かくして、私は裏ボスになりました   作:ツム太郎

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彼は、偶に外に出る。


豊穣

豊穣

 

「火の元良し、明かり良し、戸締り良し…と」

 

オッタルの来訪から数日経ったある日の夜、パンドラはいつもより店を早めに締めると外出の準備をしていた。

これから彼は、自店に保管してある酒をとある店に運ぶ用事があった。

その店では、今夜大きなファミリアの宴会場として予約されていた。

しかし肝心の酒の調達が間に合わなくなり、さらにどの他店からも酒の取引を断られてしまっていた。

結果、仕方なく近場に居を構える自パンドラの店に助けを求めた、という流れだ。

 

その時自分の店に直談判しに来た薄緑色の髪をした少女が、彼は妙に印象的だった。

彼女は、最初は厳しい口調ではあったのだが、話しをしていく内に敬語が混じったよく分からない口調になっていき顔が引きつっていた。

顔も青ざめていて、今にも倒れそうだった様子だったので大丈夫かとパンドラが聞くと、「だ、大丈夫よ…です!」とだけ言って帰ってしまった。

 

取引の条件も販売額の二割増し程で渡すだけだったというのに、最終的には八割増し、しかもそのうち三割分は現金での支払いは無理なので、他の物品を後日渡す形で勘弁してほしい、という懇願までされてしまっていた。

 

もちろん、彼はその原因は恐らく自分に対する恐怖だったのだろうと予測はついていたのだが、彼女が帰ってしまったあとではどうすることも出来ず、とりあえずは当初の取引を行う準備をしていた、といったところである。

 

「場所は…豊穣の女主人でしたね。 確か大通りに出て左手に周り…そのまま直進で着いた筈です。 …まぁ、そのままの額で渡すようにしましょうか」

 

少々長めの独り言をつぶやき、そのまま外に出た。

そして外にあらかじめ用意してあった荷台に必要な分酒ビンを積み、「外出中」の看板を立てて自分の店を後にした。

 

 

 

因みに、店を出て少し経った後、冒険者の一人が偶然その看板を見つけて彼の不在を知り、その周辺に戦慄が走ったことは言うまでもない。

 

 

 

同時刻、例の豊穣の女主人ではロキ・ファミリアの主軸メンバー及び主神たるロキが宴会を始めてしばらく経っていた。

皆いい感じに酒がまわり始め、気分も高揚しだしていた時、メンバーの一人であるベート・ローガが大声で今日あった出来事を話していた。

 

「そういやよ、あのミノタウロスを倒していた時にいたひょろっちいガキ、最っ高に笑えたな!」

 

ソレを聞いて、偶然その店にいたクラネルは身を震わせた。

彼が言っているガキとは恐らく自分の事だろうと思っていたのだ。

 

「兎みたいな白い髪でよぉ、壁際に追い込まれて震えてる姿だけでも笑えたのに、アイズがミノタウロスを倒した時にその返り血を浴びて…ハハッ! 真っ赤なトマト野郎になっちまってたんだよッ!」

 

そう言い、ローガは腹を抱えて大爆笑した。

クラネルは彼の姿を見て怒りと屈辱、そして情けなさを感じていた。

見ると他のロキ・ファミリアのメンバーをその時の自分の姿を思い出していたのか一様に苦笑していた。

唯一笑っていなかったのは彼の想い人であるアイズ・ヴァレンシュタインと、オラリオ最強の魔法使いであるリヴェリア・リヨス・アールヴだけであった。

 

「しかもソイツ、そのまま叫んでどっか行っちまって…アイズもせっかく助けてやったってのに世話無いよなぁ!」

 

「別に…私はなんとも」

 

「ベート、いい加減にしろ。 そもそもあのミノタウロスは我々が仕留め損ねた残党…彼にはなんの否も無いだろう」

 

そんなローガを見かね、アールヴは彼を止めようと話しかける。

しかし、ローガは彼女の言葉を完全に無視し、さらにヴァレンシュタインに詰め寄っていく。

 

「じゃあ聞くけどよアイズ…お前はアイツと俺、相手にするならどっちがいいんだよ?」

 

「…少なくとも、そんなことをいうベートさんは嫌」

 

「はんっ、嘘言うんじゃネェよ。 自分よりも弱い奴を求める女が何処にいるかよ。 アイズにあんな雑魚は相応しくねぇんだ!」

 

その言葉に、遂にクラネルは我慢できなくなってしまった。

笑し続けるローガとは対照的に、ヴァレンシュタインは表情一つ変えずにポツリとつぶやくだけ。

はるか高みにいる彼女に恋心を抱く彼だからこそ、ローガの言葉は彼の心に深々と突き刺さってしまったのだ。

故に、遂に立ち上がって逃げるようにその場を立ち去ってしまった。

 

(僕は…僕はッ!!)

 

目から涙を流し、我も忘れて走り続ける。

 

「ん? おや、貴方はヘスティア様の…」

 

それゆえに途中で何者かと遭遇したのにも気づかなかった。

もっと強くなりたい、強くならなくちゃいけない。

彼の心はそれだけで満ちていた。

 

「…ふむ、あれほどの心の乱れ様…何か異常があったみたいですね…。 しかもあの方向は我が故郷の方角…成程、では私もあとで故郷に出向くとしましょう」

 

故にすれ違った人物の独り言は誰の耳にも届かず、そのまま消えて行った。

 

 

 

 

 

店から走り去っていくクラネルを見てローガはまた声高らかに笑い、そのままアイズに話しかけていた。

 

「ハハッ、アイツの姿見たかよ! 情けねぇのなんのって…お前もそう思うよなぁ、アイズ?」

 

「…私は、なんとも思ってない」

 

「へッ、口ではなんとでも言えるさ。 俺は近い将来必ず都市最強になる。 そして限界のさらに上に昇って、最後は人類最強になるのさ。 …あの裏ボスだって、絶対にブッ倒してやる。 お前だって、それくらい強い男が良いに決まってんだよ」

 

ローガがそう言った時に反応したのは、鬱陶しそうにするヴァレンシュタインでも、彼を咎め続けるアールヴでもなく、主神であるロキであった。

 

「…はぁ、ベート。 一応忠告しておくけどなぁ、パンドラの奴を倒すなんてそう軽々しく言うんはやめぇや。 そこら辺のチンピラやあるまいし」

 

「なんだよ、アンタまでエルフ様みたいなことを言うのかよ?」

 

「…まぁ、アイズたんを嫁にするなんていう冗談は置いとくとして、たとえ人類最強になれたとしてもアイツには敵えへんわ。 何べんも言うとるやろ、あれはもう人間どころか神ですら御せない完全なイレギュラーや。 たとえお前が百人おっても、アイツには敵わんわ」

 

ロキは何時にもなくまじめに話していたが、ソレを聞いてローガはまた笑った。

 

「ハハッ、そんなワケあるかよ! それにいくら強いったって、実際に見たわけじゃネェ…根も葉もない噂ばっかりだろ! なんだったら、今すぐにでも倒してやろうか!? そうすりゃアイズ、お前に最も相応しいのはこの俺にな…」

 

 

 

この後、彼は笑いながら言葉を続けていたのだが、残念ながら最後まで言うことは叶わなかった。

自分の主神であるロキの忠告ですら無視して話していたというのに、その口を閉じてしまったのである。

正確には、その場で和気藹々と酒を楽しんでいた冒険者たち全員が。

 

何が彼を止めたのか?

直接的な原因は、意外にも何者かが発した一言のみである。

彼はその何者かが店に入り、一言呟いただけで言葉を止めてしまったのだ。

 

 

 

 

 

「…おや? 確か、ヒトが伴侶を決める基準は強さだけではなかったと記憶しているのですが…もしかして、間違っていたのでしょうか?」

 

 

 

 

 

その声が響いた瞬間、嵐のような喧騒は一瞬で静まり、その場にいた全員が入口に立つ男を見た。

 

「まぁ、その真偽は今優先するべきではありませんね。 頼まれていたお酒を運んでまいりました。 …どちらに運べばよろしいでしょうか?」

 

そこには今まさに打倒宣言された「世界」最強と謳われる存在、パンドラがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに、と言うより蛇足だが、部屋中に緊張が走る中でロキだけは別のことを考えていた。

酒を持ってきたの分かる、持ってくるのを店員にでも頼まれたのだろう。

しかし、なぜヒトとの関わりを極力控えるようにしている彼がローガの言葉に反応したのか。

その原因を考えていたのだが…。

 

(ま、どうせベートの言葉に興味が湧いてつい話しかけた…って感じやろ。 変わらんなぁ…フフンッ)

 

ズバリ正解を導き出し、ニヤニヤと笑いながら彼を見つめていたという。

 




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