やはり俺は浮遊城にいること自体が間違っている(凍結中) 作:毛利 綾斗
25層リズベット武具店
『黄金林檎』の件が終わった2日後の午前10時、俺を含めた7人が集まっていた。
店主であるリズベットには前もって午前中は店を閉めるように頼んである。
「今回俺はギルドを作ることにした。あとはメンバーと名前が決まれば設立だ......」
「先輩、私は入りますよ!メンバー一番目です」
ちょっとまだ最後まで言ってないんだが.......
「じゃあ私は二番目という事になるのかしら」
前もって話を通してあった一色と雪ノ下はすぐに話に乗り辺りを見回す。
「別に返事は今すぐじゃなくていい。俺は74層が開放されるとともにギルドを始めようと思ってる。だからゆっくりと考えて欲しい」
「私も入るよ、アハト先輩。.....とうとう私もギルドの専属鍛冶屋ってわけだ。ちょっと感慨深い、かな?」
「ンー、オネエサンみたいな情報屋はギルドに所属しないほうがイイんだろうケド、面白そうだし入るヨ」
「んー。俺もそろそろソロの限界を感じてたし、ちょうどいい機会かもしれないな。それに知らない奴のギルドよりハチ兄のギルドの方が安心だ」
アスナは他の全員がすぐに決めるのを見てあっけにとられる。
彼女はギルドに所属している関係、勝手に決められないのだろう。
「私は少し考えさせて」
それに彼女は副団長というかなり大きい役職についている。先ずはヒースクリフに相談するところからだろう。
解散し、各々が仕事に戻っていく。
残っているのは雪ノ下、一色、それとアイコンタクトで残るように指示したキリトだけだ。
「んで八にい、俺を残した理由は?」
「お前には俺がギルドを作った理由を伝えておきたくてな」
そう言うとキリトは真剣な表情でこちらを見る。
「俺とキリトはラフコフに狙われる。だから弱点.....違うな、人質にされそうな奴を囲んでしまおうと考えた。俺の関わった人間はこれで全てだが、お前はまだいるんだろう?
誘ってみたらどうだ」
「ラフコフに狙われる....か。俺も八にいもラフコフ相手にやりすぎたからなぁ。今回のも合わせると相手の堪忍袋もブッチしてもしょうがないか」
その通りだ、と頷く。
それから少し話をし、キリトと別れた俺たちは迷宮区の攻略に来ている。
現在は73層、74層の解放に向けて尽力(笑)していた.......はずだった。
ほんの数分前まではガイコツ男であったり、ゾンビなどアンデッド系のmobを3人で屠っていたんだが。
10分前急に彼女は俺の目の前に現れ
「素材集めを手伝って」
といい、俺1人を連れて行こうとする。
べつに不満がある訳では無いが急に呼び出されたと思いきや材料集めを手伝えと言われるとは誰が考えているだろうか。
しかもわざわざアスナとキリトという護衛まで引き連れて73層の迷宮区に来たんだぞ。
俺の後ろにいた2人から視線が突き刺さるのを感じる。
俺は鈍感系じゃ無いからやめて欲しい。俺の背中に突き刺さる視線は彼女にも刺さっているはずなのに無反応。むしろにこやかに挑発的な態度を取っているのだからもう勘弁して欲しい。
俺の胃はすでに中破状態でこれ以上何かが起こるまでにこの場を離れたい。
「1週間以内に返すからお願いします」
どうやら俺に決定権はないようで、2人の許可を得た彼女は俺を引っ張り、キリトとアスナを置いて歩き出した。
ここまでが10分前までの出来事。
それからは70層迷宮区を探索し、アイテムを探している。
「ちゃんと約束通り週に3回手伝ってるだろ。今日はどうしたんだ」
「ギルドに加わる前に今注文されている分を作っておきたいんです。これを見てください」
リズベットから手渡されたのはA4サイズの羊皮紙。
そこには数十種類のアイテム名と個数が書かれている。
「おかげさまで大繁盛してるんですよ〜。で、手伝ってくれますよね」
彼女の店、リズベット武具店では新規武器の注文方法が少し特殊である。
他の鍛冶屋と同様で材料と武器に見合ったコルを支払う方法もあるが客はもう1つの方法ばかりを選ぶ。
その方法とは客の要求したスペックの武器を材料集めから全てこちら側が準備するというもの。ただしこれにはかなりのコルが必要で、リアルの世界での商売だったら成り立たなかっただろう。ただこの世界では武器の性能が命を左右することもあるため、閑古鳥が鳴くどころか満員御礼、攻略組が多く利用している。
それもそのはずで、彼女が作る武器は魔剣級には劣るが、少なくとも手に届いた層から10層先までは戦っていけるような高スペック品ばかりなのだ。
他の鍛冶屋がその層限定、良くても5層程度先が限界で、さらに自分で素材を集めなければならない。
金はあるが時間がない攻略組にとって彼女の店はもってこいなのだ。
「だから予約がいっぱいってのは分かるんだが......コレは多すぎないか?」
更に差し出された注文書には1、2........42人の名前が書かれている。
「って攻略組ばっかじゃねぇか。マジかよ、彼奴らギルドで鍛冶屋抑えてるんだしそっちに頼めよ」
つか、1週間以内って言ってたけどこれ無理じゃね。
「大丈夫。私もレベリングはしてたし予定だと4日もあれば終わると思うので」
仕方がない。
押してダメなら諦める。面倒臭いことは避ける、避けられないなら手短に。
それが信条の俺は
「わかった。じゃあ最初はどこに行く」
といい、材料集めを促す。
ありがとう、といい俺を引っ張るリズベットを見ながら『年下に甘い』というあざとい後輩の言葉を思い出していた。
どうやら俺は年下には甘いらしい、そう初めて自覚した瞬間だった。
あれから既に3日が過ぎ、ほとんどの材料は集まっていた。
リズベットは自身が言っていたようにそれなりにレベリングをしていた様で道中も苦戦することなく、俺の予想をはるかに超えていた早さで材料は揃っていった。
まあ、何度か油断していた所を助けては注意したんだがそれでも凄い進歩だと思う。
「ここで最後だよな?」
最後のアイテムは、ハチmobが落とす針。アイテム名は忘れたがそこまでは覚えている。
「そうです。ここのmobが落とす針、『命の針』は凄いんです。なんと槍に使うと鋭さがマシマシなんです。もちろん、他の武器にも使いますけど一番は......、取り乱しました。」
「気にすんな」
どうやら赤面真っ只中の彼女はこの長い生活の中で鍛冶屋というものにハマってしまったらしい。でも、まあ偶になら彼女の鍛冶屋トークを聞くのもいいか、と思えるものを彼女は持っていた。
ここ71層は大自然をモチーフにした世界。
その世界観のせいで俺たちプレイヤーは小人になったかのように感じてしまう。ボスは面倒臭いことに蜘蛛だった。名前は確か『クライダー』。糸を出す器官から雲のような煙幕を放ち、距離を取ろうとするといつの間にか張り巡らされていた糸に絡め取られるという、こちらの行動を制限させてくる攻撃で後少しで死人が出るところだった。
勝因は蜘蛛の糸でも移動に用いられる粘着力の弱い糸を足場にして、スピード特化の面々が立ち回れることに気がついたということだろう。
そのおかげでなんとか命を吹き返した攻略組は撃破したのだ。
今いるのはその層のフィールド奥深くにある蜂の巣前。
ただ、ここの蜂は階層の割に経験値が美味しいわけではなく強いため、蟻のように順番待ちなどは発生しない。ただ、ごく稀に採れる蜜が極上と攻略本に書いたことからとって来てほしいという依頼が入る時もある。
71層なんて上層、ある程度強くないと死んでしまう。必然的にこの層でも問題なく動ける奴は大体が攻略組になるのだが、いかんせん彼らは攻略にしか興味がない。
だからここは誰も訪れないスポットになってしまい、たまに俺がとって来た蜜は高額で売買されている。
「じゃあよろしくお願いしますね、先輩」
頷き、巣穴から出て来たmob『ヒトツキバチ』の群れに突っ込み斬る。今の装備は刀『無現』。刀身は黒く、片面に2本の、もう一面に1本の赤線が入っている。
一閃、ポリゴン片、一閃、ポリゴン片..........。
5分が過ぎる頃には単純作業から解放される。というのも巣穴の前に屯していた数多のmobを全てポリゴン片に変え、狭い巣穴から出てくるmobを1体ずつ相手するだけで良くなったからだ。
「ってことで交代な」
リズベットの肩を叩きそのまま後退する。
「なにが、『ってことで交代な』よ。まぁ良いですけど。その代わりお願いしますよ」
俺は頷くと納刀し集中する。
彼女の武器は片手棍だ。1撃は重く、相手に『混乱』のデバフを付与することに特化している。その代わり、扱うにはかなりの筋力値が必要となり俊敏値は低めになってしまう。
更にソードスキルにも他の武器に比べクールタイムが長く設定されており、武器の性能が上がれば上がるほど玄人向けになっていく。
だから彼女が戦うときは基本1対1になるようにしているし、ダメージ計算をミスったときはフォローを入れる。
それが俺の役目なのだが、彼女は総武高に入れる学力を持ち更には理系らしい。ダメージ計算はミスらないし実質俺の役目は1対1を心がけるだけになっている。
そんな彼女も今回の材料集めでかなりの経験を積み1対1は完璧になりつつある。
だから俺は1対2の練習をさせる事にした。
と言っても初めから体力満タンのmobを相手にさせると大変だろう。
まずは一撃を絶えられないようにHPを削りリズベットに渡す。
「行ったぞ。気を付けろよ」
「ちょ、ちゃんと処理してくださいよ!」
そう言いながら目の前にいるmobの顎部分へ片手棍でアッパーを当て、そのまま体をひねり俺が逃したmob目掛けて片手棍を振り下ろす。
片手棍がめり込んだmobはポリゴン片と化し、そのまま彼女は溜める。すると片手棍は緑に輝き、背中目掛けて針を突き出すmob目掛けてソードスキルが炸裂する。
『レイジ・ブロウ』
下から振り上げる一撃、頭の上を通し横への一撃、そして遠心力を殺さずに踏みこみ振り下ろす一撃。
計3発の攻撃でmobは再びポリゴン片に変わる。
「どうやらポップ数を超えたようだ。一回休むか」
どうやら時間当たりのmobポップ数の限界を超えたようであたりは静まり返っている。
ウィンドウを操作する先輩はコップを2つと何かが入ったボトルを取り出す。
その何かを注ぎ、満ちたコップを私に1つ渡すともう1つのコップに口をつける。
手渡されたコップの中に満ちているのは黒い液体で、匂いは何処か懐かしい。
先輩を見ると珍しく頰を緩めながら味を楽しんでいる。どうやら現実にあった飲み物の再現のようで満足できるレベルの味だったようだ。
「いただきますね」
恐る恐るコップに口を付け、黒い液体を口に含む。
液体が下に触れると、黒々とした液体からは想像ができない甘みを感じる。
「これは........MAXコーヒーじゃないですか!
.......完成度高いな、です」
「お、なんだ。リズベットにはこれの美味さが分かるのか。美味いよな、やっぱ苦い人生、コーヒー位は甘くないとな」
「なんですか、それ」
なんて話していたうちにどうやらポップのクール時間がリセットされたらしい。
コップを先輩に返すと片手棍を持ち直し突っ込んでいく。
上手く立ち回れば1人で戦える迄には強くなっているはず。先輩にいいとこ見せたいけど、でも助けても欲しいし......。
そんな葛藤を胸に秘めながら巣穴から出てくるmobを一体一体確実に屠っていく。
「そう言えば、この巣穴に入ることって出来ないんですか」
何気ない質問だった。
何も考えずに、ただ感じていた疑問を口にしただけだった。
通常のmobはポップする時、地面から生えてくる。
それなのにここのmobは巣穴から這い出てきていて、ポップの仕方が異なっているように感じてしまったのだ。
「わからん。考えたこともなかった」
そういうとより一層集中して観察を始める先輩。攻略本の情報収集をしていることから未知の情報は検証したいと考えているのかも知れない。もしかしたらだけど1人で来てたら突っ込んでたのかな?
「先輩、行ってみましょうか」
そう私は提案していた。
それからは早かった。先輩は一閃でmobを倒し、私を引き連れて巣穴の入り口へと走る。
どうやらmobが出て来たらしく、入ることが出来ない。何故だって、さっきまでは一体ずつ湧いていたmobが一気に押し寄せて来たからですよ。
先輩が殆どのmobを相手取り、取りこぼされたmobを私が狩る。2人、先輩の比重が重すぎるところは悪いとは思うが、の力量に応じた役割分担がはっきりしていたために直ぐにmobのポップ数が上限を超す。
結構レベル上げたつもりだったんだけどなぁ。あの感じだと私よりも20レベ位は上なんだろうな。一応わたしのレベルって安全マージン十分な87レベルなんだけど.....てことは先輩って100レベ超えてる?
でもこの世界のレベル上限ってどこなんだろう。
100層まであるし150レベルくらいが上限なのかな。
「よし。じゃあ突っ込むぞ」
今度はゆっくりと巣穴の入り口をくぐっていった。
エリアが変わったことを示すアイコンが視界に現れる。
『ラビーリンス』.......多分蜂のラビリンスってことだよな。
茅場は変なネーミングセンスの持ち主の様だ。つか、なんだよ。巣がダンジョンになってるって。
壁は土壁なのだが何かでコーティングされたかのように光を反射している。おそらくだが蜂が穴を掘って表面を体液か何かで固めたという事だろう。
軽く叩いてみるとコツン、と硬い音が帰ってくる。どうやら蝋のような物でかなり硬くなっていて激しい戦いをしても崩れそうにない。
とダンジョンの解説はこの辺にしておいて、先にいるであろうボスを想像する。
巣のボスといえば勿論女王蜂だろう。かと言ってそこまで安直な発想でいいのだろうか、などと考えているといつの間にか道の両端から蜂型mobがやってくる。
「俺が前の3体をやる。リズベットは後ろの1体を任せた」
そう言い、リズベットが頷くのを確認すると走り出す。もしかしたら巣にいるmobは外の同種よりも強いかもしれない。
最悪の場合を想像して目の前のmobに斬りかかる。
と言ってもさっきまでとは変わって突きメインになっている。
というのも穴の大きさはmobが3匹同時に突っ込んでこれるほどで戦闘前に短剣に持ち替えていたからだ。
何も考えずに長物を振り回せば壁に突き刺さっていただろう。一瞬の隙が命取りになるかもしれない戦闘ではそんな隙を作ってはならない。
そんな心配も無用に思えるほどにmobは弱く、弱点を数突きするとポリゴン片と化す。
さっさと3匹を屠るとリズを見る。
どうやら彼女は1人で大丈夫だったらしい。既に棍を腰に付けている。
「やっぱり先輩は強いですね。一体の私とほぼ同時に全部片付けるなんて」
そんなことはない、そう言うと先を目指して歩き続ける。
それから何回か戦闘を行うがやはり楽に倒せる。
やはり外に出てきていた蜂mobの方が強く感じるのだ。
基本的にmob相手をリズベットに任せ、危険な場面になったら(ほとんどなかったが)手助けするという流れで進んで行く。
奥に進めば進むほど敵mobは弱くなり、次第に表れるmobも変わる。
蜂mobが主だった最初に比べ、今では恐らくだが蜂の幼虫が襲いかかってくる。
これの攻撃は単純で嘴の周りについているハサミを武器にしている。
ただ、だ。ハサミの大きさが身体の大きさにマッチしておらず、ハサミを避けながら充分に攻撃ができ、狭い通路では方向転換すら出来ずリズベットの片手棍で頭を叩くことで頻繁に『混乱』のデバフが付与される。
頻繁にと言っても2、3回でポリゴン片へと変わるのだが...。
そんな感じでリズベットでも時間をかければ問題のないmobばかりでしかも一体ずつしか出てこない。
そのままリズベットのペースで進んでいくと道は行き止まりになる。
「あちゃー、行き止まりですし戻りましょうか」
彼女はそう言うと踵を返すが、俺はあるものを見逃さなかった。
立ち止まっている俺を不思議に思ったのか顔だけをこちらに向けて立ち止まるリズベット。
俺はそのまま壁の方に歩き、抜刀し刀を振るう。
と、目の前の壁だったものはポリゴン片と化し消えていく。その先には今いる通路よりも10倍は広い空洞だった。
「うわー広いですね。ていうか先輩どうしてわかったんですか?」
「お前の声に微かだが揺れていたんだ。それこそ気を付けてないと気が付けない程度だがな」
それより、と俺が言うと被せるように
「分かってます。ボスモンスターがいるってことですよね」
どうやら彼女はただ鍛治だけをしていたわけではないようだ。
戦闘に大切な感覚を持ち合わせている。
「俺が前衛でリズベットが後衛、敵の攻撃は俺がパリィするからそこを叩く。これでいいか」
頷く彼女を見て大きな空洞に飛び降りる。
落下しながら目に入って来たのは白い大きな塊だった。
それは先ほどまで相手していたモノの2、3倍の大きさだ。
『クイーンワーム』
見た目は然程変わらず、違う部分と言えばハサミがより鋭利に、そして大きくなっているというところ位だろうか。
「行きましょう先輩」
リズベットの声を聞き、刀を再び納刀する。カチャっという音で俺は更に集中し、走り出す。
距離は約10メートルといったところだろう。
そのまま近付き3メートル程度のところで刀を抜刀し始める。
そのまま幼虫を真っ二つにすべく横を走り抜ける。所謂抜刀術だ。見た目は柔らかそうなのに対してかなりの硬さなのだろう。俺が付けられた傷は表面の浅いところにしか見られない。
クイーンは器用に身体を丸めると胴体で俺をなぎ払う。
バックステップ2回で距離をとって回避しているとリズベットが片手棍で顔面をブン殴っている姿が見える。
が、かなりの重量なのだろう。少しも身体をそらすこと無く空中で動くことの出来ないリズベット目掛けてはさみを突き出す。
俺が刀で受け止めるとそのままハサミを閉じてくる。しゃがむと頭上から風を切る音が聞こえり。
そのまま俺目掛けてのしかかりとさまざまな攻撃をしてくる。
はさみの動きは眼を見張る早さだが他は遅く、どうやらただ硬いbossのようだ。
ということは、だ。はさみを使い物にならなくすれば安全ということである。
「リズベット、ハサミを集中攻撃」
そう言いながら刀で攻撃しヘイトを稼ぐ。
稼ぎ、稼ぎ、パリィ。リズベットのソードスキル、稼ぎ、稼ぎ、パリィと繰り返す。パリィでできた隙をリズベットのソードスキルで叩き、時にはハサミを上に吹っ飛ばし、また時には地面に叩きつける。
既に『クイーンワーム』のHPは最後の一本になる直前だった。
「あと少しでラスト一本だ!集中するぞ」
HPバーがあと少しで1本になるタイミングで俺はそう叫ぶ。
俺の叫びを引き継ぐかのように『クイーンワーム』も叫ぶ。
違和感はあった。まだラストにはなっていないのに突然叫び始めたボス。そんな違和感に一瞬思考を取られてしまった。
目の前の敵に集中していた俺は突如増えた敵を示す赤丸を見落としていた。
いや、違う。見落としていたのではなく、見えないように『クイーンワーム』の赤点に被して上空から近づいて来ていたのだった。
気付いた時には腹部に攻撃を喰らい吹っ飛ばされていた。
順調だった。そう、順調だったんだ。
先輩と2人で幼虫型のボスと戦っていた。先輩から発せられた指示に従いつつ、でも基本は私自身の動きで戦い危ない時は先輩のフォローが入る。
本当にスムーズに戦いは進んでいた。
それは目の前の『クイーンワーム』を見たら分かることで2人でだけど30分でラスト1本近くまで追い詰めた。
先輩は警戒をラスト1本になった時の警戒を促して、私も最後の1本にするために叩きつけをソードスキルでなく通常攻撃をとったのも警戒のためだった。
そのままステップで下がり変化を確認しようとすると気がついたら後方にいるべき先輩がいない。
おかしいと思ってミニマップを確認するとフィールド端に緑が1個、中央付近に緑がもう1個、その周りに2個の赤があった。
そう、赤が2個、だ。
ヤバいと思い状況を把握するためにバックステップから走りに切り替える。
どうやら先輩は新しい敵に吹き飛ばされてしまったらしい。
走って距離を取り、先輩の近くでフィールドを見渡すとまだ1本と少しのHPを残した『クイーンワーム』とその真上で羽根を震わせている新しいボス『ザ・クイーン』が確認できる。
恐らくは女王蜂なのだろう。これまでに出てきた蜂型mobと同じような見た目だが大きさが比べ物にならないほど大きい。
まだまだ戦いは続くのに頼みの先輩は気絶中。今の私はレベル的にギリギリで先輩の助けがないと1体相手が限界だろう。
そう、今のままなら。
ここで使わずにいつ使うのだろうか。
後ろには気絶している先輩。いつもは守ってもらってばかりの私が先輩を守れる機会なんてそうそう来ない。今こそ私が先輩を守って、先輩の隣に立てることを証明する。
そのままアイコン操作を行い片手棍を消す。代わりに右手に剣を左手に盾を出す。
先ずは『クイーンワーム』から。でも『ザ・クイーン』を無視することはできない。
剣を腰に一度差し右足のポーチからスローピックを取り、装備する。そのまま走り出すとピック1本を女王蜂へ、右手が空くと勢いを殺さずに剣を引き抜き幼虫へと斬りかかる。どうやら幼虫の方はラスト1本になっても動きは特に目立った変化はないらしい。
といっても2体の相手はかなり厳しいです。
絶体絶命なんですから早く起きてください、先輩。
それまでは私が時間稼ぎます。