英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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BAD END√1

 選択肢

  『抱きしめる』

 →『抱きしめない』

 

 おれは、ベートの発言を無視して薄刃陽炎を振るった。

 「ま――!」

 彼の言葉は脳に届かない。何かに葛藤していたせいで力の緩んだ一瞬を狙ったので、もうベートにこの一撃を止める事はできないだろう。

 風の通り道に、炎が乗る。

 まるで魔神の手のように広がった炎は、シギル達を燃やした。

 灰すら残さず、30人という人が、一瞬でこの世から消え去ったのだ。

 そこでやっと、おれは正気に戻った。そして自分のやった事を自覚する。

 どう考えてもやりすぎだ。ここまでする必要なんて、無かったのに。知らず薄刃陽炎を持つ手に力を入れ、脳に走った激痛から取り落としてしまう。

 それを代わりに拾ったベートが、頭を小突いて言った。

 「……やりすぎだ、このバカ」

 それだけだった。

 責める言葉を、一言も言わない。ただ苦笑しているだけ。そのまま手を引かれてアイズ達のところへ戻ると、彼女達も、おれを責めようとはしなかった。

 後に目を覚まして聞いたティオナさえ、

 「私のために怒ったんでしょ? なら、私は何も言えないよ。……怒ってくれてありがと」

 フィンも、リヴェリアも、ガレスも、小言は言いつつ、割り切ったように話しかけるだけ。皆が皆、優しかった。

 だけど、どうしてかおれは、『何かを間違えた』と、心にポッカリとした穴が空いたまま、日々を過ごす事になる。

 ……あの時の風も、もう、感じない。

 どこかに行ってしまった――というのが、多分、正解だろう。

 その後もパーティを続けていたけれど、違和感は日にしに増して行き、遂にソロでダンジョンへ潜る日が多くなる。

 何度かティオナから誘われたけれど、全部、断って。

 気づけば数ヶ月が経ち、結局ティオナ達は、新しく入団した数人の内の1人をパーティに入れたようだ。

 二本の刀を腰に差した、褐色肌のヒューマンの少女。歳は多分、一つか二つ上。仲は良さそうだった。勝手ながら安心する。

 それでいい。自分勝手な人間なんて忘れてしかるべきだ。

 おれは、これから1人でダンジョンに行き続けるのだから。

 そんなある日のこと。

 普通ならわからない程度に不審な行動をしている人が気になったおれは、その男を追って路地裏に足を踏み入れる。

 多くは語らない。

 ただ言えるのは、その男は闇派閥に所属していて、少女を救うために、その男を殺した。それだけだ。

 何となく、思った。

 これだ、と。これがおれの足りない物だと。

 あの日から噛み合わなかった歯車が、カチリとハマった気がした。

 ……それが間違いだなんて気づこうともせずに、正しいと信じて。

 それからまた月日が流れる。

 おれは時折闇派閥に所属していると思しき人間を見つけては、秘密裏に殺していた。たまに単なる人攫いも見つけたけれど、それはそれと殺しておいた。

 少なくとも、他人の身で金を稼ぐ人間にロクな奴はいないのだし。

 気づけば小規模の【ファミリア】が無くなっていたけれど、どうでもいい事か。

 人を殺したのを誰にも話さないで、おれは今日、エイナと出会った。

 彼女は未だにおれと話そうとする者の1人。どこか痛ましそうにしながら、それでも心配してくれる、お人好し。

 「シオン、ちょっとだけいい? 最近27層で変な事が起きてるみたいだから、できれば行かないでね」

 エイナと会話していた時に教えられたこと。

 だがそれは、おれを『あの事件』に誘う原因となった。

 27層に行くこと数日。何度も地上と地下を行き来し続け、そして起こった。

 闇派閥の暴走――後に『27階層の悪夢』と呼ばれる事件。

 人とモンスターが入り乱れ殺し合う。果てには迷宮の孤王さえ出現し混迷を極めたそこで、おれは生き残った。

 ……冒険者も闇派閥も関係なく殺して。

 その事実は、おれ以外の生き残りからオラリオに伝わる。

 誰が言ったか、こんな二つ名が生まれた。

 【堕ちた英雄(ダウンフォール・ブレイバー)】――と。

 おれ自身は特に気にしなかったけれど、【ロキ・ファミリア】は別だ。こんな悪名を背負った人間を抱えていれば、いつかきっと。

 そう判断したフィンが、おれを切り捨てる事にしたらしい。

 ロキから、そう言われた。

 ――最後の【ステイタス】更新と同時に、シオンの『神の恩恵』を封印する。

 事実上、冒険者でさえなくなる。

 無力な人間に逆戻り。けれどおれに拒否権はない。ロキしか『恩恵』を反映させられない以上、いつかは封印される。受け入れるしかなかった。

 そしておれは【ロキ・ファミリア】を脱退――いや、()()された。

 ふと視線を感じた。懐かしい視線。ここ二年、ずっと感じなかった物。

 ティオナとアイズが、こちらを見ていた。彼女達だけじゃない、ベートとティオネ、それからフィンやリヴェリア、ガレスまで。

 ああ、そうか。

 おれは、頼るべきだったのか――。

 もう遅い。だからおれは、一度だけ【ロキ・ファミリア】のホームに礼をし、そして二度と振り返る事はなかった。

 これからどうしよう、と思う。

 少なくともオラリオにはいられないだろう。いっそ外に行くのもいいかもしれない。そう考えていたおれの前に、1人の女性が現れた。

 「見捨てられた、か。のうお主。妾の物になるつもりはないか? 妾も1人でな、行くべき場所が無いのだ」

 女神。

 銀の髪を靡かせた美女が、おれに手を向けてきた。

 逡巡する。この手を取っていいのかと。そもそもこの封印はロキ以外に解けないはず。それをどうやって。

 「案ずるでない。その程度の封印、妾にかかれば一瞬よ。それに――妾は、主を見捨てぬぞ?」

 その言葉に、心臓を射抜かれた気がした。

 悩んだ姿勢を見せたのは、見かけだけ。気づけばおれは、彼女の――女神の手を、取っていた。

 「さあ行こうぞ。妾はお主の傍にいる。誰が敵となろうとも、妾だけはお主の味方だ」

 女神の手によって『神の恩恵』を再度宿したおれは、ダンジョンに行かなかった。

 狙いは闇派閥。

 正確にはその残党と、彼等に協力していた者の排除。

 さぁ、神罰だ。

 愚者の手による一方的な、傲慢な裁き。

 いつかきっと、人の身に過ぎた事をするおれに罰は下るだろう。だがそれまでは、おれはオラリオの闇を飲み込み続ける。

 闇派閥と繋がっていた商人の家。護衛も、彼の家族も全員皆殺しにし、外に出た時のこと。おれはいきなり襲いかかってきた暗殺者と戦った。

 率直に言って強い。だが何より驚いたのは、掠った刃から強い痺れを感じたこと。

 卑怯な手段を問わない事に、むしろ感心した。とはいえおれの耐異常はDを超えている。どんな毒でもまず効かない、が、効いたフリをして膝をつき、そこを突いた暗殺者を逆に封じ込めた。

 硬直させる体を拘束するなんて、簡単だった。

 「……あなたは、誰なのですか」

 死を覚悟した暗殺者の声は、意外にも女性の物だった。

 「……執行者だよ。闇派閥に関わった物を殺す、ただそれだけの愚か者さ」

 そんな出会いだったけれど、おれと彼女は、良き仲間になった。

 その邂逅から一年か、二年か。

 血塗れになった全身を女神に抱きしめられながら、今日も眠って起きて、殺しに行く。

 そうして出かけた先に、死にかけていた仲間を見つけた。倒れ伏す彼女に、最後の一個だった万能薬を無理矢理飲ませる。

 「……何故、これを。もうその一つしか残ってないはずだ。それを、どうして」

 「どうせ次で最後だ。もう貴女は足を洗ってもいい頃だろう? ……おれの知り合いにシルって女の子がいる。彼女を頼れば、きっと助けてくれるはずだ」

 まだ、間に合う。

 目の前の少女は、まだ光のある世界に戻れる。復讐心に囚われながら、それでも仲間を想い続けた彼女があの場所に戻れないなんてこと、絶対に無い。

 傷が治った彼女に背を向ける。

 その時、肩を掴まれ壁に押し付けられたおれは、殺されるのかと身を固くした。けれどそれは深読みしすぎただけで、彼女はただ、おれに唇を押し付けてきただけだった。

 数秒のキス。

 それを終えると、彼女は震える声で囁いた。

 「……好き、です。私は、シオンの事が」

 嬉しい、と思う。

 だって、

 「……ああ、おれもだ。おれは、貴女の事が、好きだ」

 おれも、彼女を好きになっていたから。

 理由なんてないけれど、確かにおれは、彼女が好き()()()

 いつも仏頂面の彼女が、この時初めて満面の笑みを見せてくれたせいで、もっと好きになってしまったくらいに。

 いつかまた――そう言いながら行った彼女に聞こえないよう、おれは言った。

 「……ああ。いつか、貴女が死んだ時に、また会おう」

 もう二度と会えない愛しい女性。

 涙が流れたのは、仕方ない――だって、また無くしてしまうんだから……。

 手元にあるのは、闇派閥の関係者が記された紙。

 これで最後だなんて嘘だ。彼女をあの場所に返すために、バレない範囲で誤魔化し続けて、それがやっと実を結んだ。

 「……おれには闇がお似合いだ」

 紙を燃やす。もう内容は覚えたから。

 そしておれは、また闇に体を浸していく。

 ――アレから何年経っただろう。今のおれは、多分十六歳くらい。ギルドから懸賞金を懸けられたせいで、もうまともに表を出られやしない。

 髪を切る、その色を変える、人相を変える、いっそ性別も変える――何でもやって誤魔化したけれど、もうそろそろ限界。

 終わりの足音は、すぐ近くまで来ていた。

 「……やっと、見つけた」

 彼女はおれを睨みつける。

 「やれやれ、やっぱり一番乗りは貴女だったか」

 飄々とした態度で、おれは笑う。

 「これ以上、シオン、あなたの暴走を看過できない! 私が止めるっ、今ここで!」

 巨大な獲物を構えた彼女が、おれの死神。

 

 「私が好きな人がこれ以上壊れていくなんて、見たくない!」

 「おれが壊れようと、そんなの勝手だろう。邪魔をするのなら――例え、貴女でも!」

 

 間違えた【英雄】は、正道を踏み外し、【堕ちた英雄】となる。

 

 「どうして、私を騙したっ。あなたと一緒なら、私は死んでも良かったのに……!?」

 

 誰とも交わらず、たった1人の孤独な闇に落ちていく。

 

 「……ああ、いいぞ。それでこそ妾の見初めた者。お主が死のうとも、妾も後を追ってその魂を抱きしめよう。愛しい男。我が夫……共にいようぞ。終わりなき闇の中で、永遠に」

 

 女神に唆された者は、闇の中で生きる。

 

 「……皆、さよなら」

 

 そんな彼を、女神は抱きしめるのだ――永劫の果ての果てで。

 

 BAD END√

 『女神に見初められし者』

 

 いつか書くよ、きっと……うん。




ガチで5日程度でこのプロットと設定考えちゃった件。
なんであの女神がいるのかとか説明できちゃうんだよ。そんくらい考えてしまった!

まぁ書く暇無いから書かないけどさ……まだ。

ところでこの√のヒロインが誰か、なんて、言う必要ありませんよね?

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