一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

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第10話 ヨカンガ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい陸!決闘ってなに考えてんだよ!?」

 

 

楽の頭の中には、ムとリの二文字だけが回り回っている。

 

先程の鶫の動き、目にも止まらなかった。

そんな鶫と、ただの一般人の自分が決闘?

 

 

「死ぬわ!」

 

 

死しか想像つかない。

 

だが、陸はカラカラと笑いながら楽に伝える。

 

 

「大丈夫。武器はなしでやるから」

 

 

「あ…、なら、まあ…」

 

 

「まあそれでもブラックタイガーなら一般人くらい簡単に殺せちゃうけどな」

 

 

「やっぱ無理!決闘なんてやめよう!」

 

 

武器なしでやると聞いたとき、一瞬、ならば大丈夫なのでは?と思った自分を馬鹿らしく思う。

よく考えろ。あのような動きができる奴が、武器がないくらいで後れを取るようなことがあるだろうか?いや、ない。

 

奴はゾウで、自分は小さい蟻なのだ。踏みつぶされてしまう存在なのだ。

武器があろうがなかろうが変わるはずがない。

 

 

「ちょっ…、待ちなさいよ!」

 

 

嫌がる楽を諭そうと、何かを言おうとする陸だがその前に第四者の声が割り込む。

 

千棘だ。楽と鶫がどこに行ったかを聞き、屋上にやって来たのだ。

初めからとはいかないだろうが、大体の話は聞いていただろう。

千棘は笑みを作りながらこちらに歩み寄ってくる。

 

 

「もぉ~、ダーリンもつぐみも仲良くしなきゃダメでしょ~?陸君も、決闘とか言っちゃダメ!」

 

 

千棘は当然、鶫の腕を知っているはずだ。だからこそ、陸の提案した決闘を止めに来たのだ。

 

だが、今、千棘では鶫を止めることは出来なかった。

 

 

「止めないでください、お嬢…。申し訳ありませんが、私はやはり、この男をお嬢のパートナーとして認められない!」

 

 

先程の、僅かな時間の中の組手。一瞬で終わった。

あの程度の男が、千棘を守り抜く?陸が言った通り、強さだけでは守ることは出来ない。それには同意する。

 

だが、それでもこの男は弱すぎる。そのような奴を、敬愛する千棘のパートナーとして認めるわけにはいかないのだ。

 

 

「お嬢はビーハイブのご令嬢であり…、私が守ると誓った大切なお方だ…。お嬢を守れるというのなら、相応の力を見せて貰わねば納得できん!」

 

 

鶫は、呆然とこちらを見つめる楽に向かって指を突き付け、告げる。

 

 

「ディアナの言う事に従うのは癪だが、貴様に決闘を申し込む!異論は許さん!!」

 

 

「は、はあ!!?」

 

 

鶫はそう告げ終わると、楽と千棘に背中を向けて立ち去ろうとする。

 

 

「時間は放課後、場所は校庭。逃げれば…、殺す」

 

 

もう用はないと言わんばかりに、それ以上何も言わずに屋上を去っていく鶫。

 

呆然と、無造作に閉じられた扉を眺める楽と千棘。

そして…

 

 

「じゃ、そういうことだから」

 

 

「「待て待て待てえええええええええええ!!!」」

 

 

何もなかったかのごとくその場を去ろうとする陸。

しかし、そうはさせじとそれぞれの手で陸の両肩を掴んで歩みを止める楽と千棘。

 

 

「どうしてくれんだ陸!俺、死ぬかもしんねえぞ!」

 

 

「そうよ!あんた、ブラックタイガーを知ってるんなら、鶫がどれだけ強いか知ってるんでしょ!?」

 

 

楽と千棘に詰め寄られた陸は、背中を後ろにそらしながら両手を前に出して二人を落ち着かせようとする。

 

 

「まあまあ。でも、ああいう奴が来たんだから結局これは避けられない道だったと俺は思うぞ?」

 

 

陸の言葉に勢いが削がれる楽と千棘。

詰め寄るのをやめ、二人は元の体勢に戻す。

 

陸も反らしていた背中を戻してもう一度口を開く。

 

 

「何、勝ちゃいいんだよ勝ちゃ」

 

 

「それができれば苦労しねえよ!ていうか、無理なんだよそれが!」

 

 

気楽に言う陸に怒鳴る楽。だが陸はまったく堪えた様子はなく笑う。

 

 

「さっきも言ったけど、武器はない。だったら楽にも勝ち目はあるだろ。…ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど」

 

 

「おぃいいいいい!!聞こえたぞ!聞こえたからな陸ぅうううううううううう!!!」

 

 

最後にぽつりとつぶやいた陸の言葉を聞きとった楽。

 

そのつぶやきは、容赦なく楽を不安のどん底に突き落とす。

 

 

「おい楽。確かに武器はなしとは言ったけど、何も素手で戦えとは言ってないぞ?」

 

 

「…は?」

 

 

陸は楽と千棘に背を向けて、屋上の出口に向かって歩きながら言う。

 

そして、扉に手をかけてからもう一方の手の人差し指で頭をトントン、と叩きながら続けた。

 

 

「ここを使えよ、楽」

 

 

陸はそう言って、扉を通って廊下へと出た。

屋上から階段を降りて、三階に出る。

 

 

(…しかし、ブラックタイガー。俺の顔を知ってたのか)

 

 

ブラックタイガー、鶫誠士郎は自分のことをディアナと呼んだ。

 

ディアナとは、裏で有名になっている自分の二つ名のことだ。

 

 

(ったく、誰がディアナだってんだよ…。俺は男だっつーの)

 

 

全く失礼な話である。

確かにあの時は髪を伸ばしたままにしていたのは事実だが、女に間違われてしまうとは心外である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま授業は過ぎていき、ついに放課後。

校庭では大勢の人が集まっており、その中心には楽と鶫が立っていた。

 

だが、それはまた別の話である。陸はその光景を見てはいなかった。

現在、陸は図書室の席に着き、教科書とノートを広げて勉強をしていた。

 

決闘を焚き付けておいて、あんたはこんな所で何をしてるんだというツッコミは受け付けないので悪しからず。

 

 

「あら、一条弟君」

 

 

「ん?宮本、それに小野寺も」

 

 

通路から現れるるりと小咲は、陸の姿を見つけて声をかけた。

その手には、それぞれ小説が握られている。本を読みに来たのだろう。

 

 

「一条君、勉強しに来たの?」

 

 

「ああ。何か図書室の方が集中できてさ」

 

 

小咲の問いかけに理由もつけて答える陸。

確かに、陸自身、教室でやるよりも図書室の方が集中できるというのは事実である。

 

だが、陸が座っているのは窓際。その窓からは校庭が見下ろせる。

そう。陸も全く気にならないはずがないのだ。自身の兄と凄腕ヒットマンという結果は火を見るより明らかという決闘を。

 

 

(そろそろ、か)

 

 

時計を見上げて時間を確認すると、陸はペンを置いて立ち上がり、窓の下を見下ろす。

 

 

「一条君?どうしたの?」

 

 

「いや、別に」

 

 

急に立ち上がった陸を気にして小咲が問いかけるが、陸は誤魔化すだけ。

 

まさか、兄と転校生が決闘するから気になると言っても信じてもらえない可能性の方が高い。

ならば言わない方が自分のためだ。

 

 

「…」

 

 

陸が見下ろしたその時、どうやら決闘が開始されたようだ。

 

鶫が殴りかかり、楽がかろうじてかわす。

だが、鶫の拳の威力が回避しているにも関わらず楽には伝わったのだろう。

いきなり楽は踵を返して逃げ出し、校舎の中に入っていく。

 

そんな楽を追いかけて鶫も駆け出し、校舎の中に入っていく。

 

 

(そうそう。ちゃんと頭使えよ?楽)

 

 

心の中でつぶやいてから、陸は席に着いて勉強を再開する。

 

 

「校庭で何かあったの?」

 

 

「ん?まあ…、何か面白そうなことやってたな」

 

 

問題を解き始めた陸に、小咲が校庭で何かあったかを問いかける。

先程も言ったが、決闘なんて言ったって信じてくれるわけもなく。

曖昧な言い方をして誤魔化すしか陸に選択肢はなかった。

 

 

「…小野寺、それ」

 

 

「え?」

 

 

再び問題に集中しようとした時、陸は小咲が呼んでいる小説の題名を目にした。

 

<名推理はランチの後で>

押しも押されぬベストセラーであり、発売から一か月経った現在、売上本数三万部を突破している。

猛烈な勢いで売れている推理小説なのだが、ここまで早く図書室に置かれているとは思っていなかった。

 

 

「え、一条君。これ知ってるの?」

 

 

「知ってるも何も、買って家にある」

 

 

「へぇ~…。私、最近お小遣いがピンチだから買えてなくて…」

 

 

陸が、すでに本を買っているという事を聞いて羨む小咲。

ただでさえ、あっという間に売り切れてしまうというのに、いつ買ったのだろうか。

 

 

「俺、ミステリーには目がなくてさ。発売初日、店の前で並んで買った」

 

 

「す、すごいね…」

 

 

ちなみに、陸は欲しいものが大人気商品だったりするといつもそれを売ると広告している店の前で夜遅くまたは朝早くに並んで買いに行く。

 

ちなみに、その本を買った日は寝不足で学校のほとんどの授業を寝て過ごしたという。

 

 

「でも、もう図書室の棚に並んでるとは思わなかったな」

 

 

「そうだね、私もダメもとで探してみたんだけど…」

 

 

図書室に発売一か月の、それも大人気の小説が置かれるとは思っていなかった。

まさか、図書室の管理の先生が推理ファンだったりするのだろうか。…そんなわけないか。

 

 

「あ!ねえ、ダーリンここに来てなかった!?」

 

 

るりをそっちのけで小説について盛り上がる陸と小咲だったが、そんな時、図書室の扉が開いたと思うと、三人の前に千棘が現れた。

 

千棘は三人を見つけたかと思うと口を開いて、楽が来なかったかと問いかけてきた。

 

 

「え?来なかったけど…」

 

 

「おい!あの二人がプールに落ちたぞ!」

 

 

「まじかよ!」

 

 

千棘の問いに、陸が答えようとした時、廊下から声が聞こえてくる。

その声を聴いた途端、千棘の顔色が一変し、慌てて廊下へと駆け出て行く。

 

 

「…何だったの?」

 

 

「…さあ」

 

 

るりと小咲が目を見合わせてつぶやく。

 

 

(プールに落ちた?…まあ、水は入ってたし大丈夫だろうけど)

 

 

一方の陸は、先程の声は楽と鶫の決闘についてだろうと悟る。

 

プールには水が入っていた。もしかしたら、怪我などをしているかもしれないが命は大丈夫だろう。

 

楽だって、ああ見えても戦闘訓練を受けたことがある。受け身くらいは取れるだろう。

 

 

(…あれ?プールに落ちたってことは濡れたってことだろ?…確か、ブラックタイガーは)

 

 

頭の中で思考を始める陸。プールに落ちたという事は、当然水に濡れるだろう。

そして、ブラックタイガー、鶫誠士郎は…。

 

 

(…面白そうだ。見てこよっと)

 

 

陸は教科書、ノートを鞄の中にしまって立ち上がった。

 

 

「俺はちょっと見て来るよ。気になるし」

 

 

「あ…、私も行きたい…」

 

 

「私はいいや」

 

 

陸と同じく、小咲も気になったのだろう。陸と同じタイミングで立ち上がって本をしまいに行く。

だが、るりは座ったまま動かない。

 

 

「じゃあな宮本。また明日」

 

 

「るりちゃん、またね」

 

 

「また明日ー」

 

 

三人は挨拶を交わし、陸と小咲は図書室を出る。

 

確か、楽と鶫が落ちたのは屋外プールだ。

そしてずぶ濡れになっているはずだから、恐らく更衣室に入ったと思われる。

 

陸が先導し、更衣室に向かう二人。

 

 

「…あれ?男子更衣室にたくさん人が…」

 

 

「ホントだ…」

 

 

更衣室付近に着くと、男子更衣室の前に人が殺到していることに気づく陸と小咲。

その光景を見ながら、陸はまさかと心の中で思う。

 

 

(ブラックタイガーを男子更衣室に連れて行ったんじゃねえだろうな…。いや、さすがに楽でもそれは…)

 

 

「「…」」

 

 

陸が心の中でそうつぶやきながら、小咲と並んで更衣室の中を覗き込む。

その中に広がる光景を見た途端、二人は言葉を失った。

 

 

「最っ低ぇ!ホントに最っ低ぇ!!まさかあんたがそこまでけだもの屑もやしだったなんて!!!」

 

 

「ご、誤解だ…」

 

 

「お、お嬢…。落ち着いて…」

 

 

更衣室の中には、楽が鼻血を垂らして倒れており、その楽を両腕を組んで見下ろす千棘。

そして千棘を何とか落ち着かせようとする、Yシャツのボタンが外れ、胸の谷間が見えてしまっている鶫の姿があった。

 

陸と小咲は、何も言えずに呆然と眺める…ことなく、すぐに回れ右して視界からその光景を消した。

 

 

「…帰ろうか」

 

 

「…うん、帰ろう」

 

 

ただ一言、そう言い合って校門へと向かう陸と小咲。

 

並んで歩く中、陸はあの光景を見た時に感じた小さな違和感について考えていた。

 

 

(何か…、確かに変わらず言い合っているように見えたけど…)

 

 

楽と千棘が口論をするのはいつものことである。

そしてそのほとんどが千棘の勝利に終わり、時には殴り飛ばされて終わるという事だってある。

 

だが、あの時は…、何か…。

 

 

(桐崎さんの態度が、どこか柔らかかったような…)

 

 

気のせいかもしれない。そんな小さな変化。

だがそれは確かに存在しており、気のせいと決めつけて流すことは出来ない大きな変化。

 

 

「一条君?どうかした?」

 

 

「え?あぁ。楽と桐崎さんなんだけど、何か仲良くなった気がしないか?」

 

 

考え込んでいる陸を気にした小咲が問いかける。

その問いかけに答える陸。逆に問いかけられた小咲は、疑問符を浮かべながら首を傾げる。

 

 

「…そうかな?いつも仲良さそうに見えるけど」

 

 

「あぁ…、うん。そう来るか…」

 

 

鈍感なのかはたまた鋭いのか。よくわからない答えが小咲から返ってくる。

 

 

「まあそれは置いとこう。それより、まだ少ししか読んでないだろうけどあの小説、どうだった?」

 

 

「あっ!うん!すごくあの後の展開が楽しみになった!」

 

 

並んで歩く二人は、会話に花を咲かせながら帰路を進む。

 

陸は、小咲と話しながら頭の隅で考える。

 

楽と千棘の、関係の小さくて大きな変化。

もしこのまま変わり続ければ、もしかしたら…。

 

 

(本当に、桐崎さんの弟になることもあり得るかも)

 

 

今日、いきなり転校生が騒ぎを起こしたその日。

 

陸は、そう遠くない未来に起こるかもしれない、大きなお祝い事を予感するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




語句説明
<名推理はランチの後で>
陸たちが入学したとほぼ同時に発売された推理小説。
その売れ行きは爆発的に増加し、今ではベストセラーとして数えられている。
陸は、この本を買うために朝早くから本屋の前で並び、待ち続けたという。

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