英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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『怪物進呈』

 「そういえばずっと気になってたんだけど、あの街……街? まぁいいや、あそこって何でダンジョン内部にあるんだい?」

 19層へと向かう道すがら、暇つぶしだろう、鈴がシオンに問いかける。シオンが鈴の指差す方向を見やれば、今日も変わらずそこにあるリヴィラの街に溜め息が出た。

 「有志の冒険者が作ってる――と言えば聞こえはいいけど、休憩所を作って物資を持ってきたら高値で売り捌いて、おれ達が持ちきれない量の魔石とドロップアイテムは安値で買い叩くクッソみたいなところだよ」

 「……それ、恨まれないの?」

 「恨まれてるかもしんないけど、リヴィラの街を襲う理由にまではならないな。なんだかんだ必要とされてる街だし」

 という訳で、何故か鈴にリヴィラの街の存在理由を説明する事になったシオン。興味深そうに聞いてくれているから話すのはいいのだが、

 「一応ここ、ダンジョンなんだがなぁ」

 「私に言われても知らないわよ、もう。それに二人共最低限の警戒はしてるんだし、話くらい別にいいんじゃないの?」

 「それに、出てくるモンスターは私とアイズで大抵倒し切っちゃうからねー」

 「この辺りのモンスターは、弱いから」

 「そりゃそうだが」

 ……言えなかった。

 モンスター相手にストレス発散しているように見えるティオナとアイズの方が怖くて、ティオネに話しかけたことを。

 ――言える訳がなかった。

 シオンの話が終わり、鈴も一先ずの納得を見せ、また18層の景色に感嘆の息を吐きながら周囲を見渡そうとしている頃に、やっと六人は大樹の洞へと辿り着く。

 ここが19層へと繋がる道だ。

 「下にモンスターはいなさそうだ。坂道で戦闘になる事はまずないと思う」

 「18層のモンスターも近場にはいねぇ。挟み撃ちの心配はしなくてもいいぜ」

 まずシオンとベートによる周辺の警戒。真っ暗闇の先を見通すシオンと、鼻を動かし臭いを探るベートの探知能力は、この数年で磨かれかなりのものとなっている。

 たかだか中層程度のモンスターで欺けるような代物ではない。

 立ち上がったシオンを見て、次の階層へ行くかと思った鈴だが、彼がまだ動かないのを見て顔に疑問の色を浮かべた。

 「鈴もいるし、19層に行く前に一つだけ。――18層を挟んでいるからなのか、ここから先のモンスターは17層までの敵と比べて、一段階強くなってる。同じ『中層』だと思って舐めてかかると痛い目を見る」

 気を付けろとだけ忠告すると、シオンは一足先に降りていく。

 鈴は何とも言えない表情で他の四人の顔を見渡したが、

 「シオンは心配性なんだよ」

 「ある意味お父さんお母さん的な?」

 「一々気にしてたら仕方ないし」

 「置いてかれないように、行かないと」

 シオンのああいった部分に慣れているのか、さっさと行ってしまう。

 「……何というか、新鮮な気分だよ」

 『誰かに心配される』なんて事は何時以来だろうか。それも日常の事ではなく、こうやって命をかけている状況で、なんて。

 ふぅ、と息を吐き出しつつ、鈴は待っているだろうシオンの元へと駆け出した。

 19層から20層までの道中、ティオネがふとシオンに問いかけた。それにシオンが答えると、納得したように頷いてくれる。

 「そういえばシオン、今日はどこまで行くつもり?」

 「ん、あぁ、多分21か22辺りまでだ。23層までは行かない、あそこの探索は全然終わっていないからな」

 「鈴もいるし、それがちょうどいいのかな」

 今のシオン達は前からティオナ、アイズ、ベート、鈴、シオン、ティオネという順番だ。その為こうして話し合えるのは前後の者とのみ。ダンジョン内部で大声を発すれば、それは遠方からモンスターを引き寄せる事となるため、用があれば近づくようにしている。

 「シオンは24層までのマップは?」

 「25層までなら覚えているよ。だから行きと帰りに迷って食料が尽きました、なんて展開は無いから安心しろ。そっちは?」

 「私とベートは22層までなら、ギリギリ何とか。でも横道とかは覚えられてない。あくまで下に繋がる階段への最短ルートくらいね」

 「ならやっぱり22層くらいが良いだろう。おれが指示を出しにくい状況もありえるし――」

 と、そこでシオンの言葉が止まる。

 ベートがティオネに何事かを囁きかけ、それを聞いたティオネが大剣を構えたからだ。瞬時に意識を切り替え各々が武器に手をかけたのは、もう今までの経験だとしか言い様がない。

 「さて、最初のお相手は」

 が、そこでシオンの軽い言葉が止まる。

 誰が言ったか、

 ――え?

 大量のモンスターが、前方から迫ってきていた。

 「シオン、これは!?」

 ありえない数のモンスターが、その顔を異形に染めて駆けてくるのに、若干気圧された鈴が慌てて振り向いてくる。

 「チッ、押し付けられたか――! 『怪物進呈(パス・パレード)』だ、答えている暇は無い!」

 『怪物進呈』とは、文字通りモンスターを他者に押し付ける行為。

 どうしてもその状況を対処しきれなくなったパーティが逃げ続け、その先にいたパーティに引き連れていたモンスターを()()()()()行為だ。

 当然巻き込まれる方はたまったものではないが、生き延びるという観点から見ればこれ以上ない方法だとも言える。――胸糞の悪さを押し込められれば。

 あるいはもう一つの理由からこの『怪物進呈』は行われたりしているが、

 「熊獣(バグベアー)蜥蜴人(リザードマン)大甲虫(マッドビートル)虎獣(ライガーファング)狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)、それに炎鳥(ファイアーバード)まで……!? 希少種(レアモンスター)まで混ざるとか、どこから逃げ続けてたんだよ!??」

 巨大な熊型モンスターであるバグベアー。

 ダンジョンにある『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』から取り出したのか、その両手に天然武器(ネイチャーウェポン)を構えたリザードマン。花そのものが円盾(ラウンドシールド)になり、花弁を引き抜けば幅広の短剣となる、剣と盾が一体化している花。

 更に蜥蜴人という俗称からもわかる通り、彼等は人と同じく二本の足で立つ。リザードマンは大抵一七〇Cという、屈強な成人男性と同じ体格をしている。特に花の盾と花弁の短剣、今までと違い攻守の切り替えを行う彼等は手強い相手だ。

 二足歩行をするが、体躯としては虫そのものなマッドビートル。

 虎型のモンスターであるライガーファングは17層で出てくるモンスターだが、19層でも出現はする。19層以降の敵に比べれば弱いが、その速さは十分驚異になるだろう。

 だが最も恐ろしいのは、夥しい数のガン・リベルラと、少数しかいないファイアーバード。この二つのモンスターは、()()()()()のだ。

 今までにも遠距離攻撃を使う相手はいた。ヘルハウンドがそれだ。だがヘルハウンドも足に地を着けており、それ故前方のモンスターが邪魔で炎を放てない状況もあった。

 しかし飛んでいるガン・リベルラとファイアーバードは、上空からシオン達を狙い撃てる。今までのような甘っちょろい対応では、空と地上の波状攻撃に押し潰されるだろう。

 たら――とシオンの額から汗が流れ落ちる。目に見える範囲だけでも五十は軽く超えているモンスターの群れ。

 シオンが取った行動は単純だった。

 「全員、逃げるぞっ!!」

 『了解!』

 逃げの一手。もうそれしかない。

 流石のシオンも、逃げられるのに逃げないなんてアホな事はしない。二十や三十くらいならまだ対処のしようもあるが、目に見えるだけで五十、その更に奥にいるのも含めれば三桁の大台に行くかもしれない、そんな大群を相手にするような自殺行為はできなかった。

 だが、すぐにシオンは気づく。

 「鈴!」

 「……流石に、キッツイよ!」

 鈴が、少しずつ遅れている。

 当然と言えば当然だ。シオンが脳内のマップを思い出しつつ移動しているからまだ何とかついていけるが、彼女はまだLv.1であり、冒険者になりたての人間だ。置いていかれないだけ、彼女は自分を鍛えていると言えるだろう。

 だが、それも後少し。全力疾走している鈴の体力はすぐにでも尽きるだろう。

 ――仕方ない。

 「悪いけど、素直に従ってくれよ!?」

 「む!?」

 一瞬止まったシオンが、全力疾走している鈴の膝裏に足を引っ掛ける。それにより背中から地面に落ちかけた鈴の背中と膝裏に手を回すと、体勢を整えまた駆け出した。

 それに何か言いかけたティオナとアイズだが、ドンッ、という音と共に横を通っていった金属の弾を見て口をつぐんだ。

 シオンのお姫様抱っこ――今だけは黙認するしかない、と。

 「今のは――!?」

 しかし後ろの様子に気づかない鈴は、今の音に首を回して後ろのモンスターを見る。先程見たモンスター全てが追っかけてきている訳ではないが、それでもある程度は追ってきていた。

 「ガン・リベルラだよ。あいつ等は体内で金属の弾を生成してそれを撃ちだしてくる。だからあいつ等の名前は弾丸の蜻蛉(ガン・リベルラ)なんだ!」

 その弾丸も、Lv.3となったシオン達なら対処できる。しかし鈴では難しいだろう。彼女は【ステイタス】による五感の上昇がされていないのだから。

 叫びつつ、シオンは鈴に一つの指示を出す。

 役割としては単純で、次に進む道を左か右か、あるいは真っ直ぐかを指し示してもらうこと。今のシオン達はシオンが先頭なのは言うに及ばず、その後ろにピッタリくっつくようにベート達が続いている。

 だから、もしシオンがいきなり曲がれば勢いを止めきれずに突き進んでしまい、一瞬のロスが生まれる。それを無くすための処置だ。

 鈴は頷き返した。正直この状態では何もできず、足手纏いでしかない。それくらいの役割ならむしろくれた方がありがたかった。

 ちなみに鈴はお姫様抱っこに思うところはあんまり無い。生き残るための手段、とあっさり割り切っていた。結構冷静(ドライ)である。

 「あーもう、面倒くさいな、っと!」

 そして最後尾、鈴を羨ましいと思いつつもひたすらガン・リベルラの弾丸を防ぐティオナ。彼女の武器は大剣。それも重さと引き換えに頑丈に、という意見を採用し椿が作った特別性だ。故に剣の腹で受け止めようと問題はない。

 さり気なくシオン達に向かう弾丸を優先的に排除しつつ、ティオナは皆を追っていく。

 「悪いわねティオナ、あんたにばかり負担かけて」

 「そんなのいいよ別に。普段は私がティオネに迷惑かけてるんだからさ」

 湾短刀という武器故にあまり大きな範囲をカバーできないティオネ。逃げながらでは精々自分に飛んできた分しか処理できないのだ。ベートなどは言うまでもない。

 だが、ついにティオナでは処理できない物が飛んできた。

 ――炎だ。

 「ッ、ファイアーバードが来たよ! 気をつけて!」

 二Mという大きさに恥じぬ羽ばたきの音を出しながら、炎の鳥がティオナ目掛けて突っ込んできている。一体何の逆鱗に触れたのか、血走った瞳がティオナを捉えて離さない。

 しかもその巨大な嘴から漏れ出る火の粉が、既に火炎放射の準備に入っているのを告げていた。その紅の体から放たれる炎の出力はヘルハウンドのそれを優に超えているのを、ティオナ達は経験で知っている。

 念の為程度に鈴はまだサラマンダー・ウールをつけていた。だから、最悪鈴だけは軽度の火傷で済むだろうが。

 どうすれば――そう悩むティオナとティオネは、忘れていた存在を思い出す。

 「【目覚めよ(テンペスト)】」

 風の魔法を使いこなす、少女の事を。

 「【エアリアル】!」

 クルリと振り向き、何時の間にか抜いていた剣に風を纏わせているアイズ。足を止めて腰を落とし力を貯めていた彼女は、

 「ラファーガ・トラスト」

 神速の突きで、その炎を迎え撃った。

 風は炎と相性が悪い。複雑な話は置いて、炎は空気によって形作られているからだ。だからこそファイアーバードは確信していた。――無駄だ、と。

 しかし現実は違った。

 ファイアーバードが放つ拡散する炎の波と、一点のみに凝縮し突かれた風の矢。

 本来なら飲み込まれるだけなはずの風は、炎の壁を崩し、ファイアーバードの嘴から尻尾までを貫通したのだ。

 『――!??』

 喉を貫かれ、悲鳴すらあげられぬまま地に落ちるファイアーバード。だが魔石自体は無事だったのか、その身が灰に戻る事はなく。

 地面に叩きつけられ、弱々しいながらも動こうとしたファイアーバード。

 「あ、もしかしてこれって」

 その光景に、何かを察したティオナが呟いた瞬間。

 グチャッと。

 何かが潰され、次いで悲鳴が聞こえてきた。恐る恐る振り返れば、大量のモンスターに踏み潰されながら絶命したファイアーバードと、その()()()()を踏みつけたモンスターが、手足に火傷を負ったせいで悲鳴をあげている。

 「「うわぁ……」」

 まさしく地獄絵図。火傷ではなく引火したモンスターまでいるのか、ファイアーバードでないのに燃えている体を別のモンスターに擦り付け、また炎が燃え移り。

 気付けば後続の大半は燃え死んでいた。無事なのは飛んでいるガン・リベルラくらいなものである。あまりに容赦無いアイズに思わず生暖かい視線を向けてしまう。

 「……アイズ……」

 「わ、私が悪いの?」

 いや、確かに助かった事は助かった。何故なら、

 「【変化せよ(ブリッツ)】」

 何時の間にか鈴を降ろし、少し遠くにいたシオンが詠唱に入っている姿が見えたからだ。

 「【迸る稲妻、喰らい、糧とし、駆ける雷】」

 シオンが詠唱すると決めたのは、きっとアイズが他のモンスターを全滅させたからだろう。空に浮かぶ遠距離特化のモンスターは得てして耐久に乏しい。

 「【獲物を噛み、踏み台としながら走り続ける物】」

 そしてシオンには、威力は低いがガン・リベルラを一網打尽にできる魔法があった。

 「【終わりは非ず。それに終わりがあるとすれば――全てを喰らいし時だけだ】」

 三節の詠唱。

 アイズ達と入れ替わるように前へ駆け出す。慌てて射撃体勢に入り、弾丸を発射するガン・リベルラだが、シオンには当たらない、当てられない。

 ある程度にまで近づくとシオンは跳躍し、壁に足をつけると更に跳躍。一体のガン・リベルラの傍に手を置くと、

 「【チェインライトニング】!」

 連鎖の起点となる一体に稲妻を走らせた。

 ガン・リベルラが雷に呑み込まれ、魔石ごと燃え尽きる。だが雷は消える事なく、まるで獣のようにすぐ傍にいたガン・リベルラを呑み込んだ。更にそれすら燃やし尽くすと、またすぐ近くにいたガン・リベルラに飛びつき――そこでやっとこの魔法の効果に気付いた他のガン・リベルラが距離を取ろうとするが、遅い。

 分裂した稲妻が、逃げようとしたガン・リベルラを捉えた。

 一体たりとも逃す事を許さない。暗いダンジョン内部に光を放ち、線でもって図を象っていたチェインライトニングは全てのガン・リベルラを喰らい尽くし、そして消えた。

 【連鎖の稲妻(チェインライトニング)】。

 その名通りの役目を持った、シオンの魔法だ。

 二十以上もいたガン・リベルラが全て消えたのを確認すると、シオンが戻ってくる。

 「……最初からアレをすればよかったのではないか?」

 「あの魔法、効果が効果だから威力が低いんだわ。だからガン・リベルラとかみたいな耐久力の低いモンスターじゃないと殲滅はできない」

 しかも三節の状態では『喰い尽くす』まで移動してくれない。一節ならばある程度攻撃したら移動してくれるのだが――逆に威力が低くなりすぎる。

 本当に、シオンの『変幻する稲妻(イリュージョンブリッツ)』は色々と不便だった。シオンが詠唱内容を変えればそれに伴って効果も変わるので、要検証、としか言えないが。

 「それに、一つの物に頼り切ると戦い方が一辺倒になるから、あまりアテにはしないでくれ」

 実際今回逃げる時にシオンは『指揮高揚(コマンドオーダー)』を使わなかった。流石に使ってもいいだろうとは思ったのだが、案外余裕そうだったのでやめておいたのだ。

 色々考えているシオンに鈴は何も言えない。

 あくまで鈴はダンジョン初心者。数年もダンジョンで戦い続けるシオン達に比べるところさえほぼ存在しない。

 が、何となく鈴が何を考えているのか察知したらしいシオンが言う。

 「あぁ、そこまで気にする必要はないよ。疑問は疑問のまま放置せずに聞いてくれた方が、頭の回転が鈍くならないし」

 「という事は、これからどんどん聞いていっても?」

 「気にせず聞いてくれた方が遠慮が無くていいね」

 むしろ何も考えない人形や機械になられる方が困る。頭の命令を聞かないのもそれはそれで問題だが、頭がいなくなったらもう何もできない方がもっと困るのだ。

 「それじゃ、20層に行こうか」

 実は逃げながら20層へのルートを辿っていたシオン。流石に19層から20層への道のりは相当長いので、例え最短ルートを通ったとしても数時間はかかる計算だ。

 そこから20層までの道のりは、特筆して苦労しなかった。そもそも最初の『怪物進呈』がおかしかっただけであり、通常状態であればどうとも無いのだから。

 落ち着きが出てくれば周囲を見る余裕も出てくる。特に19層に初めて来た鈴は、周囲の光景に目を奪われていた。

 18層とはまた違う美しさを見せるのが19層。あの大樹の下だからなのか、壁なんかは木と似たような材質だ。小さな洞がそこかしこに存在し、モンスターであれば身を潜められそうな空洞があった。天井も横幅も今までとは段違いに広く、それが『乱戦』を前提とした設計になっているのを示しているような気がする。

 ただ辺りには植物が群生していて、一体どんな物なのかと鈴に疑問を抱かせた。つい近寄ろうと足を向けたら、

 「不用意に触らないでくれよ」

 「え?」

 「中には毒草もある。鈴はまだ『耐異常』を持ってないんだから、触るならせめて誰かに確認したらにしてくれ」

 赤と青が合わさり紫にも見える斑模様をした、如何物『毒です』と表現している茸。微かな光源に金色の綿毛を放出させ、綺麗な光景を作り出す多年草。前者のように一見毒に見えるような物が実は毒じゃなく、毒のようには見えない後者が実は毒、なんていうのはよくある話。だからシオンは鈴に警告したのだ。

 「触らなくてもいいなら、だけど――こっちかな」

 鈴がちょっと不満そうにしていたのでシオンはルートを変更し、違う道に入る。どっちからでも20層に行けるので問題はない。

 「うわぁ……す、凄いなこれは! 18層に行った時も驚いたが、これはそれと同じくらいに耽美なものだ……!」

 シオンが鈴を案内したのは、ずっと昔、シオン達が見つけた花畑だ。

 18層のように安全地帯でも何でもない19層にある、銀色の花畑。それはこの広間全ての床を埋め尽くしていて、ここがダンジョンだと忘れてしまうような光景だった。

 地上にはない花。調べて安全な物だと知っているシオンは一度、休憩を取ると伝える。各々がシオンが背負っていたバックパックから少食と水筒を取ってエネルギー補給をするなか、シオンは紙と鉛筆を取り出していた。

 壁を背にしながら花に注視し、書き込んでいく姿。それはまるで、ではなく絵を描いている姿そのものだった。

 「何をしているのだ?」

 「絵を描いてるんだよ。あんまり慣れてないから練習中だけどな」

 そう言って描いていた花を見せるが、確かにあまり上手くない。下手とは言わないが、精々がどんな物かわかるくらいのものだ。

 そう正直に伝えてみれば、

 「絵の練習をしたのはこれを見てからだし、まだ一、二ヶ月だからな」

 なんて苦笑された。

 これで子供に人気のあるシオンは、時々ではあるがダンジョンで経験した事を物語のように語って聞かせていたりする。その時に見た物を伝えるには絵が一番良い、そう判断して絵の練習を始めたようだ。

 「才能は無いから感動は与えられないと思う。でも臨場感くらいは出せるかなって」

 それに学び、覚える事は無駄じゃない。絵心があるのと無いのでは、ある方が断然いい。そう言ってシオンは、ヘタクソと言われようとも諦めるつもりは無いと言った。

 たまに出てくるモンスターは大半がベートが処理した。リザードマン一体くらいなら鈴でもどうにかできたので、【経験値】確保のためにも参戦する。

 「なんつー切れ味」

 「多少の【ステイタス】を無視できるのはコテツのお陰であろうな」

 武器に依存しているのは把握している。相手が円盾を構えても、その上から体を真っ二つできるのだから。

 「まぁ『武器持ち』じゃなきゃ厳しいけどね。それこそ体当たりとかされたら身体能力の差で斬る前に殺されるだろうし」

 「あ? 有り無しでなんか変わるのかよ?」

 「そりゃ変わるさ。武器を持つリザードマンはある程度動きが決まってるからね。話聞いてなかったのかい? あたいは道場で刀術を学んだ人間なんだよ」

 要するに、道場と二年の旅路で培った『対人戦闘』の経験のおかげだ。道場で爺やに鍛えられていた時は門下生と模擬戦をした事が幾度もあり、刀以外にも剣や槍を相手にした事もある。

 わかりやすく言えば、もし彼等が武器が無ければ剣で打ち合ったり、盾で刀を受け止めたりできないため、回避のみに注視するはずだ。そうなっては地力の差によって押し負けるのがオチ。

 鈴がリザードマンに勝てるのは、『武器を持つ事に因る慢心』を突いている、という部分が大きいのだ。

 武器があれば勝てる。何故なら自分の方が【ステイタス】が上なのだから。

 そんな風に思っている相手に負けるほど、鈴の経験は少なくない。

 だから例え、力任せの『怪物の剣術』であろうと。

 「あたいからしちゃ見慣れた物、って訳さ」

 そもそもリザードマン、【ステイタス】的に見ればそこまで強くなかったりする。彼等は数と先程の天然武器を使った剣術が特筆すべき部分で、それ以外は平均的だ。そういった事もあって鈴でもどうにかなる。

 しかしやはりと言うべきか、シオン達は強すぎる。19層程度の敵では相手にもならない。

 それは当たり前であり、シオン達は鈴を除いて全員がLv.3だ。これは本来なら『中層』を超えて『下層』にまで行ったとしても問題はない段階だ。

 それでもシオン達が最高到達段階が23層なのは、それだけ慎重な証でもある。

 懸念はアイズだったが――アイズはこの頃精神的に安定していて、シオン達の方針にも素直に従ってくれていた。常人よりも遥かに速く強くなれているからというのもあるだろう。

 とにかくとして、鈴がせめてLv.2になるまでは、シオンは『下層』に行くつもりはない。この事はダンジョンが終わってから全員に告げるつもりだった。

 休憩が終わると、さっさと片付けて残りの道を消化していく。

 そして20層、に行く道の一歩手前。そこで足を止めていたシオン達は、20層での注意点を鈴に教えていた。




今回はちょっと短め。
原作でも20層に行くまで数時間かかったそうなので仕方ないですね。次回こそは21か22に行く予定です。

にしても最近他の原作及びオリキャラが出せていない。ちょっと前にエイナさんが出せたけどそれだけだし、今は鈴メインだからダンジョンに行く関係上出しにくいし。

リューさん出したいけど彼女の出番はもう決まっちゃってるし……!

色々頭の中でアイディアを捏ねくり回しつつ、また次回。

ぁ、次回タイトル忘れてた。
『落ちゆく光』
変更する可能性もありますけど、お楽しみに。

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