英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

33 / 92
五人の全力

 ようやっと体勢を整えたアイズの視界に飛び込んできたのは、今にもシオンがフィンの投槍によって貫かれんとする光景。

 ――間に合わない。

 それがすぐにわかった。今のままじゃ届かない、と。このままシオンの体に風穴が開くのを無様に見続けることしかできない。

 ――そんなの、認められない。

 『今のままの』アイズでは、ダメだ。それでも彼女は約束した。

 『おれの背中を、守ってくれ』

 そう言われた時の笑顔を、壊したくない。

 アイズにとって、シオンの背中を守るというのは、彼の隙を埋めるということ。それはつまり、シオンの背中(すき)を守るということ。

 だから、祈ろう。

 シオンを守るための奇跡に。

 それを生み出すために、彼女は言う。

 己の願いを叶えるための、『特別な言葉(えいしょう)』を。

 「【目覚めよ(テンペスト)】」

 集中力を高めるため、最初の一文は、静かに。

 「――【エアリアル】ッッ!!!」

 そして二言目は、高らかに。

 風が、それと視認できる程の大気となってアイズの体を包み込む。光を反射する金髪を波打たせながら、その風を纏ったアイズが突進する。

 その速度はフィンにも迫る。初速から一気に最大速度にまで加速し、フィンが槍を投げる前に、彼のすぐ傍へと足をつけた。

 そこでフィンも異変に気づく。

 風が、吹いていると。

 「な――アイズッ!?」

 眼球の動きだけで後方を確認したフィンが、既に剣を放っているアイズの姿を視認して驚愕に目を見開く。

 ――風……魔法か!? だが、そんな情報は一度も聞いたことが……!

 しかし、考察している暇などありはしない。すぐにいくつかの選択肢を作り出す。

 反撃、無理。

 こんな、投槍を放つ寸前の体勢で反撃なんてできるわけがない。

 防御、無理。

 同様の理由で防御も無理。せめて小さな盾か短剣でもあれば、片腕で防御できたのだろうが、ルール上持てないのだから諦める。

 回避しか、ない。

 「う、おおぉぉぉぉぉ!」

 今まで一度も叫ばなかったフィンが、叫んだ。それだけ余裕がない証だが、見ている方からすれば驚愕物だった。

 【勇者】という生ける英雄が、追い詰められているのだから。

 まず投擲の体勢を止める。槍を放とうとした腕を強制的に引き止め、前に出していた足の指先で地面を掴み、体を回転させる。できればもう一方の足で反撃したかったが、流石に無理があった。

 「ハアアアアアアアアアァァァァァァァッ!」

 アイズが、一振りの剣となった。

 守るために。

 憧れで、大好きな人を、助けるために。

 狙うのは心臓。シオンから教わった、外れてもどこかには当たってくれる場所。白刃の剣がフィンの体に迫り、後は貫くだけとなった。

 「まだまだ甘い!」

 フィンとてタダで食らってはやらない。余裕は無い、だが当たる寸前に、体を思い切り捻る程度の事はできる。

 心臓に触れる瞬間、フィンは体を回した勢いのまま更に回転。けれどそれは、誰から見ても悪足掻きにしか見えず、

 「う、ぐうぅぅっ!」

 アイズの剣が、フィンの脇腹へと突き刺さった。

 体を走る苦痛に顔を歪ませ、それでもフィンの体は動き、蹴りでアイズの胴体を穿ち、吹き飛ばす。同時に刀身が血にまみれながら体から抜け出る。栓となっていたそれが無くなった事でフィンの体からドロドロと血が流れていった。

 その状態で、フィンは脇腹の筋肉に力を入れる。強制的に肉を盛り上がらせ、体から血が逃げるのを食い止めるために。

 かつてシオンがやったのと同じような事を、やってのけた。

 「く……」

 蹴り飛ばされながら、押しきれなかったという事実にアイズの顔が苦悶に歪む。それでも体勢を整えながら、アイズは剣を構え直した。

 「ゴライアス戦でも使わなかった私の切り札(おくのて)……フィン相手になら不足無いよね!」

 アイズの体から魔力が迸り、それに呼応するように風が吹き荒れる。

 それを見ながら、受身を取っていたシオンは安堵の息を吐き出す。首の皮一枚とはいえ生き残った。そして、守ってくれたアイズへと小さな笑みを向けて、

 「ありがとう、アイズ」

 それが届いたかどうかはわからない。

 けれど、それを気にせずシオンはその手に握り締めた剣をフィンへと指し示す。

 「チッ、脇腹やられたら回復するしかねぇだろうが」

 ズキズキと痛む部分に手をやり顔をしかめながら、ベートは一本だけしかない高等回復薬を全部飲む。

 速度が命の彼にとって、この痛みは影響が大きすぎた。疲労を軽減させてくれる便利な道具をもう使うのは、後々後を引くかもしれない。だが、フィン相手に傷を抱え鈍い動きでどうにかなると楽観できるほど、ベートは愚かになれなかった。

 「俺も……馬鹿力、出すしかねぇよな」

 後先考えない全力の全力。それをせねば、きっと自分はアイズに追いつけない。ガス欠になればもう何もできないとわかっていたが、それを覚悟して、ベートは両足に力をこめ続けた。

 一方で解説係であるリヴェリアは、

 『き、聞いてない……私は聞いてないぞっ、あの子が魔法を使えるなど!?』

 ロキの服、胸元部分を締め上げて前後に揺らすリヴェリア。それ程までに彼女が動揺する姿など随分久しぶりで、懐かしく思いながらも、

 『そりゃうちも言ってないし? 知ってるのはうちと、アイズたんと、シオンくらいなもんやろうなー』

 なんて、煽るように言ってしまう。

 その態度が悪かったのだろう、リヴェリアの額から何かがプツンと切れ、そのまま怒鳴ろうとした瞬間だった。

 『落ち着けい、リヴェリア。団長であるフィンでさえ知らなかった……ならば、儂等にも伝えんのは当然じゃろうて。そもそも他人の【ステイタス】を探るのは御法度、その上主神であるロキが本人の許可無くホイホイ教える理由などありゃせんよ』

 『それは……そうだが』

 珍しいガレスの説法。それに頭を冷やされ、説き伏せられたリヴェリアの勢いが一気に弱まっていく。

 ふぅ、とガレスは息を吐いた。

 『シオンが知っとるのなら、恐らくあやつの方針じゃろう。アイズも言っておった切り札とやらを温存するためにな。知っている人間が増えれば増えるだけ、秘密というのは漏れ出ていくのだから、あの2人の方が正しい。口を挟むのは筋違いじゃよ』

 『だが、私は魔道士なんだ。あの子が魔法を覚えたのなら、きちんとした知識と経験を持たせてやりたいと思う事の何がいけない。魔法は便利なだけじゃない、一歩間違えれば自滅する様な物なのだぞ』

 『その点なら問題無いで? シオンがアイズの魔力値を伸ばすために、指導してる時に付きっ切りでやってたみたいやし。ま、大丈夫やろ』

 『それでも私は……』

 リヴェリアの想いもわからないでもない。

 本人は恥ずかしいのか何なのか否定しているが、まるで本当の母親が我が子を想うように愛情を注いでいる。だからきっと、自分にある物を渡せるだけ渡したいと願うのは当然なのだ。

 それに彼女は都市最強の魔道士。魔法に対する理解度は他の追随を許さず、それ故魔法の恐ろしさを誰より知っているからこその心配。

 そんな複雑な想いが絡み合って、先程ロキに激情をぶつけたのだろう。全て理解しているから、ロキは穏やかに笑っていた。

 ただし、一つ突っ込みたい事があった。

 『ところでこれ、マイクのスイッチ入ったままなんやけど』

 『……な、に?』

 理解できない言葉に、らしくもなくリヴェリアの体が硬直する。それから油の切れたロボットのように周囲を見渡した。

 「お母さんだな」

 「ああ、子供を心配するお母さんだ」

 「可愛いぞお母さん」

 ここぞとばかりにニヤニヤしながらからかう神達。完全にからかわれているとわかっていたが、リヴェリアの体は羞恥でどんどん熱くなっていく。

 『わ、忘れてくれ……お願いだ、頼むから先程の事は……!』

 『『『『『グハッ!?』』』』』

 がっくりと崩折れ、顔を真っ赤にしながら上目遣いでの懇願。ハイエルフ故の美貌と、普段理知的な彼女の弱った姿には、圧倒的な威力があった。

 「……あれでは【九魔姫】の名が廃るぞ。フィルヴィスはどう思――」

 「可愛い……可愛い、リヴェリア様」

 「――は?」

 椿は、横に居るのがさっきまで話していた少女だと信じたくなかった。頬を紅潮させ、ハァハァと息を荒げているフィルヴィスが、理解できない。

 「何を言っているのだ、フィルヴィスよ」

 「理解できないのか!? いつもは理知的なリヴェリア様の、斯様なお姿……。可憐すぎるだろう!!?」

 つまり、彼女はいわゆる『ギャップ』に萌え(やられ)たのだ。

 ドン引きしている椿に反して、周囲の幾人あるいは幾神が同意している。完全な置いてけぼりだった。

 「……来ようと決めたのは、早計だったのだろうか……」

 

 

 

 

 

 「全く、外野は好き勝手に言ってくれるよ……」

 脇腹の痛みを堪えながら、フィンは苦痛の滲んだ笑みを浮かべる。フィンの怪我など誰も気にしていない事に思うところはあるが、それ以上にリヴェリアに対する言葉に苛立ちを感じるところがあった。

 ――彼女だって、弱気になる時があるのに。

 それを知らずに勝手を押し付けてくる――押し付けすぎる者を怒鳴りたいところだが、今はそういう思考を割いている暇はない。

 何故なら、彼の眼前に風と獣が迫ってきているからだ。

 最低限、刀身と足に風を纏わせているアイズ。恐らく余計な魔力を使用しない事で、魔法を継続的に使えるようにするためだ。ベートは完全に無茶をしている。少しでもタイミングが狂えば転んでしまうような、そんな速度を出していた。

 Lv.4は流石に無い。だがLv.3相当の敏捷。

 ――速い……!

 純粋な速度で言えば、まだフィンの方が優っている。しかし二人を相手にして戦うとなれば、厳しいものがあった。

 アイズが剣を横薙ぎに振るう。剣速自体も上がっているのか、受け止めようにも即座の判断が必要になっていた。更には受け止めた瞬間、フィンの体に突風が吹き付けられる。それに押され、フィンの体が一瞬浮いた。

 合わせるようにベートが接近。フィンの心臓を狙って突きこまれた短剣、それを見て足を振り上げ、伸ばされたベートの腕に足裏をつけて、ジャンプ。そこを狙うように、どこからか投げナイフが飛んできた。

 下手な避け方はできない。アイズの風があれば、ほんの少し向きを変えられる。それがわかっていたから、フィンは持っている槍を目の前で回転させてナイフを弾いた。

 ナイフを弾いていると、ふっと頭上に影が刺した。

 「せぃ、やあああああああああああ!」

 大剣を振りかぶったティオナの姿。

 一体どうやって跳んだのか、なんてアホな疑問を浮かべている暇はない。現実として今そこにいる以上、重要なのはどうやって回避するべきなのか。

 だが、一つも思い浮かばない。

 フィンは空中でできる事がそう多くない。ここでできたのも、単純に受け止める事だけだった。

 「ハアアァァ!」

 ティオナの大剣と、フィンの槍が切り結ばれる。

 上から振り下ろされた大剣を空中で受け止めた結果、フィンの体は吹き飛び地面へ向かって叩き落とされる。その場所へ移動していたアイズが、己の剣を頭上へ掲げ、フィンが来るのを待っていた。

 首だけ動かしてアイズがいるのを確認したフィンが、槍を後ろへ突き出す。当然それを避けたアイズだが、その間にフィンは槍の石突きを地面へつけ、それを起点として体を回転させると、地面へ降り立った。

 まだ体勢は整えられていない、そんなバランスの悪い状況で、フィンはアイズへ向けて槍を薙いだ。

 いくら風の補助を受けていようと、アイズはLv.2に上がったばかり。しかも彼女は力の値が低いのもあって、剣で受ければ当然体が吹っ飛ばされる。

 追撃は、しかけられない。シオンがアイズを受け止めたのを見たのもあるが、それ以上に背後から強襲をしかけるベートがいたからだ。

 ふぅ、と一度息を吐いて呼吸を整え、背後を見ずにベートの手を掴み取る。そのまま下半身を捻って蹴りをベートの脇腹に叩き込む。ほぼ反射で腕を差し込んだみたいだが、代わりにその腕を持って行かれたらしい、痛みに呻いた。

 片腕を使えないならもう防御も難しいだろう、このまま押し切ろうとフィンが槍を持つ手に力をこめると、ベートが凄まじい眼光で睨みつけてきた。

 勝手に終わりと思ってんじゃねぇ、そう叫んでいる瞳を証明するように、ベートが手首の動きだけで短剣を投げてきた。それはフィンの腕に突き刺さり、その光景を見た後、ベートは顔面を殴られ、視界全てを失った。

 「ベート!」

 思い切り宙を飛ぶ彼に叫ぶシオン。抱き留めているアイズは未だに腕の痺れが取れていないようで、小さく震えていた。

 そんな状況で、ベートを殴り飛ばしたフィンがこちらを見る。

 「悪いアイズ、ちょっと余裕が無くなった!」

 その言葉と同時にアイズを抱きしめていた腕を解放し、駆け出す。どう考えてもフィンの狙いはアイズ。

 それがわかっていたから、

 「ティオネから精神回復薬を受け取ってこい!」

 もう限界に近いアイズに、そう指示を出した。

 『魔法を使えるのはティオネだけ』――それを周囲に思い込ませるために、速度特化のアイズとベートには重荷となるそれを持たせなかったのが裏目に出た。

 「ティオナ、おれと一緒に足止めに回れ!」

 とにかく今は時間稼ぎ。フィンに聞かれたって構わない、どちらにしろ、アイズがやられれば勝率はグッと下がるのだから。

 無言で頷くティオナが、シオンの前に出る。そして構えた大剣を盾のように広げ、自身とシオンの姿を覆い隠す。

 二人の姿が見えないとわかっていても、フィンは駆ける。時間稼ぎをと言った以上、留まっていてはおめおめと回復されるのを見過ごす事になるからだ。

 それが罠かもという思考は当然ある。だが、『その上で』潰せばいい。

 フィンの槍と、ティオナの大剣が衝突する。

 「う、ぐうぅぅ……!」

 剣の柄と腹に手を置いていたティオナが、その衝撃に歯を噛み締める。両腕にかかる負荷は相当な物で、知らず地面に突き刺していた大剣が、徐々に後退していた。

 このままではすぐに押し切られる、それがわかっていたから、シオンはティオナの横から飛び出し双剣を構えてフィンに迫る。

 フィンはシオンの姿を視界におさめると、まず両腕から力を抜いた。すると全身全霊をかけて受け止めていたティオナの体が前へ倒れ、崩れた体をフィンに晒す。その小さな体の胸元に右足で蹴りを入れると、カハッと空気が吐き出される音がした。

 その後を確認せず、フィンは更に体を捻る。右足を地面に、その代わりに上がった左足がシオンの体を捉えた。足にかかる負担から、相当な威力だったと推察できる。しばらく二人共動けないだろう。

 一瞬でやられた二人の姿に、近寄っている暇はないと判断したティオネが精神回復薬をアイズへと投げる。それを受け取ろうと腕を前に出したアイズは、既に目前まで迫っていたフィンを見て諦め、風を吹き出しつつ迎撃に移る。

 ガシャン、という儚く割れた音が遠くで聞こえた。

 それを合図として、フィンとアイズの武器が交わる。フィンは片腕があまり使えないからか若干動きがぎこちないため、意外にも二人は接戦していた。

 「ッ、ガハッ。……いったいなぁ、もう」

 ほとんど空元気に近い様子でそうとぼけるティオナ。ズキズキと痛むのは、はたして骨か肉か内蔵なのか。ほとんどわからないが、ティオナは取り出した高等回復薬を飲み込む。

 「――ッ!??」

 喉を通った高等回復薬が食道を伝っていく途中、途方もない痛みに吐きそうになった。それを必死に耐えて、涙目になりながら体を回復させる。治った後も数秒幻痛に体を震わせていたが、それ以上のタイムロスはできないと、動くなと叫ぶ脳を意思の力で捩じ伏せて立ち上がった。

 そんなティオナの視界に飛び込んできたのは、力なく空を吹き飛ぶ、アイズの姿だった。

 たった十数秒。それだけの時間で押し負けたという事実に、ティオナの瞳が大きく揺らいでしまう。

 「呆けてる暇なんてないわよ、ティオナ!」

 アイズのフォローとして湾短刀を手に、今日初めて接近戦をしていたティオネが、不甲斐ない妹に叫ぶ。フィンは既に残心から戻っている、余計な動揺をしている暇なんて、ありはしない。

 「確かに、そんな暇はないな」

 いっつぅ……と口の中だけで呟きながら、シオンが姉妹に近づく。その懐からは粉々になった短剣がこぼれ落ちていた。

 『念のため』程度に、人体の急所である心臓付近に短剣を仕込んでおいたのが功を奏したのか、何とか骨折とかはせずに済んだのだ。……その代わりに、凄まじい鈍痛が響いていたが。

 「本当はこんな分の悪い賭けをしたくなかったんだけど……そんな余裕も無くなった。悪いが二人共、フィンを二人がかりで相手にして時間を稼いでくれ」

 『指揮高揚』を発動させつつ二人に命じる。命令内容が書き変わったからか、若干の熱を放っていた『神の恩恵』が、更なる熱を宿していく。

 「で、ベート。さっさと起きてアイズと一緒に下がってくれないか? 正直巻き込むと気分が悪くなるんだが」

 「……っる、せぇ。こっちも脳震盪で、気持ちわりぃんだよ」

 そう、小さな声でシオンを罵倒しながら、それでも必死に体を起こすと、意識が完全に無いのか体を投げ出したアイズの体に手を回し、肩を貸しながら下がっていく。

 「体力が回復したら、戻ってこい」

 その背に、シオンは言った。

 戻ってくるのを信じて待っている、と。

 「……ハッ。期待すんなよ」

 そんな捨て台詞ではあったが――きっと彼は、戻ってきてくれる。

 その背が見えなくなると、シオンは静かにフィンへと視線を流した。

 「作戦は組み立てられたのかい?」

 腕から流れる血を、服を引き裂いて作った布で縛り付けたフィンが聞く。

 「なんで、待っててくれたんだ?」

 「短剣を抜いていたのと……ここでシオン達を狙うと、ブーイングが凄そうだったからかな」

 フィンが周囲に視線を巡らせると、ここがクライマックスだとわかっているのか、期待のこもった目が数多く見つかる。

 「期待、してるんだよ。君達がここから何を、どうするのか」

 状況は絶望的。五人でも押しきれなかったフィンに、分の悪い賭けだとしても勝てる算段があるというシオン。

 実際シオンは、すぐに負けるという皆の予想を覆し、食らいついてきた。もちろんそれは全員の協力あってのものだが、それをなした中心人物は誰だと問われれば、一人しかいない。

 「僕だってそうだ。まるでビックリ箱を見ているみたいで、不謹慎だがワクワクしているくらいだからね」

 「ああ、そうかい。なら――その期待に、応えるしか無いだろうがクソったれ!」

 吐き捨てるように言いながら、シオンは集中する。大きく息を吸って、吐き出して。口内に唾を溜めて噛まないように気をつける。

 そして、

 「【この身は愚かしく矮小なれど、それでも我が身を捧げ乞い願おう】」

 詠唱を――開始した。

 「シオンも魔法を!?」

 アイズに続いて、シオンまで。次から次へと予想外の事態が巻き起こされる。全く予期していなかった事に、フィンは一節が完成されるまで呆けてしまった。

 「『ロキ、お前は一体どれだけ隠し事をすれば気が済むんだ……?』」

 「『アッハッハ……うちを責めるのはお門違いって、さっき結論出したよな?』」

 怒りに打ち震えるリヴェリアに、ロキはおどけて――内心恐怖に身を震わせていたが――そう答える。

 幸いリヴェリアも先の結論を覚えていたのか、それ以上言葉を重ねることは無かったが、代わりに別の事を聞いた。

 「『それで、シオンの使う魔法は一体何なんだ?』」

 「『悪いけどそれは言えへんわ。シオンがやってるアレが策の一つである以上、下手にうちが答えるとフィンがわかってまうかもしれん。それはゲームの公正さを欠く事になるからな』」

 「『つまり、黙って見てろ、という事じゃな』」

 「【弱く、脆く、ただ潰されるだけの者。強く、輝き、皆の上に立つ者】」

 「それ以上は、させられないっ!」

 少しずつ――本当に少しずつ、シオンの体から感じられる魔力が増えていた。しかもこの感覚だと、恐らくリヴェリアにも劣らぬ大魔法を唱えている。だからこそシオンも、アイズとベートを巻き込まないように後ろへ下げたのだろう。

 このまま放っておけばかなりマズい、そう判断したフィンが足を前へ出すと、それを封じるようにティオナが前へ出る。

 ――その手に、()()()()()()を持って。

 「何としてでも」

 拙い動きで、慣れていないと一目でわかる振り方で、フィンに短剣を振るうティオナ。

 一撃の重さを捨てて、手数を増やすために、彼女はそれを選んだ。

 「シオンのために、時間を!」

 逆手と順手、それぞれの持ち方でフィンを狙う。まず順手の剣を、順当に上段から振り落とす。同時に逆手の剣を下段から振り上げ、上下から切り結ぶ。

 横に避けようとしたフィンだが、真横を二本の投げナイフが通っていく。

 「すみません団長。もう回収しようなんて考えは捨てます!」

 残りは両手で数えられる程度しかない。だからこそ、ここぞという場面のために取っておいた投げナイフ。それを全て使うと決めて、ティオネはティオナをフォローする。

 「【強き賢者に憧れし愚者。果てを見れぬその小さき身で、愚者は願う】」

 シオンの詠唱は進んでいく。それに合わせるように、ティオネまでもが魔法を発動させるために詠唱を開始した。

 「【束縛の鎖よ】!」

 前衛一人に対し、中衛と後衛が魔法を唱えようとするなど正気ではない。だが、ここで一つの奇跡が起きた。

 ティオネが、()()()()()()()()()()()()

 「『並行詠唱』……ここでか!?」

 かつてない程の集中力。

 無茶をしがちなリーダーのため、ティオネはできなかったはずのそれをなす。並行詠唱とは、右手と左手で違う作業をするようなもの。それでも『攻撃』と『詠唱』までなら、やる。やってみせる。

 それ以上は絶対にできない。ここに『防御』と『回避』を増やされたら、今のティオネではパンクしてしまう。

 だからティオネは、

 ――ティオナ、前はあんたに全部任せる!

 ただ一途に、妹を信じた。

 姉の想いを一心に受けた妹は、捨て身に近い状態を維持しながらフィンに接近する。

 「槍は、近ければ!」

 当たらない、と言いたいが、熟練の槍使いであるフィンにそんな幻想は通じない。だがしかし、大きく振りかぶる事は封じられる。

 それでいい。

 「っ……!」

 細かく振られた槍が体の各所に当たるけれど、全部無視すればいい。

 「舐めないでよ、フィン・ディムナ!」

 叫ぶ。

 「私は前衛攻役(アタッカー)だけど――前衛壁役(タンク)だってできるんだッ!」

 ティオナは、いつだって前で戦い続けた。その体に受けた傷は数知れず、応じて伸びていった耐久値は、純粋な壁役にも劣らない。

 「私が背負ってる物を、狙わせたりなんてしない!」

 故に彼女は、絶対に折れない。

 「【守りたい、と。分不相応な願いを、届かぬそれを我が身に抱こう】」

 だって後ろに立っているのは、大好きな姉と、恋する人がいるのだから。

 「ここに、来て……!」

 拙い技術をフォローするティオネあっての行動。だが、何度槍で打たれようと、突かれようとも勢いを落とさずに近付いてくるせいで、下がっても意味が無い。

 何より下がりすぎればシオンのところに行くまで時間がかかる。

 ――ベートとアイズがいたから、気づくのが遅れたけど。

 ティオナだって、このパーティを形作る一人なのだ。

 「【微かな火種に薪を焼べて、幾度風に吹かれようとも守り続け】」

 それでも遂にフィンの石突きでの一撃が、ティオナの足へと当たり、彼女の動きがピタリと止まる。その一瞬を逃さず、フィンは槍を巧みに動かすと、小さな動きでティオナの脇に槍を通し、彼女の体を思い切り崩した。

 トドメの一撃を放つ時間は、無い。

 「【リスト・イオルム】!」

 だがタイミング悪く――シオン達にとっては良く――ティオネの魔法が完成される。

 「【届かぬ現実に泣いた日々。無駄だと笑われ足掻き続けた全てを、今ここに】」

 放たれた魔法は鎖となり、フィンを追い詰めようと、追跡してくる。一本目を当たる寸前で横に避け、二本目を槍で破壊する。

 三本目はフィンの動きを制限しようと大きく迂回していき、四本目はひたすら真っ直ぐに近づいてきた。

 真っ直ぐ近づいてきたものは上体を倒して回避。迂回してきたものは全速を出せば当たらないからと無視。

 だが、そこで。

 「まだまだ甘いです、団長」

 フィンの四肢が、何故か拘束された。

 「これは……!?」

 目を落とすと、他の三本より遥かに小さく弱々しい、細い鎖。その鎖は大きく迂回した三本目が『分裂』した物だった。

 「私の魔法は、こんな事だってできるんですよ!」

 これで、ティオナとティオネの持ち札(カード)は全て切ってしまった。

 だけど間に合った。

 「【愚者の想いを束ね、我が身と共に全てを放とう】」

 詠唱七節。

 圧倒的とも言える詠唱文の長さは、それを証明するようにシオンの体から莫大な魔力を放出させていた。

 「ク……ッ!」

 そして、シオンがフィンに向かって走り出す。

 驚きはしたが、この程度の束縛ならばすぐにでも壊せる。実際数秒とかからずに四肢全ての拘束を破壊した。

 だが、その数秒でシオンはフィンのすぐ目の前にいた。

 ――ここなら、外さない。

 前に突き出された手が、フィンの瞳を捉えて離さない。

 「【――――――――――】」

 そして。

 シオンが、最後の一文を唱えようと、口を開いた。




すいません終わると思ってたんですけど全然終わる感じがしませんでした。結局上中下の三話構成になりそう……。
キリがいいからここで終わらせましたけど、戦いはまだまだ続きます。

ぁ、それから総合評価4000PT超えました! 応援ありがとうございます!
……単にベート人気に助けられただけだろってのが大きすぎて純粋に喜べない複雑な気持ちを今抱えていまゲフンゲフン。

とりあえず解説解説!

アイズの風について
『いつから覚えていたのか』と問われると『最初から』です。原作でいつ覚えたのかは知りませんが、拙作ではシオンの中にいる風の精霊に共鳴したからって設定。
ちなみに今回の話でアイズが『ゴライアス戦でも使わなかった』云々のセリフですが、実はあの時にアイズがシオンに向かって『使う?』って聞いてます。加えて「拒む者・求める者」においてもシオンがアイズに『使うかもしれない』的な事を言っていましたが、全部このためです。
アイズが魔法を使える伏線貼りたい、でも直接的すぎるとバレる、と考えてこんなわかりにくい感じになってしまい申し訳ない。この辺りは私の実力不足ですね。

リヴェリアの痴態
やりたかったからやった。彼女はその被害者。
フィルヴィスも被害者だけどね! 原作読んでる方からするとキャラ崩壊も甚だしい気がしてならない。後悔はしてないが。
ちなみに彼女の心情をわかりやすく表すと、
『憧れのアイドルを見に行ったら偶然その子がドジをしてる姿を発見。普段クールな印象を売りにしてる彼女の羞恥に染まった顔のあまりの可憐さにギャップ萌えしてしまった』
です。
長い上にくどい。でもこうとしか言えない。

シオンの詠唱文の内容
ぶっちゃけるとシオン自身を表してます。おかしいなーってところがあったらどうか教えてくださいお願いします。
厨二センスにはこれっぽっちも自身がない。
現在進行形で黒歴史作ってるような物なんですけども。

他は本編でも触れてるし、下手に言い過ぎるとネタバレしそうなんで今回の解説はここまでで。





次回こそ終わらせるから……うん。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。