英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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美の女神の力

 「ここでいいわ、オッタル。迎えの時間は」

 「終わるまで、お待ちしております」

 「……そう。別に無理している必要もないわよ?」

 と言ってから、フレイヤは絶対に終わるまでここにいるのだろう、と確信していた。この従者は一度言った事は必ず違えないほど頑固なのだ。

 ふぅ、と小さく息を吐き出して、フレイヤは上空を見た。

 「今回は随分と力を入れてるのねぇ」

 塔という性質を最大に利用して飾られたそれは、一言で言えば、派手だった。しかもアレ、どう考えても窓の外に出て付けていると察せられる部分もある。本当に、一部は『子供』がやったと思しき場所も。

 それだけ大事だという証左か。どちらにしろ、フレイヤはただ見るだけだ。

 ――どれだけ、強くなってるのかしら。

 フレイヤはあの少年が強いのかどうかを全く知らない。オッタルの話から『期待が持てる』程度の認識はあるが、それだけ。

 「楽しみね、本当に」

 クスクスと笑う女神に、その周囲にいた者が男女問わず見惚れる。それを当然のように、気にもとめずホームへと足を踏み入れた、その瞬間だった。

 人垣が割れ、そこから1人の美女が現れる。

 「おやおや、誰かと思えばフレイヤぁ。まさか『敵対』してる神の宴に来るだなんて、随分と酔狂じゃないか」

 それは、フレイヤと同じ物を司る女神。

 「あら、私は別にロキと敵対なんてしてないわよ? 明言したつもりもないし……ねぇ、イシュタル」

 イシュタル、という名の美女。

 アマゾネスよりも更に布の無い薄着。褐色の肌を惜しげもなく晒し、男女問わず集まる視線に、むしろ見せつけるように体を揺らす。金銀をふんだんに使ったアクセサリーを随所にこらす、その姿はまさに女王。

 煙管の煙が紫にも見える黒髪を撫でた。

 その姿にフレイヤが妖艶な微笑みを返すと、イシュタルもまた同種の笑みを浮かべる。

 けれど、フレイヤと違いイシュタルのそれには幾分かの嘲笑が含まれていた。それをわかっていながら、けれどフレイヤは意識の片隅にも留め置かない。

 言い方は悪いが、寄ってきた虫を追い払っている。その程度の認識だった。

 「つまり、私の勘違いか。そりゃ悪かったねぇ。でもそれなら、どうして誰も連れてこなかったんだい? もしかして『可能性ある人物』は自分のところにはだぁれもいない……そんな無様な話とか?」

 「連れてこようとは思ったのだけれど、ちょっと人が多すぎてね? 選ぶだけでも大事になりそうだったから、いっそ連れてこなかったの。それに、オッタルだけでも『可能性ある人物』になるでしょうから、いいかなって」

 イシュタルが毒を吐こうとも、フレイヤには何一つ効果がない。それをわかっているのかいないのか、更に言い募ろうとした彼女にフレイヤが笑いかける。

 「それに、見たところあなたも連れてきてないみたいだし……お互い様、じゃないかしら」

 「っ……」

 その反論に、イシュタルは何も言えない。

 そう、彼女は誰も共に連れていない。正確にはいるのだが、目の前にいる女神が宴に来るかもしれない、そう思って遠くに待たせているせいだ。

 そんな彼女の真意を、フレイヤは見抜いていた。

 見抜いていたが、見逃してあげた。

 一触即発。誰もが遠巻きに2人の女神を見ていた時だ。

 「――宴に来た神、ですね? 参加証となる招待状の確認をしたいのですが」

 白銀を纏った少年が、2人の注目を奪い去る。

 ペコリと一度頭を下げ、片手を差し出す。それが招待状を求めているのだと察したフレイヤが、少年に招待状を渡した。一拍遅れてイシュタルも、どこかに持っていたそれを渡す。

 器用に両手でそれぞれの招待状から中身を取り出し、少年は文字に目を落とす。それから一分と経たずに読み終え、これまた器用に二つ同時に中身を元に戻した。

 「確認、終わりました。神フレイヤ、神イシュタル。つきましては、開催までに割り当てられた部屋で休憩を願いたいのですが……」

 それぞれに招待状を返し、2人の顔色を伺うように、申し訳なさそうに言う。

 少年に案内できるのはどちらか1人。つまり、少し待たせてしまう事となる。どうすればいいだろうと、そう考えていたとき。

 「シオン、案内は僕もやるよ。これで待たせる必要は無いだろう?」

 フィン・ディムナ。唐突に現れた【勇者】に、周囲が沸き立つ。シオンはフィンの顔を見て大体の事情を察したが、だからといってここを立ち去れる訳もない。

 と、シオンは横目でイシュタルという名の神を見た。

 まるでフィンを貪るかのような視線。この神は案内役を絶対フィンにするな、と確信できるくらいの目だ。

 ならフレイヤは、と思った瞬間。

 「――案内を頼めるかしら、小さな【英雄】さん?」

 「え、あ、わかりました。神フレイヤ」

 「フレイヤ、で構わないわ。それと、別に敬語でなくてもいいのよ?」

 クスクスと楽しそうに笑って、シオンの肩に手を置き、頭を撫でてくる。その余りの気安さに硬直して驚くシオン。

 フィンも少なからず驚いていたが、一番はイシュタルだ。

 「……そんなチンチクリンの青臭い子供の、どこがいいんだ?」

 怪訝に思いながら、シオンと呼ばれた少年を見下ろす。今はもうフレイヤから離れているが、見たところ特別な物なんて持ってないように見える。【勇者】等とは比べ物にならない程の雑魚にしか感じられない。

 感じられない、が。

 「…………………………ふぅん」

 フレイヤが御執心、それならば話は別だ。

 歪んだ口元を隠しながら、イシュタルはシオンに近づき、両手で頭をガッチリと固定した。そして逃げられない少年に――

 「――ん!?」

 

 

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

 

 

 と思ったのだが、咄嗟に顔を下に背けられたせいで、場所がズレたらしい。それでもイシュタルは『美の女神』だ、『魅了』は効いているだろう。

 フレイヤが注目していた子供を自分が奪う。それに悔しがる姿を想像するだけで、高笑いしてしまいそうだ。

 さてこの子供はどんな顔で自分を見るのだろう――そう思って見下ろし、イシュタルは、かつてない程に驚いた。

 「……っ!!」

 気持ち悪い――そう言いたげな表情で、自分から距離を取る少年。まるで親の仇か何かを見るような目で睨みつけてくる。

 ――何故、どうして効いてない。私は美の女神だぞ!?

 今までにない経験に、女神は身動きできない。

 「シオン」

 「……っ。申し訳、ありません。神イシュタル。しかし、お戯れも程々にお願いします」

 フィンに名を呼ばれ、自分が今どんな顔をしているのかに思い至ったシオンが、冗談で済ませるためにそう言って頭を下げてくる。

 イシュタルは混乱した頭で、何とか笑みを作った。

 「こ、こっちも悪かったね。ちょっとしたサービスのつもりだったんだけど」

 顔が引きつってないか、そう心配するイシュタルは、気づかない。

 本当に、心底から面白い物を見たように笑う、フレイヤを。

 結局あの後すぐに案内は開始され、2人は己に割り当てられた部屋へと移動する。淡々と案内しようとするシオンに、フレイヤはわざと話を振った。

 「そういえば、随分前に私のオッタルと戦ったそうね。ごめんなさいね、あの子、手加減なんてほとんどできないから」

 「……いえ、いい経験でした。まだ足元すら見えもしない『頂点』――その事実を理解させられた事で、調子に乗るなんてできなくなりましたから」

 「諦める、なんてしないのね。大抵の子はオッタルと剣を合わせただけで『自分では絶対に届かない』って投げてしまうのに」

 フレイヤの言葉に、シオンは少しムッとしたようだ。

 「他人なんて知りません。私は『今の』頂点を知った。だから、少なくともそれを越えれば自分が新たな頂点になれると理解できた。――重要なのはそれだけだ」

 「…………………………」

 「私達に与えられた『神の恩恵』は、決して平等じゃない。それでも……いっそ死んだ方が楽だとさえ思えるような事を、こなし続ければ。何年かかったっていい、届いてみせる」

 真っ直ぐな目だった。

 こんな目を見たのは、かつての。

 『まだまだ弱かった頃のオッタル』だろうか。愚直に、諦めず、手で這いずる事になろうとも進み続ける強い意思。

 強く輝く白い魂と、それに塗られた緑の色。色によって人の『本質』を見るフレイヤは、やはりこの少年は、未来溢れる子供なのだと、再度理解させられた。

 シオンの言葉に、とても、とても楽しそうに笑っていると、フレイヤは割り当てられた部屋へとたどり着いた。

 扉を開けて、彼女に中へ入るよう示す。

 部屋の中はある程度の家具が置かれている程度。休憩するくらいならできる、くらいの部屋だ。フレイヤが部屋に入ったのを見ると、シオンは部屋の中と外の境界線で上半身を折り曲げ、

 「この部屋になります。足りない物や、何か飲みたい物があれば、誰かお呼び下さい。できる範囲でご要望にお応えします」

 「ありがとう。今は仕事だから仕方ないけれど……次は、ちゃんと敬語を外してね?」

 「……畏まりました」

 頭を上げて、フレイヤの顔を見つめるシオン。そんな彼に、フレイヤは滅多にしない、『本心からの笑顔』を見せた。

 それにシオンは少し嬉しそうな顔をすると、小さく頭を下げて、今度こそ部屋を去る。

 フレイヤの『魅了』さえ、少年には通じないのだと知ったのは、彼女自身だけだった。

 自分以外誰もいない部屋の中で、フレイヤは椅子を窓の傍へ寄せ、外を見た。しばらくはこうして外を見ながら暇潰しでもするしかないだろう。

 そう考えていたフレイヤだが、しかしそれはすぐに撤回される事となる。

 「……ノックくらいはしたらどう? ロキ」

 「別にええやん。知らん仲でもないんやし」

 それはそうだが、しかし明け透けに話し合う仲でもない。だがロキは何が楽しいのか、ケラケラと笑って取り合わない。

 ロキは残ったもう一つの椅子をフレイヤの前に持っていくと、そこに座ってフレイヤと同じく外を見た。

 続々と入ってくる神とそのお供に、ロキの眷属である子等が忙しそうに案内している。今回参加した者達は、それだけの数がいるのだろう。

 「……『私達』を案内するのなら、もうちょっと速めに対処しておきなさい」

 フレイヤが最初に言った言葉は、それだった。

 彼女はフィンがあそこに来た理由を察している。そしてそれが、自分達のせいだとも。

 フレイヤとイシュタルは美の女神だ。そんな自分達に下手な団員を寄越せば、即座に魅了されて奪われるかもしれない、と危惧したロキの苦肉の策だろう。シオンがあそこで介入したのは、予定されていなかったはずだ。

 「わかっとる。それよりも、シオンがイシュタルにキスされたって話や」

 「ああ、やっぱりそれが気になったのね。安心なさい、彼に魅了は効いてない。イシュタルは最後まで気付かなかったみたいだけどね。そもそもああもあっさり私達に話しかけて、目を向けられても何も反応しない時点で効かないってわかるでしょうに」

 美の女神の魅了。それは普通の人間では決して抗えない麻薬のような物。気づけばその存在を崇拝している程に強烈な麻薬だ。

 フィン達だって、それに完全な対抗はできない。オッタルならば可能かもしれないが、彼はそもそもフレイヤという絶対の女神を信奉しているので、あまり参考にならない。

 「……なんで、シオンは大丈夫なんや?」

 「あら。効かないのなら別に困る事も無いでしょうに。奪われる心配がないのだから」

 「ほざけ。シオンはまだLv.2や。精神だって、大人顔負けくらいに成熟しとるけど、その分隙だって多い。……普通じゃないんや。どう考えたっておかしい」

 ロキは、かつては悪神とまで呼ばれた神だ。時には知恵を持って騙し、狡猾に、謀略でもって神々を陥れ、時に自ら戦う道化師(トリックスター)

 だがしかし、彼女は()()()()()()()()

 『魅了』という力がどんな風に起こり、その結果どうなるのかを知っていても、詳しい事はほとんどわからないのが本当のところ。

 だから、何故シオンにはそれが効かないのかを教えてほしいとお願いするために、フレイヤのところへ来たのだが。

 それをするためには、ロキは些か喧嘩腰だった。

 その対面にいるフレイヤはというと、ロキの態度を気にしてはいなかった。それにイシュタルに比べれば、その真意が『己の子のため』という大変微笑ましい物なので、顔に笑みが広がりそうなのをむしろ抑えていたくらいだ。

 少しだけ考える。

 ――別に知られたところで、あまり意味はないし……。

 魅了の弱点。それは対策を立てたくとも立てられない類の物だ。だから、別にロキ以外の誰かに知られたとしても、何もできない。

 我ながら理不尽だ、と他人事のように思いながら、フレイヤは言う。

 「教えてあげましょうか? 『魅了』が効かない条件を」

 「…………………………。……頼むわ」

 たっぷり悩んでそう返すロキ。どう見ても頼む態度ではないが、フレイヤはからかうように笑ってみせると、ロキは視線を逸らした。

 「基本的に魅了が相手の心を奪うっていうのは、知ってるわよね?」

 「それくらいはな。だから、精神に隙が無い人間には魅了が効きにくいって事は、大体わかっとるで」

 それでも完全には防げない。心から惚れ込む事は無いだろうが、その相手を好意的に思ってしまうのは避けられないのだ。

 ただそこにいるだけで愛される。

 まさしく理不尽。彼女が一声かけるだけで、男女問わず何人、いや何千何万という人間が一斉に集まることだろう。

 「でもね、そんな私の魅了でも、効かない人は『二通り』あるのよ」

 「二つも、あるんか?」

 「ええ。一つ目は、あまり大きな声では言えないけれど……脳死した人や、精神が壊れて廃人になった人。所謂『植物人間』と呼ばれる人達に効かないの」

 脳死した人も、精神が壊れた人も、体は生きているが心は死んでいる。

 言い換えれば『意識が外に向いていない』パターンの人達だ。魅了は相手の心を奪うが、そもそもフレイヤが声をかけようと、触れようと、笑おうと、心がそれに気づかないのなら、魅了なんてできるはずがない。

 「だから、自分だけで完結して一切人の話を聞かないような人も、もしかしたら魅了が効かないかもしれないわ」

 「そんな子いるんかなぁ。いそうなのが恐ろしいところやけど。でも、シオンは植物人間やないで? それはどういう意味や」

 「シオンは後者になるかしら。今から言う二つ目」

 イシュタルが気付かなかったのは、恐らくこの二つ目を知らなかったかだろう。実際フレイヤだって気づいたのは偶然で、その件が無ければ今もわからなかったに違いない。

 「一つ目と理由は似ているけれど……『意識が他に向いていない』状態。それが、魅了の効かない二つ目の条件」

 前者は『外』であり、後者は『他』である。

 言葉というのは不思議なもので、たった一言違うだけでその意味は大幅に形を変える。今回も、それだった。

 「例えば、その人だけを心底愛してる人。例えば、その道を極めようとしている人」

 それこそスキルとして発現するようなレベルで『他の事に目が行かない』状態になれば、恐らく魅了は跳ね除けられる。他の事に意識を向ける余裕が無いからだ。余計な感情を抱けば、それを達成するためにかかる時間が伸びるのだから。

 わかりやすく言えば、()()()()()()目的や目標、想いがあれば、美の女神の魅了を一切受け付けなくなる、という事だ。

 あの少年も、そのレベルに至る想いを抱えているのだろう。だから、効かない。

 「ここから先は、あなたの方がよく知ってるはずよ。……少なくとも、今のまま放っておけば近い内にあの子はそれしか目に入らなくなるわ」

 フレイヤにわかるのは、シオンが強くなる事を最優先目標にしていること。

 そう、シオンの目的は身近な人を理不尽から守ること。そのための手段として、まず強くなろうとしている。だが、もし目的と手段が逆転すれば。

 「あの子が堕ちるか堕ちないかは、あなた達次第になるでしょうね。他人事だけれど応援させてもらうわ。頑張りなさい、ロキ」

 「言われんでもそうするわ。絶対に、間違えさせたりなんてさせん。シオンはうちの子。一度でも眷属にしたなら、殴ってでも正気に戻したる」

 それは、彼女の決意。

 愛する子を守る、神としての宣言。

 「ふふ。ええ、そうしてあげなさい」

 そんなロキの姿勢が好ましいからこそ、フレイヤは彼女を嫌いになれなかった。

 

 

 

 

 

 フレイヤとロキが話す一方で、別の神々も談笑し合っていた。

 ここは神達が話し合うために作られた部屋だ。他の部屋よりも格段に広く、普段は団員達の鍛錬場所として使われているところを改造したもの。

 休憩よりも雑談を望む神は多いだろう――そう判断したロキは間違っていなかったらしい。かなりの数の神とその共が、歓談していた。

 ちなみにフレイヤやイシュタルを始めとして、美の女神はここにはいない。魅了は本人の意思次第でその段階を上下できるが、だからといって不用意に己の子を魅了されては誰だって困る。女神達とて知らず魅了してその神から恨まれてはかなわない。

 それに、誰彼構わず魅了すると、後々困るのは自分だ。本当に気に入った子だけを魅了するのが効率的だと理解しているからこそ、必要ないときは出しゃばらない――そんな暗黙の了解が、彼女達の間にはあった。

 美の女神の姿をお目にかかれない事に若干名残念そうにしていたが、概ね平和に時は過ぎる。そんな中、ヘファイストスは椿を連れて歩いていた。傍らにはヘスティアもいるが、彼女は出されている料理に夢中で他の事には見向きもしていない。

 「椿、私はしばらく他の人達と話でもしようかと思っているのだけれど。あなたはどうする? なんなら他のところに行っていてもいいわよ」

 「む、気遣いは無用だ、主神様。私が話したい相手は、今のところ1人しかいない」

 そしてその1人は姿が見えないから、どこかに行く必要は無かった。ヘファイストスは苦笑しながらその意に頷き、2人を連れ立って歩く。

 数分歩くと、見覚えのある人影が見えた。

 「おお、ヘファイストス。君もこの宴に来ていたのか。そちらのお嬢さんは」

 「私の眷属の椿。椿、この神はミアハ。ディアンケヒトに並ぶ医療系【ファミリア】の主神よ」

 「あの有名な……お初にお目にかかる、椿・コルブランドと申す。このような外見だがハーフドワーフなのだ」

 小さく頭を下げる椿。ミアハは軽やかに笑うと、身振りでやめてくれと示し、ついでその手を差し出した。

 「私はミアハ。共であるユリエラは今、プレシスとシオンに会いに行くと言ってどこかに行ってしまったから、今は1人でな。しばらく一緒になっても?」

 握手を終えてそう問うと、ヘファイストスはいいんじゃないかしらと肩を竦めた。

 「私達も暇なのよ。無理に話をしなくても、子供達はうちの武具を買っていってくれるから、特に困ってないし」

 「ははは、それは羨ましい。こちらはディアンケヒトがいちゃもんをつけてくる事が多くてな、その対処に追われる日々だ。子供達には迷惑をかける」

 「全く……ディアンケヒトも、もう少し大人になればいいのに」

 「いや、構わんさ。ライバル扱いされていると思えば張り合いもでてくるというものだ」

 嫌味のない笑顔で、そんなセリフを言うミアハ。本心から言っているが故に性質が悪く、これにやられた女子は数知れず。

 「ふぅむ、これはまた、随分と『人の良い』神みたいだの、主神様よ」

 「お人好しに過ぎるけれどね。多分、自分が貧乏になってもお裾分けをやめないタイプよ」

 が、椿とヘファイストスには通じない。むしろ付き合う事になったらきっと苦労するだろうからやめた方がいいなと、割と酷い事を考えていた。

 そんなヒソヒソ話がされているなど知らず、ミアハは人好きする笑顔を浮かべたまま首を傾げている。

 すると、遠くからミアハを呼ぶ声がした。

 「む、すまないが呼ばれたようだ。彼女を1人にもできんし、私はそろそろ失礼させてもらうとしよう」

 「あらそう? なら、また後でね、ミアハ」

 「うむ、また後ほど」

 最後まで笑顔を絶やさずに去っていくミアハ。アレこそモテる男の要素の一つ、になるのだろうか。お互いの目を合わせ、苦笑する。

 さてまた寂しく2人だけになったからと、置かれている料理と酒に舌鼓を打ちつつ、開催時間までの暇を潰す。幾神が話しかけてこようとしたが、それがヘファイストスだとわかると、そそくさと去ってしまった。

 「意気地が無い神が多いようだ。先程から誰も話しかけてこん」

 「ま、下手な事を言って出禁を食らったら困るのはあちらだもの。自分の子から恨まれたくないのなら、最初から関わらないのがお互いにとっても楽だわ」

 ドライな言葉を吐きながら、しかしヘファイストスはつまらなそうにしていた。カリカリと右目に付けられた眼帯を掻く。

 本心では納得していない証拠だ。素直じゃない主神に、椿は苦笑をこぼした。

 「ならば、私と一つ話でもどうだ? もう少しで始まるが、それまでは暇だからね」

 「ディオニュソス? ……と、その子は?」

 「ああ、この子は私自慢の眷属の1人さ。フィルヴィスと言うんだ、良い名だろう?」

 「は、初めまして! ディオニュソス様の眷属の、フィルヴィスですっ!」

 ペコリと緊張からか大きく上半身を曲げるエルフの少女。

 エルフ故に美麗な顔立ちは最早言うまでもなく、微かに見える瞳は緋色の如く赤い。服は白を基調とした短いケープ。わざわざ長い襟まで用いて徹底的に露出する部分を省いているのは、潔癖症の気があるエルフの性か。

 その主神であるディオニュソスもまた、彼女に劣らぬ美貌の持ち主。女性も羨む柔らかな金髪を揺らし、中背ながらスラリと伸びた手足が彼の良さを際立たせる。

 ふざけ半分で貴族の真似事をしている似非とは違い、彼だけは本物の上流階級の貴族のように品が良い。しかしそのせいか、彼には油断がない、あるいは食えないといった印象も感じられた。

 何も知らなければお似合いのカップルにも見える彼等に、ヘファイストスは笑みを浮かべる。

 「そうね。ちょうど暇だったから、お誘いを受けるわ。私はヘファイストス。よろしくね、綺麗な妖精さん」

 「私は椿・コルブランドだ。これでも鍛冶師なのだが……むぅ、エルフという事は後衛か。杖は専門外だから、何のアドバイスもできそうにない」

 と、ディオニュソスよりも注目を浴びたせいか、フィルヴィスという少女は慌てて己の主神の背中に隠れてしまう。

 「はは、可愛い子だろう? どうにも恥ずかしがり屋なんだ、許してやってくれ」

 「これくらいで目くじら立てるほど狭量ではないわよ」

 しかし神であるヘファイストスが彼女に目を向けていると、緊張でまともに話してくれなさそうだった。仕方なく彼女は全て椿に丸投げする事にした。

 ヘファイストスの注意が自分から逸れたのを感じたのか、フィルヴィスはホッと息を吐くと、おずおずと椿に目を向けた。

 「あの、私は確かにエルフですけど、でも短剣も使います」

 「……なるほど、魔法剣士か。だがなフィルヴィスよ。まず、その明らかに慣れていませんとわかる敬語はやめてよいぞ? 不自然にすぎる」

 ガァン、とショックを受けるフィルヴィス。精一杯の気遣いが一瞬で無下にされたのだからしょうがないが、椿には無意味だった。

 「短剣か、手前も多少は作った覚えがある。良ければ私の作品を一度見てくれるとありがたいところだ」

 「そうです……いや、そうか。ならば見てみよう。お前の腕を知りたいからな」

 椿のあっけらかんとした態度に押されていたフィルヴィスだが、慣れてしまえば肩の力が一気に抜けてしまった。

 それが狙いなのだとしたら恐ろしいな、と思ったが、椿は笑っているだけ。

 むしろ変な邪推をする方が無粋だろう。

 「それにしてもディオニュソス、どうして彼女を連れてきたの? 他にも候補はいたんじゃ?」

 「確かにな。まともに考えれば、私のような取り柄のない【ファミリア】が連れて来るべきなのは団長なのだろうが……本人の強い『切望』があってな」

 横目でフィルヴィスを見る彼の瞳は、とても優しい。

 つられるようにヘファイストスも彼女を見ると、

 「それでな、王族(ハイエルフ)であるリヴェリア様を一目、あわよくば一言でもお話をお伺いしたいと思って、ディオニュソス様と団長に懇願したのだ」

 「リヴェリア・リヨス・アールヴ……【九魔姫】と名高い魔道士殿だな」

 「ああ、私の尊敬する方だ。私は前衛の魔道士だが、それと遜色ない、いや上回る動きをしながら詠唱する後衛魔道士のリヴェリア様は、私の憧れなんだ」

 キラキラとした瞳でリヴェリアへの憧憬を口にする彼女は、輝いていた。本当に、心底から憧れているのだろう。

 だからこそ今回の宴は千載一遇のチャンスだというわけだ。

 「……な? 可愛い子だろう」

 「同意させてもらうわ」

 なんていう保護者の言葉など知らず、フィルヴィスは憧れへの想いを伝え続ける。だがそれは、唐突に響いたノイズと、その後の声によって中断された。

 『あーあー、テステス。うん、大丈夫みたいやな。……これから『宴』を開催するから、全員外へ出てきい。以上や!』

 神相手に余計な戯言など不要。それがわかっているからか、ロキの言葉は簡潔だった。ヘファイストスとデュオニュソスは顔を見合わせて苦笑し、自らの共を連れて外へと足を向けた。

 そうして参加した神とその共が全員外へ集まる。それを一段高いところから見下ろし、声を拡散するためのマイクを持ってロキが言った。

 『まずは、参加ありがとう、やな。今までにないやり方やし、数が少ないのも覚悟してたんやけどなぁ。と、余計な戯言はここまでにして、本題入ろか』

 そこで区切って、ロキは再度全員を見渡す。流石神が選んだだけあって、どの子達も一筋縄ではいかなさそうだ。中にはそうでないのもいそうだが――それは、指摘すべきではない。

 重要なのは、たった一つ。

 『うちはこの宴に参加するとき、最も可能性ある人物を連れてくる、そう言ったな?』

 ほぼ全員が頷き返してくる。

 そんな彼等に――ロキは、哂った。

 『ま、連れてくる子はあんたらの自由や。けどな、うちは一言も()()()()()()()()()()()、なんて言ってないで?』

 その言葉に、全員から疑問の視線を向けられる。だが謀略を得意とするロキに、そのような視線は慣れた物。むしろ手玉に取るように、自身の動作さえ利用する。

 『可能性ってのは、無限や。今は才能が無い子でも、いつかは大物になるかもしれん。……つまりうちが言いたかったのはな? ――自分の【ファミリア】で、この子は将来きっと世界中に名を響かせると、胸を張って言える奴を連れてこいって事やこのアホ共!!』

 才能? ああ、確かにそれは大事だ。それがあるなしだけで、きっと人生を楽しく生きられるかどうかが変わるだろう。

 だがそんな物、一体何になる?

 どれだけ才能があろうと、それを腐らせる者はいくらでもいる。ならば、どれだけ才能が無くったっていい、いつかきっとこの子は、そう言える者を、ロキは求めていた。

 『将来なんてわからん。可能性なんてクソだと思う奴も中にはおるやろ。……そう言う奴を鼻で哂ったるわ。自分の子の可能性信じんで、何が神や』

 例えば、ユリエラ・アスフィーテ。彼女は昔、薬物に対し際立った才がありながら、それを腐らせていると嘲られた。

 しかしその彼女を一途に信じ、好きなようにやれと励ました神がいた。だからこそ、ユリエラという少女は今、オラリオの優れた薬師として世界に名を轟かせている。

 『神と子が信じ合ってる【ファミリア】は、強い。そんな者とこそ、うちは仲良くしたいと思うとる。物、情報、人付き合い……何でもや。でも、こんな上から目線で言っとるうちを気に食わない奴もおるやろ』

 それも想定済み。というかこのセリフ――一部はフィンが考えていた物だ。つまり、ここからが本番。

 『だから、うちが今一番可能性を感じ取る子達を紹介する。言うても、大体察しとる奴もおるやろうけどな。――さ、来てな、ベート、ティオネ、ティオナ、アイズ……そして、シオン!』

 トン、という音が『上から』届いた。

 地上から十数Mという場所から躊躇なく飛び降り、ロキのいるすぐ傍に着地。驚く事に、5人全員が完全武装していた。

 今これからダンジョンに行ったとしても問題はない、と言える程だ。

 Lv.2という物に恥じぬパフォーマンスに、からかうような野次が飛んでくる。それを無視してシオン達はロキの周りに集まった。

 『これがうちの信じとる子。将来、フィン達に代わって【ファミリア】を率いてくれる、そう確信しとる子達。でも、な。うち、思うんよ』

 シオンの肩に手を置き、ロキは一拍置いて、言った。

 『うちらは一体、どんな【ファミリア】や?』

 それは、今更過ぎる問いかけだった。

 【ロキ・ファミリア】がどんな物か。それは探索系【ファミリア】だ。ダンジョンへ潜り、そこで手に入れた戦利品を持ち帰る事で日々の糧を得ている【ファミリア】。

 『だから、決めてたんや。宴を開いたのはうちら。なら、可能性っていうのがどんななのかを教える義務がある』

 そして、それを教える方法など一つしかない。

 『シオン達の戦わせる姿を、見てもらうこと』

 そう――()()()()()()()()【ファミリア】なのだ。説得力を持たせたいのなら、戦う姿を見せるのが一番手っ取り早い。

 そうとなれば、その相手は一体誰なのか。

 それもまた、決まっていた。

 『この子達は未来の象徴――だからこそ、相手は()()()()()であるべきや』

 何時の間にか、シオンと背中合わせに1人の小人族がいた。

 まさか、と呟いたのは、誰だったのだろう。

 『【ロキ・ファミリア】現団長、【勇者】フィン・ディムナ――さぁ、見せてみ! 絶対に勝てない相手を前にして、どう戦うのか。自分達の可能性を!』

 それを合図として、シオンとフィンが跳ねるように己の獲物をお互いの喉元に突き付ける。その視線に入るのは、お互いの姿のみ。

 「勝てない? 知らないね――殺しに行くだけだ」

 「いい気概だ。ならば――僕を、殺して見せろ!」

 これは殺し合いではない、きちんと定められたルールは存在する。しかしそれを感じさせない程の殺気をお互いに滲ませながら、【勇者】と【英雄】が、武器を交差させた。

 「全員情けなんてかけるなよ。じゃないと――一瞬で終わる!」




っつーわけで宴開催。ただしほのぼのするとは言っていないっっ!!
どっちかというと開催前のが宴っぽかった気がする。

それはそれとして感想の要望で

『また原作のファミリアがいくつか出てきてくれると嬉しいですね』

と言われたので、お応えして追加しました。予定だとフレイヤとイシュタルだけだったんですけどね、それだと寂しいのでヘファイストス、ミアハ、デュオニュソスと原作外伝問わず出させていただきました。
……ヘスティアは食べ物に夢中だったんです、ハイ。

ちなみにイシュタルのセリフは全く安定してません。というか原作読み返してもトレースしにくすぎて辛い。アイズよりも面どゲフンゲフン。

まぁ、一応解説。

シオンの振る舞い。
驚くべき事に今回初めてシオンが敬語を使ってますが、これは単にリヴェリアから作法を叩きこまれただけです。時間が無いので仕方ありませんが、下級貴族程度の嗜みは身につけてます。普段使わないのは周囲の人が許してるからってだけ。

嫌悪の表情の意味。
イシュタルの魅了に嫌悪感を覚えたのは、彼女の『魅了』が自分の中に入ってくる事で、自分の想いを捻じ曲げられそうになったから。別に彼女自身を嫌ってる訳じゃありません。

魅了の無効化。
魅了の効く効かないについては原作の表現から勝手に判断しました。これも確証ついてないんで、この作品独自だと思ってください。

神同士の談笑。
原作における絡みの無い神同士を絡ませてみましたが、どうだったでしょう。眷属同士の話もやりましたが、これでよかったかどうか。長い時を生きる神なので、顔見知りじゃない方がむしろ珍しいと思ったので、旧知の仲だとは思うんですが。


で、最後のロキの演説っていうか挑発、どうだったでしょう?
招待状を配った時の言葉を、神達の解釈で無理矢理読者の思考を『才能ある人物じゃなければならない』って感じに固定したんですが。
この宴が将来のシオン達の顔繋ぎの場であり、人脈を広げるため、というのは正解なのですが、実際は凄さを見せるため。
シオン達は良くも悪くも子供なので、可能性があると言われてもそうだなと流されてしまいます。Lv.2になったという実績があっても、思春期すら迎えていない子供というのはそれだけ足を引っ張るんです。
だからこそ、比較対象にもならないフィンを引っ張り出して相手にさせ、その絶対に勝てないイベントボスにどう奮戦するのかを見せつけて、強制的に納得させる。それが目的になります。
だから話し合いだとか、演武だとか、そんな生っちょろい事しません。

ていうか――ドSの私が許しません。

やるのはガチの殺し合い。ルールのある決闘? 手加減してたら死にます、シオン達が。血が流れるのは当然、骨も普通に折る予定。手足ぶった切るとこまで行くかどうかは悩み中。多分しない。

次回はフィンとの戦闘……になる前に、多少ルールの説明とかかな。
解説はロキ、リヴェリア、ガレス。メインは戦闘なので、この3人の話はあんまり出ない予定ですけど。
タイトルは――『可能性という物』でいいかな、無難に。

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