英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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『神の恩恵』

 目を覚ませば、台所で料理を振るう義姉さんの姿がある。そう――信じたかった。

 ボロボロになった体は、回復薬(ポーション)類によって既に治っている。けれどこの身体に受けた痛みは、夢でしたと済まされないほどに刻み込まれた。

 全て、現実で起こったことだ。

 空虚に満ちた、心。ずぶずぶと沈もうとするそれを掬い上げたのは、一人の声だった。

 「目が覚めたかい? よかった、あれから二日経っていてね。葬儀の準備は」

 扉を開け、上半身を壁にもたれさせたのを見たフィンが声をかける。椅子に座って様子を見つつ言葉をかけたが、それを途中でやめざるをえなかった。

 ツツ……と頬を伝う涙。逃避しかけていた心が、彼の『葬儀の準備』という言葉を受け、全てをただ理解した。

 義姉さんは――死んだのだ、と。

 「……すまない、配慮が足りなかった。君は彼女の最後の家族だから、彼女の【ファミリア】から『君に全て任せる』だそうだ。それだけ、伝えたかった」

 「……そう。ありがと、フィン」

 「僕は一度、外に出るよ。食事の用意もしてもらわないとだからね」

 席を立ち、部屋から出るフィン。静かに閉まるドアを眺め、

 「ぅ……ッツ、義姉……さ……どうじて――」

 ただ静謐な涙を、溢れさせた。

 これが死。二度と出会えない、それだけの事実。その事が心を抉り、掻き乱す。だけど、忘れたくない。

 義姉と交わした、最期の会話を。

 ――あの爆発が起きた直後の出来事だった。

 全身を抱きしめられたのを理解したが、痛みと極度の疲労によってまともに動くことさえできない。更に上から軽くのしかかられている。

 すぐにその重みは無くなり、意識を落とそうとする体を振り切って、体を起こす。

 そこで見たのは、痛みに顔を引きつらせて、それでも笑顔を浮かべんとする、義姉の姿。

 「だ、大丈夫? 死んで、ない、よね? 庇いきれた、よね?」

 「義姉、さん? 何言ってるの?」

 「ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいで、巻き込んじゃって。だから、あなただけでも助けたかった」

 やめてほしい。

 それではまるで、遺言みたいじゃないか。

 「なんで、どうして。俺をかばったりしなきゃ、助かったのに!!」

 そう、義姉さんだけなら、助かったはず。あの男が絶命した瞬間、その敏捷を活かして背を向け駆け抜ければ、大怪我はしたとしても、致命傷にはならなかった。

 Lv.5冒険者なら、なおのこと。

 「だけどそれじゃ、あなたが死んでしまうもの」

 「……ッ!」

 少年が義姉を慕うように、義姉も少年が大切だった。だから自分を犠牲にした。これは、その結果だ。

 義姉は震える手を伸ばし、首元の鎖を引っ張った。

 そこから現れたのは、砕け散った石。

 「一度だけ、即死攻撃から身を守ってくれる『神秘』がこめられたお守り……役に立って、良かった」

 魔力暴発によって引き起こされるのは大爆発。だが、そこに付随される『効果』は『二つ』だ。

 一つは衝撃波。もう一つは、膨大な熱。

 どちらか一つしか、この石は防いでくれない。

 だから義姉さんは選んだ。衝撃波を余すことなく受け止め、どうしても伝わってしまう熱は、この石に託した。

 「おれにこれを、渡した、のは。でも、もし壊れてたらどうするの!?」

 ここにくるまで、何度も死んだと思うような一撃を受けた。その過程でこの石が壊れてしまっていたら、共倒れだ。無謀に過ぎる賭け。

 なのに、その顔の笑みが崩れることはない。

 「その時は、その時ね。何もしないままあなたが死ぬところなんて、見たくない。私のワガママなんだから」

 視界が歪む。目の奥が、熱い。

 「私はずっと間違えてきた。それを正してくれたのはあなた。英雄様に成り損ねた私は、あなたのおかげで『化物』にならずにすんだ」

 それだけでも、嬉しかった。だけどそれ以上に、幸せだった。

 「あなたと過ごした日々は、掛け替えのない宝物。心残りは、あなたの『将来(これから)』を見られないことくらいだけど……」

 「ま、待ってっ。やめて、そんなこと、言わないで……!」

 この先の言葉を、聞きたくない。

 けど、聞かなきゃいけない。

 相反する感情がせめぎ合う。堪えきれない涙がこぼれ落ちて、義姉さんは柔らかな手で、それを掬い取った。

 「私とは違う、誰かを助けられる『英雄様』になって。力なんて無くっていい。みんなを笑顔にさせる、太陽のような人になって」

 頬を撫でる手の震えが、どんどん大きくなっていく。爪が剥がれた両手で、痛みを押し殺して抱きしめた。

 「誰かを好きになって、幸せな人生を送って。その先で、(そら)でいつかあなたが来るのを、待ってるから」

 ふっと、力が抜ける。体温が無くなる。義姉の命が、失われていく。

 「あ……ま、まって……」

 もう一刻の猶予もない。なのに心は散り散りで、言いたいことさえ形にならない。言いたいことはいっぱいで、どうしようもないほど時間が足りない。

 「大好き、だよ……義姉さんッ」

 だから、その言葉だけ。全ての想いをこめた、一言を。

 「私も……愛してる。バイバイ、私の、大切な人」

 それが、自分の心を、満たしてくれた。場違いな程の嬉しさを、生んだ。

 そして、心から満足そうな笑顔で――彼女は、少年にとっての『英雄』は、死んだ。

 それからフィンがその場に訪れるまで、ほとんど意識はトんでいた。

 「――これで、全部。最初から最後まで、言い切ったよ」

 「そう、か。辛いことを言わせてすまない。だがこれで、相手が何なのかわかった。それだけでも十分な収穫になるよ」

 フィンは、事の顛末を聞いて、それで相手が何をしたかったのかを理解した。理解して、この少年を放ってはおけないと思ってしまった。

 今、この少年には庇護がない。彼女が死んでしまい、どこかの【ファミリア】に所属していない以上、この子は、無力だ。

 その事には頭が回っていないらしい。むしろ他の事に気を取られているようだ。

 「義姉さんを殺した相手がわかったって、言ったけど。アテは、あるの?」

 「ある事は、ある。でも、今の君には教えられないな」

 「どうしてだ? 教えたって損は無いよね?」

 「君の眼が、教えられない理由だ」

 必死に押し殺していたが、仮にも相手は【ロキ・ファミリア】の頭だ。彼の目に宿る憎悪の炎、否種が隠しきれていない。

 「今の状態で教えたら、死んでもいいと彼らに突っ込んでいきかねない。せめてあの人の葬儀に参加して、頭を冷やしてからでないと。そもそも君のお義姉さんは、それを望んでいるのかい?」

 そう言われると、弱い。

 冷たいとさえ言えるフィンの言葉の裏を理解できてしまうから、何の反論もできなかった。

 この、本当はとても優しい小人族の想いが、わかるから。

 「この食器は片付けよう。その後しばらくしたら、今後の件について話し合うから、なるだけ考えを纏めておいてくれ」

 「今後の……件」

 「そうだ。君がこれからどうしたいのか。また、どうするつもりなのか。僕としては、【ロキ・ファミリア(ここ)】にいてほしいところだけどね」

 「……」

 「まあ、一つの考えとして、受け止めてくれればいいよ。じゃあ、また後で」

 フィンが出ていくのを感じる。

 また、独りきりだ。

 窓から見える空は、変わらない。あそこに、義姉はいるのだろうか。

 「これから……か」

 あなたがいなくなった先は、果たしてどんな未来になるのだろう。それだけが、不安だった。

 部屋から出たフィンは、【ロキ・ファミリア】ホームを歩く。目指すのは、我らが主神のいる部屋だ。

 ――彼を独りにはしておけない。

 ただそのために、彼は自ら神に進言するつもりだった。もちろん打算はある。

 ――【殺人姫(さつじんき)】の、義弟。彼の才能は相当なものだ。今から育てていけば、将来的にはかなり強くなる。

 彼が姉と慕う女性は、Lv.5冒険者。二つ名は【殺人姫】。かつて共に冒険していたパーティメンバー全てを闇派閥(イヴィルス)に襲われ壊滅、復讐鬼に走った彼女の手によって、多数の闇派閥メンバーは殺された。証拠を提出された、関係者含めて。

 ――今回の一件も、そのせいだろう。闇派閥はこのオラリオの毒だ。いずれ壊滅させなければならないほどの。いや、それよりも。

 彼女は確かに恐れられた。敵からも、味方からも。

 だがそれ以上に、慕われていた。あくまで闇派閥にのみ敵対していた彼女は、相当数の人間を救ってもいたから。

 フィンが少年を気にかけたのも、かつて彼女に団員の命を救われたことがあったから故。お礼参りに訪ねた時に、ふと声をかけたのが、出会いだった。

 ――僕はただ、あの子に死んで欲しくないだけなんだ。

 あの純真な子を、助けたい。

 その想いを胸に、彼はロキの部屋の扉を叩いた。

 結果。

 「お~? 別に構わんで? 見ず知らずの子供達なら知らんけど、フィンの推薦付きなら大丈夫やろ」

 「あはは……僕の決意はなんだったんだろうね……」

 あまりにもあっさりとOKを出されて拍子抜けしてしまう。でも一応、これで大丈夫かなと思っていたところ、ロキが釘を刺してきた。

 「だけど、必要以上の厄介事はごめんや。多少のトラブルは子供達のいい刺激になるけど、【ファミリア】自体が無くなるような事態になるなら、いくらフィンの推薦でも断るわ」

 その子がどんなに優秀でもな、と言い切り、フィンの顔を見つめる。

 ――流石、僕達の神様だ。

 「いや、大丈夫なはずだよ。『あの二神』がいなくなった現状、このオラリオで僕達に比肩するだけの力を持った【ファミリア】はそう多くない。例え彼らだろうと、不用意に団員に手を出そうとはしないはずだ。すれば、手痛いしっぺ返しをするつもりだからね」

 「彼ら、ねぇ。やーっぱあの坊主、闇派閥と敵対していた【殺人姫】の?」

 「うん、あの人の義弟だ」

 「……まあ、それぐらいならいいやろ。ただし! 余計なお荷物を背負いかねない、そう言うんなら、それを覆すだけの実績を作りぃや」

 「と、なると?」

 「他【ファミリア】を、置き去りにせぇ。【ロキ・ファミリア】が、オラリオに、『ここに』あると知らしめるんや!」

 「それは僕だって望むところさ。だけど、程度が知りたい。さすがに『()()』に勝てと言われると、現状厳しいところがあるからね」

 フィンの言う、『アレ』。

 それは現在オラリオの中でも一際抜きん出た【ファミリア】だ。

 【フレイヤ・ファミリア】という名のそれは、【猛者(おうじゃ)】オッタルと呼ばれる武人を抱えた、一部では現最強派閥とも呼ばれるほどの【ファミリア】である。

 対して【ロキ・ファミリア】は探索系【ファミリア】においてかなり上位に位置するが、どうしても【フレイヤ・ファミリア】に劣ると見られてしまっているのが現状だ。

 「追い越せとは言わんよ。そこまで頭がお花畑やない。だけど、並ぶことくらいは、できるはずなんや」

 「まあ……そうだろうね」

 此度の『遠征』において、フィン達は階層主と戦った。【ステイタス】の更新も既に終え、幾人かは【ランクアップ】さえ果たしたほどだ。

 だが、フィンを始めとしてLv.6に上がったものは、いない。【ステイタス】的にはほぼ条件を満たしているし、十分【経験値(エクセリア)】も貯まってきている。

 恐らく、後少し。それで、フィン達古参のLv.5は軒並み【ランクアップ】を果たすだろう。

 「こんなところで終わるつもりはない。言われなくたってやってみせるよ」

 「そかそか。んなら、こっちから言うことはもうないわ。【ファミリア】に入れるために『神の恩恵(ファルナ)』刻んだるから、その子連れてき」

 いそいそと針を取り出し、いつでも準備オッケーや! と笑うロキに、

 「あ、実はまだ入るかどうか決まってないから、準備はいらないよ」

 「なん……やと……?」

 どこまでもしまらない神様だった。

 一方で、部屋に残った少年の方は、フィンに言われた『これから』を考えていた。

 義姉がいなくなり、お金のアテはない。いやそれ以前に、自分の年齢ではまともに生きていくことは難しいと、なんとなく理解していた。フィンが気にしていたのも、そこだろう。

 誰かの厄介にならなければ、自分は生きていけない。

 だが、一つだけ、重要なことがある。

 「【ファミリア】って、何?」

 そもそも五歳の自分にはまだ早いと、義姉からは教えられておらず。また、このオラリオにおいて【ファミリア】という知識は基本的なもので、誰からも教えられていなかった。

 フィンに言われた【ファミリア】に入るという提案も、よくわかっていない。

 仕方がないと、フィンが帰ってくるまで、少し物思いにふけ続けた。

 「――【ファミリア】の、知識?」

 「うん。誰も教えてくれなかったから、教えて欲しいんだ」

 「あ、ああ。そういうことなら、わかったよ」

 この質問に多少戸惑ったフィンだが、最後には了承してくれた。

 【ファミリア】とは即ち【神の眷属】である。その神の『神の恩恵』を授かり眷属となることでその派閥に入団したと認められる。

 【ロキ・ファミリア】と名付けられたのは神ロキの眷属ということで、他に有名所といえば鍛冶屋達のブランド【ヘファイストス・ファミリア】だったり、規模こそ多少劣るけど腕自体では同等の【ゴブニュ・ファミリア】や、回復薬などを販売する、医療系【ファミリア】の【ディアケンヒト・ファミリア】、他にもあるらしいが挙げるとキリがないのでそこまでだった。

 つまり、その神の性格というか趣味次第で、【ファミリア】の中身が変わる。

 そもそも何故神である彼らが眷属などを求めたのか、という点については、彼らが天から下界に降りたとき、彼らを全知全能たらしめるチカラ『神の力』を封じた――正確には子供達と同じ視点に立とうということで、万能の力を使わないと取り決めた――からにほかならない。

 つまり彼らは一般的な人間達となんら変わらぬ力しか持てない。かといって働くのも面倒くさいと――もちろん働くのが好きな神様もいるが――思った彼らは『恩恵』を授け、その代わりとして衣食住を基本、お金などを稼いできてもらう、ということとなった。

 【ファミリア】とはつまり、家族となること。そう考えてくれていいと、フィンは言った。

 「もちろんその【ファミリア】によっては家族どころか眷属皆敵みたいなところもある。だけど【ロキ・ファミリア】じゃそんなことはないから、安心してほしい」

 「そう、なんだ。あの、フィンには悪いんだけど。義姉さんが所属してた【ファミリア】って、どこなのかな」

 「ああ……もう、()()よ」

 「……。え?」

 「彼女が所属していたのは【ヘラ・ファミリア】だ。だから彼女の【ファミリア】からと言ったけど、正確には彼女と交友のあった同じ元【ファミリア】から、の方が正しいかな」

 かつて最盛期を誇った【ファミリア】の一つであり、4年前に【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が追放した二神の片割れ。

 【殺人姫】はずっと改宗(コンバージョン)と呼ばれる、【ファミリア】の鞍替えを行わなかったがために彼女が生きていることはわかっていたが、それだけの神。

 「だから、悪いけど君が【ヘラ・ファミリア】に頼るというのも無理だ。もしも他の【ファミリア】と親交があって、そっちに入りたいというのなら止めはしないけど」

 「ううん。フィン達以外とは、あんまり。なんか、妙に怖がられてたっていうか」

 「ああ……そうかい」

 若干遠い目で、半笑いで答えるフィン。

 良くも悪くも彼女の影響力は絶大だったらしい。そんな事を、今更再確認した。

 その時、コンコン、と扉が叩かれた。

 「フィン、葬儀の準備ができたようだ。あの子が起きているのなら、連れてきて欲しい。もちろん無理をさせるつもりはない」

 「わかったよリヴェリア。それで、どうする? 見に、来るかい?」

 「行く」

 即答だった。

 お別れの言葉を言った。だけど、その姿を、顔を見おさめることを、したかった。忘れたくないから。忘れないために。

 二日ぶりに布団から這い出る。服は、誰かが変えてくれたらしく、見覚えのないものだった。靴を履き、フィン先導のもと外へ出た。

 「久しぶり、といったところか。体に異常はなさそうでなによりだ」

 そこにいたのは、一人のエルフ。恐らくオラリオ内で最強とまで目される魔道士。

 エルフの中でも特に美しい、神にさえ匹敵する美貌を持つ『エルフの王族(ハイエルフ)』だ。

 翡翠の髪はきらきらと輝き、長い髪が揺れるのは嫌だからか、それを一本に纏めている。その髪から飛び出るのは、木の葉のように尖る耳。

 何よりその緑玉石の瞳から滲み出る気品が、彼女をどこか別の世界の人のように魅せた。

 【九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 それが、彼女の名前だった。

 「不思議なくらい、怪我はないかな。回復薬でもこうはならないと思うんだけど」

 「それはだな。そこの過保護な団長殿が、お前の大怪我を見て万能薬(エリクサー)を使ったのだ。そこまでせずとも、回復薬で傷を治して、後はここにいる魔道士にでも頼めばよかったものを」

 「リ、リヴェリア!?」

 くすくすと、意地悪く、けれどからかうように言うリヴェリア。対するフィンは、秘密を暴露されたからか、その顔を真っ赤に染めている。

 「――だが、気持ちはわかる。万能薬をまるまる一つ使ってもお前の傷は治りきらなかった。ただの回復薬では焼け石に水だったろう。いやはや、団長殿の慧眼には頭が下がるよ」

 「リヴェリア、わかっていて僕をからかったね?」

 「滅多に無い機会だ。たまには、いいだろうフィン」

 「えっと、ありがとう? フィン」

 なんとなく誤魔化された感はあるが、別に構わないか、と思い直すフィン。義姉を失い傷心中の彼の気分転換に利用されるなら、いいだろうと。

 ちなみに万能薬は彼の財布の中(ポケットマネー)から出ているので、リヴェリアもあまり強く言わなかっただけなのだが。

 葬儀は、冒険者という職業にしては珍しく遺体ありで行われた。

 ダンジョン内で死ぬことが多い冒険者は、その遺体をモンスター達に食い荒らされ、残るのは装備していた武器防具の欠片だけ、ということも珍しくない。今回のようなケースは、あまり無いことだった。

 それ故か、参加している人も、多かった。

 本来ならば『第一墓地』と呼ばれる、別名『冒険者墓地』か、そこに入れられないのなら彼らのために都市外の北方、小高い丘の上に作られた『第二墓地』あるいは『第三墓地』を利用するのが当然なのだが、まだ子供の彼が、自らの足で来られるよう、例外的に【ロキ・ファミリア】のホームの一角に、墓を作った。

 というか、誰とは言わないが幹部三名がゴリ押しした。

 一人、また一人と手向けの花と、一言二言を告げ、去っていく。中には同年代の子もいたが話すこともなく、ただひたすらに、葬儀を見続けた。

 遺体は、綺麗だった。焼けたはずの肌は白く戻り、整えられた髪と薄化粧が、彼女本来の美しさを取り戻していた。

 「彼一人を残して逝ってしまうなんて、思ってもなかったよ。君はずっと、彼の傍から離れないと思っていたのに」

 フィンが、参列者の中でも一際目立つ花を置く。そして一度冥福すると、少年の頭を一度撫で、その場を離れる。

 「随分と、綺麗なものだ。【殺人姫】などと呼ばれていたのが嘘のようだよ。全く、回復薬の一つも持っていかないとは、この愚か者が……」

 そう言ったのは、リヴェリア。義弟が攫われたと知り、何も持たずにオラリオを駆け回った彼女の浅慮さを嘆く。そこにあるのは、深い悲しみだ。

 誰も彼もが悲しんでくれる。いいや、悲しむほどの関係性を持ったからこそ、ここに来てくれている。

 義姉は愛されていたのだと理解して、嬉しく思い、また悲しんだ。涙は葬儀の前に出し尽くしたはずなのに、また流れ出そうになるくらい。

 やがてポツリポツリと人の流れが途切れていく。彼らにも彼らの生活がある。いつまでも悲しんではいられない。

 最後まで残ったのは少年を除くと、フィン、リヴェリア、そしてもう一人。

 フィンと同じくその身長は小さい。だが体格は正反対と言えるほどに筋骨隆々であり、大の大人であろうとその迫力に呑まれるほどだ。

 普段は大口を開けて笑うほどの豪胆な性格はなりを潜め、今はただ、逝ってしまった戦士の一人の先を祈っている。

 【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック。

 【ロキ・ファミリア】最古参の三人の、最後の一人だ。

 代表して、フィンが口を開く。

 「どうする? これ以上ここにいては日が暮れる。僕としては君がホームで生活し続けても問題ないとは思ってるんだけど」

 言外に【ロキ・ファミリア】に入らなくてもいいと言う友達。だけど、それに甘えることはできない。

 「……【ロキ・ファミリア】以外で、強いところは?」

 「単純な強さで言うなら【フレイヤ・ファミリア】が我らの上を行くだろうな。だが、あそこの女神は気まぐれすぎる。あの派閥に入るには、彼の女神に気に入られる必要があるからな」

 「だけどあそこには都市最強の冒険者がいるから、彼に師事したいのなら、止めはしないよ」

 リヴェリアとフィンが、言う。

 とても失礼な事を聞いているのに、彼らは気分を害することなく答えてくれる。本気で、自分の未来を案じてくれている。

 「未熟者(ぼうず)。お主は強くなりたいのか?」

 今までただ見ていたドワーフが、聞いてくる。その瞳は嘘を許さないとばかりに燃え、射抜いてくる。

 本心を、言えと。

 「なりたい。強く。今度こそ、足でまといにはなりたくない。義姉さんが俺を守ってくれたみたいに、俺は、誰かを助けたいッ!」

 その為になら、血反吐を吐いたって構わない。そんな勢いで、叫ぶ。

 果たしてその言葉が気に入ったいのか、ガレスは豪快な笑みを浮かべた。

 「ガッハッハッ! いい気迫だ。いいだろう、ならば儂ら三人の全てをお主に叩き込んでやろうではないか!」

 「おい、ずるいぞガレス。魔法を覚えていないこの子は私との時間が少なくなるんだぞ」

 「その分は知識を覚える時間に回したらいいんじゃないかな? 今朝知ったけど、覚えてることが圧倒的に少ないみたいだからね」

 「え……え? え??」

 「僕が中距離からの攻撃方法と回避、指揮の取り方を」

 「私は今から『並行詠唱』の仕方と、この都市で生きていくための知識を」

 「儂は前衛において必要なノウハウを全て叩き込んでやろう。恐らくそれが、お主に必要なものだろうからの」

 気づけば自分の『これから』が決まっていく。

 しかもそれは、オラリオ内最強の一角達からの指導。それはきっと、数多の冒険者達が望んでやまない事だ。

 前中遠、全ての距離における対応の仕方を学べる、ということ。それはきっと、いや絶対に役に立つ。

 「話は終わったんか? ほんならやろか。『神の恩恵』を授けたるわ。ロキの『恩恵』をな」

 いつからそこにいたのか、けらけらと笑うロキが立っている。

 ニヤニヤと、楽しそうに、可笑しそうに。だけど、何故だろう。油断するな、気を抜くなと本能が叫んでいる。

 黄昏と合わさるその鮮やかな朱色の髪を後ろで纏め小さく垂らしている。細目といえるそれは弓なりに曲がり、崩れた相好は彼女の明るさを示しているかのようだ。

 なのに、ダメだ。彼女を前にすると、どうしても体がビクついてしまう。

 「あのさ、フィン。なんかこの人、怖い」

 『ぶっ!!』

 フィン、リヴェリア、ガレス三人が不覚にもツボを突かれた。三者三様の笑い声が響く中、ロキはいっそう笑みを深めた。

 「なるほどなぁ。フィンが推薦するわけや。勘は悪うない。冒険者には必須のもんや。うん、気に入ったで」

 ガシ、と肩を掴まれ、顔を引き寄せられる。

 「あ、あの……?」

 「だーいじょうぶや、ちゃんと可愛がったる。【ファミリア】の一員として以上に、なぁ?」

 笑っているのに笑っていない。最初の対応を間違えたと、この時理解した。

 「とりあえず、名前を教えてな。フィンも教えてくれへんかったし?」

 「自己紹介は自分でするものだろう」

 フィンの突っ込みも何のその、ロキはグイッと体を寄せた。

 「ん、んん? で、なんて言うんや? ほらほら、言うてみ。ほら、ほらほらほ――」

 「やりすぎだ、ロキ」

 ボカン、とリヴェリアがロキの頭を叩く。ロキとしてもこれ以上の悪ふざけはさすがにマズいと思ったのか、やめにしたらしい。

 が、もう手遅れで、少年は自分を助けてくれた女神(リヴェリア)の後ろに隠れてしまう。

 「フィン、悪いんだけど【ロキ・ファミリア】に入るの、考えさせてもらってもいい?」

 「ロキ……子供相手にやりすぎだ」

 「大人げないの、ロキ」

 「な、なんやなんや、みんなしてそいつの味方して! みんなは誰の【ファミリア】なんや!」

 「私達が説いているのはあくまで人間性だ。それが欠けていると言っているにすぎない」

 四面楚歌、と言える状況。容赦ない攻勢に、ついにロキが屈した。

 「こ、子供脅して……すいませんでした」

 そして一つ咳払いし、

 「あらためて、や。うちはロキ。あんたの名前は?」

 「……シオン」

 「嘘やな」

 ジッと。

 先程までの遊びは嘘のように、少年――シオンを見つめる。

 「嘘じゃない。今から、シオンと名乗るから」

 「――どういう意味や?」

 「なるほど、花言葉か」

 理解しきれなかったロキと、一方でリヴェリアは理解した。森の民でもあるエルフは花言葉にも精通しているらしい。

 「確か『君の事を忘れない』、だったか。随分とまあロマンチックな名前じゃないか」

 「別に、そういうんじゃない。ただ」

 少しだけ、口ごもり、そして恥ずかしそうに、

 「義姉さんとの思い出を……大切にしたい、だけだ」

 「……!! おうおう、なんやこの子、めっちゃええ子やなぁ! 今時こんな子いないやろ普通に!」

 妙にテンションが上がっているロキがシオンの手を握り、一気に引っ張る。

 「いた、痛いよ! 痛いって!?」

 「いいからいいから。はよ『恩恵』刻んでうちの【ファミリア】に入れたるわ!」

 たーすーけーてー、という声を残し、二人は消えた。

 「……あれで、いいのか?」

 「いいんじゃないかな。あれくらい強引なのが」

 「今のようなバカらしい付き合いをすれば、あの坊主も少しはマシになるじゃろ」

 保護者三名、いたしかたなしと肩を竦め合う。

 そして神の寝床へ連れてかれたシオンはといえば。

 「なにこの汚い部屋」

 「うっわ、遠慮ないなこいつ」

 「いやだって、こんな酷いってないよ」

 あたり一面、それがなんなのか一見わからないようなガラクタばかり。中にはレア物があるのかもしれないが、そんなのわかるはずもなく。

 シオンにとって、この部屋はゴミ屋敷にしか見えなかった。

 「ま、否定できひんけどな。とりあえずそこのベッドに座って上半身裸になり」

 「ショタ、コン?」

 「なんでそうなるんや! 『恩恵』は背中に刻むしかないだけで、他意はない! っていうかどこで知ったその知識!?」

 妙に疑わしいと引き気味に見られている事に納得いかないまま針を取り出すロキ。さすがに冗談ではないと理解したのか、シオンも服を脱ぎ捨てた。

 「元々『恩恵』っちゅうんは、うちらの神血(イコル)を刻み込んで、その人の可能性を引き出すためのもんにすぎない。そこからどうなるかは子供達次第ってことや」

 「努力するか、しないか?」

 「そうゆうことになるなぁ。だから、あんたがどうなるかは、あんたがどれだけ頑張れるかによるよ。精々気張りや」

 淀みなく、ロキはシオンの背中に文字を刻み込む。

 「これからあんたはうちの眷属()や。辛いことがあったら、相談しにきてな。できることは限られとるけど、一人で溜め込むよりはマシやろ」

 その声音は、先程までのふざけたものは微塵も無く。

 「……ロキ、は。本当は」

 「あかんあかん、湿っぽいのは無し。頼りたい時は来ればいいし、一人でいたい時は部屋にこもる。子供はワガママ言えばいいんやで」

 これも、ロキの一面だと、わかった。

 アホらしく騒ぐのもロキの姿だけど、眷属を愛するロキの姿もある。どちらもロキであり、切り離して考えることはできない。

 「ありがとう、ございます」

 「あっはは、どういたしまして、やな」

 シオンは『神の恩恵』の儀式を受けた。

 それはロキの眷属となり、【ロキ・ファミリア】として生きていくことにほかならない。だけど今は、それも楽しそうだなと、そう思えた。




1話に比べて妙に苦労した2話と3話です。

多分設定をなるだけ原作準拠にした結果でしょうが。どの単語にかっこ無し、『』、【】を付けるかとか、フィン達の過去を出てる巻全部見直しまくってみたりとか。

ちなみに彼らの状況ですが、原作開始11年前ということで相応に弱くなっています。

ベル君で麻痺しかけてますが、本来Lvを上げるには年単位の時期を必要として、【ランクアップ】を果たす事に必要な【経験値(エクセリア)】が増えるので、これくらいかなと。

特にフィン達は【ロキ・ファミリア】創設時にかなり苦労したみたいですし。

なので現状トップを独走してるのは【フレイヤ・ファミリア】のみ、ということで。なんかおかしいところあったらご指摘を。

↓誰得か知りませんがフィン達の設定↓


フィン・ディムナ
現在Lv.5

原作同様頼りになる我らが団長。
が、この作品では幼い友人のために何かと心を砕き、心配性。

彼の過去についてはあまりわかっていないので、ちょくちょくシオン達と関わらせていければなと思っています。


リヴェリア・リヨス・アールヴ
同Lv.5

アイズのお母さんと揶揄されるような存在。
シオンが登場したことで更にその母性の発揮ぶりが加速。表にはあまり出さないが内心は過保護なお母さん予定。

彼女の扱いはどうしましょう。過保護が行き過ぎて口うるさいお母さん……?


ガレス・ランドロック
同Lv.5

実は一番扱いに困ってるのが彼だったり。原作でもあんまり登場シーンがないから口調とか把握しにくいですし。そもそも彼は過去に何をやっていたんでしょう?


次回は【ロキ・ファミリア】です。フィン達3人ともう3人出ます。幼い彼彼女らをどうかお楽しみに!

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