英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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消え去る熱

 ベートと別れた後、三人、というか二人は脇目も振らずリヴィラの街を目指した。途中モンスターと遭遇するも、まるでそんな物存在しないかのように蹴散らしていく。おかげで楽ができたティオネだが、前しか見えていない二人は余りに危なすぎた。

 リヴィラの街に続く坂道、そこでティオネは二人を抜かすと、その両方を押さえた。

 「ティオネ?」

 「アイズ、ティオナ、二人共落ち着きなさい。そんな殺気立って行けば不必要な警戒と注目を浴びるハメになるわ。私達は今、余計なトラブルに付き合ってる暇なんてない。わかるでしょ?」

 「それは、わかるけど。ならどうするつもりなの?」

 聞いてきたティオネは身を乗り出していたので、これ以上近づかないように身振りで示し、無言で通り抜けようとしたアイズは片手と片足で動けないように身を封じた。

 「離して、ティオネ……!」

 「はいストップ。行くのはまず酒場。そこで遠征に来てる団体がいないか聞いて、いればそこまで行く、いなければ強そうなパーティを片っ端から当たる。闇雲に走るよりはマシ」

 だから、

 「まずはその熱くなりすぎた頭を冷やすことっ!」

 「っ~~~!??」

 ガツン! とアイズの額に頭をぶつける。自身にも相応の痛みは帰ってきたが、それ以上にアイズは目の前に火花が散り、次いで凄まじい痛みにうずくまった。

 思わずティオネを睨みつけると、ティオネはふん、と息を吐く。

 「私達に余計な事をしている時間はないの。それともあんな殺気立った状態で行って余計な警戒と注目を集めたいのかしら。私の指示に従いなさい、いいわね」

 「……わかった」

 反論は許さない、そう言いたげな目で睨み返すティオネに、アイズは反論する術がなかった。実際さっきのままリヴィラの街に着けば、アイズは片っ端から聞いて回ったに違いない。それこそ余計な手間というものなのに。

 「私も、うん、従う。でもあんまり時間がかかるようなら」

 「その時はあんた達の好きにして。私なりに最善手を打って動きたいけど、必ずしも上手くいくわけじゃない。もしもの時は期待してるわ」

 それなら、とティオナも頷いた。

 リヴィラの街に入ると、ティオネは早速洞窟の中にある近くの酒場へ入った。時間的にはまだ昼なのだが、当然のようにいる冒険者達は無視。集まる視線を気にもせず、ティオネは二人を連れて店のマスターの元へ。

 「何か飲み物を。酒以外なら何でもいいわ。それを三つ。代金は魔石とドロップアイテムが幾つかでどう?」

 「おう、それでいいが。相場よりも払いすぎだ、情報でも欲しいのか?」

 「話が早くて助かるわ。今この街、あるいは18層に遠征に来ている【ファミリア】、いなければ強いパーティを知らないかしら」

 マスターは適当に選んだジュースをティオネ達の前へ置く。ここに来るまで水筒に入れた水を飲んではいたが、それでもこういった物の方が美味しい。

 二人には落ち着いて飲ませ、自分はさっさと飲み干すと、彼の話を聞いた。

 「俺の知る限りって前提だが、少なくとも遠征するなんて話は聞いた事がない。地上(うえ)に行って集めた情報だから正しいはずだ。んで強いパーティについて、なんだが」

 「が?」

 「その判断が俺にはつかない。俺だけじゃねぇ、この街の大多数がそうだろうさ。二つ名は知っていても容姿と名前がわからなきゃ察せないんだからよ」

 それもそうか、と納得する。

 シオンやティオネ達の場合は二つ名が二つ名、子供という特徴と広まりすぎた外見で誰もが理解していたが、全員がそうというわけじゃない。

 例えばフード付きのローブ、外套なんかを使われたら、誰かなんてもうわからないだろう。

 「そもそも強いパーティが必ずここに寄ってくるワケじゃない。用事を済ませたらさっさと行っちまうところもある。本当に用事があるなら運に任せて歩くしかないぜ、【小人の乙女(リトル・レディ)】?」

 「……からかわないでちょうだい」

 情報ありがと、そう言って席を立つ。ティオナも立ち、アイズは慌てて残りを飲むと、それに続いた。

 からかおうとしてきた酔っぱらいも、いたにはいたが――彼女の視線に真っ青になると、そのまま視線を逸らしていた。

 ――殺気込めすぎよ、アイズ。

 大の大人が顔面蒼白になる程の恐怖を与えるほど切羽詰っているアイズを窘めたかったが、それはできそうにない。

 余計なちょっかいを出そうとした自分を恨め、そう考えてティオネは彼等を気にせずその場を去った。

 その後リヴィラの街を駆けずり回った三人だが、めぼしい反応は得られない。

 わからない、知らない、ついていけない――概ねこの様な回答しか返されなかったのだ。

 わからない、は強いパーティの所在を知っていない人達。

 知らない、は25層以降まで行けるものの、道順を知らない人。

 ついていけない、は25層以降まで行った事があり、また道も知っているが、ティオネ達の実力を知らないが故に信用できない、だから行かない――そう答えた者。

 その回答に憤慨したアイズだが、ティオネにはわからなくもなかった。そもそも建前を言ってくれただけ彼は良心的だった。

 そう、このオラリオには闇派閥という目の上のたんこぶがある。彼はその存在をよく知っているからこそ、罠を警戒し、断ったのだ。本心はそんなところだろう。

 パーティ全員でなら、とも言ってくれたけれど、時間的余裕がない以上、彼等の都合に合わせるのは厳しい。

 もしこの街を駆け回った後でも見つからなければと言えば、彼はすまなそうに承ってくれた。

 ……見つからない。

 どれだけ街を走っても、人に聞いても、全員断るだけ。何故か途中から全員が本心からすまなそうにしていたのはどうしてだろう、とティオネが後ろを見れば、

 「ごめん、シオン……ごめんなさい……私のせい、で……っ」

 目尻に涙を浮かべ、ただひたすら『ごめん』と繰り返し呟き続けるアイズの姿。何もしていないのに凄まじく罪悪感を刺激される。まともな感性を持つ人間なら、尚更。

 アイズもわかっているのだ、もう希望なんて残っていない事に。

 これだけ走り回っても頷いてくれる人はいない。ならティオナとアイズがそれぞれ聞いて回ったところで結果は見えている。

 先程の男性に頼んでも、18層に来たばかりだという彼等は出発まで数時間以上を要する。これではフィンに救援をしに行ったベートの方が速く戻ってくるだろう。

 ――何か、何か無いの?

 いっそ地図が書けるような、都合の良い人がいればいいのに。そう思わずにはいられなかった。たった三人でも、道がわかれば突貫してもいい。

 そんな無謀な考えが脳裏を過ぎる程、一番冷静なはずのティオネが焦っていた時だ。

 「何やってんだよ、お前ら」

 気軽そうに話しかけてきた男。

 記憶にない姿に思わず眉根を寄せるが、相手は自分達を覚えているらしい。覚えていないとバッサリ切り捨てるのもどうかと思ったティオネが記憶を漁ろうとしたその前に、ティオナが言った。

 「もしかして、あの時シオンを襲った……?」

 「いや、確かにそうだが。自業自得とはいえその覚え方は無いと思うぜ……」

 そういえば、とティオネも思い出す。随分前にそんな事があった、と。しかし何故そんな相手が自分達のところへ来たのかという疑問がある。

 「シギル、さん。どうして私達に話しかけた、んです?」

 「シギルでいいし、取ってつけたような敬語もいらん」

 「あらそう? ならよろしく」

 「……。話しかけた理由だが、お前らが妙な事をしてるって聞いてな。何で25層の道を覚えている奴なんて探してんだ?」

 「それは」

 一瞬、言っていいのかと悩む。シギルとは一度敵対した相手だ。シオンはもう気にしていないみたいだが、相手もそうとは限らない。

 しかし今回は相手が上手だった。

 「当ててやろうか。あいつが危険な状況にある、そうだろ?」

 「ッ、なんでそれを」

 「そこの嬢ちゃん二人の顔見りゃわかるさ。お前も冷静さを保とうと必死だが、俺でもわかるくらい焦ってるしな」

 「……!」

 思わず顔に手を当て、意気消沈してしまう。悔しさに歯を噛み締めてシギルを睨み返すと、彼は何もしないと言いたげに手をあげた。

 「悪い悪い、別にいじわるしたい訳じゃないんだ。手助けしたいんだよ」

 「手助けって、何をするつもりなの」

 「少なくとも30層まで行ける人間を知ってる。今ここにもいる。そいつの紹介さ」

 「――! ッ、それ本当!?」

 その言葉がシギルの口から放たれた瞬間、飛び出したのはアイズだった。シギルの腕を万力で締め上げるかのように両手で引っ掴むとそのまま揺らし、言う。

 「教えて、今すぐ! ううん連れて行って! じゃないとシオンが、もう時間が無いのに」

 「落ち、落ち着いてアイズ! シギルが叫んでるから! 悲鳴になりかけてるから!?」

 「でもティオナだって心配でしょ?」

 「心配だけど、でもシギルに八つ当たりしたって無駄なんだから……」

 暴れるアイズと、押さえるティオナ。その二人から距離を取りながら掴まれた腕を擦り、シギルはティオネに聞いた。

 「そんなに切羽詰ってんのか?」

 「これ以上ないってくらいにはね」

 「そうか。なら茶々入れてる場合じゃねーか。おい嬢ちゃん二人! 今すぐ連れて行くから暴れるのはよせっ、心証悪くすりゃ断られるかもしんねぇぞ!?」

 ピタリ、と動きを止めるアイズとティオナ。ある意味わかりやすい対応にティオネが溜め息を吐いて、ふと聞いた。

 「なんで私達を手伝ってくれるの?」

 「ああ、まぁ……貸しを返すだけだ。シオンにゃ色々されたのさ、あの後に、な」

 よくはわからなかったが、彼から悪意は感じられない。

 だから素直に後ろをついていき、そうして連れてこられたのは人の目につきにくい、一つの酒場だった。

 「何ここ……こんなところあったの?」

 「表からは外れすぎて、普通に稼ぎたい奴らはこないのさ。ここに店を作るのは物好きで、ここに来る奴は静かにしたい人間だな」

 それは後暗い事があるのでは、そう思ったが、シギルは行ってしまう。二人と顔を見合わせたティオネは、どうせもうアテが無いからと自棄っぱちで店へ入る。

 「でさでさ、その子達ったら――ってあれ、シギル? こんなとこに来るなんて珍しいね、何かあったの?」

 「いや、一つお願い事があってな。本当なら俺の手でやるのが筋なんだが、どうにも力不足なんだわ。だから恥を忍んでここにきた」

 「ふーん? そのお願い事は後ろにいる三人の子達に関係している、と。わかった!」

 カウンターで何かを飲んでいた少女の片割れが立ち上がる。

 後頭部で二つに髪を纏め――いわゆるツインテール――、笑顔を絶やさず、しかしどこか一本芯の通った少女。髪になぞらえるかのように腰に二本の剣を交差するように付けた彼女は、身軽そうにティオネに言った。

 「初めまして、私は正義と秩序を司る【アストレア・ファミリア】所属のサニア・リベリィ。気軽にサニアって呼んでくれていいよ?」

 

 

 

 

 

 巨体が踊る。

 『シオン、とにかく避けないと!』

 『わかってる!』

 流石は蛇の下半身を持つだけはあると言うべきか。ヴィーヴルは地面を滑るようにシオンへと近づいてきた。その速度はかなりの物で、ほんの少しの距離が一瞬で縮められる。

 それでもシオンの視力は横薙ぎに振るわれる爪を捉えていた。姿勢を屈め、横っ飛びしながら回避し、反撃の一閃を腕にみまう。

 が、返ってきたのは鈍く、重い感触。切り裂いた、というよりも、鈍器で壁を叩きつけたような感覚だ。

 『キエアアァァァァ!』

 けれど、一定の痛みは与えられたらしい。腕を押さえるヴィーヴルの指の隙間から、欠けた鱗がポロポロとこぼれ落ちていた。

 その間にシオンは剣を見下ろす。こちらは欠けた様子は無い、だがそれは表面上に過ぎず、中身はダメだろう。

 『どうして、確かに斬ったはずなのに!?』

 『鱗で威力の大部分が持ってかれた。あっちだけが欠けたのは、偶然だろうな』

 ――硬すぎる。

 それこそシオンがかつてハード・アーマードにやったように、鱗と鱗の継ぎ目を狙うのが一番効果的だろう。

 だが問題は、相手がそれをさせてくれないくらいの速さで動き回ってることで。

 最早完全に怒り狂ったヴィーヴルは、シオンに反撃を許さないと巧みに攻撃をしかけてくる。

 本来なら攻撃した後は隙ができるはずなのに、ヴィーヴルは爪を振り切った瞬間蛇の下半身を動かして上体を後ろに下げてしまうのだ。

 『攻撃しながら下がれるってズルくないか……!?』

 攻撃を終えたヴィーヴルに接敵しても、その時にはもうそこに敵がいない。いや、そもそもシオンの攻撃はポーズに過ぎない。

 実際は何度か反撃できた。でも、できなかったのだ。

 ――本気で攻撃したら、この剣は……。

 後何回かやれば、この剣は折れる。初撃で折れなかったのはそこらの鍛冶師が作った大量生産品ではなく、椿が手掛けた一点物だからだ。

 『ティオナがいれば』

 鈍器としても使える、頑丈さがウリの大剣があれば、鱗の上から敵にダメージを与えられる。頑丈さ第一なので、折れる心配も無い。

 『アイズがいれば』

 風を纏い、一点に絞った貫通力があれば、鱗なんて物ともしない突きを放つだろう。リル・ラファーガにはそれだけの威力がある。

 『シオン、でも今は』

 『わかってる。無い物強請りをしても意味がないなんて事は』

 考え事をしていたせいか、ヴィーヴルの爪が脇腹を掠める。シオンは思考を一度止め、何度か後ろへ飛び跳ねた。

 『……パーティメンバーがいないと、こんなに辛いなんてな』

 『私が、攻撃できたら』

 『仕方ないよ。にしても、さてどうしたもんか。魔法はあんまり使えないし……』

 目を血走らせながら迫るヴィーヴル。今のシオンでは、勝つ手段が見えない。だからシオンは素直に諦めて、背を向けた。

 当然、逃がさないとヴィーヴルが加速する。単純な速さで言えばヴィーヴルの方が速いけれど、シオンには技術がある。逃げる技術、聞こえは悪いが結構重要な技術だ。

 『逃げてどこに行くの?』

 『……勝つ手段が無ければ持ってくるしかないよな』

 『へ?』

 何度か角を曲がると、シオンは突っ込んだ。

 ……()()()()()()()()()

 『きゃ、キャアアアアアアアアアァァァァァァァッ!??』

 思わず、と言った様子で叫ぶアリアナ。しかしシオンに反応している余裕は無い。彼等はシオンを見つけると、その顔――のような部分――を醜悪に歪めると、それぞれの攻撃をしかけてきたからだ。

 それを避けるだけでも精一杯。特に上空を飛ぶデッドリー・ホーネットの毒針は喰らえば即死、とまでは行かなくても瀕死だ。当たりどころが悪ければ手足も無くなる。

 無謀だったか、と汗が頬を伝う。けれど今更逃げられないと、覚悟を決めて更に奥へ奥へと突っ込んでいく。

 それと同時に、ヴィーヴルがモンスターの群れに飛び込んだ。

 『アアアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!』

 途中いたモンスターに目もくれず、その先にいるシオンただ一人を見つめ続けている。それはシオンにもわかったらしい、背中に冷たいものが走った。

 『どうせ視線をくれるなら、殺気じゃなくて好意にしてもらいたいかな』

 『冗談言ってる場合じゃないよね!? って針! 毒針がぁ!?』

 ついつい現実逃避をするシオンを無理矢理現実へ戻すと、毒針を避けさせた。その毒針の内一本はシオンの後ろを追っていたヴィーヴルに当たるも、貫通力が足りず弾かれる。

 流石竜の鱗、なんて言葉を吐く暇もない。防御手段は無くなる物の、重さに振り回されない事を選択し、剣をしまう。

 一切の反撃を放棄したシオンは目前のバグベアーを踏みつけると、デッドリー・ホーネットの頭の上に着地。暴れて振り解こうとするデッドリー・ホーネットの上を踊るように移動し、落とされないように踏ん張った。

 そんな彼等に、周囲のモンスターは容赦しない。同族のはずのデッドリー・ホーネットへ向けて毒針を放った。

 それを見ていたシオンはあっさり飛び降りると、その一瞬後にその場に残り続けたデッドリー・ホーネットの悲鳴が届く。

 そのまま飛び降りたシオンは、自分を追っていたモノ。即ちヴィーヴルの背中へ着地する。こちらも当然暴れ、どころかその両爪をシオンに振るおうとするが、ここで人間のような上半身が仇になった。

 どうしても、背中の一部分に手が届かない。いや、届く事は届くが、シオンは腕の稼働範囲を見極めて逃げてしまうので、結果的に攻撃できない状況を作り上げた。

 『さて、ここで一つ問題だ、アリアナ』

 『嫌な予感がするけど……何?』

 『デッドリー・ホーネットは同族を助けるよりもおれを殺す事を優先した。では、同族どころか暴れまわるヴィーヴルにする対応は?』

 『そりゃ――排除以外無いだろうね――!?』

 アリアナが答えた瞬間、周囲のモンスターがヴィーヴルに群がる。その一撃一撃はヴィーヴルの鱗に阻まれ、逆に邪魔だとばかりに適当に薙いだ尻尾や爪が命を奪う。

 しかし、ここにいるのはシオンが25層を駆けずり回った結果連れてきたモンスター。その数は半端じゃない。

 『迷宮の孤王』を討伐せんとばかりに集った冒険者達のように、ヴィーヴルを倒すために――本来はその上にいるシオンを殺そうとしていたのだが――モンスターが湧いてくる。

 『い、今掠った! よくわかんないけど何かが掠ったよ!?』

 まぁ、シオンもその攻撃の余波に晒される訳だが。というか空中にいるデッドリー・ホーネットはシオンだけをピンポイントで狙ってくるので、かなり辛い。

 幸い背中を狙われるヴィーヴルもデッドリー・ホーネットを優先して排除してくれるが、それにも限度はあった。

 シオンが落ちればモンスターはシオンを狙うためにヴィーヴルへの攻撃をやめるだろう。そして攻撃がやみ、解放されたヴィーヴルも、こんな事をしたシオンを殺しに来る。

 落ちれば――死ぬ。

 落ちなくても、モンスターを全滅させたらヴィーヴルにまた狙われる。だから、シオンは必死になって思った。

 ――おれが殺せるくらいに、疲弊してくれ、と。

 どれくらいシオンは踊り、ヴィーヴルは必死に戦っただろう。灰と死体が山となった通路で、シオンもヴィーヴルも荒い息を吐いていた。

 シオンは既に降りていた。いや、降ろされていた。その視界に入るのは、ヴィーヴルの背中に生えた巨大な『翼』だ。

 ――両翼付きのモンスター……。

 翼のあるモンスターは強い。

 『ハーピィ』、『セイレーン』、何より最強種の『ドラゴン』などなど。とかく、彼等は差はあれどもただ、強い。

 だから、長引く前に倒しきらなければ。

 空からシオンを見下ろすヴィーヴルの至る所から血が滴り落ちる。如何に強靭な鱗があろうと、あの数のモンスター相手では限界があったらしい。

 『シオン、これ、勝てる……?』

 『勝つしか、無いんだ』

 シオンは一本の短剣を取り出す。それを壁に高速で擦りつけて火花を散らすと、その刀身が炎に包まれた。

 『あの技は無理だよ? 魔力が足りないんだから……』

 『わかってる。だから、やるのは別の事だ』

 不可解な行動にヴィーヴルが翼を広げ、空から飛び降りてくる。時間はない。

 「【変化せよ】」

 片足を前に、短剣を持つ手は後ろに引く。投剣の姿勢だ。

 「【穿ち貫け】」

 凄まじく短い詠唱。だが、その程度しか言える時間が無かった。

 「【サンダーボルト】!!」

 シオンの稲妻が短剣に込められる。

 その瞬間――シオンは投げた。

 炎が雷を纏って走りゆく。まるで雷速のように空を飛ぶその短剣、ヴィーヴルの顔を狙い、駆けていった。

 だがヴィーヴルはそれに反応する。両腕を交差するように構えて防御したのだ。

 けれど、その小さな小さな短剣はヴィーヴルの予想の上を行った。たかが小さな剣は、鱗を溶かし、腕を貫く。

 ――片腕、だけを。

 両腕を貫くには速度が足りなかった。ヴィーヴルは痛みによって頭に血が上ったのか、無事な手で短剣を引き抜くと、グシャリと潰してしまった。

 ――今までありがと、薄刃陽炎。

 三年もの間愛用し続けた武器を壊され、できた喪失感。それを全て飲み干して、シオンは滔々と言った。

 「【魔を狩る刃。人を守りし破邪の剣】」

 シオンがいるのは、天上付近。そこまで壁を蹴って移動していたのだ、薄羽陽炎を囮にして、この一瞬を作るために。

 「【諦観を払い。絶望を退け。涙を拭い。立ち上がり、歩いた者が授かりしその加護を】」

 ヴィーヴルはシオンに気付いていない。あの数のモンスターを屠るのに疲労しすぎたせいか、集中力が散漫になっていたのだ。

 「【応えよ。我が祈り、我が願いに】」

 滞空しながら落下していくシオン。時間はない、一刻も早くこの詠唱を完成させる。

 「【心に勇気を。意思に知恵を。体に力を】」

 すぅ、と息を吸って、吐き出した。

 「【全てを備えた者の、一撃を授けよ】!」

 そして、ここでヴィーヴルも気付いた。でも遅い。もうシオンは、ヴィーヴルの目前だ。剣を突き出し、シオンは最後の言葉を叫んだ。

 「【デルタフォース】!」

 

 

 

 

 

 「ハァ、ハァ、ハァ……ッ!」

 魔力を使いすぎ、意識が朦朧とする。それでも唇を噛んで血を流し、痛みで強制的に意識を目覚めさせた。

 倒れたヴィーヴルに目を向ける。紅色の宝石があった額を貫いた一撃は、あのモンスターを殺し切るには十分だったらしい。完全に、死んでいた。

 虚ろな瞳をしたヴィーヴルに近づき、シオンはポーチから宝石を取り出した。

 『シオン、それどうするの……?』

 売れば一攫千金どころか億万長者も夢ではない宝石。

 だが、シオンは金に興味がない。だから、本当は返しても良かった。いや、実際腰を屈めて置く寸前までいったのだ。

 それは、シオンがふと思い出した、この宝石に纏わる話。

 「……『幸運の宝石』」

 『何それ?』

 何の根拠もない、ただの伝承。本来ならシオンは人の噂からできたこんな話を信じるつもりなんて無いが、けれど。

 今のシオンは、帰りたい場所があった。

 だから、縋った。何の根拠もない、その伝承に。

 「ごめん、これは返せない。お前が何より大切にしてるとわかっていても――根拠なんてないってわかっていても、この宝石の『幸運』を、信じたい」

 シオンは、死ぬだろう。

 魔力はほぼ限界。いつ精神疲弊を起こしてもおかしくない。体力は万能薬があるから回復できるけれど、精神が、保ってくれない。

 それこそありえない『奇跡』でも起こらなければ、死んで、終わりだ。

 「これは売らない。いつか返しに来る。……それはお前じゃないってわかってるけど、絶対」

 それでも、なお。

 「……生きて、帰りたいんだ」

 心が、弱りかけていた。

 消耗した魔力がシオンを弱気にさせている。モンスター相手に、しかも死んでいるのにこんな事を言ったのは、きっと、共感してしまったから。

 『死んでも取り戻したい()』――義姉が、いたから。

 だから、自分はきっと最低最悪なのだろうとも容易に想像できて、自己満足の独白をしていた。

 『シオン……』

 「…………………………」

 重たい体を引きずって、ヴィーヴルの前から姿を消す。

 ――その数分後。ヴィーヴルの体も灰になって消えていた――。

 あまりに敵を引き付け過ぎたのか、周辺のモンスターは一体たりとも存在しない。それが幸運の宝石を持っていた結果なのかどうかはわからない。

 けれど、結果として、シオンの願いは叶わない。

 「――え」

 眼下に広がる、()()()()階段。

 道は合っていたはずなのに。24層への階段はこの付近で合っているはずだ。それが示すのは、つまり。

 シオンはノロノロと、横の壁に目を向ける。

 ――上への道は、この、先?

 今まで通ってきた道。脳裏でできたその地図は、この壁の向こうへ行く方法が、ひたすら戻り続けるしかないのを示していた。

 ここまで来るのに半日近く。戻って、更に進むのに、何時間かかる――?

 「ハ、ハハ……」

 ――無理。

 その二文字が、シオンの頭を埋め尽くす。アリアナが何か言っているけれど、もうどうしようもない事を、シオンが誰よりわかっていた。

 「あっ――」

 体が傾く。限界ギリギリの境界線を立っていたシオンの心が、ついに振り切れた。せめて目につかない影に、と思いながら、シオンは倒れた。

 音が無くなる。

 それからしばらくすると、ペタペタと何かが近づいてくる足音がした。けれど、シオンの体は反応しない。

 まるで死んだかのような姿に、ヴィーヴルとはまた違う鱗を持ったモンスター、リザードマンは首を傾げると、シオンの持つ剣を奪い取る。

 そして――その剣を、シオンの首筋に差し込んだ。

 

 

 

 

 

 草原を、鈴という荷物を背負ったベートが踏破し、森へ入る。速度の遅い鈴が疲れないようにするため、根っこが多いせいで転びやすく、足場の不安定なここでは歩くつもりだ。

 死角も多いのでいつもより警戒心を出しながら歩き、17層まで後半ばというところで、鈴は立ち止まった。

 「何してんだよ、止まってる暇なんてねぇんだぞ」

 「……背中の熱が、引いた」

 「あ……ぁ?」

 背中の熱。

 それはシオンの『指揮高揚』がかけられていた証で、それが引いたとは、つまり。

 「……シオンの意識が――途切れた?」




別に【アストレア・ファミリア】じゃなくてもいいんだけど、なんでもいいなら【アストレア・ファミリア】でもいいよねって事で。
あらかじめ言いますがリューさんは出ません。彼女の出番はまだです。
期待してる人には悪いんですが、結構先なんですごめんなさい!

それはそれとして、最近戦闘描写が薄い。今までが今までだっただけな気もしますが。
まぁ一番最初のインファント・ドラゴン戦と前のフィン戦が考えに考え抜いた結果なんで仕方ないんですが、何とも言い難いこの感覚。

次回タイトルも特に考えていませんが。

お楽しみに!

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