英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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【ロキ・ファミリア】

 【ロキ・ファミリア】に入ってからは、義姉さんと過ごしていた時とは180度切り替わる日々となった。

 まず、遅くまで寝ていることを許されない。遅くまで起きていることは自己責任とばかりに放置されるけれど、その逆だけは、ダメだった。

 後で知ったが、リヴェリアが特にシオンに対して厳しく接していただけらしい。他の子達はまだ優しい方だと知ってからは、若干遠い目をしてしまった。

 とかく、彼女の方針を一言で言うと、ひたすらに酷烈(スパルタ)だった。まず妥協を許さない、普段の優しさはどこへ消えた、というレベルでとにかく追い詰めてくる。

 「さあ、既に刻限は過ぎている。早く着替えて準備をするんだ。今日はオラリオの都市の構造を説明するぞ」

 朝、五時。

 この季節、太陽が出たかどうかというくらいだというのに、リヴェリアはシオンをたたき起こしに来た。

 しょぼしょぼとする目を擦り、回らない頭を覚醒させるために水を取りに行く。が、リヴェリアはそれを許さないと、肩を掴んできた。

 「人の脳が最大限活用できるのは、起きてから2時間後のようらしいからな。まずは軽く1時間程、体を動かそうではないか」

 「え、いや、えっと、朝食、は?」

 「運動を終えてからだ。その方が()()()()()

 この時、シオンからリヴェリアへの幻想(ユメ)は、木っ端微塵にぶっ壊れた。

 シオンが連れて行かれたのは、他に何も無い、ただっ広いだけの中庭だ。体を動かす、というか鍛錬をするためだけに作られたそこは相応に広く、また頑丈でもある。

 「それでは早速『並行詠唱』の練習でも始めようか。とはいえお前はまだ『魔法』を発現できていないだろうからな」

 『魔法』、それは誰もが憧れる一つの奇跡。

 本来魔法は特定種族の専売特許にしかすぎず、かつてエルフの一人がたった一つの魔法で100人をもなぎ払ったという逸話さえ存在するほど強力なものだった。

 だが神からの『恩恵』はその前提を覆し、どの種族であろうと最低一つ、一種類の魔法を発現できるようになり、最高でも三つまで覚えられるようになった。

 100人の人間を、たった一人で倒せる。圧倒的不利を覆す、強大な力。誰もが憧れるのも、納得と言えよう。

 とはいえデメリットも存在するが、今のシオンにそれを教える必要はないと、リヴェリアはそのあたり後回しにした。

 どこか暗くなっているシオンに、リヴェリアは慰めの言葉を送る。

 「安心しろ、『恩恵』を受けてすぐに魔法が発現する方が稀だ。いずれはお前も魔法を発現するだろうさ。いつになるかまでは、わからんがな」

 とはいえ、魔法を発現するというのは相当に困難であり、例え【ランクアップ】を果たした冒険者であろうと魔法を覚えていないという者は、実は多い。

 だが、今はそういった事を教える必要はないだろう。

 シオンも、リヴェリアの言を受けて少しホッとした様子を見せたので、この対応で間違っていないはずだ。

 「詠唱ができなければ魔力を『起こす』こともできないから、今はただ、意思をこめて言霊のように声として出せ。数多の攻撃を処理できるだけの視野の広さの獲得。それが『並行詠唱』の修行を行う真髄だ」

 元よりリヴェリアはシオンにこれを覚えて貰おうなどとは思っていない。ただ、言葉を発しながら体を動かすという難しさを知って欲しかった。

 それを身に沁みるまで叩き込めば、いつか彼は、パーティの指揮を取れるようになるかもしれないから。

 魔道士とはまた違う『大木の心』、揺らがない絶対の意思を、叩き込む。

 「詠唱については私の魔法の一文を教えよう。それを覚え、唱えればいい」

 「えっと、魔法ってとても大事なものだって、俺でも知ってるよ? 誰かに教えたりとか、そういうのを気にしたりは……」

 確かに、詠唱を知られるのは不利だ。

 例えば敵と戦闘するときにその詠唱の長さを知っていれば、どのタイミングで発動の邪魔をすればいいのかがわかってしまう。

 そして仮に発動できたとしても、タイミングがわかれば防ぐことも、また躱すことだって可能になるかもしれない。その『かもしれない』というのが曲者で、希望を持っている人間は驚く程足掻くものだ。

 だから信の置けない者に詠唱を教えるというのは、とても不利な事なのだが。

 「大丈夫だ。たかが一つ、詠唱文を知られた程度で敗北するほど、私は弱くない。【九魔姫】という二つ名は伊達ではないのだぞ?」

 何より、と。

 「お前は私の秘密を勝手に話すような人間ではないと、信じている」

 「――!」

 真っ直ぐに、明るい笑顔を向けられて。

 どうにも恥ずかしくなって、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 「はは、照れているのか? さ、時間も押してきている、そろそろ始めよう」

 「は、はい! えっと、よろしくお願いしますッ!」

 ガバッと頭を下げたのを合図として。

 シオンとリヴェリアは、距離を取った。

 「あ、頭が痛い……!」

 結局リヴェリアにボコボコにされたシオン。

 『武器を持ったところで反撃できまい』と言われたリヴェリアの言に従いとにかく回避に徹したが、どうにも詠唱しようと文を思い出す内に接敵され、その大きな杖の石部分で頭を叩かれてしまう。

 だけど、泣き言なんて言っていられない。強くなると誓ったのだから。そして自分を導いてくれてるのは都市最強達。疑って強くなれないくらいなら、とことんまで信じきって、愚直なまでに突き進む。

 一人図書室――大きさ的には図書館と形容するしかないが、あくまでホームに数多ある一室にすぎないからだ――へと向かう。

 リヴェリアから出された課題として、本から調べ物をするという事を出された。内容自体は何でもいいらしく、『自分で調べる癖を付ける』ことを覚えて欲しい、とのこと。

 「調べろって言っても、何を調べれば……」

 まあそこから課題になっているんだろうけど、と思いながら、図書室の扉を開けた。流石にこの時間だし、誰もいないとは思うが、どうしてかそっと開けてしまう。

 実のところ、シオンが【ロキ・ファミリア】で交流を持っているのは、フィン、リヴェリア、ガレスのみという、とても狭い範囲しかない。

 だから、それ以外の人と会うのは、少しだけ怖い。良くも悪くも小さな世界で生きてきたシオンにとって、知らない光景を見るのは楽しみであり、また怖くもあった。

 「お邪魔しま~す」

 そーっと、そーっと、中に入る。余りにも広すぎるそこには多くの棚があり、そこはまさしく

 (本の、森だ……!)

 本を読むのは、嫌いじゃない。いいや、違う。

 ――大好きだっ!

 目を輝かせ、もしかしたら、と色々な棚を見渡す。けれどあまりの量に本酔いしそうになり、ちょっと席に座って頭を冷やそうとした。

 「英雄様の本とか、見てみたいなぁ」

 「え?」

 その呟きを聞いたのか、本の山に埋もれていた少女が、顔をあげた。

 まず目に付いたのは、その健康的な小麦色の肌。ついで、妙に肌面積が多いのに気づく。一瞬踊り子かと思ったほど露出度が高く、上は胸周りを覆う薄布一枚、腰には長いパレオを巻いているだけで、他には最低限の物以外何も身につけていない。

 確か、アマゾネスと呼ばれる種族。女だけしか存在せず、露出の高い服を好み、子を残すために力強い男に身を委ねる――あるいは逆に『食べる』――女達。

 若干目のやり場に困って目を逸らしてしまう。だが当の彼女はシオンの様子に気づいていないのか、あるいは気づいていても気にしないのか、向日葵のような笑顔で腕を引っ張ってきた。

 「ねね、英雄のお話とかに興味があるの? 私色んな童話知ってるから、知りたいのなら教えてあげられるよ!」

 「それは、ありがたい、けど」

 「やった。ティオネはフィンに首ったけで、英雄の話ができる人なんて全然いなかったからさ。だから同じ趣味の人がいるのは嬉しいんだよね。って、あれ?」

 そこまで一気に告げて、彼女はシオンの顔をまじまじと見る。

 「君みたいな人、【ロキ・ファミリア(うち)】にいたっけ?」

 「昨日、フィンとロキがやってくれた、みたい」

 「あーそういうこと! ならいいかな。まず自己紹介、私はティオナ・ヒリュテ。ティオナでいいよー! そっちは?」

 「シオンが名前。こっちもシオンでいいよ」

 「りょーかい」

 ビシッと敬礼して楽しそうに笑うティオナ。その屈託の無さに毒気を抜かれ、彼女の露出の高さも、見知らぬ相手に対する警戒心も、全てどこかに流れてしまった。

 彼女の手に引かれ、隣の席に移動する。既にいくつか目星を付けていたらしく、彼女は本の山の中からいくつかを取り出した。

 「うーん、私が一番好きなのは『アルゴノゥト』の童話なんだけど、シオンは知ってる?」

 「数日前に読んだばっかりだから、内容は大体知ってるよ。細かい部分までは、ちょっと覚えてないけど」

 「それならその内もう一回読んでみて! それで、どこが良かったか話し合うの。きっと自分じゃわからない魅力を知れるはずだから」

 と、そこでティオナは押し黙り、

 「だめ、かな。みんなはまだ外で体を動かす方がマシだって言って、誰も私とこういうお話してくれないんだけど」

 シュンと落ち込んでいるティオナは、きっと誰とも話す相手がいなかったのだろう。趣味を持つのはいいことだが、趣味を理解している相手がいればもっと嬉しい。つまりそういうことだ。

 「俺でよければ、話し相手になりたいな。義姉さんとよく本を読んでたから、英雄様のお話も色々知ってるし」

 「ほんと!? 嘘じゃないよね? 楽しみにしちゃうよ!」

 「ほんとだから、楽しみにしてくれると嬉しいな」

 「いやったーー!!」

 「ティオナ、ちょっと落ち着い、て……」

 バンザイ、と両手をあげるティオナ。

 それを諌めようとしたシオンは、ふと、後ろを見て動きを止めた。両の目は見開かれ、ついで体が震えだす。

 「あ、あ……ティ、ティオナ……」

 「ん? どうしたのシオン、そんな怯えた声出し、て」

 シオンに腕を引かれ、疑問に思いながらも振り返ったその先には。

 「図書室では静かに。一番基本的な事で、それを守っているからお前も利用していいと言ったはずなんだが。お前は先程、どうしていた?」

 「あ、いやその、ちょっとはしゃいで、ました」

 「()()()()?」

 「とっても大きな声を出してしまいましたっ」

 その笑顔が、恐ろしい。ティオナの目の縁に輝く何かが見えたのは、気のせいだろうか。気のせいだと、思いたい。

 これから何が起こるのか、とガタガタ震える二人を前に、リヴェリアは溜め息を吐くと、

 「まあ、今回は見逃そう。共通の趣味を持った友人ができるのはいいことだ。喜びすぎて叫んでしまうのもわからなくはない」

 「で、でしょでしょ? やっぱりリヴェリアは話がわかるぅ!」

 「おだてるな。それに私とて、ただで見逃すわけにはいかん」

 「や、やっぱり何か、怒るの?」

 とばっちりかもしれないが、シオンは甘んじて怒りを受けるつもりだ。何故だかわからないが、下手に逃げる方が悪化すると心が叫んでいる。

 「とりあえず図書室を利用するときの注意事項を覚えきるまでここから出さん。それが、今回の罰だ」

 「わ、私記憶力には自信がっ」

 「さて注意事項が書かれた紙は、と」

 「あー待って待って! その紙それだけしかないから独り占めされると困るよ!」

 怒るリヴェリアには勝てないと既に心身に刻み込まれていたシオンは文句を言う暇すら惜しいとその紙を手に取る。

 それを見たティオナも言い訳を口にしている暇はないと慌ててシオンの真横に走り腕と腕を絡ませてきた。

 「ちょ、近すぎだよ!?」

 「これくらいじゃないと私が見えないのー!」

 ギャイギャイと騒ぐ二人は、先程のリヴェリアの忠告を綺麗サッパリ忘れている。それでもリヴェリアが再度雷を落とさなかったのは、少しだけ理由があった。

 ――これで二人共、もう少し外の世界に目を向けてくれれば良いのだが。

 義姉と、フィン達三人のみしか友好が無いシオン。

 同じく姉と、一部同年代、及びフィン達幹部としか接する機会があまりないティオナ。

 あまりに狭すぎる世界を、もう少し思い切って飛び出て欲しい。決意を実行するのに独りでは心細いが、信じられる誰かがいるのなら、できるはずだから。

 ――今は男女の機微など欠片も持ち合わせていないが、さて、どうなることやら。

 彼女の姉は既に想いを寄せる相手がいるのだ。まだまだ小さな子供だから、なんて理由で否定されることはない。

 これからの彼らがどうなっていくのか。まだまだ騒ぐ二人を見て、リヴェリアは【ロキ・ファミリア】の将来を楽しみにしていた。

 「――以上で注意事項の全てとなります!」

 「確かに全て覚えたようだ。では、シオンはもう行っていいぞ」

 「わかりました。昼食を終え次第フィンのところへ行かなければならないので、これで失礼させていただきます」

 何故、シオンの口調が敬語になっているのかは、押して図るべし。

 一つ言えば、やはりリヴェリアは容赦がなかった、とだけ。

 「ん、あれ? フィンのところって、今は――って、もう行っちゃった」

 顔を上げたティオナがシオンの姿を探した時には、既にその背は扉を開けて外に出ていた。

 「驚かないといいんだけどなあ」

 「人の心配をしている暇があると思っているのか?」

 「も、もう許してよリヴェリア~!」

 まだまだ覚えきれていないティオナの悲鳴が図書室に響き渡る。頭を抱えるティオナは、最後までリヴェリアが意地悪い笑みを浮かべているのに気付かなかった。

 「ハァ、ハァ、ハァ、時間がやばいって、フィンに怒られるっ」

 図書室利用についての注意事項を覚えていたら時間は押していて、急いで昼食をかき込んだ頃にはもう約束の時間ギリギリまで迫っていた。

 普段は優しいフィンでも時間には厳しい。【ファミリア】の顔であるフィンは交渉事をする機会が多く、その結果時間に対しての約束事は破っていけない相手となった。

 私事なら多めに見てくれる時もあるが、公的ならば、なおのこと。

 今の速度ならば迷わず、何かトラブルが起きなければ間に合うはず。いっそ清々しいほどのフラグ建築だったが、幸いそのフラグが成立しきる前に先程の中庭へと戻った。

 急いで扉を開けて外へ出る。真昼間故に頭上の天辺から降り注ぐ太陽の光が、シオンの目を焼いた。まだまだ涼しい気温にもかかわらず、肌からジットリと汗が出る。

 手をかざし、日光に慣れるまでしばし目を細める。

 それからフィンの姿を探し、

 「……」

 そして、絶句した。

 「団長団長団長! 今日これからお暇ですか? 時間がありましたらいいお時間ですし、食事にでも……!」

 「い、いやすまないティオネ。これから少し用事があって、もう昼食は取ってあるんだ。だからティオネ一人で食事をすませてくれれば」

 「いえいえ、それなら仕方がありませんよ。無理を言ってすいませんでした」

 素直に頭を下げるティオネという少女に、フィンはホッとした表情を浮かべる。彼女は下げた頭を上げて笑顔で去ろうと足をこちらに向ける。

 そこで、目が合った。

 よくよく見ればティオネはティオナとよく似た共通点がある。恐らく姉妹なのだろう。

 違うのはティオナが天真爛漫なのに対し、彼女は冷静沈着といったところか。髪型もショートとロングで異なるし、服装も厚い布で胸を覆っているし、足もちゃんと隠していた。アマゾネス故に露出は高いが、それでも彼女達基準で考えれば、随分と貞淑な格好だ。

 その原因は、十中八九フィンだろう。貞操を捧げる相手がいるという自己表現か。

 自分と同じくらいの年齢なのにな、と彼女を見つめていると、すれ違いざまに、

 「ッチ、私と団長の時間を邪魔しやがって」

 「……? ――!?」

 先程の恋する少女はどこにもいない。

 いたのは、恋路を邪魔するクソ野郎に対する怨嗟を吐く、蛇だった。

 何故か、助かったという言葉が脳裏に浮かんだ事に自分で驚きながら、足早にフィンの元へと駆ける。

 「フィン、あの子は、いったい」

 「ティオネ・ヒリュテ。それが彼女の名前だ。なんでか知らないけど、どうにも僕に好意を抱いているみたいでね」

 やはりあのわかりやすい態度ではそのあたり気づくようだ。

 「まあ、僕はここでも比較的有名だし、幼い子が年上に憧れるようなものだよ。その内他の誰かを好きになるさ」

 「そう、なのかなぁ」

 フィンはこう言っているが、シオンは全く納得できない。彼女のあの冷たい視線は、生半可な想いで出せるような、そんな易しいものではなかった。

 将来的にそのことはフィンも身を持って理解するだろうから、自分からは言わないが。

 「それじゃ、まず最初に君に伝えておきたいことがある。これはきっとシオンにとって辛い事だろうから、どうか耐えて欲しい」

 「何を言うのかわからないけど、うん。わかった、頑張る」

 その返答に頷くと、一度咳払いをし、

 「シオン。君は向こう一年、『迷宮(ダンジョン)に潜ることを禁ずる』」

 そんな予想外の言葉を、シオンへと降らす。

 「どうしっ」

 それに耐えられるほど、シオンは大人ではいられなかった。驚きのあまりつっかえながらも、叫ぶ。

 「どうして!? 強くなるには『迷宮(ダンジョン)』に行くのが普通なんじゃ」

 「落ち着いてくれ。もちろん理由はあるさ。だから、まずはそれを話させて欲しいんだ」

 「わか、った」

 不承不承で頷くシオンに、この反応が予想できていたのだろう、フィンはシオンの頭を撫でてきた。

 「誰かから聞いたかもしれないが、確かに『恩恵』を授かれば、その時点でダンジョンに潜む魔物を倒すことはできる。でもそれは倒せる『かもしれない』だけなんだ」

 例えモンスターを討伐できる力があったとしても、それを振るう心構えができなければ、その力を発揮する前に死んでしまう。

 それにダンジョンへ行くということは、自分との戦いでもある。

 「『今日はうまくいっている、だから階を一つ上げてみよう』――そんな風に調()()()()()()、帰ってこなかった冒険者を、僕は知っている」

 ダンジョンでは、どれだけ自分を律せるかの勝負だ。

 恐怖心に負けないか。もう今日は無理だと判断し、素直に引く冷静さがあるか。高揚感に負けて奥へ奥へと進まないようにできるか。

 パーティならまだ誰かが諌めてくれるかも知れない。しかし単独(ソロ)では、それもできない。全ては自分の心の在り方が決める。

 「『大木の心』……」

 「ん? リヴェリアから教わったのかい?」

 「うん。どんな状況でも、落ち着いていろって。フィンが言いたいのも、そういうこと?」

 「に、なるのかな。後はもう一つ理由があって」

 言葉を切り、シオンの体を、腕を、足を触る。

 「いきなり何するの!?」

 「まあ大体予想通りってところだよ。で、気づいたかな」

 「何を?」

 「君の体には、全然筋肉がついていないってことさ」

 あくまでダンジョンのモンスターを倒せる基準は、ある程度体ができあがっている男女のことを示している。まだ年端も行かぬ子供が行くような場所ではないからだ。

 もちろん倒せることは倒せるのだろうが、

 「剣を持って振るうことができると、君は自分で思えるかな」

 持てない、と断言できる。

 「シオンの身長と体重は同年齢から見ても比較的高い。それでも二〇kgには届かないだろう。片手剣(ブロードソード)でも大体一.二kgくらいだから、持ち上げることはできても振るうのは難しいだろうな」

 「それに、身長も足りない?」

 「ああ。自分の半分以上もある剣は、シオンにはまだ無理だろう」

 恐らく剣()振るうのではなく、剣()振るわれる。フィンはそう言った。

 「なら、しばらくは剣を振るえるような体になるまでダンジョンに行くのはダメってこと?」

 「そういうわけじゃないんだ。僕が言っているのはあくまで目安。そうだね、大体一年くらいあれば、シオンがダンジョンに行っても死なないと言えるようになると思う。それまで筋力トレーニングでもして、『恩恵』を少しでも伸ばしていこう」

 何も【ステイタス】はダンジョンでモンスターを倒すだけで上がるわけではない。単純な自己鍛錬なんかで【経験値】を貯めれば少しずつ上昇していく。

 もちろんダンジョン内でモンスターを討伐する方が遥かに効率はいいが、時間で安全を買うと考えれば安い買い物だ。

 つまりシオンが『大木の心』と『武器を振るえる体』の二つを手に入れれば、フィンとて文句は言わない。

 それを理解したシオンは、文句を言うのはやめた。

 ここではフィンが団長であり、自分は下っ端の下っ端にすぎない。むしろ団長が一人の団員のために時間を大きく割いていることが異常なのだから。

 元々納得できないことに対して反発していただけなので、納得できればそれでよかったのだ。

 「まずは土台作りを頑張ろう」

 「わかりました。これからよろしくお願いします、団長殿!」

 「ああ、僕の持てる技術を総動員して君を導いてみせようじゃないか」

 敬礼するシオンと、胸を張り偉ぶるフィン。

 「ぷっ」

 「くっ」

 『あははははっ!』

 やがてお互いに耐え切れなくなったのか、この茶番に対して笑ってしまった。数分して完全にリラックスした二人は、真剣な顔で向き合う。

 「始めようか」

 「ああ、頼むよ」

 とはいえ、現時点で教えられることなどほとんどあるわけもなく。腕立て伏せや腹筋で、どこをどうすれば効率良く、また無駄なく体を鍛えられるかを教える程度だ。

 それでもまだまだ子供の筋力などたかがしれていて、終わる頃には全身が痛み、プルプルと震えた。今はまだ多少マシだろうが、明日になれば全身筋肉痛は確実だろう。

 しかし、今日はまだ終わらない。シオンが指導を受けるのは『三人』なのだから。

 そう、後一人。

 ドワーフの戦士、ガレスが残っている。

 体がガタガタと揺れるけれど、それを無理矢理押さえ込み、壁に肩を寄りかからせて移動していく。幸い、というかこれを予期していたのか、ガレスに指導をしてもらう時まで、まだまだ時間はあった。

 そこで、道中一人の狼人(ウェアウルフ)と出会った。

 鋭い毛並みを纏った耳と尻尾をふらふらと機嫌悪そうに揺らし、その鋭利な眼光で目の前を睨みつけている。顔にはよくわからない刺青(ペイント)か何かを塗っていた。

 ズボンのポケットに手を突っ込み大股に進んでくる少年は、シオンに気づいたらしい。近寄ってきた。

 「おいテメェ、ナニモンだ。うちにテメェみたいな顔した奴はいなかった。勝手に入り込んできやがったのか?」

 「……。ティオナもそうだったけど、俺が入団したとか、そういうことを考えないのかな?」

 「親が【ファミリア】に所属してたんなら別だが、お前と似た外見の人間なんざ見たことねぇ。ってことは外部から入ったってことか? ハ、ありえねぇよ」

 ケッと吐き捨てる少年に、言いがかりを付けられたシオンは、ビキッと頭に血管が浮かび上がった。

 「初対面の人間捕まえて不審者扱いって、随分とここの人間はモラルが低いんだね?」

 「ア゛ァ?」

 「いや違うか。フィン達は人格者だから、単にお前の性格が破綻してるだけかな」

 「んだとテメェ!?」

 最早額がぶつかり合う程に接近し睨み合うシオンと少年。お互い、同時に思う。

 ――こいつとは反りが合わないッ!

 「やめんかこのガキ共が!」

 「ぐぅ!?」

 「がっ!?」

 ドガン、と途方もなく硬い何かが頭の上に降ってくる。それは容赦なく二人の頭を貫き痛みで悶えさせた。

 「ガ、ガレス、いきなり何を」

 「ふん、ベートとお主が今にも殴り合いそうだったからな。両成敗と拳を叩き込んだのじゃ」

 「クソッ、ツいてねぇ。これも全部テメェのせいだ!」

 「人に責任押し付けんな自己中野郎!」

 「やめろと言ったじゃろうがっ、このバカ共!!」

 再度落ちる、拳。

 元々限界に近かったシオンはそれでダウン。ベートは痛みでこぼれそうになる涙を無理矢理堪えながら唇の端を持ち上げた。

 「情けねぇ奴だ。あんだけ吠えておきながら気絶してやがる」

 「お主と一緒にするでない。既にこやつは朝からリヴェリアにしごかれ、フィン指導の元体を鍛えておった。その状態で殴られれば気絶の一つでもしよう。それとも、お主は耐えられるのか?」

 「……」

 説教されたベートの顔に、苦渋の色が滲む。そして何も言わず去ろうとしたが、一瞬足の動きを止めると、

 「フィンに伝えておけ。勘違いする奴もいるだろうから、さっさと全員にそいつを紹介しろと」

 「ふむ? ふむ、なるほどな。お主も素直でないのう」

 「うっせぇ! 俺はもう行かせてもらうぜ」

 足早に去っていくベート。だが、ガレスは気づいていた。

 「本当に、損な性格じゃ」

 彼の顔が、真っ赤に染まっていたことに。恐らくシオンに突っかかったのも、ガレス等にこの事を伝えるためだろう。

 あるいは、本当に不審者だと思ったのか。

 「さて、儂も儂の仕事をせんといかんの」

 少しでも体力を回復させるために気絶させた少年を担ぎ、ガレスも目的の場所へ向かって歩きだした。

 肩に担がれているシオンを見て驚いた者を無視してガレスは武器庫に入る。入ると同時にまだ気絶していたシオンを放り投げ、近くにあった武器を手に取る。

 「ぃ、っ~~! か、体、が……!?」

 ビキビキと悲鳴をあげる肉体に脂汗を垂れ流すシオン。その様子を見ていたガレスはシオンに近づくと、

 「さっさと起きんか、この未熟者がァ!」

 「は、ハイ!??」

 情け容赦なく怒号を浴びせ、シオンの顔の真横に剣を突き立てる。

 軽い、どころではない。ドガァ!! と轟音を立てて真横に刺さった剣に顔を青くし、今度は冷や汗が流れ出たシオンは即座に起き上がって敬礼してしまった。

 二種類の汗が混じった不快感に耐えながらシオンはガレスを見る。

 「ふん、すぐに起き上がったことは褒めてやろう。……ほれ、こいつを持つんじゃ」

 「え? って、うわ!?」

 ガレスはシオンを見ると鼻を鳴らし、横に置いてあった小さなナイフを放り投げる。慌てて受け取ったシオンはそれが鞘付きだと理解して、更に顔を青くした。

 もしこれが抜き身だとしたら……と。鞘に入っていたからいいものの、先の受け取り方では両手をぶった切られていた。

 「心身が極限まで疲労した状態では、体はまずまず、心は論外、か」

 ポツリと呟いたガレスは手に持っていた剣を鞘におさめて壁に置きなおすと、今度は奥にあった大きな盾と小さな盾を手に取って帰ってくる。

 「さて、儂の指導する内容を教えてやろう。儂はフィンやリヴェリアと違って、技術を教えるのは無理じゃ。所詮力に任せて武器を振るうだけの脳筋だしの」

 顎を撫で付け、豪快に笑うガレス。

 「まあそんなわけで、お主には『極限状況下』で活動できるようになってもらうぞ。もう動かせないと思えるほどの疲労と、意識を闇に引きずり落とそうとする精神。その二つにどれだけ抗えるようになるかじゃ」

 「……。……え?」

 少ししてガレスが言っている内容を理解したシオンは、

 「さあその短剣を握るんじゃ。そして打ち込んでこい。フラつく体を押さえ、ボロボロの心で敵の防御を撃ち抜け。何時何が起こるかわからない迷宮内で、その状態で安全圏にまで行けるようになれば、命を落とす可能性はグッと減るぞ」

 「……!!」

 この言葉で、覚悟を決めた。戸惑いを打ち消し、歯を噛み締めて慣れない短剣を無様に構え、ガレスを睨みつける。

 「ほう、意識が切り替わったの。儂の言葉の何がお主を刺激した?」

 「命を落とす可能性が、減る。それってつまり、誰かに迷惑をかけずらくなるって事だよね?」

 「ふむ? 完全にとは言わんが、そうなるかの」

 「なら、いい。自分一人で逃げ切れるようになれれば、少なくとも誰かの『足でまとい』にはならないですむんだから!」

 それは、シオンの持つ後悔。

 もしあの時、あの怪我でも動くことができれば。相手が魔力爆発をする前に、十分な距離を離れていたのなら。

 どうしても、終わってしまった『If』を考えてしまう。

 けれどあの時には戻れない。ならばどうするか。決まっている。

 ――過去に身にしみて覚えた経験を、繰り返さないッ。

 「よろしく、お願いします……ッ」

 荒い吐息を吸っては吐き出しながら、シオンは鈍っている両手と両足を、前へと向けて駆け出した。

 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ――」

 ベッドに倒れこみ、もう動けないと過呼吸気味になるシオン。ガレスとの特訓を終えた瞬間意識は途切れ、気づけばここにいた。

 かなり眠っていたのはわかる。また眠ろうとする意識を無理矢理繋ぎ留め、ベッドの横にあるテーブルの上にあった夕御飯を、口にする。

 両手どころか顎にすら力が入らないのを動かし飲み込む。

 「ッ、う゛!?」

 そして、吐きかけた。

 極度に疲労した体は。胃は、固形物を受け付けてくれない。それでも食べなければ明日死んでしまうとなんとはなしに理解していたシオンは、吐き出さないよう悶えながら食べ続ける。

 「これで、強く……なれるなら――!」

 ……義姉さんには、強くなれなくてもいいと、そう言われた。

 だけどそれは『諦めてもいい』と同義ではない。自分は、なりたいのだ。どれだけ辛い道のりであろうと、誰かに圧し掛かる理不尽を壊し、助けられる人になると。

 義姉さんという『英雄』に憧れたのなら、自分もそんな『英雄』になってみせる。その決意を再確認したシオンは。

 その場で倒れ、泥のように眠りこけた。




やっとアイズとレフィーヤ以外の主要メンバーが出揃いました……。

フィン・リヴェリア・ガレス等の修行内容が半分、ティオナ、ティオネ、ベート等との接触が半分ってところでしょうか(正確な比重は全く違いますが)

修行の方針をこうしたのは彼らの性格的に? 文章のところどころに原作で描写されていた『アイズを鍛えた時の情報』を散りばめています。気づいていただけたのなら幸いです。

ちなみにフィンは『資本作り』、リヴェリアは『精神力の成熟』、ガレスは『土壇場での根性』を基本にして覚えさせています。

体を鍛え、心を成長させ、並行して諦めない不屈の魂の獲得。そんな感じです。

ちなみに初日だからこそここまで一気に詰め込んだだけで、シオンの想いが本気なのを理解した二日目からはもう少し易しめ。でないと普通に壊れます。

ティオナ、ティオネ、ベートの三人組は基本を原作通りに、中身は幼少期らしく感情制御が苦手になり態度に差が出ます。

↓また誰得ティオナ達の設定↓

ティオナ

幼少期の不安定さ故か、天真爛漫でありながらも一人でいることに不安を抱えている。抱きつきグセは『独りじゃない』ことを知るため(という設定)。

本を読むのが大好きだが誰も付き合ってくれず、初めて理解を示した主人公に友好的。ちなみにリヴェリアが苦手。母親よりも母親らしい彼女に頭が上がらない。


ティオネ。

団長好き好きLOVEはこの時からという事に。ただ感情制御が未熟な分彼女がフィンの近くにいるときにフィンに大事な用事でもないのに話を持ちかけると途端に不機嫌さを増していく。女性の場合特に注意。

フィンの前以外では言葉使いが凄まじく悪い。

彼女の言動はアマゾネスの母親のせい。特にフィンに対する態度(という設定)。


ベート

ツンデレ狼人。原作よりも皮肉っぷりが甘く、同年代の子供はわからずとも一定以上成熟した大人はその不器用な優しさに(生)暖かい眼を向ける。

良く誰かに皮肉を言ってはその後顔を赤くして去る姿が日に数度確認されている。子供の背伸びと思われて年長組からは頭を撫でられては怒鳴ったりも。


と、こんな感じです。

ちなみに今回の出番はシオンに対する友好度合いで年少組の出番に差が出ています。もちろんティオネとベートも出せるだけ出したいのでご安心を!

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