「おい陸、楽は?」
「ダメだ。昨日も帰ってこなかった」
たったこれだけの会話。
だがこの会話にどれだけの意味が込められているのか、皆にわかるだろうか。
「じゃあ…、あの計画を実行に移すぞ」
集がポケットの中から携帯を取り出し、そう口にすると周りにいる全員が同時にこくりと頷いた。
集は携帯のボタンを押し、耳元に当てる。
電話を掛けた先は────────
「よお楽!」
楽だ。
「今日クリスマスだけどさ、お前時間あるか?実は今日、クラス皆でクリスマスパーティやるんだけど、お前ら来ない?…あぁ、それならお前ら居ないと盛り上がらないなってことで解散したんだよ。それでまた今日、パーティやろうって話になって。うん…うん…。おぉ、来てくれるか!そっかそっか!じゃあ、時間と場所教えるからな~」
集が、陸たちに向かって目配せをしながら親指を立てる。
瞬間、電話の向こうにいる楽に聞こえない様に注意しながら…、陸たちは歓喜した。
目をきらんと光らせ、唇を三日月形に歪ませた。
例外も僅かながらいるが…、本日再び行われるパーティを楽しみにした者はこの場にいる全てと言っていいだろう。
───────聞かせて貰おうじゃないか。
───────あの後、何があったのかを。
「わー!もう飾り付け終わってるー!」
「貸し切りかよ…。すげえな…」
「ここの店長が知り合いでね」
楽は知らないが、今いるパーティ会場は昨日ほど広くはない。
それでもクラス全員が余裕を持って入れるほどの広さ。
それ程の部屋をすぐさま確保することができる集の人脈は一体どうなっているのか…。
(下手したらそこらのチンピラやくざより人脈あるぞ…)
陸も、集を横目で眺めながら心の中で呟いた。
さて、集の人脈には驚かされたが本来の目的は忘れない。
このパーティはただの囮。本命は…
「良かったな千棘。パーティに参加できて」
「うん!私、皆のとこに行ってくるね!」
笑みを向け合いながら声を掛け合う楽と千棘の二人。
あのパーティの後、高級ホテルのスイートルームで何をしたのかを問い質すこと。
なのだが───────
(お前ら…。気持ちはわかるが、もうちょっと気持ちを抑えろよ…)
陸以外のほとんどは顔に、<早く聞きたくて仕方ありません!>と書かれているようなものだ。
ニヤニヤと笑みが抑えられず、その上目を楽の方に向けてしまっている。
千棘は気づいていないようだが、楽はどうも怪しんでいるように見える。
しかし、気持ちはわからないでもない。
陸としても、もしかしたら自分の兄が大人の階段を昇っていったのかもしれないのだ。
はっきりいって、今すぐにでも楽を問い質したい。
だが、駄目だ。
片方を捕まえても、もう片方は逃げてしまう。
クラスの総意は、二人の視点からの言葉を聞きたい。だ。
二人を問い質さなければ意味がない。
「陸」
「…集か。楽の方を見なくていいのか?」
楽と千棘をしっかり見張る陸に、集が声をかけてきた。
「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと怪しんでるかもだけど…、まあ誰も言わなきゃ俺たちの考えなんてわかんないでしょ」
「…それもそうだな」
どうも警戒しすぎのようだ。
集の言う通り、こちらの思惑を言いさえしなければ楽と千棘にばれるはずなどないのだ。
そしてばれさえしなければ、楽も千棘もこの場から逃げ出すなどしないだろう。
まあともかく、何が言いたいのかというと…
「「決して逃がさん」」
こういうことである。
さて、ここから起きた出来事を簡単に説明させてもらおう。
まず楽は万里花を見つけ、彼女の元へといった。
早速地雷を踏みに行った楽。思わず吹き出してしまう陸と集。
話を聞こうと耳を澄ますが、少し距離が離れているせいで良く聞こえない。
だが、話し始めて少しすると。目に涙を溜めて万里花がどこかへ走り去っていった。
楽が地雷を踏んだのか、それとも万里花が耐えきれなくなったのか。
どちらかはわからないが、呆然と万里花が走り去っていった方を眺める楽を二人は呆れ笑いを浮かべて眺めていた。
次に目についたのは千棘である。
何やら女子達に昨日の夜について問われているようだが…、全く本人はその質問の本質に気づいていない。
鈍さ、ここに極まれりである。
そこに、千棘に近づいていったのは鶫だ。
先程と同じように、距離が離れているため話の内容は聞こえてこないが何やら千棘が照れているように見える。
恐らく、「大人びた」やら「美しくなられた」などの言葉をかけられたのだろう。
そしてそれを純粋な意味で捉えた千棘が照れた、といったところだろうか。
そこから再び女子達が質問を再開して、千棘が答えて。
女子達の顔はどんどん赤面していき…、それは鶫も例外ではなく。
だが他の女子達と少し違う所は、赤面に加えて鶫の目がグルグルと回り始めている所である。
明らかに、混乱している。
まだ続く質問に対する千棘の答えに、耳まで赤くなり、ついにはくらくらと頭が揺れ始めた。
そして、千棘を呼びに来た楽の声を聞いて遂に限界に達したのだろう。
楽のすぐ横を通り過ぎ、そのまま会場を出てどこかへ走り去っていった。
「「あーあ…」」
もうこれは確実に決定だろう。
鶫は楽に惹かれている。
ここまで確信には至れなかったものの、あの態度でようやく確信に至った。
「陸君…」
「ん?小咲?どうした」
楽と千棘の行動を監視していた陸に、小さな声で小咲が声をかけてきた。
陸が振り返ると、苦めの笑みを浮かべて、されどその頬を僅かに赤く染めた小咲がこちらに歩み寄ってくる。
先程の女子生徒たちによる千棘との問答。
あの時、ちらりと小咲の姿が見えていたため近くにいたのだろう。
そして千棘への問いも千棘の答えも、耳にしていたはず。
「やっぱり千棘ちゃん…。一条君と、その…あの…」
「…可能性は高いよな。ていうかほとんど確定なんだよな」
小咲の、僅かだった頬の赤みが増す。
小咲の頭の中は、きっと絡み合う恋人ふた…やめておこう。
ともかく、少し刺激的な光景を浮かべているのだと思う。
そして恐らく、あの二人がそうなったことはほぼ間違いないと思われる。
「あー、もう我慢できねえ!俺はもう聞くぞ!」
とここで、男子生徒の一人が高らかと叫んだ。
集が期を待て、と釘を刺しておいたのだがどうやら我慢が限界に達したようだ。
しかし陸や集、さらに小咲としても早く聞きたいのは山々である。
幸いにも、楽と千棘はちょうど会場の中心辺りで立っている。逃げ場は、ない。
この男子生徒の思うようにやらせてみよう。
「一条!お前、昨日のあの後はどうしたんだ!?」
「あ、あの後?…何だよ、あの後って」
「とぼけんじゃねえぞ!」
まさに単刀直入。ど真ん中剛速球を投げ込んだ男子生徒だったが、楽には見逃されてしまった。
だが、本人にそのつもりはなさそうだが、逃れようとする楽を更に登場したもう一人の男子生徒がしっかり捕らえる。
「昨日…。桐崎さんと高級ホテルのスイートルームで過ごしたんだろ!?その時のことを詳しく教えろってんだよ!」
「「は?」」
楽だけではない。千棘も一緒に目を丸くして呆けた声を漏らした。
一拍の静寂。
楽と千棘はあの後のことについて思い当ったのか、顔を真っ赤にさせた。
「い、いや!あれは違う!違うんだ!」
「はぁ!?何が違うんだよ!二人でホテルで過ごした!これはもうそういう事だろうが!」
「た、確かにそれはそうだけど…。そもそも俺は千棘とホテルで過ごしてなんかいねえんだよ!!」
「「「「「はぁ?」」」」」
今度は、楽と千棘以外の全員が呆けた声を漏らす番だった。
それをチャンスと見計らった、楽と千棘が必死に説明を始める。
千棘の母が仕事で忙しく、クリスマスに会えないことに千棘が落ち込んでいたこと。
何とか千棘を母と会わせてあげようと楽が必死に働いたこと。
そして昨日、千棘の母を高級ホテルのスイートルームに待たせて楽が千棘を迎えに行ったのだと。
「…紛らわしいことすんなカス」
「カス!?」
「大体なんだよ、あんな言い方じゃそう考えるのが当然じゃねえか。せっかく昨日のことを聞きたくてこんなパーティ開いたのによ。使った予算返せやごら」
「理不尽!?」
光を失った目を楽に向けて辛辣な言葉をかけ続ける陸。
他の生徒も例外ではなく、口こそ開かないものの冷たい視線を楽にかけ続けていた。
「人に期待させておいて…、殴るぞ」
「いやいやいやいや!知らねえし!お前らが勝手に勘違いしただけだし!」
「ごめんね千棘ちゃん、勘違いしちゃって…」
「え?あ、うん…」
陸が楽に毒舌攻撃をかけている中、千棘はクラスの女子達から謝罪を受けていた。
「あ、あれ?何この扱いの差は…」
「…まあ、俺達の考えていることは間違いだったと認めるさ。でもさ…、結局、昨日は家に帰ってこなかった。何だかんだで千棘と一夜は過ごしたんだろ?」
「っ!!?」
「図星か」
行為をしなかったことはわかった。
だが…、一緒に一夜を過ごしたことに関しては間違いない様だ。
「大丈夫だ楽。俺は何もする気はないよ、ただ昨日の夜、何をしてたのか知りたかっただけだから」
「そ、そうなのか?」
「…こいつらは知らんけど」
もしかしたら助かるかもしれない。
そんな希望を持った楽に、陸は容赦なく宣告した。
「一条…」
「なるほど…。つまりお前は、橘さんを騙して泣かせたという事か…」
「鶫さんも…、騙していたのか、一条」
「え?いや、それは違う。違うってお前ら。何でそんな怖い顔してんの?何で拳を握ってんの?何で俺の方に近づいてくんの!?」
誤解という事はわかったが、その結果。
たとえ本人に悪気はなかったとしてもクラスのアイドル二人を騙し、そして泣かしてしまったという犯行が明らかになってしまった。
ん?鶫に関しては千棘が犯人なのでは?
そこはあれだ。男はいつも理不尽な目に遭うのだよ。特に女絡みの時は。
「うわあああああああああああ!り、陸!たすけてくr」
襲い掛かる男子たちの波に飲み込まれる楽。
それを見届けた陸は、呟いた。
「暑苦しい所に飛び込むのは嫌だ」
襲われる楽に背を向けて、血を分けた兄を見捨ててしまう陸。
まあ、殺されはしないだろうし大丈夫だろう。
「誤解…。良かったぁ…」
「…」
お腹空いてきたし、何か食べようかと皿を取りに行こうとする陸の目の前で、安堵のため息を吐きながら小咲がしゃがみこんだ。
「そう、だよね。そんなはずないもんね。高校生でそんな…、そんなことするはずないもん!信じてたよ私!」
「思い切り顔真っ赤にしてたけど?」
「はうっ」
うん。小咲の言う通りだ。
高校生でそういう事は駄目だろう。
ちょっと面白がっていた自分に反省する陸。
それと同時に、ほんの少しだけ考えてしまう。
もし、小咲と自分が恋人同士だったら。
もし、楽と千棘と違ってホテルの一室で過ごすことになったとしたら。
「…アホか」
だがすぐにその考えを打ち消す。
そんな事態になるはずなどないのだから。
けどもし…、本当にそうなったとしたら?
自分は、耐えられるのか?
(!?)
一瞬浮かんだ考えに、自分で驚愕する。
何で、そんな考えが浮かんだのか。
(あり得ないって。何でそんなこと考えてんだ、俺は)
自身に起こっている小さな変化に、陸は気づいていなかった。
先程から、ようやく立ち上がって千棘の元に向かう小咲を見つめていることも陸は気づかなかった。
次回はオリジナル回の予定です
最近、陸と小咲をイチャイチャさせていなかったので…、ここらで鬱憤をを晴らすかのごとく甘い話を書きたいなww