英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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風の娘

 気づけば随分と時間が経っていたと思う。

 薄汚れた少女は限界を迎えたのか気絶していて、シオンの体に寄りかかったままだ。そんな二人を遠巻きに見つめる視線に気づき、シオンはもう一度腕の中の少女を見つめ、溜め息を吐く。

 ――仕方ない、か。

 紙袋を口に咥え、何度か苦労しつつ少女を背負う。ヘンテコな格好ではあるがこの際少しの恥じを気にしていられない。元々ホームに近い場所だ、この格好もあまり見られる事はないだろう。人一人を背負う事になんだかズッシリとした重みを感じながら道を歩く。好奇の視線に晒されながらホームが見えたときには、なんだか異様に疲れてしまった。

 「おう、お疲れシオン。……その子は、誰だ?」

 「お疲れ様。……拾った?」

 「おいおい、拾ったってなんだ。まあそんな小さな子が何かできるとは思わないが、拾ったというのなら責任は負えよ」

 「わかってる。ちゃんと見てるよ」

 そんな言葉を交わしながら門を開けてもらい、中へ入る。苦労してドアノブを回し、そこから更に階段を上がって自室を目指す。その間にも数人すれ違い、変な目を向けられた。

 「なんか、無駄に疲れたんだけど……」

 何故休日にこんな疲れなきゃならないんだろう、と素朴な疑問に覚えながら、少女をベッドに眠らせる。

 しかしこのまま土埃にしたままでいるのは気が引ける。流石に服を脱がせる事はしなくとも、顔や腕を水で濡らした布で拭くだけでも随分違うはずだ。そう思ってそれを用意し、彼女を起こさないようそっと汚れを拭う。

 「ん……」

 その反応に、何も悪いことはしていないのにドキリとする。それでも続けていると、少女は相当な美貌を持っていると気づく。

 「……あ、れ?」

 けれどシオンが気になったのは、そんな事ではない。

 シオンは、この顔を、知っている。いいや、これとよく似た顔を見たことがある。

 ――どこで、見たんだっけ……。

 そう何度も見た顔ではない。かと言ってすれ違った程度でもない。たった一度だけ。それも、かなり印象に残るくらいの人。

 ――そうか、多分、この子は。

 『アリア』と名乗った女性の、娘なのだ。

 しかし不思議なのは、彼女が必死に親を呼んだことだ。あれではまるで、と嫌な想像を働かせていると、必要なところはもう拭き終わったのに気づく。とりあえず汚れたこれを置いてこよう、そう思って離れようとすると、

 ――くいっ。

 「……?」

 とても小さな、か弱い力で引き止められる。ちょっと力をこめればすぐにでも外せそうなそれをなしているのは、未だ意識の戻らない少女。

 「行か……ない、で……お母、さん」

 「――――――――――」

 無意識でこぼれたそれに絶句する。このまま少女の手を力づくで放すことはできる。しかしそれは何かが違う、そう思ったシオンは汚れた布を畳んで床に置くと、傍に置いてあった椅子を引っ張ってベッドの横に置く。

 「どこにも行かないよ。だから今は、安心して眠っていて」

 「……っ、……すぅ……」

 椅子に座り、少女の手を服から放して、代わりにギュッと手を握る。できるだけ穏やかな声を作って言うと、少女の吐息が安らかなものになった。

 ――二人に贈り物を渡すのは、後になりそうかな。

 一度も会ったことのない女の子にここまで親身になるのはなんでだろう、と考える。だけど、答えは簡単だった。

 見捨てられなかったから。それだけだ。

 そうして彼女の姿を見守り続けて、何分が経っただろう。

 「シオン、何やら妙な報告があったから来てみたが……む、その子は」

 数度ノックして入ってきたリヴェリアが、少女を見る。その顔には疑問よりも、まるで知人を見たかのような色が広がっていた。

 「この子のこと、知ってるの?」

 「……友人の娘だ。何度か会ったこともある。シオンとは顔を合わせた事は無かったはずだ」

 確かに知らない。何となく想像だけはついたが正解とは限らないし、下手な推測は余計な誤解を生むだけなので言うつもりもなかった。

 その辺りの事情は置いて、シオンはリヴェリアに願った。

 「あのさ、この子体を洗ってないみたいだから、リヴェリアに頼んでもいい? 男のおれがやるのは、マズいだろうし」

 「それもそうか。よしわかった、私がやっておこう。その間シオンは」

 「外に出ていてくれ、でしょ? わかってるから大丈夫。終わったら呼んでくれたら――」

 椅子から立ち上がって外に出ようとした瞬間、また何かに引っ張られた。その先を見ると、自分の手を力強く握る少女の手が。

 「嬉し、かったんだけどなぁ……」

 とても、とっても振りほどき辛い。妙な罪悪感が伸し掛ってくる。しかし体を拭くには男の自分は邪魔だ。

 どうしたらいいか、そう悩んでいるとリヴェリアが近づいてきた。

 「先に謝っておこう。すまないなシオン」

 「それはどうい――ガッ!?」

 ガツン! と後頭部を強打される。迷宮都市最強の魔道士であり、近接戦闘はあまりやらないリヴェリアではあるが、別に近距離で戦えないわけではない。相応に鍛えてある【ステイタス】を振るえば人一人気絶させるなど容易いことだった。

 シオンの後頭部を叩いた握り拳を下げる。その手で倒れこむシオンの体を支え、椅子に座り直させてベッドの上に上半身を置く。

 「目を瞑らせて後ろを向かせるのも考えたが、それでは不十分だと思ったのでな。悪いがしばらく寝ていてくれ」

 シオンが聞いたら理不尽すぎると口に出していただろうが、本人は気絶しているため何の口答えもできない。

 一度外に出て清潔な布と水、それから【ファミリア】の子供達が使っている服をいくつか拝借して――サイズが合わない可能性があるからだ――きて、部屋に戻る。

 さてと腕まくりをし、少女の服を脱がす。

 「随分と食べていないらしいな……これは、砂糖水でも用意してくるべきか」

 そう言いつつ軽く少女の体を拭っていく。シオンと手が繋がったままなので多少やりにくくはあったが、手を離させると何かを求めるように忙しくなく体を動かすので仕方がない。全てを終えてもう一度新しい服に着直させた時も苦労した。

 ――さて、この後はどうするか。

 先程部屋を出たとき、シオンが女の子を部屋に連れ込んでいたと話している者達が数人いた。変な噂になる前に沈めるべきと判断したリヴェリアは、ふと少女の乱れた髪を最後に整えてから、部屋を出る。

 「……本当に、ままならないものだ、アリア」

 大まかな事情を知っていたリヴェリアは、どこかへ行ってしまった友に向けてそう言った。

 

 

 

 「お父さん、お母さん、どこ?」

 先が見えない、真っ暗な道。

 そこを小さな声で、震えを隠した気丈な姿で歩いていく。自分がどこにいるのかさえわからないまま、求める姿を探して、痛む足で歩き続けた。

 『アリア、ここにいなさい』

 「お父さん!? どこなの、待ってよ、私を置いていかないで!」

 声のした方へ向けて走る。必死に、泣きそうな顔で、どれだけ追っても影すら見えない父親を探し続ける。

 『ごめんなさい、アリア。あなたを一人にしてしまって』

 「なんでそんなこと言うの、お母さん! ずっと私のところにいて! また、私にお話を聞かせてよ!」

 こぼれ落ちる雫を自覚しながら、手を伸ばす。

 霞すら掴んでくれないその手の儚さに、捉えようのない怒りを覚えた。それがどうしようもない理不尽に対するものだと気づかず、疲労が体に伸し掛って来た。

 『待ってて。私は絶対、あなたのところに戻るから』

 「それじゃ、イヤなの……だから」

 『私』が、迎えに行く。

 帰ってこれないあなたの道標になるために、私があなたの元まで辿り着く。たどり着いて、あなたの手を引っ張りに行くから。

 そうして探し続けて、やっと『風』を見つけた。

 お母さんと同じ風。きっと、お母さんなはずなの。絶対に手放さない。ずっと一緒にいる。だから私を、独りにしないで……――。

 「――あ、れ。私、どうして……それに、ここ、どこ?」

 目覚めて目に入ったのは、自分の家の部屋とは違う、見知らぬ天井。混乱した頭で、けれど手の中に母親のような温もりを感じた。

 「お母さ、ん……じゃ、ない」

 母とよく似た、けれど絶対にお母さんじゃない人が、眠っていた。手を握り締めて、安らかな顔を向けてきている。

 ――看病してくれてた間に、寝ちゃったのかな。

 真相は違うが、少なくとも彼女はそう思った。それを申し訳なく思いつつ、心のどこかで落胆している自分に気づいていた。

 ――そう、だよね。お母さんがあんなところにいるわけないよね。

 内心で溜め息をして、上半身を起こす。周囲を見渡して、剣が置いてあったのを見て反射的に体を震わせる。けれどそのすぐ傍にあった防具やバックパックから、もしかしてこの人は冒険者なのかと思い直す。

 どうしようと思いながら、とりあえずこのずっと繋がったままの手を放そうと腕を引く。

 「……あれ?」

 グイッ、グイッ。

 「……抜けない?」

 どれだけ手を動かしても離れない。相手は寝ているのだから力が入っているはずはなく、つまり原因は少女の側になる。

 「うっ、く、ぅ……!」

 手を横に引いたり、逆に押し出してみたり。

 どれだけ動かしても離れない。むしろ自分の手に力がこめられるとわかってしまう。つまり、無意識の内に離れがたいと思ってしまっているということ。

 ――どうしよう。迷惑かけたくないのに。

 しかし、もう遅い。

 シオンが眠っているのは自分から寝付いたから、ではない。リヴェリアによって強制的に意識を落とされただけだ。その状態で体を動かされれば、

 「う、ん……? あれ、おれ、いつの間に寝たんだっけ……」

 当然、起きる。

 頭を殴られたせいで血が回りきっていないのか、半ばまで閉じた目が少女を捉える。それから数秒、ボーッと少女を見ていたが、

 「起きて、る……起きてる……? 目が覚めたの!?」

 ガバッと身を乗り出して少女に迫る。その勢いに身を竦めた少女を見て冷静さを取り戻したシオンは一言謝って椅子に座りなおす。

 「えっとさ、お互いよくわかってないけど、まず自己紹介からしない? まずおれからね。おれはシオン、呼び捨てでいいよ」

 一応、思うところはある。何故まだ手が繋がったままなのか、とか。そもそも一人きりであんなところにいたのはどうしてなのか、とか。

 けれどその思いを全て押し殺して、シオンはそう言った。

 「私は、アイズ・ヴァレンシュタイン。あの、ちょっと聞きたいんだけど、最近お母さんと会ったりしてない?」

 「お母さん……アリア、って人?」

 「知ってるの!? 教えて、その人は今どこに? 何時会ったの?」

 「お、落ち着いて! ちゃんと教えるから」

 先とは逆にアイズと名乗った少女が身を乗り出す。その勢いに、ベッドから落ちてしまいそうだったので肩を押さえた。

 「悪いんだけど、アリア、さんと会ったのは三ヶ月くらい前だよ。だから、今彼女がどこにいるのか、おれにもわからない」

 「そ、っか。そうだよね。ごめんなさい、変な事聞いて」

 俯き落ち込んでいる少女。それを前に何もできない自分をシオンは呪う。こんな時に何を言えばいいのかなんて知らない。わからない。

 ――でも、何も言わないのは違うよね。

 わからないのなら、聞けばいい。手探りで構わない。失敗を恐れることが、何よりも愚かなのだと教わったのだから。

 「あのさ、どうしてお母さんを探してるんだ? そんなに慌てることでもないだろう。大人なんだし」

 「もう、一週間以上も家に帰ってこないのに?」

 シオンは、この時点で失敗したと悟った。

 「お母さんは『待ってて』って言ったきり、ずっと帰ってこないの。お父さんも、大事な剣を持ってどこかに行っちゃった。もし何かあったら【ファミリア】に行けって、そう言って」

 震える声で、アイズは言う。ギュッとシーツを握り締めて、こぼれそうな涙を堪えて、小さな女の子は耐え続ける。

 「……なんで、おれをお母さんと勘違いしたんだ?」

 「シオンから、感じたの。お母さんと、おんなじ風みたいな……私が、だいずぎな、風……!」

 ポロポロと、シーツに水滴が落ちた。手のひらで何度も顔を拭って、それでも足りなくてシーツに顔を押し付ける。

 シオンはただ困惑するしかない。シオンにとって、泣いている女の子は未知数だった。泣いている女の子を見るのが、これが()()()だったから。

 「あ……え、っと。だ、大丈夫だって!」

 「!?」

 それでも、シオンは必死に声を絞り出した。急に大きな声を出したせいで驚き顔をあげた彼女の顔を見る。

 赤くなった眼と、涙が流れた後の残る頬、悲しみで想うがままに泣いている人間の顔。

 ――泣いた顔なんて、見たく、ない。

 汚いとは、思わない。

 ――アイズの笑顔が、見たいんだっ!

 「きっと生きてる。戻れない状況になってるだけで、絶対に生きてるから!」

 「っ、勝手なこと言わないでよ! 必死に探したんだよ? ずっと、ずっと――迷宮都市(オラリオ)を走ったのにっ、どこにもいないの! お母さんが!」

 根拠のない言葉では意味がない。

 ――考えろ、考えなきゃ! 説得力があって、相手が納得できる説明を、根拠を!

 感情のまま叫んでは、相手も意固地になるだけだ。実を作れ、それを相手に見せろ。希望を見せるための果実を生み出せ。

 「じゃあ、なんでアイズは迷宮都市でおれを見つけた? しかもお母さんと勘違いしてだ! 年齢も身長も、それどころか性別も違う! そんな相手を、どうして母と勘違いしたんだ?」

 「それ、は」

 少しだけ、悩んでくれた。それでいい。後は、そこから突き崩す。

 「三か月前、おれはアイズのお母さんと出会った。その時にあの人から不思議な風を感じて、そう聞いた。その時に彼女から『祝福』っていう、よくわからないものをもらったんだ」

 「だから、何? その『祝福』がお母さんが生きてる理由になるの?」

 「考えてみて。その人から授かった『祝福』は、その人が死んだ後にも続くの? 『神の恩恵』でさえ、神が天に送還されたら無くなっちゃうのに?」

 ハッとアイズが顔をあげる。

 正確にはその神が送還されると『神の恩恵』は機能を停止するだけだが、一時的とはいえ『無くなる』のは間違いない。

 そしてシオンは未だにアイズが母の風と勘違いする程の『祝福』を身にまとっている。それが示すのは、

 「お母さんは、まだ生きてる……?」

 「わからない。でも、可能性はある」

 嘘は言えない。しかし、死んでしまったと言い切る事はできない。アイズの母が、一体何を思って、どこに行ったのかもわからない状況で、こんな事を言うのはダメかもしれない。少女を騙している罪悪感さえ持ったほどだ。

 「生きてる……お母さんは、生きてるんだ……!」

 それでもシオンは、その罪を被ろう。

 泣きそうな顔で、それでも小さな笑みを浮かべている少女のために。男とは、きっとそういう生き物なのだから。

 「おれも、手伝うよ」

 「え?」

 「できることは限られてるけど、アイズのお母さんを一緒に探す。だからさ、アイズも頑張ってみようよ」

 驚くことにまだ繋がったままの手を解く。無意識かそれに寂しそうな手を浮かべていた彼女に向けて、手を差し伸べた。

 「探しに行こう、アイズのお母さんを。だから、立って、前に向かって歩き出そう」

 呆然と見上げてきた少女は、一度俯き、顔を上げると、

 「お願い、シオンの力を、私に貸して!」

 力強く、シオンの手を取った。

 「これは、決まったか?」

 「いいんじゃないかな。僕は気にしないよ」

 「ふん、いつの間にか『男』になりおって。カッコいいではないか」

 その光景を、少しだけ扉を開けて見ていた三人がいた。

 Lv.6の【ステイタス】を存分に発揮し、無駄に気配を隠して覗いていたのだ。本当に無駄でしかない。

 リヴェリアは真剣に、フィンはやれやれと、ガレスはニヤニヤ笑っていた。

 その間にも二人は楽しげに会話している。

 「ところで、アイズの両親が言ってた【ファミリア】ってどこなんだ?」

 「シオンは知ってるだろうけど、【ロキ・ファミリア】ってところ。ずっと前から二人と一緒に遊びに来たことがあるんだ」

 「それ本当なのか? ってことはおれがいない間に来てたってことなのかな」

 「どういうこと? その言い方だと、シオンはもしかして」

 「一応【ロキ・ファミリア】に居候させてもらってるんだ。ダンジョンにも行ってるんだよ」

 「本当!? 凄い偶然だね。それに、私と同じくらいでもうダンジョンに行ってるんだ……凄いなあ」

 「仲間に助けてもらってるだけだよ。おれ一人じゃ無理だった――」

 屈託なく笑う少女に、少年は嬉しそうに話しかける。それはきっと、とても尊いものだ。しかし三人は知っている。

 二人の後ろにあるものは、それを奪う、重いものがあるのだと。

 「私達で、背負うことはできるだろうか?」

 「無理じゃ。支えることはできても、背負うことはできん。儂等にできることは、重い荷物を少しでも軽くすることだけじゃろうて」

 「逆に言えば、それくらいはできるわけだ。何もできずに歯噛みするよりは、大分マシとは思わないかい」

 その言葉に、リヴェリアは頷いた。

 「道理だな。アリア、私達はあの娘に幸せを感じさせることはできるだろうか……」

 リヴェリアは、決してあげるとは言わない。それは自分の勝手な思い込みにすぎないからだ。上から目線で渡したものは自己満足で留まる。

 その人自身がそう感じなければ、真に報いる事はできない。

 そして数分後、ぐぅう……とお腹を鳴らしたアイズに苦笑し、真っ赤になって叫んでいる彼女を背にシオンが部屋から出ていったのを影から見送り、リヴェリアは部屋に入る。

 「久しぶりだな、アイズ。積もる話はあるだろうが、一つ聞きたい」

 タイミング良く現れたリヴェリアに驚いていたアイズだったが、リヴェリアの視線に佇まいを変えて受け止める。

 その姿から、やはりアイズは親から良い教育を受けていたとわかる。

 ――我々がいなくとも、アリアがいればよかったんだ。

 そんな思いを押し殺し、問いかけた。

 「現状一人になったお前に行くアテはないだろう。どこに厄介になるつもりだ?」

 「それは、その」

 こう聞けば、心優しい少女のことだ。言葉を濁すとはわかっていた。迷惑をかけられないと、我が儘を言えないことは。

 「もしよければ、私が君の保護者になるが、どうする。お前の人生だ、自分で決めて欲しい」

 だからこそ、リヴェリアから言う。

 それはかつて友と約束したこと。

 『もし私があの子の傍から消えてしまったら、あなたが傍にいてほしいの』

 無理だったら断ってもいい、そんな態度を取られて、リヴェリアが断れるわけもない。友人の娘を放り捨てることなど、できるはずがなかった。

 「私は、でも」

 思い悩む少女に、ふむ、とリヴェリアは考え、

 「ここにいれば、いつでもシオンに会えるが――」

 「あ、う……うう~~~~~」

 遂に頭を抱えた少女にニッコリ笑って、

 「ここから出るのであれば、シオンに会える機会は減るだろうな」

 「……お願い、します……」

 少女の心を、へし折った。涙目となる少女にどこか満足気味に頷いたリヴェリアは、彼女の手を掴むと、

 「それでは行くとしようか」

 「ど、どこに? 待って、今シオンがご飯持ってきてくれてるから、せめて出て行くって言わないと」

 「問題ない、そのくらい私がどうにかしよう」

 「どうにかならないと思うんだけど――!?」

 リヴェリアに引きずられ、アイズは無理矢理部屋の外へ連れ出された。

 「お待たせアイズ、好きな物とかわからなかったから適当に持ってきたけど――あれ?」

 そして、遅れて戻ってきた少年は、

 「き、消えた?」

 一人ポツンと、部屋の前で呆然と立っていた。

 

 

 

 ――どうしよう。

 無理矢理連れて出されたアイズだが、今はちゃんと自分の足で歩いている。年に数度程度とはいえリヴェリア達と会って話しているし、お母さんが信じている相手な事も相まって、見知らぬ相手に呼び起こされる警戒心は存在しない。

 それでも必死に自分を励ましてくれた男の子をほったらかしにして来たのはいけないと幼心に思っていた。わざわざ食事を持ってきてくれてるだろうに、勝手にいなくなってしまっては迷惑がかかると。

 「ねえリヴェリア、やっぱり一度部屋に戻ってシオンに言わないとダメだよ」

 「いいんだ。お前は気にしなくてもいい。後からちゃんと理由を伝えれば、シオンは納得するからな」

 ……これだ。妙にシオンに対して理解を示している態度を取るリヴェリアは、アイズの意見を聞いてくれない。

 どちらに対してムカムカとした思いを感じているのか、自分でもわからないままアイズは一つの部屋に連れてこられる。

 数度ノックし、リヴェリアは部屋に入った。

 「新しい入団希望者だ。『神の恩恵』を与えてやってくれ、ロキ」

 「ん? ほうほう、珍しく推薦者か。それも今度はリヴェリアが。なんや、だったら次はガレスが連れて来るんかいな」

 「私は遊びに来たのではない。速くしてくれ」

 「りょーかいりょーかい。そんな怒らんでもいいやんか」

 ぶーたれながらロキは針を取り出す。一体何のことかと聞いていたアイズは、相手が神であるのだと本能で悟り、そしてこれから受ける事を理解した。

 「私、『神の恩恵』を授かるの?」

 「そうだ。迷宮都市に母親はいなかったのだろう? ならば、もうこの都市で探索されていない場所はほぼ一つしかない」

 「……ダンジョン」

 小さく呟かれた言葉に、一体どれだけの感情がこめられていたのか、アイズではないリヴェリアにはわからない。

 それでもわかるのは、アイズは強くならなければならない、ということだけだ。

 「必ずしもそこにいるとは限らない。だが、強くなって損はない。迷宮都市の外であろうと、力が無ければ行けない場所は多いのだからな」

 「まあ、せやな。でも別に強制しとるわけやない。受ける受けないは自分で決め。うちら神はあくまで『与える』だけや。掴むかどうかは、子供達の自由」

 アイズは、悩んだ。強くなるには時間がいる。それは幼い自分でもわかる。しかしその回り道が結果的に速くお母さんを見つけられるかもしれない。

 悩んで、そして、

 ――探しに行こう、アイズのお母さんを。

 少年の声を、思い出した。

 ――だから、立って、前に向かって歩き出そう。

 希望に縋って迷宮都市を探そうとは、一言も言わなかった。きっと、わかっていたのだ。シオンは最初から、両親がいるとしたら、ダンジョンにいると理解してた。

 先にダンジョンに潜っている先達。だから手伝うと、そう言ってくれた。自分の時間を削る行為だとわかっていて。

 「お願い、します。私に『神の恩恵』を授けてください!」

 がばっと頭を下げて頼み込む。それを口元を緩めながら見たリヴェリアはロキに言う。

 「人の【ステイタス】を覗き見るのはマナー違反だ。私は外へ出させてもらおう」

 「はいな。それじゃ、服脱いでな。『恩恵』を刻めるのは背中だけなんよ」

 「わ、わかりました」

 そう言ってロキに近づきながら服を脱ごうとすると、

 「ん? ……そういえばこの子、随分と」

 「わ、私が何か?」

 糸目を更に細めたロキがアイズの顔をマジマジと見る。

 「自分、名前は?」

 「アイズ・ヴァレンシュタイン……ですけど」

 「ふむ、なるほど。――アイズたん確保おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 「え、ええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 手を引かれた次は全身を引っ張られたアイズ。そのままロキはアイズを抱えるとそのスベスベの頬に頬擦りをしかける。

 「おうおう、なんやこの感触サイコー! このぷにぷに感、クセになるわぁ!」

 「や、やめ、放して……! い、いやああああああああああああああああああああああ!??」

 そして散々体をこねくり回されたアイズは思った。

 ――私、ちょっと早まったかも……お父さん、お母さん、ごめんなさい。アイズは汚されちゃいました……。

 そんな現実逃避の後。

 アイズの背に、滑稽な笑みを浮かべる道化のエンブレムが刻まれた。

 

 

 

 「結局、アイズはいなくなった、か」

 アイズという少女を背負い、言葉を交わしてから数日が経った。その間一度としてアイズと出会ったことはなく、どこかに行ってしまったらしい。

 その事に寂しさを感じつつ、それでもあの子が笑っていてくれればいいと、そう思う。泣いてる顔を見るのは、嫌いだ。

 ()()()()()()()()()()を思い返すから、だろうか。

 ――切り替えよう。手伝うと約束したんだ。その時にいつでも手伝いに行けるよう、もっと強くなるんだ。

 今日はリヴェリアから新しい課題を出される日だ。日毎に増していく内容に辟易としつつ、それが役立っているため何とも言えないシオン。

 ――特にダンジョンで出てくるモンスターの情報をレポートに纏めてこいっていう課題が一番役に立ってるし、本当リヴェリアは無駄なことをしないよなぁ。

 そして、シオンは新しい課題を出される事となる。

 「今日からこの娘の指導をしろ。お前なりに考えて、強くするんだ」

 「迷惑をかけるかもしれないけど、よろしく、お願いします!」

 それは、一人の女の子を強くすること。

 「いなくなったんじゃ、なかったのか……?」

 「皆が『驚かせたいからシオンには姿を見せるな』って言ってきたから」

 なんだそれ、と思いながら、泣きたいくらい嬉しく思う自分がいるのに気づいた。

 「お前はいいのか? おれ、誰かを指導したことなんてないぞ」

 「いいの。だって、シオンは『手伝う』って言ってくれたから。私はシオンを信じる」

 「それは、責任重大だな」

 笑ってくれる少女に、シオンは強張った笑顔で返す。

 「――これからよろしく、アイズ」

 「うん。頼らせてね、シオン!」

 風のように澄んだ笑顔は、ちょっとだけ眩しすぎた。




まず感謝と謝辞を。

なんと、拙作が日間ランキングで1位になれました! それもこれも応援して下さる皆様方のお陰です、本当頭が上がりません。
その上お気に入り登録1000件突破です! 最初は描きたい事を書いて、それを少しでも読んでくれる方がいればいいな、と思っていました。
評価に一喜一憂し、感想に歓喜しながら返信させていただいておりますが、やはり嬉しいものですね。

前回ラストの次回タイトルは『お日様の笑顔』でしたが、途中でよく考えたらこっちの方がいいかなとタイトル変えてしまいました。こちらのアイズはまだ子供っぽいのでアリかなと思ったんですが、あっちの方だとやっぱりティオナの方が似合うと思い直しましたので。結構悩んじゃいました。

今回やっとアイズ加入です。です、が……誰だこの子(真顔
自分で書いといてどうしてこうなった感。でもあの話し方できるわけがないし――と色々悟った結果普通の女の子の話し方にしておいて、後々変えていこうかなと。いっそこの線もありだろうか……。

後はアイズとの関係性が二つの方向に行く可能性の提示。色々な小説を読んできただろう読者様なら大体わかってくれる、はず!(投げ槍

次回も引き続きアイズとの関わり――と考えていましたが、急遽変更。
なんか感想見てたら急にティオナ書きたくなったので書いちゃいました! 色々考えてたプロットに無かった部分だぜイェイ!
何だよこの感想欄から見えるティオナ一押しの応援声援(ラブコール)は。私の手が勝手に動いてしまったじゃないか。いいぞもっとやれ。感想で要望あれば書いちゃうかもね!?

さあ喜べティオナファンの諸君。次は可憐なティオナを文章から想像できるぞ!


……プレッシャー自分にかけていくスタイル……。


次回は学生の至福の夏休みの最後、8月31日21時投稿です。

タイトルは『ティオナは乙女』です。恋する女の子は、やっぱり魅力的ですよね?

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