英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

63 / 92
頼り、信じること

 目の前で俯いているレフィーヤに、言い過ぎたかと若干の後悔が心に浮かぶ。しかし、ダンジョンでは何時だって死と隣り合わせだ。絶望的な状況に陥ってなお戦える、そういう者でなければ冒険者は名乗れない。

 自分一人だけなら、まだいい。最終的な被害は自分一人に留まる。けれど、レフィーヤは魔道士だ。後衛タイプの彼女は絶対に前衛となる人と一緒に来る。前衛が壁となり、後衛の彼女が多大な一撃を見舞う、そのために。

 それなのに、その後衛が仕事をしないのであれば、前衛にかかる負担は凄まじい。……今の、イーシャのようになってしまう。

 互いが不幸になるのが目に見えているのなら。例え恨まれても、相手の心をへし折るような言葉をかけてでも止めておきたい。

 自己満足と言われればそれまでだろう。それまであった夢、目標を奪うのだ、非難されたって仕方が無い。それでもシオンは――誰かが死ぬのを、見たくなかった。

 シオンは一度強く目を閉ざす。一瞬だけ過ぎ去った感情をリセットし、息を吐いて目を開ける。その後状況確認のために視線を上げた。

 ――今は見える、か。

 シオンが通った時には確かに無かったはずの穴。それが今では、見落としたのかと思えないくらいの大きさを伴う空洞を見せていた。

 ――あの子の『マジカルメイクアップ』とよく似てるけど、違う。

 彼女の魔法は確かにある物だけにしかかけられず、無かった物をあるようには見せられない。言ってしまえば変身魔法のようなもの。

 逆にこれは無かったはずの物をあるように見せかけているが、その実態は何も変わっていない。視覚的に騙してくるだけだ。

 ――確か……幻、だっけ。こういうの。

 けれど、シオンの知っているそれとはあまりにも規模が違う。それが示すのは、この幻は魔法によるもの。

 『人を騙す』という一点だけが突き抜けきった魔法。

 「レフィーヤ」

 「……何、ですか」

 どことなく生気の無い声。視線を彼女に戻すと、余程堪えたのか、瞳に力がなかった。ジクジクと胸に鈍い痛みが走る。

 「どうして、穴に落ちたんだ?」

 それを無視して、問う。

 誰かに聞く余裕も無かったから、前後の状況がわからない。間違えて落ちたにしてはどこかに引っ掛かった様子も無い。

 「誰かに、押されました。……皆とは離れていたから、多分、幻術で隠れていた人に」

 やはりそうなるか。

 しかし、何故彼女を突き落としたのか。最終的な目的がレフィーヤの死だとしても、こんな迂遠なことをせずとも自分の手でやれば。

 ――いや、それだとダメだったのか。

 ナイフにしろ何にしろ、人を間近で傷つければ返り血を浴びる。そして、その臭いは強烈だ。シオンは当然、アイズやリヴェリアも気付く。そうなれば逃げられない。

 少なくともシオンは、もしそうなれば相手が完全に逃げ切るまで追い続けるつもりだったし。

 だからこんな回り道を行った。レフィーヤが狙われたのは、言っては何だが偶然だろう。近接で戦えない魔道士なら、前衛のミノタウロスと後衛のヘルハウンドで殺しきれる。そう思っていたのかもしれない。

 だが、本格的な狙いは何だ。こんな事をしでかす奴の本命。

 生徒達の命を奪うことで【ロキ・ファミリア】の評価を下げること? 守るべき生徒さえ守れなかったと、シオン達は『使えない』とでも言うつもりか。

 それだけ……では、ない気がした。何か、もっとこう、粘りつくような悪意。そんなものを感じた。

 そこでシオンは思考を一旦止める。わからない事はわからないのだ。

 それよりも、と今の状況を考える。

 ――幻術使いがいるとなると、厄介過ぎるな。

 今回のように下手に離れすぎれば、生徒達を危険に晒してしまう。アイズとリヴェリアは待機させるしかない。

 自由に動けるのはシオンだけになるが、そこは諦めよう。彼女達全員を生きて返すためなら、自分にかかる負担程度、笑ってこなしてみせる。

 「シオン、そちらは大丈夫か!」

 「大丈夫だリヴェリア! そっちは!?」

 「こちらも問題はない! どうする、降りたほうがいいか?」

 一瞬、悩んだ。

 相手が本当に生徒の誰かを殺すためだけにやったのなら、降りてもいい。だが誰かを殺し、シオン達がその確認のために降りてくる、ここまでがシナリオであったなら。

 ここで降りていくのは、自分から罠にかかっていくのと同義だ。

 「……どちらにしろ関係はない、か」

 ここから戻るのはシオンでも無理だ。となれば、分断された状況でいる方が危険すぎる。つまりシオンは、ここまでやられた時点で相手の手のひらの上で踊っている道化にすぎない

 「頼む、降りてきてくれ!」

 それと同時に、自分と同じくらいの背丈の少年――クウェリアが降りてくる。焦燥に塗れたその顔色から、何となくその心情を察した。

 「ッ……イーシャ!?」

 「気絶はしてるけどちゃんと息もしている。落ち着け」

 と言われてはい、そうですねと頷けるはずもない。焦りに焦った彼は、膝をついてイーシャの上体を起こし、胸が上下しているのを見て、やっと息を吐いた。

 ――こいつ、もしかして……。

 聞くのは無粋か。そう思ったシオンは、口を噤んで次々に降りてくる生徒を見守ることにした。その全員が、クウェリアとイーシャの体勢を見て、漏れ無くニヤニヤとした笑みを浮かべたのを見て確信する。

 最後にアイズ、リヴェリアと降りてきたとき、

 「よし、全員来たか。それじゃ先に進む、その前に気絶したイーシャを誰が運ぶかだけ」

 「俺が運ぶ」

 ――はい、食いついた。

 「わかった、頼んだぞ」

 「え、あ、おう」

 あっさり了承したシオン。その決定に異を唱える者はいない。クウェリアの肩を叩いたシオンの顔には、生徒達と変わらぬニヤついた笑みがあった。

 それに思うところはあっただろう。だがここで反論しては、シオンが余計な事を言う、そう察して、クウェリアは何も言えなかった。

 クウェリアがイーシャを背負うときにアイズに手伝ってもらうように頼み、先を見通す。その時にはもう、シオンの横顔には浮ついた笑みなどなく、命を賭ける人間特有の張り詰めたものだけがあった。

 「……シオン」

 「何? リヴェリア」

 「この状況になったのはお前のせいではない。あまり思いつめるな」

 見透かされていた。驚きにリヴェリアの目を見ると、多大な呆れと、微かな怒りが見える。

 「特進クラスは例年18層へ赴く――それが普通だったからな。シオンがそれに倣ったのも、伝統を崩さないためだろう。私とて予想外だったのだ、お前だけが命を張る必要はない」

 「……だが……少なくとも一人、死にかけた。結果生きているとしても、そんなものいつまでも続く幸運じゃない。誰かが命を賭け金にしなきゃならないんだ」

 相変わらず、頑固な部分はとことん頑固なシオンに、リヴェリアは内心ため息を吐きつつ、苦笑した。

 リヴェリアは手を伸ばし、シオンの髪を撫でる。自分以上に長いその髪は、きちんと手入れされているのかとてもサラサラで、撫でていて気持ちいい。

 シオンもシオンで撫でられるのは嫌いじゃないのか、大人しくされるがままだ。

 「少しは私に頼ってくれ。迷惑をかける? 構わないさ、お前一人程度の迷惑、喜んで何とかしよう。むしろ頼られない方が寂しい」

 せめて、まだ幼い内くらいはもっと頼ってほしい。それがリヴェリアの、ひいてはフィンやガレスを含めた三人の総意だ。

 だからもう少し頼る――否、いっそ甘えるくらいがちょうどいい。

 「今の私はお前より下の扱いだ。部下をうまく扱ってくれ」

 「…………………………」

 シオンは何も言わず、リヴェリアの手から離れ、身を翻す。さり気なくその様子を見ていた全員がサッと視線を逸らしていたが、今のシオンは気付かなかった。

 そして少し距離を取ったところで、少しだけ振り向くと、

 「…………………………努力、する」

 リヴェリアがギリギリ聞こえる程度の声量で、そう答えた。

 明確な答えではない。それでも、努力すると言ったシオンは、本当に努力してくれるだろう。今はそれだけでも、十分だ。

 そして全員の準備ができた。

 「今いるのは17層。すぐそこに18層がある。全員、あともう少しだけ――頑張ってくれ!」

 後、本当にもう少し。

 油断しないように気を引き締めつつ、シオン達は駆け出した。未だ震える少女を、気に留める間もないままに。

 

 

 

 

 

 ベートと鈴が真っ先に捉えたのは、何かをへし折り吹き飛ばす轟音だった。その音の発生源がどんどん近づいてくるのを察すると、その場を飛び退いてすぐに構える。

 装備を解除していなかったのは幸いだ。何故なら、

 『ブゥルルルルル……』

 たった数十秒程度で、目の前にそいつが現れたからだ。

 「これ……まさか、オーク、かい?」

 ベートは答えられなかった。

 目の前にいるそいつは、外見だけを見るなら醜豚(オーク)そのもの。ただ、その体躯。ベート達の四倍か五倍はあるそいつは、通常のオークからあまりに逸脱しすぎている。更にその皮膚は、通常の茶色ではなくドス黒い赤色。

 その手にある大剣は、錆びている。どれだけの血を吸えばそうなるのだろうか。

 軽く力を入れるだけでも凄まじい筋肉がその体の下にあるのが見えて、ベートは引きつった笑みを浮かべてしまう。特に血走った眼を向けられた鈴は、一瞬だけだが体をビクッと震わせた。

 睨み合うこと、数秒。

 『――ォオオオオオオオオオオオオッ!!』

 性に合わなかったのか、オークが突進してくる。

 ――速ッ!?

 横に飛び退き、それと同時に短剣を引き抜き掠らせるように『置いて』くる。ベートが力を入れずとも、自分が出した速度で自ら切られに行くだろう、そう、考えていた。

 「ァ、ッ!?」

 確かに、短剣は刺さった。だが、オークの体は『筋肉の鎧』とでも言うべきもの。

 ――短剣が、オークの体の途中で止まった。

 ありえねぇ、そう思うと同時に腕と足に力を入れる。更に歯を噛み締め、腰を落としてとにかく耐える。そこまでしてやっと短剣がオークの脇腹を通り抜けた。

 人間ではありえない『耐久』の値に――ガレスとかいう例外は除く――ベートは頭を抱えたくなった。あのオークはベートにとって天敵だ。ベートの利点は速度と双剣による手数の多さ。だがその反面、『耐久』が異常に高い相手は不得意だ。

 何せあのオーク――脇腹にあったはずの出血が、もう()()()()()()

 筋肉の密度がありすぎて、傷が無理矢理接合されているのだ。それは、かつての『宴』においてフィンと戦った時のシオンのようなやり方。

 今付けた傷は、ベートにとってかなり深いもの。それをああもあっさり直されては、細かな傷など付けても意味がない。

 ――火力が、足りねぇ。

 このオークを相手取るなら、シオンの魔法やティオナの大剣など、一撃必殺の如き力がいる。

 それでもベートは、勝てない、などという言葉は死んでも言うつもりはない。そんな弱気な心はずっと昔、『インファント・ドラゴン』と戦った時に置いてきた。

 一方で鈴は、固まっていた。

 当然だ、今の鈴はまだLv.1の身にすぎない。どう考えてもあのオークを相手取るには経験が足りていなかった。

 ――見えなくは、無かったけど。

 見たところあのオークは『力』と『耐久』が秀でているが、その分『器用』と『敏捷』は壊滅的だ。通常のオークを考えれば、分からなくもないが……。

 「……あのオークを、倒すには」

 ベートでは倒せない。あの篭手にあるギミックとやらでも、倒しきれるとは言い切れない。もし可能性が、あるとすれば――。

 「ベート、時間、稼げるかい?」

 「……少しくらいはな。ただ、あまり期待するなよ」

 「期待はしないでおくけど、信じさせてはもらうから」

 その言葉に、チッと舌打ちが返される。それが照れ隠しなのは簡単にわかったので、鈴は少し和みつつバックステップで距離を取る。

 十分な距離が取れたところで、腰を落とし、帯刀したままの刀の柄に手を伸ばす。

 「『収束』」

 その言葉を発するのと同時、鞘から灰色のオーラ――魔力の燐光が溢れ出した。一秒、二秒と時間が経ち、それと同時に鈴の体から魔力が抜けていく。

 そして五秒くらい経った、その瞬間、

 『グゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 「な――おい待て、鈴、避けろ!」

 「何!?」

 一切の前触れ無くオークはベートから背を向け、鈴に突進する。流石のベートも、何の予備動作も無しにそうされては意表を突かれた。

 そして、その刹那の時間でオークは鈴のところまで接近している。オークは声にならない声をあげながらその大剣を、棒きれのように振り下ろした。

 「くっ……!」

 前回り受身でオークの両足の間を通って避けたが、柄から手を放したせいで魔力が途切れた。鞘に集まりつつあった魔力がプツンと消える。それと同時に、鈴の体に少量とはいえ疲労が襲いかかってくる。

 ――これが、デメリットか……!

 成功しようが失敗しようが、疲労が鈴の体に溜まっていく。恐らく、まだ一段階すらも収束できていないだろうに。

 そう思いつつも体は動いていく。オークから離れるために。

 しかしそのオークはというと、何かを探すように辺りを見渡すだけで、鈴を追いかけない。不思議に思っていると、

 「……まさか、魔力に反応してんのか?」

 ありえない、そう思うも否定できなかった。

 あのオークは完全に死角となっていた鈴に前触れもなく襲いかかってきた。だが、前提が違うと考えれば。魔力を収束したせいと考えれば、前触れはちゃんとあったのだ。

 「あたいが『収束』する度に襲いかかってくるんじゃ、どうしようもないよ」

 「だろう、な」

 遂に探していた物を諦めたのか、オークはベート達の方へと振り向いた。その眼に見えたのは若干の苛立ち。八つ当たりでもしたいのだろうか。

 ふぅ、とベートは息を吐き出す。

 「効くかどうかはわからんが、試すしかない、か」

 「……ベート?」

 「期待はしないけど、信じてるんだろ。だったらそのくらいは応えさせてもらうさ。……鈴、次はオークに気にせず魔力を収束し続けな」

 何故、と聞き返す前にベートは駆けた。その速度はあのオークを遥かに超えていて、鈴の目では捉えることさえできない。

 それを見てハッとする。慌てて腰を落として柄に手を触れさせ、再度魔力を収束させた。また灰色の燐光が溢れ、魔力が流れていくのを感じる。

 『ォオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 それに呼応するように、オークの眼が鈴を捉えた。確定だ、このオークは魔力に反応している。オークの間近まで接近したのに、ベートを無視して行こうとするのだから。

 「連れねぇ奴だ、少しは俺の相手をしなっての」

 言いつつ、ベートは拳を作った右手をオークの腹に置く。

 そう、『殴る』のではなくただ『置いた』だけ。何の意味もないその動作――だが、ベートは篭手にしかけられたスイッチを押した事で、その全ては意味を成す。

 ドコンッ!! という爆発音が、ベートの()()()聞こえてきた。

 それは紛れもない爆発。火薬に引火し、爆発の勢いに押されてベートの拳が急速に加速。その拳の勢いは、オークの腹にめり込んだ。

 『ッ……ォ……!』

 オークの巨体が、一瞬浮いた。

 ベートは拳の勢いを止めずに半回転すると、オークに背を向ける。そこで勢いを止め、右腕の肘をオークの脛辺りに接着。

 そしてまた、爆発。

 脛に思い切り走った衝撃に、オークが思わずといったように膝をつく。そこを逃さず飛び上がって拳を顔面に当てる。爆発音と共に、またオークが吹っ飛んだ。

 それを見ていた鈴は、魔力を収束しつつもポカーンとしていた。どう見てもおかしい。ベートの持つ『力』では、逆立ちしたってオークを吹き飛ばせないのだから。

 と、そこでリィ――ン、という鈴の音が辺りに響き渡る。それを合図に、燐光でしかなかった灰色の魔力が少しずつ鞘自体に纏うようになった。

 ――一段階で、十秒。

 キリがいいところを考えれば三十秒か、一分か。

 ――頑張って、ベート。

 鈴はただ、そう祈ることしかできない。

 ベートの持つ篭手に付けられたギミックは、手にしかけられたスイッチを押すと肘部分に付けられた排出口から、火薬の詰められた薬莢を吐き出すもの。

 だから見た目不格好になるにも関わらず、肩と肘の半ばまで篭手があるのだ。爆発によって自分自身が火傷しないために。

 その一瞬の、しかし絶大な威力を秘めた爆発は、先にやったように拳の威力をあげたり、あるいは爆発自体を相手にぶち当てるように使う。

 椿が言うには『元々剣につけて銃剣(ガンソード)みたいにするつもりだった』そうだが、ベートの願いとあって改造したようだ。

 だからこれは、銃剣改め銃拳(ガンナックル)

 利点は多く、ベートの弱点である『火力不足』を埋めてくれる。

 ただし、問題はあるが。

 ――腕が、やべぇな。

 オークを吹き飛ばした時点で、ベートの右腕が悲鳴をあげていた。骨に罅とまでは言わないが、後もう一発か二発やれば、本当に罅が入りそうだ。

 そう、問題はこれだ。

 そもそも爆発による加速はあくまで肘から先にのみ作用する。それ以外の部分――特に腕を繋げている肩にかかる負担はヤバい。うまくやらなければ、一撃で肩から腕がちぎれてしまうだろうとわかるくらいに。

 反動を受け止める腕も腕で厳しいが、それはまぁ、我慢すればいいだけだ。

 倒れたオークの指がピクリと動き、顔を押さえながら上体を起こす。それは大きすぎる隙だ、狙わない道理はない。

 ベートの腕が閃く。そして投げられた短剣は――容赦なく、指の隙間から見えた、オークの眼を抉り抜いた。

 『――ッ!??』

 オークの声なき絶叫が響き渡る。それを見つつ、ベートは思う。

 ――何か、ここ一番で相手の目を貫くのがクセになってねぇか、これ。

 思い返すと一番最初の危機であったインファント・ドラゴンを始め、ゴライアスの眼も抉っていたし、確かそれ以外にも――と、逸れかけた思考を戻す。

 「ハッ、そんな熱い眼を向けんじゃねぇよ。気持ちわりぃ」

 元々血走っていた瞳が更に真っ赤に充血する。その目には最早ベートしか映っていない。

 ――そうだ、それでいい。

 鈴の存在を忘れてくれれば、そこまで後ろを気にしなくて済むのだから。

 それに、ほら、もうそろそろだ。また聞こえた。リィ――ン、という音が。

 二度目の収束音と共に、鞘に纏うようになってきた灰色が刀の柄にまで及ぶようになった。光も増し、もうすぐにでも放てるだろう段階まで来ている。

 ベートはひたすら避けるのに徹している。途中途中、おちょくるようにもう一本の短剣を投げるような動作を織り交ぜ、その度にオークは立ち止まって片手を無事な目に翳す。そちらも潰されてはどうにもならないと、本能でわかっているからだろう。

 そして、最後の十秒はあっという間に過ぎた。

 リィ――ン! と一際大きな音がする。同時に淡い光が眩い輝きを放つようになり、あやふやだった魔力が鞘の内へと入り込み――刀の刀身へ宿る。

 一見すれば、いつもの状態へ戻っただけ。だがその中にある刀の切れ味は、過去のどれと比べる事さえできないほどになっただろうという予感がする。

 そして、鈴は駆ける。

 それを見たベートは、今までの小馬鹿にしたような表情を真剣な物に変えると、一気に接近してオークの腹を、爆発を伴いながら殴った。

 再度同じ場所を殴られたオークの動きが、止まる。それはとても大きな隙で――速度に劣る鈴が唯一ぶち当てられる、絶好の機会となった。

 「『魔力閃(ディスチャージ)――開放(ブレイク)』!」

 凄まじい切れ味を伴った刀が、鈴得意の居合抜きと共にオークへと襲いかかる。

 血飛沫が、空を舞う。




いやぁ、昼寝したら数時間経っててちょっと焦りました。慌ててサブPCで書いた分をメインPCに送って残った分を書き上げたので、若干荒いかもしれません。

今回は『誰かを頼る』ことをテーマにしてます。シオンもベートも――というか、あの二人は誰かに弱みを見せたり頼るという事がほぼありませんからね。
少しくらいは甘えろよ、という事で、シオンはリヴェリアに、ベートは頼るしかない状況作ってやってみました。

それとこのお話の時系列がこんがらがりそうなので一応。

ベート・鈴起床、ダンジョンへ。
中層到達時点でシオン・アイズ・リヴェリアが学校に着く。準備をして上層へ。
シオン達が上層から中層へついた時に、ベート達は16層か17層くらい。
そこからシオン達は『強化種』の登場により、ほとんど駆ける状態に。
ベート達が18層で休憩している時にシオン達、16層。
赤色のオークがベート達を襲うと同時にシオン達は17層を駆けている。

こんな感じです。中層行く速度が違いすぎないか、という点は、ベート達は上層で襲いかかってきた『強化種』を警戒して、中層では移動を遅くした結果。逆にシオン達は走り続けた上に穴を降りているので、相対的にかなりの速度となっています。

次回更新は再来週になります。
お楽しみに~。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。