傾斜をくぐり抜けた瞬間、5人の頭上から光が降り注いできた。
「え、ダンジョンで光……!?」
ダンジョンの各所にあった、小さな光源ではない。まるで地上にある太陽のように、燦々とした大きな明かりだ。
ティオナが頭上を見上げているのを不思議そうに見ていたら、他の3人も同じ状況だった。
もしかして、18層の話を聞いていないのだろうか。
「18層は他の階層と違うって話は聞いてなかったのか?」
「聞いてたけど! けど……ここまでなんて、予想してなかった」
頭上から視線を剥がし、目の前に広がる森の入口を見る。
ダンジョンには枯れ木なんかはあったが、青々と茂った木々は全く目にしなかった。そもそもダンジョンは洞窟のような通路ばかりで、森なんて物とは程遠い様相なのだ。
こんな、穏やかな光と清浄な空気に包まれた空間があるだなんて、思ってもなかった。
「ここはダンジョンにいくつかある、モンスターが出現しない
「モンスターが出現しない、か。それにしちゃ臭いが随分残ってるが」
「そりゃ道は地続きなんだから当然だろ。17層と19層から流れてくるモンスターがいるから、完全に安全とは言い難い。まぁ、押し付けられたり逃げた先にまたモンスターの団体が、なんて事は無いだけマシかな」
「確かに、目に入る範囲じゃモンスターはいないわね」
今までの常識をぶち壊すような光景に感慨を抱いていると、アイズが一歩先んじた。それを目で追っていたら、金の髪が光を反射したのに眼を細める。
光に慣れてアイズを見直すと、シオンは息を呑んだ。
森と草木、綺麗な空気を纏う彼女は、どこか幻想的で。
「――シオン、行こう」
穏やかに笑う彼女につい見蕩れてしまったのは、仕方ないと言い訳させてもらいたい。
アイズの後ろについて森の中へ入る。幾人の冒険者が通ったのか、かろうじて道と言えるような物が形成されている。
しかしところどころに木の根っこが盛り上がっているところもあって、気をつけなければ足を引っ掛けてしまうかもしれない。そしてここには、その気を引く物がたくさんあって、何度も転びそうになる。
驚くべき事に、森の中には蒼く輝く水晶が存在したのだ。小さな石から、シオンの背の倍以上もある巨大な物まで。
点在する水晶が頭上の光を乱反射させ、森全体が藍色に淡く光らせていた。
幻想の森。
地上には存在しない、夢幻の風景。
この時シオンは、18層のもう一つの名を思い出していた。
けれど、それを断ち切るように声が響く。
「あ、川だ!」
何かが流れるような音に真っ先に反応したティオナが走っていく。これが18層でなければ怒鳴っていたところだ。森の中なので逸れる危険性はあるが。
その辺りはティオナもわかっているのだろう、途中で振り返り、速く来てと大きく手を振った。シオン達は顔を見合わせ、肩を竦めながら走り出す。
「急がなくても川は逃げないだろうに」
「私は何となくわかるけどね」
「私も、わかる」
単純な話だ。
『好きな人の前では綺麗でいたい』――それだけの事である。
ダンジョンにいる以上、どうしても土埃に塗れる。モンスターの返り血を浴びれば、更に酷い状況にもなってしまう。
ティオナは自分でそうと決めたから今まで我慢してきたが、それを洗い流せるのなら、洗い流して綺麗な体を見せれるのなら、それに越したことはない。
そうでなくたって女の子なのだ、小汚い姿でいるのを望むはずがなかった。
「さっぱりわからん」
「俺もわからん」
逆に男2人にはわからない感覚だ。多少汚れていようと気にしないせいで、そこまで水を被りたいとは思っていない。
精々、さっぱりしたい気持ちはわからなくもない、くらいだ。
「「「ハァ……」」」
そんなデリカシーの無い男に、3人は呆れの溜め息をプレゼントした。
苔を生やした立派な大樹を乗り越えた先に、その川はあった。
オラリオでは見られない、澄んだ――澄みすぎている川。このまま飲み水としてしまっても問題はなさそうな透明度。
頭上から降り注ぐ光が水面で反射され、キラキラと光輝いている。
川の流れはそこまで速くない。試しに手を突っ込んでみると、
「冷たっ!」
そう思わず言ってしまうくらいに冷えていた。しかし水浴びにはちょうどいい温度でもある。ダンジョンで激闘を繰り広げ、火照った体を冷ますにはいいかもしれない。
そう説明する間に、シオンは水に触れた手を一瞥する。
――変化無し。毒性は無さそうかな。
一応、本当に念のため程度であったが、シオンが先に触れたのはそれが理由だ。ユリの劇薬で体が慣れているため、毒関係には結構鋭い。そこを利用した。
「川の中には変な虫とか魚もいなかったし、入っても問題は無いと思う」
「やった! あ、でも順番はどうする?」
「おれとベートは後でいい。……いいよな」
「構わねぇよ。その方がゆっくりできるからな」
女共にせっつかれるよりはマシだと言い捨て、その場に座る。少なくとも話が終わるまではそうするらしい。
シオンも真似して座る。ここに来るまで結構な体力を消耗した。回復できるのなら、しておいた方がいい。
3人が座ったのを確認すると、シオンは言う。
「ただ、モンスターには注意して欲しい。ある程度離れた場所からおれとベートで手分けして索敵はするが、限界はあるから。交代で入るか、武器はすぐ傍に置いといてくれ」
「私とティオネは近くに武器があれば大丈夫かな」
「元々防具なんてつけてないもの。裸で戦うくらい、訳ないわ」
そんな明け透けに言われても困るのだが。
何とも言えない表情をしてしまったのを誤魔化すようにアイズを見る。彼女もシオンと似た顔をしていた。
「アイズはどうだ?」
「私は、微妙かな。裸で戦うなんて考えたこともないし」
当然である。
むしろこうもあっさり割り切れるアマゾネス姉妹の方がおかしい。ベートなんて処置無しとばかりに狼の耳をペタンと伏せていた。
話に加わる気が全くないベートを戦力外と判断して意識を外す。
「で、どうするんだ? おれは何も言えんぞ」
「それじゃ3人で一緒に入ろ。戦うのは私とティオネだけでいいだろうし。流石に何体も来られると厳しいけどね」
「シオンの話だと来ても一体か二体でしょ。問題ないわ。って事だけど、どうする? アイズが嫌なら先に私達で入って、後に回すけど」
「……大丈夫、だと思う。そこまで悩む事でもないし」
「それじゃ決まりだ。ベートは向こう側を頼む!」
「わかった。んじゃぁな」
それだけ返すとベートは跳躍し、川の向こう側へ行く。そのまま森の中へと歩みを進め、やがて消えてしまった。
「川で水を流す音が聞こえるか聞こえないかくらいにいるから、何かあったら大きな声で呼んでくれ。すぐ駆けつける」
「それはなるだけしたくないわね。団長以外に裸を見られるだなんてゴメンよ。それが例えシオンでもね」
「命には変えられないだろ」
軽口を返してシオンも彼女達から背を向ける。先程通った大樹辺りで足を止め、その木に背を預けて脱力した。
「できればトラブル無しで帰りたいもんだ」
確実に、自分達にはわからないくらいの速さで疲労が溜まっている。この状態が長く続けば、倒れてしまうかもしれない。それは勘弁願いたい。
ズルズルと座り込みながら、シオンは索敵に入った。
「うっひゃー、冷たい!」
なんて叫びながら、ティオナはバシャバシャと水を跳ねのけて遊ぶ。ちなみにまだ服は着たままだ。いきなり入るのもどうかと思い、まずは足から慣らしておこう、ということで、岩に腰かけて足を水に浸していた。
「ちょっとやめてよ! こっちに水が飛んでくるじゃない」
「えへへ、ごめんごめん」
テンションが上がるのはわかる。これだけ綺麗な水、目にしたことが無いのだから。ティオネだって内心ではこの水には感嘆の息がこぼれているほどだ。
それでも最低限のマナーはある。風呂場でこんな事をしないように、川場でだって他の人に迷惑にならないよう気をつけるのは当然だ。
水に濡れた服を見て、ティオネはゲンナリとした顔をしていた。ティオナの服の方がもっと酷いけれど、何の慰めにもなりはしない。
「……離れてて正解だったかも」
ティオナの性格を把握していたアイズだけは、唯一水に濡れなかった。
その後服を脱ぎ――いつの間に用意していたのか、シオンが広げた布の上に服を置いておき――川に入る。
「あ、足とは比べ物にならない冷たさ……」
「泳ぐならあっち行ってよね。後離れすぎないこと」
一応近くに武器は置いてあるが、水の中にまでは携帯できない。錆びの要因になる。なので今の3人は本当に無防備だ。
それはティオナもわかっているので、泳ぐつもりはない。大人しくティオネの横で体育座りになる。時折水を肩にかけて、冷たい水の気持ちよさに没頭する。
しばしの静寂。
だが、それに耐えられないのは、当然ティオナだ。ふと横目で姉であるティオネの体に目を向けてみる。
そして、気づいた。
「なんかティオネ、ちょっと身体つきが女の子っぽくなってる気が」
「はぁ? 年考えなさいよ、年を。いやでも、早熟なら別かな」
何となく手足を曲げたり伸ばしたりを繰り返す。次いで自身の体を見下ろすと、確かに少しだけ幼児体型からは脱却していた。
しかし身近な女性から聞いた、胸が膨らみ始める時の痛みや、生理なんかはまだ来ていない。準備段階、といったところか。
「でもま、成長できるのならそれに越したことはないかな」
「いいなぁ。私なんてまだまだ全然だよ。シオンも私を女の子として見てくれてるか……」
「あんたのがいいでしょ。同い年で幼馴染。それがどんだけアドバンテージ持ってるのか、わかんないわけ?」
わかるけどぉ、と不貞腐れるティオナ。流石に相手が悪すぎると判断するのは、恋する乙女のティオナもそうらしい。
「せめて、異性としては見て欲しいのにな……」
「ったく、もう。私なんて団長から子供扱いよ。女として見られる以前の問題だわ」
「実際子供なんだけどね。でもフィンってそんなに鈍かったっけ?」
「黙りなさい。団長はシオンとは違うわよ。……私がどれだけ想っても、団長は『子供だから』って言って取り合ってくれないだけよ」
「そっちの方が悪いような」
「単に免罪符にされてるだけね。本当は、迷惑なのよ。私みたいな、ふた回りも年の離れた子供から好きですなんて言われても。だから私は、団長が女に近づかれるのを、見ているだけしかできない」
「……」
「ものすっごく悔しいっ。だから私は、もっと早く大人になりたい。……あんたには、私みたいなようにはなってほしくない。女として見られてないなんて当然よ。男なんて、バカばっかりなんだから」
だから今は、我慢する。
そして時が来たら、相手に『花開いた』と思わせればいいのだと、ティオネは言う。意中の相手を最後に吸い寄せられれば、それでいいのだと。
だけどそう言うティオネは、本心を押し隠すのに必死に見えた。
もしかしたら。
ティオネの魔法『リスト・イオルム』は……束縛魔法は、フィンを遠くに行かせたくない、傍にいてほしい……そんな想いが形になったからなのかもしれない。
「ティオナ。あんたは恵まれてる。だけどそれに胡座をかかず、どんどん押しなさい。それがきっと、あの
「うん……ありがとう、ティオネ」
泣き笑いみたいな表情で言う姉の姿に、妹はそう返すしかなかった。
「ハァ……」
アイズは姉妹から少し離れたところで体を洗っていた。体を晒した相手は父や母くらいなものなので、赤の他人とこうして裸の付き合いをするのは、正直気恥ずかしい。
同い年の、同じ女の子相手とは言え、そうあけっぴろげにはできないのだ。
今より強くなって、それこそ『遠征』にでも行くようになれば、こうして体を洗う機会はあるだろうから、慣れるしかない。
そう思っても、恥ずかしさが誤魔化せる訳もなく。
仕方なく1人寂しく水を体にかけ――
「うひゃぁっ!?」
「うわー、すっごいお肌ツルツル。玉のような肌って感じ。いいなぁ」
背中にゾクゾクとした例えようのない感覚に全身鳥肌が立つ。
咄嗟に距離を取って向き直りつつ戦闘態勢に移行、構え、睨みつける。すると、ティオナが目を丸くしながら両手を上げていた。
「い、いきなり何するの!?」
「あーいや、綺麗な肌だなと思って、つい。私こんな肌色でしょ? 肌触りとか結構気になるんだよね」
「……それなら一言欲しい。いきなりは戸惑うから、困る」
「ごめんごめん、次から気をつけるね」
全く信用できなかったが、睨みつけるのも疲れる。アイズはティオナの方を振り向いた。それから思ったことをそのまま言った。
「ティオナの肌も綺麗だと思う」
「えー? そうかなぁ。私褐色だから、アイズみたいな真っ白い肌に憧れるんだけど。妖精みたいな感じで」
「自分に無いものに憧れるのが人だって、フィンとリヴェリアと、あとシオンが言ってた。ティオナもそうだよ」
実際ティオナの褐色肌を流れる水滴が、どことない色香を漂わせている。まだ子供の体だからそこまでではないが、いずれ成長した時には、だ。
「色香で誘惑するのはなぁ。アイズみたいな儚さが羨ましい」
しかし彼女は納得しない。
隣の芝生は何とやら、である。
「別にいいじゃない、色香があって。何も無いよりいいわ。そうよ、将来この色香で団長を誘惑して既成事実を……!」
「ティオネー、それはちょっとどうかと思うんだけどー」
「そもそもフィンって、誘惑に負けるのかな……」
「団長が色ボケ女共の誘惑に屈する訳無いでしょうが――!」
「ティオネ、それ墓穴掘ってるから」
支離滅裂すぎる姉に、どれだけストレス溜まってるんだろう……と、普段の態度から想像できない姿に、ちょっと申し訳なく思ってしまった。
そんな2人の姿を見て、アイズはクスリと笑ってしまう。
ふと、アイズは気づく。
――アレ、私……。
自然体でいられる自分に、少し驚いた。
気恥ずかしさも、もうほとんど感じない。姉妹の明け透け無い態度に、どうやら色々な感情を吹っ飛ばされたらしかった。
「いいじゃない、どうせティオナもシオン相手に誘惑するんでしょ? だったらどうこう言われる筋合いは無いわ」
「やめて!? そんな事をしないと振り向かせられないって、私、体だけの女って意味になるんだよ!?」
「ふ、ふふ……そんな悠長な事を吐けるのは今だけよ。将来的に後悔する姿が見えるわ……!」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッッ!??」
「……シオン達に聞かれてないといいなぁ」
流石に、明け透けすぎるけれど。
こんな雰囲気は、嫌いではなかった。
服を着て――替えの服は一応入っていた。何故かは知らない――頭を振る。ダンジョンでは味わったことのないさっぱりした気分を存分に味わって、シオンを呼ぼうと口を開き、
「――終わったか」
その瞬間、返り血に塗れたシオンが木陰から出てきた。
「ちょ、シオンまさか見てた……!?」
「いや、単に水が跳ねる音が聞こえなくなったからな。時間を多めに見積もってからここに戻ってきただけだ」
3人の着替える時間は大雑把に把握している。後は水を拭く分を考えておけば、丁度良いタイミングで戻ってくるのは不可能ではない――そういう理屈だった。
ドンピシャすぎて疑いの目を向けかけたが、少なくとも『今の』シオンはアホな方のシオンではない。
何よりシオンは、いっそ清々しいくらい異性の体に興味を向けないのだから、変に邪推するだけ無駄だった。
「……否定しないといけない気がするから言うが、別に興味が無い訳じゃないぞ」
「あら、そうなの? 女の子の体に興味津々?」
「そこまで言ってないわ!」
ティオネのからかいに怒鳴り返してから、息を整える。
実際のところ、シオンは彼女達から軽く目を逸らしていた。普段とは違う、まだ水を纏った輝く髪と肌に、妙な感覚を覚えたのだ。
動きすぎたのか、顔を紅潮させているティオナはどこか艶かしく。
降り注ぐ光を反射させる髪と、それを際立たせるアイズの美貌は神々しく。
そんな普段とは違う姿に、何故か圧倒された。
それを誤魔化すように、シオンは言う。
「とにかくっ、今度はおれ達が水を使わせてもらう。ただ時折モンスターは来るみたいだ。交戦しないように注意しててくれ」
「シオン、いいの?」
「別にいいよ。アイズだってまた汚れるのは嫌だろ? モンスターが来たと教えてくれれば、後はこっちで処理するよ」
シオンとて羞恥心はあるが、女性程ではない。誰も見ていないなら、裸で一、二分戦うくらい気にしない。
そんなシオンに呆れるしかないが、実際ありがたくはあったので、3人は素直に頷きを返すしかなかった。
その後川に入る前に血を洗い流す作業に入る。ベッタリとくっついた血は乾く寸前で、剥がすにも一苦労。特に無駄に長い髪についたものは、面倒くさかった。下手に力を入れると髪の毛が引き剥がされるのだ。
「そろそろ髪切りたいんだけどなぁ……」
シオンの外見はほぼ母親譲り。髪質もツンツンとしたものではなく、フンワリと柔らかい。髪質に限って言えば、アイズにも負けないかもしれない。
「無理なんじゃねぇの? 女共が許さないだろうさ」
「ベ、ベート? いつの間に!?」
「おい待てその格好やめろ。お前全体的に女っぽいんだから違和感ねぇぞ……」
反射的に体の一部を隠すと、妙にドン引きした声を投げられた。シオンも自分のしている事に気づいたのか、すぐにやめた。
「ハァ、一応おれにだって見られたくないって気持ちはあるんだよ」
「そりゃ悪かった」
ベートはもう既に水の中に入っていた。シオン程に血を浴びていないし、洗うべき髪の長さも普通の男子相応。そこまで時間はいらないのだ。
それはそれとして。
「やっぱダメかね?」
「リヴェリアを筆頭に、どいつもこいつも反対するだろ。前にロキが大暴れしたの、忘れたか」
「覚えてるけどさ、それで苦労するのはおれなんですけどねぇ」
一度、あまりにも邪魔になってバッサリ髪を切った事がある。
その時の皆の阿鼻叫喚――特にロキなぞは『しばらくシオンの【ステイタス】更新はしてやらんからな!』とまで言い放ち、実際にさせてくれなかった。
強くなるには神を頼るしかない。ある意味シオンに最も有効なその脅しのせいで、アレ以降シオンは一度も髪を切っていなかった。
「諦めろ、男は女に勝てないと、フィンもガレスも言ってただろうが」
「妙に実感こもってるのは何でだ」
「気にするな」
とりあえず完全に血と汚れを落とせたので、川の中に入る。足の指先から感じる冷たさに身震いするが、ひと思いに飛び込んだ。
シオンとベートは岩に背を預け、お互いを真正面に迎えるようにしている。3人の索敵を抜けてきたモンスターを逸早く発見するために、死角をできるだけ無くすようにした結果だ。
「ふぅ……うん、風呂とはまた違う。ヒンヤリしてて気持ちいいな」
普段は纏めている髪が川の流れに揺らされていく。見様によっては幽霊のようだが、明るいのもあってまだ普通だった。
と、ベートの目がシオンの肩に吸い寄せられる。
「シオン、その古傷なんだが」
「ああこれ? アイズを助けた時にな。ま、この程度なら安い買い物だよ。庇わなければアイズの頭は今頃グチャグチャだ」
「治す、とかはできねぇのか?」
「無理みたいだよ」
ユリ曰く『傷が変に接合されちゃってるから無理。治したいならもう一回抉りなおさないとできない』そうだ。
「そこまで気にしてないし、別にいいけどね。所詮男の肩だ」
「……そうかよ。その内庇いすぎて死ぬんじゃねぇのか」
「いやいや、おれだって死にたくは無いよ。まだやりたい事あるし」
どの口が言う、と吐き捨てかけたが、投げたところで意味はないだろう。何度も口を酸っぱくしたところで一顧だにしなかったのだから。
そう考えて、ベートはふと口にした。
「話は変わるんだがよ。シオンは好きな女とかいんのか?」
「へ? お、女? 好きな?」
「ああ。人間としてじゃねぇ、自分の女にしたいって意味でだ」
「いきなりそう言われても。ていうか、特に考えた事も無いから、わからん」
「チッ、つまんねぇの」
「いやいやおれもお前も八歳なってないから! 初恋まだでも普通だろ!?」
何でか酷評されているのに反論しても、ベートは舌打ちを返すのみ。
――シオンに好きな女がいりゃあ、無理矢理でもくっつけたんだが。
ティオナには悪いが、彼女とシオンが結ばれる前にシオンの方がぽっくり逝きそうなのだから仕方がない。
シオンが『生きたい』と思う理由を作らなければ、本当に死んでしまう。
ここ二年で、シオンの優先順位は他人より自分、自分よりも身近な大切な人間となっているのが嫌というほどわかった。だから恋人を作ったところで、ある程度の効果しかないだろうが。
「ったく、さっさとくっつけばいいものを」
「何の話だ?」
「こっちの話だ」
本当に――このバカを何とかしてくれるお嬢さんが現れてくれないものか。
結局あの後紛れ込んだモンスターが一体来ただけで済んだ。2人の入水時間が女性陣と比べて速かったのもあるだろうが。
ちなみに髪を布で拭く動作に、4人全員から目を向けられたのはどうしてだろうか。シオンはちょっと不思議だった。その後皆微妙な顔をしていたが。
それはともかく、折角綺麗になったので、できるだけモンスターとは避けたい。そう全員が思ったので、ベートの鼻を頼りにモンスターを避け、森を進む。
幾分歩いたのか。
5人は半円状になった木の形から、ここが出口なのだと悟る。そして、森を抜け――白い輝きに目を焼かれ、やっと開けるようになって飛び込んできた世界に、目を奪われた。
一度も見たことのないような、大自然。
ありえない程広大な――それこそオラリオという都市がすっぽりおさまるんじゃないかというくらいに緑溢れる大草原。
そこを走るモンスターと、ところどころにある水晶の姿はほぼ影にしか見えない。どれだけ広いのかわかるというものだ。
右側はまだ木々が連なっている。入口を見たときに何となく感じたが、この森の広さはかなりの物なのだろう。仮に全部踏破するとしたらどれだけの時間がかかることか。
左側には、湖面が見えた。実物の『湖』など一度も見たことはないシオンだが、ここまで色鮮やかな紺碧など、地上にはまず無い事くらい想像できる。
その湖の中心にある巨大な岩石、いや『島』に一瞬気を取られたが、すぐに逸らす。
真正面には、巨大な大樹。大草原の真ん中に悠然と存在するその樹の洞は、ここからでもはっきり見えるくらいに大きい。
視線は、下から上へ。
大樹の威容全てを見ようと上へ上へ目を向ければ、飛び込んでくるのは『空』だった。
地面にも存在する水晶、それが天井をビッシリと埋め尽くすように所狭しとあり、中心核は太陽の光を放つ眩い白、それを守る周囲の水晶は空を幻視させる蒼色。
「……昔、とある富豪が大金を積んでまで冒険者に依頼して、ここに来た事がある、なんて話を聞いたけど」
そこから先は、言葉にならなかった。
先程シオンが思い出しかけた、とある単語。
「『
そう呼ばれるに足るだけの理由が、そこにはあった。
それからしばらくして、いつまでも惚けてはいられないと手を叩いて全員を正気に戻す。
「それで、どうする? 18層を見て回るか、もう地上に戻るか」
「え~? 折角来たのにもう戻るなんてつまんないって。どうせだから泊まらない?」
「あら、いいわねそれ。珍しくいいこと言うじゃない」
乗り気すぎる姉妹。何も言わないがアイズとベートも反対意見は無い――どころか、雰囲気から察するに賛成している。
「いや待て待て。どうやって泊まるんだよ。食事はともかく、テントどころか体にかける布すらないんだぞ」
「時間はあるんだから、サラマンダー・ウールを洗えばいいと思うよ?」
「あ、確かに。後は皆で一塊になれば、温かいんじゃないかな」
「アイズ、ティオナ……いいのかよ。あんまり離れてると危ないから、かなり近くなきゃいけないんだぞ」
「別にいいんじゃない? あんたらが今更私達を押し倒す姿とか、想像できないし」
「だ、そうだが。どうするんだ、俺が反対しても負けてるぜ」
「ベートォ……」
軽く言い放つ4人に、一番考えなきゃいけないシオンは溜め息を吐くしかない。多分、強く言えば全員従ってくれるだろう。だけどそこまでする必要がないのも事実なわけで。
要するに、シオンが貧乏クジを引けばいいだけだ。
「わかった、わかったよ、もう。ただし、ちゃんと手伝ってもらうからな」
「了解!」
返事だけは威勢のいいティオナに軽く頭痛を感じながら、シオンは指示を出す。
「まずは食料の確保だな。これは森の中で取れる果物とかである程度代用できる。これはベートがやってくれ。微妙な物はこっちで判断するから、一度持ってきて」
「わかった」
と言って、ベートはさっさと言ってしまう。拙速すぎだ。
「アイズとティオナは洗濯。面倒くさいからって力任せに洗うなよ、布が傷むし、最悪二つに裂けるから」
「うん、頑張る」
「な、何とかするね……」
アイズはともかく、ティオナはせっかちだからちょっと心配だ。まぁ、最悪の状態になったら修繕に出すしかないから、もう割り切ろう。
「ティオネはおれと一緒に食料の買い出しだ。多分、長期保存した肉くらいは買える、はず」
「はず? どうして多分なのよ。物々交換で普通に買えるでしょ」
「……行けばわかるよ」
あの街の特殊性は、フィンから直接聞いたシオンくらいしかわからないだろう。
「本当、何事も無ければ、いいんだけどなぁ」
「……?」
『世界で最も美しい
本当は街にまで行きたかったけど、1万文字行ったしここはここで区切りになるかなと思ってやめておきました。
それと期待されてた川で体を流すシーンですけど――よくよく考えたら全員まだ8歳にもなってないんですよ。
つまりですね。
詳しく書くと、私お縄についちゃいます。
だから諸君も詳しく書いたのを! とか言わないでね?
言ったら君達は、なんだっけ。ロ、ロリ、ロリコ――……まぁふざけるのはここまでにしておいて。
女性陣の会話内容について
姉妹の会話ですけど、書き忘れていたティオネの魔法発現について、せめてもの悪あがき程度に書きました。後はティオナの背中の後押しのため。
で、アイズとティオナとティオネの会話は、若干人見知りになっているアイズと姉妹の距離感を縮めるためです。こういったコミュニケーションが日々の信頼へと繋がっていくのだ……!
シオンの心境
やっぱり綺麗な子を見ると戸惑うのは男の子として当然だよね。
男子陣の会話内容について
こっちもこっちで気安い会話をしています。『気が置けない仲』って感じに仲の良いシーンにしたかったんですけど、こんなんどうでしょう。
普段はいじられるベートがシオンをいじってる姿も新鮮です。
泊まりたいと言った意味
要するにテンション上がって、一秒でも長くこの景色を見ていたい、ってだけ。突発的な事のためフィン達も把握してなかったり。
帰ったらお母さんの雷降ってきそう。
で、前回書き忘れたので今回書きます。あらすじ変えました。最後の部分だけ。
原作の最後参考に、
ベル達の【
アイズの【
シオンの【
ってワケです。
あらすじ考えるのが苦手な作者なんで、特に深い意味はありません。そのまんまです。本当あらすじ考える力が欲しい……。
さて次回はシオンとティオネが街へ行ったりベートが食材集めたりティオナとアイズが服や布を綺麗にしたりする話かな。組み合わせとしては珍しい。
ちなみにまだ一切書いてません。
高校の文化祭と大学入試準備が昨日まで続いてて、時間が無かった……。
最近出たばっかりのGERをやる時間もありませんし! 時間が足りないと叫びたい。
ま、まぁそんな裏話はさておき、お楽しみに!