英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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未来への可能性

 避けられない、とフィンは即座に悟った。現状自分の持っている手札では、この魔法を封じる術もない。だからフィンは、槍を防御の構えにすることしかできなかった。

 フィンの目が、痛みに耐える覚悟を決める。

 もしかしたら無駄かもしれない。

 もしかしたらこの攻撃で、フィンという人間が消えるかもしれない。

 それをも想定していながら、彼の中に諦めるという選択肢は存在していなかった。

 ――必ず、耐える。

 そして、

 ――耐えて、彼等に打ち勝つ!

 ギッとフィンが歯を噛み締めた、その瞬間。

 長らく待たせたと言わんばかりに、シオンが言った。

 

 

 

 

 

 「【そんな魔法、あるわけないだろ(なーんちゃって)】」

 

 

 

 

 

 ンベ、と。

 思い切り舌を出して、引っかかった事を笑うように、そんな動作をシオンはする。それに戸惑ったのは、覚悟を決めていたフィンだ。

 この時この瞬間、完全に彼の動きが止まる。

 しかし剣での追撃は絶対にしない。したらフィンの体は危険を感じて勝手に迎撃行動に移ってしまう。

 シオンの手が閃き、伸ばしていた腕とは反対のそれが懐の中に伸ばされる。そこから取り出されたのは、五本の高等精神回復薬。

 ――一体何故そんなものを?

 誰が浮かべた疑問、真っ先にその問いに気付いたのはフィンだった。

 ――シオンから発していた魔力は、これが原因か……!?

 恐ろしい程の魔力の渦。その中心点がアレから感じられた。シオンから感じたように錯覚してしまったのは、懐にあったせいで誤認したからだ。

 何がどうなっているのかと誰も彼もが唖然としている中で、唯一『全てを知っていた』ロキが小さく呟く。

 『ホント、見事にぜーんいん騙されよったな』

 それが皆の耳に届くかどうかという段階に至り、シオンの手が動き出す。

 即ち、上から下へ。

 高等精神回復薬を、地面へと叩き付ける。

 起こったのは爆発だ。それも、この都市にいる者としては比較的常識的な現象であり、中には実際に体験した者、見た者さえいるほど容易に起こること。

 魔力爆発(イグニス・ファトゥス)

 純然たる破壊の暴力の渦中へと、フィン、そしてシオンが消えていった。

 『な、何が……起こったというんだ?』

 瞬く間の出来事だったせいか、リヴェリアさえ理解が及ばぬ現象に声が震える。ガレスは端から理解することを放棄しているようで、静かに瞑目し、説明してくれる誰かの声を待っていた。

 そう、誰か。

 全員の視線は自ずとロキに集まっていく。

 『うちもよくは知らんで』

 この問答からは逃げられない。そう悟ったロキは、素直に白状した。

 『うちがわかっとるのは――()()()()()()()()()()()()()()って事実だけや』

 アイズが魔法を覚えていたのなら、シオンだって。

 そう安直に考えていたなら大間違いだ。彼は未だに一個のスキルを覚えているのみ。しかも自分には影響を与えないそれだけで、ここまで来たのだ。

 『だが、ロキは確か』

 『うちは策の一つとは言ったけど、魔法が使えるとは言ってない。皆が勝手にそう思い込んだだけや』

 とはいえ、シオンがそう思うように誘導していたのも事実。

 知っていたのは恐らくシオンだけ。あるいはアイズも知っていた可能性はあるが、彼に聞かない限りは謎のままだ。

 『シオンに、才能は無い』

 あくまであの五人の中でという括りではあるが。

 『どれもこなせるけど、どれも無難にしかこなせない。それが嫌で、中途半端な自分を受け入れた上で、全部押し上げた』

 シオンの才能は戦闘よりも指揮、頭を使う方に向けられている。他は二流止まり。それをシオンは、フィン達からの指導を受けて、意志の力であったはずの壁をぶち壊して先を目指した。

 『鋼よりも固い、やり遂げようとする意志。それがシオンの持つ一番の武器』

 だからこそ。

 『これで終わりやない。まだ、先がある……!』

 ロキがそう言う一方で、爆発直後、プレシスはある事実に気づき、親友である彼女、ユリの横顔を見ていた。

 ユリも、ロキと同じくそれが当然であるかのように泰然としている。それが尚更、プレシスに確信を与えていた。

 「あの精神回復薬を彼に渡したのは、ユリ、あなたですね?」

 「うん、そだよー。これが始まる前に渡しておいたんだ。いやー、まさかこんな使い方をするなんて私でも予想外予想外」

 一見楽しそうに笑っているユリだが、その眼は全く笑っていない。冷静に、今回起きた出来事に『気づいた』者がいないかと周囲を見渡していた。

 「ユリ」

 「ゴメン、それ以上は言わないで」

 プレイスは、気づいている。

 ユリが精神回復薬から魔力を取り出す方法を見つけたのを。そして、それを誰かに知られるのを恐れているのを。

 「……では一つだけ」

 「ん?」

 「アレは簡単に作れる物、なのですか?」

 シオンがやったアレは、厳密的には人が魔法を使おうとして制御を誤ったのと何一つ変わりがない。二人が恐れているのは、アレが『簡単に起こせてしまう』事だった。

 例えばの話をしよう。

 一見それは便利な道具で、誰にでも知られていて、だからこそ警戒されない。だが一定の手順を踏めばそれが盛大な威力を発揮する爆弾になるとすれば。

 とても恐ろしい事になる。商品として運ばれた大量の道具が全て爆薬の可能性があり、もしそれを街中で使われれば途方もない被害を生むだろう。

 「簡単には、作れない、かな」

 だから、その言葉に安堵を覚えた。精神回復薬は魔導士にとって必須の道具。それに警戒を必要とするなど考えたくもないだろう。

 でも、とユリは言わずにおいた言葉を内心思った。

 ――生産ラインさえ整えれば……。

 その想像を頭から振り払い、虚勢を張っていつも通りに対応する。

 「本当は一度でも見せたくなかったんだけどさ。でも、シオンから『どうしても今回だけは』って頼まれちゃって……甘いよねぇ」

 便利な発明品だと思っていた。生活を豊かにできると思っていた。でも蓋を開ければそれは戦争の火種になりそうな代物で。

 「ホント、開発者って辛いよ」

 せめて細工されている事を感知できる道具が作れるまではお蔵入り。だからこの現象は、今回ポッキリになるだろう。

 「見せて、シオン。君がしようとしていた事を」

 ユリが開発した等とは露知らず、フィンは爆発による火傷と、衝撃による鈍痛によって意識が飛びそうになりのを耐えなければならなかった。

 ――油断、した、か?

 少し安易に考えすぎていたかもしれない。何時だってシオンは突飛も無い事をやらかしてフィン達を驚かせていたのを、忘れていたのかもしれない。

 「ぐっ……」

 幸い精神回復薬を入れていた瓶は、砕けて飛び散る前に爆発に耐え切れなくなって消滅したらしい。だから、破片が体に突き刺さることはなかった。

 だが、もしもアレをフィンの体に直接叩き付けられていれば。

 フィンは、生きていなかっただろう。

 本当に殺したらマズいとシオンが理解していたから、ある程度距離と投げる時間に間隔を置いてくれた。それが無ければどうなっていたか。

 ――だけど、勝つのならそうしなければいけなかったんだ。

 かなりボロボロのフィンであるが、体を動かすのに支障はない。まだまだ十分戦っていられる。

 ――それとも、それがわかった上で僕に勝つのか?

 「……ふぅ」

 ごちゃごちゃ考えていては、勝てるものも勝てなくなる。そう判断して、フィンは一度思考を止めた。土煙が体に纏わりつき、息をする度に気分が悪くなっても、意識を高めていき続ける。

 そして、来た。

 煙を突き破るのではなく、あくまで纏い、景色に紛れるように接近する白銀を。

 「チッ!」

 「ハァ!」

 バレていた。

 それがわかったからか、反射的に舌打ちするシオンにフィンは槍を薙ぐ。フィンに気づかれないよう体を低くしていたシオンは、振り落とされるそれを剣を横に倒して防ぐ。轟音と共に両腕に襲い掛かる衝撃に歯を噛み締めて耐えた。

 「舌打ちは、ベートから移ったのかい?」

 「多分な!」

 ギャリギャリと目の前で火花が散り続ける。もしこれが不壊属性付の武器でなければ、ポッキリ逝ってしまってもおかしくはなかった。だが、安堵はできない。上から押しこむフィンと、下から押さえるシオンではかかる負担は段違い。加えて力の値に大きく劣るシオンがこの体勢を維持し続ければ、いずれは。

 「これからどうする? 僕の期待を裏切らないでくれ」

 まだ終わりじゃないはずだ。

 そう言外に告げるフィンに、シオンは顔をしかめて返答した。ティオネとティオナは疲労からまだ動けない。ベートとアイズは一度離れた。

 普通に考えれば、詰んでいる。

 だがフィンは、普通に考えなかった。

 ――何故シオンは逃げない?

 シオンは結構合理的だ。必要とあればその判断を捨てて感情論を選んだりもするが、この状況で逃げない理由は無いはず。

 ――逃げない、ではなく、逃げる必要がない?

 誰かの助けでも期待しているのか。だがこの土煙で、正確に二人の位置を把握して攻撃できる方法を持つ者などいたか。

 ――いや、待て。

 逆に考えてみよう。

 ――シオンが、逃げないんじゃない。

 ならばその答えは。

 ――僕が、逃げないようにしているんじゃないか?

 ゾクリ、とフィンの背筋が粟立った。

 そう考えれば辻褄が合う。そこから一気に、今までのシオンの行動、その全てに対する答えが出てきた。

 「そうか、君は……!」

 言いながら、フィンは空を見る。

 そして、降ってきた。

 彼を切り裂く、風の刃がっ!

 

 

 

 

 

 少しだけ時間は遡る。

 それはシオンが見せかけの詠唱を唱える前の幕間の出来事。

 「……さっさと起きたらどうだ」

 戦闘の渦中から離れ、それを見ている神と人からも離れた二人がいたのは、ホームの中だった。

 そんなところでベートが話しかけた相手は、もちろん一人しかいない。

 今の今まで気絶したかのようにピクリとも動かなかった少女の体が揺れる。

 「……誰も、見てない?」

 「ああ。それに、誰も気づいちゃいねぇ。シオンの作戦は今のところ順調だ」

 囁くような声に返すと、アイズはベートから離れ、己の足で地面を歩き始めた。その歩みにおかしなところはなく、しっかりとした足取り。

 「ったく、どうやってフィンにバレない寝たフリができたんだ?」

 「シオンに勝つために、覚えただけ」

 話す間にも二人は階段を駆け上がり、そして屋根の上へと辿り着く。何時になく吹き荒れた風に目を細め、眼下を見下ろした。

 「……うまくいってる、みたい」

 「当たり前だ。アイツは絶対にやると言ってのけた。なら、やり遂げるだろうよ」

 愚問だと切り捨てるベートに、アイズは笑みをこぼした。

 そう、アイズだって信じていた。自分達の信じるリーダーは、絶対に勝とうとするためにやってくれるって。

 「次は、私の番」

 「わりぃな。俺はまだ、頭が痛いんだ」

 「大丈夫。これで、終わらせるから」

 先程からアイズの言葉は少ない。ベートにはそれが、魔力と集中力を高めるためだと気づいていた。だから余計な思考に及ばないよう、自分も言葉を選んでいた。

 ガリッと、アイズが口の中に含んでいた丸薬を飲み込む。

 それはもうずっと前にシオンが提案した、改良型の丸薬。中身は当然、高等精神回復薬だった。更には高等回復薬まで飲み込み体を癒した。

 アイズの体にあった疲労が消え去り、心は平静になっていく。

 静かに、静かに、ただ静かに。

 大きな波を起こさないようにして、フィンに、そしてその他の誰にもバレないよう、彼女は魔力を集め続ける。

 そして、時は来た。

 「【目覚めよ(テンペスト)】」

 爆発に飲まれ、土煙に飲まれた二人の姿。

 だが、アイズには見える。

 「【エアリアル】」

 シオンが今、どこにいるのか。何をしているのかが、わかる。

 彼が、アイズの助けを求めている事も。

 風が彼女の体を一度撫で付け、それから刀身へと集っていく。その圧力は、やがて見ているベートが屋根の上にしがみつく必要があるほどのものへとなっていた。

 準備が万全になったあと、アイズはふと、ロキの言葉を思い出す。

 『名前を叫べば、技の威力は上がるんや!』

 胡散臭い、とは思った。

 だけどシオンは、

 『魔力が自分の想いによって威力が上下するのなら、技名を言って想いの行先を明確にするのは無駄じゃないと思うよ』

 そう、言っていたから。

 「リル」

 だからアイズは、それを信じながら飛び降りる。

 「ラファーガッ!!」

 己が身を、風の刃に変えて。

 

 

 

 

 

 風が土煙を吹き飛ばし、隠されていた二人の姿をあらわにする。だが、その片割れであるフィンは焦っていた。逃げなければならない、と。

 しかしシオンは絶対に逃がさないと、無理矢理鍔迫り合いを続行する。それをやめて後ろに下がろうとも考えたが、背後から来る視線に、その考えを中断された。

 ――ティオネ、君は……っ。

 多分、下がればその瞬間一本か二本だけ回収した投げナイフが飛んでくる。目の前に逃がさないと言わんばかりの眼光で睨み付けてくるシオンがいる以上、ナイフに対処しながらシオンから逃げるのは、無理だ。

 だからフィンは、待った。

 大気を切り裂き、舞った木の葉を微塵にしながら落ちてくる、風の刃を。

 一。

 まず、息を整えて。

 二。

 次いで腕がすぐにでも動くようにしておく。

 三。

 「まだ、終わらせないっ!」

 グッとフィンが片腕だけ力を抜く。力の均衡が崩れ、シオンの体が一気に右側へと流れていく。これで鍔迫り合いは解除した。だが、フィンの動きは止まらない。シオンが右側へと流れていった時にフィンを押した力を逃さずその場で回転。

 そして、目前に迫った風を受け止めた。

 「ッ……重い、な……!」

 視界の端でシオンが風に煽られ吹き飛ばされるのが見える。ティオネも、風のせいでナイフが届かないとわかったのだろう、悔しそうにしていた。

 ――危ない、賭けだった。

 そのままでいれば風に斬られて負ける。だから、ギリギリでシオンを吹き飛ばして、迫る風の影響を利用してティオネのナイフからも逃げた。

 後は、

 「これに、持ちこたえれば……!」

 先程フィンがシオンにやった事と同じ事を返された。因果応報かな、と内心冗談めかしながらも彼の顔に余裕は無い。

 重い。

 ただそれに尽きる。

 アイズは本当に、全てを背負ってこの一撃を放っている。これが通じなければ負けると、心のどこかで理解しているのだ。

 だから全力。

 後先なんて考えない。故にこの一撃は、フィンにとって余裕など見せる暇がない威力を伴っていた。

 フィンが堪えるその一方で、攻撃しているアイズも全く余裕が無かった。

 ――かた、すぎる……!

 貫けない。

 限界を超える勢いで貫こうとしているのに、フィンはその槍で耐え続けている。これではいずれ魔力の尽きたアイズが押し負けてしまうだろう。

 「簡単には使わないって決めたばかりなのに……意志薄弱で、ごめん」

 それがシオンにもわかった。

 だからこそ彼は、弱い自分に苛立ちながら、頼んだ。

 「力を貸してくれないか。――アリアナ」

 『全くもう、仕方ないなぁ。バレても私は知らないからね?』

 今ここには、大勢の神がいる。その中の誰かが、シオンの中に精霊という存在が同居していると気づくかもしれない。

 「構わない。このまま見ているだけしかできないよりも、ずっとマシだ」

 『はいはい。代償は、できる限り魔力だけで済むようにしてね』

 彼が彼女と交わした契約は、自分のために、ではない。そこから反する行動をすれば代償を持ってかれるのは当然の義務。

 「それでも力を貸してくれるんだから、本当、甘いよな」

 『……今のシオンは、嫌いじゃないからね』

 そうしてシオンは、誰にも気づかれずに風を纏いだす。

 「う、ぐぅ……もうちょっと、なのに……!」

 苦渋に歪んだ顔を気にする暇もなく、アイズはただ、その身に纏う風全てを剣へと捧げている。なのに届かない。

 フィン・ディムナは、強すぎる。

 アイズ一人では、ダメなのだ。

 「力が……足り、ない……っ!!」

 それに答える者は、いないと思っていたのに。

 「だったら」

 だけど、今この場にアイズの言葉を見逃さない者が、たった一人だけいた。

 「足りなければ――」

 シオンが、駆け出す。中心である二人を大きく迂回し、アイズの後方から一気にジャンプし接近する。台風のような暴風を生み出しているアイズに近づく事など本来ならできないはずなのに、何故か風は弱まり、受け入れるようにシオンが近づくのを許した。

 あらかじめわかっていたかのようにシオンの体が動く。

 「足せば、いい!」

 即ち、飛び蹴り。

 その蹴りがアイズの剣の柄頭に打ち込まれる。瞬間、蹴りの勢いとシオンの風が刀身へと乗り移り、フィンの腕にかかる負担が倍増していった。

 「……ッ!?」

 ガクンッと一気にフィンの腕が押され始める。それでもフィンは耐えれた、はずだったのに。

 何かが破裂するような音が、フィンの腕から聞こえた。

 それは血流に耐え切れなくなった血管から生じた音。ベートがつけた、傷痕だ。ここに来て牙を研いでいた狼が、襲いかかってきたのだ。

 両腕で支えきっていたはずの槍が、真上へと跳ね上がっていく。

 ――あ……。

 剣が迫る。

 終を告げる金と銀が。

 誰もが目を見張る中、剣がフィンを串かんとし、決着が着いた。

 

 

 

 

 

 ――甘いよ。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()

 「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】」

 それは超短文詠唱。

 パニックに陥るような状況で、彼は冷静に己のできる事を、やってのけた。呪文が形を成し魔力を生み、それがフィンの左手から槍へ、その穂先がフィンの額に触れた瞬間、魔力光が一気に彼の体の中へと取り込まれる。

 「【ヘル・フィガネス】」

 フィンの瞳が、血に染まった。

 「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 涎を撒き散らす事さえ厭わないような大声と共に、フィンは槍を、まるで鉄棒のように扱って体を空中へと飛び上がらせた。

 え、と声を漏らしたのは誰だっただろう。

 まさか、固定されていない槍を鉄棒の如く利用し回避するなど、誰が予想できただろう。

 シオンとアイズの視界から、フィンが消えた。

 「ッ……、アイズッ!」

 「キャッ!?」

 その後すぐにシオンはアイズの体を横へ突き飛ばす。風の加護によって勢いは弱まり怪我という怪我は無かったが、視界が一気に回転して酔いかけた。揺れる頭を押さえながら彼女が見たのは、

 「……ァ、ッ……!!?」

 ゴキゴキゴキゴキッ! という異音を脇腹から響かせ、槍によって吹き飛ばされるシオンの姿だった。

 フィンが行ったのは簡単だ。槍が手元に引き寄せられる前に自分の体を引き上げた。どう考えてもおかしいが、実際やったのだからそれをおかしいと言っても意味はない。

 それから彼は体を引き上げた勢いのままに回転し、狂戦士が如く本能のままに槍を振るってシオンの脇腹に棒部分を強打させたのだ。

 フィンの【ステイタス】はLv.4相当に抑えている。

 だが彼が使った凶猛の魔槍(ヘル・フィガネス)は、戦闘意欲、好戦欲を強制的に引き出し、術者の能力を大幅に引き上げるもの。

 例え一時理性を失うのが代償なのだとしても、それを支払うだけの価値を持ったその魔法はフィンの力の値を伸ばしに伸ばした。もしあのまま『本当に』槍がシオンにぶち当たっていたら、シオンの体は上と下が泣き分かれていただろう。

 しかし現実として、シオンは生きている。

 吹き飛ばされてはいたが、確かに上半身と下半身が繋がっていた。

 ――剣を挟むのが、遅れていたら……ッ。

 腕を折り曲げて剣を差し込み、更に足裏で剣先を押さえて受け止めたから、衝撃が分散してくれた。代わりに腕にかかった負荷と、それでもなお通ってきた衝撃が脇腹を襲ってきたが……命を支払うよりは、マシだった。

 とはいえこのまま吹き飛べば観客である神達のところへ突っ込むハメになる。

 「全くもう、プレシス手伝って!」

 「一応私達は客のはずなんですけどね……」

 それを救ったのは、二人の少女。

 ユリが前に出て両手を重ね、その後ろで支えるようにプレシスが肩と背に手を置く。吹き飛ばされながらそれを察したシオンが、片足をユリの重ねられた手に向けた。

 シオンの足がユリの手に沈むと、二人の少女、特にユリは衝撃に対する痛みで顔をしかめ、プレシスはそんな彼女が吹き飛ばないようにと支え続けた。やがてシオンの体が足をその場に残して前に傾き出すと、ユリは思い切り重ねた両手を上に跳ね上げる。

 フィンによって吹き飛ばされ、ユリによって上空へと跳んだシオンは体を回転させてアイズ達を見る。そこには呆然としているアイズと、その彼女にトドメを刺さんと、未だ両目を赤く光らせたフィンの姿。

 「させ、るかあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 間に合わない。

 そうわかっていても、シオンは手に持つ剣を、フィンに向かって投げずにはいられなかった。

 アイズが呆然としていたのは、単にシオンが吹き飛んだからではない。それもあるかもしれないが、一番の原因は魔力不足。

 精神疲弊(マインドダウン)

 突如襲いかかってきた酩酊感によって、アイズは自分の体が自分の物でなくなる感覚を覚えていた。だから彼女は、フィンが理性を失った中でも感じていた脅威、それを排除しようと槍を振りかぶっていたのに気づくのが遅れたのだ。

 「クソッ、今日は貧乏クジばっか引かせやがって」

 それ故に、その危機に間に合うのはパーティ一の足を持つベート。ティオナに双剣を渡したせいで武器の無い彼は、代わりにとばかりにクソ重たい大剣を持っていた。その大剣を一度限りの防御に使うために、フィンの槍の先へと置いてくる。

 それによって槍の行き先が変わったのを確認すると、ベートはまだ痛みを訴える頭を気力で捩じ伏せながら、アイズを引っ張ってそこから立ち去る。それを追いかけようとしたフィンは、上空から飛来した剣に気づいて動きを止めさせられた。

 凄まじい勢いの乗ったその剣を容易く弾き、そこでやっと、フィンの両目から紅が消え去った。

 「ふぅ」

 クルクルと弾かれた剣が飛んでいき、まるで必然のようにシオンの手元へ戻る。シオンが剣を構えると、最初の焼き直しのように、五人と一人は対峙した。

 最初と違うとすれば――各人の傷つき具合、くらいだろうか。

 更に言えば、勝率という点も。

 理性を取り戻し、いつもの碧眼に戻ったフィンは、どうしてか穏やかに尋ねてくる。

 「シオン、まだ策はあるのかい?」

 普通、それを聞かれて答える人間などいはしない。だがシオンは瞑目し、俯き、震えそうな声でもって答えた。

 「もう、一つもありはしない」

 シオンは、嘘を言わない。

 だからこれは、真実だった。それを証明するように、他の四人の顔も強張っている。ここから先は本当に策も何も無い、完全な即興(アドリブ)だ。

 絶望的、としか言えない。

 なのにシオン達の顔には、誰一人として諦めの色が無かった。

 「もうこれ以上無駄に考える必要はない。無責任だけどおれから言えるのは、たった一つだけ。――最後まで、諦めるな。フィンに勝つぞ」

 それに応えるように、強張っていた顔が緩み、取って代わって戦意が宿り始める。シオンの言葉を、完全に信じていた。

 フィンの顔が、笑みを形作る。

 「君は、彼等の信頼を重いと感じるか?」

 「重いさ。当然だろ、四人の命と期待を背負うんだ。重くない訳ない」

 「投げ出そうとは?」

 「しないよ。確かにおれはリーダーで、指示を出してる。それは事実だ。間違えたら、そのせいで誰かが死んだらと考えると、怖くなる。それも事実」

 だけどシオンは、それで自棄になった事は一度もない。

 「――でも、間違えたらきっと誰かが教えてくれる」

 ベートなら、頭を殴ってくるか。

 ティオネなら、呆れながらも優しく教えてくれるだろう。

 ティオナとアイズは、困ったように指摘してくれるかな。

 「おれだけが背負ってるんじゃない。皆同じだ。皆間違える。だけど、一緒に肩を並べて歩いているから……おれ達は、本当の意味で間違えたりしない」

 「……そうか」

 フィンにとって、その答えは満足できるものだったらしい。

 「それなら、僕は君達に期待できるよ。ずっとね」

 未来の事は、誰にもわからない。

 その上で、フィンは期待し(しんじ)続けると、言ってくれた。それに薄い笑みを浮かべたシオン達が得物を握る手に力を入れる。

 ボロボロの体に活を入れて、また、立ち向かうために。

 『やはり、諦める、という事をしないのだな』

 『当然じゃ。儂等はそのようなヘタレに育てた覚えはない。逆境の中で、それに立ち向かう強さを与えたのだから』

 『わかっているさ。だが、五人共まだ子供だ。……せめて、もう少しくらい。私の手の中にいてほしかったという感傷に浸っているだけだ』

 まず、アイズがやられた。

 元々精神疲弊寸前の影響もあって動きに精彩を欠いていた彼女に、例え短時間の戦闘でも耐えられはしない。それでも自分ではない誰かのためにと、前に踏み出して剣を振るう事だけは忘れなかった。

 次にやられたのはベート。

 アイズと似たように脳震盪の影響が残る彼は、全力で動き回れない。ただでさえフィンに劣っている速度でこの状態は最悪すぎた。そんな中でもう一度脳を揺らされ、視界が明滅した。だが彼は吐き気を堪えながらフィンの槍に体を伸し掛らせて邪魔をする。

 そんなフィンに突進したティオナも、すぐに負けた。元々フォローが無ければフィンと渡り合えない彼女は、大剣に武器を戻したのもあって手数に翻弄され、まともな戦いさえできない。

 「こ、のぉ!」

 せめてもの反撃と思ったひと振りも、掠りさえしなかった事実に、ティオナは悔やみながらも意識を落とされる。

 そして、ティオネ。

 彼女は本来ならまだ戦えた。湾短刀を巧みに使い、冷静に戦闘を運んでいけば、多少渡り合えただろう。

 だが、そこまでだとティオネ自身わかっていた。

 だから彼女は、フィンの目の前に行った瞬間体を反転させ、フィンを見ずに――見なくとも団長の動きなどわかるから――湾短刀で槍を受け止めつつ、最後の一本、高等回復薬をシオンに放り投げた。

 「一番辛いことを任せて、ごめんなさい」

 彼女が落ちる寸前、そんな事を言っていた気がする。けれどシオンは、それを把握する前に投げ渡されたそれを飲み込んで、痛みを訴える体を癒した。

 それから、二十分。

 「ハァ、ハァ、ハァ……ッ、ま、だァ!」

 再度癒したはずの体をズタボロにされたシオンが、槍を避ける。足がもつれて倒れたところを狙われた槍を、無様に地面を転がって躱した。

 勝ち目はない。

 誰の目から見てもわかる状況で、それでもまだ、決着がつかない。

 流石にフィンもこれは予想できなかった。いつもの一対一なら、とうに終わっている状況だというのに。

 「……いつまで、続けるつもりだい?」

 「勝てるまで、だッ!」

 土と埃に汚れ、汗をダラダラと流しながらシオンが叫ぶように答える。だがしゃがれた声が口から漏れるだけで、もう限界など超えていると示していた。

 剣を地面に突き刺して支えにしなければまともに立てもしないのに、

 「絶対に、負けなんて認めてやらない」

 シオンは決して諦めない。

 そう、ティオネはそれがわかっていた。

 わかっていて、彼に高等回復薬を渡したのだ。

 「……これに負けたところで、と思う奴だっているだろう」

 どうして認めないのか、そう問われた気がしたから、シオンは言う。掠れた声は、不思議と皆の耳に届いた。

 「だけどさ、フィン。おれ達は冒険者なんだ、負けたら次なんてない」

 「…………………………」

 「もし、フィンみたいな相手に出くわして、こんな状況になって。それで、諦めるなんてできるとでも?」

 しないだろう、シオンは。諦めて死ぬのは自分だけじゃないから。

 「だからおれは諦めない。決闘(れんしゅう)で死ぬ気になれない奴が――殺し合い(ほんばん)で死ぬ気になんてなれるわけないだろうがァ!?」

 奇しくもロキが言っていた言葉の本当の意味を、全員が理解『させられた』。

 「おれが十分でも二十分でも時間を稼げば、助けられるかもしれない。誰かが来てくれるかもしれない。他人任せだろうがなんだろうが、守って、助けられれば、おれは自分のプライドなんて捨ててやる」

 だからシオンは、

 「たった一人になったとしても! おれは、大切な人達の命を自分から投げ出したりなんてしてたまるか!」

 決して、諦められない。

 『鋼よりも固い、やり遂げようとする意志。それがシオンの持つ一番の武器』

 己の主神にさえ認められるコト。

 「ならば、君の心が諦めるのを待つのはやめよう」

 フィンも、それを理解させられた。

 ――故に、()()()()()()

 今までよりも更に一段階上の速度に、シオンは反応できない。

 「奥の手は隠す物――その通りだ、シオン」

 フィンの貫手がシオンの鳩尾を穿つ。言いようのない激痛にシオンの動きが止まり、それで叫ぶ前にシオンの体の限界を更に越える一撃を放った。

 傍から見ればやりすぎ、オーバーキル。

 だが、『そこまでしなければ』シオンを落とせなかったのが真実。

 倒れるシオンの体を抱きしめたフィンは、ふと呟いた。

 「もしもシオンがLv.3だったなら、負けていたのは僕かもしれないな」

 気絶しているのに、シオンは武器を手放さない。

 いいや、シオンだけではない。五人全員が、己の武器を握り締め、意識がないのに諦めない意志を見せていた。

 勝ったのは、皆の予想通りフィン。

 だが、果たして――負けた側であるシオン達に、何も思わなかったと言えるのか。

 「確かにまだ種にすぎない。だが、いずれ芽吹けば……ハハ、ロキはいい眷属を持っているらしいな」

 「不謹慎だと思いますが」

 「いいじゃないか。これでも褒めてるんだ。次代の英雄達、その卵にね」

 ヘルメスは笑い、ローブを被った誰かの頭に手を置いた。声からして少女の物とわかる彼女は、嫌そうにその手を払った。

 「やれやれ、嫌われたか。とにかく今日はいい物が見れた。そろそろ帰ろうか」

 それとはまた別の場所で、また別のやり取りがあった。

 「主神様よ、手前は決めたぞ」

 「何かしら」

 「あの者等と契約したい」

 その言葉に驚いてヘファイストスは椿を見つめる。その目には熱い想いが宿り、その視線の先にあるのは、白銀の少年。

 恋慕の情――では、ない。

 それを遥かに越える、狂気の類。

 だがどうしてだろうか、ヘファイストスにはそれが、同類を見つけて歓喜しているような目に見えてしまった。

 戦いは終わった。

 見ていた者に、様々な感情を去来させて――。

 

 

 

 

 

 この一月後に行われた『神会』では、新たにLv.2となった者の二つ名が決められた。

 その時最後に名を挙げられたアイズ・ヴァレンシュタインという少女は、あの戦闘におけるイメージから、こう呼ばれる事となる。

 【風姫】アイズ、と。

 だがそれは、まだ先の話である。




先週末から昨日までソウルワーカーに傾倒しすぎてこの話落としそうになった私です。かなりギリギリだった。でも楽しかったから後悔はしていない!
ぁ、ちなみにキャラはこの物語見てわかる通り、ちっちゃい子が一生懸命頑張って強くなるのが好きなんでギタリストやってました。

正式サービス楽しみだなー。

それはそれとして、宴終わらせたかったのに戦闘が終わっただけになった。ていうか一万文字を余裕で超えて宴終わらせる余地さえなかった。
その代わり中々満足できる仕上がりになったかな。上中下の三話構成……インファント・ドラゴン戦並に長くなった気がする。いやアレ以上か。

ま、解説移りましょうか。
シオンの魔法が実は嘘
宴始まる前にユリに頼んだのはコレのため。アイズという前例、更に魔力があるというハッタリで誤魔化した。
でも実は前回の文章でシオンが魔法を使えないってそれとなく匂わせてるんです。
前回シオンはベートに指示して下がるように言いました。その理由を大魔法だから巻き込みかねないと書きましたが、ならば何故シオンは魔法が完成するとフィンに近づいたのか。ここらへんが矛盾してたりします。
気づいた方がいたら凄いですね。
作中でも出ましたが、今回のコレは例外なんで、次は無い、かも。

精霊の名前
ごちゃごちゃ考えすぎたので頭がパンクしました。結果、感想で頂いた名前をお借りし、彼女の名前が決定しました。
本当ありがとうございます。

今回の戦闘はシオンとアイズが特に目立ってましたね。ティオナはともかく、ベートとティオネは縁の下の力持ちって感じでした。
うーん、五人の関係性を表しているような戦闘になった気が。

アイズの二つ名
もうずっと前からこれにする、と決めていました。
原作の【剣姫】アイズ
拙作の【風姫】アイズ
この二人は決定的に違うんだとわかりやすく示したかったのが理由です。彼女は斬り裂くだけの剣じゃない、時に敵を払い、時に誰かを包む風なんだ、と。
批判は聞くけどコレは絶対変えません!

それにしてもここが一番書きたかっただけあって、書き終えると結構虚脱感。物語はまだまだ続きますが、新年が始まる前にここまで来れたのも皆さんの応援とかがあったおかげでしょうか。

次回は宴の終わり。
……問題点。多分5000文字くらいは行けるけどそれ以上が思いつかなゲフンゲフン。

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