かくして、私は裏ボスになりました   作:ツム太郎

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少年は挑む、その先に待つ最強を目指して。


怪物祭

怪物祭

 

 

 

「………さて」

 

 

 

薄暗い部屋、狭いカウンターに一人座る。

その手にはワインが注がれたグラス、その近くにはナプキン。

蝋燭以外の明かりが存在しない空間で、パンドラは思考する。

自分が先日行った奇妙な行動の理由を。

 

「…はてさて、なぜ。 クラネルさんに爪を…?」

 

自分でしたことなのに、彼はその意図を理解できないでいた。

ローガに与えた理由は自分でも分かる。

アレは自分の在り方を教えてくれた礼であるとハッキリ言える。

 

だが、あの少年はどうだ?

 

そもそも、彼は人間に対しては努めて平等で在り続けた。

一応、協力してあげたいと思う者は数名見たことがあった。

 

女王気質のプライドが高そうな女性。

いつも帽子を目深に被っていた大男。

月を想像させる大人しい少女。

 

他にも何人か、自分の爪を与え応援したいと考えた人がいた。

しかし、その度に彼は思いを留めた。

他でもないその者達に、自分と親しくなったことで被害が及ぶことを恐れたため。

 

だが、あの少年だけは違った。

 

「なんでしょう、そうしなければ…と思うことすらなかったです。 本当に、自然に彼を助ける結果に至った…」

 

理由がない、道理が無い、意図が無い。

 

「…ただ、気付いたら」

 

本当に、気付いたら彼を助けていたのだ。

わざわざ自分からダンジョンにもぐり、彼を探して。

まるで遥か昔からそうしていたかのように、いやむしろ。

 

「…助けることを、望んでいた? 彼を?」

 

彼の安らかな寝顔を見た時、心が落ち着く思いがした。

助かってよかったと、心の底から喜んだ。

堅い岩などに頭を置くわけにはいかず、自ら膝を差し出した。

 

まさか。

 

「…求めた?」

 

なぜ?

理由が全く思いつかない、こんなことは初めてであった。

理解できない感情、いやむしろ、これは感情と言えるのだろうか?

 

 

 

「………むぅ………いや、しかし………………ハッ!?」

 

 

 

その時、パンドラは閃いた、閃いてしまった。

 

ソレは先日、かの少年が所属するファミリアの主神が「や、やろうーッ! ウチの子になにしただぁーッ!!」と言って鍋の蓋と木の棒を装備してプルプル震えながら店にカチコミしてきた時のこと。

 

その場は事情を話して引いてもらったが、その勢いはすさまじいものであった。

鬼気迫る、とはまさにあの時の彼女を表す言葉であっただろう。

そしてその原動力も、薄々感づいていた。

 

「彼女は人間であるクラネルさんを…愛して…」

 

神の身でありながら彼女はファミリア唯一のメンバーである彼を愛していた。

もちろん、男女関係の意味で、異性として。

故に彼の異常事態を放っておけなかったのだろう。

ついさっきまでただの駆け出し冒険者だったのに、気付いたら危ない石を拾ってきて「これ宝物です」なんて言ってきたらたまったものではなかろう。

しかも話を聞いてみると、あの夜のことは話していないらしい、ますます心配になるモノだ。

 

そして、その心配も怒りも何もかも、行動すべての起因は愛があってこそ。

つまり、だ。

 

「私は…彼を…? あぁ、なるほど…。 ………なるほど」

 

と、いう方程式が彼の頭の中で出来上がってしまった。

強引極まりないブレッブレの計算式だが、彼の中では噛み合ってしまったのだから仕方ない。

 

さて、ここで問題なのが一つ。

 

「………」

 

彼は思い出す

自分という生物を。

 

「…確か、生物学上はオス…ですよね、私」

 

そんなことをふと、天井を見ながらつぶやく。

次に鏡を見る。

そこには女顔ではあるが、確かに男が映っていた。

 

「…まぁ、性別を変えれるかは今度試しましょう。 それに…」

 

自分を倒すと言ってくれた、彼は確かにカッコよかった。

そんな気がした。

 

「…フフッ。 不思議なモノです。 ただの言葉を、こんなに喜んだのは初めてかもしれません」

 

彼なら、本当に自分を倒してくれるかもしれない。

そう思うだけでとても嬉しい気持ちになった。

 

彼らと共に笑いながら、街を闊歩する

そんな光景を思い浮かべながら、彼は徐に服を脱ぎ始めた。

いつも着ている衣服を店の傍らに置き、そこら辺のヒトが着ていそうな服を選ぶ。

 

「さて、今日はガネーシャ様の怪物祭が催される日です。 …ばれない様に、一応変装はしましょうか。 もしかしたら、彼に会えるかもしれませんね…」

 

パンドラは先程の思考はひとまず置き、友である神の晴れ舞台を見に行く準備をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今回のパンドラの思想。

少しばかり疑問が生じる。

単純明快だが、故に見失いそうな疑問。

歪な方程式の中に隠れてしまった、真の命題。

まぁ、実際パンドラ本人は気付かなかったのだが。

 

なぜ、裏ボスはベル・クラネルに好意を抱くように至ったか。

 

彼はクラネルに何を見た?

彼はクラネルに何を思った?

 

そもそも彼とクラネルとの接点はあまりない。

それこそ、あの一夜にすれ違ったのが二回目だ。

一回目は主神と店に行った挨拶の日、一方的に見かけた時はあったが、それ以外で言葉を交わした日など無い。

 

そんな疑問にパンドラは気付かず、服を選ぶ。

肌を露わにした上半身を鏡が映す。

その背中には、歪な木が描かれていたそうな。

 

ソレは誰にも、彼自身にも分からない。

彼は誰だ、自分は誰だ、何が目的だ、何を夢見るのか。

誰も答えず、誰も気づかない。

 

しかし、その謎が分かった時。

きっと、きっと、何かが始まる。

勇ましい勇者の冒険譚か、素晴らしい英雄の英雄譚か。

いや、恐らく違う。

 

稚拙で愚鈍で馬鹿げてる、しかしきっと輝いた。

蠢き軋む、アリスの不思議な門が開かれるのだろう。

その時、彼は何を選ぶのか。

 

「…よし、出かけましょうか」

 

きっと神すら知り得ぬだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ…ハッ…ハッ…!」

 

「だ、ダメだベル君! こっちに来ても逃げ道が無くなっちゃうだけだよ!」

 

パンドラが店を出た時、件のクラネルはヘスティアの手を引いて街道をひたすら走っていた。

パンドラが呟いていた通り、その日はガネーシャ主催の怪物祭が開催されていた。

 

ダンジョンで捕えたモンスターを闘技場で調教する。

簡単にまとめると、怪物祭はこんな内容である。

しかし、人が獣を従えさせる過程というのは、なかなか魅せられるところがある。

荒ぶるモンスターを、人間が抑え屈服させる。

常人にはできない技を間近で見ることが出来る。

故に怪物祭は例年多くの観客でにぎわっていた。

 

クラネル自身は怪物祭に行くつもりは無かったのだが、知人に財布を届ける用事があったために近くに来ていた。

そして、その場で主神であるヘスティアに会い、二人で軽食を楽しんでいた。

 

しかし、そんな空気を掻き消したのが、捕えたモンスターの脱走、という事件であった。

 

彼らが休んでいた目の前で白毛の巨大なモンスターが現れ、あろうことか自分たちを狙って突撃してきたのだ。

当然逃げる。

だがそれにも限界があった。

 

「あっ!?」

 

「ッ、神様ッ…!」

 

広場に出た時、ヘスティアがつまづき、迫るモンスターを目の前に転んでしまった。

致命的、対する彼女は動くことすら出来ない。

モンスターの狂拳は真っ直ぐに主神を捉え、今まさに振り下ろされた。

 

「危ないッ!!」

 

しかし間一髪、惨劇は防がれた。

 

「あ、ありがとう、ベル君!」

 

「急ぎましょう、立てますか神様!?」

 

「う、うんっ」

 

クラネルが身を挺してヘスティアを守り、その身を立ち上がらせると再び走り始める。

しかし、同時に考える。

 

(このまま逃げても、いつかは捕まる。 行き止まりだってありえる。 逃げるだけじゃ…。 でも、僕じゃあのモンスターには敵わな…)

 

 

 

そんな時、彼は思考を止めた。

己の中で、何かが震えた。

 

 

 

(違う、違うだろ…僕…)

 

「…ベル君、どうしたんだい?」

 

いきなり雰囲気が変わったクラネルを見て、隣でヘスティアが心配そうに見つめるが彼は反応しない。

焦燥が駆け巡る、自分がすべきことは何か。

 

 

 

貴方が、貴方でよかった。

 

 

 

あの言葉が頭の中で響く。

自分が何をするべきか、その答えに至った。

 

「………」

 

「ッ!? べ、ベル君何を!?」

 

広場から小道に入ろうとした時、彼はヘスティアを小道へ押しのけ、鉄格子を閉じた。

自分とモンスター、二人だけの空間を作ったのだ。

 

「…神さま、僕は…アレと戦います」

 

「何を言ってるんだ!? アレはベル君の力で倒せるような相手じゃない! 本当に死んでしまうよ!」

 

「でも、アレを倒さないと。 このまま逃げ続けても、また追いつかれてしまいます。 だからこそ、今ここで…」

 

「ダメだって言ってるじゃないか! 何で君は分かってくれないんだ!? もう心配させないって言ってくれたじゃないか! それなのに、なんで…!!」

 

涙をこらえながら必死に止めようとする神を背に、クラネルは自分の得物を構える。

その眼には、揺るがない意思が見て取れた。

 

「…誓ったんです」

 

「ちか…った…?」

 

思い返すは、あの姿。

自分に魔石を渡した、あの儚い微笑み。

その顔が悲しげに歪んで見えた。

 

「倒すって…救うって誓ったんです。 あの人を…人にするために。 だからこそ…!」

 

 

 

貴方は、強くなれますよ。

 

 

 

「こんな雑魚に、負けてられないんだッ!!」

 

夢で出会った声が響いた。

全身が震え立つ、ナイフを握った手に、さらなる力が入る。

 

目の前には強敵、自分の身に余るほどの。

しかし、恐ろしくない、恐れてどうするのだ。

 

自分が倒すのは、最強だ。

 

「行くぞォッッ!!!」

 

叫び、駆けだす。

いつかその身を地に這わせ、共に歩むと誓ったあの人を思い浮かべて。

 

 




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