恋に恋する『かわいい私』を卒業します   作:八橋夏目

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前回の反応が思った以上だったので、続編です。


彼に泣きつく『甘える後輩』を卒業します

 

 今日は卒業式。

 ただし、先輩方の。

 

 

 

 

 一色いろは、十七歳。

 総武高校二年で去年から引き続き、生徒会長。

 というわけでわたしは卒業式で送辞を読まなければならない。

 いや、まあ去年も読んだんだし、一年半も生徒会長をやっていれば、人前に出るのもなんら躊躇いはない。

 

 

 ないはずなのに、足がガクガク震え、手も痺れたように小刻みに動いている。

 緊張………というよりかは喪失からくるものだろう。

 

 

 そう。

 わたしは二年生なのだ。

 つまり、せんぱいは三年なわけで………………………。

 

 

 

 このまま時が止まればいい、とさえ思えてくる。

 卒業式が終わってしまえば、もう学校でせんぱいに会うことはなくなってしまうのだ。

 そう思うと、なんだか胸が苦しくなって。

 

 なんてさっきから同じことを考えては悲しくなって、思い浮かべては涙が出そうになる。

 わたしはいつからこんなに弱くなってしまったのだろう。

 これも全部せんぱいの所為だ。

 

 責任取ってください、せんぱい。

 

 

 ああ、ダメだ。

 何を考えても何も考えなくとも頭の中にはせんぱいのことだらけで。

 卒業生の入場がこんなにも苦しいなんて、初めて知った。

 卒業式で泣く女子は卒業生在校生問わず、毎年見かけたけど、こういう感じだったからなのかもしれない。

 そりゃ、確かに泣いちゃうよね。

 

 

『卒業生、入場』

 

 

 教頭のアナウンスと共に音楽が流れ、先輩たちが講堂に入ってくる。

 在校生の間をくぐり抜けて席についていく。

 今日も雪ノ下先輩は凛としている。

 一方で、結衣先輩はいつものように、とはいかないまでも笑っていた。

 そして、今日もかっこいいみんなの葉山先輩の隣にはまさかの猫背で濁った目の拈デレさんがいた。

 なんなんでしょうね、あの人は。

 人が必死に苦しいのを我慢しているというのに、あのやる気のなさそうな雰囲気は。

 無性に腹が立ってきました。

 でも。

 ちょっとだけ。

 ほんのちょっとだけ、気持ちが軽くなった気がする。

 なんというかもう存在自体があざといですよ、せんぱい♪

 

 

 授与式の後の校長の長話を聞き終わり、来賓祝辞。

 

『雪ノ下県議会議員の代理として雪ノ下陽乃様、お願いします』

 

 

 まさかの魔王、じゃなかったはるさん先輩でした………。

 まあ、可愛い妹のためならばどんなことでもするような人だし、来てて当然だとは思っていたけど。

 こんな形で出てくるとは全く考えつかなかった。

 あ、今ピクッと反応した卒業生はせんぱいかな。

 今日は一体どんなことをやらかすのだろう。

 

『卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。父に代わり、この雪ノ下陽乃がご挨拶をさせていただきます』

 

 深々とお辞儀をするはるさん先輩。

 いつもの陽気な彼女は何処へやら、お嬢様の仮面がそこにはあった。

 

『……月日は早いもので、私が卒業してからもう三年も経ちます。私が高校生の時には割と好き放題にやっており、ここにいる先生方には多大な迷惑をかけていました。それに比べて、私の妹は逆に落ち着いており、だからこそ私以上のものを期待されていました。まあ、最も本人は負けず嫌いなため、その波に乗じて私を追い抜こうとして頑張っていたけど。だけど二年生になった頃からかな。彼女の目標は私ではなく、ある一人の男子生徒に変わっていました。それを知ったのはしばらく経った六月のこと。私は彼に初めて会いました。彼は私が今までに出会った人たちの中にはいないタイプでね。ちょっと悪戯をしてみたところ、まんまと私はしてやられてしまいました。でも彼には自覚ないんだろうなー。二度目にあったのは夏休みに妹を迎えに行った時。ちょうど部活の合宿から帰ってきたところで彼もいました。後から聞いた話ではその合宿で彼は小学生のいじめ問題を解消したらしく。解決じゃないのって思うかもしれないけど、解消なのです。詳細は長くなるので割愛します。次に会った時には文化祭の実行委員をしていました。妹も一緒で彼女の方は副実行委員長を務めててね。彼女の目標から外された私は副実行委員長で留まっていることに苛立ちを覚え、彼女の作る文化祭というものを見たくなり、いろいろと促してみました。すると忽ち実行委員会は作業が停滞し、遅れが出るようになりました。だけどそんなある日、集団を一気にやる気にさせる方法を知っていた彼は行動を起こし、それはもう文化祭最後には私の幼馴染に突掴まれるところまでの徹底ぶりで。そんな彼を私以上に見てきた妹はいつの間にか彼色に染まってしまってて。お姉さん、嬉しい反面悲しかったなー。その後も彼は次々と私の斜め下を行く発想で問題を解決していき、部活が半壊状態までいっちゃってね。さすがの私も見て入られなったわ。でも、彼はそれを表面上は回復させて、今までの日常を取り戻したようにしていました。………一度壊れたものを完璧に回復させるなんて、絶対にできないことを彼が一番知っていたはずなのに、ね。だから、私はそんな彼らにバレンタインイベントの日に現実を突きつけてあげたわ。「キミの求める本物ってこれなの」って。そこからの彼らは不安を抱えながらもちゃんと前を向いて歩き出しました。そして今も前に進んでる。私はそんな彼が、彼女らが羨ましく思います。私もいつか…………。長くなりましたが、最後にこれだけは言わせてください。社会に出れば彼のようなひねくれた性格もいれば、妹のように誰かを目標にしている人もいる。私のような恐い人もいれば、妹の親友のような優しい人もいる。私の幼馴染のようなみんなの人気者もいれば、彼の後輩ちゃんのようなあざとい子もいる。だけど、いやだからこそ、いろんな人達と出会い、いろんなものを感じてください。そこにはあなたの求める本物があるはずだから。………以上で私の挨拶とさせていたただきます。卒業生の皆さん、本当におめでとう」

 

 やっばい。

 泣きそう。

 というかもうちょっと泣いてるまである。

 壇上から降りていくはるさん先輩に盛大な拍手が送られる中、わたしは制服の袖で涙を拭っていた。

 

 

 てか、次わたしじゃん!?

 

 

『送辞。在校生代表一色いろは』

 

「はいっ!」

 教頭の言葉にしっかりと返事をする。

 よし、噛まなかったぞ。

 

 

 壇上に上がり、一礼。

 今日の日のために書き上げた原稿。

 

「送辞」

 

 ふと、平塚先生に視線を向けると頷いてくれた。

 

 だからわたしも、頷き返した。

 

 はるさん先輩は素直な気持ちをせんぱいたちにぶつけていた。

 

 だからわたしも…………。

 

「雪解けと一緒に春に変わっていく今日このごろ。卒業式を迎えた先輩方、御卒業おめでとうございます」

 

 はるさん先輩を真似て、わたしも深々とお辞儀をする。

 

 そして、送辞の原稿を、とじた。

 

「………今日のために送辞の言葉をたくさん用意してきましたが、わたしが今この瞬間に感じていることを送辞の言葉としたいと思います」

 

 ざわっと会場が小さな騒音に飲み込まれる。

 

「ご存知の通り、わたしは一年の後半から生徒会長を担いました。それまでの私は恋に恋する『かわいい私』で、男子に愛想を振りまいているような女の敵でした。サッカー部のマネージャーになったのも葉山先輩がいたから。マネージャーとしての仕事はしっかりこなすものの、葉山先輩にかわいい私を見せることを欠かさない毎日。だけど、その所為で私は生徒会長に立候補させられてしまい、担任に相談したところ担任までもが乗り気になってしまい、私は断ることもできないまま、悩んでいました。そんな私を見かねた平塚先生と前生徒会長だっためぐり先輩が、特別棟の二階にある奉仕部という、それまで存在そのものを知らなかった部活に連れて行きました。そこには文化祭で有志によるライブのトリを務めた雪ノ下先輩と結衣先輩がいました。しかし尊敬する二人の先輩に会ったことで明るい気持ちになったのも一瞬のことで、部屋の中にいた部員と思わしき男子生徒と目があったことで一気に暗い気持ちになりました。彼は目が腐っていて、おまけに猫背で、口を開けば屁理屈ばかり言うせんぱいで」

 

 

 今思い出しても私が求めていたような出会い方ではなかった。

 

 

「だけど、そんな彼が私を生徒会長にさせないように動いてくれるということになり、不安でいっぱいでした。そして、生徒会役員選挙が一週間後に控えたある日のこと、彼に大事な昼休みの時間を奪われて、図書室で書類整理をさせられていました。そんな中で、彼はいきなり生徒会長になった場合のメリットを語り出し、あろうことか処理している紙束が全部私を支持するものだと言い出し始め、いつの間にか生徒会長をやめさせるどころか、やらせる気満々になっていた彼のやり口を面白いと思ってしまった私は、騙されたふりをして生徒会長になりました。だって、そこまで回りくどく穴を埋めていって、最後に私が大勢の生徒から期待されている事実を突きつけられたら、二つ返事でやるとでも思っていたような人なんですよ? しかも生徒会長を押し付けたという責任感を抱かせることで、彼を召喚することができるという特典付き。やらない理由がなくなってしまったのです」

 

 

 だけど、せんぱいを知っていくうちにそれはどうでもよくなっていて。

 

 

「…………なんて。そんな明るくいられたのも最初のうちだけで。年下の上司というものは社会に出ることなく学校内であってもすぐに受け入れられるようなもんじゃなかったみたいです。結局、生徒会役員とはギクシャクしたまま、海浜総合高校との合同クリスマスイベントをやることになってしまって。初日の会合から何を言っているのかわからない轆轤回しの会長に圧倒され、行き場のない私は奉仕部に駆け込みました。しかし、ちょうどその頃の奉仕部は崩壊寸前だったらしく、まさか私の依頼でそれに拍車がかかってしまうとは夢にも思いませんでした。まあ、この話は大分後から詳細を聞いてはっきりしたんですけどね。でも、せんぱいは部としてではなく俺個人でなら、と依頼を受けてくれました。そして、早速彼を会議に連れて行くと轆轤回しの会長は健在で、その日は話が一向に進みませんでしたが、次の日、彼は会長の轆轤回しに轆轤回しをぶつけることでいくつか話を進め始めました。そりゃもう二人の会話が異次元のように聞こえましたよ」

 

 

 いつしか彼色に染まり始めてしまっていて。

 

 

「でも結局、肝心なところは平行線で。そのままクリスマスまで一週間というところまで針が進んだある日、急遽会議が難苦なったことを伝えに奉仕部の部室へと行くと、お取込み中だったようで外で待とうとした時、偶然彼の心の叫びを聞いてしまいました。そしてなぜかその言葉は私の心の奥底にまで入り込んできて、今のわたしへと変えてしまいました」

 

 

『本物が欲しい』

 

 

 その言葉で恋に恋する『かわいい私』から一途に恋する『乙女なわたし』に変えられてしまって。

 

 

「しかもその次の日には奉仕部全員召喚で何が何やらわたしも話が飲み込めませんでした。まあでも、三人寄れば文殊の知恵とか言いますけど、あの三人が集まると天分の知恵って感じで話は一気にまとまりましたけど。そこからは彼がある小学生の女の子に懐かれているという事実以外は特に問題もなく、イベントも大成功でした。わたしもそれで自信がつき、年が変わってからは色々とイベントを持ち出すようになり、あまり彼に頼りきるということもなくなりました。終わった後には褒めてもらえて、たまに部室に行けば紅茶も出してくれて。三人には感謝しても足りないくらいで、ある日わたしはせんぱいに倣って三人に宣戦布告をしました。学年が上がってからも奉仕部には顔を出し、たくさんの愛情をもらいました。イベントを持ち出しては行き詰まるとせんぱいに泣きついて。知らない人は驚きでしょう。この学校の生徒会長は先輩に甘えてばかりのダメダメな会長なんです」

 

 

 ずっと頭に焼き付いていて、消えることのないせんぱいの顔。

 

 

 ………もう、だめ!? 涙を、抑えらんないっ!?

 

 

「………………………………でも、せんぱいに甘えられるのは、……ひっく………今日までなのか……と、ううっ………おもう、と、寂しい気持ちでっ、………………いっぱいですっ! もっと、しぇんぱいと、みんなとっ、いっしょに、ぐすっ、過ごして…………もっと、いっぱい、甘えたい………です。………………………だけどそれは、叶わぬ願い。こんなことを言ってたんじゃ、せんぱいたちにも笑われてしまいますよね」

 

 

 制服の袖で涙を拭う。

 

 

 送辞を書き始めてから、ずっと言わなければならないと思っていた言葉。

 

 

「……………うん、決めました」

 

 

 みんなの前で言ってやるんだ。

 

 

 わたしのためにもせんぱいのためにも。

 

 

「わたし、一色いろははせんぱいに泣きつく『甘える後輩』を卒業し、生徒会長一色いろはとして自立することをここに宣言しますっ! だから、先輩方は安心してこれからの自分たちの夢や希望に向かって歩んでください。そして、いつか『本物』と思えるものを手に入れてください」

 

 

 ちゃんとせんぱいなしでもわたしはやりきりますよ。

 

 

「…………平成◯度三月、生徒会長一色いろは」

 

 …………………。

 

 最初はどうなることかと思ったけど。

 

 深々と頭をさげるわたしにはるさん先輩よりも盛大な拍手が送られた。

 

 せんぱいにはちゃんと届いただろうか。

 

 頭を上げたわたしは………………。

 

 

 

 せんぱいと目が合ってしまった。

 

 いつもの濁った目ではなく、寝ているときのような優しい目。

 

 わたしは思わず恥ずかしくなり、駆け足で壇上を降りたのだった。

 

 

 

 

 なんなのあれっ!?

 

 反則だよ…………………。

 

 …………バカ、ボケナス、八幡。

 


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