一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

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かなり難産でした…。原作の劇をそのまま書くわけにはいかないし、かといって良い案も出てこない…。
リザレクションを友達とやるのが楽しすぎて書く時間が中々取れない…。

と、とりあえず書き上げたので投稿します。
楽しんでいただけるといいのですが…。









第36話 ホンバン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台の表から、ノリが良く気持ちの良い音楽が聞こえてくる。

現在は、二年D組によるコンサートが行われている。その次は一年B組の漫才。

そして陸たちの出番はその次に用意されていた。

 

舞台袖では劇に使われる用具の整理、舞台裏では劇で使う背景の準備が進められている。

劇に向けた準備が完成に近づく中、陸たちの緊張もMAXまで高まってきていた。

 

 

「いよいよだね…。頑張ろうね、陸君」

 

 

「ああ。やるだけやってやろうぜ」

 

 

そして、劇の主役、ロミオとジュリエットの役である陸と小咲は舞台袖から着々と進められている最終準備を見守っていた。

 

陸と小咲は西洋のパーティに着ていくような、麗しい衣装を身に着け、さらに陸は高貴さを見せるために髪をバックにし、小咲も結んでいた髪を下ろしている。

 

 

「いやぁ~、しかし陸がドラマや映画でよく見るこんな衣装を着ることになるなんてな…。しかも似合ってるし」

 

 

「小咲ちゃん、すっごく似合ってる!可愛い!」

 

 

しみじみとつぶやく楽と、目を輝かせながら感激する千棘の姿が二人の目の前にあった。

特に千棘は先日の衣装合わせの時に教室内にはいなかったため、陸と小咲の衣装を見るのはこれが初めてなのだ。

 

 

「俺だって思ってなかったよ。こんな恰好…、それも人前に出るなんて」

 

 

「ありがとう、千棘ちゃん。でも、千棘ちゃんが言うほど似合ってるかな…?」

 

 

陸と小咲は楽と千棘のそれぞれに返事を返す。

だが、陸が晴れ晴れしい笑みを浮かべている中、小咲は打って変わって苦い笑みを浮かべていた。

 

 

「そんなことないよ小咲ちゃん!すっごく綺麗だよ!似合ってるよ!」

 

 

自身が身に着けている衣装を見下ろす小咲に、千棘がむん、と両こぶしを握りながら言い返す。

さらに、続いて陸もそっと掌を小咲の頭に乗せながら口を開いた。

 

 

「千棘の言う通りだぞ。それに、また不安になってるのか?」

 

 

「そ、そうじゃないけど…。…ううん、やっぱり不安になってるのかも」

 

 

陸の問いかけに、先程とは違って素直に答えた小咲。顔を俯かせながら胸の内をつぶやいた。

本番直前、主役である者は誰だって不安や緊張を感じるに違いない。

 

 

「さっきも言ったけど、主役は二人だからな。今の気持ちを感じてるのがもう一人いるって考えたら少しは違うと思うけど」

 

 

優しく小咲に言葉をかける陸。

自分だって、きっと今の小咲と同じ気持ちだということを伝える。

 

だが、先程言った通りこの気持ちを感じている人は他にももう一人いると考えるだけでふっ、と気持ちが軽くなる。

この対処法が小咲に効くわからないが…、少しでもマシになれば。

 

 

「陸君も…同じ?」

 

 

「ああ。傍から見たら普段と同じなのかもしれないけど、心臓マジでバックバクだ」

 

 

見上げながら問いかけてくる小咲に、陸は左手を左胸に当てて上下に動かして緊張しているとジェスチャーしながら返す。

 

小咲も、手をそっと胸に当てて目を閉じる。

 

何を考えているのだろうか、それは定かではないが次に目を開けた時には、小咲の顔にはきれいな笑顔が浮かんでいた。

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

無言で頷きあう二人。そして、そんな二人を一瞥してから、楽と千棘がその場から離れていく。

 

そして時間は過ぎ、開演五分前。

誰かが脚立から落ち、落ちた人を助けた小咲が捻挫するなんていうトラブルもなく開演直前まで至った。

 

だが、主役の二人の顔には緊張も不安もない。

 

 

「…頑張ろうね、陸君」

 

 

「ああ。成功失敗はどうでもいい。けど、笑顔で終われるような劇にしようぜ」

 

 

目を見合わせ、笑い合い、頷き合う。

 

 

<お待たせ致しました。続いての出し物は、一年C組による演劇、ロミオとジュリエットです>

 

 

 

 

 

 

 

『これから語られますは、悲しい恋の物語…。血で血を洗う争いを続ける二つの家、モンタギューとキャピュレット。生まれついたロミオとジュリエットは、皮肉にも恋に落ちてしまうのでした…』

 

 

冒頭、集の悲しげな感情の籠った声でナレーションが入る。

 

 

「ああ、何故私たちの両親は憎み合い、妬み合い、争うのでしょう…。本当ならきっと、私たちの様に手を取り合い、想い合うこともできるというのに…」

 

 

続いて流れる小咲のセリフ、悲しげな表情で腕をそっと伸ばしながらのセリフは観客の心をがしりと掴む。

 

続くは、陸のセリフなのだが…、その前に割り込むある男たちの声で陸は動きを止めてしまう。

 

 

「おー、坊ちゃーん!カックイ―!」

 

 

「ビデオ回してやす!頑張ってくだせー!」

 

 

(あ、あいつら…)

 

 

無駄だとは思っていた。だが、もしかしたらとも思っていた。

結論、組の者には何を言っても無駄だという事が分かった。

 

 

(…集中、集中)

 

 

思わぬ乱入者に途切れかけた集中の糸を繋ぎ直す陸。

 

それからは組の者たちはおとなしかった。

ビデオを回すのに必死なのか、陸の主役の姿に見とれているのか、演技に心を打たれているのか。

三つ目だと嬉しいのだが、そこは今は置いておく。

 

劇は進み、いよいよ大詰め。

ロミオが、屋敷に閉じ込められたジュリエットに会いに行く最中、召使に出会い場面である。

 

 

「キャピュレット家が、あなたの命を狙っております」

 

 

「…たとえどれ程危険だとしても、私は行かなければならない。そこをどいてくれ」

 

 

召使役の鶫のセリフの後、陸も渾身の演技で返す。

 

 

「今も彼女は、あのバルコニーで待っている…!」

 

 

キャピュレット家の屋敷へと急ぐ場面。

今こうしている間にも、ジュリエットは屋敷のバルコニーでロミオを待っているのである。

 

 

『止まらないロミオ…。しかし、この召使はただの召使いではなかったのです』

 

 

「は?」

 

 

思わず呆けた声を漏らす。とっさに掌で口を覆った。

 

だが、見開く目と、内心の驚愕は変わらない。

何故なら、先程のナレーションは陸の頭の中に全くなかったからだ。

 

どういうことだ、と考える前に咄嗟に陸は鶫の方へと振り返りながら後方へと跳躍する。

陸の眼前を、銀の煌めきが横切っていった。

 

 

「っ、何を…!」

 

 

この言葉は、演技ではなく本心から出たもの。

何故なら、もう少しで陸の首が刎ねられていたのだから。

 

 

「ロミオ…。貴様をお嬢様の所へ行かせはしない」

 

 

陸の目の前では、レイピアの切っ先を陸の方に向ける鶫…召使の姿。

 

これも劇の一環?先程のナレーションに鶫には驚いた様子はない。だとすると、これは演技なのか?

しかし、鶫が持っているレイピアは…。

 

 

(本物、だぞ…!)

 

 

きっと、劇を見ている客たちにはわかっていないだろう。

だが、眼前まで迫ったあの一瞬だけで陸はすぐに悟った。

 

鶫の持っているレイピアは、本物だと。

 

 

(訳が分からん…。もしかして、これはこの時のために…?)

 

 

陸は内心で思考しながらそっと腰に差してあるレイピアの柄を撫でる。

このレイピアは、劇が始まる直前に集に渡されたものだ。

 

モンタギュー家とキャピュレット家は敵同士。ならば、ジュリエットがいるバルコニーへ向かうのに武器を持たないのは不自然だろうと集は言っていたのだが…。

 

 

「先程も言っただろう?キャピュレット家があなたの命を狙っていると…。私も、その一人さ」

 

 

鶫が、にやりと笑みを浮かべる。

 

演技、だと思いたい。だが、何故かこの笑みは本心から浮かんでいるような気がしてならないのだ。

額から流れる汗が止まらない。

 

 

「ロミオ、覚悟!」

 

 

「う、おっ」

 

 

レイピアを脇に差して突っ込んでくる鶫。

陸はすぐさまレイピアを抜き放って応戦する。

 

 

「おい鶫…。これはどういうことだ…!?」

 

 

きぃん、と耳障りな金属音を響かせる中、傍までやって来た鶫にまわりには聞こえない小さな声で陸は問いかけた。

 

 

「ふん、舞子集の差し金だ。私と貴様の戦闘能力を使わないのは勿体ないと言ってな。ただの純愛も良いが、どうせならアクションも付けたかったらしい」

 

 

「あんのやろう…」

 

 

鶫の口から出た言葉は、全て集の差し金だという事。劇が終わったら殴ると陸は心に固く決意する。

 

 

「心配するな。本気の斬り合いを一般人に見せるわけにはいかないだろう、加減はする。だが…」

 

 

レイピアに力を込めて押し合う陸と鶫。

すると鶫がふと口を開き、そしてぞくりと背筋に寒気が奔るほど狂気の笑みを浮かべた。

 

 

「せっかくだ。貴様の力を再確認する」

 

 

「っ!」

 

 

直後、鶫は後退すると劇に使用されているレンガを掴んで陸に向かって放る。

陸はすぐさま横にステップ、レンガは陸の真横を通り過ぎていくが、着地地点へと鶫が接近してきていた。

 

 

「ちっ」

 

 

小さく舌を打ちながら、陸は鶫の一文字のスイングに対してレイピアを縦に構える。

鶫の振るうレイピアが陸の構えるレイピアに当たる。

 

二人は何度も交錯し、何度も斬り合わせる。

 

二人の激闘は、観客を魅了し、言葉を失わせる。

だが、劇は時間が限られている。陸の心にも鶫の心にも、心地よい感情が満ちてくるがいつまでもこうしてはいられない。

 

陸と鶫は、何度目かの交錯と共に目を見合わせ、小さく頷き合う。

 

二人は着地と同時に切り返し、互いに接近、交錯する。

 

きぃん、と金属音が響き渡る。

陸と鶫は、レイピアを振り切った体勢のまま動かない。

観客も、二人の姿から目を離さず、口を閉じて息を呑む。

 

 

「…はっ」

 

 

先に動いたのは鶫だった。大量の息とともに吐き出された声と共に体勢を崩し、床に倒れ伏す。

当然、刃傷沙汰にはなっていない。陸も鶫もそれだけにはならないように細心の注意を払っていた。

 

だが、あまりの激しい動きに、見ているだけで伝わってくる緊張感に思わず観客は鶫が斬られたのではないかと思い込みざわつき始める。

 

観客のざわめきは鶫から全く出血がない事に気づいたことですぐに収まる。

 

 

「…通らせてもらう」

 

 

ぼそりとつぶやいた陸は、倒れている鶫には目もくれず舞台袖に向かって歩き始める。

 

 

「…くくっ、油断したな。言ったはずだろう?キャピュレットは貴様の命を狙っていると」

 

 

「っ!?」

 

 

このセリフも、陸の頭にはなかった。そしてその次の瞬間、舞台袖からこちらに押し寄せてくる大量のクラスメートも。

 

クラスメートたちは陸を取り囲み、腰に差しているレイピアに手をかけていた。

 

 

「ロミオ…、貴様をお嬢様の元に行かせはしない…。たとえ私たち全員の命と刺し違えてでも、ここで止めてみせる!」

 

 

陸が目を丸くしている中、よろよろと立ち上がりながら鶫が声高々にセリフを叫ぶ。

直後、陸を囲んでいたクラスメートたちが襲い掛かり…暗転。

 

いきなりの展開の変化に観客たちが表情に驚愕や笑みを浮かべる中、舞台から陸たちは去り、舞台袖へと消える。

 

そして舞台袖へと入った直後、次の場面へと移るために担当の生徒たちが舞台に用具を設置していく。

 

 

「…おい鶫、これも全部集の考えか?」

 

 

「あぁ、全てあいつの考えだ」

 

 

陸は、隣に立っていた鶫に問いかける。

これ、とは先程の場面で起こった陸にはまったく知らされていなかった展開である。

 

 

「…刃は潰されてたけど、問題にならなかったのかよ」

 

 

初め、困惑で気が付かなかったものの鶫と斬り合わせている内にレイピアの刃は潰されていることにようやく気が付いたのだ。

しかしそれでも本物、凶器である。教師たちに注意されていなかったのだろうか。

 

 

「担任は、刃が潰されてるならいいよ、と許可を出したようだぞ」

 

 

「…」

 

 

キョーコ先生なら言うかもしれない、と納得できてしまうのが何となく嫌だと思う陸。

 

 

「と、そうだ一条陸。この後の最後の場面だが…」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、ロミオ様…。今日はもう来て下さらないのでしょうか…」

 

 

C組の総力を使って作り上げた、キャピュレット家の屋敷がライトに照らされた舞台の上に現れる。

そして、バルコニーにはジュリエットの衣装に身を包んだ小咲。

 

両手を握り合わせ、天井を見上げながらロミオを想うジュリエットを演じる。

 

 

「私は、あなたを待ち続けます。あなたを…、永遠に愛し続けます…。たとえ、あなたが私を忘れ去られてしまったとしても…」

 

 

仰いでいた顔を俯かせ、目を閉じる小咲。

そして握り合わせていた手を解き、小咲は振り返って外から目を背けた。

 

 

「あなたを忘れることなどあり得ません。何故なら、私はあなたを永遠に愛し続けるのだから…」

 

 

「ロミオ様っ…!?」

 

 

舞台袖の方から響いた声に観客が沸いた。

だがそれと同時に、バルコニーに立つ小咲の顔が驚愕に染まる。

 

何故なら、陸が着ている衣装が所々破れているのだから。

先程の鶫との演技、クラスメートたちの登場。それらは集から口止めされていた小咲だったが、今の陸の衣装は全く聞かされていなかった。

 

 

「り…、ロミオ様!?だ、大丈夫でしょうか!?」

 

 

陸、と本名を呼ぼうとしたところをかろうじて抑え、何とか観客にぼろを見せないことに成功した小咲。

だが大丈夫なのか、という問いかけにはまったく演技という感情はなく本心から出たもの。

 

それが功を奏し、観客は言葉を出さず劇の展開に目が釘付けとなっていた。

 

 

「私のことはどうかお気になさらず。ただのかすり傷ですから…」

 

 

「ロミオ様…。まさか、キャピュレットの刺客に…」

 

 

本来なら、ここにやって来たロミオは刺客に襲われ怪我をしているという設定だ。

つまり、今まで陸と小咲は集の作り出した展開に振り回されてきたもののここからは台本通りに進めればいい。

 

終焉まで、後はラストスパートである。

 

 

「…あぁ、どうしてあなたはロミオなの?あなたがロミオでなければ…、あなたが敵の名前を持ってさえいなければ…、私は…全てをあなたに捧げられるというのに…」

 

 

「…私にとって、あなたの敵である名前は不要なものでしかありません。ですが、名前からは私だけの力では逃れることは出来ません」

 

 

陸は、バルコニーから降りている縄のはしごを掴み、登る。

 

 

「ですが、あなたがほんの少し力を私に下さるだけでロミオではなくなります」

 

 

はしごを一段一段上る陸。

 

 

「私を、恋人と呼んでください。さすれば、新しく私は生まれ変われます。今日からもう、ロミオではなくなります」

 

 

「ロミオ、様…」

 

 

二人の間に流れる沈黙。

だが、何故だろう。この沈黙は、ただの沈黙ではない。

 

他の誰にもわからない。それがわかるのは、今この舞台にいる二人だけ。

 

 

「愛して、います…。愛しています。あなたを…愛しています、ロミオ!」

 

 

小咲が、笑う。陸も、笑う。

 

小咲が手を差し伸べ、陸も手を差し伸べる。

 

二人の手が重なった瞬間、劇の終わりを告げるブザーが鳴り響く。

観客の大きな歓声が体育館中を包み込み、陸と小咲は歓声を上げる観客を一瞥して、再び目を見合わせて笑い合う。

 

その間、二人の手はずっと結ばれたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はオリジナル回を予定しています

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