恋に恋する『かわいい私』を卒業します   作:八橋夏目

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恋に恋する『かわいい私』を卒業します

 いつからだろうか。

 

 『かわいい私』を演じるようになったのは。

 

 

 

 

 

 

 一色いろは、十六歳。

 容姿端麗、成績は………中の上くらいであることを期待。

 そんなわたしは現在、片思い中である。

 誰にか、と聞かれて答えようものなら、誰? と聞き返されるような人に。

 彼の何がいいのかは自分でもわからない。

 ましてや、この感情自体が片思いなのかどうかも怪しいところである。

 だけど、一つ言えるのは濁った目がすべてを台無しにしている顔を、頭の中に常においてしまっているということ。

 きっかけは分かりきっている。

 彼の心の叫びを聞いたから。

 今まで薄っぺらい関係で満足していた私の奥底に、深く入り込んできた言葉がパンドラ改め、一色いろはの箱を開けてしまったから。

 だから、わたしはよく彼にこう言っています。

 

 せんぱい、責任取ってください。

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 小学校高学年に上がるにつれて。

 私は男子というものの扱いを覚えていった。

 私が可愛くおねだりすれば、何でもいうことを聞いてくれて。

 私が困っているフリすれば、すぐさま誰かが寄ってきて。

 最初はそれでよかった。

 クラスの人気者になっているような感じがして、男女ともに仲のいい一色いろはでいられたから。

 だけど、中学に入って成長期に入った私たちの誰もが、男子の視線に敏感になり始めた。

 それは男子も同じだったようで、女子の視線、行動、言葉に逐一反応するようになった。

 

 そして私は小学校のアイドル気分のまま、『かわいい私』を見せてしまった。

 

 それは一瞬のことだった。

 

 その日、私は男子に囲まれ、持て囃された。

 

 その中には、友達の好きな人までもがいた。

 

 その日を境にその娘との仲は悪くなり、さらには女の敵とさえ、見なされるようになった。

 それくらいなら、まあ自分が撒いた種なのだ。

 受け入れることも厭わなかった。

 だが、計算外のことが起きた。

 男子たちが私たちの関係に口を挟んできたのだ。

 女社会をあまり知らない男子どもはこれでもかっていうくらいにその娘を攻め立てた。

 当然睨まれるのは私なわけで………。

 

 私を女子から守るために男子たちは奮闘し、自分をいかに魅せ、私の横に立てる努力していく滑稽な姿を見るのが、次第に私は楽しくなってしまっていた。

 そして、『かわいい私』に拍車がかかり、女子の会話の中に出てくる『気になるあの人』を一人ひとり手駒としていき、休みの日にも荷物持ちとして狩り出すようになった。

 その頃には女子の目なんか気にもしておらず、ただただ愛想を振りまいて『かわいい私』をアピールしていた。

 三年になるといよいよ受験となり、取り敢えずこの学校からはほとんど行かない県内有数の進学校の総武高校を目標にして、勉強を始めた。まあ、始めたのも夏休み半ばくらいからだけど。

 勉強も男子から教わり、ただし進学先には嘘をついていた。

 まあ、人材に飽きてきたってのもあるけど、何となく誰も知り合いのいない所に行きたいと思ってしまったからだ。

 だって、その方が『かわいい私』を見せて、男子を手駒にしやすいじゃんっ。

 

 

 なんていう時期もわたしにもありましたよ、ええ。

 

 無事卒業して、めでたく総武高校に受かり、入学。

 そして、サッカー部に校内一のイケメンがいると聞いて、すぐさまマネージャーとして入部。

 そこまでは良かった。

 だけど、いざ校内一のイケメン、葉山隼人先輩に『かわいい私』を見せても何の反応もなかったのだ。

 この学校にはこういう人たちしかいないのかと思い、まずはクラスの男子から愛想を振りまいていくと瞬く間に感染していき、学年中に私の噂が広まるようになった。

 ただし、中学とは違い女子とも少なからず友達を持つことはできた。クラス違うけど。

 そして半年が経ち、高校初の文化祭が開かれた。中学よりも派手で楽しかった。最後の有志によるライブも最後二組は最高だった。本来トリであった葉山先輩グループのライブの後にもう一組が追加されたんだけど、それがもうすごいメンバーだった。

 

 ギターが容姿端麗、成績は常に学年一のスーパー超人美女の雪ノ下雪乃先輩。せんぱい曰く、氷の女王らしい。

 

 ボーカルには葉山先輩のトップカーストグループに所属するお団子頭が特徴の由比ヶ浜結衣先輩。私もよくグループでいる葉山先輩に出くわすと話をしている親しみやすい先輩。せんぱい曰く、アホの子らしいです。ほんと女性に対して失礼ですよね、あの人。

 

 ベースにはまさかの国語教師にして生徒指導の平塚静先生。面倒見がよく、常に真剣に取り合ってくれる尊敬できる先生。男勝りな性格で私に言い寄ってくる男子よりもはるかに男らしい先生。でも、だから結婚できないんじゃないかな。

 

 キーボードには生徒会長の城廻めぐり先輩。ゆるふわ天然系で男子の多い生徒会でも上手くまとめている。せんぱい曰く、めぐ☆りんパワーが男子の心を癒すんだとか。というか俺の腐った目すら潤されるらしいです。意味わかんない上に、気持ち悪いですよせんぱい。あと気持ち悪い。

 

 そして、ドラムに魔王、あ、間違えた、有志でコンサートを開いていた雪ノ下陽乃さん。雪ノ下先輩のお姉さんだということを後から知りました。そして怖いです。

 

 この関係性がその時には全く見えてこなかった五人組のバンドはとても盛り上がった。

 それに引き換え、閉会式の時の実行委員長挨拶では泣きながら閉会を宣言する実行委員長の姿があった。後からの噂では二年生に実行委員長に暴言を吐いた挙句、葉山先輩までもが掴みかかるまでのことを言った校内一の嫌われ者がいたらしい。当時はへー、という感想しか持てなかったけど、今考えるとそれせんぱいですよね♪

 それから体育祭では葉山先輩とどこかの目の腐ったせんぱいが対峙していましたね笑。

まあ、もちろん葉山先輩の方を応援していましたけどね。はっ!? まさかあそこで葉山先輩を俺が倒せば俺モテるんじゃね、とか思ってたりしましたか? シチュエーション的には一瞬ドキッとしましたがよく考えてみると鉢巻の上に包帯巻いて近づくとかいういかにもせんぱいらしいやり口を見せられた後ではニヤニヤが止まらない上に堕ちるのはもう少し先なので今はそのごめんなさい。

 

 って、何でここでもこんなこと言ってるんだろうわたしは。

 

 話を戻して、祭りが終わった後しばらくして、私は生徒会長にクラス全員の署名により立候補させられていた。担任に相談したところ、まさかの担任までもが乗り気になってしまい、やむなく平塚先生のところに転がりこんだ。

 しかし、先生でもお手上げだったらしく、私はある部活に連れて行かれた。特別棟の二階にある人知れず存在している部活動、奉仕部に。

 緊張と不安を抱えたまま、その部屋に入った瞬間、見たことのある先輩がいた。

 一人は誰もが知る雪ノ下先輩と、もう一人が結衣先輩だった。

 その時、文化祭で一緒にバンドを組んでいた理由に納得がいった瞬間でもある。

 だが、同時に私がわたしに変わる出会いでもあった。

 その教室には彼女らの他に一人、男子生徒が読書をしていた。

 私はとりあえず、彼にいつもの『かわいい私』を見せてみたところ……………。

 

 ものすごく警戒された。

 

 初めての経験だった。

 

 今まで『かわいい私』を見せれば、大抵の男は靡いた。過去一人、葉山先輩だけが笑ってすませるという技を繰り出したが、警戒されるということは全くなかった。

 だけど、この人は違った。

 今までにいないタイプの男子であり、この時ちょっと興味を持った。

 

 結局、三人にめぐり先輩と依頼するという形となり、私を生徒会長にならないように動いてくれることになった。

 そして、生徒会役員選挙が一週間後に迫ったある日。私はその男子生徒に貴重な昼休みを図書室で事務的作業をさせられ、挙句生徒会長に推薦されてしまった。生徒会長になるとどれだけお得かを説明され、回りくどく私に生徒会長を押し付けようをする彼に興味がわいたから。

 男子の扱いに長ける私は、あろうことか生徒会長最大のメリットは彼を好きに使えるということを閃いてしまったから。

 推薦演説は葉山先輩がしてくれて、無事総武高初の一年生生徒会長に選ばれた。

 

 しかし、一年生ということもあり、生徒会役員との仲はギクシャクしたままで、中々打ち解けられずにいた。なのに神様というのは理不尽なことにこんな状況で他校との合同イベントを突きつけてきた。

 海浜総合高校。

 総武高校には劣るものの進学校として名高い学校。

 だけど、私には意識高い系のやつらが何を言っているのかわからない轆轤回しに、初日目にしてうんざりしたのは今でもトラウマに近いものがある。

 とりあえず、せんぱいに相談しに行ったところ、奉仕部に以前訪れた時よりもギスギスした空気をまとっていた。気にはなったものの、目の前の状況の方がもっとやばく感じたため、そのまませんぱいに泣きついた。

 結局、奉仕部には断られたけど、せんぱいが個人的に手伝ってくれるという話にまとまった。

 そこからのせんぱいは凄かった。

 あの海浜総合高校の生徒会長玉縄? の轆轤回しに轆轤回しで会話を進めていた。

 私には何を言っているのかわからなかったけど。

 まさか、せんぱいも意識高い系かとも思ったけど、そもそもが意識高くないため、それは違うと断定できる。

 だけど、それでも話は一向に進まず、ただただ案だけが膨れ上がり、停滞してた。

 まあ、その間コンビニで買ったお菓子などの袋をせんぱいは何も言わずに持ってくれたんだけど。人のことあざといあざとい言う割には自分が一番あざといということに自覚はないのだろうか。

 そして、ある日会議が中止になったことを伝えに奉仕部に行ったところ、部屋の中は取り込み中なようだったので外で待とうとした時、彼の心の叫びを聞いてしまった。

 

 

『本物が欲しい』

 

 

 叫びといっても小さく、かすれた声。

 だけど、その言葉は私の中にすぅっと入り込み、奥底にあるわたしを表世界にまで、一瞬にして引き上げられてしまった。

 状況がいまいちわからないまま、雪ノ下先輩が向かったであろう三階の渡り廊下にせんぱいを向かわせるも気持ちが落ち着かないままでいた。

 次の日からは奉仕部召喚で最強の戦力となった。

 雪ノ下先輩の正論にせんぱいの発想力に結衣先輩の和と整える中和力。

 三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもので、偏った力を持つ三人が集まると話がサクサクと進むこと。それはもう昨日のアレがなんだったのかと思えるくらいには。

 

 

 平塚先生の提案でわたしたちはディスティニーランドに来ていた。

 クリスマス模様の園内は週末ということもあり、盛大に賑わっていた。

 だからなのかわたしは葉山先輩にその日告白した。

 

 

 いや、理由なんてわかってる。

 わたしも本物が欲しくなっただけ。

 わたしにとって葉山先輩が本物なのかどうか確認するため。

 

 

 でも結局、先輩はわたしの求めていた本物ではないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、わたしはこの日、本当に好きな人を、自覚した。

 

 

 

 

 それは、同時に恋に恋する『かわいい私』を完璧に捨てた日でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんなのこれ。俺たちに読ませてどうする気だよ」

 

 ここまでしてもやっぱりこの人は気づかないのだろうか。

 

「一色さん。こんな過去を私たちに話してどうしたいのかしら?」

 

 冷めた目つきで睨んでくる雪ノ下先輩。

 

「い、いろはちゃぁぁあああん」

 

 なんか一人だけ感動してるみたいですけど大丈夫なんでしょうか。

 

「ええ〜、今日はみなさんに宣戦布告に来たのです」

 

 だけど、ここまでしたからには止めるわけにはいかない。

 

「宣戦布告って俺にもか?」

 

 訝しんでいるようですけど、目が気持ち悪いですよ、せんぱい。

 

「ですです。というか一番のメインってまであります」

 

 奉仕部の部室に傾く夕日が差し込んでくる。

 

「い、いろはちゃんっ! ま、まさか!?」

 

 わたしはせんぱいに近づき、上目遣いで見上げてやる。

 

「い、一色?!」

 

 あ、これなんとなく気づいたようですね。

 

「一色さん…………」

 

 でももう遅いですよ、せんぱい。

 

「わたしはせんぱいが大好きです。比企谷八幡が大好きです。わたしがこうなったのもあなたのせいです」

 

 こうなったわたしはもう、止まりませんからね。

 

「あんな私をこんなわたしにした責任、ちゃんと取ってくださいね、せんぱい♪」

 


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