「うーん、やっぱり上手に切れない……」
むぐぐ、と目の前にある自らが切った食材を見下ろすティオナ。初めて切った時よりもかなり注意してやったのだが、やはり長年培った力任せに切る、というやり方は変えられない。大きさも形もバラバラな食材を前に、ティオナは溜め息をした。
当然ではあるが、大きさが違えば火の通る時間は変わる。それを利用して新しい物を作り上げていくプロの料理人もいるが、ど素人のティオナにそんな事できるはずもなく。
「うぅ、気をつけて煮込まないと……」
項垂れながら、鍋に投入していく野菜や肉に焦げ目が出ないよう、注意するしかなかった。そんなティオナに、横でサラダを付け合わせていたティオネが笑う。
「斬る技術なんて無くてもついていけるって後回しにしてたあんたが悪いんでしょ。これに懲りたら、もうちょっと考えてから行動することね」
「だってぇ。――って、ティオネそれ」
苦言を呈されたのに唇を突き出してぶぅたれていると、ティオネが盛り付けているサラダが目に飛び込んでくる。思わずそれを注視していたら、気づいてしまう。
「ティオネ――もしかして、料理できる人……!?」
切り方、盛り付け方、更には手製と思われるドレッシング。しかもティオナが鍋を睨みつけている間に他にも色々用意していたようで、ほぼほぼやる事は終えていた。
「あんた、私を何だと思っていたのよ」
「ティオネが料理してる姿なんて見た事無いし。何時の間に覚えたの?」
「……普段厨房で料理してる子に、頼んだのよ。料理ができないよりはできた方がいいし」
そこで一度切り、少し恥ずかしそうに視線を逸らすと、
「それに、食べてほしかったから。団長に、私が手ずから作ったものを。あんただって似たようなもんでしょ?」
それを言われると弱かった。
思わず唸りながら口を噤むティオナに笑いかけながら、ティオネが鍋を覗き込む。お玉を借りて何度か掻き混ぜると、火加減を調節してしまった。
「ま、後は私がやっておくわ。あんたはまだまだ初心者なんだし、ここは私に甘えなさい」
確かに下手をやって失敗してしまっては目も当てられない。情けないと感じつつも、ティオナは素直に後を任せた。
今、六人がいるのは18層の森の中だ。そこで一度休憩を取ったのだが、どうせだからと昼飯の準備をしていたのがティオナとティオネ。
ベートとアイズは念の為程度に新たな食べ物の回収をしていた。リヴィラの街には既に行っていて、魔石とドロップアイテムは交換済み。だが買い物はしなかった。あそこの物価は高すぎる。
「もうちょっと安けりゃこんな事しなくてもすむんだがな」
「乞食以上に金にがめついから、もう諦めた方がいいと思う」
両腕一杯に物を抱えながら移動している二人。周囲の索敵はしているが、既にLv.3となっている二人なら、例え奇襲されてもモンスター程度に負けはしない。だからこうして呑気に話ができていた。
ベートは持っていた物の中で比較的甘くないのを選び、口の中に放り込んで噛み砕く。
「ところでアイズ。お前はシオンから話は?」
「聞いてない。もう戻るのか、ここから先に進むのか。ベートは?」
「俺も聞いてねぇよ。だがまぁ、予想はつく。鈴が想像以上に戦えていたから、行くだろうよ。アイツの性格上」
女みたいな生優しい面をしているが、中身は鬼以上にスパルタだ。悪魔とさえ呼ばれた笑顔に泣きを見た人間は少なくない。
まぁそれだけ期待しているという事でもあるのだが、わかる人間は、あんまりいない。
「シオンのアレについていける人って、よっぽどだからね」
そのよっぽどの一人であるアイズが苦笑する。アイズの場合は目的が目的なので、死ぬかもしれない修行にも耐えられたのはわかるが、ベートから見ても中々異常だった。
――シオンもアイズも『死にかけてからが本番』思考だから、なぁ。
基準がおかしい。だから強いのかもしれないが。
「で、そんなお前から見て鈴はどう思う?」
「強いとは思う。『恩恵』を授かったばかりの人としては、だけど。でも私達に比べたらまだまだだから、無茶はさせられない」
鈴は年上ではあるが、だからといってその辺りを考慮して遠慮するつもりはサラサラ無い。正直言ってしまえば、アイズは鈴が死んでしまっても、悲しみはするがそれ以上思うところはない。その程度の関係しか無いからだ。
だが、
「むしろ鈴が死ぬ可能性は高い。そして鈴が死ねば、多分シオンは」
「……イカれる、だろうな。表面上はそう見せないから尚更面倒くせぇ。立ち直ってるのかどうかも判断しにくいからな」
二人が全く否定できない程に、シオンはその方面では脆すぎる。自分が傷つく事や、普段弱さを見せないから弱点がほぼ無いと勘違いされがちだが、シオンもアレで普通の人間だ。
「しっかたねぇな、クソ。おい、アイズ。お前はもうティオナと二人で前に出ても問題ないだろうな」
「問題無いよ。それがどうしたの?」
「単純な話だ。今日から俺はなるだけ鈴の動きに注視する。元々遊撃だからな、バレない範囲で鈴のサポートに入ってあの女が死なねぇようにするだけだ」
甚だ不本意ではあるが、最も簡単なのはそれだ。アイズもベートの言葉の意味を理解し、小さく頷いた。
「他の人は無理だからね。ベート以外は、シオンくらいかな、サポートできるのは」
「アイツは全体を見る必要があるから鈴だけを見ている事はできない。俺が適任だ」
こうしてベートがアイズに前もって言っているのには訳がある。
ベートは元々遊撃役として、前線で戦うティオナとアイズをサポートしていた。彼女達に横や後ろから攻撃しようとするモンスターを相手取り、撹乱するのが役目だ。
だが、鈴のサポートを重視しようとすれば、その役目が疎かになる。だから、その辺りを注意しろと言うためにアイズに告げたのだ。ティオナは別に何も言わなくてもいいだろう。
何故なら、何だかんだ言いつつティオネが妹を守るからだ。
「色々地雷が埋まってそうな女だが、ま、アイツのためだ。仲間でいる内は守るさ」
もう一つ果実を取り出し、かぶりつきながら、ベートはそうボヤいた。
そして、シオンと鈴。
二人は水筒に水を入れ直すため、川に来ていた。ダンジョン内部にあると言っても、18層の水流はとても綺麗であり、下手な水場よりも信用できる程透き通っている。なるべく上流にある水のところまで歩いて――下流だと、上流で誰かが血を洗い流した後の水が来る可能性がある――から水筒を入れる。
鈴も手伝ってはいるが、その視線はチラチラとシオンと手元を行ったり来たりで、作業に集中しきれていない。シオンはその視線に気付いていたが、やる事は先に済ませておかないと後で慌てる事になると知っていたから、静かに水筒を傾けていた。
全ての水筒に水を入れ直すと、今度は投げナイフを取り出す。これはティオネが普段使っている物で、シオンの短剣ではない。
「む、何をするのだ?」
「砥ぐ。投げナイフだってタダじゃないんだし、使えるところまで使うためには、こうやって研磨しないといけないからな」
いくら消耗品だからって投げ捨てていい物は一つもない。そもそも物資をまともに調達できないダンジョンでは、地上から持ってきた物を大事に使っていくべきなのだ。だから、折れたナイフ以外はこうして回収して、暇があればシオンやティオネが研磨している。
ちなみにパーティ内で武器を研げないのはティオナとアイズだけだ。ベートはできるのだが、面倒臭がって自分の分しかやってくれない。覚えてくれてるだけマシだけれど。
「ま、本職には遠く及ばないけどさ。メインの武器とかは普通に職人に頼んでるし」
「ふむ……なら、その辺はあたいがやろうか?」
「へ?」
砥石と布を用意していたシオンが思わず鈴を見る。水筒に付着していた水を拭い、バックパックの中に放り込んでいた鈴が振り返った。
「刀って切れ味が大事だろ? いくら『不壊属性』でも、壊れないだけで切れ味は落ちる。だから自分で研ぎ直せるようにって、爺やに叩き込まれたんだ」
なるほど、とシオンは頷いた。
通常の武器よりも遥かに切れ味が戦闘に直結する刀は、確かに研ぐという作業が重要になる。下手な研ぎ方は武器の寿命を縮めるだけなので、覚えろといった爺やは正しいのだろう。
試しに、とシオンは背負っていた剣を渡す。
「へぇ、良い剣だね」
「わかるのか?」
「あたいは爺やから鍛冶の手解きも受けていたからね。刀程じゃないけど、武器の目利きはそれなりにできるつもりだよ」
椿の、自分達の専属鍛冶師を褒められてちょっと嬉しそうなシオン。彼女も彼女で試行錯誤してメキメキとその力量を伸ばしている。
ヘファイストス曰く『あのスランプが嘘みたい』だそうで、その姿を見ていないシオンは何も言えなかった。
結構時間がかかった研磨だが、作業用具を戻して鈴に剣を渡されると、新品同然になって戻ってきていた。
「……凄いな」
「研磨には慣れてるからね。ま、二年も刀を研いでればこんなもんさ」
事も無げに言うが、ダンジョンで武器の切れ味を自分で戻せる人間は珍しい。特に中層辺りではまだまだ必要ないからと、そういった事を覚えない人間の方が多いくらいだ。
シオンは、どちらかといえば前者になるが、ナイフ程度ならともかく本格的な物は覚えられていないので、鈴のこの技術はありがたいかもしれない。
今はともかく、将来的にはもっと硬い相手と戦う事になったときに。
「できれば、でいいんだけどさ。これからはおれ達の武器の研磨をお願いしてもいいか?」
「構わないけど、そう簡単に自分の武器を預けてもいいのかい? もしかしたら――あたいがそれを奪って、逃げるかもしれないよ?」
意味深に、横目でシオンを見つめる鈴。からかっているようで、本気のようにも見えて、だがどちらでもない微笑み。
ふむ、とシオンは首を傾げ、
「その時はその時だな。おれの人を見る目が無かっただけだ。だが――タダで死んでやるつもりはない。道連れくらいには、なってもらおうか」
挑発するように笑みを浮かべれば、鈴は参ったとばかりに手をあげた。
「悪かったよ。だからそんな、殺意混じりの笑みを見せるのはやめておくれ。ちょっと洒落になってないからさ」
「ありゃ」
どうやらその場面を想像したら殺意が湧いてしまったらしい。シオン一人なら魔法を使えば恐らく逃げられるので後で鈴を見つければいいが、アイズ達はそうじゃない。武器無しではあの四人は死んでしまうだろう。
想像するだけでもドクンと心臓が脈打つのだ、そんな未来、目の当たりにしたくはない。
強張っているシオンの顔を見て、悪ふざけが過ぎたと鈴は後悔した。
「……会ったばっかりの人間にそう言うのはリスクが高いってわかってもらえたかい?」
「……ああ、そうだな。これからは気を付けるよ」
とはいえこの空気を出し続けるのは嫌だった。なので冗談混じりに言えば、それを察したシオンが乗ってくれる。
その後、研磨について了承し、それから一度伸びをしたシオンが手を差し出すと、鈴の刀を貸してくれ、と言ってきた。
それが中層に来る前の言葉を示唆しているとわかった鈴は、腰からコテツを抜き取るとシオンに手渡す。
「それで、どうするつもりだい?」
「んー、まずはこうか、な!」
問われたシオンは、まず真っ先に木に近寄ると、蹴りを叩きつけて
いやいやおかしいだろうとは思いつつも、これが【ステイタス】を上げ続けた結果か、と理解させられる。
凄まじい音と共にへし折れた木が、斜めに倒れ、轟音を立てる。木についた葉が舞い上がり、パラパラと落ちていくのを鈴は静かに見守った。
一体何がしたいのかと眉を寄せつつも、まだ終わりじゃないんだろうと考えた鈴は、静かに続きを待った。
そして、一分、二分と時間が過ぎると、モンスターが現れる。
『バグベアー』だ。名の通り全身毛むくじゃらの熊型モンスター。軽く二Mを超えそうな大きさであり、見上げなければ顔を見るのも覚束無い。
しかしそれは立ち上がっている時の話で、四足歩行で突進してくるバグベアーはシオンに狙いを定めると一直線に向かってきた。
――音を立てて目印にしたのか。
18層は確かにモンスターが産まれない安全地帯ではあるが、17層及び19層からモンスターが上り下りしてくる事もある。絶対数は少ないが、それでも確かにいるモンスターを引き寄せるためにシオンは木を蹴倒したのだろう。
あるいは、鈴に対する無言の警告か。
それはともかく、シオンは近付いて来るバグベアーに対して、腰を落とし、ドッシリと構える。回避する素振りは見せない。
ただ待ち続け、接敵するその瞬間飛び出し、真横を通り抜けながら鞘で前足を強打した。一瞬の隙を突かれ、更に四足の内の一本を叩かれたバグベアーはたまらず倒れる。だがモンスターの闘争本能故かすぐに立ち上がると、威嚇するように唸った。
けれど、そんな行為は無駄だ。
バグベアーは威嚇する前にまず、シオンを探すべきだった。
「こっちだよ」
既に懐に潜り込んでいたシオンは、そう言いながら淀みなく、鞘の先をバグベアーの顎に打ち付ける。頭を、その先の脳を揺らされたバグベアーの体が崩れた。
その間にシオンは刀を腰辺りにやると、鈴を真似て刀を抜き放つ。
「桜一閃」
鈴程ではなかったが、【ステイタス】によるゴリ押しで最速の居合を行った。
寸分違わずバグベアーの右足を切り落とし、抜刀――剣を抜き放ったままのシオンは、刀を下段に構えながら走り寄り、真上に切り上げ、完全に崩れ落ちようとしていたバグベアーの首を、刈り取った。
この間わずか十秒にも満たない。遠くに立って俯瞰して見られたからこそ鈴もついていけたが、あまりにもあっさりと終わってしまった。
付いた血糊を刀を振り払って吹き飛ばすと、鞘にしまう。
それを終えると、シオンは鈴のところに戻ってきて、刀を返した。
「いやー、久しぶりに使ったけど案外扱えるもんだな」
「……久しぶりって――あんた化物かい」
どう見ても手馴れていた。いや、確かにどこか手間取っている場面もあったし、流れるように刀を振るえていたとはお世辞にも言えない。
だがそれでも、確かにシオンの刀術は優れていた。
「ダンジョンで剣とか刀使う人の振り方を覚えて後でコッソリ練習してただけさ。ちょっとだけだけどね。さっきの桜一閃も、本物さんに比べたら劣悪だったからねー」
多分、本当の使い手なら一撃でバグベアーを殺していた。わざわざ足を狙ってから首を落とす必要なんて無かったはずだ。
剣を主として扱うシオンでは、この程度が限界だ。元から刀は自分には扱いきれないと剣を選んだのだから、それで正しいのだけれども。
「とりあえず、今ので何か掴めた?」
「まぁ、一応は、ね」
シオンから刀を返して貰いながら、鈴は言葉を濁しつつ頷く。シオンはある程度わかりやすく戦ってくれたが、流石に十秒程度では本当に一応くらいしかわからなかった。
「あたいとシオンじゃ武器以外にも、決定的に違うところが一つだけある。――
シオンは剣を背負い、鈴は腰に刀を差している。
些細な差、と思うかもしれないが、これがかなりの違いを生んでいた。
例えば、数K程度の重さの荷物を背負うのと、腰に巻いて動くのでは感じる重さは段違いに違うだろう。それと同じで、シオンと鈴では、鈴の方が制限を受けている状態にあった。
だが鈴は、背中に刀を持つ事ができない。オロチアギトはともかくとして、居合を主とする鈴は必ず刀を腰に差していなければダメだからだ。そうでなくては居合ができない。
「爺やは私に『制限』をかけたかったんだろうね。戦って勝つ術よりも、逃げて避けて、生き残る術を覚えてほしかった」
今なら何となくわかる。
抜刀術は攻撃特化。
刀を抜き放ち、常に刀身を晒しながら攻撃し続けられるが、腰に鞘を差しているため動きは鈍くなり、隙も大きくなる。
居合術は攻撃と回避。
鞘に手を置いたりといった工夫ができるため、普通の状態よりも移動がしやすく、相手の隙を見つけた瞬間反撃が可能な攻防一体型。ただし居合という性質上、一撃目と二撃目の間に大きな隙を作ってしまう弱点もある。
帯刀術は防御特化。
一撃の威力は低いが、鞘に刀を入れたままという状態のため、鞘部分を持てる。あたかも棒のように振るえるため、棒術を覚えればそれなりの威力を与えられる。更に鞘を盾にできるため、敵の攻撃を受け止めて反撃も可能だ。
「だけど、刀はともかく鞘で敵を殴るって……鞘が壊れたりしないの?」
「鞘が刀より脆い訳無いだろ。何でも斬れる刀をしまうとしたら、鞘はその刀に切れられないようある程度頑丈にしなきゃいけないんだから」
そして、鈴の使うコテツとオロチアギトは第一線でも使える刀。当然、その切れ味に負けないだけの頑丈な鞘が使われている。だから、鈴が心配するような事は起きない。
「理想としては、刀だけじゃなくて鞘にも不壊属性がついてる事だけどな」
もし付与されていれば、強固な盾としても使える。もちろん実際に盾とするなら相応の技術を必要とするだろうが。
「多分だが、その爺やは居合を覚えてから帯刀、抜刀って感じに技を覚えさせて行きたかったんだろう」
「でも覚えきる前に、あたいが家を飛び出した、と。何とも言えない感じだねぇ」
「堪え性が無いというか何というか。時間は無駄にできないし、我流かあるいは誰かに師事するかして覚えていくしかないだろうな」
居合だけしか使えない、なんて隙だらけ過ぎる。せめて多少は抜刀後の技術とかを覚えてくれないと前線を任せにくい。
そうつらつらと言ってみれば、鈴は顎に手を当てて虚空を睨み、うんと頷くとシオンに近づいてきた。
「……?」
不思議そうに首を傾げるシオン。そんなシオンに面白可笑しそうに笑うと、鈴が首に腕を回して顔を寄せてきた。
「
「……は?」
首を絞められ無理矢理体を寄せるシオンが、訳がわからないとしかめっ面をした。そんなシオンに悪戯っ子な笑みをまた浮かべると、
「いやぁ、リーダーは刀が使えるみたいだし? あたいに是非刀術を教授してもらえたら、とっても助かるんだけど、なんてね」
「待て。待て待て、ちょっと待ってくれ。無理だ、そんな余裕はない」
「た、す、か、る、ん、だ、け、ど、ね?」
「無理だと言ってるだろ!? 刀の扱いは鈴より負けてるんだからな?」
断る度に鈴がグイグイと腕に力を入れ、その度に首が締まっていく。実はこの時シオンの頬に微かな柔らかい物が当たっていたりするのだが――意外と腕がうまく首にハマりすぎて痛みに呻くシオンは気付けなかった。
必死に首絞めから逃れようと暴れるシオン。しかし体勢的に不利なシオンは、仕方なしと【ステイタス】に任せて逃げようとした、結果。
「あ」
「あ?」
ツル、と足元を滑らせて――川に落下した。
そう、忘れてはいけなかったのだ。二人は川辺にいた事を。水飛沫を上げて川に落ちた二人は水に濡れて顔に張り付いた髪を拭う。
「――言い残すことは?」
「反省も後悔もするつもりはないよ。ていうか……お化け?」
怒りも顕にしながら、震える肩を何とか押さえてそう問いかけたシオン。そんな彼に帰ってきた答えは、キリッとした顔でふざけた事をのたまう鈴だった。
更に火に油を注ぐように、シオンの状態を指摘してくる。
確かに今のシオンは、膝下までくる髪に水が滴り、更に落ちた時に髪が広がりバラけた結果、ボサボサだ。
「……濡女?」
「お、れ、は――男だっての!」
思わず呟くと、頭からブツッという音と共にキレたシオンが鈴を追いかけ出す。鈴は急いで立ち上がりながら、その途中でシオンに水を吹っかけ目をくらませた。
「ぶっ、この、何しやがんだ、よ!」
「ははは、良いではないか、良いではないか! たまにはこうして馬鹿やるのも、悪くないと思うよ!」
アハハハと笑いながら逃げる鈴。だが浅瀬程度で動きが鈍るシオンではない。むしろ刀を持つ鈴の方が遅く、あっさり捕まると足を払われ倒れた。また水飛沫が上がるが、笑いながら懲りずにシオンの手を掴むとまた引き摺り倒す。
また張り付いてきた髪を拭い、上半身だけ起こしたシオンはけらけら笑う鈴を睨んだ。
「何でこんな悪ふざけするんだよおい」
「いやぁ、あたいは元からこんな性格だよ? かたっ苦しいのは嫌いでねぇ」
本当に、全く反省していない鈴に、シオンがハァと溜め息を吐き出す。
「バカらしくなったんだろ、緊張するのが」
「お? ま、その通りだよ」
今までの鈴は、どこか堅苦しかった。戦闘時は普通に戦っていたが、普通に話すときとかだけは一歩下がっている場面が多かった。
だからこうして遠慮なく来てくれるのは、お互いを知るという意味では嬉しいの、だが。
「……地を出すのはいいが、後先考えてくれ。この服どうしろってんだ」
「乾かすまで待てばいいんじゃないかな?」
「男らしい意見どーも。普通に風邪ひく未来が見えるわ」
とりあえず髪を絞って水を取ると、髪を縛ってポニーテールに変える。シオンの髪は長すぎるから、川に浸している時間が長ければ長いほど、後が面倒になるのだ。
「……心配して損した気がする」
シオンが先程出した、木を倒した時の轟音はモンスターだけでなく、シオンと鈴を心配したティオナもこさせていた。だが実際に見た光景は、水場ではしゃぐ二人。
そんな風に遊んでいる――ように見えた――二人の姿に、ティオナが脱力しつつ、ちょっとだけ嫉妬していた。
「いいなぁ、ズルいなぁ鈴。ああやってシオンに抱きつけて」
鈴はまだ、シオンが好きとかそういう感情を抱いていない。それはわかる。だがああやって抱きつけるのはズルい。ティオナだって腕とかならいざ知らず、真正面から抱きつくのはちょっと厳しいものがあるというのに。
「むぐぐ……私も勇気、出してみるべき……?」
出したところでどうしたと言われてスルーされる未来しか見えないけれど。
「それで、あたいに刀を教えてくれるの? それともくれないのかー?」
「いやだから無理だって。おれも色々予定があるし、そんな暇はほとんど無いから」
少なくとも、蚊帳の外にいるのだけは嫌だった。
――ちなみに。
ティオナのいる反対方向では、音に気付き、ベートに持っていた物を押し付けながら駆けつけたアイズがいた。
木の陰に気配を消して隠れながら、シオンと鈴の様子を見ていた。
「ダ、ダメ。それだけは絶対にダメ。シオンに直接教えてもらえるのは私だけなんだから。そうだよ、断ってシオン」
とやきもきしながら見ていたアイズ。
最近はクールに見えてきたアイズであるが、なんて事はない。単にシオンに必要以上に心配をかけないよう、必死に感情が動くのを押し留めていだだけの話である。
「ああもう、ズルい、ズルいズルい……! 私は最近シオンにあんな風にできないのに」
ただし、そのせいで最近
入ってきたばかりの鈴までもがああなのは、羨ましいを通り越してズルい、とアイズに可愛らしい嫉妬心を起こさせていた。
「わ、私だって……甘えたいのにぃぃぃ……!」
……そんな一幕がありながら、結局ティオナとアイズは出て行く勇気など無く。
「……なんだ、この空気??」
「さぁ……?」
川から出たあと、やっとこさ服を乾かして戻ったシオンと鈴は、妙に重苦しい空気に困惑させられる事となった。
まず前回更新できなかった事を謝罪します。申し訳ありませんでした。
その日は何故か頭がボーッとするなぁと思って熱を計ったら38度近くになってまして、仕方ないから寝込んでいました。更新できなかったのはそのためです。
私はチマチマ書くときと、できた時間でガーッと一気に書くときの2パターンなんですが、今回は後者だったので完成してなかったので予約投稿もできませんでした。
本当申し訳ない。
今回はほのぼの+刀術についての説明回です。
前回投稿後に『居合と抜刀は同じ物』的な解説を受けましたが、作者権限で『別世界にこっちの世界の常識を当てはめるなんてナンセンスだ!』というご都合主義(という名のゴリ押し)を発動しました。
なのでこの作品において刀術は
抜刀術→刀を抜いた後の技術
居合術→刀を抜きながら敵を斬る技術
帯刀術→刀を鞘に入れたまま敵を殴る技術
の三つに分かれます。ご了承を。
一番参考にしやすいのはマモレナカッタ・・・で有名なアスベルさん。彼の戦い方を見れば私の言いたいことが何となくわかる、はず!
次回はダンジョン中層を更に下って行きます。
お楽しみに!