かくして、私は裏ボスになりました   作:ツム太郎

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いくつもの光が舞い降り、場が乱れる。


神々

神々

 

その時、ローガの目の前には様々な光景が浮かんでいた。

 

物心ついた時。

初めて武器を持った日。

仲間が出来た日。

この街に来た日。

ファミリアの一員となった日。

 

その後の楽しかったこと、辛かったこと全てが彼の脳裏をよぎったのだ。

そして、その中で彼の頭は驚くほどに冷静であった。

 

(…あぁ、なんか知ってるなコレ。 死の直前で見るとかっていう…まぁ、悪くねぇな)

 

そして、妙な充足感があった。

 

(結局、俺の冒険者としての道…っていうのか? 終始アイツだったな)

 

ふと、笑みがこぼれる。

実を言えばローガの中では、なぜあの局面で飛び出したのか、自分でもハッキリとしていなかった。

主神を攻撃したことは腹がたったが、主神が裏ボスと話している時は除け者にされた気がしてむかついた。

 

きっと明確な第一の理由なんてなかったのだろう。

だが、彼にとって重要だったのは理由ではない、動いたこと自体だった。

最強を目の前にして、自ら向かって行けた。

覚悟をしても這い寄ってくる死への恐怖を振り払い、牙をむいた。

 

(畜生、やっぱ強ぇなアンタ…)

 

そう思い、彼はゆっくりと瞳を閉じる。

その刹那、彼が最後に見た光景は、初めて見た彼の姿であったという。

 

 

 

 

 

しかし、終わらない。

彼は決して終わらない。

 

「…あ?」

 

彼が瞳を閉じた直後、ソレは舞い降りた。

巨大な剣、尋常でないほどの。

成熟した男を軽々と超えるであろう刃を持った大剣がパンドラの攻撃を防いだ。

 

魔が大剣に触れた瞬間、ロキが受けた時と同様に再び轟音が響く。

しかし、様子が違う。

魔は大剣を蝕まず、四方へ霧散していく。

 

弾かれたのだ、絶対とも思われた彼の一撃が。

 

「く…ぁ…」

 

「ベートッ!?」

 

状況が掴めないまま、ローガは緊張が一気に解かれたせいかフラリとその場に倒れてしまった。

ディムナは彼の救助に向かおうとしたが、辺りに霧散したはずの魔の影響だろうか、足が麻痺したかのように動かない。

 

そんな中、地面に突き刺さった大剣の先に、同じく上空から舞い降りた何者かが着地した。

ソレが誰だったのか分かった時、ロキ・ファミリアだけでなくその場を見ていた人間全員が驚き目を見開いた。

 

「…で、どういうつもりなの、パンドラ?」

 

大剣の持ち主、それは眼帯で片目を隠し、紳士服で身を包んだ男装の麗神へファイストスであったのである。

 

 

 

 

 

魔風吹き荒れる中、その場にいる誰もがローガの死を想像した。

故にソレを防いだへファイトスの登場など誰も予想できず、パンドラを含め全員が彼女を見つめる。

 

「おや、こんばんはへファイストス様、今夜は月がとても美しく…」

 

「挨拶はいいわ、今は理由を聞きたいの。 なぜ貴方はたった一人を相手に魔を放ったのかしら? 御覧なさい、受け止めた私の剣にヒビが入っちゃってる」

 

彼女の指さす方へ視線を向けると、確かに先ほど攻撃を防いだ大剣には大きなヒビがあった。

しかも、恐らく戦闘にはもう使えないだろうと思われるくらいに大きい。

ソレを見て、パンドラの放った魔が如何に強力だったか全員が理解し、再度恐怖する。

目の前にいる化け物の底がない実力に。

 

「それは、全て話すと少々長くなるのですが…結論から申し上げますと彼が私の力とやらを見たいと仰って…おや?」

 

彼はへファイストスに事情を話そうとしたが、それは最後まで至らなかった。

 

 

 

「ファーッハッハッハッハァアアアァッッ!! ハァーァァァァァアアアアンッ↑↑」

 

 

 

彼が全てを話し終える前に何者かが上空より飛来し、二人の間に割り込んだのだ。

けたたましい笑い声が聞こえた時、心当たりがありすぎるへファイストスは数秒白目をむいて立ち尽くし、同じく覚えがるパンドラは久しぶりの友人との再会を喜んでいたりした。

 

「オォッ! やはりここであったか! 久しいな我が友パンドゥラよ!!」

 

その正体は多くの調教師を抱える上級ファミリアが主神であるガネーシャであった。

仮面で隠した瞳を輝かせ、満面の笑みでパンドラに叫んだ。

 

「えぇ、お久しぶりですねガネーシャ様。 最近は怪物祭の準備で忙しいとお聞きしておりましたが? あと、私はパンドラです」

 

「あぁ、あと数日で開催されるからな、是非貴殿にも来てもらいたいものだ! …っとと、今はそんな話をしている場合ではなかった!」

 

そう言うと彼はパンドラの指摘を完全に無視してズイズイとパンドラの下へと歩みを進ませ、暑苦しい程に元気な様子のまま問いかけた。

 

「パンドゥラ、なぜ力を解放したのだ? しかも、俺が感じた量は相当なモノだ…よもや戦争でも始めるとでもいうのか!?」

 

「いえ、そんなつもりは毛頭ございません。 ただ、私は彼に力を…」

 

「私としてはドチラ側に加担しようかいささか迷う所ではあるが…貴殿が我が友であることに変わりが無いのなら、貴殿につくこともやぶさかではないッ! しかし、相手をするのは神のみ、子供たちを相手にすることは看過できぬ故、納得のいく説明を要求するぞォッ!!」

 

「う? えぇ、ありがとうございます。 しかしですね、私は戦争などと大それたことをする気は…」

 

微妙なイントネーションのまま全く呼び名が変わらないことと、予想以上の勢いのよさに若干ドモってしまったが、彼はガネーシャの質問に応えようとした。

先程から全く会話に入ってこれず額に青筋を浮かべているへファイストスも同じことを聞いてきたために、ここでまとめて返事をしてしまえばいい、そう考えていた。

 

しかし、またしてもそれは最後までいくことができなかった。

 

 

 

「あら、別に彼は戦争をするつもりなんてないわ。 そうでしょう、アリス?」

 

 

 

第三者の乱入者、豊穣の女神フレイヤが微笑を浮かべやってきたのだ。

 

「フレイヤ、貴方までここに…」

 

へファイストスは怒りが一周回って冷静になり、この絶妙にズレた空気をどうしようか考えていた。

そんな時に現れたフレイヤに軌道の修正という希望を見出し、故に彼女に話しかけた。

 

「あら先客がいたのね、一番だと思ったのに…まぁいいわ。 ごきげんようアリス、相変わらず素敵な輝きをしているわね」

 

「ご無沙汰しております、フレイヤ様。 先月ifにいらっしゃって以来でしょうか…ところで、先ほど私に戦意がないとおっしゃっておりましたが…?」

 

適当に挨拶を交わし、パンドラは彼女へ問いを投げかけた。

二回も途切れてしまった弁明を、もしかしたら彼女がしてくれるかもしれないと考えていたからだ。

 

「そうね、ありのままを伝えてしまってもいいけれど…どうしようかしら、フフッ」

 

しかし、フレイヤは一度返答を止めた。

身を翻してパンドラに寄ると、皆には聞こえないように耳元で話しかける。

 

「今度、私の塔へいらっしゃい、一緒に宴を楽しみましょう。 それが約束できるのなら…話してあげてもいいけれど?」

 

「………」

 

大抵の男ならすぐにでも了承するであろう美の女神からの誘い。

しかしてパンドラはその返答に渋った。

 

それはかつて彼女の誘いに乗って塔に入り、食事を済ませて帰ろうとした時に彼女が半裸で迫ってきた、という愉快な経歴があったためである。

しかもその際、嫉妬に狂った彼女お抱えの冒険者数名に本気で挑まれ、彼らの攻撃を傷まれない顔で受け続け、当の女神は半裸のままパンドラに擦り寄ってくるという奇天烈な展開を見せた。

今もオッタルを除く彼女の眷属と会うと、その時のことを恨み言のように呟かれるのだ。

 

そんな過去があり、あまり彼女の館には行きたくないのであった。

 

「…食事なら、別の所でもよろしいかと…」

 

「あら、私の塔はお嫌いかしら? それに、本当にただ食事をするだけだと思っているの…? ねぇ、パンドラ」

 

そう言うと彼女はパンドラに寄りかかり、彼の二の腕を人差し指で愛しげになぞる。

 

「ほら、早く答えてあげないと、皆痺れを切らしてるわよ?」

 

「…では、私が自分で答えびゅるびゅるぶ…」

 

彼女に期待できないと察したパンドラはもう一度自分で理由を話そうとしたが、それも叶わなかった。

彼が話そうとした瞬間、フレイヤが神速で左手を彼の唇まで寄せていき、その指で彼の唇をプルプルと弾いたのだ。

 

「フフ、させると思って?」

 

そう言って、フレイヤは唇が触れた指を愛おしげに舐める。

世界中の男の理性を奪うであろう仕草を前に、パンドラは全く意に介さず状況の打開を目指す。

 

「…貴方の塔へ行く以外ならどのようなことでも」

 

「あら、だったら閨を共にしていただけるかしら?」

 

実を言えば、初めて出会った時からパンドラは彼女が少しばかり苦手であった。

大抵の人間や神の行動は予想できる彼であるが、フレイヤだけはその予想の範疇を超える行動をしてくるからだ。

今もそう、先ほどまで妖艶な美女の振る舞いをしていたというのに、今は悪戯が大好きな少女のような行動をとっている。

 

「それはそれでご家族の怒りを買ってしまうかと、やはり自分でびゅ…」

 

「フフ、ダメよ」

 

「………」

 

再び弾かれる唇、パンドラは考えた。

今ここで彼女の手を掴み、ハッキリと事情を話すことは容易い。

しかし、そうしたら今度は彼女が「彼に乱暴されたわ」的な発言をして事態がまた妙な方向へと進まないか、と。

そうなったら今度こそ収集がつかない。

 

「…いい加減、事情を話してもらえるかしら?」

 

「さぁ、貴殿の気持ちを答えてはくれないかッ!?」

 

「フフッ、さぁどうするのかしら?」

 

三者三様の問いかけ、為す術は無く、パンドラはどうしたものかと苦笑しながら思考を巡らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神が一気に三柱も…ハハッ、本当に戦争でも始まるのか?」

 

一方。

神々と裏ボスの会話が聞こえない故に詳しい状況が掴めないディムナは、複数の神が降り立つという異様な光景に乾いた浮かべ、額から汗を滲ませる。

 

「さぁ、だが少なくとも直ぐに始まる様子ではない。 今はそれを信じてロキの治療に専念せねば…?」

 

アールヴは彼の独り言に応じながら、ヴァレンシュタインに介抱されているロキに治癒の呪文を唱え続ける。

しかし、そんな中自分の服の裾が掴まれているのに気付いた。

掴んでいるのは、大怪我を負っている筈のロキであった。

 

「…ロキ? どうしたのだ?」

 

「………ッ」

 

ロキは口を自分で開くことが出来ないのか、視線で何かを訴えようとしていた。

アールヴは冷静に、確実に彼女の意図を察しようとしてその視線の先を見る。

そしてその先には小さな瓶が一本、ロキの腰に巻きつけてあった。

 

「…これか、これを飲ませるのだな?」

 

そう言うと、ロキの眼は大きく開く、恐らく正解なのだろうとアールヴは察し、彼女にその小瓶の中身を飲ませた。

 

「…ふぅ、あーシンど…」

 

「ロキッ!? か、体は大丈夫なの!?」

 

するとどうだろう、彼女はすぐ体が動かせるようになり、固まってしまっていた体を伸ばす。

ヴァレンシュタインはいきなり動き出した彼女に心配の言葉をかけるが、当の本人は至ってダメージが残っていないようだった。

 

「あぁ、心配させてスマンかったな、皆。 …あぁ、知らん間にエライことになっとるやんか…よっと」

 

そう言うと、彼女はピョンと飛ぶように立ち上がり、スタスタと渦中に向かっていった。

その様子だけで彼女はもう大丈夫であることは分かったのだが、故に謎が出来た。

その謎を解くためにファミリアを代表してヴァレンシュタインが話しかける。

 

「んーまだ肩が固まってるわ…久々に貰ったなぁアレ」

 

「ロキ、大丈夫って…怪我とかないの? それに、さっき飲んだ薬は…?」

 

「あぁ怪我とかはないわ、強いて言うなら落ちた時の擦り傷くらいや。 薬…あぁ、あれはただの麻痺治しや」

 

確かに、ロキが落下した時は気が動転していたせいか傷だらけに見えたが、よく見るとボロボロなのは服くらいで彼女自身に目立ったダメージは無い。

内出血などの内側からの損傷も見られない。

 

「麻痺? それってどういう…」

 

「まぁ、皆が知りたいことは今から全部話すわ。 とりあえず、あの茶番を早う終わらせんとなぁ、パンドラァ…」

 

そう言って、彼女はいつも以上に深い笑みを浮かべてパンドラの方へと歩いて行った。

 

 




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