一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

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第34話 カイケツ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誘拐されてからどれほど時間が経っただろう。

視界の中に時計など、今の時間を報せるようなものは何もなく、自分がどれだけの時間この倉庫にいるのかわからない。

 

目を見回した後、千棘は短いため息をついてからニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら煙草を吹かす男を一瞥する。

一体、どんな理由で自分を誘拐したのかと疑問に思っていたが、まさかただのやつあたりだとは思っていなかった。

 

自分の恋人、一条楽の“弟”、一条陸への復讐…というよりやつあたり。

彼らの野望を阻み、さらに彼らに途轍もない苦汁を飲ませた陸へのやつあたり。

 

まあまさか、陸も麻竹会という組織を潰したことでこのようなことになるとは思っていなかっただろうが…。

 

 

「おい、そろそろ一条陸とビーハイブの奴らが救出に来る頃だ。てめえら、それぞれ自分の武器を持っとけ」

 

 

短くなった煙草の火を、足で踏んで消した男がまわりの男たちを見回しながら言う。

千棘には素知らぬことだが、千棘が誘拐されてからすでに二時間が経っている。

 

ギャングの組織が警察に頼るはずはない。自分たちだけで千棘を助け出そうとするはず。

 

 

「くくっ…、だが奴らは手を出すことができない。こっちに、奴らの長の娘という切り札がある限りな…!」

 

 

男はちゃんと歯を磨いているのかと聞きたくなるほど汚くなった歯を剥き出しにして笑みを浮かべて千棘を見遣る。

目を向けられた千棘は、目を鋭くして男を睨み返す。

 

 

「…強がりやがって。まあ見てろ。お前の家族同然の奴らも、大切な恋人も…、みぃんな目の前でくたばっていくからよ!」

 

 

見るも醜い笑みを浮かべて顔を千棘に近づけて言う男。

そんな男に冷ややかな目を向けながら千棘は口を開く。

 

 

「歯、汚いわよ。ちゃんと磨いてる?息も臭いからあんまり近づかないで」

 

 

千棘の口から出た言葉に男は大きく目を見開いて、直後歯ぎしりさせ、怒りで目を血走らせる。

 

 

「このアマぁ…!」

 

 

さすがに失言だったか、こちらは誘拐された身。

拘束されているため、いつもの力は出せないためやられ放題なのだ。

 

しかし…、やはりダメだ。こんな奴らに媚び諂う事なんかしたくない。

 

男が拳を振りかぶる。間違いなくその拳は、次の瞬間千棘の顔面目掛けて振り下ろされるだろう。

だが千棘は目を閉じない。目を閉じたら、この男に屈することになる、そう思ったから。

 

怒りに表情を歪ませた男は、容赦なく拳を千棘の顔面へと振り下ろす。

後一瞬もすれば、途轍もない痛みが自分の顔を襲うだろう。

 

多分鼻先を狙ってるだろうし…、鼻は折れるだろうか。

何とか、後遺症なく治せるといいんだが…。

 

そんなことを考えながら、拳が命中するのをただ待つ千棘。

 

この時の千棘は、拳が命中することはないという事を知る由もなかった。

 

 

「お嬢ぉおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

「っ!?な、何だ!?」

 

 

突如起こる爆音、直後たくさんの男たちの叫び声が響き渡る。

千棘を攫った男たちは突然の現象に、それぞれの驚愕の表情を見せる。

 

先程の爆音は、千棘の正面の壁が吹き飛んだ音。

そして爆音の直後に響き渡った男たちの叫び声は…。

 

 

「お嬢、ご無事ですか!?返事をなさってください!」

 

 

「く、クロード!」

 

 

クロード率いる、ビーハイブの面々だった。

さすがに全員を連れてくるという事はないだろうが、それでも一瞬にして倉庫の中を埋め尽くすほどの数を引き連れてクロードが千棘を救出しにやって来たのだ。

 

 

「なっ…、な…なぁっ!?」

 

 

あまりの数に、男も想定外だったのか。ただただ驚愕の声を漏らすことしかできない。

 

 

「貴様か…、お嬢を拐したクソ共は…」

 

 

「っ!て、てめえら!これ以上近づくんじゃねえ!」

 

 

眼鏡を触りながら千棘を誘拐した犯人たちのリーダー格を睨みつけるクロード。

だが、驚愕から我を取り戻した男が銃を取り出し、傍らの千棘に突きつけながら喚き散らす。

 

 

「ほら見ろ!てめえらの大切な千棘お嬢様だ!こいつの命が惜しいだろ!?おい、一条陸はどこだ!ここに来ているんだろ!?」

 

 

「貴様…、貴様ごときがお嬢の名を呼ぶなど…!」

 

 

「聞いてんのか!」

 

 

銃口を千棘のこめかみに押し付ける男が、陸を呼ぶ。

そんな中、男が千棘の名を呼んだことに激昂するクロードを見て相手にされていないことを悟った男はさらに喚く。

 

 

「てめえら状況がわかってんのか!?大切な大切なお嬢様の命は俺の手に握られてんだぞ!?わかったらさっさと俺の言う通り、このお嬢様の恋人…一条陸を出せぇッ!」

 

 

声を枯らせながら叫ぶ男。

その男を、周りを囲むビーハイブの面々は目を丸くさせながら眺めていた。

 

 

「おい、こいつ…」

 

 

「あぁ、やっぱりあの坊主が言ったことは本当だったのか…」

 

 

するとビーハイブの面々が小声で話し始める。

 

この時、彼らが何を話しているかを察していれば、少しは違う結果が出たのかもしれない。

だが男はただ彼らは自分たちを舐めているのだと、状況がわかっていないのだとしか考えなかった。

 

 

「てめえら…、いい加減にっ」

 

 

「いい加減にするのはお前だよ」

 

 

さらに激昂しようとする男の言葉を遮って、別の男…いや、少年の声が割り込んでくる。

 

誘拐犯たちを囲んでいたビーハイブだが、さらに向こうは壁となっておりそこまでは侵攻していなかった。

そのため誘拐犯たちは正面のビーハイブの面々を警戒して…、背後にまで注意が回っていなかった。

 

突然聞こえてきた声に驚愕し、すぐさま振り返る男たち。

そして目に入るのは、男たちを見て笑みを浮かべる一人の少年。

 

その少年は、男たちがずっと憎み、標的としていた者。

 

 

「一条…陸…」

 

 

呆然と、口を半開きにして少年の、陸の名前をつぶやくリーダー格の男。

だが直後には、肉食動物が獲物を見つけたかの如く大きく唇が裂ける。

 

 

「おらてめえらどけ!大事な大事な恋人の元気な姿を見せなきゃいけねえからなぁ!」

 

 

ビーハイブに囲まれ、陸の姿も見えず、まさか計画は失敗したのかと不安を浮かべていた男たちの表情に光が差す。

陸が姿を現した途端、きびきびと動き出す男たち。

 

彼らを囲むビーハイブへの警戒は解かず、尚且つ男たちは二方向に分かれて道を作る。

結果、陸から真正面に銃を突きつけられている千棘の姿が見えるようになる。

 

 

「り、陸っ」

 

 

「おーおー、彼氏が来て嬉しいか?まあ、ちょっと待ってろや」

 

 

来てくれた。来てしまった。

千棘は陸の姿を見た直後、男たちの狙いを報せようと身を乗り出して口を開こうとする。

だがそれは、掌で口を塞いでくる男によって阻まれてしまった。

 

 

「千棘を離せ」

 

 

「あぁ、離すさ。だがその前に…、こっちの用を済ませてからだ」

 

 

「っ、んー!んー!」

 

 

鋭い視線を向ける陸に、男は見下ろすように背を反らしながら下卑た笑みを向ける。

 

そして男の言葉を聞いた瞬間、再び千棘が陸に向かって報せようとする。

 

駄目だ、すぐに戻れ。この男たちが狙ってるのは、陸の命だ。

そう報せようとするが、口を塞ぐ男の手の力が強くなり、思うように言葉を出すことができない。

 

 

「…そうか。何をすればいい?」

 

 

「そうだな…。まあまずは、こっちに歩いて来い。ああ、その腰の物騒なものは地面に置いてな」

 

 

こちらに来いと言う男は、陸の腰に差してある刀を忘れずに手放させる。

陸も男の指示に素直に従って腰に差した刀を地面に置いて、ゆっくり千棘に銃口を突き付けている男へと足を向ける。

 

陸が、一歩一歩近づいてくる。

口を塞がれている千棘が、必死に口を塞ぐ手をどかそうとする。

 

男たちが、自分たちの領域に近づいてくる陸をにやつきながら見つめる。

 

 

「…バカが」

 

 

不意に男が呟いた。

瞬間、千棘に突き付けていた銃口を離し、男に向かって近づく陸へと向ける。

 

千棘が反応する暇もなく、男は躊躇いなく引き金を引いた。

 

鋭い発砲音が響き渡る。

千棘が、ビーハイブの面々が大きく目を見開く。

 

そして陸は────────

 

 

 

 

 

 

 

 

────────腰に差していたもう一本の刀を抜き放った。

 

陸が降り抜いた刀は男が撃った銃弾を切り裂き、自身の体には傷一つ付くことはなかった。

 

 

「…は?」

 

 

男が、誘拐犯たちが呆然と今起こった信じられない光景に動きが固まってしまう。

 

そんな素人でもわかるような隙を、見逃すほど陸は、ビーハイブは甘くない。

 

 

「千棘!」

 

 

「今だ!」

 

 

呆然とする、千棘の傍らにいる男に向かって疾駆する陸と、クロードの指示と共に誘拐犯グループに向かって突撃していくビーハイブの面々。

 

 

「なっ、くっ!」

 

 

いち早く冷静さを取り戻したのは、千棘の傍らにいた男だった。

男はすぐに千棘のこめかみに銃を向け直そうとする。

 

男に残された選択肢はそれしかないのだ。

再び千棘の命を自分の手に戻して、陸たちの動きを封じるしかない。

 

だが、その動きは遅すぎた。

 

 

「させるかっ」

 

 

千棘に向けられようとした銃を、男の懐に飛び込んだ陸が刀の腹ではたき飛ばす。

鈍く短い男の悲鳴と共に銃はどこかへと飛んでいき、同時に男は唯一有効な武器を失う。

 

即座に陸は男の腹に拳を入れ意識を刈り取る。

 

 

「…ふぅ、これでとりあえず安心かな」

 

 

「り、陸…」

 

 

無造作に男を地面へと落とす陸を呆然と眺める千棘。

たった一分にも満たない時間の間、千棘は信じられない光景を目の当たりにしたのだ。

 

呆けてしまうのも仕方ないとは思うが、今はすぐにここから抜け出さなければならない。

 

 

「話はあとだ、ここから逃げるぞ」

 

 

「え…あっ」

 

 

陸は、千棘に拘束された両手をこちらに向けるように言い、そして向けられると懐から銃を取り出し、発砲。

手錠を破壊すると、次に両足を拘束している手錠も銃で破壊し、千棘の手首をつかんで走り出す。

 

 

「あっ、てめえ!待ちやがれ!」

 

 

駆けだす二人だったが、すぐに陸と千棘の逃亡に気づいた男が銃を向けてくる。

 

 

「させるわけねえだろーが!お嬢をこんな目に遭わせやがって、てめえら明日日の光を見れねえと思え!」

 

 

だがすぐにビーハイブの男が陸と千棘に銃を向けた男に襲い掛かる。

 

ビーハイブという強力な助っ人がいる今、陸と千棘は簡単に逃走することができた。

倉庫の傍に待機させていた車が見えてくる。

 

 

「千棘、あの車に乗れ。あいつらバカみたいで、周りに見張りを置いてなかったからもう一人で大丈夫だ」

 

 

「え?り、陸は…」

 

 

「俺はもうちょっとこっちにいるよ。協力してくれたビーハイブの人たちに礼を言わなきゃいけないしな」

 

 

もう事件は解決したと言わんばかりの陸の物言いに、千棘はぽかんとする。

だがその表情は、次の陸の言葉に引き締まってしまう。

 

 

「車の中に、千棘と話したがってる奴がいる。…ちゃんと、仲直りしろよ」

 

 

「っ!?」

 

 

その言葉を最後に、陸は再び男の雄叫び、悲鳴がひしめく倉庫の中へと向かっていった。

 

陸の背中が見えなくなると、千棘は不自然に止めてある車に目を向ける。

 

車の中には、こちらを心配そうに見てくる小咲、そして楽の姿があった。

 

 

「…」

 

 

千棘は車へと足を進める。

 

扉の取っ手に手をかけて、開けて中へと入る。

 

 

「千棘ちゃん!」

 

 

「千棘…」

 

 

すでに車の中に乗っていた小咲と楽が、中に入ってきた千棘を出迎える。

だが千棘は…、楽の方に目は向けず、小咲にだけ目を向ける。

 

 

「ありがとう。…心配かけて、ごめんね?」

 

 

「ううん…、千棘ちゃんが無事で、本当に良かった…!」

 

 

さてここで車に乗っている、運転手を除いた三人の位置だが、小咲は助手席に、千棘と楽は後ろの席に座っている。

 

絶賛すれ違い中の千棘と楽には少し気まずい位置だが…、ここだけの話、何とか二人に仲直りしてほしいと考えた陸と小咲が仕向けた思惑である。

 

このままここにいても何にもならない。運転手は千棘に一声かけてから車を発進させる。

 

千棘を桐崎家へと送り届ければ晴れて千棘の救出完了だ。

 

 

「…何で来たわけ?」

 

 

「は?」

 

 

すると不意に、千棘が小さく口を開いた。

誰に向けられたものかは定かではないが、この声は最近楽にとっては聞きなれてしまった低い声。

十中八九楽へと向けられたものであるとすぐにわかった。

 

 

「何でってそりゃ…、じっとしてられなかったからだよ。お前は、俺の恋人だからな」

 

 

「っ」

 

 

楽の言葉、特に最後の部分を聞いて千棘はピクリと体を震わせる。

 

 

「……って言ったくせに」

 

 

「…は?今なんて…」

 

 

千棘の声が小さく、楽の耳には届かなかった。

そのため、楽は千棘に聞き返す。

 

直後、窓へと顔を向けていた千棘が勢いよく体ごと楽の方へと顔を向ける。

 

 

「あんた、言ったでしょ!?私となんかどうせ上手くいかないって!」

 

 

「え…」

 

 

「浜辺で言ったじゃない!喧嘩ばっかりで上手くいくわけないって!何で…、それなのに何で今更…」

 

 

正直、楽にとって千棘が何を言っているのかよくわからなかった。

確かに千棘の言う通り、浜辺でそのようなことを言ったことは覚えている。

 

だが、それが一体…

 

 

(まさか、こいつ…)

 

 

そこで楽は、ある一つの結論に至る。

 

 

「べ、別に、だからってお前を嫌ってるわけじゃねえよ」

 

 

「…え」

 

 

「確かに、俺とお前が上手くいくわけねえとは思ってるぞ?でもよ…」

 

 

ああ、言っていると何故か恥ずかしくなってくる。

思わず楽は千棘から目を逸らして、続けた。

 

 

「それと、嫌ってるかどうかなんて別の問題だろ…。俺、お前が攫われたところ見て…、マジで焦ったんだぞ…」

 

 

「っ」

 

 

千棘が息を詰まらせる。

楽が本気で言ってるかどうかなど、見ればわかる。本気でなければ、どうしてそこまで恥ずかしがることがあるだろう。

聞いてる千棘の方まで恥ずかしくなってきてしまう。

 

だがすぐに取り直し、再び楽から窓の外へと目を向けた。

 

 

「そっか…。嫌って、ないのか…」

 

 

「千棘…」

 

 

楽から見たら、視線を逸らした千棘はまだ機嫌を戻していないように見えた。

何とかこちらの気持ちを伝えるために言葉を続けようとする楽。

 

 

「…」

 

 

言葉を続けようとして…、楽は口を閉じた。

そんな必要ない事を、楽は気づいたからだ。

 

 

「…そっか」

 

 

楽の視線の先で、何かつぶやいている千棘。

その口元は、緩やかに笑みの形を描いていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

(…あれ?あいつは俺に嫌われてるって思ったからあんなにへそ曲げてたのか?だとしたら…、あれ?)

 

 

最後に楽に疑問を残して、千棘誘拐事件は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ

「あ、ちょっと楽!あんなこと話してよかったの!?」

「あ?何がだよ」

「だって、さっきの話、私たちが本当の恋人じゃないって完全にばれちゃう…あぁ!」

「はぁ…、大丈夫だよ。その運転手はお前の…」

「やあ、千棘」

「え…パパ!?何で!?」

実はこの車の運転手…、千棘のパパでした!

(…楽坊ちゃんの頼みとはいえ、何であっしがこんなことを)

トランクの中には、竜が…。

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