英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

74 / 92
狼のやり方

 バタン、と閉じられた扉を見やる。礼を述べた後、時間が惜しいとばかりに出て行った少年の行動を予測し、数十秒。

 「話があると言われてきたけど、何か用でも?」

 「ん、予想通りや。ばっちしのタイミングやで」

 「……?」

 出て行った少年の代わりに、外見上彼と同じかそれ以下に見える少年、否青年が入ってくる。その青年、フィンに、ロキは折り畳まれた紙を持ち出すと、彼に向けた。

 やはり意味がわからず眉根を寄せたまま、しかし何だかんだ彼女を信頼しているフィンは素直に受け取った。

 見ても? という意味を込めたジェスチャーをするが、ロキはどちらでもと返す。

 「これの中身は?」

 「ちょっとした情報、やね。それを後でティオナの部屋にでも置いてってや。それで多分、上手くいくから」

 「……お得意の謀略って事かい? 久しぶりだよ、そういう事する姿を見るのは」

 「まぁ、今はしなくても皆が頑張ってくれるしな。でも、またしなきゃいけなくなったかもしれんし。錆び付いた勘を戻すためにってことで」

 ふぅ、とため息を吐きつつ、フィンは了承の意を示す。それから小首を傾げ、

 「他にも要件があるんだろう?」

 「勿論。その手紙を置いた後、フィンにはいくつかやってもらう事がある」

 ベートが推測した通り『精度の高い情報』の精査に入った。

 

 

 

 

 

 ――俺がやるべき事は一つしかないだろうな。

 一方部屋を出た少年、ベートは早足となって自室を目指していた。その姿になんだなんだ、と少し注目されつつも全てを振り払いつつ、思う。

 ――シオンの体にある物が毒にしろ呪いにしろ呪詛にしろ、切っ掛けになった可能性が高い物がある。

 彼の腕を切り落とした、あの剣。思えばシオンは初めからあの剣を警戒し、警戒していたから攻撃を受けかけたアイズを庇ったのだろうか。

 ……そう、なのだろう。シオンは彼女達が傷つくよりも、自分が傷つく方を選ぶ人間だ。ベートとしては怪我を負う原因となるのは大概自分の責任なのだから、そこまでする理由は無いと思うのだが。シオンにとっては、関係無いのだろう。

 難儀な性格だ。自分達を見捨てないからこそ信頼して指示に従えるが、同時に危機に陥った時の対応は、やはり詰めが甘い。リーダーとしては、良いとこ半分くらいしか点数を上げられない。

 それでも『それもアリ』と思えてしまうのは、シオンの魅力か。アイズやティオナはそんなシオンを支えたいと思っているし、ティオネは冷酷な部分は自分が背負おうと考えている。鈴はまだ決めかねていたはずだ。

 ベート自身はどう考えているのだろう。どう思っているのだろう。

 他のメンバーの事はすぐにわかった。だが自分のこととなると、とんとわからない。ティオネ辺りにでも相談すればすぐ答えが返ってくるだろうが、それはあまりに癪でできていない。

 「そこまで深く考えたことも無いけど、な」

 双剣を腰に差し、椿に頼んで改良してしまった篭手と靴を装着し。高等回復薬や万能薬を入れた袋を持って、準備を整える。

 他の者には、声をかけなかった。

 理由はわからない。正直、ただの勘である。その勘が、一人の方が都合が良い、と判断していたのだ。それに従った結果だった。

 だからベートは、一人で向かう。

 シオンが怪我を負った場所――即ち、29層へと。

 ちなみに、だが。

 もしティオネに聞けば、こんな返答をされるだろう。

 『――起こった問題を、影から解決する。裏方に徹するでしょうよ』

 支えるのでもない、できない部分をやるのでもない。

 シオンが動けない時に、代わりに動く。それがベートのする事だ――。

 

 

 

 

 

 陽が中天を昇る時間帯。燦々と照りつける太陽に、篭手や靴に熱が篭る、熱くて熱くて仕方がない。水でもかけたら面白いことになるだろう。触っても同じだ。実際には笑えないが。

 それは周りの者達も同じようで、皆互いが触れないように気を付けている。熱の篭る鎧に触れればあっさり火傷するからだ。そのためダンジョンを目指す者は日陰を通って少しでも直射日光を防ぎつつ早足となり、戻ってきたものは既にどこかで鎧を脱いだのか。大きな袋を重たそうに運んでいる。

 ベートもそれに倣い、早足となって進んでいた。彼は篭手と靴、それから双剣だけが鉄なので比較的マシであったが。それでも暑いし、熱い。

 頭の上にある両耳もゲンナリと萎れていた。

 ようやっとダンジョンのある塔までたどり着くと、休む間も無く階段を降りる。一番下まで降りたところで、袋から水筒を取り出し、口に含んだ。

 それから息を整えつつ、考える。

 ――時間は、あまりかけられねぇ。敵はとにかく振り切って、穴も使って最速で18層に行くのが目標だな。

 ベートの脚力をもってすれば、運にもよるが18層など数時間で辿り着く。だから、その運を引き寄せる。

 ――久しぶりに、本気で行くぜ!

 足を攣らないように、何度か足の調子を確かめて。

 ドンッ! と、地面に小さな罅を作りながら、ベートは駆けた。その様はまさしく狼。上体を引き下げ、四つん這い寸前になりながらも、決して倒れない。

 速度に特化し、攻撃力も防御力も捨てたベートの速力は、Lv.4と比べても速い。何せ【ランクアップ】する前に敏捷だけは必ずSまで届くのだ、遅いわけがなかった。

 ゴブリンやらコボルトは視認すら叶わず。下手すると行き掛けの駄賃として首を掻っ切られさえして終わってしまう。

 当たり前だ。上層のモンスターとは、そのほとんどが人間達の言うLv.1に分類される。時折いる動体視力に優れた個体も、眼だけが気付いても体がついて来ない、という状態になり、ベートを害する事はできなかった。

 中層になっても似たような物で、アルミラージはその小ささから行き掛けの駄賃は貰えなかったが、気付かれないまま素通りする。

 もし中層でベートを攻撃できる者がいるとすれば、それは視覚ではなく聴覚や触覚など、眼以外の感覚に頼るモンスターくらいだろう。

 そして、中層ではその感覚に頼り、且つベートを攻撃するための遠隔攻撃を持つモンスターが一種類だけいた。

 ――ヘルハウンド、か。やっぱこいつだけは振り切れねぇか……。

 四足歩行の犬――犬、というには凶悪過ぎるが――は、既に相対する前から口内に炎を溜めていたようで、もういつでも発射できる段階にいた。

 けれど、それだけだ。

 見たところヘルハウンドはこの一体だけ。その一体が放つ炎の規模など知れている。

 口から放たれた炎。ずっとずっと昔なら『恐ろしい』と素直に思った炎。しかし今では、

 「ハァッ!」

 迫る炎を剣で『切り裂く』。椿特性の双剣は、ベートの思った通りの性能を発揮してくれた。そのままもう片方の剣でもってヘルハウンドの首を落とし、結局一歩も立ち止まる事のないまま彼はその場を後にする。

 それからも何度かヘルハウンドとは会ったが、先ほどの個体が特別鋭かっただけなのか、出会い頭に火炎放射、というのをされる事は無かった。されなければ話は簡単で、ゴブリンやコボルトと扱いは同じ。後ろから攻撃されないよう、しっかりと首を落としてさっさと消える。

 そんな事を繰り返していたら、気付けば18層に着いてしまった。体感時間ではおよそ五時間かそこら。

 ――記録大幅更新じゃねぇか。いつもより多少手間取ったはずなんだが。

 少し戸惑いつつも、水筒を取り出し中身を全部飲み干した。中身が空になったのを確かめると、川の音のする方へ足を向ける。ここまで強行突破だったので、小休憩を挟まなければ、いざ28層に行ってから倒れてしまう。

 「……そういや、もう28層にはいねぇ可能性もあったな」

 今更気付いたが、もう遅い。手がかりがあれば御の字、無いなら素直に諦める。そう決めて、ベートは19層以降の行動を考え始めた。

 

 

 

 

 

 アテもなく、ただ漫然と街を歩いていた。

 こんな風に目的も意味もなく外を歩くのはいつ以来だろうか。ホームの外へ出るときには必ず何がしかの用事を持っていて、それ以外では外へ出ず、ホームで鍛錬でもしていた記憶しかない。今思っても――いや、今でも、だろうか――子供らしくない子供だ。

 気付いても、それでいい、と思ってしまう。

 子供だから、何もできない。子供だから、ただ守られているだけ。それでいい、と大抵の人は言うだろう。甘えて、我が儘言って、守られるのが子供だ、と。

 ――無理だ。許容できない。もうおれは、そんな子供ではいられない。

 幸いにしてこの世界には、例え子供でも大の大人以上に戦える機能『神の恩恵』があった。だからこそここまでこれた、けれど。

 ――もし、このまま戦えない状態が、当たり前になってしまったら。

 そう思っただけで、シオンの腹の底に『何か』が溜まっていく。それは吐き気で、怖気で、それ以上の、言葉にはできないモノ。

 「無邪気な子供(じぶん)はあの時死んだ。捨てた。だから――」

 名を変えたのは、義姉を忘れないため、だけではない。

 あの名は、何も知らずに愛されるだけの日々を感受していた自分の象徴。甘えの結晶。この名は『守る』というためならどんな事にも耐える。戦い続ける。そういう意味をそれぞれに込めて、決別の意を示して、名を変えた。

 「だから、まだ、戦うための力を失いたくない」

 『守るための力』はシオンにとっての存在理由。

 ああ、思えば当然なのだろう。戦えない状態とは、それすなわちシオンという者が存在する理由の消失でもある。アイデンティティが崩壊すれば、その人間は自己を保っていられないのだから。

 そういう意味では幸いだった。確かに今、シオンの体は全身を抉る痛みを受けている。けれど、逆に言えば()()()()()()()()()

 四肢は動く。脳は回る。痛みで精神は常に抉られるが、何、それも耐えればいい。痛みを受け続けるという状況が日常になるまで。

 それは一種の狂気だった。そう考えて、何より実行できてしまうだろうシオンは、表に出てこないだけで、狂人でしかなかった。

 どちらにしろ許容するだろう。自身が狂人であろうと、シオンは受け入れる。今更なのだし。

 ――とりあえず、どうするか。最悪な場合の方針は決まったけど。目下何をするかがさっぱりなのがな。

 触覚を消したまま過ごすのも少しは慣れた。眼と耳を最大限に使って周囲の情報を把握すれば普段通りの行動をするのに支障は無い。物に触れる、という場合はまた別だが、それも多少のラグができるくらいだろう。

 「……良くないもの、か」

 ふと思い出すのは、先程出会った女神様の言葉だ。シオンの勘だが、彼女は煙に巻くことはあれ嘘は言わない、と思う。つまり、今のシオンには本当に『良くないもの』があるのだろう。それが病気か毒かあるいは他のなにかかはわからないが。

 「うーん、こういう場合は医師に見せる……いや、ユリに見てもらっても意味無かったし。それならいっそオカルト的に占い師、とか?」

 「占い師? 何か占いたいことでもあるの?」

 「うぉ!?」

 いきなり肩を叩かれて驚くシオン。バッと距離を取って叩いてきた人物の顔を見つめ、それからドッと肩を落とした。

 「なんだ、サニアか。驚いて損した」

 「うわーひどーい。女の子にその言い方はポイント低いよ?」

 「別に異性に好かれたいとは思っていない」

 本心から言った言葉に、サニアと呼ばれた少女は肩を竦めた。どうやら彼女はオフのようで、その腰にはいつぞや見た双剣を持っていない。普段はツインテールにしている髪型も、今日はストレートに流していた。

 「ああ、これ? あの髪型はダンジョンで邪魔にならないように纏めてるだけで、普段はこんな感じだよ」

 シオンの視線で気付いたのか、サニアは笑いながら髪を梳く。それ以降、どうにも会話が続かない。別に無理して会話するつもりはシオンには無かったのだが、彼女の方はそうでもないらしく、手を叩くと言った。

 「それより! 占い師を探してるの?」

 「そこまででもない。ちょっと詰まってる事があってな、状況の打開に縋ってみるのも悪くないんじゃないかって馬鹿な思考になっただけだ」

 「あー、やっぱり占いは信用できないタイプ?」

 「根拠があればいいんだけどな。実際に目にしなきゃ信じないタイプって感じだ」

 占いに一喜一憂する人達を否定するつもりはないが、シオンは自分の力でなんとかしてきた人間である。理由のない『ふわふわしたもの』を信じる事ができない。

 そういった事に鋭い『異能』でもあるのなら、話は別なのだろうが。

 「ふむ、それなら良い相手がいるよ? 本人はそこまで乗り気じゃないんだけど、私が頼み込めば受け入れてくれるはず」

 「……そこまで凄いのか?」

 「もっちろん! だって相手は神様だし」

 「は?」

 聞き間違いか、と一瞬思ってしまった。神が占いをする……いや、占いを専門にする神様だっているのかもしれないのだから、否定はできない。

 ただ、そんな神がいるのならもうちょっと有名になるような気が、と脳裏でオラリオにいる神の名を列挙していると、答えが告げられた。

 「だから、神様。私達の(おや)、『アストレア』様だよ」

 

 

 

 

 

 【アストレア・ファミリア】、その名を知らぬ人物はオラリオにおいてもそうはいないだろうと言われる程に有名な【ファミリア】だ。

 正義と秩序を信奉しており、団員達は誇りと共に正義の剣と翼を象ったエンブレムを必ずどこかに持っている。今目の前にいるサニアも、腰にそれを付けていた。

 基本的にはダンジョン探索を行う、シオン達【ロキ・ファミリア】と同じく探索系ファミリアではあるが、他にも行っている事があった。

 それはオラリオにおける憲兵のような役割だ。自警団や憲兵なんかは他にもいるが、彼女達程頼れる存在はいない。

 何せLv.5をも団員とする【ファミリア】である。よっぽどの相手――それこそフィン達などの例外を除けば、鎮圧できない騒動はまず無い。

 実績と、アストレアの持つ信念を誇りとした彼女達は強く、その姿に憧れを抱く者は多い。ティオナやアイズも、表面上はそう見せないが内心『ああいう女性になりたい』と尊敬の念を抱いているのにシオンは気付いていた。

 ちなみにシオンは――過去誤解から生じた戦闘によって、結構複雑である。謝罪もされたし受け入れもしたが、やはりアレは堪えた。

 それはそれとして。

 そんな【アスレトア・ファミリア】であるが、シオンはその集団を率いるアストレアという存在について何一つ知らない。

 女性であること、そういう信念を持つこと以外は、本当に知らないのだ。

 実際外見を聞いてみたこともあったが、大概の人間は会った事すらないらしい。ロキは知っていそうだがまともに答えてくれなさそうなので選択肢から除外した。

 そんな訳なので、サニアに手を引かれて――その時の引かれた方が、どう見ても障害者に対するものだったので、恐らく体の異常に気づかれているのだろう――連れられてきた彼女達のホームを見るのも、実は初めてだったりする。

 「確か【アストレア・ファミリア】って、ほとんど女性しかいないって話じゃ……」

 「ていうか女性だけだね。別に男の人を入団拒否してるワケじゃないんだけど、下心満載だったり、女だけの集団だからか気後れされちゃったりして。でも気にしないでいいよ、今回は私が連れてきたから皆笑顔で対応してくれるだろうから」

 まぁ確かに、男性だけ、女性だけの集団に異性を放り込んで良い目を見れる、なんて事はそう無いだろう。納得である。

 シオンも若干遠慮していた。こちらは全く別の理由だが、サニアはそう受け取ったらしい。フォローを入れてきたが、そうじゃないと言いたかった。

 当然声なき叫びは聞き入れてもらえず、手をぐいぐい引かれて中に入れられる。

 中に入ってまず思ったこと。

 ――すっごい匂う。『女』って感じしかしない。

 かなり失礼ではあったが、実際そんな感じだった。いわゆる生活臭なのだが、かなりの人数の女性が集まっているせいか、女性本人、または香水などの匂いが入り混じっているせいで、妙に『甘い』感じがする。

 やはり触覚が消えて嗅覚が過敏になっているのが原因か。あまり長くいると胸焼けしそうで、今すぐにでも出て行きたい。

 だがそうは問屋が卸さず、サニアはシオンを連れてどんどん中へ進んでいく。進む距離と比例してシオンに対して注目が集まり、視線がブスブスと体中に突き刺さる。触覚は無いはずなのだがとにかくそう感じる。

 数人は気まずそうに逸らしていたが。顔見知りであったから助けを求めたかったのだが、あちらは無理そうだ。シオンは遂に諦めて、死んだ魚の目をしながら素直についていった。

 「何をしているのですか、サニア」

 「ぉ、リオンじゃん。いやーシオンが占い師を探してるからちょっとお節介!」

 「占い師……? ああ、そういう。アストレア様なら自室で休んでいます。着替えている可能性もあるのでノックは忘れないよう」

 「情報ありがと。良かったねシオン、入れ違いにならなくて」

 「……そうだな」

 いっそ入れ違いになってくれれば引き返せたのに。とは言えなかった。善意からくる行動には妙に弱いシオンである。

 いっそティリアに助けを求めたかったが、エルフであるらしいリオンに気付かれてしまう可能性があるのでそれもできない。神はいないのか。いやいるか。救いの神がいないだけで。

 サニアに引きずられ、リオンの横を通り過ぎた瞬間、いたわるようにそっと肩に手を置かれた。

 「……頑張ってください」

 それは同情の念を多分に含んでいて、ああ、リオンはいつもこんな風に巻き込まれているのだろうかと思ってしまった。やるせない。

 それからサニアに色々と聞いてもいない、聞いても仕方ない情報――主に【アストレア・ファミリア】の活動状況やホームにおける生活模様――を右から左に聞き流し、うんうん相槌を打ってやっとそこに着いた。

 「アストレア様、今大丈夫でしょうか? サニアです、一つお願いがあって来たのですが」

 『……ん、ちょっと待ってね。今薄着だから、何か羽織る物を……』

 ノックをしてからの反応は遅く、恐らく半分眠っていたのだろうとわかる。リオンの言っていた通りだ。

 声から聞いた印象だと、かなり優しそうだ。それから丁寧。穏やかそうな声音は、聴く者の緊張を解いてくれる。

 『良いわよ、入っても』

 「わかりました。それじゃ先に入るから、シオンは後からね」

 「ああ、わかった」

 失礼します、と頭を下げつつ入るサニア。彼女達が歓談する様を外で待っていたシオンは、しばらくしてサニアに呼ばれて中へ入る。

 アストレアの顔を見る前に頭を下げ、まずこう言った。

 「お初にお目にかかります、女神アストレア。【ロキ・ファミリア】の団員であるシオンという者ですが、此度は私の我が儘を受け入れていただき」

 「ふふ、そういうのは構わないわ。あなたはまだ子供のようだし、もっと素直に甘えてくれてもいいのよ」

 「……そういう訳には。礼儀、というのは大事ですし」

 例え人の身まで力を落としているとは言え、『神』である。不興を買って益は無い。初対面ならなおのこと悪感情を抱かれたくなかった。

 そう考えていたが、アストレアなりに理由はある。

 「私は『正義と秩序』を重んじています。無論、正義にも色々な形があるのは知っている。けれど、まず思うことが一つだけあるの」

 それは、とても簡単なこと。

 「子供は子供らしく。私は幼い子に礼儀を求めない。甘えて、我が儘を言って、守られる。度を過ぎれば叱り、してもいいこととしてはいけないことを学ばせる」

 それはとても当たり前のこと。

 「健やかに育って、健やかに生きる。そうすれば、その子はきっと私が教えた『正しきこと』を守ってくれる。そうすれば、私の願う『秩序』は自ずとやってくる」

 当たり前だから、忘れられがちなこと。

 「初めからの悪人はいない。その環境が悪いだけ。だから、私はオラリオという『環境』だけでも正したい。……だから、構いません。私から見たあなたはまだ子供。何度も言いますが、礼儀は求めません。あなたのありのままに過ごしても良いのです」

 シオンにはわかる。彼女は全て本心から言っている。正直、驚いた。神は色々とおかしな個性を持っている者が多いが、これはあらゆる意味で突き抜けている。

 この女性はいわゆる聖人・聖女の類だ。悪があるのを知っていて、それを許容している。何故なら悪人が悪いのではなく、悪人が生まれたその『状況』こそが悪いと考えているから。

 例えば盗人がいたとして。その盗人が生まれたのは、日々を生きる糧を得られないから。その糧を得る仕事が無いから。そう考えるタイプだ。

 色々と思うことはあった。だがサニアの表情を見るに、アストレアをかなり信奉している。言ったところで嫌われるだけか。

 そう考えて――先の思考を、全て心に封じた。

 「それなら、その言葉に甘えさせてもらうかな」

 ここでやっと、シオンは顔をあげる。

 初めに見えたのは、眩い黄金だった。窓から差し込む光を浴びて輝く黄金。その金色の髪は、シオンの知る限り最も美しいと思っていたアイズに優っている。穏やかな眼差しを向ける瞳は海のように雄大な蒼。

 微かに覗く手や足にはおよそ筋肉など付いておらず、ああ、この人は戦ったことがないんだなとすぐにわかった。

 その女性、アストレアは穏やかな表情のままシオンを見つめ――そして、凍りついた。

 ()()()()()()()()()()、そう言いたげな表情で――。




今更投稿。ちょっと今章見返してたんですが、久しぶりに見直すといきなり入りに入ってるせいか起承転結の起が抜けている……。

そう思ったので来週は起の部分投稿します。今回はそちら投稿しようか迷って、でもいきなりはちょっとなぁと思っていたら遅れてしまった許してください何でも(ry

それはそれとして今回登場した女神アストレアですが、原作では名前しか出ていないので、外見・口調・性格その他一切が謎。そのためこの二次創作独自の設定であることをご了承ください。

では次回ノシノシ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。