「あ~疲れたぁ。でもやっとここまで来れたね」
そう言ったのは、ティオナだ。
結局シオン、ベート、ティオナ、ティオネの四人は、パーティを組んでいた。あれからティオナも仲間外れは嫌だと懇願し、技術云々は置いてとにかく体だけを鍛えたのだ。
その結果、元々大きな得物を得意としていたティオナは純
というより、このパーティには現状後衛どころかサポーターと呼ばれる者もいないので、前衛及び中衛しか存在しないのだが。
「フィンが認めてくれたんだ。それにおれ達も【ロキ・ファミリア】の一員。泣いて帰るハメになりました、なんて事だけはごめんだけよ」
「そこまで悲観する必要もないでしょ。ガレスの本気の殺気に比べたら、どれもこれもレベルが低いわ」
「ガレスの本気の殺気とたかが1層のモンスターを比べるんじゃねぇよ。アホか」
「ベートだってアホのクセにー」
「ふざけてんのかこのバカゾネスが!?」
「……とりあえず、緊張とは程遠いことだけはよくわかった」
また伸びた髪に触れながらボヤく。それから大きく手を叩くと、
「さて、暫定的にだがおれがリーダーを預かったんだ。最終的な決定権はおれに委ねること。それがわかったら、明日に備えて今日は早く寝ること。いいな!」
「「「了解」」」
先程までのおふざけは一転、真面目な顔で答える。シオンがリーダーとなる事に誰も異論を挟まなかった。この場で誰よりも知恵が回るのはシオンだから、とのことだ。
その光景を見たフィンは思う。
――皆変わったな。半年前よりもずっといい
誰とも関わらなかったティオナは皆と付き合うようになった。フィン以外に興味の無かったティオネはフィン以外の人とも話すようになった。一匹狼のベートは、少しだけとは言え協調性を覚えた。どれもシオンが来るまで考えられなかったことだ
「それじゃ解散。明日、遅れるなよ?」
「そんなのしないって。それじゃティオネ、今日は一緒に寝よ?」
「あんたの寝相は悪いからパス……と言いたいとこだけど、特別よ」
「いつでも寝れるようにするのは常識だろうが」
それぞれ減らず口を叩いて自らの部屋へと帰っていく。遠慮ないなぁとシオンが苦笑すると、フィンへ向き直る。
「詳しい説明は明日やるってことでいいんだよね?」
「ああ。今教えても忘れてそうだからね。ティオナ辺りが」
「……遠まわしにティオナをバカって言ってない、それ」
「否定はできないね。君もできないだろう」
フイッと顔を逸らすシオンは本当に素直だと思う。
「シオンも早く寝るといい。他人の心配ばかりして自分の体調を崩したら本末転倒だよ」
「わかった。お休みフィン」
「お休みなさい、シオン」
手を振り、フィンに背を向けて自室へ戻る。その場に残ったフィンはシオンの姿が完全に見えなくなると、柔らかな表情を消し、若干硬くなった顔となる。
「急すぎる展開やな。シオン等が迷宮に行くのは後半年の予定じゃなかったか?」
「の、はずだったんだけどね。あまりそうも言ってられなくなったんだ」
背後を向くと、そこにいたのは我らが神、ロキ。いつそこに現れたのか、彼女は弓なりの目を更に細め、フィンを見ていた。
「ロキも、わかっているだろう? 現状僕らには
自身の背を見て、フィンは言う。
その服の下に燦然と存在する『Lv.6』の文字。
――ここ半年、フィン達は数度の『遠征』へ出向いた。
その最後の『遠征』において、フィン達一部の者のみで52階層へ到達。そして――
「まさか『52階層という地獄へ到達し、且つ生きて戻ってくる』――たったそれだけで【ランクアップ】するとは夢にも思わなかったけどね。アレを見た以上、僕達は年単位で51階層で燻る事になる」
苦い顔でフィンは言う。それは誰よりも【ファミリア】の現状を理解している者の顔だ。そしてそれを、ロキがわかっていないはずもなく。
「団員達全員に、比較的年の低い、若い連中を育てとったんは」
「ああ、若い芽を育てるためだよ。もう僕達だけじゃこれ以上先へは進めない。せめて僕達が抜けたLv.5を埋める者がいないと、無理だ」
「……そして、一番期待度が高いのが」
「シオン達のパーティ、だね」
言い方は悪いが、将来性の高い、才能ある者から優先的に有能な者をサポーターにつけている。もちろんフィンとて無駄死にを起こすつもりはないから、一定段階になるまで鍛錬は続ける。その中でも最も最年少で、その上最も鍛錬を早く終えたのが、シオン達だ。
「まさか、あんな子供がなぁ」
「僕だって驚いているさ。だけど、これもシオン達が願ったことだ」
言い切るフィンの横顔には、大人として見守る覚悟があった。
「僕達にできるのは、彼らが死なないよう、陰ながら守ることだけだよ」
そして、彼らを殺してしまうかもしれない覚悟も、存在していた。
「僕は僕の目的のために。彼らは彼らの目的のために。そのために、僕は彼らを死地へと送るんだ」
「う~ん。フィンは固く考えすぎや。自分の命は自分のもん。それをどこかでおっことそうと、フィンには関係無い事やで?」
「だが、行ってもいいと決めたのは僕で」
「『
「……そんなことは、させないよ」
たかが1層。されど1層。その差が、冒険者の命の明暗を分ける。だからこそ、冒険者には体だけではない、心の強さも必要となる。
「僕が、シオン達を守るんだからね」
「……ふう。これ以上は言っても無駄そうやな。帰ってきたら愚痴くらい聞いたるわ」
「頼むよ。場合によっては、自慢話になるかもだけどね」
「そうなるのを願いたいとこやなぁ」
フィンは覚悟を決めた声音で言い切り、ロキは処置無しとため息を吐く。
既にLv.6となったフィンの障害になるようなモンスターが1層に現れるとは言い難い。だが何が起こるのかわからないのがダンジョン。億が一の可能性に備え、フィンはシオン達にバレないようついていくつもりだった。
「願わくば、明日は何事もなく終わりますように」
それだけが、フィンの望みだった。
朝、まだ五時にも満たない時間にシオンは目を覚ました。
あまりにも早い時間に、ダンジョンに入れるから興奮してるのかな、と苦笑を一つこぼしつつ、シオンはベッドの横に置いてあった物を身に付ける。
最低限の防具。どちらかというと速度特化のシオンは胸当てと肘や膝などの各所を守る物以外はいらないため、このような格好になる。後は超接近された時用のナイフを腰に差し、小さなバックパックを背負い、回復薬を詰め込む。
そこでやっと顔を洗っていないと思い出し、防具を身につけたまま水で顔を洗う。スッキリした後に長くなったまま放置されている髪を一本に縛って流す。
後は片手剣を帯剣すれば、自分の出発の準備は完了だ。後はただ、時間まで待てばいい――だけなのだが、さすがに手持ちぶさただ。
暇だし外で少し剣でも振っていよう、そう思っていたのだが。
「あいたっ」
「ん? ティオナか?」
「朝から酷いっ。まさか狙ったの!?」
「何の話だ」
扉を開いた瞬間微かな重みと、声。外を覗いてみればそこにいたのはアマゾネスの姉妹の片割れだった。
額を押さえ呻いている彼女に声をかければ、批難される。ノックもせず扉の前にいればそうなるのも当然だろうに。
「ていうかなんでこの部屋は内開きじゃなくて外開きなんだ? 不便でしょうがない」
「間違えたんじゃない? それよりシオン、今日の迷宮に行く物はもう決まったかな」
「ああ、決まっているぞ。今日は初日だし、あまり多くの物を持って行ってもむしろ邪魔だろうから最低限必須の物だけ決めた」
そう言って剣と、小さなバックパックを見せると、ティオナはやっぱりかー、と言う。
「ティオネが悩んでるんだよね。湾短刀は当然として、投げナイフを持っていくかどうか、持っていくにしても何本か、って。私からすると適当でいいと思うんだけど」
「アハハ、それは考えなきゃダメだね。おれ達は4人だけなんだぞ? サポーターも無しに無駄な物を持っていけば命に関わる。そうだな、ティオネのところにいくか」
「わかった、ティオネが着替えてないか見てくるね!」
「是非そうしてくれ。朝から命を危険に晒したくない」
乾いた笑いがシオンの口から漏れる。かつてティオネが着替えかけた姿を見かけた事があった。その時はまだ服を脱いでいなかったから何とか許してもらえたが、修羅のようなあの顔を思い出すと今でも背筋が凍る。
安全を確保するのは、重要だった。
シオンの様子を疑問に思いつつもティオナは駆けていく。その後をゆっくりと追い、やがてティオネの部屋に辿り着く。
ノックをすると、ティオナとティオネがはーい! と声を返した。
「邪魔するぞ。それで、ティオネはどうする予定なんだ?」
「うーん、やっぱり最低でも4、5本は持っていきたいところなのよね。これ、そこまで耐久性が高くないし、逃げたモンスターが持っていくことも考えると、多めにしておくに越したことはないし」
クルクルと手持ちの投げナイフを回すティオネ。ここ二ヶ月で彼女の投擲技術はかなり上がっていた。それに伴いナイフを扱う事にも手馴れ、中衛で活躍もできる。
ナイフの本数に依存するので、あくまで一応レベルなのだが。
悩むティオネにシオンは提案する。
「なんなら数本おれのバックパックにでも放り込むか? まぁ、荷物がかさばったときは最悪捨てる可能性もあるけどさ」
「いいの? なら比較的安い、小さめの使い捨てナイフを持ってくれない? これなら多分10本以上は持ってられるはずだから」
そう言うと、ティオネはナイフを10本シオンに手渡す。
「なんか形が不揃いだな」
「仕方ないでしょ。それ量産品っていうか、見習いの鍛冶師が作った物だから。だから同じ値段でも鋭さと強度はマチマチよ」
「それだと一切信用できないんだけど」
主にここ一番という場面で。
「大丈夫だって! ティオネ、ここ最近ナイフの目利きができるようになってるからさ」
「嫌な目利きだ」
「こんな物所詮慣れよ、慣れ」
軽いアマゾネス姉妹に呆れつつ、バックパックにしまい込む。少しズシッとした重みが腰の辺りに追加された。
「うーん、さすがに長時間持ち続けると腰にきそう」
「お爺ちゃんじゃないんだから、そんなセリフ言わないでよ」
「なら私が半分持とうか?」
「ティオナが持つとどっかにいっちゃいそうだからダーメ」
「えー、そんなことしないってば」
ぶーたれるティオナを放置すると、ティオネはシオンに向き直る。
「本当に危ないってときは捨てちゃっていいから。ナイフにかかったお金は勿体無いけど、シオンの命には変えられないしね」
「……ティオネがデレた」
「私がデレるのは団長だけだ!」
「からかうのもいい加減にしろよ、ティオナ。それよりお前の荷物は?」
怒れるティオネを宥めつつティオナに水を向ける。当の彼女はちょっと待ってと告げると、既に昨夜用意したらしい、荷物を持ってきた。
――大剣一本だけを、だが。
「これが私の荷物かな!」
「なんだろうな、ティオネ。この気持ち」
「言わないで。私もちょっと、頭が痛いから……」
最低限の防具さえない。いやまあそれはいい。良くはないが、ティオナはその猪突猛進さに反して回避力が高いので、むしろ邪魔になる可能性の高い防具は仕方ない。だが、回復薬さえ持たないとはどうしたことか。
「なあティオナ、回復薬はどうしたんだ?」
「え? だってあれ、持ってるといつの間にか割れてるんだもん」
その言葉にシオンは天を、天井を仰いだ。ティオネも本格的に頭が痛くなってきたのか、頭を抱える始末。
「ねえシオン。鉄製の筒とかってあったっけ」
「あることはあるよ。けどさ、そんなもの抱えてダンジョンを歩き回れると思うか」
「無理よねぇ……」
結論、ティオナは大剣だけ持っていく。
その事に落ち着いたところで、シオンはティオナに言う。
「ティオナ、それ以外持たなくてもいい。代わりにあまり前に出すぎるなよ」
「えーどうして? 私だって戦える」
「いいから」
不満そうなティオナの意見を封殺する。パーティのリーダーの指示には従って欲しい。それでもまだ何か言いたそうなので、
「おれは、ティオナに死んで欲しくない。だからせめておれより前に出すぎるな。もしもの時はおれがお前を守るから」
「えっ……あ、うん。わかった」
「ティオナ?」
顔が赤い。何か妙な事でも言っただろうか。
「鈍感」
「どういう意味だ?」
「んーん。別になんでも?」
いきなり反応のおかしくなった姉妹に疑問を覚えつつ。
「フィンと同じ事を言っただけなんだけどなぁ……」
ただ、根本的な部分で間違っているのに気づかないシオンだった。
その後、シオンが去ったあとの一幕。
「ねえねえティオネ、シオンのアレってどういう意味だと思う?」
「シオンは性別の違いを意識してないでしょうね……素で言ってるわよ。団長の名前が聞こえたから、多分団長を参考にしてるんだと思う」
フィンの名前には即座に反応するティオネが言うのなら信用できる。
「ってことは、つまり」
「団長は
「結局、私の勘違いかぁ」
ハァ、と溜め息を吐き出す妹を観察するティオネ。意外な態度に一瞬キョトンとしてしまったティオネは、少し経って理解した脳が反射的に尋ねていた。
「勘違いって……何を勘違いしたの?」
「え――あ!?」
しまった、というように口元に手を当てるティオナ。その様子にキュピーン! と来たティオネは逃げられないようティオナの両肩を掴んで壁に押し当てた。
「へー、ほー、ふ~ん? まさかティオナにも春が来ちゃったってことなのかな?」
「ち、違うよ!? そういうんじゃないからね!!」
「な~にが違うって言うのよ。さっきの反応、まるきり期待してたみたいだったわよ」
「あ、あれは、その、え~と……」
目をグルグルと回して言い逃れしようとするティオナだが、ティオネという恋する乙女は同じ類の人間ができたと既に決めつけている。
逃げられない、と悟ったティオナはティオネの腕を外すと、ベッドに座って枕を抱えた。
「ティオネってさ、私が本好きなの知ってるよね」
「まぁ、ある程度はね。正直興味無いから、あんまり話を聞いてもなかったけど」
「実物の英雄が身近にいるから、やっぱり皆そっちに憧れて外で遊んじゃうんだよね」
たはは、と少し困ったように、悲しそうに笑うティオナ。それは昔、一人っきりでいた時の事を思い出したからだ。
「でもやっぱり私は本が好きで、だけど一人は寂しくて……だからかな。初めて一緒に本を読んで笑い合えたシオンに、ちょっとだけ思ったんだ」
――この人なら、私の理解者になってくれるかもしれない。
「そう思ったら、なんでかな。なんとなくだけど目で追うようになってたんだ」
「なるほど……やっぱりあんたもアマゾネスってことね。安心したわ、私も」
「え、あの、なんでやっぱりって?」
「あれ、もしかして知らない? アマゾネスの女は精神的に早熟なのよ?」
アマゾネスは女だけしか生まれない種族だ。もちろん物語の中では男性のアマゾネスが生まれたなんて話もあるが、それはあくまで架空の話。
だからなのか、幼い頃から女として必要な教育を受け続けた結果か、あるいは彼女達の遺伝子に刻まれた何かが、優秀な雄を見つけると近づくように仕向けるのだ。もちろんそういった物を乗り越えて、ティオネのように特定の人物のみに好意を抱くといったのもありえる。
とにかく言えるのは、より良き遺伝子を求める本能が、彼女達を早く『女』として目覚めさせるということだ。
「なら、私のこれは……」
「今はまだ、ってところね。あんた交友範囲狭いし、単なる錯覚かもしれない。でもね、その錯覚が恋心になるかもしれないのよ」
「私が、シオンに、恋を? 確かに私はシオンが好きだけど、ティオネも好きだし、フィンもリヴェリアもガレスも、ベートも、好きだよ。何が違うの?」
「もう、あんたってば嬉しいこと言ってくれるわね! でもね、全然違うのよ。単に『人を好きになる』っていうのと、『その人だけに恋をする』のは」
その時のティオネは、ティオナが見たことが無いほど大人びていた。本当に、自分と同じ血を引く家族なのかと、思わず疑ってしまったほどに。
しかしそれもすぐに消えさり、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべる。
「ま、それもこれも全部あんたとシオン次第だけどねー。でも、私はティオナのこと、応援するわよ? シオンならあんたをあげてもいいかなって思えるし」
「あ、あげるって!?」
慌てふためくティオナについ吹き出すティオネ。それでからかわれたと悟ったのか、ティオナは口に空気を溜めて拗ねた。
「もう、知らないっ!」
「ああもう、可愛いわねぇ。からかって悪かったわ。精々シオンに悪い虫がつかないように頑張りなさい。多分、団長と同じたらしになる可能性が高いから」
「あの三人を参考にしてれば、仕方ないのかな」
フィンの『勇気』、リヴェリアの『大木の心』、ガレスの『不屈の魂』。
それらを全力で得ようと文字通り死力を尽くすシオンを、ティオナはカッコいいと思っている。そしてそれを、他の女の子が思わないとは限らない。
その事にチクリと胸が痛んだ。これをなんだろうと手を胸元に置く。その様子を見たティオネはなんとなくティオナの心情を察して窓の外を見る。そこにいたのは、シオン達のために既に準備を終え、待っているフィンの姿が。
アマゾネスの姉妹は時間が来るまで、自分達の想い人の事を、考え続けた。
部屋を退出して向かった先はベートのところ。だがシオンはあの狼人に対して大きな関心を向けていない。
「よう、ベート。準備はできてるのか?」
「たりめえだ。準備なんざ前日に済ませて
相変わらずの憎まれ口。だが、それでいい。ティオナやティオネに向ける心配を、この相手にだけはしたくない。
だって、相手もそう思っているのだから。
シオンはベートの格好を見る。
確かに、準備は終えていた。
「やれやれ、このパーティ編成だとサポーターをやらなきゃいけないのはおれか」
「俺は足が命だからな。余計なモン持ってたら走り回れねぇんだよ」
「ハッ、言ってろ」
お互いに睨み合い、だがすぐにニッと笑うと、
「無様な姿は見せんなよ。信じてるぜ」
「そっちこそ、泣いて逃げ帰るなんざゴメンだぜ」
拳をぶつけ、お互いの激励を叩きつけた。
そして、軽い飯を食べ、4人は外へ出る。
「さて、それじゃ行こうか。君達の『
フィンが、そう宣言する。心が高揚するのを必死に抑え、4人はホームの外へと踏み出した。
【ロキ・ファミリア】は
強くなる、一攫千金を得る、名誉を賜る、美女を嫁にする――そんな世界中のありとあらゆる欲望が集まる、世界の中心といっても過言ではない場所。
北の目抜き通りへと入り、そこから一気に南下していく。遠くからでも巨大に見えたそれは、近づくたびにその威容をあらわにする。
「あれが、おれ達が今から行く場所……」
摩天楼施設『バベル』。迷宮都市にそびえ立つそれを、シオン達とて遠くから見たことは幾度となくあった。
だが、あの中に入ったことは一度として無い。だからこれが、シオン達の初めてだ。
「本当ならギルドに行くべきなんだろうけど、それは帰りにしようか」
惚けているシオン達の姿にかつての自分の姿を幻視したフィンは優しい声で言うと、シオン達を牽引する。
フィンの外見、シオン達の容姿と相まってまるで子供の遠足のようだが、誰もそれを咎めようとはしない。フィンという存在、またシオン達の惚けていても感じられる『覚悟』のような物を感じ取っていたからだ。
もちろんそれをわからない者もいるが、周囲の誰もが関わろうとしないのと、また自分達のこれからを考えて、あるいは何か別の用事だろうと思ったりした結果、声をかけられる事はついぞなかった。
そしてバベルにたどり着いたシオン達は、まず端っこに寄った。
「これから君達もダンジョンに潜る事になる。基本的に僕達は戦闘技術と生き残る知識を教え込んだだけで、装備や道具の用意は全て君達に一任した。つまり、ここから先君達が命を落としたとしても、自己責任ということになる」
『命を落とす』、その言葉にシオンの顔が張り詰めた。それを他の者に悟られまいと小さく深呼吸して気持ちを落ち着け、フィンの言葉に耳を傾け直す。
「その上で約束してほしい。今日はまず『第1層』を攻略したと思ったら帰ってくるんだ」
「その指示に何の意味があんだよ?」
「こら、団長の指示でしょ。従うのが団員でしょうが」
「でもこれ約束って言ってるから、指示じゃないと思うよ?」
第1層しか行けない、そう聞いてざわつくベート、ティオネ、ティオナ。フィンはそれを咎めようとせず、むしろ積極的にそうさせていた。
「それについては君達が帰ってきたらわかるはずだ。それじゃ、僕はここから離れさせてもらうよ。夕方頃に一度ここに戻ってくる。それとも僕もついていったほうがいいのかな?」
「ハッ、人に面倒見られるほど弱くねぇよ。俺達でなんとかしてやるさ」
「ベート、そういうのって無責任だと思うんだけど」
「後先考えない発言って奴だね! 私はベートの意見に賛成だけど」
「だそうだ。おれも、何とか成功させたいとは思ってるけど、それは自分達だけでやってみたいんだ。だから、フィンの保護はいらないかな」
「そうかい。なら、君達の帰りを楽しみにしているよ」
そう言った瞬間、フィンはシオン達の横を通り過ぎる。急いで振り向いたが、既にフィンの姿はなく、残された自分達だけしかいない。
もうこの時点でダンジョン攻略は始まっている、そう感じた。
「――落ち着けお前ら! ここに居ても邪魔になるだけだ、さっさと中に入るぞ」
その言葉に渋々と落ち着きを見せる三人。
ようやく入った白亜の塔『バベル』地下一階、そこはダンジョンへと続く階段の存在する場所。その広間の中心から中へ入る。最初の階段を降りて見えたのは、微かに暗い空間。高さはおよそ一〇M程、直径もそれと同じくらいの円筒形だ。円周に沿うようにしてある緩やかな階段は大きな螺旋を描いており、まるで奈落の底へ向かうようだ。
先へ進んだ冒険者に倣うように銀色の階段を一歩ずつ下っていく。地上への入口から遠ざかっていくのに比して暗闇が増していく。
「ふ、雰囲気出てるなあ……明かりとか持ってきたほうがよかったかも?」
「ハッ、暗いのが怖いってんならおうちに返って
「ムカッ。一匹狼クンはやっぱり暗がりが好きなんだね。ボッチだから落ち着くのかな?」
「誰がボッチだ! つかそれ誰に聞きやがった!? シオンか、ティオネか!?」
「なーんで何も言ってないおれに飛び火するんだよ……」
「だってベートだし?」
「ああ納得」
緊張とは無縁、とさえいえる談笑。しかし一段、また一段と降りていく毎に口数は減り、その顔に真剣な色が浮かぶ。
そして。
「行くぞ。おれ達の初めての『冒険』に」
誰もが通る、冒険者達の『始まりの道』を見据えて。
シオン達は、武器を手に取り歩き出した。
限りなく横幅の広い一本の大通路。そこには今日はどこまで稼げるか、それで何するのかと話し合う者や、一人黙々と歩き続ける者と様々な人がいた。
その中で一際目立つシオン達。『なんでこんなところに子供が』と言いたげな視線が向けられるが誰も気にしない。
「おい、なんでこんなところにガキがいるんだよ?」
けれど、自分達が気にしなくとも手を出そうとする奴はどんなところにでもいる。いきなり道を塞いできた男にベートの眉が跳ね上がる。
「あ゛あ゛ん? 俺達がどこにいようがテメェ等にゃ関係ねぇだろうが。大体」
「ベート、放っておけ。わざわざこっちが
シオンの上から目線の対応に男達の雰囲気が変わる。それを感じ取ったのか、ベートは何かを言いたげにシオンを見た。
――テメェの方が挑発してんじゃねぇかよ。
――おかしいな。自分で気づいたほうが経験になると思ったのに。
ダメだコイツ、とベートは溜め息を吐き出す。だがそれが触発となったのか、
「こんの、クソガキがァ!?」
話しかけてきた男が手を伸ばす。その瞬間、その頬へナイフが掠め、
「そっちから先に手を出したんだし」
「お命頂戴しても、いいってことなんだよね?」
ティオナの大剣が、首筋へ添えられる。咄嗟に後ろへ下がろうとした男は、しかし後ろに冷たい物を覚えて視線だけを向けると、既にシオンが剣を置いていた。
「ほら、だから子供にも負ける。ここは『ダンジョン』だ。他人にどうこう言う余裕なんてあるわけないだろう。行くぞベート、ティオナ、ティオネ。この冒険者紛いはいなかったことにしろ」
「言われなくてもそうするつもりだ。参考にすらならなかったぜ」
「こんな雑魚にナイフを使うなんて勿体無かったわね」
「動きは遅いし反応鈍いし。冒険者やめたほうがいいんじゃないかなー?」
無自覚に毒を吐きつつさっさと奥へと進んでいく。その四人に怨嗟の視線を向ける男は、怒りに震える声で呟いた。
「あの、ガキ共……! 舐め腐りやがって、殺してやる。俺を侮ったことを心底から後悔させてやるよ!」
「へえ。それは具体的にどうするつもりなのかな?」
「決まってんだろ。この階層のモンスター共を戦ってるアイツ等に叩きつけ、て……?」
ポン、と背中を叩かれ振り返る。
そこにいたのは、
「つまり、君は死にたいってことで、いいのかな」
笑顔を浮かべる、死神だった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!??」
「――!?」
唐突に後方から聞こえた叫び声。それに驚いた四人は、あらためて思い直す。
――ここはもうダンジョンなんだ。いつ命を落としたって不思議じゃない。
そして周囲に散らばっていく冒険者に倣い、シオン達も横道へと入っていった。
『ガアァ!!』
「ケッ、死ね雑魚が!」
ベートの双剣がコボルトの首へ迫る。それを両手の爪で防いだコボルトだが、ベートは獣人故か獣の嗅覚で嗅ぎ取った防御の隙間へ足を突き込みコボルトの首をへし折る。
あの後奥へ奥へ進んだシオン達は、既に数度の戦闘をこなしていた。
『ギャウ!?』
「はい、一匹撃破っと」
コボルトの爪を真正面に見据えたティオネは、懐からナイフを取り出し、眼球目掛けて投げる。寸分違わず刺さったのを確認した瞬間、湾短刀が体を切り裂く。
手馴れたようにコボルトを倒して、既に1時間か2時間か。
『グルァ!?』
「うわ、血が跳ねちゃった!?」
ティオナの戦い方は豪快だ。
近づいて、相手の防御事体をたたきつぶす。それで相手は挽肉となった。しかしその分飛び散る血を浴びることとなるティオナ。
思い思いに戦ってもなんとかなるくらいには、シオン達は強かった。
「うーん、おれが戦う暇がないんだけど」
周囲を警戒しながらシオンはボヤく。その後ろから、コボルトが駆けてきた。気づかれていないとその顔を醜く歪め、その凶爪がシオンに迫る。
『シャアッ!』
「ハァ……」
キン、という音がした。同時に真っ二つになるコボルト。その死体を眺めつつ、また警戒へ戻るシオン。
それから数分、敵を全滅させたシオン達はコボルトの死体から魔石を抜き取る。あらかじめフィン達から動物の死体の解体という予習をさせられていたシオン達は、もう何かを解体する作業に心を削られることはなくなった。
胸を抉り、そこから取り出された小さく輝く紫紺の欠片を手に取る。
『魔石』と呼ばれる、冒険者達の収入源の一つ。これを様々な形に加工して色々な用法に利用するため、貴重な資源となっている。更にこれを迷宮都市から世界中へ輸出することで、この都市は莫大な利益をあげている。
まあこれは魔石の中でも単なる欠片に過ぎず、値段も相応だ。
皆が魔石を抜き取ると、コボルト達から色素が無くなり、その体が灰になる。魔石とはつまりモンスター達の心臓。それを抜き取られた末路が、これだった。
「――だからモンスターの核になる魔石を壊せば速攻で殺せるから、危ない時にはそこを狙うのも手だ……って、話聴いてるのか?」
「んなのどうでもいいだろうが。お、『ドロップアイテム』が出たぞ」
「え、ホントに? 確かこういうのって落とす確率が低いって聞いてるんだけど」
「とりあえずお金にはなるよね。シオン、ちゃんと持っておいて!」
「ったくお前らは。ほら、よこせ」
ベートから『コボルトの爪』を受け取りバックパックにしまう。
『ドロップアイテム』はそのモンスターの中で異常発達した部位であり、魔石を失っても灰にならずその場に残る。これを利用して武器や防具を作ることもできるが、普通に換金してお金にすることも可能だ。少なくとも魔石の欠片よりは高いので、最初の内は売るのが普通になるだろう。
「……ふん、またくっせぇ臭いだ。近くにゴブリンがいるぜ」
「こういう時ベートの嗅覚はありがたいよな。無駄に走り回らずにすむし」
「犬の嗅覚は鋭いものね」
「誰が犬だテメェ!?」
「ティオネ、無駄にからかうな」
「はいはい、ごめんなさいね」
「誠意が全く感じられねえぞ……!」
「でもベートって狼っていうより犬っぽいよね。なんとなくだけど」
「なんならテメェの喉笛噛みちぎってもいいんだぞティオナァ!!」
キャーキャーと逃げ回るティオナを追い回すベート。
「なんか緊張感が薄れてるよなぁ」
「しかたないわよ。敵が弱すぎてまともな戦闘が少ないんだもの。どうしたって慣れが出てくるわ」
「ま、フォローくらいはするけど、さ!」
シュン、とティオネから預かったナイフの一本を投げる。
『ギャア!?』
「隠れるならもうちょっとうまくやったほうがいいよ」
先に進むと、シオン達を襲おうと待ち構えていたコボルトが。その首に刺さったナイフを抜き取り、魔石を取ろうと片手剣を手にとった瞬間、
『ギシャアアッ!!』
更に奥に隠れていたゴブリンの集団が襲いかかる。中腰になり、屈んでいたシオンに避けられる術はない。
そしてだからこそ、ゴブリン達は気づかない。
――はい、釣れた。
シオンの顔に、隠せない『笑み』が広がっていたのを。
「防御がガラ空きだぜぇ!?」
「鴨がネギ背負ってやってきたわね」
「シオンはやらせないよー!」
既にベートによって警告されていた三人は即座に躍り出る。奇襲したはずが奇襲されたゴブリン達は驚愕で硬直し、その隙だけで全滅した。
「おいシオン、囮やるんだったら事前に言えよ」
「少なくともお前なら気づいてくれると思ったからな。言ったろ、信じてるって」
そう、ベートが警告したのは『ゴブリン』であって、『コボルト』ではない。その違いに気づくとシオンは三人を信じていた。
そんな曇りのない笑顔に、
「ッ……。ケッ、物は言いようだな」
顔を赤くして小さく吐き捨てるベート。それを見たティオナはニヤニヤとした顔でからかおうとしたが、シオンにやめてくれと素振りで示されてやめた。
「ところでシオン、どうせだから2層に降りねえか?」
「あ、それ私も賛成。1層降りた程度じゃ変わらないだろうけど、少なくともここよりは戦い応えもあるでしょ」
「2層に……? 危険じゃないか?」
「少なくとも死にゃしねぇだろ」
ベートとティオネは乗り気のようらしく、さっさと行こうぜと言いたげな雰囲気を出している。どうしようかと悩むシオンだが、くいっと袖を引かれた。
そちらを見ると、ティオナが目尻を下げて首を横に振っていた。それは、ティオナは否定的だという事を意味している。
――賛成2、反対1、か。
けれど結局のところ、リーダーであるシオンが方針を決めるのだ。彼らの意見はあくまで参考程度に留めるだけにしかならない。
どうしようかと悩むシオンは、ふと半年前に聞いた言葉を思い出す。
――調子に乗って、戻ってこなかった冒険者。
今の自分達が、それに当てはまっていないと言えるだろうか。1層でうまくいったのだから2層でもうまくいく、そんな甘い考えを持っていないと言い切れるのか。
それに何より、フィンとの約束がある。
1層を攻略したと思ったら戻る。今のシオン達は1層はもういいと思っているのだから、この条件に当てはまるだろう。
ハァ、と一つ息を吐き出し、覚悟を決めて言う。
「今日はここまでだ。ダンジョンの外に戻るぞ」
「わかった! 今日はもう終わりってことだね」
真っ先に反応したのはティオナだ。ティオネはどこか納得いかなさそうにしていたが、
「あ? ……まあ、わかった。だが理由くらいは説明してくれるよな」
「――意外。ベートが一番反対すると思っていたのに」
ベートも素直に頷いたので、ティオネも自分の感情を引っ込めた。
「コイツがこう言うってことは、なんか意味があんだろ。嫌がらせとかそういうことには無縁な奴だしな」
「なんだかんだ言って仲いいよねえ、シオンとベートって」
「男同士にしかわかんない友情って奴でしょ」
そんな風に各々思うところはあるものの、来た道を引き返す。道についてはベートの嗅覚を頼りにすればなんとかなるし、シオンも最低限覚えているので迷うことはなかった。
「で、なんで戻るって言ったんだ?」
「まあ、半年前にフィンに言われた言葉を思い出したのが一つ目。ここでなんとかなったんだから次もなんとかなる、なんて甘い考えはダンジョンでは通用しないだろうって」
「あークソ、確かにさっきの俺はそんな感じだったか。なるほど、大胆さと無謀を履き違えるなってことかよ」
「二つ目は、フィンとの約束。今日は1層を攻略したと思ったら戻るって約束なんだ。それを違えるわけにはいかないだろ?」
「団長との、約束……私が忘れてるなんて! ああ、ごめんなさい団長!?」
「ティオネが発狂した……」
頭を抱えてごめんなさいと何度も呟く姉にドン引きするティオナ。なんとか納得できるだけの理由が示せたと思えたシオンだが、もうひとつだけ、ポツリと呟く。
「それに、フィンが無駄な指示を出すとは思えないし……」
その理由は、シオン達が外に出てわかった。
ダンジョンの外に出たシオン達。そして、空を見て驚いた。
「おいマジか。もう日が沈むぞ……!?」
「私の体感だとまだ4時か、行っても5時くらいだと思ってたのに」
「意外と時間が経ってたってことなのかな?」
もう夜には星が並んでいる。昼前に潜ったはずだから、既にそれだけの時間が経っている計算になる。
「ダンジョンの中では時間がわからない。だから常に行きと帰りの時間を計算して潜らなければならないんだよ」
いつからそこにいたのか。
「フィン……」
顔に笑みを浮かべた団長が、そこにいた。彼はシオン達の傍に近寄ると、それぞれの頭に手を置き、一度ずつ撫でた。
「今日はお疲れ様。よく頑張ったね」
「あ……」
それを聞いた瞬間、シオンの体から一気に力が抜けた。倒れるのを堪えていると、見れば三人も辛そうな顔をしていた。
「なんで、こんな――さっきまでは、普通だったのに」
「慣れない環境に身を置くのは、自分の予想以上に心身を疲労させる。特に命のやり取りをするならね。もし君達が2層にまで行ってたら、帰り道で倒れていただろう」
その言葉にティオネとベートが体を震わせる。実際に行こうと言ったのは、二人だ。もしシオンが止めなければと冷や汗を掻いてしまう。
けれど、シオンは逆に不信感を抱いた。
「もしかしてフィン、後ろからついてきてた?」
「いや、ありえねえだろそれは。俺の鼻にも反応が無かったんだぞ?」
「フィンならできる。Lv.6とLv.1の冒険者の差はそれくらいあるはずなんだ」
確信を持って言い切るシオン。その様子に誤魔化せないと悟ったのか、フィンはやれやれと肩を竦めた。
「言い方が悪かったかな。確かに僕は君達の後ろを尾行していたよ」
「ってことは、あの冒険者の悲鳴も」
「僕だね。不穏な事を言っていたから、ちょっと反省してもらった」
結局のところ、シオン達はフィンに守られていたにすぎない。その事を理解して少し落ち込んでいると、フィンはそのまま告げてきた。
「さて、君達は約束を破りかけた。調子に乗って下層に降りようとして死にかけたんだ。その点については、反省しているね?」
「……ああ」
「してます、団長」
項垂れたまま返すベートとティオネ。なんとなく、ダンジョンに行くのはしばらく禁止されそうだなと思っていると、フィンは思ったとおりの事を言ってきた。
「その未熟な心のせいでシオンとティオナも巻き込まれかけた。とはいえパーティだ。連帯責任として君達4人はダンジョンに行くのを禁止――」
「ッ、待てフィン! それはおかしいだろうが!」
「そうです団長! 2層に行こうって言ったのは私とベートです。シオンとティオナは関係ありません! だから、2人にはどうか!」
「ダンジョンでは常に命と隣り合わせだ。そんな甘っちょろい態度じゃ、遅かれ早かれいつか死ぬだろう。看過はできない」
「それでも、だ」
「ええ、それでも、です」
「「お願いします、どうか2人はダンジョンに行ってもいいと言ってください!」」
「ベート、ティオネ……」
あのプライドの高いベートでさえ、敬語で、頭を下げている。今日で一番意外な場面を見せられて、シオンの心は決まった。
横を見てティオナを見る。彼女はただ、笑って頷いてくれた。
「私はシオンの、リーダーの指示に従うよ? 私の事は気にしないで」
全幅の信頼。それを体全体で表現している彼女に勇気づけられる。
「もういいよ、ティオネ、ベート。時間が経てばまた許可はもらえる。その時にまた4人でここに来れば」
「それじゃダメなんだよ、シオン。俺はテメェの想いを知ってるんだからな!!」
「あんたは『英雄』になりたいんでしょ!? だったら私達が足手まといになんてなれるわけないじゃない。いいえ違う。足手まといになんてなりたくないのよ!!」
「え――え?」
必死の形相で詰め寄る二人に、シオンは呆然とした顔をしてしまう。
――つまり、二人共、二ヶ月前のあの時の事を、覚えて?
けれどだからこそ、シオンの心は頑なになる。
「俺とティオナの二人でどうしろって言うんだ。持てる武器も回復薬も、魔石の欠片もドロップアイテムも限りがあるのに」
「ケッ、お前らしくない言葉だ。少なくとも強くなるだけならモンスター共を殺してればいいだろうが」
「今鍛錬を続けてるのだってもう限界なのよ。私達を待ってれば待ってるだけあんたの時間は過ぎてくの」
あまりに杜撰すぎた言葉では、二人の心は動かない。本心ではない言葉では、あまりにも軽すぎるのだ。
けれど、恥ずかしい。思っている事を口にするのは、こんなに羞恥を煽るものなのか。だが、しかし、言わなければ、わかってくれるわけもなくて。
「だーもう、わかってくれよ! おれはな!」
ついに耐え切れなくなって、シオンは叫んだ。
「この4人で、ダンジョンに行きたいんだ!!」
「「「――ッ!??」」」
三人の驚愕の顔が見えた。
そこで、ハッと我を取り戻す。思い返せば先程から叫んでばかりで、周囲に気を配っていなかった。ダンジョンから戻ってきた冒険者がニヤニヤと、あるいは生暖かい目でこちらを見ているのに気づいて羞恥で顔を赤くする。
そして何故か口を挟まないフィンを見ると、妙に微笑ましそうな顔を――。
待て。
先程フィンは、何といった。そうだ、彼は確か、こう言ったはずだ。
――君達は約束を破り
『破りかけた』、であって、『破った』、ではない。つまりこれは、
「……茶番?」
ポツリと呟かれたその言葉に、フィンは笑みを引っ込めた。
「あはは、気づかれたかな。でも怒っていたのは本当だ。もしも2層に行っていたら全員ダンジョンに潜るのを禁止していたのもね」
「ってことは、つまりよ」
「ああ、君達は明日からもダンジョンに潜って構わない」
「え、嘘、じゃないですよね、団長。夢じゃないですよね!?」
「夢じゃないよティオネ、現実だって!」
茫然自失に陥ったティオネに抱きつきキャーキャーと喜ぶティオナ。ベートはハァー……、と大きな安堵の息を吐いてその場に座り込み、シオンも胸をなで下ろした。
「でも、なんであんな事を?」
「ああでも言わないと同じ事を繰り返しそうだからね。最適解なんて誰にもわからない。だからこそ、自分の決断が周りにいる誰かにまで及ぶのを知って欲しかったのもある。それでも許したのはね」
フィンは本当に嬉しそうに、
「君達がシオンの、リーダーの言葉に不満を持っていても、素直に従ったからだ。組織にはそういった部分がなければやっていけないからね。もしあそこでバラバラに割れていたら、僕は君達全員を『永遠に』ダンジョンに行かせることはなかっただろう」
永遠に――フィンの言うことだ、比喩表現ではない。
その事に背筋を凍らせているシオン達に、
「だけど、今日はよくやってくれた。今日は僕の奢りで美味しいものを食べに行こう。換金も僕の方でやっておくから、今日と明日はよく休養するんだ」
「やった、美味しいご飯!」
「ま、一日の終わりに美味しいモン食べれりゃいいか」
「それ絶対良い事で終わったからでしょ」
「まーな。シオンの本心も聞けたことだし、よ」
ベートの言葉にティオネと、喜んでいたティオナも、シオンの方に顔を向ける。
「ッ、からかうなよベート。アレは、単に」
「単に、なによ?」
「――知るか! ほら行くぞ、そこに座ってたら邪魔にしかならないからな!」
シオンの肌は、白い。だからこそ、目立った。
夕日を浴びて、赤く染まった横顔が。
「あーもう、待ってよシオン!」
「おわ、いきなり抱きつくなよ倒れるだろ!?」
「なんだかんだシオンもガキってか。背伸びしちゃってまあ」
「それあんたにだけは言われたくないと思うんだけど」
先を行くシオン達は、いつもより距離が近い。最早肩が触れ合うところにまで近づき、それが彼らの心の距離を表しているようだった。
「一時はどうなるかと思ったけど、今日はうまくいってよかったよ」
その光景を遠くから見ていたフィンは、置いていかれないよう、静かに彼らの後ろを歩いて行った。
なんか前回の更新からお気に入りとかが一気に増えて、高評価もちょっとずつ付けてもらえて大歓喜の作者です!
さて今回はやっとダンジョンできました。ただ私の考えているお話の内容だとダンジョン行く回数少ないんですよね。どこの原作だ……。
それとティオナ、ティオネ、ベートの三人の掛け合いが楽すぎて書きやすい。ワンパターンにならないよう気を付けないといけませんけど。
ティオナがなんかヒロイン枠入っちゃいました。この作品の設定だとそういうのもアリかなぁとかヒロインいた方が物語の幅広がるしなぁとか考えてたりとかしたらいつの間にか。
――とまあ、建前は置いておこう。
ティオナが可愛いからいつの間にか書いてたんじゃああああああああああああああああああ。
天真爛漫な彼女が顔を赤くする姿を想像していたら手が勝手に動いていたんだ。だから私は悪くない。
後最後の方、ティオネとベートの意外な姿。やっぱり友達ならこういった関係を目指したいものです。
そして後書きの最後に、また次回の更新予定お知らせです。
次回の更新は8/11の19時丁度です。8日間も空けるのはちゃんと理由があります。
実は今回、前回の15000文字を大幅に上回って17000文字になりました。前後編に分ければよかったのかもしれませんが、この話一つで完成したものなのでどうしても割りたくなかったんです。ていうか5話時点で小説一冊の約半分って、流石にダラダラ書きすぎたでしょうか……。
ネタがたくさんありすぎたのと予想外のシーン追加した結果なのですが、読者の方をまたお待たせすることになりそうです……申し訳ありません。
ですが、高評価を貰えているという事に胡座をかかず、もっとダンまちを楽しく書けるよう精進するので、更新されたのがわかったら時間のある時に少しでも覗いてもらえると嬉しいです。
次回タイトルは『風宿す者』です。
※誤字脱字文章の改善点など指摘して戴ける箇所があれば教えてください。泣いて喜びますので!