英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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『負けたくない』

 フィンとシオンの戦い、それに騒めく広場。お互いの目しか入らない2人と違い、他の神とその共は、いきなりの急展開に混迷を極めていた。

 そんな中で、1人の神が手をあげて人ごみから歩み出てくる。

 「ロキ、一つ質問をしてもいいかな?」

 それは旅をする神、ヘルメス。

 常に浮かべる軽快な笑みをこの時でさえ崩さず、彼は楽しそうに笑っている。優男然としていながら、どうしてもその印象はヘラヘラとした物に思えてしまう。

 今回は敢えてそう振る舞うように意識しながら、彼は言った。

 「俺としてもこんな面し――コホン。折角ロキが用意してくれたイベントに水を差すのはいかがな物かと思ったんだが、どうしても、気になる事があってね」

 『ふむ。ま、ええやろ。なんや?』

 「彼等が戦うのはいいんだが……一体、どこでやるんだい?」

 その質問に、ほとんどの者がハッとさせられる。

 そう、冒険者同士の戦いは数M程度の距離でできるような物ではない。現状では、この場にいたら即座に巻き込まれてしまうだろう。

 『それもちゃーんと考えてあるで。忘れてへん? うちらが考えたイベントやで。対策くらい考えとるわ。だからわざわざ皆を外に出したわけやし』

 そう言って、ロキは大きく手を広げ、全員下がるように言った。言いたいことはあれど素直に従ってくれ、広場の中心にポッカリと大きな円形の穴が空いた。

 『――これで、戦えるスペース、できたやろ?』

 パチンとウインクを一つし、笑うロキ。ちょうど下がったところのすぐ横にはテーブルが置いてあり、その上にはジュース、酒、食べ物が並べられていた。

 「なるほど、だから中心には何も置いてなかったのか」

 納得したようにこぼすヘルメスに、周囲の神達も納得できたらしい。特に不平不満も無いまま、次へと進められそうだった。

 ――なーんか嫌な奴に貸ししたかもしれん。

 そしてロキは、ヘルメスの意図が読めていた。

 桜、という奴だ。敢えてわかりやすく、扇動するように動く者達の俗称。彼がそれになる事で、イベントを滞りなく進めるようになったのだ。

 如何に神であろうと、賢い者、賢くない者、察しの良い者、悪い者はいる。一々質問に答えなくてよかったのは、正直助かった。

 だからロキは、ヘルメスがシオンに近づくのを止められない。彼の目が、これで貸しはいらないと語っていたから。

 ヘルメスが接近しているのにシオンは気づかない。結局気づいたのは、彼の手がシオンの肩に乗せられてからだった。

 「楽しみにしているよ。君の持つ『可能性』という物をね」

 「え……?」

 見覚えのない男。

 それが神だというのはすぐに気づいたが、彼が一体何を期待しているのか、即座に見抜けない。呆然としている間に、彼は去ってしまう。

 「さて……彼は英雄の器なのか、どうなのか」

 その呟きは、彼にしか聞こえない。

 

 

 

 

 

 多少おかしな事はあったが、概ね問題無く始められる。

 『さーて、それじゃ開始! ……と言いたいところなんやけど、その前にいくつかルールの説明や、説明』

 と思ったら、初端からつんのめるような事を言ってケラケラ笑うロキ。相変わらず人を食ったような態度だが、もう諦められていた。

 『普通にやったらフィンがすぐに勝ってまうからなぁ。フィンには制限っちゅーか、ハンデつけんと』

 それには誰もが押し黙るしかない。

 事前のルール確認は大事だ。でなくてはこれは純然な決闘でもなんでもない、ただ一方的なゲームにしかならない。

 『まず共通のルールから言わせてもらうな。全員持ってる武器は主武器(メインウェポン)のみ不壊属性(デュランダル)のつけられた特殊武装(スペリオルズ)。製作者は同じで、能力もそう大差無いようにしてもろうとる』

 今回の戦い、武具に関してはほぼ公平にしてある。加えて武器が壊れては興醒めもいいところなので、その点も考慮して不壊属性付の武装を用意したのだ。

 『次にシオン達の説明や。基本的にシオン達には制限が無い。あるのはたった一つ、回復薬は1人につき高等回復薬が一本のみ。万能薬と普通の回復薬は、持つことさえ禁止させてもろうた』

 事前に確認はしてある。だからロキもそれ以上言葉を重ねず、次に進んだ。

 『最後にフィン側の制限。まず、槍以外の武器を使うのは禁止。使えるのは槍と、己の拳くらいや。……シオン達から武器奪ったりしたら、手が付けられんしな』

 その発言に苦い物を浮かべたのは、シオンだ。反対にフィンは困ったような笑みをしている。たったそれだけで、ロキの言葉が真実なのだとわかってしまう。

 『それから道具も禁止。回復薬の一本さえもな。シオン達から奪うのも禁止させてもらうで。ちゅーかシオン達の回復薬を直接狙うのもダメや。許可するのは、シオン達が回復しようとするのを邪魔する事だけ。ここで取り落としたら補充せんから、気をつけてなー?』

 付け加えると、直接狙わなければいいので、相手を転ばせたりすれば瓶を割る、なんて事も不可能じゃない。早々に使うのもダメ、かといって温存しすぎれば壊れる可能性が高くなっていく。

 シオン達の判断力が試されるようなモノだった。

 『で、最後の制限が一番、重要になるんやけど……』

 と、ロキはここで一度言葉を区切り、フィンを見る。彼は構わないとばかりに肩を竦める事で返答とした。

 『フィンの【ステイタス】を、Lv.4相当にまで制限。正確には、そこまでしか力を出したらあかん。ただ、この判断は曖昧になるから、助っ人2人、頼んだで』

 『ガッハッハ。良かろう、儂に任せるがいい!』

 『……頼まれたからには、ちゃんとやろう。ハイエルフとしての誇りと、我が名に誓って不正な判決(ジャッジ)は下さん』

 【重傑】と【九魔姫】の登場。

 変わらず豪快なガレスと、あくまで冷静な――ように見える――リヴェリアに、会場が沸いた。

 「本物……本物のリヴェリア様だ! あぁ、無理を言って来て良かった、本当に……!」

 特に一部の反応は、凄かった。

 「彼女、()()()じゃないでしょうね?」

 「安心してくれ、それはない」

 余りにもキラキラした瞳をしすぎて、心配になった神もいたが。

 『基本的に2人には解説に回ってもらうでー。ただまぁ、変な解説はしたくないし、言いすぎて相手が有利になるような真似もしたくないから、多少やけどな。で、見たとこどうなると思う? 2人の見解聞かせて貰いたいとこや』

 『……普通に考えるのなら、小さくとも構わないからフィンに傷をつけていくべきだ。回復薬を持てないフィンに回復手段はない。細かな傷で疲労させていけば、勝てるかもしれないな。ガレスはどう思う』

 リヴェリアは複雑な想いを抱えたまま答える。彼女は最後までこれを行う事に反対していた。それでも与えられた役割をこなそうとする生真面目さに、ガレスはつい苦笑がこぼれるのを抑えなければならなかった。

 『ふぅむ、何とも言えんわ。確かに迷宮の孤王のように戦う方法も、通じないわけでは無いからの。だが、相手はフィン。そのような余裕があるかどうか。初手の戦法で、シオン達が勝つかどうか、大体わかるかの』

 『ほぉほぉ。なら、その初手がどうなるのかが見極めどころっちゅー事かいな』

 さて、とロキが手を叩く。もう言うべき事はない。

 『やっとこさ準備も、説明も終わった。フィン、シオン達。皆準備はいいな?』

 一度、槍の具合を確かめるように振るい、構えたフィンが言う。

 「構わない。いつでもやれるよ」

 アイズとベートが前、ティオナとティオネが後ろ、真ん中にシオンが立ち、それぞれの得物をフィンに対して向けた。

 「ティオネ、渡した精神回復薬は持ってるよな?」

 「ええ。団長相手に意味があるのかは、わからないけど」

 「いいよ別に。精神の疲弊を癒すのには役立つし――」

 ティオネの魔法は、邪魔できればそれでいい程度の物だから。

 シオンが五本、ティオネも五本の高等精神回復薬。これが勝負の分け目になる――なんて状況にはなりたくない。

 だってこれを使うとはつまり、そこまで追い詰められるという事を意味を示しているのだから。

 「……ああ。こっちも大丈夫だ」

 言葉少なに答えるシオン。

 余裕なんて、誰も持っていない。勝つどうこう以前に、一瞬で負けないようにするだけでも大変なのだ。緊張で倒れないのが不思議なくらいだった。

 『それじゃ――始めぇ!』

 

 

 

 

 

 真っ先に動いたのは、アイズとベート、そしてティオナだった。

 「ベートはフィンの攪乱っ、無理に()りに行かないでいい! ティオナはとにかくやられないように注意してくれ!」

 そんな言葉を背に投げられた。

 しかし誰も声を返さず、目の前の存在だけを注視する。ほんの一瞬の隙さえ作らないように、彼等は必死だった。

 それを迎え撃つフィンは、静かに槍を構えたまま動かない。最初は相手に花を持たせよう――そう思っていたかどうかは定かじゃない。

 だが現にフィンは動かず、真っ先にたどり着いてきベートの双剣に合わせるように槍の棒部分をぶつける。

 軽く、そっと触れさせる程度で構わない。Lv.4のフィンの力は、身軽なベートを吹き飛ばす程の物を持つ。実際ベートも、吹き飛ばされはしないが大きく体勢を崩された。そんな彼に見向きもせず、フィンは次いで来たアイズの動きを片目だけで把握する。

 わかりやすい、フェイントも何も無い突き。だがその後ろから迫るティオナの姿に、下手に避ければ第二陣でやられるとわかった。

 だからフィンは、まず槍を剣に交差させるようにして、その腹を叩いた。横に揺れる剣に対し、槍をグルリと回転させ、地面に縫い付けるように剣の上へと叩き落とす。顔を歪ませながら、アイズが剣を完全に動けさせられなくなる前にと腕を引いたが、流された体ではまともに腕さえ動かせない。

 それがわかっていたから、フィンは一歩踏み込んでアイズの懐に接近する。小柄なフィンはそれだけでアイズの体に隠れてしまう。

 「っ……!」

 アイズを盾にされたティオナが、大剣を止める。これがベートやシオンなら、アイズの体の横から剣を突き刺せたのだろうが、ティオナにはできない。

 必然的にティオナの動きが止まったのを感覚的に察知したフィンの手が拳を作る。自分に襲いかかるだろう衝撃にアイズが歯を噛み締めた、その瞬間。

 「もうちょっとこっちの事も考えなさい!」

 位置取りを考えて移動していたティオネが、フォローのためにナイフを投げる。主武装を禁じられたのはフィンだけで、シオン達はその限りじゃない。不壊属性が無いから壊されればそれまでだが、惜しむ事無く投げていく。

 アイズの体の影にいられなくなったフィンがそこから飛び出てきた。止まっていたティオナが再び動き出し、その剣がフィンを狙う。技術も何も無いその太刀筋。普段のフィンなら格好の餌なのだが、それをカバーするように動く狼が背後から迫っていた。更にアイズまでもが続いてくる。

 三方向から迫ってきた致死の刃。

 「……ふっ」

 フィンは冷静に全てを見極めた。まず動きの速いベートの双剣を避ける。それを察知したベートが追ってきたが、その顎に槍の石突きがぶち当たる。ベートの体が浮き、そしてそのまま倒れた。

 ベートの顎を打ち抜いた反動で、槍の先が跳ね上がる。その勢いに乗ったまま槍を斜めにして、ティオナの大剣を滑らせた。その剣の先にはアイズがいる。衝突しないようにお互いの動きが止まる。

 今回はティオネのフォローも期待できない。まずは目の前にいるティオネから、と思った瞬間、フィンの親指が警告するように嫌な予感を告げてきた。

 ――殺す。

 ゾクッとフィンの背中に氷が突き刺さった。ほとんど反射的に一歩横に動いた直後、()()の致死の刃が虚空を撫でる。

 それをやったのは、シオンだった。その瞳は驚愕に見開かれ、どうしてわかったのかと表現していた。その手に握られているのは、小さな二本の短剣。

 最初に持っていた剣はフェイク。真意はこれを隠すための物。

 「クソッ」

 つい口をついて出た悪態。だがシオンは失敗に拘泥せず、全員フィンから距離を取るように走り出した。

 「すまん、失敗した。付け焼刃の暗殺術じゃ、フィンには効かなかったよ」

 「ハッ、元から失敗前提だろうが。アレで終わったらむしろ拍子抜けだぜ」

 「そうそう。まだチャンスはあるんだから、次何とかしよ?」

 仲間の励まし。本来なら、それに安堵を覚えるべきなのだろう。

 だが、シオンは……そしてアイズは、次のチャンスなどあるのか、と考えていた。

 最初と同じように動かないフィン。彼は己の頬に手をやり、ベットリと付着した血に目をやった。

 後、一歩。いや一秒遅ければ、彼は。

 フィンは、シオンに暗殺術など教えていない。それはつまり、彼に告げた提案に、シオンは真剣に取り組み、勝てるための策を作ろうと必死に頭を捻った証拠だ。

 ――すまない、シオン。僕は君を、まだ見くびっていたらしい。

 フィンは、シオン達を試す立場。それを意識しすぎて、忘れていた。

 彼は、動かない。

 だがその意味合いは、最初とは全く違う。

 その意味は、すぐにでもわかる事となる。

 

 

 

 

 

 『……リヴェリア、あんたが言うた戦法とは全然違うんやけど? ていうか、シオンが容赦なく殺しに言ってるように見えるのはなんでや』

 『ふむ。私はあらかじめ言ったはずだが? ()()()()()()()()()、と。それに、あの対応は間違ってないさ』

 ロキとリヴェリアの解説。ロキが疑問を呈し、リヴェリアが解く。冒険者ではない、言ってしまえば観戦者の1人であるロキの疑問は、ある意味この場にいる全員の共通の疑問でもあった。

 『フィンは儂等の中でも特に技術に秀でたタイプじゃ。むしろ一撃で倒さねば、ジリ貧になって負けるぞ。そもそも格上相手に、十分なアイテムも無しに長期戦など無謀としか言えん』

 『その通りだ。そして、殺しに行ってるようにしか見えないという問いは、愚問だとしか言えない』

 『シオンに手加減なぞしてる余裕はない。()()()()()()()()()()()()。……だが、それでもあの一撃は外すべきではなかった』

 『どういう……意味や?』

 ガレスの言葉は、聞いた者全員の心に重く伸し掛ってくる。それだけの冷徹さえを含んだ声だ。

 ロキの声に、ガレスは鼻で笑って言う。

 『来るぞ。【勇者】の本気が』

 

 

 

 

 

 気づけば、シオンの体が吹き飛んでいた。

 『な――っ!?』

 全員の息が止まる。しかし空を浮かぶシオンには困惑している暇など無く、自分を狙う一条の槍を見つめていた。

 表情が全く動いていないように見えるシオンだが、内心ではただ一言。

 ――ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ――っ!!

 フィンが、本気で来た。その恐ろしさを体に叩き込まれているシオンの瞳が、知らず揺れ動く。

 それでも動かなければやられてしまう。

 無理に体を動かそうとせず、一度流れに身を任せる。そうしてまともに動く場所と動かない場所を把握して、一気に捻ってある程度動ける体勢へ移行させた。

 その間にもフィンは距離を詰め――るどころか、もう目と鼻の先にいた。間断無く突き出されてくる槍の雨を、必死の形相で捌いていく。

 無傷で、とは考えない。手足を掠っていく程度に留め、とにかく後の行動に支障を来たすような攻撃だけを剣を使って逸らすのだ。

 槍が機動力を削ごうと足を狙う。足を地面から放し、膝を曲げて避ける。片足立ちとなったシオンを転ばせようと、突き出した槍をそのまま横に振るう。

 地面に剣を突き刺して、腕力だけで体を浮かす。逆さまになった世界で、フィンは石突きをシオンの顔面にぶつけようとしているのが見えた。懐に手を伸ばし、先に使った短剣の内一本を目の前にかざす。

 武器としての強度は言うまでもない。一瞬で壊されたが、武器を破壊された反動でシオンの体が後ろに動く。剣を引き抜き、一回転しながら地面に着地。だがそれで何とかなったと思うのは早計だ。

 またもフィンが距離を詰める。逃がすつもりは毛頭ない。何故なら、

 『シオンが倒されれば、フィンの勝ちだからだ』

 『見たところ、対人戦を得意としておるのはシオンだけのようじゃ。可能性があるとすればアイズくらいかの』

 そう、まともにフィンと戦えるのはシオンだけ。あくまでモンスターを戦うのを想定して鍛えただけのベート、ティオネ、ティオナでは、フィンと打ちあえない。

 唯一シオンから薫陶を受けたアイズだけが、無意識に対人戦の動きができる。

 だが、アイズが教えを受けているシオンに未だ勝てないように、シオンが教えを受けているフィンには勝てない。1人だけでは、勝てないのだ。

 その差を如何に埋めれるか。それが4人の役目。

 『だが、特にティオナは辛いだろうな。ベートもだろうが』

 それから相性の問題、というのもあった。

 シオンやアイズと違い、ベートは速度と手数に特化している。だがそれはフィンも同じであり、言うなれば完全な上位互換。戦況をひっくり返すような特別な魔法を覚えていない彼は、攪乱以上の役目をこなせないだろう。

 ティオナの場合はもっと酷い。彼女は剣術を始めとして技術の大半を使わないで来た。その身の【ステイタス】に頼った戦い方をしているパワー特化型の彼女は、技術に優れたフィンにとって隙だらけ。

 ティオネのサポートでもなければ、戦う以前の問題だ。

 実質4人で戦っているような物なのだが、それを纏めていたのがシオン。

 『その上指揮を取っているのもシオンだ。言葉を発したのは最初だけだが……事前の作戦も、それを成功させるための動きも、彼がそうするように動かしたからできただけにすぎない。これは推測だが、手か体の動きで指示を出しているのだろう』

 全てはシオンを主軸とした戦い。

 その軸をとっぱらってしまえば、後はもう消耗戦以下。蹂躙されて終わるだろう。それがわかっているから、フィンはこの機を逃さない。

 ――押し負ける。

 集中力が擦り切れていく中でふとこぼれたのは、それだった。

 フィンの槍が、シオンの腕を深々と切り裂く。それを切っ掛けとして、シオンの集中力がプツンと切れた。

 「シオンは、絶対やらせないっ!!」

 だが、フィンが一秒に救われたように。

 シオンもまた、その一秒に救われた。シオンが吹き飛んだその瞬間から動き出していたティオナが、やっと追いついたのだ。

 防御を捨てた完全な攻撃の構え。大上段からの振り下ろし。いかなフィンとて後ろに目があるわけではない。シオンへの攻撃を中断し――中断する前にシオンの体を吹き飛ばしていくのを忘れない――て、ティオナへと向き直る。

 ガラ空きの胴体。そこ目掛けて槍を突き出すが、

 「あぁもう! 仕方ないわねホントあんたは!」

 叫びながらフォローに回るティオネが、それをさせじと邪魔をしてくる。ほんの一瞬の助けだった。恐らくすぐにティオナは跳ね除けられるだろう。

 それでも、シオンは確かに助けられたのだ。

 腕を思い切り抉られたから、仕方なく懐に手を伸ばして回復薬を飲む。削られた体力と傷を回復させたが、流石に集中力はそう易々と戻ってこない。

 「シオン、行けるか」

 それでもなお、まだやれるだろうと目で聞いてくる奴がいた。

 そう、忘れてはいけない。

 ティオナにティオネがいるように、

 「やるしかないだろ。……おれがお前に合わせる。だから、お前もおれに合わせろ」

 「ハッ、言うなぁ。だったらそう思わせてみろや!」

 シオンにはベートがいるのだという事を。

 そんな会話をしている間に、ティオナが大上段から剣を振り下ろす。まともに受け止めれば危ないと判断したフィンは、大剣の当たるスレスレの位置で避けた。地面に亀裂を走らせた一撃だが、当たらなければ意味はない。

 けれどこれは、次への布石。大剣を振り下ろした勢いを利用し、片手を柄から離し、半身となってタックルをかます。

 ほぼ捨て身となる一撃。それでもほとんど接近していたお陰で、フィンの体にぶち当てる事ができた。

 巧みな姿勢制御で倒れさせる事はできなかったが、それでいい。時間を少しでも稼げればそれでいいのだ。

 反撃として突き出された槍を見て、痛みに耐えるために歯を食いしばる。腹に当たれば恐らく脱落。そう思ったティオナは、アイズに救われた。

 ほとんど抱きつくようにして、攻撃を躱したのだ。

 それと入れ替わるようにして、2人が駆け出す。シオンが先、ベートが後。フィンの攻撃を受け止められるのがシオンだけだから、こうなるのは自然だった。

 その2人の更に後ろで、ティオナのフォローをさり気なく行っていたアイズが剣を構えて待機。

 ――下手に入るほうが、邪魔になる。

 シオンとベートは、悪友で、好敵手で、だが一番の親友。共に肩を並べて生きてきたからこそ、2人の連携(きずな)は強い。

 そう判断して。

 シオンが剣を愚直に振るう。それがフィンの槍に当たるが、鍔迫り合いに持ち込まず、反対に回転。その回転に合わせるようにベートが割り込み、シオンの攻撃によって若干硬直しているフィンの足元を付け狙う。

 短剣という性質上、リーチの短さが災いしてかなり接近する必要がある。それがわかっているからフィンも慌てず、一歩足をズラして回避。

 それを予期していたのか、回転していたシオンが回転の速度を上乗せした回転斬りをお見舞いする。その間にベートは地面を蹴って後ろに下がり、フィンの足で蹴られないように逃げていた。

 未だ片足が浮いたままのフィンはシオンの攻撃によって体が流れた。しかし、シオンはこれ以上の追撃ができない。

 だから、

 「背中借りるぞ!」

 「勝手に使っとけ!」

 下がったはずのベートが更に地面を蹴り付けシオンの背中に着地。そのまま逆さになりながら、短剣でフィンの頭を切る。

 しかしフィンは素直に喰らってくれない。槍から片手を離して双剣の一本を殴り、もう片方は首を捻って無理矢理躱す。

 また躱された。だがそんなものは予定調和。ベートは着地してすぐに反転、背中からフィンを狙う。それをフィンは、無様な体勢のまま横に飛ぶ。その途上、石突きで地面を突いて体を捻り、受身を取って足から着地。

 先程のシオンと似たような光景。ならばこの先も、似たような物となるのは必然。

 着地したフィンが顔を上げると、2人は肩を並べるようにして走り、剣を振るっている姿が見えた。長いシオンの髪が鬱陶しそうに広がる。

 ベートは小さく、シオンは大きく剣を振るう。絡みつくよなベートの双剣と、薙ぐようなシオンの剣。

 最初に来たのはベート。片方を首、もう片方を腹に向けてくる。腹を狙ったきた方は、剣を握られた手を包み込むようにして受け止め、首を狙ったものは少し屈んで、()で噛み締めた。

 シオンの方は素直にフィンの腕を狙ったものらしい。こちらは普通に残った槍でもって受け止めればそれで終わりだ。

 Lv.2の膂力では、Lv.4であるフィンとのこんな歪な鍔迫り合いでさえ勝てない。現状維持しかできない事にシオンとベートが歯噛みした、その瞬間。

 2()()()()()()()()、剣が突き出される。

 「――!?」

 ほとんど密着している2人の体の隙間。そこから突き出された剣の形状に、フィンは見覚えがあった。

 ――アイズか!?

 だが、アイズの姿など見えなかった――そう思ったが、ふと気づく。

 先程シオンが髪を広げるようにして走ったのは、わざとなのではないかと。シオンの白銀の髪は、相応に目立つ。もしそれに隠れるようにして動けば、気づけないのでは。

 今更だが、こんな土壇場でそれをやろうなんて、普通は考えない。

 その上わずか数Cという隙間を、2人の体を傷つけずに通す技術と、それら全てをこなす度胸に驚嘆しながら、フィンは迫る刀身を眺める。

 もしも、とフィンは思う。

 ――もしこれが誰もいない、身内だけの勝負だったなら。

 素直に勝ちを譲り、頑張った、成長したと褒めて良かった。だが現実は違う。大勢の者が見ている前だ。

 ――無様に負ける事は許されない。例えハンデがあったとしても!

 フィン・ディムナは小人族の【勇者】、希望の象徴。どれだけの絶望があったとしても、負けを認める事なぞできない。

 だから、

 ――悪いけど、勝ちは貰う!

 今まで一度も使わなかった『足』によって、攻撃を逸らす。跳ね上がったフィンの膝がアイズの剣の腹を打ち抜いていく。その勢いによって横に吹き飛んだ剣の腹が、ベートの脇腹に食い込み、彼を吹き飛ばしていった。

 3人の目がありえないと叫んでいるのを理解していたが、フィンは情けなどかけない。自由となった腕でシオンの腕を掴んで引っ張り、思い切り投げ飛ばす。

 それと同時にアイズの体に槍を振るう。反射的に剣で防御されたが、ある程度距離を作れれば問題無い。

 シオンを投げ飛ばした方へと体を向ける。

 最初に吹き飛ばした時は、槍での物だった。だが今回は腕を使った。その差は歴然としてわかりやすい物。

 ――姿勢が、直せない!

 比較的簡単に直せた最初と違い、完全に崩された体勢を立て直すのは容易じゃない。そして空中にいるシオンは、回避も防御もまずできない状態にあった。

 フィンが、更に距離を取ろうと、また詰めようと一歩、二歩と地を蹴る。

 そして槍を持ち上げ――投槍の構えに入る。

 それだけでフィンの意図がわかる。フィンは完全に、シオンを殺す気で槍を投げるつもりなのだと。

 両手で持った槍なら、フィンは細かな動きで加減ができる。しかし投槍は、一度放たれれば後はそのまま突っ切っていくだけ。下手にシオンが動いたほうが危険がある程だ。

 しかも距離を詰める必要がないから、誰も横に入る暇がない。

 ティオナも、ティオネも間に合わない。彼女達は消耗していた投げナイフの回収に走っていたから。

 ベートとアイズも動けない。いや、唯一アイズだけは動こうとしていたが、圧倒的に時間が足りなかった。

 ――負けたくない。まだ戦えるんだっ、おれは!

 それがわかっていたから、シオンは諦めたくないとフィンの槍を凝視する。けれど、すぐに悟ってしまった。それがどれだけ無駄な作業なのかと。

 ――微調整ってレベルじゃない。

 腕と手だけじゃない。恐らくフィンは、指先の動きだけでも槍の投げる先を調整できるのだと、わかってしまう。

 槍が放たれれば、避ける暇などありはしない。

 だが放たれる前から回避しようとしても、指先の動きで修正される。

 回避は――できない。

 フィンが、槍を放とうと振り被り一気に腕を伸ばす。

 「まずは――1人目だ」

 そして、風が吹いた。




構想練ってた段階から大体察してたけど、案の定一話に収まらない。そう簡単には終わらせたくないっていう私の想いをどうか理解してください。
だってここの話書くために頑張ったんだもの。ここ書いたら燃え尽きるかもしれないってくらい頑張ったんだからね!

後感想で言われたんで急遽ヘルメスさんのご登場。一応裏話としてアスフィは連れてきてますけど、姿は見えてません。
なんかそれっぽい感じに消えて行きましたけど……特に予定はありません。とりあえず出しておけば後々使えるだろ――ゲフンゲフン。

とりあえず解説解説。

決闘のルール
まずはこれを決めないと話になりません。無理ゲーどころかクソゲーです。
全体的には
・長期戦の阻止
・フィンの大幅な弱体と制限
・両者の持つ武具を同じにする事で、個人の力量以外の差を持ち込まない。
これがわかってれば特に混乱しないと思います。
ちなみに作中の文章だと結構な時間経ってるように思えますけど、実際には五分十分程度しか経ってない件。

ロキ・リヴェリア・ガレスの解説
便利そうだからやってみた。
本音? そろそろガレス出さないとなんか可哀想にしか思えな――いや、なんでもない。

後は大体作中で書いてるような気がする。
個人的に気になる部分があったら言ってください。ちゃんとお答えします。次回へのネタバレとかはできませんけどね。

次回のタイトルは『未来への可能性』。
多分次回で戦闘は終わると思います。……終わらせないと長引きますし。

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