かくして、私は裏ボスになりました   作:ツム太郎

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白兎は、迷えるものを誘う。


ホワイトラビット

ホワイトラビット

 

少年はただ敵を斬る。

 

「ハッ…くッ…」

 

ただ無心に、現れる敵を斬り続ける。

強さを求め、腕を振る。

 

「ハァッ…もっと…もっと強く…」

 

遥か高みにいる、彼女と肩を並べるために。

強くなることを願い、先へと進む。

 

少年、ベル・クラネルは己が目指す道の遠さを実感していた。

酒場での一件、あれこそ自分の現状だと痛感した。

自身の失態を嗤われ、意中の女性には気にもされず、ただただ悔しくて、気付いたら少年はここにいたのだ。

 

少しでも進みたかった。

休む気にもなれず、ホームに帰らず行き着いた先はダンジョン。

そして彼は自分の思うまま走り続けた。

 

「ピギィッッ!!」

 

「ッ、ハァッ!!」

 

襲い掛かってくるモンスターの攻撃を躱しては斬り、躱しては斬り。

モンスターがドロップしたアイテムにすら目もくれず、敵を倒すことのみに集中していた。

 

その姿はとても若く、がむしゃらに前へと進む姿はどこまでも滑稽で、愛らしく、雄々しかった。

己へのリスクを顧みず、文字通り体を張って死の直前まで突き進む。

 

 

 

そして、そんな状態であったからこそ、クラネルは気付かなかった。

彼の後ろからモンスターが突進してきていたことに。

 

「ギィッ!」

 

「ぐあぁッ!?」

 

前の敵にのみ集中していたクラネルは反応に遅れ、その攻撃をモロに喰らってしまった。

もとから、今のクラネルに体力などほとんど残っていなかった。

 

「…く、うぅ…」

 

故に、このような失態をさらしている。

クラネルは涙を流した。

己の不甲斐なさを嘆いてか、笑われたことに対する怒りか、激痛に我慢できなくなったゆえか。

全てが原因かもしれないし、そうでないかもしれない。

 

ただこの場で言えることが三つある。

 

もう既にクラネルにこれ以上攻撃を防ぐ術がない事。

今目の前にいるモンスターたちに総攻撃を受ければ間違いなく再起不能に陥ること。

そして。

 

 

 

「…お去りください」

 

 

 

いきなりこの場に現れた何者かのたった一言で、自分を仕留めようとしていたモンスターたちが一瞬で居なくなってしまった、ということである。

 

「え…なん…で…?」

 

クラネルは何が起きたのか分からないまま意識を失ってしまった。

もとより体力も限界、いつ倒れても可笑しくないほどに体を酷使してしまっていたのだ。

そんな倒れ伏すクラネルの前に歩を進める男が一人。

 

いつもと同じ、青色を基調とした服を身にまとった男。

 

「…お疲れ様でした、クラネルさん」

 

『裏ボス』パンドラが、少年の前で立ち止まり、懐から取り出した小瓶の中身を飲ませた。

すると僅かではあるがクラネルの血色がよくなり、穏やかな寝息を出すようになった。

 

「…起きるまでは、安静ですね。 回復薬は飲ませましたし、少しすれば目が覚めるでしょう」

 

そんな、いつものように長めの独り言をつぶやき、その膝にクラネルの頭を乗せて微動だにしなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は夢を見る。

もともと夢見がちな彼は、日々夢を見ている。

自分が英雄となり、多くの人々を救う夢。

たくさんの女性と出会い、その全員に好意を寄せられる夢。

実に少年らしい俗物的な、それでいて実に立派な大望であった。

 

だが、今見ている夢は違った。

 

「…これは?」

 

少年は闇の中にいた。

四方全てを見ても闇ばかり。

どれだけ進もうとソレは変わらず、延々と続く闇ばかり。

 

「どうしちゃったんだろう、僕。 確かダンジョンにもぐって、モンスターを一杯倒して…それから…」

 

誰かに助けられた。

その思った瞬間、胸がズキリと傷んだ。

 

「ハハ、また僕は助けられたんだ」

 

不甲斐ない、その一言であった。

冒険者は強者、弱者を守って然り。

しかし今の自分はどうだ?

助けられ、笑われ、まるで弱者のソレではないか。

 

「…もっと…強くなりたい…」

 

言い様のない焦りと怒り、そして悲しみに押しつぶされそうになり、クラネルはその場に座り込んでしまった。

所詮自分はこんなものなのか、守られていなければ生きることも出来ない兎でしかないのか?

 

「僕は…僕は…」

 

支えてくれる者はこの闇の中にはおらず、一人。

たった一人で潰されて、消えてしまいそうなほどに脆い。

 

 

 

「強くなれますよ」

 

 

 

しかし、そんな闇の中に声が響いた。

 

「…え?」

 

おもむろに立ち上がり周りを見渡す、しかし人影はない。

だがその声は確かに響いた。

 

「誰か…誰かいるんですか?」

 

「えぇ、貴方の目の前に。 少しだけ、手を伸ばしてみてくださいませんか?」

 

クラネルはその声に従い手を伸ばす。

すると、その手に触れるナニカがあった。

暖かい、絡まるように触れ合うそれは人の手、そして指であった。

 

「貴方は…ソレに此処はいったい…?」

 

「…申し訳ありません、此処のこと、そして私のことは言えないのです。 …でも、私は貴方を導くことが出来る」

 

「導く…?」

 

その瞬間、異様な光景が広がった。

周りを支配していた闇が、クラネルを中心にして飛び散っていったのだ。

まるで群れを成して宿り木に留まっていた鳥たちのように、一斉にどこかへと闇が散っていく。

 

「わぁ…!」

 

そんな幻想的で、見たこともない光景にクラネルは感嘆の声を漏らす。

そしてすぐに意識を戻して目の前を見た。

先程の声の主を見るために。

 

「え…?」

 

だが、そこに人はいなかった。

その代わり、ちいさなちいさな光が一つ。

 

「…さぁ、目を覚ましてください。」

 

ふと、意識が遠のく。

先程意識を失った時とは違い、ゆっくりと安らかな。

心地よい眠りのようであった。

 

「ちいさな白兎さん、世界に迷った者を『導く者』として…いつか…」

 

そしてその声が何かを言い切る前にその意識は完全に途切れた。

 

 

 

 

 

 

「…ここは…?」

 

そして目が覚めると、そこは見慣れたダンジョンの中であった。

周りには自分が倒したモンスターたちの亡骸、数は少ないが、それはクラネルの明確な成長を意味していた。

 

「…強くなろう」

 

小さく、自分に言い聞かせる。

 

「強くなって、本物の英雄になるんだ…!」

 

「…えぇ、頑張ってください。 クラネルさん」

 

唐突に声が響いた。

驚いて上を見上げると、そこには天使のような笑みを浮かべた、悪魔のように強い男。

 

「貴方は、もっともっと強くなれます。 きっと、英雄になれます」

 

男、パンドラが言い聞かせる。

瀕死の状態から目を覚ますとソコには無類の化け物が一人。

しかもここはダンジョン、完全な無法地帯である。

本来なら大声を上げて逃げ出す場面であるのに、クラネルはソレをしなかった。

その口調、声色がとても暖かく、それだけでクラネルの心が和らいだのだ。

 

「…やっぱり、違います」

 

「…何が、でございましょうか?」

 

ゆっくりと、聞き返すその様子は、優しさしか感じられなかった。

故に、自分の考えをすんなりと言えた。

 

「…貴方は、恐ろしいモンスターなんかじゃないです…英雄の力を持った…人なんです」

 

「…いいえ、それだけは違います。 私もそうあって欲しいと何度も願いましたが、やはり私はヒトに似たモンスターなのです」

 

何度か見た笑顔が、少しだけ消えた気がした。

ヒトとモンスター、決して相容れない境界線がそこにはあるのだろう。

ましてや相手は最強の最強。

恐れられて当然、避けられて当然なのだろう。

 

それがどれだけ強く、堅い鎖なのか、十数年しか生きていないクラネルのはよく分からない。

しかし、だからこそ言えることもある。

 

「なら、僕が変えます」

 

「………」

 

「僕が強くなって、証明して見せます。 貴方を倒して、その上で手を差し出します。 人とモンスターは共存できるんだって…皆に言ってみせます」

 

真っ直ぐパンドラを見つめてそう言った。

たった一人、あろうことか頂点の男に向けた宣戦布告、そして救済。

 

「…貴方が貴方でよかった」

 

ソレがパンドラを変えれたかは分からない。

しかし、彼の顔はいつもの笑顔に戻り、安らぎに満ちていた。

 

「…これを」

 

そう言うと、彼はおもむろに手から何かを取り出し、クラネルの右手に置いて握らせた。

クラネルは何を貰ったのか確認するために手を広げると、そこには真っ黒な石があった。

 

透き通っているような、純粋な黒。

不純物が一切ない、蠱惑的で妖艶な、それでいて神々しく、どこまでも美しい石であった。

 

「…これは…一体…?」

 

「…ジャバウォックの爪。 人や神からはそう言われています」

 

主神から聞いたことがある。

裏ボスであるパンドラが持つ唯一の『武器』。

加工は困難の極みであるが、その力を完全に引き出すことが出来れば天下無双の刃になると噂される伝説級の魔石。

持ち主の心を映し出すと言われている、魔の鉱物。

 

今まで主神ですら一度しか見たことが無く、そして裏ボスを傷つけることが出来るであろうと言われる世界でたった一つの素材であった。

 

「そんな…こんな貴重なモノッ」

 

「私を倒して下さるのでしょう? ならば、ソレは貴方の手に渡ってしかるべきです」

 

そう言って微笑みながら、自分の弱点を差し出した。

 

「なんで…ここまでして下さるんですか?」

 

「…さて、何故でしょうか? 自分でもよく分かりません、此処に来たのもなぜか貴方が放って置けなかったからなのですが…。 本当に、なぜでしょう?」

 

そう言って、クラネルの頬を優しく撫でた。

 

「…まぁ、差し上げたい方はもう一人いますし…偶にはエコヒイキ、というのをやってみようかと」

 

「は、はぁ…そうですか」

 

「えぇ、強者は弱者に言うことを聞かせる…私の在り方を教えて下さった方へのお礼でもあります」

 

フフ、と笑って何やら不穏なことを言うパンドラを前に、クラネルはようやくその違和感に気付いた。

 

(あれ、なんで僕パンドラさんを見上げて…え? というか、僕何処で寝て…なんかこれって)

 

「おや? どうかされましたか?」

 

「…ッ!? ッッッ!!?」

 

そして自分の状態を完全に理解すると、クラネルは顔を真っ赤にして声にもならない悲鳴を上げながらダンジョンの出口へと一直線に走っていった。

その場に残ったのは、微笑んだまま一切姿勢を変えない裏ボスが一人。

 

「…フフッ、やはり彼には希望が持てます」

 

虚空に向かって、そう呟いたそうな。

 

 

 

 




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