英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

21 / 92
目標階層、18層

 16層、道中。

 『ガルァ!』

 横合いから襲いかかってきた虎型のモンスター、ライガーファングの喉に短剣を突き刺して絶命させ、そのまま喉奥に刺さったままの腕を振り回し、目の前にいたアルミラージの石斧を防ぐ。

 グチャッ、という肉が潰れる嫌な音と感触に嫌悪しながら、腕を引き抜き、空いていた手で剣を振るいアルミラージの心臓を貫く。

 だが、一息する暇など与えられるはずがない。

 「シオン、追加でライガーファングがニ、アルミラージが数体、ミノタウロス一!」

 「あぁもう次から次へと!!」

 遠くで既にミノタウロス二体を相手に舞っていたベートからの報告に髪を乱雑に撫でる。それでもシオンに嘆く暇はない。

 「ベートは三体目を抱え込まないようにしろ! 無理だったら言え、何とかする!」

 「わぁったよ!」

 すげない返事は返されたが、何となくシオンは、例えそうなってもベートは助けを求めないだろうな、と思った。

 あのプライドの塊が、情けない姿をシオンに見せたいはずがないのだから。

 どうしてわかるか、なんて決まってる。

 もしシオンが同じ状況になったとしても、同じ事を思うからだ。

 返り血を拭う間も無くシオンはザッと周囲を見渡す。

 今まさにミノタウロスを真っ二つにし、その勢いのままそれの影に隠れていたライガーファングの頭を切り落とすティオナ。

 大剣を振り下ろした彼女の明確な隙、そこを付け狙い、もう一匹のライガーファングが背中から奇襲する。

 だがそれは、ティオナが隠し持っていた、シオンと似たような形状の短剣を脳を穿たれる事で失敗する。そのまま何事もなかったかのように片手で大剣を振り回し、一度シオンの方を見た。

 ――新しく来たモンスター、いくつか受け持つね。

 ――悪い、頼んだ。

 ――ヘヘン、私にお任せあれ、ってね!

 アイコンタクトで意思疎通し、完了し終えると、ティオナは動き出す。

 「やる気十分、どんどんこーい!」

 気合一閃、壁を曲がって姿を現したアルミラージの体を上下に切り裂いた。

 ティオネは、構えていた投げナイフを持つ手を下ろし、湾短刀に獲物を切り替える。

 ――ライガーファングの奇襲、気づいてたのね。

 随分成長したな、と思う。今までのティオナなら気づかなかっただろう。直情径行だった彼女はどんどん頼もしくなっている。

 「……妹に、負けてられないわね」

 何よりもまず、ティオナには負けたくない。

 理由? そんなの単純だ。

 ――姉として、不甲斐ないところを見せてたまるもんですか!

 家族だからこそ、姉だからこそ、シオン達とはまた違った矜持がある。似て非なる、彼女だけのプライド。

 頭を揺らし、頬にへばりついていた髪を後ろに流す。そんな一見隙だらけの動作を行ったのにもかかわらず、周囲のライガーファングはティオナに襲いかかろうとしない。

 普通なら、襲う。例え中層からモンスターの知能が上がっても、所詮はモンスター。狙えるところは即座に食いついてくる。

 『グ、ルル……』

 それでも来ないのは、ライガーファングに一つの共通点があるせいだった。

 ――体に刺さった、いくつもの投げナイフ。

 それが彼等の思考に影響を与えている。ティオネに注目を集めるためにやった事だが、まさかこんな状況になるとは思ってもみなかった。

 ティオネが一歩前に出ると、ライガーファングが警戒するように一歩下がる。

 その姿に、ティオネはフンと鼻を鳴らした。

 「なっさけない……。それでも虎としての誇りは無いの?」

 『ガゥァ!!』

 反論があるのなら、私の喉元を食いちぎってみせなさいよ、そう挑発すると、逸った一体がティオネに向かって牙を剥く。

 「うん、やっぱり単純で助かるわね」

 そう呟き、ティオネは湾短刀を横一文字にし、ライガーファングの口に押し当て、そのまま切り裂いた。

 「時間が勿体無いし、さっさと来てくれると助かるんだけど、ライガーファング」

 けれどライガーファングは更なる警戒心を呼び起こされたようで、構えを続けるだけで飛びかかろうとはしない。

 仕方ないか、とは思う。この戦闘はかなり長引いているが、その中でティオネが倒したライガーファングの数は二桁を軽く越えた。それを見ていたのなら当然の反応。

 だが、ライガーファングは間違えた。

 ティオネがなぜ彼を『複数形』ではなく、『単数形』で呼んだのかという事を、気にしなければならなかったのに。

 『ガ……』

 けれどそれを知る前に、ライガーファングはこの世を去った。

 「終わったよ、ティオネ」

 先程までティオネを取り囲んでいたライガーファング、その全てをさり気なく撃破したアイズが笑いかける。

 「ナイスフォロー、助かったわアイズ」

 「私が手出ししなくても、何とかできたと思うんだけどね」

 「速く終わるならそれに越したことないわよ。だって」

 後方を睨み、湾短刀をしまって投げナイフを構える。

 「団体さんが、来客したみたいだから、ね!」

 三体のヘルハウンドを伴って現れたモンスターの集団。幸いミノタウロスは混ざっていない。そういう意味ではまだマシか。

 ナイフを投げて先頭集団の足を止める。だが後方の集団は止まれず、先頭にいたモンスターを踏み潰してしまう。

 モンスターとはいえ仲間意識はあるのか、動きの止まったモンスターの集団。

 その愚かな行動を見逃すほど、アイズは優しくない。

 もう『自分(シオン)を越えた』と苦笑しながら告げられた剣技を惜しみなく披露し、最小限の労力で最大の結果を出す。

 自らが出せる最速の突き。頭を、心臓を、あるいは足を狙って動けなくしたりと、必要以上に横に動かずまっすぐに突き進み、モンスターを無力化する。

 当然、邪魔は入る。むしろ敵のど真ん中に突っ込んでくるアイズは格好の的だ。

 ――それでも、彼等はアイズを殺せない。

 彼女の背中を守るティオネが、それを許さないからだ。

 アイズを攻撃しようとするモンスターを把握し、どれから攻撃が届くのかを計算し、ナイフを投げて牽制し続ける。まるで手品のようにナイフを取り出していく様は、奇術師(マジシャン)のよう。

 だが、ティオネのように後方から支援するモンスターは、相手にもいる。

 地に伏せ、衝撃に耐えるように四肢に力を溜め込む二体のヘルハウンド。チリチリと口内から漏れ出る火気が白煙を伴って見え隠れした。

 「……普通なら、焦るんでしょうね」

 何故かティオネは笑って、

 「頼んだわよ、2人共」

 ヘルハウンドに奇襲をかける、シオンとベートを見た。

 ベートは頭を引っつかみ、持ち上げ腹を切り裂く。即座にそれをモンスターが多くいる場所に放り投げ、炎がヘルハウンドから噴出されるのを確認。

 シオンはヘルハウンドの喉を掴むと、容赦無く四肢を切断。頭と胴体だけになったヘルハウンドが悲鳴に大口を開け――そこから炎が射出された。

 片方は爆弾扱い。

 片方は火炎放射器。

 モンスターすら武器として利用する2人は、本当に合理的だった。

 一気に数を減らすモンスター。火だるまになり絶叫を上げながらのたうち回る姿にほんの一雫の憐情を覚えなくもなかったが、すぐに忘れた。

 ティオネは視線を移し、ティオナの姿を探す。だが当の妹はその『力』を存分に振るってモンスターを吹っ飛ばしていた。

 ホッと一息吐いた瞬間、ふと、思い出した。

 ――二体? 待って、ヘルハウンドは……!

 「シオン! もう一体ヘルハウンドが――!」

 けれど、その忠告は遅すぎる。

 数十M離れた位置。炎上し倒れたモンスターの死体が折り重なるそこが、ボコリと動いた。

 「まだ、生きて――!?」

 ティオナの驚愕の声が聞こえる。

 ヘルハウンドが放つ炎の射程距離は、凄まじく長い。少なくともこの程度の距離、何の問題も無い程度には。

 火が燃え移ったのか、今まさに燃え尽きんとばかりに焦げているヘルハウンド。だが、しかし、炎の中で揺らぐ瞳は、確かに誰かを射抜いていた。

 『――オオォォォォォオオオンッッ!!』

 生涯で最後の雄叫び。

 カッ! と、閃光が眼を焼き、そして放たれた炎が、まだモンスターと戦っていたアイズの背中を狙い撃つ。

 「え――避けられな――」

 単なる偶然か、あるいはヘルハウンドが決死の想いで放った一撃を汲み取ったのか。

 アイズと戦っていたモンスターが複雑に動き出し、アイズを逃すまいと扇状に広がる。逃げ道は一つ、炎が迫る後方のみ。

 『サラマンダー・ウール』はもちろん付けている。しかしアレだけの熱量――死の間際に全力で出された、命と引き換えの最後の炎。受けてタダで済むとは思えない。

 肩越しに振り返った時、アイズの瞳に映ったのは、どこか黄色く見えた、渦描く螺旋。

 それが目の前に迫って――、

 「後ろ振り向いてる暇があるか!」

 ――割って入ったシオンが、自身の『サラマンダー・ウール』を広げて防いだ。

 「あっつ……!」

 一部が防御を貫いてシオンの体を焼き焦がす。背中越しにアイズにもその温度が伝わり、まるでサウナの中にいるのではと錯覚させた。

 それでも、アイズは振り向かない。

 『ヴォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』

 「っ、させない!」

 歯を食いしばって、目の前で石斧を振り下ろすミノタウロスの攻撃を弾く。

 ――少しだけ、ちょっと耐えれば、すぐに終わる!

 ミノタウロスの足元から牙を出して襲いかかるライガーファングを、片手を後ろに回してシオンの腰から抜き去った短剣で受け止める。

 「重すぎ……!」

 片手でライガーファング、片手でミノタウロスの振り下ろされた石斧を受け止めるには、アイズの『力』と小さな体躯は荷が重すぎる。

 「援護行くわよ!」

 それ以上はさせないと、ティオネがナイフを投げる。ティオネから渡されたティオナとベートも慣れないながらに投げた。

 体にナイフが刺さり、絶叫するモンスター。その間に呼気を落ち着け、その時ふと、アイズは肉が焼け焦げた臭いを感じた。

 慌てて振り向くと、両手をダラリと垂れ流し、顔から脂汗を流すシオンの姿。幸い体に着た保険程度の『サラマンダー・ウール』のお陰で無事なところは多いが、逆にその保護が無かった両腕なんかが――多分、顔を庇ったせいでそこは特に――酷かった。

 「シ、シオン、大丈夫!? じゃない、高等回復薬、飲める?」

 「む、無理、かな……両腕が焼けすぎて、動かすと、モゲそう……」

 本心では絶叫したいはずなのに、耐え続けている姿は痛々しい。すぐにでも回復させてあげたかったが、まだ戦闘は続いている。

 アイズは一度、三六十度全てを見渡した。本当に慌てている状況でも、安全確認は重要な事だと口を酸っぱくして教わったから。

 「大丈夫、かな」

 もうほとんど戦況は落ち着いている。大勢は決した、3人に任せても大丈夫なはず。だからシオンを回復させて、新たにモンスターが増えても対処できるようにしておくのがいいと思う、とまで考えて、渡されていた高等回復薬を取り出した。

 シオンを座らせて、飛び道具が当たらないようにする。それから高等回復薬を開けて、シオンの口に持っていった。

 「慌てないで、ゆっくり飲んで」

 「わ――いや、あ、ありがと」

 悪い、と言いかけたが、こう返すといつも不機嫌になるので、咄嗟に言い換える。その程度の機微は覚えていた。……覚えないと困るのは自分だから、学んだだけだが。

 必死なアイズはシオンの微妙な反応に気づかず、焦った様子で瓶を傾けた。

 他人に何かを飲ませる、というのは存外やりにくい。相手がどのペースで物を飲むのか把握していなければ、咽せさせてしまうからだ。

 それでもできるだけ慎重にやったおかげで、シオンは普通に飲み込めた。両腕に火傷が治っていく痛みが走ったけれど、耐え切れない物じゃない。

 けれど、最後に。

 2人を影で覆うように、何かがヌッと姿を現した。

 見やると、無数の牙が。ダラダラと零れ落ちる唾液に、アイズは全身の産毛を波立たせる。シオンは逆に表情が掻き消えた。

 『ダンジョン・ワーム』と呼ばれる、顔のない、ミミズのようなモンスター。ぶよぶよと醜悪な体を律動させ、しかし大部分を地中に埋めたまま、2人に迫る。

 シオンとアイズは、刹那、顔を見合わせ。

 「止める」

 「倒すね」

 端的に方針を決め、行動する。

 ほぼ完治した両腕を使って短剣をその大口開いた部分に投げて、動きを止め。

 鋭い剣に光を反射させながら、体液で汚すのもイヤだと一度の斬撃で斬り殺す。

 ドサッと倒れるダンジョン・ワームを見て、新手が来ないかと警戒するも、新たにモンスターが来る予兆は感じられない。

 ――このモンスターを最後に、5人は一つの難関を乗り越えたのだった。

 

 

 

 

 

 疲労で重い体に鞭打って、できるだけ素早く魔石とドロップアイテムを回収する。流石に燃え尽きたモンスターを解体するのは無理があったので、魔石の位置がわかるモンスターはそこを破壊して灰に戻し、運良く出てきたドロップアイテムだけ持っていった。

 散発的に襲いかかるモンスターは、主にベートとティオナが相手する。シオンも前に出ようかと思ったのだが、火傷した両腕に痺れが残っているので、諦めて警戒に徹した。

 そして今、シオン達は出入り口が一ヶ所しかない小部屋で休息を取っていた。

 「ベート、周囲にモンスターの臭いは?」

 「ねぇな。来たら教える、それまでは休めるだろ」

 狭い小部屋、故に5人もの人数が座るだけでも手足がぶつかりかねないが、年単位――アイズの場合はまだ半年程度だが――も一緒に居れば、その程度気にならなくなる。シオンは背負っていたバックパックを真ん中に置いた。

 「……やっぱ金かけといて正解だったかね」

 このパーティにはサポーターがいない。戦闘中荷物を背負う者が誰もいないため、戦闘の余波が届かない場所に置いておくのが普通になっていた。しかし一度バックパックをヘルハウンドに燃やされてしまい、その日の稼ぎの大半をパーにされた嫌な思い出がある。

 その結果、このバックパックにはなんと、贅沢にも『サラマンダー・ウール』が使われていた。だがそのお陰で、アレだけの戦闘をしても全く問題無い。

 ふぅと肩の力を抜き――狭い小部屋と言えど、壁面からモンスターが産まれるので最低限度の警戒心は残しているけど――バックパックを広げておく。

 そこから各々が手を伸ばし、中に入っていた物を持っていく。

 それは食べ物だった。

 ダンジョンでは長時間戦闘を行う。半日ぶっ通しもザラだ。その為こうして栄養補給のために軽い物を持ってくるのは当然の知識だった。

 わかりやすく言えば、三時のおやつ、のような物だろうか。シオン達の外見が外見なので、場所さえまともならピクニックと見えるだろうに。

 アイズはジャガ丸くん(薄塩のみ)を取り出す。汗を掻いたのなら塩分の補給は必須という考えから、塩にしていた。

 ティオネはクッキー。戦況を把握しながら投げナイフでフォローするのは頭を使うため、甘い物が欲しくなるのだ。

 ベートは肉を挟んだサンドイッチ。コレは本人の好みによるところが大きい。狼だから、というのは関係あるのか無いのか。

 「……ねぇシオン、腕、ちゃんと動かせる?」

 「ああ、もう平気だ。微妙に残っていた火傷も回復薬で治したし、次からはちゃんと戦えるよ」

 「そう……」

 一方、隣り合って座るシオンとティオナは、先ほどの怪我を気にしていた。

 身を乗り出してくるティオナに、感触を確かめるために動かしてみせる。違和感として残っていた痺れももう感じない。シオンの言葉に嘘はない。

 ティオナはシオンの右腕を持ち、そっと触れる。そのまま火傷が残っていないか確かめるように撫でていった。

 沈痛な面持ちのティオナに、どうしてかシオンは後ろめたく思ってしまう。あの時あの状況でシオンがアイズを庇ったのは間違っていないのに、理屈で説明できない部分がシオンを責めているかのような。

 それでも声をかけようとして、

 「ティ、ティオナ……?」

 「え? あ!?」

 しかし、そっと撫でられるのに背筋がゾクゾクしてきたせいか、戸惑い気味な声になった。

 その反応に正気を取り戻したティオナは、瞬きする間も無く両手を肩の上に上げる。その視線が自分の手に向き、赤い顔で奇妙な笑顔を浮かべると、その手を背中に隠した。

 「ご、ごめんなさい! 心配で、つい」

 「いやそれはいいんだけど」

 どちらも顔を赤くして、気まずそうに顔を逸らす。

 「むうぅ……」

 そんな光景を間近で見ていたアイズが、ジャガ丸くんをガツガツと自棄食いしながら、不服そうな呻き声を出した。

 ティオナは誤魔化すようにチョコレートを取り出してシオンの口元へ運ぶ。

 「むうぅぅ……」

 途中でそれが「はい、あーん」の仕草だと気づいて更に赤面、しかし途中でやめたらそれこそドツボにハマるからと、必死に羞恥を押し隠して続行。

 「むぐぐぐぐ……!」

 ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツバックン!

 手元のジャガ丸くんが一瞬で無くなるくらいの自棄食いをするアイズ。どう見ても平静でないのがすぐに理解できた。

 わかっている。

 わかっているのだ、ティオナが単にシオンを心配しているだけなのだという事は。

 それでも、自分のせいで怪我をしたのだと理解していても、この胸のモヤモヤはアイズの感情を乱れさせる。

 「ううぅぅぅぅぅ……!」

 だからアイズは、その場で必死に苛立ちを抑えるしかできなかった。

 一方、入口近くのティオネとベートは、

 「んー、凄い修羅場感。ねぇねぇ、アレどうなると思う?」

 「……俺が知るかよ。野次馬は趣味じゃねぇんだ」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべるティオネに、ベートは呆れを込めた溜め息を返す。しかし『底意地の悪い』と言わなかったその意味を理解してか、ティオネはちょっと申し訳なさそうにした。

 「ごめんなさい。こうでもしてないと、休みきれないのよ」

 「わかってるっての」

 忘れてはならない、こうして日常の一幕のようなやり取りをしていても、ここはダンジョンで、常に死が隣にある場所だと言うことを。

 こうして休んでいても、無意識に警戒を周囲に向けているせいで強張る体が、疲れを抜けさせてくれないことを。

 「俺以外は、わかんねぇんだからよ」

 「こういう時は、狼ってズルいと思うわ」

 鼻が利くベートは、まだいい。

 だが他4人の種族はそういった特殊な感覚を持ち合わせていない。ヒューマンは当然、アマゾネスもその特殊性を除けば実質ヒューマンのようなもの。

 ベートから『モンスターはいない』と言われたとしても、無意識の警戒心は抜け落ちない。生物としての本能のようなものか。

 ただそれでも、シオン、ティオナ、アイズの3人は、それを打ち消している。恐らく警戒が先立つ前に、お互いを拠り所にして安心感を得ているのだろう。

 つまり、唯一この休憩で休みきれてないのは、ティオネだけ。彼女にとっての『拠り所』たる存在は今、この場にいないから。

 だからこうして巫山戯ていないと、彼女は休むに休めなかった。

 「ほらほら、3人とも変に動かないで。ここ狭いのよ? 私とベートがはみ出ちゃうじゃない」

 「ぁ、えっと、うん」

 見られていたとやっと気づいたのか、ティオナは自分の世界から帰還する。一方シオンは言葉にし難い微妙な気分になっていて、思わず視線を逸らす。アイズは素知らぬ顔で誤魔化した。

 ニヤニヤとした笑顔の裏に、このやり取りでティオネが途方もない安心感を覚えているのを知っているのは、多分ベートくらいだろう。

 「ま、これが俺達なんだろうな」

 『いつも』が続いている、続けていられる大切さ。

 それはきっと、何物にだって変えられないはずだ。

 

 

 

 

 

 短い休憩を終え、探索を始めるシオン達。

 散発的に来るモンスターは、ほとんど障害にならない。問題なのは五体規模のモンスターが断続的に、どんどんと増えていく事だ。それさえなければ負けるなどありえない。

 そうして17層を目指している道中、シオンはふと、横にある穴を見つけて足を止めた。

 「……アレ、もしかして」

 今いる位置と、この穴直下の通路。脳内のマップが正しければ、これは恐らく。

 「どうしたの、シオン。もしかしてショートカット?」

 「多分、できる。かもしれない」

 「え、ホントに?」

 冗談交じりに言ったら本気で返されたティオネが素直に驚く。もしうまくいけば、かなりの楽ができるかもしれない。

 そう思う中で、真っ先に気づいたのはベートだ。

 「問題点があんのか」

 「ああ。脳内マップが合ってるのかっていうのが大前提。それから真下にモンスターがいたらいきなり戦闘だ、かなり危ない」

 「リスクがたけぇな……。だが、さっさと行けるのは魅力的だと」

 「そうなる。コレ背負ってるのも結構疲れてきたしな」

 はち切れんばかりに物が詰め込まれたバックパック。ある程度皆で分散して持っているとはいえども、何時間もそれを背負っていればかかる疲労度は洒落にならない。

 「反対意見は?」

 「私は無し! いつもシオンを信じてるから」

 「同じく、無いわ。そのくらいの信用はあるわよ」

 「私も。信じ続けるって、決めたから」

 3人は、例え間違っても構わないと思いながらそう言って。

 「テメェに任せる。そう言っただろ」

 ベートは、ただ、笑みを向けた。

 ――信頼、されてるなぁ。

 重たくは、あるけれど。

 「よし――降りるぞ!」

 「「「「応っ!」」」」

 それが心地よいと感じるのだから、人間とは不思議な物だ。

 念のため即時対応ができるベートが先に飛び降りた。本当はシオンが行きたかったのだが、ベートが譲らなかったのだ。

 ベートは周辺を見渡し、臭いで敵がいないと判断すると、サインを使う。それを確認し、ティオナ、アイズ、シオン、ティオネの順に穴へ飛び降りる。

 見たところ16層と17層では特筆して違うところがない。出てくるモンスターも、ほぼ変わらないだろう。奥を見据えて、シオンは言う。

 「こっちだ。予想が正しければ、十分もしないで18層にまで行けると思う」

 結果から言えば、シオンの予想は、正しかった。

 ただ――それがよかったのかと問われれば、答えられない。

 何故ならば、シオン達の目の前に、ダンジョンではありえない程に整った壁面があったからだ。凹凸一つ、どころか継ぎ目すら存在しないそれは、人の手で作れる物とは思えない。

 「えぇ……ここで……?」

 18層への道を守る門番。それを産み落とすためだけに存在する物。誰が名付けたか、『嘆きの大壁』などと呼ばれている。

 インファント・ドラゴン等とは違う、本当の『迷宮の孤王』を産み出す場所が、ここだった。

 そしてそんな場所だからか、広間も今までの物とは全く違う。

 形状に一貫性なく滅茶苦茶だった広間は、綺麗な直方体になっている。見た限りでは大円形の入口から広間の奥まで二〇〇M、幅は一〇〇M、高さ二〇Mと言ったところ。

 今までとは違う、圧倒的な広さ。戦うための小さな戦場。

 だがそれだけなら、シオンは先程口にした言葉を言う必要など無かっただろう。

 しかし、目の前にいる数えるのも面倒な冒険者達がいれば、話は別だ。

 どう見ても討伐隊。『迷宮の孤王』を相手にしに来たとしか思えない。

 まだ『産まれ落ちる』前の状態になっているからか、彼等はこの周辺にいるモンスターの討伐、いわゆる前哨戦をやっていた。

 「この階層の『迷宮の孤王』は二週間で再出現するからって、まさか今日この瞬間……どんだけ運が無いんだ、おい」

 「言ってる場合かよ。どうすんだ、行くのか、帰るのか」

 ベートは冷静だった。

 冷静に、自分達が『足手纏い』になると理解していた。

 シオン達は大人数での『迷宮の孤王』討伐、レイド戦とも呼ぶべき物を経験した事がない。動きがわからない上に、子供の身の丈でしかない存在を上手く使える人間はそういないのだから、いっそ帰るというのは当然の選択肢。

 その辺りはシオンもわかっている。だが、ここで戻るのはモチベーション的にしたくない。ならばどうする。

 できるとすれば精々、周辺のモンスターの掃討くらいか。ゴライアスの攻撃は受けるとひとたまりもないので、通路に陣取ってどこからか来るモンスターの相手でもしておこう、と思って、それを責任者に伝えに行こうとすると、

 「何だ救援か……ぁ? チッ、ガキかよ。邪魔だ、さっさと帰ってママにでも泣き縋ってろ!」

 「あ゛……?」

 誰か知らないが、シオンの地雷の一つを、踏み抜いた。

 親がいないシオンにとって――その挑発は、あまりにも効果がありすぎるのに。

 握り締めた拳が真っ白になり、表情から情動が抜け落ちる。それから冷静に、背中から剣を引き抜いた。

 あ、やばい――と、誰が思ったか、戦慄されているとも知らず、シオンはただ思う。

 『迷宮の孤王』?

 大人数での戦闘経験が無い?

 そんなの全部――()()()()()()

 「なぁ、ベート。ちょっと提案があるんだけどさ」

 「……何だ」

 どことなく警戒しているように見えるベートに、

 「久方ぶりの『巨人殺し(ジャイアント・キリング)』……やってみようとか、思わない?」

 それはもう、邪気の欠片もない純真な笑顔を向けながら、そう言った。

 なのに何故だろう、ベート以外はドン引きしてるように思える。気のせいか。気のせいだろう。

 「……ハッ、いいぜ。面白そうだ。そもそもアイツ等と群れるとかここから逃げるなんざ、性に合わねぇ。乗ってやるよ。テメェ等はどうする?」

 否とは、言わない。

 先程も言ったが、信じているのだから。

 「なら、18層到達目標の前に、もう一つ追加だ」

 ピシリ、とシオンの背後にそびえ立つ壁に、罅が入った。

 『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 拳が壁を突き破る。圧倒的な巨体が風を巻き起こし、シオンの髪を揺らす。そんな中で、大胆不敵に笑って宣言した。

 「17層『迷宮の孤王』ゴライアス討伐――行くぞ!」




なんか最近会話→戦闘か戦闘→会話って感じのパターンで固定されてる。本当は今回でゴライアス終了までやりたかったのに。

まあでも仕方ないね。最近アイズやらサブキャラ達との絡みやらでさ、大切な物が欠けているのに気づいたんだから。
そう。

――ティオナが不足しているんだっ!!

って訳で急遽追加したシーンがアレ。特に後悔はしていない。


戦闘シーンについて
半年前に中層に行った時は、あくまで役割を決めたら『各個撃破』って感じでしたが、ここはそんなに甘くないと理解して連携を密にしました。フォローに回れるよう、皆注意してる、みたいな。
ただ書いててベートとティオナはあっさり目になっちゃうのが問題。役割上ガッツリ書けないんだよなぁ……。

アイズの性格
初期の頃より大分落ち着かせつつ、でもまだまだ子供っぽさが残る感じに。正直原作アイズとの共通点を見せつつ、けれど決定的に違うのを表現するのは難しいですね。
なんか気になるところあったら指摘下さるととても嬉しいです。

さて次回はゴライアスの討伐になります。
最近タイトルに悩み中。間接的な表現でうまい言葉が見つけられない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。