激闘
金属に反射された歪な光が走る。
「ハァッ!」
「ガァァッ!!」
巨大なモンスターは縛られていた鎖を器用に使い、クラネル目がけて叩きつけようとする。
しかし、ソレを簡単に受けるクラネルではない。
「まだ…まだァッ!」
幾重にも放たれる黒い狂気を、彼は紙一重で躱す。
モンスターを中心に走り回り、徐々にその円を縮ませながら間合いを詰める。
そして今、この瞬間に自分の頭めがけて放たれた鎖を、倒れるようにして身を低くしながら避け、足に力を込めた。
「ッ、そこだァッ!」
爆発的スピードを上げ、瞬時に自分の得物が届く距離まで接近。
そのままモンスターの足の付け根を切り裂く。
本当なら上半身、頭を狙うのが効率的だろうが、如何せん身長差がありすぎる。
ジャンプしようにも、もし決定打にならなかったら反撃を空中で避ける手段がない。
故に、彼は攻撃の次を選択できる下を狙った。
「ガッ…!」
足を傷つけられ、モンスターが小さく唸った。
ダメージは小さいが、確実に与えられている。
「…よしっ」
そしてモンスターからの攻撃が始まると間合いを広げ、再び躱しながら距離を狭めていった。
圧倒的、ではないにしろ。
クラネルは確かにモンスターを押していた。
「………」
対して、ヘスティアはクラネルの戦いを心配そうな目で見ていた。
彼が負けそうな様子は今のところない、時間はかかりそうだが、それでも闘いのスタイルは確立しているし、獣の動きしかしないモンスター相手なら倒せるはずだ。
いやそもそも、ヘスティアが心配しているのは彼の勝敗ではない。
「ベル君、君は…」
どこで、そんなに強くなった?
そんな疑問が彼女の頭の中で浮かんだ。
彼が強くなることは嬉しい事だ、純粋にそう思う。
しかし、それでも目の前の光景は異様だった。
「あの動き、単純な早さならレベル1のソレじゃない」
彼はまだ冒険者になって日が浅い、浅すぎる。
現時点での最速レベルアップも、確かロキ・ファミリアのヴァレン某が一年。
死ぬほどの努力を重ね、ようやく一年。
そう聞いたことがあった。
だが、目の前の彼はどうだ?
確かに努力している、恐らく常人以上は。
しかし、死ぬほどでは無い筈。
彼も、もうあの夜のような無茶はしないと言ってくれた。
なら、目の前の彼はなんだ?
「…アリス」
可能性として一番に浮かんだのは、あの化け物。
最近クラネルは彼と会合し、魔石を受け取ってきた。
あの石そのものに力が向上される効果は無い。
ならば、何かあったとしたら会合の時。
「ベル君…君は彼と会って、何を見たんだい? …何を聞いたんだい?」
その疑問に答える者は無く、ただ音が響くのみ。
モンスターと対峙する彼の姿を再び見た時、言い様のない不安が彼女の中を駆け巡った。
「ッ、ベル君!」
そんな時、彼女はクラネルに向かって何かを投げつけた。
彼は驚きながらもソレを受けとる。
少し大きめな黒箱、その中には漆黒に輝くナイフが入っていた。
「これは…!」
「僕からキミへの贈り物だ! ソレを使ってそのモンスターを倒してくれ!」
大声で叫ぶ。
自分の知らない彼を、自分のもとにとどめるかのように。
彼が、どこかへ行ってしまうことを恐れて。
「ありがとうございます、神様ッ!」
そう言うと、再びクラネルはモンスターと対峙する。
「ッ!?」
「もう、鎖の攻撃はできないッ!」
モンスターが同じように鎖を投げつけてくると、クラネルはそれを避けず新たに貰ったナイフでガードした。
ナイフの強度に負け、もともと力任せに振り回していた鎖は簡単に砕けてしまった。
モンスターはそれに驚き、一瞬の隙を生んでしまった。
そしてそれが、決定打となる。
「ッ、そこだァッ!!」
その場から跳躍、一気にモンスターに迫る。
クラネルの接近を許したモンスターは咄嗟にガードの構えをとるが、間に合わない。
「これで…とどめぇッ!」
目を見開き、ナイフを深々とその頭に突き刺した。
そして一気に抜き取ると、再び跳んで距離を取る。
モンスターに動く気配はない。
腕はダラリと下がり、目に生気はない。
「ガ…アァ…」
断末魔の叫び、というには小さすぎる。
最後のうめき声が広場に響き、モンスターはその場に倒れてしまった。
誰もが惚れ惚れする雄姿、しかしその一部始終を見て、ヘスティアは気が気でなかったという。
そして、彼の姿に夢中だったからこそ、彼女は気付かなかった。
「………」
自分の後ろに、何者かがいることに。
「………」
その者は何もしゃべらず、ただクラネルの戦いを見続けていた。
途中からではあったが、それでも彼の雄姿を見ていたのだ。
「…ッ!?」
そんな時、ヘスティアは彼の勝利を確認したと同時に、背後の気配にようやく気付いた。
振り向くと、そこには男性の形をしたナニカが一人。
「アリ…ス…」
先程思考を巡らせた、パンドラが目の前にいたのだ。
彼はヘスティアが言葉を漏らしても全く意に介さず、ただクラネルを見続けた。
「な、何をしているん…だい…?」
必死に声をひりだし、彼に話しかけるがそれでもパンドラは動かない。
ただ、その顔にいつもの微笑はない。
真剣に、ただクラネルを見ている。
(な、何が目的でここに…!?)
そんなことが脳裏をよぎる。
だがそれ以上を彼女は考えることが出来なかった。
「………」
パンドラは無言のまま、右腕を上げ始めたのだ。
少しの動作でも、どんなことが起きるか分からない。
彼の『不思議の国』という力を知っているからこそ、彼女は動くことが出来なかった。
パンドラはそのまま腕を水平になるまで上げると、見ていた方向へ指さした。
その方向に何がいるか、知っている故に彼女は全てを察した。
(まさか、狙いはベル君ッ!?)
「やめっ…」
パンドラを止めるためと身を起こそうとしたが間に合わない。
彼は少し細いその眼を大きく開くと。
「………死ね、
そう、呟いた。
直後、彼の背後の空間が歪み、そこからハートの形を模した無数の刃が出現し、クラネルがいる方向へ放たれた。
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