5月16日 (月) 放課後
明日香達は、昨日のマヨナカテレビの事について話し合っていた。
陽介に雪子そして悠も、昨日の男性は暴走族特番に出ていた完二だと断言する。
雪子は、幼少の頃の完二を覚えており、小さい頃は乱暴者じゃなかったと暗い表情で呟いた。
明日香も完二の昔の事をよく覚えている。
雪子の旅館は完二の家の染物屋で、お土産品を仕入れている。完二の母親とはよく話しているそうだ。
「これから染物屋に行って見る?話ぐらいは聞けるかもしれないよ」
雪子の提案で染物屋に行くことにした。
染物屋に直行した明日香達。
「こんにちは」
顔馴染の雪子が最初に店に入ってみると、そこには先客がいた。
「あら雪ちゃん。いらっしゃい」
店の主人である完二の母が雪子を見てにこやかに笑った。
「それじゃあ、僕はこれで」
「あんまりお役に立てなくてすみませんね」
「いえ、中々興味深かったです。ではまた」
帽子を深くかぶった少年が完二の母に軽く会釈した後に店を出て行った。
「何だ?変な奴」
「見ない顔だよね」
「最近越して来たのか」
「不思議な雰囲気が漂っていた」
陽介、千枝、明日香と悠が少年をそう評している。
雪子と完二の母が世間話をしている所に、悠が割って入り、最近何か身の回りで不審な事が起きていないか聞いてみた。
「あれ?これって」
千枝は店に飾られていたスカーフをジッと見ていた。
「どうした千枝?」
「明日香、このスカーフどっかで見た覚えない?」
「スカーフ?これは……あの顔無しのポスターの部屋にあったスカーフだな」
「てことは山野アナと同じスカーフ?」
「あら明日香君、貴方山野さんと知り合い?」
千枝と明日香の話が耳に入った完二の母が聞いてきた。
「いえテレビを見てた時に、彼女の首に巻いてあったスカーフを見ていたからです。このスカーフと山野アナのスカーフが似ているのは?」
「それは元々彼女に頼まれて作ったオーダーメイドなの。男物と女物のセットだったんだけど、やっぱり片方しかいらないって言われてね。仕方なくもう一枚は売り物として出しているのよ」
「男物って事は山野アナって誰かに渡すつもりだったんだよね」
「おそらく渡す相手は生田目だったんだろうな。まさか被害者が買った物が完二の家の商品とは……偶然にも程があるだろう」
もっと聞き出そうとしたが、チャイムが鳴り来客が来たようで、今日は仕方なく帰る事にした。
店を出ると
「あれ、完二君だ」
と目の前で完二と先程店に居た少年が何やら話していた。
少年と話している完二を比べると、少年が小さく見えてしまう。180以上ある完二は明日香・陽介・悠の3人よりも頭一つ飛び出てる。
「やばっ隠れるぞ!」
「隠れるって丸見えじゃん!」
慌ててポストの後ろに隠れるように言う陽介だが、どう見たって丸見えなのをツッコむ千枝。
完二と少年の話に耳を澄ましていると。
「学校?一応行ってるけどよ……」
「そう。だったら明日の放課後、君を迎えに行くよ。話を聞いて君に興味が湧いてきたしね。それじゃあ」
話は終盤だったようで、明日会う約束をして、少年は去って行った。
「興味つったか……男のアイツと男のオレ。オレに興味……」
ブツブツと呟いていた完二だが、隠れていたつもりの明日香達に気づく。
「あん?何見てんだゴラァァ!」
大声を出しながら向かって来る完二。
「やべっ!逃げるぞ!!」
慌てて逃げ出そうとする陽介。
だが
「皆ここは俺に任せてくれ」
そう言って明日香が皆の前に立つ。
千枝や陽介は止めようとする。相手は暴走族を1人で潰した男だ。そん相手に1人でなんて無理だ。
「あっ明日香さん!?」
向かってきた完二が急ブレーキで止まるように止まった。
予想してた光景とは別の光景に千枝や陽介は呆然としている。
「つい最近も会ったけど、今日も元気そうだな」
「どっどもっす」
悠の背中に隠れていて、明日香の事を視認できなかった様だ。
「余り大声を出したらご近所の迷惑になるだろ?久しぶりに静かな所で2人で話さないか?」
「うっうっす……」
完二の背中を軽く叩いて何処かへ向かおうとする明日香。
置いてけぼりを食らっている悠達。と千枝の携帯にメールが入った。差出人は明日香。
「『完二に色々と聞いてみるから千枝達は近くでばれないように待機してほしい』だって」
「俺は明日香がアイツと知り合いって事に驚きだよ……」
悠達は完二にばれないように後をついて行くことにした。
「ほら、コイツは俺のおごりだ」
「あっありがとうございます」
途中で買った缶ジュースを完二に投げ渡す明日香。
鮫川の土手にある切り株に座る2人。千枝たちは階段を上がった奥の方のベンチに待機してもらった。
缶のプルタブを開け、ジュースを飲む2人、一息ついたところで明日香が
「高校1年になりたてだが、どうだ高校生活は?楽しいか?」
「……正直言うと楽しくないっす。クラスの奴らは俺が居ると嫌そうな目で俺の事を見るし、財布や携帯が無くなった時は最初オレが疑われる。特に出っ歯の先公が目の敵してオレに色々と言ってくるっす。居心地悪いったらないっすよ。まぁオレ今迄起してきた事の積み重ねの結果なんですけどね」
出っ歯と言うとモロキンだろう。彼は規則や輪を乱す不良生徒の存在を認めていない。
「あの先生は正直言うと俺も苦手だ。頭が固いと言うかなんというか。それに、お前は人の迷惑になる事や、自分より弱い人間に力を振るった事がないだろ?根が優しいと言う事は俺は分かってるつもりさ」
「明日香さん……」
顔を赤くして頭を掻く完二。
「所で、完二は今も編み物とかはやってるのか?」
「やっやってねぇっすよ!誰があんな女々しいもの!!」
明日香が編み物の事を聞いてみると、完二は全力で首を横に振って否定した。
「そうか?俺が小学生の時、器用だったお前が編み物で小物の動物を編んだり、上手い絵を描いてたのに勿体ない」
「……気持ち悪いと思わないんすか?男の俺が編み物やったり絵を描いたり、女っぽい事をやって」
「思わないよ」
ジュースを飲み終わった明日香は近くにあったゴミ箱に捨てる。
「俺さ、不器用だから器用に編み物やったり絵を描いたりする完二を羨ましいと思ったんだよ。俺も好きな子に手作りの物をプレゼントしたいと思ったけど、作る事が出来ずにもどかしい気持ちになった事が何回かあるんだ。だからさ改めて完二が凄いと思ったんだよ。お前の事を気持ち悪いって言ってる奴は、お前の器用な才能を妬んでるんだよ。誇ってもいいんだぞ完二。お前の才能は素晴らしいってな。て言うかあの小物売り物に出しても売れるって絶対」
「明日香さん……」
完二は顔をそむけた。
「どうした?」
「別に目にゴミが入っただけっす」
「そっか」
その後も他愛もない話をする。
明日香が彼女が出来て付き合う事になったと聞くとおめでとうございますと祝福し、修羅場みたいなのになったことがあると聞くとマジすか!と心底驚く素振りを見せる。
根は正直な完二である。と雑談を続けていた明日香と完二だが、明日香が本題に入る。
「なぁ完二、聞きたいことがあるんだけどいいか?此れから聞く事はお前にとっても嫌な事かもしれない。けどもし大丈夫なら、正直に答えてほしい。最近誰かに恨まれたり狙われたりしてないか?例えばお前が締めたって言う暴走族とか」
「恨まれたり狙われたりっすか?オレにケンカ売ってきた奴は皆返り討ちにしてきたし、恨まれる事はしょっちゅうだし、族の奴らも年下のオレ一人に潰されて、逆に改心したって聞くし、今の所思いつく奴は……あ」
「どうした?」
「狙われたりとかじゃなくて怪しい奴は見かけたっす」
「いつ?どこで?」
詳しい情報を聞き出そうとする明日香。
「つい最近っす。ホンの2~3日前。家の前で変な奴がうろうろとしてて、オレが怒鳴りつけたら一目散に逃げていきました」
「男か女か?顔は分かったか?」
「男っす。けど帽子を深くかぶって顔は分かりませんでした。んでそんな事聞いてどうするんです?」
「いや、最近物騒だろ?つい最近だって殺人事件が起きたし。お前とお母さんの2人暮らしだし、怪しい奴がうろついてたら不安がるだろ?」
「大丈夫っすよ。もしも襲ってきたら返り討ちにしてやりますから」
「やり過ぎてお母さんに心配かけさせるなよ。……今日は色々と話せて楽しかった。また今度色々と話そうな」
「うっす」
完二が返るのを見届けると、千枝たちが待っているベンチへと向かった。
「御疲れ様。どうだった?」
「あぁ……」
明日香は完二から聞いた不審な男について話す。
「なぁおい、2~3日前なんて丁度マヨナカテレビでアイツが映った時じゃねぇか。そんな時に怪しい男が居るなんて可笑しいだろ」
陽介が言った事に明日香達は頷いた。
「その男はマヨナカテレビの事を知っていて、なおかつ映っていたのが完二だと分かっていた?」
悠は推測を呟いた。マヨナカテレビが映った後に不審者がうろつくのは偶然過ぎる。
「じゃっじゃあその不審者が若しかして犯人?だったりする?」
不安そうに首を傾げる千枝。
「かもしれないと言った所だな。不審な奴なんてごまんといる。けど今はその不審者の線が強いな」
「その怪しい奴が山野アナや小西先輩を……クソっ」
「陽介、気持ちは分かるが焦るのはいけない。俺達が出来る事はこれ以上犯人が人をテレビに放り込むのを止める事。捕まえるのはおじさんや明日香のお父さんの役目だ」
「悠の言う通りだ。俺達が出過ぎた真似をして、かえって危ない目にあうかもしれない。完二からの情報で、今はその不審者を警戒しよう」
今後の方針が決まった明日香達である。
だが完二の情報でも、明確な犯人像は把握できていない。
捜査に一歩前進したかと思ったが、全然前進などしていなかった。
――――夜―――――
「くそっ……」
顔面に傷をつけた完二が呟きながら悪態をついた。
明日香と別れた後、数人の不良が完二に絡んできた。
どうやら前に完二に喧嘩を売ってきた不良達が報復に来た。
一度返り討ちにした者に負けることなく、またも追い払った。
だが油断したのか、不良の拳が完二の頬に当たった。顔の傷はそれである。
(結構目立つな。またお袋が心配しちまうな……)
完二が遅くに帰って来ることには何も言わない母だが、喧嘩をしてくると色々とうるさい。相手に怪我をさせたのか、完二の怪我が大丈夫かとしつこく聞いて来る。
完二も母親が自分を大切にしてくれている事は理解している。こんな息子を大切にしてくれることに感謝してる反面申し訳なく思っている。
もう夜である。早く帰路につこうとするが。
「失礼、そこの背の高い少年」
「あ?」
行き成り誰かに呼ばれ、振り返ると帽子をかぶりインバネスコートを着て、手にはクラシックトランクを持った、一昔前の恰好をした20代後半から30代前半位の男が立っていた。
その男が完二を呼び止めた。
「オレに何か用か」
「行き成りですまないが道を教えて欲しいのだよ。天城屋旅館と言う宿なのだが、知っているかな?今日この地に来たのだがいかんせん、初めて来る場所だから土地勘と言ったものが無くてね途方に暮れていたのだよ。困っている所で少年が歩いて来るのが見えてね、道を尋ねたと言う訳だ」
「はぁ。天城屋旅館だったらこの道を真っ直ぐ行けば旅館行のバス停があるから、この時間だったら1本ぐらいあるはず……」
「おぉそうかい。いやはや助かったよありがとう少年」
帽子をとり、にこやかにお礼を言う男。バス停に行こうとして、足を止める。
「あぁもう一つ、聞きたい事があるのだが、よろしいかな?」
「聞きたい事?」
「人は何故、自分が見た者のその見た目と中身が違うだけで、拒絶し糾弾するのだろうか」
「?」
完二は男の言っている意味が今一分かっていないために首を傾げる。
「分かるように言えば『男のくせに』『女のくせに』といったものだよ」
「っ!男が女のやりそうなことやってれば気持ちわりぃに決まってるだろうが!!」
今自分が考えたくない事を言われ、怒鳴り返す完二。
怒鳴られた男は驚いた様子も見せずに、平然とした様子で帽子をかぶり直した。
「成程、気持ち悪いか。その答えも正解と言えるのだろう。人と言うのは色々な答えを持っていて面白い」
男は完二に会釈し、天城屋旅館へと向かった。
「……変な奴」
そう呟いた完二はさっさと忘れるように家へと帰って行った。