宴も終わり、皆が満足した顔をして帰っていく頃。
大成功に終わったと言い切っても構わない今宵のイベントに満足していたのは、ここに来た彼彼女等だけではない。【ロキ・ファミリア】全員にも共通していた。
やりきったという感慨を抱きながら、少しの寂しさを覚えつつも後片付けの作業に入る。ゴミ拾いはもちろん、残ってしまった料理の処理、出されたテーブルや椅子の足を拭いてから元あった位置に戻しと大忙しだ。
特にシオン達とフィンがやりあったところは血だったり、魔力爆発が原因で焼け焦げていたりと面倒くさい後始末が満載。
給仕をしていたのもあって、流石に疲労の色を隠しきれていない団員達の中に、シオン達の姿は何故か無かった。
そして、彼等がどこにいるのかというと。
「フィン、おれ達も片付けの手伝いに行かなくてもいいのか?」
「それについては問題ないよ。前日に告げて納得してもらっていた。シオン達が今日やるのは開催前の案内と、あの決闘だけだって」
フィンの作業室――団長室にいた。
宴が終わってすぐについてきてくれと言われてここまで来たが、五人の頭の中にはどうしてという疑問が溢れてやまない。訝しげな顔を向けられているフィンは一度苦笑しながら、その手を作業机の中に入れ、一冊の本を取り出した。
それを持つと、シオン達の前にまで来て差し出してくる。
白い。そして分厚い
それがその本を見た第一印象。敢えて白く塗装されたらしいその本は、表紙に幾何学模様が描かれているのみ。恐らく見る者が見れば規則性を教えてくれるのだろうが、少なくともシオンには、それが何を意味しているのかわからなかった。
しかしシオンには、まるであの模様自体が題名を示しているかのような、そんな気がした。
だが何より気になったのは、その本の外観をシオンが知っていること。とはいえあくまで知識でしかない。
けれど震える声で、問うように言った。
「まさかこれ……『
え? という疑問が、誰かから漏れる。
仕方がないのかもしれない。普通に生きているだけなら魔道書なんて物は知らなくても当然のことだし、知っていても手が出せない代物なのだから。
「これが本物なら、
シオンの掠れるような言葉。けれどその内容は誰もが驚愕すべき内容。息を呑んだ音が後ろから数度聞こえながら、シオンは探るようにフィンの目を見る。
「本物だよ。僕が手ずから購入してきた。足元は見られたけどね」
フィンはあっさりと答える。渋面しきった顔はそれまでの苦労を表しているようで、だからこそシオンも、信じるしかなかった。
「で、でもどうしてこれをおれ達に?」
「報酬だよ。今回の宴が成功に終わったのは、君達のおかげと言っていい。なのに報酬の一つも無いなんて、他の者にも示しがつかないだろう?
元々フィンの狙いは複数あった。
ゼウスやヘラを追い出した事でできた悪意を少しでも解消するため『敵対するよりも迎合した方が利が得られる』と思わせること。そのためにシオン達の『未来への可能性』を見せつけて、近い将来【ロキ・ファミリア】はもっと繁栄するのだと理解させる。
それに伴いシオンに向けられていた悪意の緩和もさせておく。注目されるのだから、限度はあるだろうが。
そして巻き込むのなら相応の報酬を。現在のシオン達の戦力を鑑みて、足りない部分――即ち圧倒的な後衛不足を補う物の用意。
魔剣ではダメだ。アレは無詠唱でそれなりの威力の魔法を放てるが、回数制限というどうしようもない欠点がある以上、アテにはならない。
故に魔道書。これを使って魔法を覚えれば、半永久的に後衛としての役割ができる。
「――ただし、誰に使うのかまでは口出ししない。君達の戦い方を一番よく知っているのは君達だけだ。魔道書はその一冊だけ、よく考えてくれ」
「考える必要はありませんよ、団長」
両手を組みながら言ったフィンに、即答したのはティオネだった。
全員の視線がティオネに集まる中、彼女はむしろ当然と言わんばかりに胸を張り、自信満々に応えた。
「覚えるのは、シオンです」
「え? お、おれ!?」
自信満々のティオネと反対に慌てたのはシオンの方。いきなりの指名に持っていた魔道書を落としかける程の慌て様だ。
そんなシオンに、ティオネは呆れたように溜め息をする。
「ハァ……逆に聞くけど、あんた以外に覚える人はいるの? ちなみに私はもう魔法を覚えてるしいらないわ」
「あ、なら私もいらないかな。大剣振ってるだけで精一杯だし、魔法の詠唱なんてしてる余裕は無さそうだから」
「私も、必要ない。【エアリアル】があるから。二つの魔法を同時に使うのは、できないから」
女性陣は一気に拒否。しかし内容は意外とまともであり、確かにと思わせられる。シオンは残り一人であるベートを見たが、
「あ? 常識的に考えろ。普段やってる役割で、一番魔法を詠唱してる余裕があるのは、誰だ」
と諭すように言われては、反論できない。
戸惑うようにシオンは手に持った魔道書を見る。想像だにしていなかった、自分が魔法を覚えるという現実に思考が追いついてこない。
そんな彼等を、フィンは優しく見つめていた。魔道書という、一冊で何千万、あるいは億を越える物を見ても、執着せずに『現状の最善』を選び取る。
それは生半可な信頼でできる事じゃない。もしこれをそこらのパーティに渡せば、絶対に不和の元となるだろう。そうならない時点で、彼等の絆はとても強いのだと、わかる。
「さ、皆はもう自分の部屋へ帰るんだ。疲れただろう? ゆっくり休んで英気を養ってくれ」
耳にすっと入り込むような優しい声でフィンが言う。実際今にも倒れてしまいそうなくらい疲弊していたシオン達は、はいと答えて部屋から出ていった。
それから数分。ノックに返事をすると、リヴェリアが入ってきた。
「予想通り、あの魔道書はシオンが受け取ったらしいな」
「あのパーティの現状ではそれが最善手だ。まぁ、本当にそうなるかはわからなかったよ。魔法っていうのは使えるだけでも憧れの対象になるからね」
「全く、人が悪い。彼等の信頼の強さを計ろうとするなど……」
それで、とリヴェリアはフィンに聞く。
「シオンは、どんな魔法を覚えると思う?」
「さあね。それは僕にもわからない。私的な考えだと、防御関連の魔法なんじゃないか、とは思ってるけど」
シオンの目的は『大切な人を守る』こと。だからこの考えも強ち外れてはいないはず。
「けど結局はシオン次第だ。今度はどんな爆弾を持ってくる事やら」
「爆弾を持ってくること前提か?」
「今までのシオンのやり方を振り返ってごらん」
「……否定できんな」
楽しみでは、ある。
だがそれ以上に、どんな対応をすれば悩む二人だった。
魔道書。
それは先にも述べた通り、強制的に魔法を発現させる本だ。
これを作るためには『発展アビリティ』を二つ、覚えなければならない。それも『魔導』と『神秘』という、とても希少なアビリティだ。リヴェリアでさえ『魔導』しか覚えていない、といえばその希少さがわかるだろうか。しかも『発展アビリティ』は【ランクアップ】時に一つずつしか選べない性質上、最低でもLv.3でなければいけないという事実。
加えてこの二つを極めなければ魔道書を書けないため、この本の希少性は言わずもがな。探すだけでも相当な苦労があっただろう。
ちなみにこれ、希少なだけあって一度使えば効果は消失する。使い終わればただのガラクタになってしまうので、下手な鑑定眼だと贋物を掴まされる可能性さえあった。
「魔法……か」
魔法を覚えられる数には限りがある。
最低一つ、最高三つ。
それが一人の人間に覚えられる魔法の数。エルフなんかの例外はあれども、先天的に覚えられない種族、『恩恵』に頼っている者は絶対にその縛りを破れない。
その理由はスロットだ。このスロットに空きがある分だけしか魔法を覚えられない。シオンにある空きの魔法スロットは二つなので、シオンに覚えられる魔法の数は二つだけになる。
例外として、かなり高位の魔道書を読めば確率でスロットが増えるという話を聞く。もちろん確率なので絶対ではないし、三つのスロットがある者が使えば意味がない欠点もあるが。
シオンは小さく息を飲み込み、更に魔法に対する復習を行う。
魔法には先天系と後天系の二つに分けられる。先天系は言わずもがな、エルフの種族なんかがそうだ。対象の資質と種族の根底を引っ張り出すもののようで、属性には偏りが多いらしいが、規模が大きく強力な魔法が多い。加えて元々知っていた修行や儀式によって、若い者でも魔法を覚えている事がザラだ。
故にこそ、彼等はその種族名以外にも
しかしこれにも例外はいる。やはりリヴェリアだ。
【九魔姫】と呼ばれる彼女はシオンの知る限り属性に偏りはない。ただし対象の資質、つまりリヴェリアの持つ誇りと、
『我が名はアールヴ』
その一文に、彼女の誓いが見て取れるようだった。
そして後天系。これは完全に『神の恩恵』に頼ったものであり、そのせいか魔法に対する規則性は存在しない。唯一の導は己の【経験値】のみ。
そう――『神の恩恵』によって覚えた魔法とは即ち、その者が心の底から渇望する事を日の下に晒す行為に他ならない。
嘘は吐けない。
己の望みだけを、願わなければいけない。
故にこそ。
「おれの、願いは――」
そう呟きながら、シオンは魔道書の最初のページを捲る。
そして――
真っ暗だった。
いいや違う。単におれが目を閉じていただけだ。だから暗く見える。しかし目を開こうにも、まるで何かで引っ付けられたかのように動かない。
周囲に何があるのかと気配を探っても、反応がない。音もしない。匂いも無い。
そもそも、何かが触れる感触はあるのだろうか――?
確か自室のベッドの上で横になっていたはずだ。そこで魔法に対する復習をして、嘘は言わないと決意してから魔道書を捲ったはず。
そうだ、魔道書――アレを見てからこうなったのなら、原因は魔道書にある。
ならばこれは、既に試されている、という事なのか。
もしそうなら、おれがすべき行動は。
そう思った瞬間、いきなり閉じさせられていた眼が開く。
――え?
白い、空間だった。
上も下も右も左も、全てが白い。それから自分の体を見下ろして、気づく。
――おれの、体も……?
声を出そうとしても、声が出ない。自分の体は確かにある。そう認識できる。なのに、真っ白に染まった己の体は輪郭だけを残し、全容の把握を許さない。
白。白。白白白白白白白白白白シロシロシロシロシロシロしろしろしろしろ――。
どこを見渡しても。
全部、その一色だけしか存在しない。
走った。他の色を求めて。自分以外の何かを求めて。だけど、どれだけ走っても、どれだけ目をこらしても、何も、無い。
この体の影響か、疲れは存在しない。だけど、それが余計に自分が想像もできない異形になったのではと不安にさせる。
やがて走り続ける事に無駄を感じたおれは、ついに止まった。笑いそうになる。これは一体何の冗談なのかと。
それでも、心臓の無い胸に手と思しき物を当てて心を落ち着ける。肺が無いから深呼吸などしても無意味だとわかっていても、数度呼吸の真似事をして、振り返り。
そして、そこに鏡があった。
さっきまでは何も無かったはず。どれだけ走っても何も無かったはずの風景に、ポツンと、その鏡だけが置いてあった。
それに言い知れぬ物を感じる。近づきたくないと思っているのに、ふらふらと引き寄せられるように足が動く。
手を伸ばせば触れる、そんな距離に来たとき、鏡におれの体が映った。全体像ではない、斜めに区切ったかのように一部は消えている。
二度、三度と鏡に映った自分が消えては映される。その度に消えていた部分が補強され、そして遂には完全像となった。
鏡に映った自分自身――けれど決定的に違うところがあった。
おれの体は、白いのに。
目の前の体は、黒かった。
目を閉じていた黒い自分が目を開ける。それはおれがしていない動作。硬直して動かないおれを気にせず、鏡に映った【おれ】が、鏡の中から這い出てきた。
追いやられるように一歩、下がる。その空いたスペースを埋めるように【おれ】が足を踏み入れると、その黒い眼をおれに向けた。
まるで見定められているかのような眼。白いおれとは正反対の黒い【おれ】が数度上から下を見やると、口を開いた。
『なるほど。今回はお前か』
その声は、おれのもの。けれどどこかが決定的に違う。多分、自分の声を録音して自分で聞いてみた時、違和感を覚えるのに似ている。
『ま、こっちの仕事は変わらない。だから、まずは定型文から言わせてもらうぜ』
ニヤニヤと、嘲るような笑みを浮かべてくる。自分の顔で、声でそうされると、言いようのない苛立ちが湧き上がる。それを必死に抑えながら、続きを待った。
おれが何の反応もよこさなかったのが不満なのか、つまらなそうにしながら【おれ】が言う。
『お前にとって、魔法ってのは何だ?』
……。
『言えないのか?』
言えるさ。
おれにとって、魔法は――
『へえ? 憎いんだ?』
ああ、憎い。心の底から。
義姉さんを奪った魔法が。魔力爆発が、ずっと憎かった。憎んで憎んで憎み続けた。魔法があったからじゃない、魔力爆発を起きたのもあの男がそうしたせい。そう頭でわかっていても、感情は憎み続けてやまなかった。
『じゃあ、なんでそんな
必要だから。
憎み続けていたって意味がない。純然として存在するんだから、覚えて、学んで、対処していくしかない。じゃないと大切な人を守る事なんてできない。
だから、覚える。
あった方が便利だから。実用性があれば使う、なければ使わない。
おれにとっての魔法なんて、そんなものだ。
奇跡なんかじゃない、一つの手段。
『実用性が欲しい、ね。ならどんな実用性が欲しいんだ?』
力。
どんな敵も、どんな障害も打ち倒すだけの圧倒的な力。弱いのなら意味がない。圧倒的な理不尽を下せるだけの圧倒的な力が欲しい。
『他には?』
速さ。
どんなに圧倒的な力があっても、そこに間に合わなきゃ意味がない。だから、どんな理不尽が起きてもそこに間に合う速さが欲しい。
どんな状況でも、どんな理不尽が来ても、どうとでもできる――そんな魔法が、欲しい。
『我が儘な奴。お前がさっき言った事と矛盾してるぜ』
知ってる。でもこれが本心だ。
速さを求めれば短文詠唱。強さを求めれば長文詠唱。両立なんてありえない二律背反。でも、それが何だ?
おれが本心から求めてる事だ。
それに――言うだけなら、タダだろう?
『ハッ、確かにその通りだ』
ああ。
『それが、お前なんだな?』
そうだ。醜く足掻いて、もがいて、守ろうとする。失いたくないから。本当は恐怖心に駆られ続けているのを必死に隠して強気を見せてる。
弱くて愚かで見栄っ張り――それが、おれ。
『そうか。そうかい。ならそんなお前さんに相応しい魔法――くれてやるよ』
最後まで、嘲るような顔のまま。
けれどどこか親しみをこめた声を最後に、おれの意識は途切れた。
目が覚める。
布団もかけずに眠っていたようで、うつ伏せの体を起こした瞬間、寒さに震えた。窓から差し込む陽の光が、今が朝なのだと教えてくれる。
視線を下ろすと、そこにあったのはいつの間にか読み終えられた魔道書。ベッドの上で座り込んだままそれを手に取って表紙を撫でる。それから小さく笑みをこぼすと、その本をベッドの横にある小さなテーブルの上に置いた。
それから起き上がって服を着替え、外に出る。
行き先は一つ。
ロキのところだ。
朝陽は出てるがまだ早い時間のようで、廊下にいる人はいない。実際シオンも欠伸が止まらず、何度も目を擦るハメになった。若干ダルい体が昨日の疲労を訴えているようで、少し気を抜くと今この場で眠ってしまいそうだ。
それを堪えて、やっとロキの私室に辿り着く。一応数度ノックをすると、意外にも元気なロキの声が帰ってきた。
「邪魔するよ」
部屋に入ると、中は意外と整理されていた。散々汚い汚い言われていたせいだろうか。まぁ整理されているのなら歩くのにも苦労しないからいいのだが。
「おう、構わんで。……にしても眠そうやな。まだ寝てても良かったんやで?」
「もう一回寝ると昼まで寝てそうだから、いい。それより」
「【ステイタス】の更新、やろ? わかってるから慌てんでええ。ほら、こっちき」
手を振ってくるロキに従い近づく。ベッドの上で何か作業をしていた彼女は一旦それを止めて顔をあげると、シオンに上の服を脱ぐように言った。
【ステイタス】の更新の都合上、それは仕方がない。素直に上を脱ぐと、シオンはいきなりロキに抱っこされ、体に指を這わせられた。
「……傷、多くなってきたなぁ。最初はもっと綺麗やったのに」
背中にゾクゾクとした変な感覚が這いずり回るのに耐え切れず、シオンが言う。
「知らないよ、そんなの。戦ってるんだから、これくらい普通だろ」
「せや、な。でもだからって、自分から傷を増やしていい理由にはならないんやで? それを忘れんでな」
ロキは諭すように言うと、シオンの頭を撫でてくる。愛情たっぷりのそれにシオンは罰の悪そうな顔をするしかない。
「さ、それじゃ【ステイタス】の更新をしよか! フィンから魔道書もらたんやろ? どんな魔法を覚えてるのか、楽しみやなぁ」
しんみりとした空気を飛ばすように明るくロキが言うと、シオンは頷き、彼女から少しだけ距離を取った。
それを横目にロキはベッドの上にある器具一式の中から針を取り出すと、それを己の人差し指に押し当てる。プックリと赤い血が浮かび上がってきたのを見ると、彼女はその赤い血をシオンの首の根元に当てた。
ロキがやっているのは、【ステイタス】に取り付けられた錠の解除。【ステイタス】とはその者の戦闘能力を示す指標。これに鍵を付けて隠しておかなければ、例えば気絶した時に背中を見られれば己の全てを知られたと言っても過言ではなくなる。
「この作業、毎回やるのは面倒くさいんやけどなー。ま、やっておかないと子供達が苦労するから仕方ないって諦めとるけど」
「万が一の警戒は必要だからな」
もちろん【神聖文字】を読める者は限られる。錠の解除の仕方を知る者もだ。けれど、両方を学んだ人間だって存在する。そんな者は稀だが。
だからこそ最低限の準備は必須。面倒だ等と言いつつも決してその作業を怠らないのは、ロキがそれは必要な事だと理解しているから。
錠の解除に必要な作業を全て終えたロキは、最後にシオンの背中の真ん中から縦に一線引く。すると真っ白なシオンの肌に、朱色の碑文のような文字群が浮かび上がった。
これこそがシオンの【ステイタス】を記す【神聖文字】。
すかさずロキは神血を一滴垂らす。それがシオンの背中に落ちると、水面に水を落としたかのように波紋が生じる。背中に刻まれた
眷属に蓄積された【経験値】は一人の例外無く神の手によって抽出される。それを元にして【神聖文字】は形作られ、意味を成し、成長の礎となる。
その全てが手作業。当然団員数が多くなれば捌く数は大量となり、そのため多くの団員を抱えるところではある程度の優先順位、あるいは日割りで決められているらしい。
ロキの場合は――結構適当だ。気分屋でもあるし。
そんな事を考えている間にロキはシオンの【ステイタス】に再度錠をかけ、それから羽根ペンを取ると羊皮紙に更新された【ステイタス】を記していく。
背中に刻まれた文字を読むのは鏡を使っても困難。そもそも【神聖文字】を解読するのはかなり難しい。一応リヴェリアから学んでいるシオンだが、読み取れるのはまだまだ少しだけである。
だから、こうやって下界で一般的に使用されている
全てを訳し終えたロキが早速と手元を覗き込む。実は更新ばかりに気を取られていて、魔法を覚えたのは知っていても中身は把握していなかったりするのだ。
「……へ?」
そして、素っ頓狂な声が漏れた。
どこか呆然としているロキを不思議に思い、シオンは横から羊皮紙を見る。
シオン
Lv.2
力:A806→A811 耐久:B791→A801 器用:A813→822 敏捷A809→817 魔力:I0
悪運:I
《魔法》
【イリュージョンブリッツ】
・変化魔法
『詠唱開始文』
【
《スキル》
【
・命令した相手の【ステイタス】に補正。
・補正の上昇率及び持続時間は命令内容によって変動。
・自分自身には効果が無い。
「な、なんだこれ……?」
魔法を覚えた。それはいい。
だが説明の意味がわからなかった。あまりにも中身が薄すぎる。そもそも詠唱文とかそういうのではなく『詠唱開始文』とは一体……?
シオンが不可解に思っていると、ロキがいきなり額にデコピンしてきた。
「った。いきなり何するんだよ」
「ここでダラダラ考えてても仕方ないやろ? どーしても気になるんやったらダンジョンにでも行ってくればええやん。わかんなくてもうちがリヴェリア辺りに確認しとくから」
キョトンとしていると、ロキが身振りで行けと示す。
一体何が何やらと思いながらも、ロキはこれ以上話を聞いてくれなさそうだと判断し、素直に身を引いて部屋を出た。
「イリュージョン……か」
そんな呟きを、聞きながら。
とりあえずダンジョンの1層に来たシオンだが、さてどうするか、と悩む。ちゃんと武装はしてきたので1層程度のモンスターなら目を瞑っていても勝てると言い切れるが、ここに来たのはあくまで魔法を使う――いや、扱い方を覚えるため。
とりあえずうんうん唸っていたが、全然わからない。ので、
「【
何となく唱えてみた。すると自身の中にある魔力が起きたような、そんな感覚が宿る。つまり魔法発動の準備段階にはなっているのだ。
ここからどうする――そう思ってふと頭の中に浮かんだ光景。
アイズが風を纏い、戦う姿。
「……【サンダー】」
ポツリ、と。
小さく呟いたそれが、
体にまとわりつく黄色の稲妻。バチバチと鳴り響くそれが全身から聞こえてくる。見下ろしてみれば、体が発光していた。
「……付与魔法?」
己の体に、武器に属性を付ける魔法。
試しにと前に跳んでみれば、ありえない距離を移動していた。というか、
――
雷速、とまでは言わない。けれど、まるでLv.3かあるいはLv.4と思しき速度に、目が追いついてくれない。
しかも知らない内にゴブリンを轢いていたらしい。雷に触れたゴブリンが焼け焦げ、そのまま魔石が壊されたのだろう、灰になって消えていた。
ふと、昨夜魔道書に告げた想いが脳裏を過ぎる。
『速さ。
どんなに圧倒的な力があっても、そこに間に合わなきゃ意味がない。だから、どんな理不尽が起きてもそこに間に合う速さが欲しい』
それが、これなのだろうか?
だがアイツはこう言っていた。
『おれに相応しい魔法をくれてやる』と。
ならばこの付与魔法は、この【イリュージョンブリッツ】の一端に過ぎないはず。バクバクと鳴り続ける心臓を手で押さえて、おれはこの魔法を維持したまま、気づけば12層に到達していた。
予感があった。
ここに来れば、もしかしたら『アイツ』に会えるのではと。
運命を感じた。
最初に感じた本当の死の恐怖。仲間を殺されるかもという、喪失感。それを拭うのなら、今、この時だと。
『ゴ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!』
琥珀色の鱗。
蛇の瞳。
巨大な尻尾。
鋭い爪。
無数の牙。
それらを特徴とする、上層の主。
かつて死にかけた大敵。
「久しぶり、『インファント・ドラゴン』」
それを相手に、シオンはたった一人で挑みにかかる。
先に動いたのはインファント・ドラゴン。様子見とばかりにブレスを数発、連続で放ってきた。だがそんなもの、雷を纏うシオンには追いつけない。
むしろブレスによってシオンの姿を見失ったインファント・ドラゴンの頭上から、一気に飛び降り角を切り落とす。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!??』
痛みに悲鳴を上げ、やっためたらに爪を振り回す。
どうしてだろう。
あの時にはそれがどうしようもなく理不尽に思えたのに。
今のコイツの爪は、どうしようもなく脆く感じてしまうのは。
「【
雷の付与魔法を解除。
代わりに純然たる魔力となったそれがシオンの武器へと集っていく。魔力が可視化できるのではないかと錯覚する程に集まったその瞬間。
「【不壊にして必中。数多の巨人を屠りし血濡れの槌】」
再びその剣に稲妻が影となり現れる。
「【其は粉砕するもの。その名は】」
それは形を変え、槌と言われているのに投擲に適した槍となった。
「――【ミョルニール】!!」
バチンッ! と火花を散らしたその投擲槍は、寸分違わずインファント・ドラゴンを貫き、ただ一撃で殲滅する。
かつての理不尽を圧倒的な力でねじ伏せる。
『力。
どんな敵も、どんな障害も打ち倒すだけの圧倒的な力。弱いのなら意味がない。圧倒的な理不尽を下せるだけの圧倒的な力が欲しい』
この魔法は、シオンの想像した通りの形を実現する。詠唱の形を変え、魔力の必要量を変え、結果を変えてしまう。
『どんな状況でも、どんな理不尽が来ても、どうとでもできる――そんな魔法が、欲しい』
全てはシオンの願い通り。
故にこそこの魔法は『
「だけど、欠点も多い、か」
忘れてはならない。
この魔法は虚飾に塗れているのだという事を。
『弱くて愚かで見栄っ張り』――そんな自分が生み出した魔法なのだから。
常に自分は見られ続けているのを忘れてはならない。
才の足りない自分が、ハリボテの【英雄】となれるか。
あるいは種も仕掛けも見透かされた、哀れな【
全ては自分次第。
「いいね。確かに――おれにぴったりの魔法だよ」
さて、遅いですが新年あけましておめでとうございます。最近麻雀にハマりだした私です。
と、いうわけでシオンの魔法はこんな感じになりました。
かなーり前に支援系とか予想してくれた方もいましたが、すいませんこれなんです(思えばあの感想貰った時が懐かしいなぁ……)
シオンの魔法【変幻する稲妻】は雷属性に関してのみ制限はほぼ無しでシオンの想像通りに発動します。
ただ作中でシオンが言っていた通り、それ以外はかなりの制限と欠点が存在する。
チートのように見えてチートじゃない、それがシオン。ほぼ意志力だけで何とかしているような感じにしたいんです!!
……現時点でチートとか言わないで。私もそれは感じてるから。
解説ー。
魔道書による魔法発現。
原作とは大幅に変えました。書き手によって内容変わるんだったら発現する時の方法も違うんじゃないかっていう勝手な想像。
特に後悔はしてない。だって原作とほとんど同じとかつまんないし。
シオンにとっての魔法
ぶっちゃけシオンからすると魔法も一つの戦法に過ぎません。フィンとの戦闘時に魔力爆発を組み込んだのもそんな意識があったから。
魔法なんて神聖な物じゃない。一歩皮を剥けば中身は誰かを、何かを殺す道具。そんな認識が義姉を殺された時にできちゃったのが原因。
その時の光景が今でも頭の奥にこびりついて離れない。
だから恐怖に駆られてる。恐れてる。
普段はそんな様子見せませんけどね。その辺が虚飾塗れ。
ちなみにこの魔法、発現させたはいいけど……。
正直自分を追い込んでる感じが凄い。これ新しいの考えるたびにどんどん詠唱文考えないといけないとかどんな苦行?
……あ、あんまり考えないようにしようかな……。
次回はどうしましょうかね。
色々考えてるんですけど何とも言えない。
まぁ多分『彼女』がそろそろ出張ってきます。
――かも?