英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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狼と、狼

 コツ、と降り立った時に感じたのは、言い様の無い悪寒。それは何の根拠もなく感じたもので、説明しろと言われても難しい。

 強いて言えば、勘。今までの冒険から得た経験から導き出された、経験則による、直感だ。

 ――ここに、元凶がいる?

 シオンの腕を切り落としたというウォーウルフ。そいつが未だここに留まっているのだろうか。ならばさっさと逃げていない理由は何故なのだろう。

 ロキから聞いた呪詛の行使には何かしらの『代償』がいる、らしい。ならば『動けない』のがその代償だろうか。いや、ならば腕を切った直後に逃げられた事の説明がつかない。

 それとも呪い? いいや、あれは完全に発動すれば代償がいらないという話だ。知識と技術と必要な物を得るのがそうと言えばそうだが……全くもってわからなかった。

 「こういう時の頭脳担当はシオンかティオネばっかに任せてたからな……」

 ベート達が集めた断片的な情報を纏めるのはいつもあの二人だ。だから、こういった予想や推測からなる推理がベートはあまり得意じゃない。

 自分はただ戦い続ける駒であればいいと思っていたからだ。指示に従い、完璧に実行できる完璧な駒であればいい、と。

 「……よし、とりあえずこの階層を探して原因を見つけたらぶっ殺せばいいだろ」

 結局、悩みぬいた末の結論は、そんなもんだった。

 それから走り回り続けた。モンスターを、戦闘行為を極力避けて、フロア中を駆け抜ける。

 しかしダンジョンは階層が進めば進むほど、その範囲を広げていく。その範囲はオラリオと同じかそれ以上の広さを持っているので――障害物(モンスター)の存在を考えれば、適当に走って何とかなるような物ではない。

 だから、考える。

 とりあえずなんて言葉は口先だけ。常に周囲を見渡して、微かな違和感も逃さないように。五感全てを総動員し、ベートは情報を集めに集めた。

 ――……? なんだ?

 そして――一つの違和感を、見つけた。

 ――モンスター共の動きが、おかしくねぇか?

 フラフラ動いて、モンスター同士で殺し合って、冒険者を見つければそっちを殺しに行く。生態なんて謎に等しく、けれどわかるのは、モンスターは()()()()()こと。

 基本本能で動くモンスターは、決して()()()()()()ような動きをしない。自分よりも相手の方が強かったとしても、絶対に殺すとばかりに突っ込んでくる。

 例外があるとすれば、殺せる可能性が一欠片も無い絶対的強者を感じたとき。

 つまるところ、本能が『こいつからは逃げろ!』と叫んだ時だけは、逃げるのだ。

 今目の前にいるモンスターの動きは、それと酷似している。ある一定距離まで行くと、ピタリと足を止め、数度震えてから道を戻る。モンスターに感情があれば、不思議そうにしながら。

 それは一体二体だけではない。観察しただけでも片手の指はある。時折そのまま直進していたモンスターもいたが……。

 ――この先、か?

 ベートの考えた事は全てただの勘だ。偶然という事も考えられる。だがあまり時間をかけすぎれば戻りの食料が尽きる。急ぎ足で来たが、大量に持ってきた訳ではない。空腹のせいで死にましたなんてまぬけな最後は絶対にごめんだった。

 ――なんっつったか、こういうの。……ああ、あれだ。

 『虎穴に入らずんば虎子を得ず』だったか。狼が虎の子を狙うとはおかしな話だが――行くしかないだろう、ここは。

 そう思いながら、モンスター達が決して足を踏み入れなかった場所へと歩き出す。

 十分か、二十分か。あまり長く歩いていないはずなのに、それだけ経った気がするのは何故なのだろう。

 気が立っている――緊張している、という自覚はある。しかし、それにしてはおかしい。先程から脳が『引き返せ』と命じているのは、一体――。

 ……ポタ――。

 その音で、足が止まる。見下ろせば、そこにあったのは小さな染み。慌てて顎を腕で拭えば、腕にはビッショリと汗がついていた。

 ――恐れている、のか? 俺が?

 よくよく見れば、腕が震えている。武者震い、ではない。純然たる恐怖を感じているのだ。同時に気付く。

 血臭。それも凄まじいまでの。一体や二体ではない、それこそ数十、あるいは百を超える数の死体から放たれる悪臭だ。

 「ッ、ぐ……せぇ!?」

 本物の狼程ではないが、狼人であるベート。聴覚と嗅覚はかなり鋭い。その分感じる臭いが吐き気を催させた。

 ――なんだ!? この先に一体何がある!?

 それでも吐く事はしない。その行為自体が大きな隙になるし、体力を消耗する。臭いに慣れるために敢えて何度も深呼吸を繰り返し――その度に吐き気を感じながら――体を上下させた。

 何とか吐き気を感じない程度まで慣れると、ベートはより臭いの濃くなる場所を目指した。濃くなる臭いに目眩を覚えながら、ベートはそこに足を踏み入れた。

 「……んだ、こりゃ……」

 通路全てにモンスターの死骸が散らばっている。五体満足で急所を貫かれたモンスター、爆発四散したかのようなモンスター、頭だけが潰れたモンスター、色々だ。

 ポタリ、ポタリ、と天井や壁に叩きつけられた死骸から血と臓腑が垂れ落ちた。それが、このモンスター達が死んで間もないという事を教えてくれる。

 そう、どのモンスターも死んではいる。けれど死体は残っている。そのせいで撒き散らされた臓腑と血液が、この悪臭の正体だ。

 本来モンスターがこうして死体を残すのはありえない。何故なら、冒険者は必ずモンスターの心臓である魔石を抜き取るからだ。そして魔石を抜き取られたモンスターは灰となり、死体を残さす消滅する。

 しかし、逆を言えばそれを抜き取らなかったモンスターの死骸は残り続ける。それこそ人が土に還るまでそこに死体として在り続けるように。

 ――これをやったのは冒険者じゃない、のか?

 どんな冒険者でも、モンスターから必ず魔石を抜き取る。それが冒険者稼業における大事な収入源の一つであり、ドロップアイテムを手に入れるために必須な作業だからだ。

 それをしない存在など、ベートの知る限り一人、いや一体のみ。

 ゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 シオンが腕を切られてから数日。奴がここに居続けてこの惨状を生んだのなら、果たして自分は勝てるのだろうか。

 ベート自身これができない、とは言わない。しかしそれには入念な準備と運がいる。

 ――どうする? どうすればいい? このまま行って、俺は勝てるのか?

 一度戻り、フィン達に助力を頼む。それが一番確実だ。無理をして命を落とせば、折角得た光明を闇の中へ捨てることとなる。

 ――……そうだ、それが一番だ。そうして、戻って、あいつらを連れて来れば……。

 ザッ、と足を後ろに向ける。戻るために。一刻も早く戻ってフィン達に頼るために。そうすればきっと、きっと何とかなる。

 そして――その間に、シオンは死んでしまうのだ。

 「――……ッッ!!」

 これが、本当に呪いを行うための一環であれば。

 時間をかければかけるだけ、シオンにかかるそれは増大していく。

 知っている。そのせいで今アイツがどれだけ苦しんでいるのか。

 知っている。いつも苦しいのを隠す人間が、それを隠せないのがどういった事なのかを。

 知っている。……親しい人間がいなくなる絶望が、どれほど辛いことなのかを。

 絶望に涙し、後悔に叫び、己を恨み、殺した相手を憎み――そうでありながら立ち上がった人間を、己の親友(ライバル)を、見捨てるのか。

 勝てないと思わされた相手から、無様に逃げて。

 「……逃げるのかよ、俺が? この、俺が?」

 ギリッと拳が握り締められる。血が滲み出る寸前まで力を込めて、その拳で、己の顔をぶん殴った。加減などせず、頬が紫色になるような力で。

 「ッ……ア、クソったれがァ……!」

 本当にシオンが死ぬなんて決まっていない。

 けれど絶対にそうなると、何かが告げるのだ。

 ならば逃げる事など許されない。自分自身が許さない。尻尾を巻いて逃げるなんて死んでもゴメンだ。どんな相手だろうと牙を突き立て、己が勝つ。

 敢えて頬を治さず、痛みを感じたままにベートは振り返り、その道を突き進んだ。

 靴が死骸を踏む。血に浸される。天井から降ってきた血が髪を濡らす。体を血に染めていく。

 気色悪い。気分が悪い。吐き気がする。何より――逃げ腰だった自分に、反吐が出る。たかがモンスターの死骸が大量にある程度で負けを確信し、それを言い訳して逃げようとした自分を、殺したいほどに。

 「関係、ねぇ。例え相手がどれだけ強かろうと――」

 足が、止まった。

 遥か先に、見える。アイズを襲ったというウォーウルフの姿。最初からわかっていたのだろう、奴はベートの姿を睨みつけていた。

 逃げれば良し、来るなら殺すと、その目が告げている。

 それにベートはペッと血の混じった唾を吐き出して、これを返答とした。

 「――俺が、勝つ。テメェをぶっ殺してなッ!」

 

 

 

 

 

 速攻をかけたのはベートの方だった。逆にウォーウルフは動こうとしない。剣の切っ先を地面に突き立てたまま。

 それに舐められている、と普段のベートなら感じただろう。

 けれど、今は違う。

 ――それだけの差がある、と考えろ。

 そんな隙だらけの構えをしていても勝てるのだ、相手は。だからベートも、馬鹿の一つ覚えみたいな直進はしない。それでは切り捨てられて終わるから。

 ただし、直進はしないと言っていない。

 「まず挨拶代わりだ!」

 ドゴンッ、と地面が揺れる。そこで初めてウォーウルフの目が微かに開いた。それはベートが奴の予想を上回った証。

 ――やっぱだ。アイツはこの仕掛けを知らねぇ!

 手甲と靴に仕掛けられた火薬。それによる加速と拳の威力向上。これで一気に接近し、相手が剣を地面から抜き出すより前に――双剣を振るう!

 一回目の斬撃は避けられた。けれど、ベートの攻撃は手数によるもの。間断なく二撃、三撃と続けて、ウォーウルフの体に細かな傷を作る。

 だが四撃目は届かない。ここで体勢を立て直したウォーウルフが牽制に剣を振ったからだ。そのせいでベートは距離を取らざるをえなくなった。

 仕切り直しだ。

 ――もっと深く切り込めばよかったか。

 初手は、精々痛み分けだ。ウォーウルフは隙を突かれ傷を負い、ベートは手札を切ったにも関わらず深手を与えられていない。

 ――次は無い、そう考えれば俺の方が不利、か。

 クル、クル、と双剣を順手逆手に持ち帰る。あからさまな隙だ。それでも相手は来ない、誘いには乗らない、と見た。

 やはり、このウォーウルフには理性がある。ただのモンスターならば最初の時点で突っ込んでくるだろうし、傷を負ったならば激昂する。

 ――厄介だなぁ、オイ。

 そもそも人間よりもモンスターの方が身体能力は上だ。それが理性を持ち、剣術を使ってくるとしたら……苦戦は免れない、だろう。

 そしてもう一つ分かった事がある。このモンスター、自分から仕掛ける事はまずない。こうして睨み合いを続けているのに一切焦れた様子が無いからだ。

 つまり、時間をかければかけるほど有利になるのは相手の方。だがこの状況で時間をかけて有利になるなど考えにくい。先のギミックを見せたのは『まだ何かある』と思わせて焦りを誘発させるためだったというのに、それが見えないのもあるが。

 とにかく言えるのは『この戦闘以外』で有利になるのは相手、という可能性。

 ――……やっぱ、シオンの事か?

 そこに思い至って、チッと舌打ちした。

 ――焦るな、焦るなよベート・ローガ。ただでさえ実力で負けてるんだ、冷静さまで無くしたら勝ちの目が完全に無くなる。

 ふぅ、と息を吐いて脱力する。そうやって敢えて隙を晒して見せたが、やはり来ない。それならそれで良い、別のことに使うだけだ。

 ――精神状態良好、体調は万全。先の爆発による影響はほぼ無し。全力戦闘可能。継戦時間は――数十分と予想。

 ただし、これは怪我を想定すると夢物語。仮定として頭の片隅に置き、目線を目の前の強敵へと合わせる。

 ――勝機、アリ。

 こいつは強い。けれど、剣を交えてわかった。勝ちの目は絶対に無い、わけじゃあない。やり方次第では、勝てる。

 「――ッ!」

 駆ける。

 力強く地面を蹴った反動か、床が砕けた。関係はない。出し惜しんで負ける方がマヌケだと、そう思ったからこそ全力で行く。

 ウォーウルフが剣を構えた。あくまで不動。来たからには相手をする――そんな意思を、何となく感じた。

 ――洒落くせぇ!

 残り五歩で双剣の射程距離に入る、というところで、ベートの靴から火薬が迸った。耳をつんざく轟音と同時に、体がグイッと前に引っ張られる。空中を舞い、崩れそうになる体勢を整えて急接近。

 その加速に対し、今度は驚くことなくウォーウルフは対処した。一歩、二歩と慌てることなく後退り、剣を振るうに相応しい距離を取る。そしてベートが近づいた瞬間、右下から左上へと剣を一閃する。

 ――爆発が一度だけなんて決め付けるなよ!

 そう内心で叫び、ベートはもう一度靴から火薬を爆発させた。空中にいたベートはその勢いに体を引っ張られ、地面へと急降下する。うまく着地し、地面を這うように駆けた。

 ――足が武器の俺が空中に飛んだ、その意味を考え忘れたな。

 ウォーウルフは剣を上げている。振り下ろすにも勢いを止める動作が必要だ。その前に、自分が相手に接近できるだろう。

 そう刹那の思考で考えた一瞬だった。ベートの眼前に、毛むくじゃらの何か――ウォーウルフの膝が飛び込んできた。

 手は使えないから、足を使う。そうモンスターが判断した事に普通なら驚くだろうが、あらかじめ知っているなら対処は容易い。

 何故なら、そんな手段は毎度毎度シオンやティオネが使ってくるのだから!

 ――まずは一本、

 「――奪わせてもらう!」

 体を捻り、回転しながら膝蹴りを避けた。その回転の勢いと、腕に更に捻りを加えて、相手の真っ直ぐに伸びた脚を斬り付ける。本当なら切断させたかったが、咄嗟に足を曲げられて、刃から逃れられた。

 深く斬り込む事はできたので、この戦闘中は歩くのにも苦労するだろうが――そう思った矢先、ベートは勘に従って双剣の片方を放り投げ、手で『何か』を掴んだ。

 「ッ!??」

 それは正解の手段だったが、同時に最悪の方法でもあった。

 ベートが掴んだもの、それはウォーウルフが投げた剣だ。もし掴み損ねていれば脳天に突き刺さったであろうから、手で掴んだのは決して間違いじゃない。

 だが、剣はその切れ味によって篭手を切り裂き、ベートの手を深く抉った。幸い指は取れていないが、無理に使えば後々影響が出るだろう。経験からそう悟った。

 ――自分の脚を囮に体勢の崩れた俺の頭を狙いやがったのか。

 火薬を爆発させるには一瞬だが溜めがいる。無理に爆発させれば筋を痛めるし、最悪手足がちぎれ飛ぶ。だからその回避方法は選べない。

 ――このウォーウルフ、厄介過ぎる。()()()()()()だから、よくわかるぜ。

 シオンという人間はよく『一芸を極められないから色々手を出している凡人』と自分を評価しているが、それは違う。

 確かに一芸特化の人間は強いのだろう。一つを極めるからこそできる強い個性は、使いこなせばその分野に対して最高の力を発揮する。

 逆に浅く広く手を伸ばす人間は、深い経験と技術を得られない。精々、その時にいない誰かの代わりができる程度だろう。

 だが。

 もし、その浅く広くを、深く広くできれば。

 その人間は、『万能の天才』と称されるだろう。

 シオンはそう呼ばれるための道を登っている最中で――このウォーウルフは、そんなシオンの先達になるのだろう。

 相手を見極め、自分を見極め、考え、できる手を打ち、剣技でもって対応する。

 ――そんな奴と戦う時は大抵相場が決まっている。俺の矛が相手の壁を食い破るか、防ぎ切られるか。

 自分の手札は、まだ、ある。けれど一度でも見せれば対策されると思え。事実、あの爆発をたった三度で見極められたのだから。

 落とした双剣を拾い、片方を鞘に収める。自分は腕、相手は脚。どうとも言えないが、またも引き分けだろうか。

 ――いや、剣を無くした分相手の方が……そんな甘いわけねぇか。

 完全に死に体だった自分に追い打ちが無いと思えば、相手は遠くにあったらしい新たな剣を拾いに行っていたようだ。用心深いというか何というか。誰かが来るという予想くらいはしていたようだ。

 ――種族は厳密に言うとちげぇし、そもそも人とモンスターだが……。

 ベートという狼と。

 ウォーウルフという狼。

 どちらが相手の喉元を食い千切り、相手を組み伏せるか――。

 ――ここからが、本番だッ!!




約一ヶ月ぶりの投稿です。小説読んでゲームしてたら気付けばこうなってました。誠に申し訳ございません。

……そろそろ待っていてくれる読者様もいなくなってそう(自業自得)。

今回はやっとこさ元凶?のウォーウルフと、それを打倒しようとするベートの構図まで行けました。

まぁ次回はシオンの方に戻ります。ベートはその次。
ではノシノシ

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