やはり俺は浮遊城にいること自体が間違っている(凍結中) 作:毛利 綾斗
「それで何処に向かってるんだ?」
俺は疑問を投げかけながら前を早足で歩くアスナの後を追いかける。
本当なら周りにいた人から状況を聞いたり、アスナとの見解を交換したいところなのだが。
それを良しとしないアスナは何故か焦っているような顔つきで更に少し速度を上げた。
「キリト君、一緒にあって欲しい人がいるの」
立ち止まったアスナはそう言うとお店の扉を開けて入っていく。
もしやとは思っていたがどうやらアスナと昼食をとったNPCのレストランだった。
店の中に入ると座っている客は1人しかいない。
「ヨルコさん、知人の方が亡くなったというのにすみません。質問よろしいですか」
アスナの呼びかけに先程までうつむき続けていた女性は顔を上げる。そこには弱々しい笑顔があり、質問することが躊躇われる。
「えぇ、私は大丈夫ですので....どうぞ」
「お二人の関係...というか今日はお2人でなにをしていたんですか?」
「私と彼は以前同じギルドに所属していたんです。今日は1年ぶりに一緒に狩りに出ていました」
「この層のエリアでですか?
こんな事を言うのは何ですがヨルコさんの装備はこの層では少し厳しく思うのですが」
「えぇ、その通りです。私はいつも5層は下の迷宮区でソロをしています。この層は彼が指定した層なんですよ。そう、彼はこの層でも十分に戦える強さでした。
お昼になってこの街で昼食を一緒に採ったのですが逸れてしまいすぐ後に......うぅ......」
俺はアスナに視線を送る。アスナは頷くと
「ヨルコさんありがとうございます。宿までお送りしますね」
と言ってヨルコさんを連れ出した。
俺は俺でする事が出来た。
俺はメッセを4通出すとそのまま転移門まで向かった。
所変わって50層はとある店にいる。
何故か、といわれれば殺人に使われたであろう武器を鑑定してもらう為。
「おいキリト、何でこんなの持ってんだよ」
俺は店内を軽く見渡す。
「なんでって、拾ったんだよ。それで鑑定結果はどうだったんだよエギル?」
話を振られたエギルは厳ついかおを渋らせると
「どうもこうも完全にボンクラだよこいつは。
名前は『罪の薔薇』。まぁギルティゾーンってところだろうな。作製者は『グリムロック』だ」
「それでボンクラってどういう意味だよ」
「武器種によってそれぞれ効果が違うのは知ってるだろ」
確認を求めるエギルに合わせ俺は無言で頷く。
「それで槍ってのは貫通と刺さっている時の継続ダメージが基本効果なんだがこいつは特に継続ダメージが大きく、更に抜けにくいように返しまで付いていやがる」
「ちょっと待てよ。それじゃ、こいつは継続ダメージ特化ってことだよな。そんなの戦闘には不向きだろ、手から離れたら耐久値が減ってくここじゃ。それにmobもバカじゃない、刺されたら抜くに決まってるし何より持ち主も武器を手放す事になるんだぞ。実用性がないっていうのは本当だな。
じゃあ耐久値は多いのか?」
「寧ろ耐久値は少なめだ。だからボンクラって言ったんだよ。こんな武器じゃ何にも出来ないさ、恐らくもって10分しか使えない武器じゃな」
でも......と口にまで出かけた言葉を飲み込み落とす。
これは殺人に使われた武器だ、と言えばエギルも巻き込む事になる。
それに人1人の命が失われたのだ、無闇矢鱈に話していい事ではない。
「耐久値は、今の耐久値はどれ位あるんだ?」
飲み込んだ言葉の代わりにどうでもいい事を聞いてしまう。
人を殺めたのだから耐久値が減っているのは当たり前だ。
「耐久値は.....あまり減ってないぞ。持ち主から離れて2、3分ってとこだろうな」
俺はこれ以上の失言を防ぐ為にエギルに別れを告げて店を出た。
時刻はちょうど17:00のようで何処からか『7つの子』のメロディが聞こえてきた。
取り敢えず『グリムロック』に話を聞くのは明日にしよう。
今からは.....あの現場に何か証拠になるような物が落ちていないか確認でもしに行こう。
それに犯人は犯行現場に戻ってくるとも言うしな。
まぁそれが正しいんだったら俺も犯人の候補に晴れて仲間入りなんだがな。
俺は探偵になったつもりでこの事件を嗅ぎまわるのだった。
「それでどういった御用でしょうか。私は戦いを止め、サポート職に切り替えた者です。あなたに合うような武器を作れるとはおもいません。もっと他の人を当たってみては如何でしょうか」
細い目を更に細め弱々しく笑う男、目の前の男こそ事件に使われた武器を作った男、『グリムロック』だ。
そんな彼は自分の作った武器が人を殺した事など全く知らない様子だ。
俺は窓を開き、操作し『罪の薔薇』を具現化する。それを見た彼が微かに息を呑むのを俺は見逃さなかった。
「グリムロックさん、これはあなたが作った武器で間違いないですか?」
彼は黙って頷く。
「あなたはこれを誰に売ったか覚えていますか?」
首を横に振った彼は言葉を続ける。
「その槍はその日に私が作った中で1番の出来でした。
耐久値が少ないという確かな欠点はあったが、それを補ってくれる継続ダメージ。私は久々に興奮を覚え、槍を片手にフィールドに出たんです。
フィールドのmobの腹部に深々と刺さった私の槍は返しの役割をうまく生かし私の力では抜く事ができなかった。そこで気がついたんです、私には.....」
「備えの武器を持って来てなかったんですね」
そういう事です、言って頷くグリムロック。
「この槍は砕け散った物だとばかり思っていました。だから今まで探そうともしなかったのですが......誰かがmobを倒してドロップさせたんですね」
俺は話の礼をいい、彼に槍を返す。もともとは彼のものだったのだし、俺には使い道が無かった槍だ。俺は二つ返事で了承した。
如何やら1時間程度話していたらしい。次の約束まであまり時間がなく俺は急いで56層へと向かった。
56層 『グラオブルグ』 中心街
「おいキー坊こっちだヨ。オネーサンを待たせるなんてエラくなったじゃないカ。
ここはキー坊の奢りだナ」
テラスの一角から特徴があり過ぎる声をかけられる。
声の発信源は浅黒い肌と独特なフェイスペイントを施した女.....もといアルゴだった。
今は関係ないけどアルゴって名前、アラゴの円盤と時々ごっちゃになるんだよな。
「仕方ないだろ。思った以上に話が伸びたんだよ。それより仕事を頼みたい」
「仕事....ねェ。いいゼ、オネーサンに何を頼みたいんダ。キー坊とオネーサンの仲だ、安くしといてヤル」
そこはタダにしろよと思ったがアルゴに恩を売られると後々やっかいな事になりかねないと気付き口を噤む。
そんな俺の姿にアルゴは他に待ち人がいると勘違いしたのだろうか?
「キー坊、お前の事だからはーちゃんも呼んでるんじゃないのカ?」
「アハトか?呼んでるけど返信が来ないんだよ。
つかなんでアハトの名前がここで出てくんだ.......よ」
一瞬言葉が詰まってしまった。
だってあのアルゴがそわそわしててアハトが来ないとわかったら気を落としたんだぜ。
そういうのに全く興味ないのかと思ってたのにいきなりそんなそぶり見せられたら驚くって。
「あー、その反応やっぱりあのバカは言ってナイみたいだナ。まぁキー坊とはーちゃんの仲だし行ってもいいダロ」
さっきまでの雰囲気は何処かへ行き、呆れた雰囲気のアルゴ。
「攻略本って初版と改訂版があるのは知ってるダロ?」
アルゴの言う通りで、初版は階層が開かれた3日以内に出される。初版にはフィールド毎に出るmobの名称、特徴、弱点、それに迷宮区の入り口が何処にあるかが書かれている。
この本があるおかげで初めてのmobでも落ち着いて対応できる。こっちは主にフィールドでのレベリングに使わせて貰っている。
改訂版は階層開放から大体1週間で出される攻略本。
この本には初版の情報をより深く正確にし、更にはその階層で受けられるクエストの情報、更にはboss部屋の場所まで載ってしまう。bossの名前と見た目、その他少しの情報が載るのでbossの偵察戦やこれまたレベリングに用いられる。
アルゴが作っているのはわかっている為攻略組のみならずアルゴを知る者全てがアルゴに一目置き、機嫌を損ねるような事をしないように気をつけている。
ただ疑問があるとすれば俊敏、隠蔽、索敵の3つに全振りして居る筈のアルゴが1人でこんな量のデータを集められるとは思えない。というか詳しいレベルはわからないがそんなステ振りではmobとやり合えるはずがない。誰か協力者がいるのかそれとも俺のエリュシデータよりも強い魔剣を扱っているのか......。アルゴだからなぁ、まぁ後者はありえない気がするが。
「あれ75パーセント、んや80パーセントははーちゃんが作ってんダゼ。因みに毎回bossの絵を描いてるのもはーちゃん」
「一体いつから、まさか一層からアハトが攻略本作りに参加してたってことはないだろ」
だってアハトの悪名が流れ出したのが一層の攻略終了後。それより以前なら名前を伏せる必要がない.....ないはずだよな。それかアハトには俺には見えていない先が見えているのだろうか。
「あぁ一層の時点ではオレが1人で作ってたヨ。
情報提供位はしてもらってたかも知れないケドナ。やっぱりキー坊に行ってなかったかあのバカは」
俺の表情は凄いわかりやすかったのだろう。
ただそんな事を気にしていられないほどに動揺している。
仮説は立てていたじゃないか。しかも1週間で迷宮区をクリアする実力を持っている人物、そう俺以上の実力を持っている奴なんて2人しか思いつかない。片方は隠すメリットなんて全くないんだ、消去法でアハトになるのは当然だろ。
「まぁいいカ。それで本題はなんだイ。大事な内容なんだロ」
テンパり冷静さを欠き落ち着きを無くしどんどん思考の海に沈んでいく俺をアルゴの言葉は引っ張り上げる。
今は圏内で人が殺されたかも知れないんだ。
それの注意喚起と対策、色々な視点からの実験を試さなければならない。
その事を伝え手伝ってくれないかとアルゴに頼んだ。ただ俺がどうやってアルゴに頼んだのかは覚えていない。というか手伝いを承諾してくれたのを知ったのはその夜に届いたアルゴからのメッセを見たからだった。
それ程までに俺は動揺していた。
キリトは自身が動揺していた原因を気付けなかった。ただ遠くない未来自分はその原因を知ることができると確信に近い何かを感じ取ったのだろう。キリトは灯りを消し静かに瞼を閉じた。