱責する言葉が響き渡る。陸は先程と同じようにテレビ画面に目を向けたまま楽に返事を返して…そこでふと思いかえした。

 

 

(あれ?気配が二つ?…じゃあ、今俺の傍にいる奴誰だよ!?)

 

 

バッ、と振り返って陸が見た人物。

 

 

「え、えっと…。げ、元気そうで安心した…かな?」

 

 

さすがにゲームをしているとは思っていなかったのだろう。

苦笑を浮かべながら、小咲がこちらを覗き込んで声をかけてきた。

 

まさか小咲が来ると思っていなかった陸。

あまりの衝撃に、コントローラーを落としてしまい…、それから数秒後、テレビ画面にはでかでかと<GAME OVER>という文字が描かれた。

 

 

「こ…、小咲?な、何で…?」

 

 

「え…。陸君が私を呼んだんだよね?一条君から聞いたんだけど…」

 

 

「は?」

 

 

小咲を呼んだ?自分が?

バカな。いくら微熱とはいえ、自分から他人を苦しませることになるかもしれない行為をさせるものか。

それに、楽から聞いただと?

 

今度は、すぐに思い当った。

 

 

「…おい楽、お前小咲に何言った?俺が小咲を呼んだ?もしまだ俺が熱引いてなかったら今頃、小咲に風邪が移ってたかもしれなかったんだぞ?」

 

 

「い、いや…。まぁ、その…な?これには訳があって…な?」

 

 

鋭い視線を向け、声に殺気を込めて楽を問い詰める。

楽は片手で頭を掻きながら、視線を辺りに彷徨わせる。

 

すると楽が、鋭い視線に耐えながら陸に歩み寄ってきた。

そして陸の傍らまで来ると、しゃがんで陸と視線を合わせ、陸の手にそっと何かを握らせたのだ。

 

 

「…これは」

 

 

「自分で渡せ。小野寺、お前が休みだって知った時すげぇ落ち込んでたんだぞ?」

 

 

それだけ言って、楽は小咲に一言だけ何かを言い残してから部屋を出て行った。

 

部屋に残された陸と小咲は、何も言えずにただ部屋の中ではゲームオーバー時に流れる悲しげな曲だけが響き渡っていた。

 

 

「えっとさ…、楽になんて言われたんだ?」

 

 

この微妙な空気を破ったのは陸だった。

先程、小咲が言った『一条君から聞いた』という言葉が気になったのだ。

 

 

「その…、陸君が、ホワイトデーのお返しを今日中に渡したいから家まで来てほしいって言ってたって…。違ったの…?」

 

 

「いや、今日中に渡したかったのは本当の事。でも、そのために楽に小咲に渡すクッキーを預けてたんだけど…あの野郎…」

 

 

どうやら楽は自分との約束を破り、色々事情を改竄して小咲に伝えた様だ。伝えもしなかった、自分からの伝言を。

 

 

「クッキー?」

 

 

「あ、そう。小咲へのお返し、クッキー作ったんだ。…楽のせいで、こんな簡単のしか作れなかったんだ。楽のせいで」

 

 

自分でも気が付かなかったが、陸はお返しの物を口にしてしまった。

それに気づいた小咲が陸に聞き返し、陸が肯定で答える。

 

 

「一条君がどうかしたの?」

 

 

「あいつ、自分が納得する出来にならないとか言ってずっとキッチン占領してたんだ…。その結果、俺はこんなシンプルなものしかできなかったわけ。ほら、あいつのお返し見なかったか?」

 

 

「あ…」

 

 

首を傾げながら問いかける小咲に、陸が再び答える。

昨日の、一条家のキッチン事情についてを説明した。

 

そして最後に陸に問われた小咲は、楽が持ってきていたおいしそうなショートケーキを思い出した。

あのショートケーキを楽は、千棘と万里花と鶫の三人に渡していた。千棘については知っていたが、他二人からもチョコを貰ったのだろう。

 

 

「そっか…。でも、嬉しい。陸君がちゃんと私の事を考えてくれたんだって…」

 

 

「っ」

 

 

自分からすれば、もっと何とかいいものができなかったのかと後悔していた陸。

だが今、目の前で花が咲いているような笑顔を浮かべている小咲を見ればそんな思いは何処かへ吹き飛んでしまった。

 

それだけでなく、小咲の笑顔を目の前にして胸が高鳴り、頬が紅潮していく。

 

 

「そ、そうか!それならこっちも作った方として嬉しいな!ほほほらっ、これ、お返しのクッキーだ」

 

 

「わぁ…。ありがとう、陸君!」

 

 

小咲笑顔、再び。

陸の頬はさらに紅潮した。

 

陸は小咲を直視できず、視線を逸らし、立ち上がりながら口を開いた。

 

 

「そ、そろそろ外が暗くなるな。ちょっと部屋の外で待っててくれ。着替える」

 

 

「え?どうして?」

 

 

「夜道を女の子一人で歩かせるわけにはいかないだろ。送る」

 

 

陸は小咲を方向転換させ、部屋の外へ追いやる。

 

 

「そ、そんな!いいよ!陸君、風邪引いてるんでしょ?」

 

 

「さっきも言ったけど、熱はもう引いた。元々微熱だったんだし、大したことないんだよ」

 

 

熱はもうない。風邪についても心配いらない。

何度も言い聞かせるが、小咲は両手を振りながら一人で帰る一人で帰ると言い続ける。

 

 

「あぁ、もう黙れ!俺が小咲を送りたいんだ!黙って送られろ!」

 

 

この平行線のままの押し問答に、遂に耐えられなくなった陸が小咲の鼻先に指先を向けながら怒鳴る。

すぐに陸は小咲に背を向けて部屋に戻り、障子をバン!と閉める。

 

 

「え…え?えぇ!?」

 

 

そして、着替えるための服をタンスから出していると部屋の外から小咲の戸惑っているような、恥ずかしがっているような声が聞こえてくる。

 

何をそんなに動揺してるんだ?

 

疑問に思った陸は、寝間着からセーターに着替えながら自分が言ったことを思い返す。

 

 

『俺が小咲を送りたいんだ!黙って送られろ!』

 

 

「っ!」

 

 

自分が何を言ったのかを自覚した陸は、一瞬にして顔を熱くさせた。

陸は勢いよく頭を振って、顔の熱を下げようとする。

 

 

「何考えてんだ…。友達、しかも女子なんだ…。俺の行動は当たり前だろ…?」

 

 

ぼそぼそと自分に言い聞かせる言葉を並べる陸。

 

そして、ジーンズを穿き、コートを着て、完全に自身の動揺を消してから陸は障子を開いて部屋の外に出る。

 

 

「よし小咲、行く…ぞ?」

 

 

部屋の外に出た陸が見たのは、顔を真っ赤にさせてしゃがみこむ小咲の姿だった。

 

 

「陸君が…陸君が…私を、送りたいって…」

 

 

「…」

 

 

どうやら、自分が考えていたよりも先程の言葉は恥ずかしいものだったらしい。

次からは少し気を付けた方が良いだろう。

 

少し成長したと、勝手に思い込んでいる陸であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あまり区切りにふさわしくない話じゃない気がしますが、この話で一年生編は終わりです。
次回からは二年生編。登場人物も増える…、描くのが楽しみです。ww

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。