英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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閑話 少年の奮起

 まだ昼下がりといった時間帯、【ロキ・ファミリア】の中庭で一人の少年と一人の女性が武器を交わせていた。

 少年はまだ二桁になったばかりと見える。まだまだ幼さが強い顔を、今ばかりは歯を食いしばらせて木剣を振るう。

 相対する女性は二十代半ばほど。かの少年とは正反対に、余裕たっぷりの笑みを浮かべながら槍を巧みに動かし、全ての攻撃を防ぐ。

 どれだけ木剣を振るっても決して届かない。躱され、防がれ、受け流され――しかし、反撃はしない。してもいいが、そうすればあっさり決着がついてしまうと女性はわかっていた。それが尚の事悔しい少年は、汗を垂らしながらも更に剣を振るう腕に力を入れ、

 「ッ、ハッ! ――って、あれ」

 「……ムキになりすぎ。ここで終わり」

 「あだぁ!?」

 剣を振り下ろすも、女性の姿は既にそこにはなく。

 辺りをキョロキョロ見渡し大きな隙を晒したところに、槍の棒部分が頭に直撃。あまりの激痛で地面に転がり頭を抱えてしまう。ちなみに女性は少年の目に止まらない速度で後ろに回っただけである。特に不思議な事はしていない。

 「これはあくまで訓練。大怪我しそうになったら止めるって言った」

 「それは、そうだけどさ……でもやっぱ、一回くらいは攻撃当てたいじゃんか」

 「無理。どうあっても今のラウルじゃ私には届かない」

 女性にそうきっぱり断言されて、ラウルは呻いた。確かにそれはわかる。ラウルはこの都市に来て一年と少し。未だにLv.2でしかない――それでもその成長スピードは中々のものなのだが――身の上で、Lv.4の彼女に一撃当てようなんて遠い夢でしかない。

 ――と、思っているのであろうラウルに、女性はため息を吐いた。

 そういう事ではない、と。

 「ラウルは強くなる。きっと、将来的には私よりも」

 「そう、か?」

 「保証する」

 「師匠がそう言うなら、信じるけどさ」

 半信半疑なラウルに、こっくりと目に見えるよう頷く。元々口数少ない彼女がそう言うなら、きっとそうなのだろうとラウルも信じる事にした。わかりやすく口元に笑みを浮かべ出すラウルに、彼女は、ただし、と付け加えた。

 「今のラウルじゃ、やっぱり無理」

 「え? さっき言った事と違うじゃねーか。どういう事だよ」

 「私が言っても意味がない。自分で気付いて改善しなきゃ、多分、腐る」

 正直に言おう、さっぱりである。頭にハテナマークをいくつも浮かべて首を傾げるラウルに、師匠たる彼女は、気付くためのきっかけとして言った。

 「彼等――シオン達と戦えば、わかると思う。多分だけど」

 「……あいつ等か」

 『シオン』という名を出した瞬間、ラウルの表情が曇る。自分達と同年代ながら、その実力は目の前にいる師匠とそう変わらないだろう存在。同じ【ファミリア】に所属するも、姿を見るくらいで話しかけたことはない――仲間という意識には、正直、欠けていた。

 「でも、あいつ等が俺より強いのって、数年速くダンジョンに行ってたからだろ? それで何がわかるって……」

 「ラウルはわかってない」

 ラウルの顔に浮かぶ微妙な『嫉妬心』に気付くも、女性は敢えて黙殺し、反論も封殺した。

 「ラウルは、五、六歳の時にダンジョンに行って、モンスターと殺し合える?」

 少なくとも私は無理、と女性が言えば、ラウルはできると言えなかった。

 「彼等は最初から強かったんじゃない。ただ――……」

 そこから先は言えなかった。そこは、ラウルに気付いて欲しかったから。だから一度首を振り、女性は続けて言う。

 「今のラウルに足りない物を、彼等は持ってるはず。いっそのこと、決闘でもしてもらえばわかると思う」

 「え? 決闘!?」

 「言葉で聞くより、武器を交えた方が分かることもある。ラウルは経験、無い?」

 「あるわけないだろ!?」

 あまりにも当然と言いたげな女性にラウルは目を剥いた。基本常識人で、口数は少ないが嘘を言わず的確にアドバイスしてくれる彼女は、時折ヘンテコな事を言ってのけた。

 ラウルは頭を抱えつつ、それでも、本当に自分に『足りない物』があると言うのなら。

 「……わかった、頼んでくる」

 彼女の教えに従い、頷いた。

 

 

 

 

 

 ホームの内部を歩くラウル。【ロキ・ファミリア】が拠点とするホームは大きく、廊下や部屋の数は多い。と言うより多すぎる。探しているのは五人、しかしそれでも手間取ってしまった。探していた時間は一時間を過ぎるかどうか、というところで、やっと見つける。

 褐色肌で長髪の彼女の名は、確か、

 「ティオネ・ヒリュテ……で、合ってるよな?」

 「ん? そうだけど、何か?」

 振り返った人物が探していた者達の一人であったことに安堵しつつ、ラウルは用件を告げた。

 「お願いがある。俺と、決闘してほしい」

 「…………………………」

 聞いた瞬間、ティオネは額に手を当てて目を瞑りながら天井を見上げた。その所作はわかりやすいくらいに『呆れ』を示している。

 そしてすぐに顔をラウルの方へ戻し、

 「まず名前を言いなさいよ。人として当然の事をしなさい」

 「あ、お、おう……悪かったよ。ラウル・ノールドだ」

 「ラウル、ね。確か最近Lv.2になったばかりの冒険者。生まれた時からじゃなく、外部から入団してきたヒューマン、で合ってるわよね?」

 「何で知って……!?」

 少なくともラウルはその辺りの事情を説明した覚えはない。それこそ師匠にも、だ。自然険しくなる視線を受けて、ティオネは肩を竦めた。

 「別に。不思議な事でもないわよ。私は将来の目標を達成するために頑張っていて、その過程であんたの名前を知っただけだし」

 ただし顔は知らなかったけれど、と悪びれもなく言って、ティオネは続ける。

 「で、決闘だっけ? いつ、誰とかの指定はあるの?」

 「特に、無いけど」

 「そ。なら明日、陽が出る前の時間帯で、私とやりましょ。起きれなかったら知らないけど」

 「あ、ああ……って、お前と?」

 「あら、不満? それとも何、シオン辺りとやりたかった?」

 そういう訳ではない。単に自分より背の低い少女とやり合うのに躊躇があっただけだ。

 それを見抜いたのかどうかはわからない。けれど、ティオネは目を鋭くして、ラウルにこう言った。

 「大丈夫よ。少なくとも――あんた()()に負けるほど、弱くないわ」

 安い挑発。しかしラウルは簡単に引っかかり、ティオネに負けぬくらいに目を鋭くして睨みつけてきた。

 「それじゃ、明日待ってるわ。逃げたら腹が捩れるくらいに笑ってあげる――」

 

 

 

 

 

 ――そして、早朝。

 ティオネに言われた時間帯よりも速く起きたラウルは、寝起きもそこそこに顔を洗い、服を着替えて部屋を出た。

 場所はあの後告げられた中庭だ。陽も出ていない時間帯だから近所迷惑になるかもしれないが、ティオネは問題ないと切って捨てた。思い出すたびに言いようの無い怒りが湧いてくる。あの少女にとってラウルという人間は、その程度でしかないと伝わって来るからだ。

 それでも一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせ、中庭に出る。頭に血が上って剣筋が鈍り、そこを師匠に叩き伏せられた経験は一度や二度ではない――戦いで冷静さを失う事の弱さを何度も教えられたが故に、ラウルは今、冷静さを保っていた。

 まだティオネはいないか、と思って周囲を見渡すと、いた。

 陽が出ていないため、まだまだ肌寒い時間帯。にも関わらず、ティオネは湾短刀(ククリナイフ)を両手に持って振るい、汗が顎から滴り落ちる程の鍛錬を続けていた。

 十分二十分ではない。恐らく一時間以上、そこにいたと、足元の軌跡からわかる。

 「あら、もう少し遅いかと思ってたのに……意外ね。時間前に来るなんて、感心感心」

 本心からそう言っているらしいティオネは、横に置いてあった布切れと水筒を手に取ると、汗を拭って水を飲んだ。

 「どうして、こんな時間から? この後決闘なのに」

 「だからこそ、よ。戦う前に武器を振るうことを体に叩き込んでおく――あんたは私より弱いけれど、侮る理由にはならないわ」

 故に全力でお相手する。そう言って獰猛に笑うティオネに、ラウルは自分が思い違いをしていたのを悟った。

 ティオネがラウルを舐めていたのではない。

 ラウルがティオネを侮っていたのだ、と。

 「どうする? あんたも体を温める? それなら少し待つけど」

 「いや、いい。そうする時間が勿体無いし。こんな時間にしたの、理由があるんだろ?」

 「……正解。見抜かれちゃってたか、まぁいいわ。なら――やりましょうか」

 鍛錬用の鋼でできた湾短刀を置き、横にあった木製の湾短刀を両手に持ち、構える。ラウルも手に持っておいた木剣を正眼に構えた。

 合図は無い。審判がいないのだから当然で、だから、ティオネは先手を譲った。

 ラウルが走り出す。それを悠然と待ち構えて、ティオネは一手目を受け止めた。斜めからの振り下ろしを、交差させた湾短刀で受け止める。単純な強度では剣に劣るも、二本を重ね、受け止め方にも工夫した湾短刀から跳ね返る重みはほぼない。

 ラウルにもそれがわかった。剣から来る手応えで、衝撃がほとんど通っていないと悟る。即座に剣を離し、剣先を真っ直ぐティオネに向けて、突き。

 これは流石に防御しにくい。腹――鳩尾を狙っての突きをギリギリで回避。咄嗟に腕を揺らすもティオネの脇腹を掠める結果に終わる。腕が伸びきり泳いだ体、わかりやすい隙だ。右手に持った湾短刀に力を入れ、お返しとばかりに脇腹を狙う。

 それを、ラウルは自ら転んで躱す。だが完全に死に体となった彼を、ティオネは思い切り蹴ろうと足を後ろに曲げる。それを見たラウルは、体が土で汚れるのを厭わず更に数度回転して逃げていった。これで立ち上がる暇は、と思った瞬間だった。

 「甘すぎ」

 冷たく凍えるような声で、ティオネは断ずる。その言葉通り、ラウルの胸に強烈な痛みが走り、立ち上がろうとした体が再び崩れ落ちる。

 もう一度起き上がろうとしたところに、首の左右に感触。それでラウルは、あっさり自分が負けたのを理解した。

 降参を示すように剣から手を放し両手を上げると、首にあった感触が消える。顔を上げると、ティオネは冷徹な瞳を向けていた。それでもラウルは、聞いた。

 「どうやって、俺が立ち上がろうとするのを止められたんだ」

 「簡単よ、そこにあるものを使っただけ」

 顎で示した先にあった物。

 「い、石ぃ!?」

 それは、赤子の拳程度の石だった。その石がラウルの胸にぶち当てられ、その痛みで立ち上がれなかったのだ。

 どうやって、と聞こうとして、気付く。

 「あの蹴りの狙いって……」

 「それを蹴りたかっただけよ。ま、あんたが逃げられなかったら直接蹴ってたけど」

 「ひ、卑怯クセぇ……!」

 思わず、と言うようにラウルの口から言葉が漏れる。別に本心ではなく、単なる愚痴のようなものだった。

 「は? 何言ってんのよ」

 それに対する返答は、更なる追い打ちであったが。

 「これは決闘だけど、戦いに卑怯もクソもありゃしないわ。結局のところ勝てば全て――武器に毒が塗られていて負けたとしても、それを想定していなかった奴が悪い。それと同じ」

 それは対モンスター戦でも、対人戦でも変わらない。何かと戦うというのは、自分の持つ何かを賭けるということ。自分の命か、あるいは掛け替えの無い大切なものか。

 むしろティオネのやった石を蹴る程度、まだまだ普通な方だ。

 「あんたのその素直さは美徳なのかもしれない。でもね、戦いには弄れた思考も必要よ。そうじゃなきゃ、生き残れない」

 生き残れない――そう言った時のティオネの瞳に過ぎった感情は何だったのか。一瞬に過ぎぬそれを見抜くにはラウルは幼すぎ、またティオネも教えるつもりはなかった。

 「……まだ、時間はあるけど。どうするの?」

 「……もう一度、頼む」

 最終的に『決闘』が『鍛錬』に切り替わるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 鍛錬の終わりはラウルの気絶で終わった。体力が切れてしまったのだ。ティオネはラウルを見下ろし、どうしようかと悩む。

 そして、よし、と手をポンと叩き、

 「首根っこ掴んで運べばいいでしょ」

 本当に首根っこ引っつかんで運びだした。

 グェ、と何か変な音が聞こえたが、完全に無視してティオネは歩き出した。ズルズルと何かが擦れて引き摺られる音は無視。

 ラウルの頬に何かが流れた跡ができるも――それに気付いた者は、いない。

 「……何やってんだお前は」

 しばらく歩いていると、ティオネは聞き慣れた声に動きを止めた。振り返ると、武装したベートの姿が見える。見慣れぬ手甲と靴に疑問を抱くも、

 「あら、ベート。その格好、これからダンジョン? 精が出るわね」

 敢えて何も聞かずにそう言った。これは意思表示だ、こっちは詳しい事を聞かないから、そっちもあまり詳しい事は聞くな、と。

 それでもその視線の先はわかったので、面倒な荷物を持ち上げて答える。またグェッという声は聞こえたが、まぁ、どうでもいいだろう。

 「ああ、これ? 確か、ラウル、とか言ったかしら。アキやナルヴィの同期、みたいだけど。鍛えて欲しいって言ってきたから、ちょっとあしらってあげたのよ」

 笑ってそう言うと、ベートはそっと目を逸らした。何か変な事でもしただろうか、と思うも、ティオネにはあまり時間がない。

 「それじゃ、私はもう行くわね。これからまた続きをしないといけないし」

 ラウルを持つ手を下ろし、背を向けて歩き出す。と、そこでふいに思い出した事があったので、ラウルを放り、戻る。

 「――あ、そうだ。一つ伝えておかないと」

 「うぉ!? 驚かせんじゃねぇ!」

 びくりと肩を震わせるベート。普段ならからかうだろうが、今回は別だ。努めて真剣な顔をするように意識しつつ、

 「ダンジョンでちょっとおかしな事があるそうよ。十分に気をつけて行きなさい」

 「そうかい。……忠告ありがとよ」

 ベートはしばらく眉を寄せていたが、最後には感謝の言葉を返した。弄れているが変に素直なベートに口元を綻ばせて、

 「ま、仲間だしね。死なれちゃ寝覚めが悪いもの。じゃ、今度こそ」

 そう言って、ティオネは背を向けてラウルのところにまで行き、また引きずり出した。……ラウルが色んな意味で泣いていたなんて知らない。見ていない。だから、どうでもいい。

 哀れなラウルであった。

 

 

 

 

 

 ティオネがラウルを引きずって行った先は厨房だった。そーっと扉を開け――前に思い切り開けて埃が舞うと散々に叱られたからだ――中に入る。

 そこには想像通り、彼女の妹であるティオナがいた。真剣な眼差しで料理の手伝いをしているティオナと、そんな彼女を微笑ましそうに見ている女性陣。若いわねぇ、青春ねぇと呟いている人もいたが、ティオナには届いていなかった。

 そこで、アキがティオネに気付いて近寄ってきた。

 「あれ、ティオネ? また摘み食い? ダメだよ、そんな事してたら――って、ラウル。いたんだね」

 「ひ、酷い……皆冷たすぎる……」

 アキは単に視界の都合上見えなかっただけで、わざと気づいてないフリをしていた訳ではなかったのだが……ラウルはそう思ったらしい。

 どういうこと? と視線で問えば、

 バカな男の変な勘違いじゃない? とこれまた冷たい対応。

 それで大体察した。アキは変な笑みを浮かべると、

 「ラウルと一緒なら摘み食いは無いか。どんな用事?」

 「ちょっと妹にね。おーい、ティオナー」

 「……ティオネ? 何?」

 「こいつ預かってくれない? 私、これから団長のところに行かなきゃいけないのよ」

 それで大体を理解したティオナは自分の担当していた料理を他の人に任せる。ついでに既にできあがっていたものを容器に詰めると、出口に移動した。

 「うん、これで大丈夫。頑張ってねティオネ」

 「悪いわね。後で埋め合わせするわ、こいつの事任せたから」

 「別に気にしないでもいいのに……」

 お互いに迷惑をかけあう仲だ、今更である。そう言いたげな表情をしたが、親しき仲にも礼儀ありと言って、ティオネは去っていった。

 「で、アキ。この人の名前は? ラウ、までは聞こえたんだけど」

 「ラウル、よ。悪いわね、この馬鹿の相手させて」

 「あ、あはは……」

 普段どんな対応をされているんだろう、と思ったが、自分達もベートにそんな対応をしているのを思い出して、ティオナは乾いた笑いをするしかなかった。

 何とか立てるようになったラウルを伴って、ホームにある鍛錬室へと行く。ふらふら状態のラウルを気にかけつつもたどり着くと、まずラウルを座らせ、濡れた布を渡し手を拭わせる。その後容器に詰めた食べ物――と言ってもサンドイッチ程度だが――を差し出した。

 「軽い物だけど、お腹空いたよね? どうぞ」

 できるだけの笑顔を浮かべて手のひらで遠慮せずと示すと、ラウルは何故か両目を潤ませ、ティオナを拝みだした。

 「め、女神様……!?」

 「えぇ? 女神って何!?」

 女神様女神様と壊れた機械のように拝み倒すラウル。それをしばらく困惑していたティオナは、一つ溜め息をして、額にデコピンをお見舞いした。その痛みによって我を取り戻したラウルは、自分のやっていた事を思い出して、今度は悶絶したそうな。

 「……やっと落ち着いた?」

 「はい、すいませんでした」

 頭を下げて謝罪し、やっと食べ始める二人。目が覚めてから鍛錬尽くしで何も腹に入れていないラウルは、ティオナが一つ食べる間に二つ三つと手を伸ばしていた。気付けば大半がラウルの腹に収まり、ティオナは二つ食べた程度になってしまった。

 「あ、わ、悪い……」

 「そんな謝らないでもいいのに。それにあんな美味しそうに食べてくれるなら、作り手冥利に尽きるからね」

 「え、これ、えっと」

 そこで、ラウルは彼女の名前を聞いてないことを思い出した。どこかで聞いた覚えはあるが、どうしても思い出せない。

 結局先に察したティオナが自己紹介した。

 「ティオナ・ヒリュテだよ」

 「ティオナが作った、のか?」

 「うん。最近料理を学び始めてて、見様見真似で。それで、どうだった?」

 ニコニコと笑顔で聞くティオナに、ラウルはサッと目を逸らしつつ、ぼそぼそと答えた。

 「う、美味かったよ」

 「ホント!? 良かったぁ、少しずつ上手になってるんだね」

 今度こそ満面の笑みを浮かべるティオナの横顔をボーッと見つめる。すぐに我を取り戻すと、ぶんぶん首を振って何かを振り払う仕草をした。

 「……何やってるの?」

 「い、いいいいや!? 何も!?」

 その奇行に気付いたティオナが問いかけると、やはり挙動不審な動作で返される。しばらく訝しげに見つめ続けていたが、やがて仕方ないなぁと言いたげな苦笑で許してあげた。

 「――――――――――」

 それに何か胸打たれたような気がしたが――ラウルには、わからなかった。

 

 

 

 

 

 「それで、師匠に言われてティオネと戦ったんだけど……」

 「ボコボコにされて引きずられてた、と」

 「ぐっ!?」

 どうしてティオネと一緒にいたのか――その説明をし終えた彼女の第一声がそれだった。男としてあまりにも情けなさすぎて呻くラウル。

 そんな彼を気にせず、ティオナは顎に手をやり、んーと悩んでいたが、ふと気付いてラウルに問いかけた。

 「ラウルってさ、つい最近Lv.2になったんだよね?」

 「あ、ああ、そうだけど、それがどうかしたのか?」

 「もしかして――『満足』、しちゃったの?」

 「え……?」

 ラウルにとって、それは想像もしていなかった言葉だった。ティオナはただ真っ直ぐに自分を見つめていて、答えを待っている。

 それでも混乱していて答えられないラウルを見かねたのか、ティオナは言った。

 「オラリオでも半数近い人はLv.1のまま燻ってる。その中で、たった一年と数ヶ月でLv.2になれたラウルは才能があると思う。だけど、そんな自分に『これでいい』と思わなかった?」

 そんな事はない、と言い切れなかった。確かにそう思った自分がいることを、ラウルは知っていたからだ。

 ラウルが今一緒に行動しているパーティで最も強いのは、ラウルだ。メンバーのアキやナルヴィよりも、ラウルの方が強い。だから、満足していないとも言い切れなかった。

 「私達のパーティで一番強いのはシオン。多分、そろそろLv.4に上がると思う」

 「は……? いや、ありえないだろ。だって、そんな速度で上がった人は今までいなかったんだし」

 あるいはラウルが知らないだけかもしれないが。しかし、ティオナはラウルの言葉を否定した。

 「シオンはね。()()()()()

 ――好いた男に言う言葉ではない。

 だが、れっきとした事実ではあった。

 「シオンは、一週間に五日か六日、ダンジョンに行ってる」

 「嘘だろ、おい」

 休みが一日か、二日。ありえない。どんな人間でも、そんなペースでダンジョンに潜れば疲労が溜まって死ぬ。

 「どうして、そうすると思う?」

 そこで、ティオナは聞いてきた。シオンの話をしたのには理由があるはず。しかし、常識人であるラウルにそこまでする思考が理解できない。

 結局、わからないと首を振った。

 「シオンはね、『満足』してないの。ううん、できないのかな」

 ティオナにはわからないシオンの『目的』、そのせいだろう。

 そしてそれが、ラウルに欠けているモノでもあった。

 「強くなりたい――だから、今の自分に満足できない」

 「――!!」

 それは、ラウルとは正反対のものだった。

 強くなった、だから満足だ、と思う者と。

 まだ弱い、だから満足できない、と思う者。

 どちらが強くなれるかなんて、自明の理。だから師匠は、言ったのだ。何度も。

 ――『今のラウル』では、と。

 「シオンだけじゃないよ? シオンをライバル視してるベートも、結構な頻度でダンジョンに行ってるし」

 彼の場合は鍛錬が趣味である、というのも大きいが。

 「アイズもシオンとはまた別の目的がある」

 本人の才能というのもあるが、だからこそ、彼女は姉妹の実力を超えた。

 「ティオネは団長の隣に立つために、今も頑張ってる」

 強くなるのは必要だから。秘書的な存在になるために、今も勉強している。

 「私も……色々やってるし」

 多分、ラウルには明確に『自分より強い』相手と戦った経験が無いのだと思う。より正確に言うと、『自分と同年代で』という枕詞が付くか。

 そういう意味でラウルは恵まれていなかった。

 けれど、

 「ラウルは、本当にそのままでいいの?」

 今は、違う。

 「ずっと満足したままでいれば。今いる仲間にも、置いてかれちゃうよ」

 じっと、ラウルの目を見据えて言う。ラウルはしばらく沈黙していた。しかし、ティオナの目からは逸らさない。

 「……目的があれば、満足できない」

 やがて、ラウルはポツリと呟いた。

 その通りだ、ティオナは思う。皆が皆、目的があるからそこに向かって突き進む。ラウルはその目的を持っていなかった、だから満足してしまった。

 だから、

 「……そうだな、満足、できないな」

 ティオネに負けた。あっさり、手も足も出せずに。それは情けない。あまりに情けない。せめて一回くらいは攻撃を浴びせたい。

 今ならわかる。師匠が言っていた足りない物と、それを持っていた者達の『強さ』が。

 彼等は最初から強かった訳じゃない。

 ただ強くなりたいと願い、強くあろうとし、強くなっただけだ。

 「うん、それでこそ『冒険者』、だよ!」

 だが、何より――と、ティオナを見上げて。

 この笑顔を浮かべる少女を、驚かせて感心させてみたい、と思った。

 その感情をどう言うのか――少年は未だ、知らない。

 

 

 

 

 

 それからしばらくしてティオネが戻ってきて、またラウルを連れて行った。だが、もうラウルの目にあるのは腑抜けた物ではない。それを察したティオネは流石ティオナと思いつつ、ちょっとした手解きをして終わった。

 「これで私の役目は終わり」

 「ありがとう、ございました……」

 「……()()()。あんた、良い師匠を持ったわね」

 「そ、っすね」

 ティオネはそこで初めて名を呼んだのだが、ラウルは気付かなかった。息も絶え絶えに変な敬語で返答してくる。

 きっと、この言葉の真意にも気付いていないのだろう。ティオネがわざわざ己の時間を割いてまで彼の相手をしたのは、彼女に頭を下げて頼まれたからだという事に。

 まぁ、自分達も同じだ。フィン達に色々な事をしてもらっていたけれど、気付いたのはずっとずっと後のこと。

 ラウルもいずれ、気付くだろう。その時に、彼等に感謝すればそれでいい。

 「ティオネー、シオン達が帰ってきたよー!」

 「あら、そうなの? お出迎えが必要かしら」

 倒れているラウルに視線を向ければ、気にせずと言いたげに顔を横に振られた。だから、ティオネは彼を放って玄関に向かう。

 そこで見たのは、全員土や埃に塗れた姿。その上結構な疲労をしているようで、驚かされる。

 「……よう、二人共」

 「何やってんのよ、あんたら」

 「……死にかけた?」

 「ハァ!?」

 たかが18層に行く程度で死にかけた、という言葉に、ティオネはらしくなく声をあげた。しかしシオンは説明する気力も無いようで、飯……と小さく呟いて歩いていく。アイズ、ベート、鈴もかなり疲れているようで、げっそりしながらシオン達についていった。

 比較的なリヴェリアでさえ疲れているのに再度驚愕するも、

 「しばらく休ませてやってくれ。私も、少し疲れた……」

 平静を保っているが、その実疲れていたリヴェリアが姉妹の頭を一回ずつ撫でて、彼等の後を追っていった。

 後から聞いた話によると、その一件によってシオンはLv.4にリーチをかけ、鈴はLv.2へと上がったらしい。

 ――鈴がLv.2になるためにかけた期間は、八ヶ月。

 九ヶ月というアイズの記録を大幅に塗り替えた。しかし、ティオネの目には、どうにもロキは喜んでいないように見えた――。

 

 

 

 

 

 ――そして、ティオネの見識は正しかった。

 ロキは、喜んでなど一切いない。どころか、憂慮していた。

 「……やっぱり、その真っ赤なオークの魔石はおかしかった、と?」

 「大きさと純度的に、恐らくLv.4になったかどうかというところだろう。なっていたか、なっていないかは知らないがな」

 「通常のオーク種がそないな力を持ってる訳がない。共食いにしても、その途中で冒険者を襲わない理由はない……」

 そう、おかしいのだ。

 強い個体が現れれば、それは異常としてギルドに知らされる。それが一切ない、という事は誰かが隠蔽していたか、あるいは――誰かがその個体を()()()()()()()、だ。

 そして、今回の一件。偶然で片付けるにはあまりにも『人の手』が介在しすぎている。どう考えてもベートと鈴を殺すために手を加えたとしか思えないのだ。つまり、後者。

 今まで間接的にシオン達に手をかけていた者達が、直接的な手段に訴え出している。それがロキを憂鬱にさせていた。

 そも冒険者が強くなるには『壁』が、いわゆる『障害』が必要だ。そして、その壁を超えていけば強くなり、【ランクアップ】を果たす。

 では、逆に考えよう。

 驚異的な速度で強くなるシオン達は、一体どれだけの壁を乗り越え続けてきたのだ?

 偶然もあろう、だがその者達の手によって、シオン達は強制的に強くなっている。今はいい、まだ何とかなっている。

 しかし――あまりにも大きすぎる壁を用意されれば、踏み潰されてしまうかもしれない。

 リヴェリアが退出した自室で、ロキはふと立ち上がり、窓の外を見た。

 「シオン自身が恨みを買うには、あまりにも展開が速すぎる……」

 きっと、最初はシオンのせいではなかったのだろう。今は亡きシオンの両親か、あるいは彼が慕った義姉に対する怨み。けれどもう、彼等はいない。

 だからこその、八つ当たり。

 「ああ、イラつくなぁ」

 しかし、それをされる方はたまったものではない。それを見ている者達も、心配させられる。

 「うちの『眷属(こども)』に手を出す意味、ほんまにわかっとるん?」

 だから、とロキは、呟いた。

 「舐めるなよ、クソガキが」

 その眼は、とても冷たく。

 「悪神(ロキ)の名の意味を知りたくないなら、大人しくせえ」

 あまりにも力を入れすぎた窓が、割れる。

 「できないなら――例え、禁則事項(ルール)を破ってでも」

 地獄に落とすことすら生温いセカイを、見せてやる。




姉妹というかラウルがメインだった気がしないでもない。
そして気付いたらラウルが――いや、なんでもありません。明言してません。茨の道なんて事もありません、うん。

それと評価200ありがとうございます。高評価も低評価もあり一喜一憂する物ではありますが、それだけの方に評価してもらえて大変嬉しいです。
次は300目指して頑張りますね。

とりあえず閑話は終了、ネタがあったら次も閑話かもしれませんが多分無いかと。

次回は時間飛ばして本編かも?

どちらにせよお楽しみに~。

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