英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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呪いと呪詛

 ベートによってもたらされた『シオンの不調』、その原因と思われる事と、そもそも不調であると思った理由をロキは聞いた。

 聞いた、のだが。

 「――うん、さっぱりわからんわ」

 「……やっぱテメェに頼んだのが間違いだったか。チッ、使えねぇ。俺ぁ行くぜ」

 「ベートはもうちょっと言葉の裏を探る癖をつけようなぁ!?」

 わからない、と言い切った瞬間、ベートはゴミ虫でも見るかのような目でそう吐き捨てた。元々の容姿と相まって物凄く()になっているし、その手の嗜好の持ち主であれば大層喜ぶだろうが、生憎ロキにはそんな趣味を持ち合わせていない。

 背を向けようとするベートの肩に慌てて手を置いて固定すると、必死で弁論する。

 「わからん、そう言い切ったのは情報が足りなさ過ぎて確定できんからや。その事はシオンを診察したあの子も言ってたで?」

 「んだよ、なら最初からそう言えっての」

 「うっさいわ、交渉とかこういった時はシオンに甘えまくってるっちゅーに。一人前になってからそういう口きき」

 ビキッ、とベートの額に青筋が入る。しかし、ベート自身無意識に気付いていたこと、図星で怒るのは相当情けないと知っていたことによって、深呼吸で無理矢理己を落ち着かせる。挑発に乗って迷惑をかけた事数回、シオン達に説教されたこと数十回。ちゃんと、糧にしていた。

 俺はまだ子供、戦闘だけできればそれでいい――と、これはこれで十分アレな思考を浮かべつつベートは聞いた。

 「情報が足りないっつったな。それでも現時点でわかることはあるだろ? せめてそれくらい聞かせてくれよ」

 「聞いてどうするんや?」

 「どうせそっちは精度の高いモンから調べるんだろ? それなら俺は精度の低い、信頼性の無い物から調べる。組織的に優先度の低い方はどうしても蔑ろになりがちだからな」

 ――なるほど、とロキは納得した。

 同時に、なんだかんだシオンをよく見ている、とも思った。相手の言葉の『裏を読む』という事については経験が足りていないからできずとも、相手の些細な言動と己の持つ知識から、真実を嗅ぎ分ける嗅覚はあるらしい。

 その辺はシオンの十八番、なのだが。ベートも覚えてしまったらしい。

 知らずして苦笑を浮かべるロキにベートは思い切り睨みつけてくる。子供扱いされた、とでも思ったのだろうか。それとも話を逸らされた、とか。

 ――安心し、その覚悟をのらりくらりと誤魔化すほど、うちは過保護やない。

 パン、と柏手を打って、お互いの気持ちをリセットさせる。音が鳴り止んだ時、二人の表情は真顔――真剣な物となっていた。

 「んじゃ、まずは精度の高いもんから言おうか」

 「……ああ、頼む」

 礼儀として頭を下げたベートを横目に、ロキは情報を纏めておいた紙束を横から取り出す。その最初のページから言った。

 「まず最も可能性の高いもんは、毒物やな。正直シオン程高い『耐異常』を貫くモンスターはダンジョンでもそれなりに深いところくらいやろうけど、ま、ありえない話でもない」

 注意書きとして、この可能性が当てはまっていたら、オラリオでも最高峰の薬師が診断できない特異な毒物の可能性アリ、その場合現状では手に負えない代物である、ということとなる。

 「次に、シオンの腕を斬ったモンスターの持つ剣。これに人工的な毒物が塗られていた、とかの可能性やな」

 「人工の、毒物……?」

 「せや。ベートも知っての通り、『調合』スキルは何も薬とかを作るだけに使えるもんやない。当然毒物を作るのにだって使える。……正規の【ファミリア】に所属しているもんで、そんな物を作る眷属はいないだろうけど、な」

 だが、それは逆に言えば。

 闇派閥に所属している者であれば、作ることも、またそれを使うことを躊躇う事も、無い。付け加えればシオンは異様なまでに彼等から忌み嫌われている。

 可能性は、高い。

 「チッ、毎度毎度奴等は余計なことばっかしやがるってか? ……ゴキブリみてぇに後から後から湧いてくる害虫共が」

 「ベート、言い方言い方」

 まだ確定もしていないのにこの罵倒具合。余程腹に据えかねていたらしい。気持ちは良くわかるが落ち着け、と手振りで示して落ち着かせる。

 このまま頭に血を昇らせ(ヒートアップし)ていても意味はないのだし。

 「他には単純に幻痛か。『腕を切り落とされた』という感覚が抜け落ちず、縫合、治癒しても時折その時の激痛に襲われる症状。肉体的に異常はなく、あくまで精神的な異常のため、対処法はそう多くない。プレシス曰く一種のトラウマなのではないだろうか、という考えもあるが、そちらの知識は私に不足しているため判断できない。ただこの場合どうにかできるのはシオン自身のみで、私達薬師にできるのは痛み止め等の鎮痛剤を処方するのみである、やって」

 ただ、この可能性は低い、らしい。ただの痛みに呻いているにしてはシオンの反応はありえないくらいに酷すぎる。

 そもそも彼は痛みに強い人間だ。よっぽどの事が無ければ痛みを外に出しはしない。それを押し隠せていない、というベートの言が正しければ、やはりこの線はないだろう。

 「まぁ、現状で判断できるのはこのくらいやな」

 「あくまで精度の高いもんで、だろ? 他には?」

 「魔法、とかか。それでもここまで持続性のある魔法は聞いたことが無いしなぁ」

 自己にかける魔法と、後はかつての騒動における『アレ』等の例外は聞いたことがある。だが、他者に害を成す、という事に限れば、覚えはない。

 「あるとすれば――アレか」

 「……?」

 極めて七面倒臭い下準備の果てにやっと効果が出せる物。魔法ほどの即効性は無く、だからこそ誰も知らず、だからこそ――その存在は、復讐の役に立つ、という。

 真っ当な人間であれば絶対に手を出さないモノ。

 「呪い、ってやつやな」

 

 

 

 

 

 呪い、というモノには二つの種別がある。

 『呪詛(カース)』と『呪い』、である。同じ意味を持つが、この世界では前者と後者では分けて使われるのが一般的だ。

 ――そもそも後者を知る者はほぼいないため、一般的、というのは前者のみに当てはまるが。

 まず呪詛であるが、こちらは魔法と似たような物だ。詠唱を引き金として発動するモノ。ただしその効果は通常の魔法とは違い、混乱や金縛り、強制的な痛覚を与える等の、間接的且つ直接的な影響の低い類の代物だ。

 これを食らっても死ぬわけではない。

 これを食らっても魔法程に辛いわけではない。

 ただし――この魔法を喰らえば。凄まじく戦況に影響が出る。

 例えば最前線で魔法使いを守る盾役が金縛りに合えば。その者は何もできないままモンスターに殺されて戦線が崩壊する、なんて事になりかねない。

 更に『呪詛』という嫌な言葉通り、魔法とは違い効果が薄い反面防ぐ手立てが限られている。防御も治癒も専用の道具が無ければならない。しかも『耐異常』では防げないため、どれだけその値が高くとも――仮にSまであったとしても――意味がない。

 なるほど影に徹する者であればこれほど使い勝手の良い物ではない。だが、因果応報というものがある。誰かを呪えば自身もまた呪われる。

 この術の行使中、術者はその効果に応じた罰則(ペナルティ)が与えられる。軽いものであれば良いが、もし重いものであれば――言うまでもない。

 この部分によって、闇派閥に属する物でもそうおいそれとは使えない。

 呪詛の存在を知る者は少なく、行使する者はもっと少なく、それ故対策するための道具は数があまり無い上に高い。正しく悪循環。

 「……これなんじゃねぇの?」

 「さっき言ったやろ? 『罰則が与えられる』って」

 そう、他人に痛みを与え続ける――それもシオンが耐えられないほどの――という呪詛。もし本当にやるのであれば、例えば『本人も同等の痛みを受ける』といった罰則が与えられるか、それに準ずる代物を受け続けなければならない。

 常人なら、気が狂うだろう、とロキは思う。それこそ専門の――それこそ拷問なんかの耐性を付ける訓練とか――を受けていなければ。

 「うちにはシオンの受けている痛みなんてわからんけど、体の内側を常に掻き混ぜられ続ければ誰だって狂うやろ?」

 「……ああ、確かにな」

 「って訳だから、真っ先に疑ったこの線は低いんよ。あるいは、術者が元から狂っていればありえるかもやけど」

 そこまで行くとたらればの話になる。あくまで一つの線として割り切るしかない。もしこれだったらその時はその時だ。

 「んじゃ、お前が最初に言ってた呪いってのは、なんだ?」

 「うーん、こっちの説明は、どう言えばいいんやろな。……ああ、ちょうどいい前例とかがあったか」

 先に述べた通り、呪詛と呪いは別物だ。

 分かりやすい例を上げるとしたら、過去の――神々が地上に降りる前の魔法と、降りた後の魔法などだ。かつての魔法はエルフ達を始めとした先天的な魔法行使者(マジックユーザー)のみに許された物であり、それ以外の種族には使うことができなかった。

 だが、神々が人々に与えた『神の恩恵』によって、どの種族であっても、魔法が発言する可能性が与えられた。

 勿論エルフのように無限にとは行かず、三つまでの制限はあるが、それはまた別の話なので置いておこう。

 この例は、呪詛と呪いにもそのまま当てはまる。

 呪詛は、『恩恵』によって発動する物。

 ならば、呪いはどうなるのか。先の例に例えれば、恩恵に頼らないもの、となる。

 「恩恵に……頼らない」

 「本人の知識と努力と――何より限りない復讐心。それらが無ければ発動すらできず、途中中断すれば呪いの効果は本人に跳ね返ってくる。そのせいで廃れきってしまった技術・系統やな」

 本当にそれが正しいのかの確認で数年。下準備に数年。行使にまた数年。大抵の人間は正しいのかという確認で挫折し、それを通り抜けても必要な道具を揃える下準備で諦める。下準備を終えても『失敗したら』という恐怖心で、止めてしまう。

 それらを全て飲み込んだ者、真性の復讐者のみが使う、『呪い』。

 「当たり前やけど恩恵が無いから本人の技術のみが頼り。その代わり効果は呪詛よりも絶大で、何より()()()()()()()()()()()()()

 ちなみに、この『廃れた技術』であるはずの呪いを何故ロキが知っているのかは――言うまでもないだろう。

 「ただ今に至るまでこの呪いの正しい知識を記した書物なんてあるのか、あったとしてその内容を信じて使おうなんて思う酔狂な人間はいるのか、そう考えると、な」

 「ありえなくはないが、ありえる可能性は限りなく低い、と」

 確認するように聞けば、ロキは肩を竦めて応じた。

 ――その通りだ、と。

 だから基本的には前者三つを探るつもりだ、と。そう告げて、ロキは締めくくった。彼女の持つ知識ではこれ以外の可能性が出てこない。

 「悪いな、あんま力になれんで」

 「いや……」

 少し力無く笑うロキに、ベートは少し躊躇い、それを飲み干すのにまた躊躇い。

 「……十分、力になってくれた。その、ありがとな」

 そして、言った。

 ベートは呪詛やら呪いなんてもの、知りもしなかった。それでも教えてくれた事に対し、何も言わないのはありえない。

 だからこそ、礼を言った。慣れない言葉だから、随分とぶっきらぼうだったが。

 これはからかわれるか、と内心で身構えていたが。

 「そっか。うん、それならええわ。……頑張ってな、ベート」

 帰ってきたのは彼女が滅多に浮かべない、胡散臭いものでもオヤジくさいものでもない、ロキが『女神』であると心底から確信させる、綺麗な笑みだった。

 思いもしない光景に、ベートの全てが止まる。

 ――こいつ『ロキ』か? 偽物じゃねぇの?

 と思ったかどうかは定かではない。




1ヶ月の音沙汰無し、本当に申し訳ありませんでした。

各授業で出された課題が積み重なって大量になり、そこにサークルから出されていた文化祭で出す課題が乗っかっててんやわんやになってました。

まぁ課題はどうとでもなったんですけど、サークルで私がやってたのはプログラミングでして。コードを書いて、デバックして、バグが無いかの確認して、あったら修正して、また確認して、バグが無ければまた記述して(以下ループ)で死んでました。

一日5~8時間やってました。知識が無いから先輩曰く『頭の悪い』方法でゴリ押ししたので眼と頭が……痛い……。
終わった翌日一日中死んでました。体も酷使してましたし。

と、こんな感じで色々ありましたがそれも終わりましたので元の投稿ペースに戻したい、のですけど。
やっぱり一ヶ月は放置しすぎてて、どこまで書いててどういった展開にしようかという細かい部分を綺麗サッパリ忘れてました。そのため今回はリハビリ程度の5000文字。情けない……情けない……。

――過ぎた事は忘れましょう。忘れたいんです私が(現実逃避)。

ここまでが小説書けなかった事情(という言い訳)です。

次から自分の趣味的な言葉の羅列。興味ない人スクロールスルー推奨。

Fate/EXTELLA買いました。ネロも玉藻もアルテラも可愛い&綺麗過ぎてやばい。特にアルテラがFGOで欲しい衝動ががががががが。

ストーリーはアルテラまで終了させました。全ステージ全難易度(イージー・ノーマル・ハード)のEXもやったので、レベルもそこそこ上がりましたね。

まだまだやり込み要素もありますし、アドホックモードとやらもあるのでその内友人と一緒にやりたいところ。

問題点。P制じゃないためどの難易度でもとかく時間がかかる。全部のEXランク達成は楽じゃないんだぜ……。

ではまた来週ノシ

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