かくして、私は裏ボスになりました   作:ツム太郎

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裏ボスの、ある一日。


裏ボス

裏ボス

 

 

 

 

 

●依頼書 『英雄よ、箱の前へ』

 

 依頼人:怪しげな衣服を身にまとった老人

 

 先日、数名の気絶した戦士たちを抱えて突如モンスターの洞窟より現れた微笑を浮かべる男。ワシは彼奴を見た瞬間全身を無数の鋭い針で貫かれる錯覚を覚えた。アイツは人間ではない、他の連中は彼奴を「仲間を救った英雄」だとか持て囃しておるがワシは騙されん。着ているモノはボロボロの布きれ一枚のみ、それなのに奴からは無限ともいえる魔を、そして恐怖を感じたのだ。それを英雄だなどと…皆彼奴に操られておるのだろう、なんと痛ましい事か。

 恐らくワシはこの依頼書を提出し、しばらくすれば死ぬだろう。彼奴が冷たい笑みを浮かべ、ワシを殺しに来る姿が目に浮かぶ。だが、このままではこの街があの化け物に浸食されてしまう、それだけは何とかして止めねばならん。この書を見た真の英雄よ、どうかこの老いぼれの願いを叶えて欲しい。生憎ワシは目ぼしい褒章も地位もやれない貧乏人だ。だがそれでも、それでもワシの頼みを聞いてくれる者がいるのならば、あの化け物を倒してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの奇妙な挨拶を終えて数日、クラネルはダンジョンから帰還しギルドにて換金を行っていた。

ダンジョンにもぐり始めてまだ少ししか経っていないために結果は芳しくなかった。

 

「はいよ、1900ヴァリス」

 

「…はぁ」

 

いつものように小銭程度のお金を財布にしまいギルドを出ようとすると、入る前より外がやけに騒がしく感じた。

先程までいつものような賑わいでしかなかったのに、何か様子がおかしい。

 

「今日って、何かあったっけ…?」

 

「あれ、ベル君は初めて? 今日は『挑戦者』が出る日なんだよ」

 

「エイナさん…挑戦者…ですか? それって…」

 

不思議がるクラネルを見て、ギルドで働くエイナ・チュールが話しかけた。

彼女はメガネをくいっと上げるて窓の方を見て言葉を続ける。

 

「ベル君は『裏ボス』とはもう話したのかしら?」

 

「えっと…パンドラさんの事ですか?」

 

何気なくそう答えると、彼女は驚いたようにクラネルを見つめ、彼に近づき小声で話す。

 

「…えぇ、そうだけど…。 ベル君、悪いことは言わないからその名前はあまり言わない方がいいわ。 分かる人が聞くと震えあがっちゃうから」

 

そう言ってチュールはギルド内を見渡した。

クラネルがそれにつられて辺りを見ると、中にいた冒険者のうち何人かが身を強張らせてこちらを睨み付けている。

 

「…はい、わかりました」

 

「うん、分かってくれてありがとう。 それで、挑戦者の事なんだけど。 まずアレを見て貰おうかな」

 

そう言ってチュールが指さす方へ目を向けると、ギルドの掲示板の隅に一枚古ぼけた紙が貼ってあった。

何枚もの依頼書が貼ってあるせいか、隠れるように貼られていたソレに今まで気付かなかったのだろう。

 

「あの古めの依頼書ですか? あれが何か…」

 

そうチュールに対して聞き返すと、彼女は腕を組んで目を閉じ、とんでもないことを口に出した。

 

「…討伐依頼書なのよ、彼の」

 

「彼? 彼って…まさかあの人のッ!? でも、あの人って人間なんじゃ…!?」

 

チュールの言う彼が誰なのか察したと同時に、信じられない気持ちとありえるかもという気持ちが一気に押し寄せてきた。

自らの主神たるヘスティアが言っていた、迷宮都市での居住を唯一黙認されている史上最悪のモンスター、裏ボス。

 

曰く、内包する魔力は底知れず、ありとあらゆる術を可能とする。

曰く、笑顔で不壊属性持ちの斧を粉々にする。

曰く、本気になればこの都市の人間と神が総動員して殺しにかかってきたとしても問題ない。

 

曰く、曰く、曰く、曰く、曰く…。

 

見た目はただの人間だというのに、出てくる噂は人外の域すら超えた理解不能な内容ばかり。

そんな化け物めいた伝説を嫌と言うほど聞いたあとでは、チュールの言ったことも真実に思えてしまうのだ。

 

「怖いことを聞きますけど、あの依頼書が書かれたのって…」

 

「…少なくとも私がギルドの一員になった頃には、あの依頼書はもう貼られていたわ。 その時ですら、もう結構古いものに見えたから…かなり前なのは確かよ。 最も、最初の頃は裏ボスだなんて二つ名じゃなかったみたいだけど」

 

「別の二つ名が…? それは…」

 

クラネルがパンドラの過去を少しでも聞こうとしていたその時である。

 

 

 

いきなり外から轟音が鳴り響き、複数の怒号が聞こえ始めたのだ。

 

 

 

「観念しろやぁッ!! 『ジャバウォック』ゥッ!」

 

「テメェを殺して最強の名を手にしてやんだよぉ!!」

 

慌てて外に出てみると、そこは既に戦場と化していた。

そして声が聞こえた方向を見ると道や建物にはいくつか穴ぼこがあり、その先に先ほどの叫び声を上げたのであろう屈強な男たちが肩で息をして立っていた。

彼らが見つめる先にはモクモクと煙が立ち込めており、ダンジョン内でもなかなか見ることが無いほどの有様であった。

 

「ッ!? ジャアァァッッ!!!」

 

そんな中、男たちの中の一人が何かに気付いたのか、大剣を片手に煙の中へと突っ込んで行った。

暫くしてガキンという金属がぶつかり合うような音が数度響き渡り、その後に煙の中から人影が見えた。

 

 

 

「………あと残っているのは、7…8人ですか」

 

 

 

クラネルはなんとなく予想できてしまっていたのだが、煙の中より出てきたのは件の男、パンドラであった。

彼はこの惨状の中、傷どころか服に汚れ一つ付けず、買い物帰りなのだろう果物が顔をのぞかせる紙袋を抱えている。

前に会ったように、笑顔を浮かべたまま一切表情を変えずにだ。

 

「ッ、クソォッ! よくも団長をォォッ!!」

 

彼と相対する男たちのうち一人が魔法を唱え、巨大な火の玉を何発も発射した。

恐らく、あの魔法が周りの穴ぼこの原因だろう。

 

そんな凶悪な火炎を前にしても彼は一切表情を変えず、ソレを気にも留めず受け続ける。

明らかにノーダメージである。

その事実を目の当たりにし、魔法を唱えた男は杖を落として崩れ落ちてしまった。

残りの男たちも、同じようにその場から動けない。

 

「あ、あぁ…!?」

 

「殺気は素晴らしいものです、受ける瞬間に鋭く感じられました。 貴方は感情の振り幅が大きい熱血漢のようですね。 …もっと、貴方と言う存在を理解させて下さいませんか?」

 

そう言って、パンドラはゆっくりと歩みを進める。

そんな彼を周りから見つめる人々は、恐らく彼が本物の化け物にしか見えないだろう。

ここでクラネルはやけに冷静に頭が働いていた。

 

(多分…さっきあの人たちが叫んでいた名前がパンドラさんの二つ名…。 それにチュールさんが言っていた「挑戦者」っていうのはあの人たち…でも、あの様子じゃ…)

 

パンドラと戦っていた男たちは決して弱くは無い、団長と呼ばれていた男がいたことからどこかのファミリアの主要メンバーなのだろうが、恐らくレベルも相当なものだろう。

そんな男たちが全力を出して挑んだ結果、無傷。

 

「ひィッ!?」

 

「ダメだ、お前らにげろぉッ! 俺たちじゃまだ敵わねェッ!!」

 

ようやく力の差を理解したのか、魔法使いの男は後ろにいたメンバーにそう叫ぶと皆散り散りに逃げていった。

それと同時に、未だ煙が立ち込める所に何者かが走っていった。

恐らく、団長と呼ばれた男を救いに行ったのだろう。

 

そんな彼らを歩みを止めて眺めると、一人残されてしまったパンドラはため息をついてそのまま歩き始めた。

 

「…残念、彼のような方は最近見かけなかったというのに…」

 

そんなことを、心底残念そうにつぶやきながら。

 

裏ボスへの挑戦を見物していた観客たちが、パンドラが歩き始めると何もなかったかのようにそそくさとその場を立ち去り消えて行ってしまった。

そして、しばらくすると町はまたいつものように賑わいだしたのだった。

 

「ベル君」

 

その様子を一部始終見て、軽い放心状態に陥ってしまっていたクラネルにチュールが話しかけた。

 

「エイナ…さん…」

 

「冒険者は、ダンジョンに入って魔物を倒す。 それは今も昔も変わらない事実だけど…あの人だけはその理から外れた存在なの。 恐らく全人類の…ううん。 この世界全ての生物の終着点と言ってもいいくらいの…正真正銘の最強なのよ。 ベル君も強くなりたいのなら、あの姿をよく目に焼き付けておきなさい」

 

「………はい」

 

全ての冒険者が倒すことを夢見るモンスター、『裏ボス』パンドラ。

かつての二つ名は、魔獣『ジャバウォック』。

 

その存在が知れ渡ってから今まで、彼に血を流させた人間はいない。

 




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