一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

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第33話 ゲンイン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凡矢理市内某所、ここは倉庫の中だろうか?

もう使われてはいないらしく、ガラスの破片は飛び散ったまま、中にあるコンテナのほとんどは破損。

かろうじて壊れず残っていた椅子に、千棘は座らされていた。

 

両腕は背後に伸び、両手首、両足首は手錠で拘束されている。

これが紐だったなら力づくで抜け出すことができたのだが…、さすがの千棘も金属をちぎることなどできるはずもなく、身動きができない状態にいた。

 

さらに千棘の傍では三人の男性、そしてその周りにはおよそ三十人ほど入るだろうか、多数の男たちが立っていた。

 

 

「さて、と…。とりあえずこれでビーハイブのお嬢さんを誘拐することができたわけだが…、ははっ。ホント助かったぜ。どうやってビーハイブの保護下にある嬢ちゃんを攫おうかと考えてたら…、護衛もなしに一人で歩いてんだからよ!」

 

 

ぎゃははは、と品のない笑い声が千棘の鼓膜を揺らし、千棘は隠すことなくその表情に不快感を顕にする。

 

 

「あんた…、私を攫ってどうするつもり?」

 

 

両手足を拘束されているものの、目や口、顔を拘束されはしなかった千棘。

傍で笑っていた筋肉質の男に問いかけると、男は千棘の表情を見て目を見開いた。

 

 

「ほぉ?さすが、巨大ギャングの一人娘といったところか…。誘拐され、これから何をされるかもわからないというのに…、冷静でいられるか」

 

 

「舐めないでくれる?アメリカにいた頃はあんたみたいな奴らに結構ちょっかいかけられてたから」

 

 

誘拐されたことはないものの、未遂までならアメリカにいた頃千棘は何度か経験していた。

日本よりもアメリカの治安は悪い。その分、争いごとに巻き込まれることは決して少なくはなかったのだ。

 

 

「あんたを誘拐した理由か…。心配すんな。俺たちが用があるのはビーハイブという組織にじゃねえ」

 

 

「え?」

 

 

男の思わぬ言葉に千棘は目を丸くする。

てっきり、自分を人質にして組織を潰すかそれとも吸収するか、どちらにしろビーハイブにあだ名すつもりだとばかり思っていた。

 

だが男の狙いはそうではなかった。

 

 

「あのお前の恋人…、一条とかいうガキに用があるんだよ…」

 

 

「っ!?」

 

 

男の狙い、それはビーハイブではなく集英組。それもその息子の楽なのか。

千棘は目を見開いて驚愕する。

 

しかし何故?確かに楽はやくざの息子ではあるが、そういう裏の世界ではあまり知られてはいないと鶫から聞かされたことがある。

むしろその弟、一条陸の方が裏世界では有名であると鶫は言っていたはずなのだ。

 

だがその答え、理由を男は次の瞬間口にする。

 

 

「俺たちはよ…、香港で暗躍していた組織、麻竹会に深く繋がっていたのよ…。そして、近いうちに一気に力をつけるための一大取引をするつもりでいた。そのための費用も向こうに出した。だが…、取引をする前に麻竹会は潰された…」

 

 

男は目を伏せ、声が少しずつ弱くなっていく。

だが直後、勢いよく顔を上げ、目を血走らせて叫ぶ。

 

 

「おかげで俺たちは泥水を啜るネズミのような生活を強いられたんだよ!サツから逃げて、飯を食うのにも苦労するような生活、何で俺たちがしなきゃならない!だから俺たちの憎しみをぶつけてやるのさぁ!お前の恋人…一条陸になぁ!」

 

 

「…は?」

 

 

男の言葉を聞きながら、ただの自業自得ではないかと呆れていた千棘だったが、最後に出てきた名前に目を見開いた。

楽、じゃない。男が口にしたのは陸の名前。

つまり男たちの目的は楽ではなく陸。

 

しかしどういうことなのだろうか?麻竹会というのが何なのかは知らないが、ビーハイブや集英組のような何らかの組織なのは間違いない。

その組織を、陸が潰した?それに聞いていればその麻竹会が潰れたのはつい最近らしいが…、陸がそんなことをしているような素振は…。

 

 

(あっ…)

 

 

その時、千棘の脳裏に空席になっていた陸の席の光景が過る。

そうだ、陸は林間学校の直後一週間ほど学校を休んでいた。

 

まさか…、その時に?

 

 

(ということはこいつらは…、楽と陸を間違えてるってこと!?)

 

 

そうだとしたら何という…、要するに自分は巻き込まれたという事だ。

 

思わずため息をついてしまう千棘。幸いにもそのため息は千棘を誘拐した男たちに見つからなかったが。

 

 

(まあ大丈夫でしょ。うちはもちろん、陸も相当腕が立つって鶫は言ってたし…)

 

 

男たちには気の毒だが、自業自得だ。大事なことだから二度言った。

もう少しすれば、彼らは相当痛い目に遭うことになるだろう。

 

 

(…あいつも、来てくれるのかな?)

 

 

千棘は近いうちに助けに来るだろうビーハイブ、もしかしたら来るかもしれない陸が男たちをぼこぼこにしている光景を想像する。

 

そして、自分を助けるために先陣を切る楽の姿────────

 

 

(…ないない。そんなのあり得ないって)

 

 

冷めた表情で一瞬浮かべた想像を打ち消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て楽、落ち着け。一回人が少ない所に行ってからもう一度詳しく教えてくれ」

 

 

「い、いやでも!千棘が…っ」

 

 

教室の中に入って、驚愕の言葉を口にした楽に落ち着くように言う陸。

だが楽からしたら、千棘が誘拐されたのだ。こうしている間にも、千棘に何がされているのか分かったものではない。今すぐにでも助けに行きたい。

じっとしていられないのだ。

 

だが陸は落ち着かない楽の胸倉をつかんで引き寄せる。

陸の顔が間近に迫り、楽は言葉を飲み込んで押し黙る。

 

 

「…気持ちはわかるけど、こんな所で騒いでてもどうにもならないだろ。今は落ち着いて、話を聞かせろ」

 

 

「…わ、わかった」

 

 

何とか楽は落ち着いたようだ。

しかしすぐにまた錯乱するかもしれないため、陸はすぐに楽を連れ出すことにする。

 

 

「小咲ゴメン。後でちゃんと小咲の分も支払うからさ、会計頼めるか?」

 

 

「あ…、うん、わかった」

 

 

小咲も楽と同じように混乱しているに違いない。

だが陸の言葉に頷いて立ち上がると、会計を担当している生徒の元へと歩み寄っていった。

 

それを見届けてから陸は楽の腕を掴んでそのまま廊下に、そして階段を降りて人気が少ない所に連れていく。

 

 

「…さて楽。詳しく話せ、千棘が攫われたってどういうことだ?」

 

 

正直、千棘が攫われたなど信じがたい話なのだ。

 

千棘は組織ビーハイブの長、アーデルトの一人娘。

彼女を護衛のシステムはかなり強固であり、この学校に来る時でさえも鶫の他に何人かの組員が千棘を監視しているはず。

そんな千棘を誘拐することなど、普通ならば不可能なはずなのだ。

 

 

「それが…、控室でも鶫が言ってたけど、千棘を見失って…、あれから二人で手分けして探してたんだ」

 

 

陸に問われた楽が説明を始める。

 

 

「でも、なかなか見つからなくて…。もしかしたら外にいるかもしれないって思って…、そしたら…」

 

 

「…千棘が誘拐されてるところを見たってことか?」

 

 

陸の問いかけに頷く楽。

いや、楽の判断は正しい。そのまま楽が考えなしに突っ込んでいかなくて本当に良かったと陸は安心して息を吐く。

 

 

(けど、いくら何でも手際が良すぎる…。やっぱり千棘を狙った犯行だって考えた方が自然だな。…目的はビーハイブの領地?それとも資産か?)

 

 

楽の話を聞きながら陸は犯人たちは千棘を狙っていたと考えた。

千棘を利用してビーハイブの何を狙っているのか…、今度はそれを考え始める。

 

 

「り、陸…」

 

 

「っ…、楽、この事を俺以外の誰かに話したか?」

 

 

「い、いや…」

 

 

陸が思考している中、不安げな表情を浮かべて楽が弱弱しく声をかけてくる。

思考の奥から意識を浮かび上がらせ、陸は楽に問いかけ、楽はその問いかけに首を横に振ってこたえる。

 

 

「よし、なら良い。楽は今から鶫にこの事を報せろ。けど、鶫以外の人には絶対に言うな。そのことを肝に命じろ」

 

 

「わ、わかった…。鶫に知らせればいいんだな?」

 

 

陸の出した指示を復唱する楽に向かって頷くと、楽はすぐさま駆け出していった。

 

これであと五分もすれば鶫はクロードなどの幹部に千棘のことを連絡して、彼らは動き出すはずだ。

 

 

(さて、その間に俺も動くとするか…)

 

 

十中八九犯人は千棘を人質にするために攫ったはずだ。

ならばしばらくの間は千棘の無事は確保できたと考えていい。

 

だが、気になることもある。

 

 

(ビーハイブの力を狙っているのなら、千棘を攫ったことを報せなければ意味がないはずだ…)

 

 

しかし楽を見送ってから陸は校舎内を歩いているのだが…、まるで様子が変わっていない。

千棘が攫われたのだ。鶫やクロードが大騒ぎしそうなものだが…。

 

いや、千棘を救うためにも騒ぎを起こすわけにはいかないと考えて静かに行動している、とも考えられる。

だが…、それでも。

 

 

(…何か嫌な予感がするな)

 

 

陸の中で何かが引っかかる。

その引っかかりを気のせいだと考えればそれまでなのだが…、何故だか気になって仕方がない。

 

 

「…待てよ?」

 

 

陸はふと足を止める。

右手の親指を顎に当てて何かを考えている素振を見せる。

 

 

(俺が香港で麻竹会を潰したのが大体二か月前…。少し遅い気もするが、これは偶然なのか?)

 

 

陸が思い出したのは二か月前、香港で壊滅させた組織、麻竹会。

叉焼会が取りこぼすとは考えにくいが、もし残党がいるのなら期間的には丁度良いのかもしれない。

 

だが、そう考えると何故千棘を攫ったのかが疑問に残る。

自分に復讐するために千棘を攫ったのなら、それなりにこちらの交友関係は調べてあるはず。

しかし交友関係を調べたのならば、千棘は自分ではなく楽の恋人であるという事はわかっているはずなのだが…。

 

 

(…え、まさか。いやそんなことは…)

 

 

少し考えて…、陸は考えられない、しかしそうでなければ辻褄が合わない結論を導き出す。

 

 

(俺と楽を間違えてる…、それか、双子の兄弟がいるという事を知らない…?)

 

 

バカな、と一言で一蹴したいほど馬鹿らしい考え。

だがそう考えると、一気にすべての辻褄が合ってしまう。

 

千棘を攫ったのは、自分の恋人だと考えたから。

誘拐のことをビーハイブに知らせなかったのは、飽くまでターゲットは自分だから。

それと、楽が千棘の誘拐を見ていたことを犯人たちは気づいていたのだろう。だからこそ、誘拐のことを誰にも公開しなかった。

 

 

(…いくら何でも甘すぎる。よくもまあそんな策でどうにかなると思ったもんだ)

 

 

あまり裏の方の世界での生活は長くないのだろうか、さすがにこれは少し呆れてしまう。

 

 

「一条陸!」

 

 

「鶫?楽。それに…、小咲まで…」

 

 

思わず苦笑を浮かべながら息を吐いた陸を呼ぶ声が背後から聞こえてきた。

振り返ってみると、こちらに駆け寄ってくる鶫と楽、そして小咲の姿が。

 

 

「一条楽からすべて聞いたぞ。まず一番に貴様に話していたという事もな」

 

 

「ああ。組織の方には伝えてあるんだろうな?」

 

 

周りには聞こえない様に小声で話す陸と、問いかけに頷いて返す鶫。

 

 

「ならちょっとついてこい。少し話したいことがある」

 

 

「え…、あ、あぁ。わかった」

 

 

先程出した、あまりにも馬鹿らしい結論を鶫に話さなければいけない。

そう思って、陸は鶫についてくるように言う。

 

 

「楽と小咲はもう戻れ。そして今までのことは全部忘れろ」

 

 

「なっ…、おい陸っ」

 

 

「で、でも…」

 

 

鶫を連れていく前に、陸は後ろに立つ楽と小咲にはついてこない様に釘を差す。

当然だ。楽と小咲…、特に小咲に関しては全く無関係だ。

 

楽だって集英組という組織の中に入るものの、裏の世界の住人では断じてない。

これ以上、関わらせるわけにはいかないのだ。

 

 

「これ以上は来るな。じゃなきゃ…、後戻りできなくなるぞ」

 

 

「「っ」」

 

 

楽と小咲は、これまで見たことがなかっただろう。

今浮かべている、裏の世界の陸としての顔を。

 

鋭い眼光は楽と小咲を射抜き、二人の動きを硬直させる。

楽と小咲は陸についていくために踏み出そうとした足を止める。

 

 

「楽。お前は公務員になって真っ当に生きていきたいんだろ?小咲。お前はどうするかはわからないけど…、少なくとも真っ当に生きていきたいだろ?なら、これ以上は踏み込むな」

 

 

最後にそう言いながら一瞥して、陸は二人に背を向けて去ろうとする。鶫も、去っていく陸に黙ってついていく。

そんな二人の背中を、楽と小咲は見ることしかできず、ただ黙って見送る…。

 

そうしてくれるだろうと、陸は思っていた。

 

 

「嫌だ」

 

 

短く、そう言い切った楽の声が聞こえてきた。

陸は目を見開いて、勢いよく振り返る。

 

楽はまっすぐこちらを見据えて、陸が振り返ったのを見るとこちらに歩み寄ってきた。

 

 

「陸、お前の言う通りだよ。俺は公務員になって真っ当に生きて…、だからやくざの仲間入りなんて絶対に御免だ」

 

 

言葉を切った楽は、足を止めて呆然とする陸の前に立って続ける。

 

 

「だけど…、目の前で連れ去られた恋人をそのままにして自分だけ安全な所にいられるほど、腐っちゃいねえんだよ!」

 

 

大きく目を見開いて、楽はそう叫んだ。

 

陸は思わず隣に立っている鶫に視線を向けた。

同じく鶫も陸に視線を向けており、そこでようやく陸は鶫も自分と同じように振り返っていたことに気付く。

 

鶫も楽と小咲は引き下がると思っていたのだ。

だがその思い…、いや、願いとは裏腹に楽は食い下がってきた。

 

 

「あ、あの…。私も!私も千棘ちゃんが…」

 

 

「あぁちょっと待て。まずは場所を移動しよう」

 

 

楽に続いて小咲も陸たちに食い下がろうとするが、それを陸が止める。

 

二人は…特に楽は気づいていないのだろうか。

今、四人がいる場所は廊下。文化祭を楽しむ生徒たちやその保護者たちがたくさん歩く廊下である。

 

さて思い出してほしい。楽はここで先程、何と口にしたのかを…。

 

 

「っ!?」

 

 

「あ」

 

 

楽は一瞬にして顔を真っ赤にして、小咲は他に人がいることに今気づいたのか、小さく声を漏らした。

 

 

「とりあえず、ここから離れるぞ。どうするかは外で話そう」

 

 

ざわつく人ごみの中から抜け出すべく、陸が先導して場所を移動し始める。

 

とにもかくにも、千棘を救出すべくこれからどう行動するかを話し合わなければならない。

その際、陸にも話したいことがあるし、楽と小咲の説得もしなければならない。

 

 

(文化祭なのに、どうしてこうなった…。千棘を誘拐した奴らは徹底的にボコろう)

 

 

内心で固く誓いながら、陸は息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で千棘を救出、出来るかな…?

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