英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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戦いのあと

 「――負けた!」

 シオンが目覚めた時に放った第一声は、それだった。

 治療を請け負ってくれたのは、オラリオで一、二を争う医師だと言えるユリエラとプレシスの二人。彼女等の協力もあって、シオン、アイズ、ティオナ、ティオネ、ベートの五人全員が既に目を覚ましている。

 目覚めた後は『準備があるから』と、ティオナはティオネとベートを、アイズはユリとプレシスに(無理矢理)連れて行かれたので、今どこにいるのかは知らない。

 ちなみに一番重傷だったはずのシオンだが、目覚めたのは五人の中で最も速かった。これは打撲なんかが多くあったのと、骨折を始めとした回復薬で癒しにくい、または癒せない傷が無かったのが大きいだろう。

 とはいえ一番に目覚めた大部分は、『とある薬(しおんのとらうま)』のお蔭である。

 ……久方ぶりに口にさせられた『あの薬』を飲んだのを、シオンは忘れていたりするが。

 気絶してから一時間程しか経っていないという事で、宴に参加させられている。

 本来ならシオンは主催者側であり、足りなくなった料理や飲み物、質問等があれば受け付けるのが仕事だけれど、『彼等は既に仕事をこなしたから』と、例外的に暇を与えられていた。

 そんなシオンの目の前にいるのはフィン。シオンのぶすっとした表情と、睨み付けるような視線に苦笑を返すしかない。

 「あ、あはは……僕だって負けたくなかったんだ。仕方ないだろう?」

 「でもこっちだってあった手札全部出し切ったんだぞ。また作り直さないといけないハメになったのに」

 わかってはいる。フィンだって全力を、死力を尽くした。だからこそ自分達は負けた。

 わかってはいるのだが、割り切れない部分があるのは仕方ない。これはシオンが子供だから、ではない。誰だって抱える感情――悔しい、という想いがあるからだ。

 「もしシオンがLv.3なら、負けたのは僕だっただろうね。実は結構ギリギリだったんだよ」

 それが慰めだとわかっているが、敢えてフィンは言った。事実だからだ。

 あの時のフィンは、脇腹を貫かれ、腕をぶっ刺されと、出血を止めるように応急処置はしていたものの重傷だった。小人族故小柄な彼は、体内にある血液も当然少ない。後数分、いや数十秒耐えられていたら、貧血で倒れたのはフィンの方だ。

 その事を理解していたからこそ、フィンも最後、奥の手を出さざるを得なかったのだが。

 「ちぇ。……次は絶対勝ってやる。勝てる目途が立ってから、だけど」

 「楽しみにしているよ。また僕を驚かせてくれ」

 今回の出来事は本当に突発的だった。突発的だったせいで、まだまだ未完成、未成熟な部分を残したまま戦う事になった。そんな状況でも自棄にならず、投げ捨てず、あの結果を叩き出した五人の絆を、フィンは内心賞賛している。

 後数年。それで彼等はフィン・ディムナを超えるだろう。そんな奇妙な確信があった。

 「ああ、そうだ。驚くついでに思い出したんだが、あの詠唱は誰が考えたんだ? 『とんでもない大魔法が来る!』って錯覚させられるくらい迫真に迫ってたけど」

 「アレかぁ……う~ん、一応五人でってなってる、けど」

 フィンの疑問に、何故か微妙な表情を浮かべるシオン。疑問符を浮かべ続けていると、やがて観念したのか、シオンはポツポツと語り始めた。

 

 

 

 

 

 アレは確か、十日程前のこと。

 ユリから『精神回復薬から魔力を抽出する目途が立った』という報告を聞いた。

 既に考案、完成していた暗殺術と、密かに鍛え上げていたアイズの魔法、その発展を終えかけていた頃の事だ。

 すぐに詳細をユリから聞きに行き、そして実際に検証してダメだと、使ってはならないと彼女に言われたのを土下座も辞さない勢いで頼んで一度だけという条件で了承を貰った。一応言い訳も考えてある。

 『彼女が過去に作った試作品を拝借して使った』

 嘘ではない。表現を変えただけだ。

 下界の子供の嘘を見抜ける神達であっても『嘘ではない誤魔化し』なら通用する。後はシオンの演技力次第。

 それを信じてくれた彼女には勝手に頭が下がる思いだ。

 精神回復薬――いや、魔力生成薬の試作品一号を譲り受けたシオンはホームへ取って返し、皆に最後の作戦を説明した、結果。

 問題点が浮かび上がった。

 即ち『シオンが言う詠唱の内容をどうするか?』というものだ。

 魔法とは詠唱を必要とする。そしてフィンを警戒させ、怯ませる程の魔法となれば、それこそリヴェリアの扱う大魔法並の長さを持った超長文詠唱になるだろう。

 そうして五人で頭を悩ませる事となったのだが、

 「シオン、あんたは口出ししないで」

 「そうだな、テメェは他の事をやってろ」

 とティオネ、ベートの二人から言われ。

 「ちょっと休んでて。ね?」

 「うん。シオンは少し休憩してないと」

 更にティオナ、アイズからも乞われる始末。

 そんなにセンス無いのかなぁと内心落ち込んでいたシオンだが、事実はその時のシオンの表情だった。

 顔色が、悪すぎたのだ。

 死人一歩手前かと言われても不思議ではない青白い肌、そして眼の下に隈が盛大に出来た顔。元々白い肌なせいで気づくのが遅れたが、シオンはかなり限界だった。知らずフラフラと揺れている体がそれに拍車をかけている。

 それを悟ったからこそ、せめてこれくらいはと、無茶をしがちな、いやしすぎるおバカなリーダーを休ませようと、全員が一致団結した結果だ。

 全員から言われてもまだ渋るシオンに四人が顔を見合わせ、代表してベートが腹に拳を叩き込んで気絶させたので、ここからは後から聞いた話になる。

 「それで? まずはどういうコンセプトでとっかかるんだよ?」

 正直気絶させたはいいものの、ここにいる全員、魔法とはほぼ縁がない。唯一ティオネと、この時点ではまだ隠していたがアイズが使えるくらい。ただしその詠唱内容は両者共にとても短いものであり、とても長文詠唱とは呼べない。

 「本を借りてくる、とかは?」

 「やめた方がいいわね。下手にヒントを残すと団長に悟られるかもしれない。折角ここまで来たんだもの、不用意な事をして無駄にしたくないわ」

 ティオナのまともな意見もあったが、ティオネの冷静な反論に潰される。

 一瞬ベートは適当でいいんじゃないかとも思ったが、

 「いい? 魔法っていうのは、そう単純な物じゃない。己の願いを、叶えたい想いを形にしてくれる、形無い奇跡。矛盾してるけど、そういう物なの」

 この世界での魔法とは、一部の種族しか覚えられない、とても希少な物だった。

 それをどんな種族であろうとも使えるようになれたのは神から与えられる『神の恩恵』を授かったからで、しかし例えそれがあったとしても魔法を覚えられない人間は多い。

 だからこそ、生半可な想いで魔法は発現しないとわかる。

 何故なら魔法とは、奇跡だから。

 奇跡を起こすには、『必要だから』なんていう程度じゃ無理。心底から、それこそ自身の想い全てを引きずり出すような勢いで無ければ覚えられるはずがない。

 「だから、もし魔法の詠唱を考えるのなら……」

 そこで言葉を切り、チラとシオンに視線を移す。

 やはり心身疲れ果てていたのだろう、すやすやと眠るシオンはとても安らかで、ティオネはつい口元が緩むのを抑えられなかった。

 しかしすぐに引き締め直し、

 「シオンにとって『絶対に譲れない』強い想いを、形にするべきなの」

 それこそ誰が聞いても『これなら大魔法になるのも頷ける』ような。

 そんな、シオンの願いを詠唱に変えて、フィンに、引いてはオラリオにいる神達を全て騙すような代物へとしなければならない。

 大それた事をする、と人は言うだろう。

 だが、ティオネにはわかっていた。

 「だから――これは、私達に与えられた試練でもある」

 これを成すためには、自分達を追い詰めるハメになると。

 何故なら、シオンの願いを元にするという事はつまり、シオンという人間をよく知っていなければできない事だからだ。

 詳しくは知らないが、フィンはシオンがもっと小さな頃からの友人だったらしい。少なくとも彼がここ【ロキ・ファミリア】へ来る前から見知った関係であり、ここに来てからも大人として見守り続けた人間だ。

 友であり、大人として子供であるシオンを見続けた存在。

 そんな彼を騙すのは、自分達が考える以上にハードルが高い。

 「もし、よ。もし私達がフィンを騙しきれない詠唱を、作ってしまえば」

 この作戦自体に問題はない。だが詠唱を聞いたフィンが疑問を持って疑えば、すぐにでもバレてしまうようなハリボテでもある。

 「それが示すのは……私達は、シオンを理解しきれてないってコトになるわ」

 この言葉を聞いた三人の顔が強張る。

 ようやっと理解したのだ。ティオネが一体何を危惧し、何を恐れているのか。各々の心臓がドクンと脈打ち、不安で加速させられた。

 「私達がシオンを理解できてないってわかったら」

 「私達は、彼を支えきれていないって、意味になる、の?」

 嫌な想像に、ティオナとアイズの体が小さく震える。今まで強くあろうとする彼を支えるためにしてきた行動が全くの見当違いかもしれないという想像は、予想以上に辛いものがあった。

 今回のこれは、全員が試されているのだ。

 自分達がシオンの無茶を止める鎖になりきれているのかどうか。

 自分達がシオンを傷つける者から守れる剣であり盾と言えるのかどうか。

 何よりも大切な――良き理解者、仲間、友であると、胸を張れるのかどうか。

 深刻な表情でティオネは頷き、それまで考えていたベートがふと、何故わざわざ重圧(プレッシャー)をかけるような事を言ったのかに気づいて言う。

 「……知ってる事の出し惜しみはするなって、言いてぇのか?」

 「ええ。私はね、団長が好きよ。愛してる。でもね、だからシオンを愛してないってわけじゃないの。そうね、この感情を表現するなら……」

 そこでティオネは言葉を切り、何故かティオナを一度見てから、

 「()()()()()かもしれないんですもの。家族愛を抱くのは当然ね」

 「んな……!」

 ニマニマとした笑みを浮かべる姉に、ようやっと妹はその意図を理解したらしい。からかわれていると理解しているのに、抑えきれない羞恥心に頬を紅潮させてしまうのを止められない。

 「ティ、ティオネ……!」

 「いいじゃない、可能性はあるんだし。ま、そういうわけだから?」

 妹の抗議を暖簾に腕押し、サラリと躱した彼女はそれまでの冗談めいた雰囲気から一転。

 「――シオンを支えて、守る。そのためにどんな些細な事でもいい。教えてちょうだい」

 ただひたすらに真面目な表情を彼等に向けて、頭を下げた。

 当然、否と答える人間は誰もいなかった。ベートに拳で腹を殴られたとはいえ、今こうして心底安心しきったように眠る少年の事を支えたいのは、皆同じだったからだ。

 信頼されていなければ――シオンは殴られ気絶したところで、すぐに目覚める人間だから。

 それがわかっているが故に、四人の心は一つだった。

 後は簡単だ、すぐにでも詠唱を考えるのに取り掛かればいい。

 「まずは最初……掴みね。うん、まぁこれはすぐに思いつくわ。今のシオンを当てはめればそれでいいんだし」

 シオンは未だに弱い。更に自分の状況も省みないくらいに愚かだ。だけど、そんな彼が最初から一貫して思っているのは、例え自分で死んだとしても、守ろうとするのだけはやめないこと。己が身と引き換えにしてでも、大切な人の命を優先すること。

 【この身は愚かしく矮小なれど、それでも我が身を捧げ乞い願おう】

 最初の一文は、これだろう。

 「なら次は、こうなるだろうよ」

 彼は本来一般人に過ぎなかった。義姉はオラリオにその名を響かせる程の有名人だったみたいだが、そんなのは彼個人には関係ない。

 だけどそれでも、憧れていた。光輝く【英雄】達に。

 【弱く、脆く、ただ潰されるだけの者。強く、輝き、皆の上に立つ者】

 「うん、そう続くなら、こうだと思うな!」

 しかしとある一件によって全てを奪われたシオンは【ロキ・ファミリア】に来る事となった。だからシオンは願った。そしてそれを叶えるため、【英雄】に憧れていただけの少年は、その身が単なる凡人でいるのを許さなかった。

 【強き賢者に憧れし愚者。果てを見れぬその小さき身で、愚者は願う】

 「そう来るなら……次の二文は、こうなるかな」

 失った少年は、唯一残った大切な想いだけをその見に抱いた。

 守りたい、と。

 今度こそ失いたくないから、力を持たぬその小さき体に一つの感情を宿したのだ。例えそれが、あの頃の彼では絶対に叶えられない願いだとわかっていても。

 【守りたい、と。分不相応な願いを、届かぬそれを我が身に抱こう】

 最初の頃はガムシャラだった、と後になって聞いた。ほんの少し、唯一残ったからこそやっと気づいた程度のその想いを、日々の中で育み続けた。

 しかし全てが順風満帆とは行かない。フィン達という生ける伝説に手ずから指導を受けていたシオンは、厚かましいと、恥を知らないのかと詰られ続けた。嘲笑われた。

 それでも決して、たった一つだけの想いを捨てはしなかった。

 【微かな火種に薪を焼べて、幾度風に吹かれようとも守り続け】

 「……私は知ってる。シオンが本当は、泣きたかった事を」

 いきなり【英雄】という二つ名を与えられた彼は戸惑った。自分自身が英雄だなんて大層な名前で呼ばれるような存在じゃないと、知っていたから。

 だってこの名を貰ったシオンは賞賛と同時に――かつてない嘲笑を浴びせられていたのを、ティオナは知っている。本人は必死になって隠していたけれど、【ファミリア】の皆が気づいていた。気づいていたのに、何も、できなかった。

 だけどもし、今回の催しがうまくいけば。

 【届かぬ現実に泣いた日々。無駄だと笑われ足掻き続けた全てを、今ここに】

 「……きっと、全てが報われる。そう、信じたいな」

 シオンが抱き続けた想いと願いは、絶対に叶うんだと。

 【愚者の想いを束ね、我が身と共に全てを放とう】

 その後目覚めたシオンに全てを見せ、驚きの表情にどうだという顔をすると、彼は一度自分の頭を掻き毟り、

 「なら、最後の一文はこれだな?」

 と誤魔化すように、付け加えた。

 【そんな魔法、あるわけないだろ(なーんちゃって)

 ――そうやって、彼を表した詠唱ができあがったのだ。

 全てを話し終えると、フィンは静かになるほど、と頷いた。シオンではない、シオン以外から見たからこそできた詠唱。

 フィンの目線から逃れたくなって、シオンはつい顔を逸らす。シオンの隠さない本音は、妙に恥ずかしい、だ。

 自分の知らない自分を理解されて、見られているのがこんなにも羞恥心を刺激するだなんて知らなかった。

 「本当に、良い仲間に恵まれているよ、シオンは」

 「それは……否定、しないけど。いや違う。おれには勿体無いくらいにいい仲間、だよ」

 素直に認める。彼等はシオンにとってかけがえのない友なのだということを。恥ずかしいからだとかそんな理由で否定するなど、そちらの方がむしろ恥ずかしいのだと、認めよう。

 そう考えていたら、何故かフィンがシオンの頭を叩いてきた。

 「何?」

 「いや、少し思う所があってね。先の話を聞いて、シオンがここに来たばかりの頃を思い出していたんだよ」

 全部を失ったばかりのシオンは、今にも消えてなくなりそうだった。

 「……やめてくれよ、あの時のことは」

 それに比べれば、今のシオンはずっと活力に満ちている。そんなシオンにしたのは、きっとあの四人のお陰だろう。

 「もう、必要以上に心配する意味はないかもしれないな」

 「え?」

 さっきからフィンがしている行動が理解できないシオンは戸惑うばかり。妙に優しいフィンが一体何を考えているのかと変に思っていると、

 「例え立場が変わっても――僕は、君と友誼を結んだ時の事を、一日足りとも忘れた事はない」

 「…………………………!」

 「団長と団員。師匠と弟子。でもその前に僕達は友人だ。だから君が死んで、目の前からいなくなってしまうのを恐れていたんだけど、今のシオンは、ちょっとずつだけどあの頃よりも強くなっている」

 だから、信じるべきだと。

 「君はもう、一人じゃない」

 ポンとシオンの肩を叩くと、フィンは背を向けてしまう。

 「一応、主賓扱いの二人がずっと一緒にいるのはマズいだろう? 挨拶周りもあるし、僕はそろそろ行くよ」

 そのまま去ってしまったフィンに、何も言えなかったシオンは空を見上げて呆然としてしまう。それから幾分経つと、シオンは己の顔を力なく覆った。

 「なんていうか、全然勝てる気がしないなぁ……」

 何とか落ち着きを取り戻したシオンだが、彼に話しかけようとする人間は一人もいなかった。神でさえもだ。皆遠巻きに見てくるだけで、居心地の悪くなったシオンは手慰みのように手近な料理を小皿に盛って、空腹を埋めにかかる。

 実のところ、シオンは誰も話しかけてこない理由がわかっていた。

 現状シオンを見てくる人間は大別して二種類。

 尊敬の視線か。

 畏怖の視線か。

 どちらにしろまともな物ではない。中にはこの状況をからかっているのか、ニヤニヤした笑みも向けられていたが、正直気分は良くない類のものであるのは変わりなく。

 「ハァ……」

 と、先程の戦闘時とは打って変わって煤けた姿を晒していた。

 ……やりすぎた、と個人的に反省はしている。最後、フィンにたった一人で食らいついていた二十分の果てに自分が叫んだあの言葉。

 『アレ』に感化された者と、逆に『何故あんな子供が』と異常者扱いされる原因になった。忘れてはならない、シオンは未だに八歳前後の子供なのだという事を。

 比率にすると前者四、後者五、どちらでもないのが一、というところか。

 「暇そうね。時間、貰っても?」

 そして、どちらにも所属してない神が一人、シオンに話しかけてきた。

 彼女の姿を、シオンは知っている。何しろ自分が案内した相手だ。たかが数時間で忘れる程シオンはボケていないし、また忘れられるような外見を彼女はしていない。

 「神フレイヤ……」

 「クスッ。さっきみたいな格好良い姿はどこにいったのかしら。それとも、一人は寂しい?」

 小さくこぼれた笑みから『しょうがない子ね』と言われているような気がして、シオンはちょっと複雑な気分になる。

 「ごめんなさいね。気分、悪くしちゃった?」

 「いえ、別に。ただ良く知らない神様からからかわれるのは、何とも言えない気分でして」

 何とか冷静にそう返し、一度小さく頭を下げる。彼女は礼を尽くさなければマズい相手。不用意な行動はできない。

 そんなシオンの考えなど露知らず、目論見が外れたフレイヤは思わずあら、と呟いてしまう。慌てて否定したり、隠したりすれば子供ね、とからかえたのだが。こうも冷静だと、下手にからかえばフレイヤの方が火傷させられそうだ。

 それに今こうしてシオンと話しているだけでかなりの注目を浴びている。特に、誰かと話をしながら横目で睨みつてくるロキの眼光はあまりに鋭い。長居はできなさそうだ。

 はて、何を言おうかと悩んでいたフレイヤに、ふと天啓が降ってきた。

 ああ、これを言いましょう、と。

 思い至ればすぐに実行。彼女は両足を折り畳むと、その美貌をシオンの正面に持ってくる。同じ美の女神のイシュタルには『何か』のせいで嫌悪感が先立ったが、フレイヤはそういったちょっかいをかけなかったので、素直にその美しさに気圧された。

 そんな、普通の子供――いや、フレイヤ相手にこの程度の反応なら、やはりおかしいのかもしれないが――みたいな反応に、つい手が伸びてその綺麗な髪を撫でてしまう。

 「あ、あの……?」

 「流石、あの子が認めるだけあるわね」

 「――――――――――ッ!??」

 ――食いついた。

 戸惑いから一転し、戦闘時のような鋭い眼光でフレイヤを見るシオン。頭を撫でられているという事も、相手が美の女神であるという事実も忘れ、彼は先の言葉を思い返していた。

 「その、あの子っていうのは」

 「秘密よ。だって、プライバシーがあるもの」

 ――そんな相手、一人しかいないくせに。

 そう言いたげな視線に、フレイヤはからかいが成功したとわかる。趣味が悪いと人は言うかもしれないが、こう純粋すぎると、悪戯したくなってしまうのだから仕方ない。

 周囲のザワめきも、料理から香る匂いも、何もかも感じない。フレイヤの五感は全てシオンに向けられていた。しかしシオンが何も言わずにいると、

 ――潮時ね。

 そう判断した彼女が立ち上がる。

 やっと現実に戻ってきたシオンがフレイヤの姿を探すと、彼女の背はもう随分と遠くにあった。このままでは、行ってしまう。そうなればシオンは、かなりの期間、彼女と話す機会など与えられないだろう。

 だからシオンは、更なる注目を浴びるとわかっていて、叫んだ。

 「あ、あの、頼む……みたいことがあり、ます! 神フレイヤが『あの子』と言った人に、伝えたい言葉が、あるんです」

 考えが纏まっていない。口調だって滅茶苦茶だ。それを恥じ入る前に、そんな事よりと心を奮い立たせたシオンに、ゆっくりとフレイヤは振り返った。

 「いつか……」

 ――何を言えばいい。何を、何を……?

 焦りが舌をもつらせる。動いてもないのに心臓が跳ねる。すぐそこにいるはずの女神が、歪んで見えた。

 そんな少年に、女神は小さく笑みを返す。それは、慈愛のこもった――言うなれば、『母の愛』に富んだ笑み。

 シオンは母親が浮かべる笑顔など知らないけれど、どうしてか安心を覚えてしまう。

 だから、彼女の目を見て、はっきり言えた。

 「『いつか、【最強(おまえ)】の前に立てるような【英雄(おとこ)】になってやる!』――そう、伝えて下さい」

 大言壮語も甚だしい。わかっていても、シオンはきっと、そう言った。元々シオンは誰かに言われて諦めるような男じゃない。

 だったらいっそ、どこまでも突っ走る。

 フレイヤは浮かべていた笑みを益々深めると、確かに頷いた。

 「ええ、必ず。一言一句間違えずに伝えると、約束しましょう」

 期待しているわ、と。

 音に乗せず彼に伝えると、それを受け取ったシオンは走っていってしまう。けれど、彼の中にある色がかつてない程に輝くのを、フレイヤは確かに見ていた。

 「あの『白』を自分の色に染めていくのも、楽しそうね」

 現実的には不可能だ。シオンに『魅了』は効かず、力尽くで奪おうにも相手はロキ。だからこれはきっと、できもしない空想を思い描いている時の心境に近い。

 でも、何故だろう。そう思えば思うほどに、欲しくなってしまうのは。

 フレイヤは、美の女神。だがもっと単純に言えば彼女は『女』であり。

 女性であるが故に持ち合わせている()()()()、それが刺激されてしまったのだ。とはいえ、それはちょっと火が付きかけているだけの段階。

 だが、いつか。

 その火種寸前の物を燃え上がらせるような誰かが現れたら――。




折角クリスマスなのに内容は全くクリスマス的な感じじゃない。
ぁ、でも一人の方に関してはプレゼント的な意味で合ってるかもしれません。

今回のお話は
『この詠唱文を考えているときのシオンの様子が知りたいです。他人の前で読むことが確定している自作の呪文を考えるとか、私なら悶死確実ですが……神々から与えられる二つ名を喜ぶような奴らばかりということは、意外とそういうのも楽しんでやれるのでしょうか』
って感想戴いたので一日二日で考えてできあがった物ですし。
まぁその分構想荒いかもしれませんがそこら辺はお許し下さい。

さて解説と。
新たに出てきた魔法の設定
魔法が発現する時の条件とか原作でも出てきてません。これも私オリジナルです。原作読んでて私が感じた事をそのままティオネと地の文に載せています。
ですので、この作品独自の設定と思ってくださいな。

シオンが行った詠唱を考えたのは四人
ぶっちゃけシオン自身を表すのにシオンがいるのは『邪魔』なんですよね。どう考えても変な方向に行く未来しか見えないんで気絶という名の退場になりました。

にしても、自分の考えた詠唱の詳しい解説って案外恥ずかしくない。今回は頑張りきれたからでしょうかね。
内容が納得できていればいいのですが。

蛇足ですが、物語をスムーズにするため実際の状況は大分省いてます。シオンに見せた時はもっと違う文章で、意味はそのままに表現を魔法の詠唱っぽくしたのはシオンだったりとか。私の想像だと言い争いとかもしてましたし。

それからティオネが言っていた『私達に与えられた試練』って言葉、実はそのまんま私に当て嵌っていたりします。
前々回において『詠唱文はシオンをモチーフにした』と言いましたが、これで読者が言われて見れば確かに、と思えなければこの作品は失敗したと言えます。
つまり彼等の場合は『シオンに対する理解力』を試されていて、私の場合は『物語を創るにあたる想像力と表現力』が試されているんですねー。
幸いお褒めの言葉が多くいただけたので、心折れる結果にはなりませんでしたが。良い読者に恵まれましたね。

フレイヤの登場
彼女、勝手に出てきてくれやがりました。まぁ出ちゃった物はしょうがないからと、元々この宴を開いた目的である【ロキ・ファミリア】への求心力向上の一助になっていただきました。

シオン達とフィンが戦ったのもあってシオンの注目度も上がってましたし。

(シオン)のグレードアップの手伝いですね。

何故かオッタルへの宣戦布告もしちゃいましたけど……この部分に関してはキャラが勝手に動いた結果です。

そのせいかフレイヤがシオンの『純粋さ』に当てられてちょっとヤバい。
主に原作で『ものっそい純粋な子』が。
アレ、自分で自分の物語へのハードル上げちゃってるような……?
……気のせいだと思いましょうか。

さて、次回のお話の内容にちょっと触れます。
まず言ってしまいますが、次回のお話も今回と同じく、大部分が感想を見て思いついた内容となります。
(ていうか次回の内容を今日更新したかったとか言えない)

タイトルは『Change Up Girl's!』

今まで合計で百何十万という文字書いてきましたが、タイトルに英語を使うのは確かこれが初めてだった気がします。
本当は今回のお話と次回のお話で一話にしたかったんですけどね。長かったんで分割しちゃいました。
このタイトルで何となく次回の内容はわかるかもしれませんが、そういった想像をするのもお話を読む楽しみの一つ。

なので私もこの言葉を!

メリークリスマス、次回もお楽しみに!!

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