やはり俺は浮遊城にいること自体が間違っている(凍結中) 作:毛利 綾斗
目が覚める。
見回すが周りには何もない。
さっきまで『クイーンワーム』と戦っていて、急に不意打ちを食らった。なのに何故俺は何もないこんなところにいるんだ。
もしかして..........死んだのか。
『まだお前は死んじゃいないよ。あんなので死ぬほどお前は弱くない』
姿は見えない。でも声は聞こえてくる。
「死神か.....。じゃあここはお前の作り出した空間なんだろ、早く出してくれ」
『そう焦るなよ、君と俺の中じゃないか。
....もうちょっとゆっくりしていきなよ《お兄ちゃん》』
懐かしい声。この世界に来るまでは唯一毎日聞いていた声だ。
「どうしてお前が妹の、小町のことを知っている」
『私はー君の過去を見たんだよー。お兄ちゃんが愛して止まない小町のことだって知っているに決まってるじゃん。あれ、これ小町的にポイント高い』
「小町の真似をやめろ。これ以上小町の真似をするなら.....」
どうするのかなー、と言いながら黒かった世界に1人現れる。
それはどこか懐かしいスカートに上着を着ている何かだった。
見てはいけない、そう本能が警鐘を鳴らしている。そんなはずがない、あるはずがない。なのに俺は目を背けられずにいた。
そう、目の前に現れたのは総武高校の制服を着た小町だった。
俺の記憶から小町と制服を照らし合わせただけの虚像。そんなことは分かっている。
「お兄ちゃん、小町はお兄ちゃんのこと大好きだよ。でも、お兄ちゃんは違う....んだよね」
そんな言葉に惑わされない。惑わされてはいけない。
「お兄ちゃんはむしろその逆」
違う、これは現実じゃない。
「お兄ちゃんは小町のことが大っ嫌い」
無視をすれば良い、そんなの分かっている。
でも耳を塞ぐことすら許されない。自身が許していない。
そんな状態の中俺の中に侵入してくる小町の言葉。
「お兄ちゃんは小町のことを恨んでる」
そんなことない、そう否定の一言を告げるだけで良い。
なのに口から言葉が出てこない。
「嘘ばっかり。ならここで『小町、愛してるよ』っていってよ」
「小町.....愛し......て...........」
「ほらやっぱり言えない」
『さあ、言え』
「.......こま...ち.....」
「でも、そんなお兄ちゃんでも小町は大好きだよ」
『早く壊れろ』
「....もう、やめてくれ」
「だからさ、早く帰って来てよ。小町寂しいんだよ」
『沈め』
「........黙れ」
「小町、ずっと待ってるんだよ。お兄ちゃんだったら早く帰って来てくれるよね」
『沈め、沈め』
「.....俺は....小町を......」
「だって小町を見つけてくれたのはお兄ちゃんだけだから」
『バイバイ』
「...............」
俺が9歳の時だった。
それは俺へのイジメが始まって少し経った時だった筈だ。
俺は学校ではイジメられ、家では居ないかのように扱われる。ただ1人小町だけはお兄ちゃん、お兄ちゃんと言ってついて来ていた。俺は小町が自分のイジメに巻き込まれるのを恐れて家以外では小町といないようにしていた。
そんなある時、隠された靴を探してから家に帰ると家には誰もおらず、玄関に赤いランドセルが投げ捨てられていた。
可愛くて仕方がない妹が消えたのだ。
幼かった俺は町中を探し回った。ただ純粋に小町が心配で探していたのかと言われると嘘になるかもしれない。俺がいて小町がいなければ両親は俺にキツく当たるかもしれない。心配7割、両親への恐怖が3割といったところだろう。
走り回って探し続けること2時間。家から少し離れたところにある公園まで探しに来た。
小さい小町が1人で来るには遠く、道も怪しかったはずだ。だが小町はここにいた。
公園の遊具、半球に幾つかの穴があり中に入れる、の中で寝ていたのだ。きっと泣き疲れていたのだろう。頰には白い跡が残っていた。
そう思って小町に近づくと目が覚めたらしい、パッチリと開かれた目と目が合う。
それからはなく小町とそれをあやす俺。
話を聞いていると、今回のプチ家出は寂しかったかららしい。
親は帰って来るのが遅く、最近俺が冷たい。私って要らない子なの?だそうだ。
その時に俺に芽生えてしまった感情を俺は未だに忘れられない。
俺は妹に対して怒りを覚えてしまったのだ。俺は両親にも相手にされず、学校でもイジメられているのに何故恵まれているお前が泣いているのかと。構ってちゃんもいい加減にしろよと。
それからの俺は凄かった。この気持ちに蓋をし、鎖でグルグル巻きにした後、重りをつけて自分の心の奥深くに沈める。そして演じ始めたのだ。俺は小町が大好きだ、と。好きで好きで仕方なく小町のためならなんでもしてみせると。
そう思わなければ、俺は最後の拠り所をなくし今いないだろう。
俺の最後の味方だった小町にさえ距離を取られ、嫌われてしまったら俺は俺で無くなる。
だから俺は『偽り』続けていた。
小町は愛すべき対象だ。憎むべきは他人で、小町は他人ではない。自身の大切な人だと。
そうしなければ、そう思わなければならない程に積もった恨み、憎み。だからこそ俺は壊れてしまった。小町には無条件の愛を、そんな壊れた思考を肯定してしまうまでには。
「お兄ちゃん、思い出したでしょ?小町のことを嫌いだってこと」
『後ひと押し』
「....ああ、俺は小町のことが.....」
「素直になりなよ。目の前の小町はリアルの小町じゃないんだよ。仕返しなら今すればいい。小町を好きにすれば良い」
『さあ、やれ』
「...このまま怒りに、感情に流されてしまってもいいのかもしれない」
「ほら。おいで」
小町は両手を広げて俺を迎える。そのまま1歩、また1歩と近づく俺の目は小町からはどう見えているのだろうか?
目の前にあるのはゴミを見るような目でも、虫を見るような目でもなく.....ただただ悲しい色に染まっている。
気がつくと腰には刀が差さっている。
俺は抜刀すると目の前にいる小町へと振り下ろした。
「どう、して....小町を、『俺を切らなかった』」
目の前にいる小町の姿にはノイズが走り、所々死神の姿が見える。
振り下ろされた手には何もなく、刀は後ろに落ちている。
理由か。
理由があるとするならば、
「俺が小町の兄ちゃんだからだろうな。その当時は憎んでいた。でも俺は兄貴で兄貴は後から産まれてくる妹や弟を守るために先に産まれてくるんだ。
んな一時の感情のみに流されてたまるかよ」
それに小町のお陰で今はそれ以上に充実してるんだ。過去の事なんて気にしてられない。
まあ口にするのは恥ずかしいから言わないが。
それに、と話を続ける。
「お前言ってたよな。無意識の状態でしか俺を操れないって。だから俺に精神攻撃をした。俺の心を壊してしまえば操り放題になるから。でも俺はそんな手には乗らないし、俺を信じてくれる人がいる間は絶対に屈しない。
それに今はリズベットが大変なはずだからな、早く帰らないとダメなんだわ」
「だからすまん小町。あと少しで帰れると思うからもう少し待っててくれ」
そういうとノイズが走っていた小町は正常に戻り
『わかったよお兄ちゃん。小町待ってるんだから早く目を覚ましてよね!
早くしないとお兄ちゃん以外の男の人を好きになっちゃうんだから』
といたずら笑顔をこちらに向ける。
「大志じゃないだろうな。お兄ちゃんはそんなの許しませんよ。
だからすぐに帰ってみせるよ、小町」
いつもの家での軽いトーク。すでに2年程経っているのにもかかわらず口をつくその言葉はまるで毎日言葉を交わしているようにスラスラと出てくる。
「じゃ、兄ちゃん言ってくるわ」
というと小町は行ってらっしゃいと返してくれる。
先輩が倒れてから2、30分くらい経ったように感じる。でも本当はまだ2、3分くらい。
集中すると時間が早く進むって言った人出てきて欲しい、ぶん殴ってあげるから。
本当の極限状態での集中はどうやら逆に時間を遅くしてしまうようで、先の事を考えるのをやめる。
今は目の前の一瞬に身体を反応させ、考える事を優先する。
なんとか防いではいる。でも先輩のところへと女王蜂が行かないように攻撃を織り交ぜながら、あとHPが1本になった幼虫をメインに攻撃する。といっても女王蜂への攻撃は盾に仕込んだピックを投擲しているだけだが。
一刻も早く幼虫の撃破を優先する。
挟み撃ちの状態で攻撃をくらいバランスが崩れればそのまま一気に畳み込まれてしまうだろう。だから早く且つ慎重に。
そんな時だった。幼虫が急に動きを止めたのを確認し警戒する。
幼虫の頭の上には鎌を持ち、それを幼虫の首に当てている先輩が立っている。
先輩は微かに口を動かすと鎌を引き、まだラスト1本の半分以上残っていたHPを削りきる。
「先輩!無事だったんですね!」
先輩からの答えはなく、違和感を感じる。いつもの先輩ならここで憎まれ口の1つでも入れるのにそれがない。しかも他の人の前では基本的に使わない鎌を使っている。
それに先輩はまだmobを狩ると微かに哀しそうな表情を浮かべる。といってもそれに気付いているのは片手で数えられる程度の人数だろう。先輩自身も気がついていないようだし。
ポリゴン片に変わる直前に飛び降りた先輩は私の目の前に着地し、私を観る。
「貴方は誰ですか」
私の質問にソレは何も答えない。
私を無視して横を通り過ぎて行く時
《凪》
と呟いたのを確かに聞いた。
急いで振り向くとそこには誰も居ない。目に映るのは女王蜂だけ。
次の瞬間急に女王蜂のHPバーが大きく減る。
甘いコーヒーの香りを乗せた風が私の横を過ぎて行く。
急な事で敵から目を逸らした私は悪くないだろう。
目を向けた先には再び倒れている先輩が。
先輩の安否を確かめたいものの確実に女王蜂のヘイトは先輩だ。
急いで前を向くと走り出し、突撃する。
エリアボスとは言え、さっきまでは1対2で何とか耐えられたんだ。今更1体だけに遅れを取れるわけがない。
私はとある人の戦い方を真似するかのように武器を構えて攻撃を開始した。
気がつくと俺は冷たい地面に頬を擦り付けていた。
飛び起き現状把握に勤める。
先ずは辺りを見渡す。どうやらリズベットは無事のようだ。『クイーンワーム』も見当たらず、目の前にいる『ザ・クイーン』という蜂型のボスを狩ればいい。
あと変わっていたことといえばリズベットの装備が片手棍から片手直剣に盾という編成になっており、自分の傍に鎌が落ちていることくらいだろう。
また俺は操られていたらしい。
おそらくだが奴の世界にいる時に俺は操られているのだろう。
対策を考えなければならないが取り敢えずは置いておく。
先ずは目の前のボスだ。
「すまんな、リズベット。今から参戦する」
そのまま鎌を構える。
鎌という武器は案外戦いづらい。というのも鎌の刃は内側にしか付いておらず、柄も長い。
槍ならば距離の優位に立てるのだが鎌にはそれがなく、短剣や他の武器のように手数も期待できない。
鎌というのは一撃で敵を屠らなければならないのだ。
そのせいなのか鎌という武器には急所ボーナスが多めに割り振られているようだった。ただし他の武器よりも判定はシビアになっている。
だから鎌を使った戦闘では敵に気付かれる前にサッと刈り取る必要があり、それを失敗するとジリ貧になってしまう。
といっても最近は様々なソードスキルを習得してきたため最前線でもやっていける程度には使うことができる。
「ちょ、先輩何ゆっくりしてるんですか!加勢頼みますよ」
「もうちょっと自分で頑張れ。あと俺が見えなくなっても動揺するなよ」
とやんわりと加勢する事を断り、代わりに声をかける。
このまま俺が片付けてもリズベットの為にはならない。それに戦い方にも興味が湧いてしまった。当分は見物に回る事だろう。
なぜなら彼女は片手直剣以外にも攻撃手段を取っているのだから。
鍛治職人らしい面白い武器、いや一応は盾か。
一時的に剣をストックできる様にしてあり、投擲用のピックを備える場所も用意されている。というか実際にそこから今もピック投げてるし。無駄のない動きで剣からピックに持ち替えていることからかなり練習していたことがわかる。
さらに驚くべきは盾の先に刃が付いている事だろう。
どう握っているかはわからないがここにも一工夫あるんだろう。
盾としても使っているが、リズベットのバトルスタイルは『ガンガンいこうぜ』の様で主に双剣スタイルで手数を増やして相手に好きを与えない。
ひとつひとつの動きに無駄がなく、ストレングス寄りに振られたステータスだったからこそできる盾の武器使用化。
更には敵に隙ができた瞬間片手直剣のスキルを発動さえしている。
彼女の片手棍も十分強かったがこっちも負けず劣らずかなりの精度になっている。
そろそろいいだろう。ダメージ調整的にもそろそろ動き出さなければ不味い。
『凪』
そう考えた俺は存在を限りなく消すと動き始める。
これまでうまくいったことがないが一瞬でも隙が生まれれば良い。それにこれがダメでも他に手はある。
そのまま後ろに回り込み大きくジャンプし敵の身体に乗る。
そこで存在が濃くなるがもう遅い。
一気に駆け上がるとそのまま鎌を構えて、引く。
それに驚いた敵は一瞬動きを止め、その隙を見逃さなかったリズベットは最後のソードスキルを放つ。
踏み込みが甘かったのだろうか、僅か数ドット分だけ赤が残っている。リズベットの硬直時間が解けるには数秒かかる。女王蜂はどうやらリズベットだけでも道連れにしようとしているらしい。頭の上の俺を無視して攻撃モーションに入る。
そんな事許すわけもなく、柄を頭に突き刺す。シェッと空気が漏れる音を最後にポリゴン片へと化す女王蜂。目の前にはアイコンが現れこの戦いの報酬一覧が映し出される。
硬直が取れたのだろう、リズベットがやって来る。俺は自身のウィンドウをリズベットに見せ、鍛治に使えそうなアイテムを探させる。
そのアイテムを全てリズベットに渡し、残ったアイテムの整理を出したコーヒー片手にしていると今回のドロップアイテムの中に面白いモノを見つけた。
『珀紲』
実体化させてみると2個、飴色のブレスレッドが現れる。材質は分からないが3個の輪を2箇所繋がれており、戦闘の邪魔にならない様になっている。
「ほれ、お前にやるよ」
そう言ってブレスレットを渡すと1つ押し返される。
どうしたんだ、と不思議に思い顔を上げると少し不安そうな表情を浮かべるリズベット。
「...私も、お揃いがいいです」
その言葉を聞き、我が師の小町による教えを思い出す。
確か、女の人と会うときに他の女の人から貰った物を身に付けたらダメ、だったか。
何故、と不思議そうな顔をしていたのだろう。
女の人はそういうのに凄い敏感だから、と付け加えてくれた。
ということは、だ。リズベットは俺が首にかけているネックレスとその先に光る指輪の片割れの在処も感じ取っているのかもしれない。
「わかったよ」
俺は右腕にブレスレットを付けるとリズベットは左腕に付ける。そのまま左腕のブレスレットを目線の高さまで持ち上げると嬉しそうに微笑む。
そんな仕草に少しドキッとしてしまい、頭をガシガシと力強く掻く。
「ありがとうございます」
と少し小さめの声のリズベット。次の瞬間にはいつも通りに戻って話を振ってくる。
「それで、あの、.......やっぱり何でもないです。もう帰りましょうか」
そういうと歩き出すリズベット。そんな彼女の後ろについて行く俺は考え事をしていた。
今回のこと、そして今後のことを。