やはり俺は浮遊城にいること自体が間違っている(凍結中)   作:毛利 綾斗

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厄介事は終わり厄介事を呼ぶ

 

黒鉄宮の重厚な扉を開けるとそこには見馴れた顔が幾つかあった。

その中に.......雪ノ下は居ない。

 

 

「お前らここに集まってどうしたんだ」

 

 

自分から出た声の低さに驚く。

普段の俺を知る奴らは驚いた様だ。

 

 

「大変よ、アハト君。ユキさんがラフコフに攫われたの」

 

 

攫われた......って事は

 

 

「ユキは生きてるんだな。それで奴らの要望はなんだ」

 

 

何故か返答を躊躇うアスナ。

キリトに視線を送るとキリトはずっと下を見ている。

 

 

「キリト、お前も知ってるんだな。教えてくれ」

 

 

名指しされたキリトは顔を上げる。

目には戸惑いが浮かんでいたが、俺の目を見て覚悟を決めたのか目の揺らぎが消える。

 

 

「アハト、お前さんがご所望出そうだ」

 

 

キリトが口を開きかけた時に声が響く。

この声はクラインか。

 

 

「ユキさんを返して欲しければお前さんが1人で46層の『叫びの崖』に来いだとよ。でも大丈夫だぜ、ここにいる全員がお前さんと一緒にユキさんを助けに行くつもりだからな!」

 

 

と胸をドンと叩きながらいうクライン。

ここにいる全員.......1、2、........13人。全員が攻略組だが相手の数も実力も未知数。そんな相手にこんな微妙な人数で挑むのはどうだろう。最悪の事態を考えてしまう。

もし雪ノ下を助けられたとしてもこの人数の半分が死んでしまったら攻略組は持ち直すのに短くない時間を必要とするだろう。そして攻略組でも殺ることができると分かった奴らが攻略組を完全に崩壊させるまでにはそう時間もかからない。

 

 

「ここにいる奴は全員罪を背負う覚悟が出来ているか」

 

 

俺の突然の問いかけに一瞬反応が遅れるが半数ほどが頷く。

 

 

「そうか。じゃあラフコフと同じ殺人者になる覚悟がある奴は前に出てくれ。この世界だけでなく、現実世界でも周りに恨まれ、避けられ、1人になる覚悟のある奴だ。そして死ぬ覚悟も」

 

 

誰一人として身動きしなかった。否、動けなかったのだ。雪ノ下の元へ行くということがどれだけ危険なことなのか理解していなかった。中途半端な覚悟は思考を鈍らせ動きを悪くする。

それをわかっているはずの攻略組も初めてのPvPの殺し合いには中途半端な覚悟で挑むところだった。

正直なところ少数だけならカバーしあえたがこの人数では無理だ。確実に半分近くが死んでいただろう。

 

 

「アハト、それでもお前は行くのか」

 

 

まず最初に沈黙を破ったのはキリトだ。

 

 

「あぁ。ユキは.....その....まああれだ、仲間,だからな」

 

 

「それに彼奴らの狙いは俺だけなんだ。俺の所為で仲間のお前らが傷付くのは見たくない。だから一人で行かしてくれ」

 

 

「待てよ、アハト。野暮だと分かってるがお前は覚悟ができてるのか」

 

 

ハスキーな声が響く。

 

 

「あぁ、俺はどんな事だってする覚悟はできてる。もともと俺はボッチだったし、避けられる理由が一つや二つ増えた所で問題ないさ」

 

 

「誇らしげに言う事じゃないだろ、それ。じゃあ俺はお前を信じてここで待つ。無事ユキを連れて帰ってこいよ」

 

 

サンキュー、エギル。やっぱあんたは格好良すぎだよ。兄貴って呼びたくなっちまう。

 

もう一度俺は見渡すと全員が頼んだだのの声をかけてくれる。ただ一人アスナを除いて。

何故かアスナは顔面を蒼白にして、微かに身体を震わせているのだ。

そんな事は些細な事だと全く気に留めず俺は黒鉄宮を後にする。

 

 

 

 

46層『叫びの崖』

ここ46層は多分だがSAOのパッケージに乗っていた浮遊城アインクラッドの中腹で膨らんでいたところなのだろう。1層の次に大きく、唯一の海洋らしきものがある層である。

叫びの崖はいつも強風が吹き、その音と波の音が叫び声に聞こえるとの事から名づけられたのだろう。この崖は森を抜けた直ぐで、半円形のステージのようになっている。

 

 

そんな所で俺は今殺人者達に囲まれているんだが........。本当に勘弁してもらいたい。

その数は三人。正確には雪ノ下を見張るポンチョの男、情報によればPoh、バンダナで口を隠している男、ジョニーブラックと目が異様なほどに充血している男、ザザは俺と対峙する形になっている。

Pohは暗闇にいるため顔まではよく見えない。ここで鼠に情報を手に入れれば鼠が更に仕事しやすくなるかもしれない。

顔を映像結晶で取れればいいんだろうが俺は崖側に立っていてザザが前衛、ジョニーが後衛なのだろうか、少し下がった位置にいる。これじゃPohの写真は取れない。

 

 

「殺人者ども、ユキを返せ。そうすれば命だけは奪わない。コレは取引なんかじゃない、宣告だ」

 

 

「Haha!面白い事言うじゃねぇか『執行人』。女は俺たちの手の中にいるんだぜ、そんなに大きく出ても良いのかよ。コロスぞ」

 

 

Pohが高笑いするのに釣られ前の二人も高笑いする。

 

 

「旦那ぁ、こいつ殺っても良いかい、殺っても良いですよね。殺りますよぉ」

 

 

「オイオイ、ジョニー。話を聞いてなかったのかよ。クライアントの指示は殺すな、だぞ。だろぉPoh」

 

 

「ああ、でも抵抗されたからやむを得なかったら殺しちまっても仕方ないよなぁ」

 

 

そう言って笑う三人。

互いに笑い合いながらも視線を俺から外さない三人。

視線を外さなければ不意打ちされないなんて勘違いしてんじゃねぇよ。

問題はユキがピクリともしない事だ。詳しい話を聞ければそれが1番だが何かの状態異常なら時間経過で治るだろう。それに死んでない事は確かなんだ。このまま引っ掴んで逃げさせてもらうぜ。

俺は10メートルはあろう距離を一瞬で詰める。

コレで雪ノ下は奪還出来ただろう。

雪ノ下に手を伸ばす。

 

 

 

 

気がつくと俺の手の甲には何かが突き刺さっていて動けない。

 

 

「イキナリクライマックスとは焦りすぎだぜ。それに何より面白くない」

 

 

そのまま崩れ落ちた俺から短剣を引き抜き、蹴りで吹っ飛ばすPoh。

手の甲から不快感は消えたが全身に痺れが残っている。アイコンを確認するとイナズマのマーク。

 

 

「じゃあ後は任した。拍子抜けしたぜ『執行人』」

 

 

そのままユキを置いて森へ歩き出すPoh。

それを合図に二人が俺目掛けて走りだす。

 

 

「残念だったなぁ執行人。オレ特製の麻痺毒だ、少なくとも1分は動けねぇよ」

 

 

「やっちまうぜ、執行人さん。バイバ〜イ!」

 

 

コレでユキが動けない理由がわかった。

ザザ曰く俺が動けるまでににかかる時間は大凡一分。ユキは経口で摂取させられたとすれば五分はかかるだろう。

ザザの考えならの話だがな。

 

 

ザザの針剣は俺の喉元に、ジョニーの短剣が俺の心臓部目掛けて出される。動けない獲物を狩るためだろうか、狙いはいいが隙が多すぎる。

 

 

「言い忘れてたが女の方も殺して..........いいねぇそうこなくっちゃ面白くねぇよな」

 

 

戻ってきたPohの目には胸元を短剣で貫かれたジョニーと、曲刀で弾き飛ばされたザザが写っている。

ザザは驚愕の表情で、Pohの声を聞いて振り返り何か口をパクパクさせるジョニーは青いポリゴン片を撒き散らして質量を失った。

Pohはザザを後ろに下げ、代わりに一歩前に出る。

 

「短剣と曲刀を......haha、お前が二刀流の持ち主か」

 

 

「だとしたらどうする」

 

 

「そう警戒なさんな。ユニークスキル持ちの同志なんだ、先ずは話をしようぜ。それでお前のはどうだ。俺のはお喋りでいろんな事教えてくれるんだが煩くて仕方ねぇ」

 

 

奴は一体何を言っているんだ。

ユニークスキル....は『死神』の事だろう。Pohも何かのユニークスキルを持っているようだ。

だがそれとお喋りだの煩いだの言う意味がわからない。やっぱりこいつ狂ってるのか?

 

「何か言ってくれよ。俺たちは十人に選ばれたんだぜ。どうだお前ならウチでもやっていける。それにお前の目は、アレだ。世界に絶望した目をしている。そんな世界に復讐したいと思った事は無いか。いや絶対にある、違うか?」

 

 

Pohは全身を使って力説する。

 

 

「お前は何故ラフコフを作った。俺の目にはお前が人を殺って楽しんでいるとしか思えない」

 

 

「Hahaha!なんだそんな事か。

理由は単純明白、このゲームでは殺しも正しい遊び方なんだよ。PvPに全損は存在する。コレは茅場がこの世界では人もmobも自分以外は全て敵だとそうプログラムしたからなんだ。

って事は茅場はこうなる事を予期していただろう。なら今も何処かで殺人が正当なこのゲームを楽しんでいるのかもな」

 

 

「そんな事は聞いてねえよ。俺が聞いているのは理由であって、お前の見解じゃない」

 

 

Pohは顔に張り付けていた笑みを取り去り、息を吐く。

 

 

「........俺はリアルでは大人しくてよ、いつも話を聞いて自分の感情を押し殺しながら周りとつるんでたんだ。

ある日、このゲームを友達だった五人で一緒にプレイしようって話になった。一緒に2日前から並んでギリギリ買えてよぉ。

あの日始まりの街でデスゲームの開始を聞いた。最初は攻略本を見て安全に進んでたのに一人がヘマをして死にそうになったんだよ。あれは確か38層だった、まあ何とか助かったんだが。それから四人は狩りに出る回数が減っていき、最後には俺に一人で狩りに行ってこいって言ってきたよ。それから数日、いや10数日後のある日、俺は全員を殺し」

 

 

「ラフコフを作った、か。何故お前は関係ない人間にまで危害を加えるんだ」

 

 

「依頼だよ。俺が殺るのは誰かに恨まれている奴だけだ。どうだ、金を貰って人助けをする。誰かの悪を俺が殺る事で悪は数を減らすんだ」

 

 

「じゃあお前は仲間をラフコフの仲間を殺してくれと依頼が来たら殺るのか」

 

 

「あぁ、殺るだろう。誰かの悪は俺の悪だ」

 

 

「お前自身が誰かの悪になっていたらどうするんだ」

 

 

「そんなの決まってるだろ。俺を悪と認識している人間を殺す。

ありがたい事に俺を悪だと呼ぶ奴はまだいないんだ」

 

 

イかれている。

 

 

「お前は何を考えているのか俺には理解できない。だから」

 

 

「交渉決裂って事かよ。残念だ.......殺されても文句を言うんじゃねぇぞ」

 

 

さっきまでのニタニタとした笑いを止め、武器を握るPohは砲弾のように飛び出し俺に向かってくる。

瞬発力を活かして思いっきり跳び上がり攻撃を躱す。

こっちは二刀なんだ。手数で押し切ってやる。

俺は一息に間合いを詰め曲刀を振るう。

それをあっさりと躱したPohは短剣を顔目掛けて突き出してくる。

 

 

「すげぇ.......もう人の皮を被った怪物だろ彼奴ら。

あのPohの攻撃を避けるなんて.....。まあPohも遊び半分だろうし大丈夫か」

 

 

 

 

 

おかしい。さっきから俺の攻撃はかすっている筈だ。その証拠に奴の身体には少しずつだが細かい傷が付いている。

じゃあ即効性の麻痺毒に侵されていないんだ。

ザザの毒程高性能じゃ無いにしても動きは止まる筈だ。

 

 

Pohは焦り始めていた。いつもの必勝パターンが効かず、ユキが麻痺毒から解放されるまでの時間に余裕がなくなってきたから。

だが一番の要因はアハトだ。最初の曲刀の一振り以外彼は攻撃をせずPohの攻撃を躱すことだけに専念している。

 

 

「おい、『執行人』何故攻撃してこない。ジョニーを切ったお前が今更人を斬ることを恐れてるわけじゃねぇだろ」

 

 

「......必要だったらな。生かしてやってるんだぜ、お前を」

 

 

全く攻めてこない俺に痺れを切らせたPohは最終手段を取る。

 

 

「おい、アクロ。力を貸せ」

 

 

Pohが何か言った。聞き取れなかったが何かの名前だったような.....。

 

ここから先は余計なことを考える暇すら与えられない。

さっきまでは余裕をもって躱せていた筈の攻撃は速さを増し予想外な要素が含まれ、それを警戒すればするほど攻撃への反応が鈍くなるのだ。

 

 

「ザザ、そろそろ女が動けるようになる時間だ!もう一回麻痺らせとけ!」

 

 

「....そうはさせない」

 

 

俺は全力でPohの横を抜け、雪ノ下を触れようとしているザザの右腕に短剣を投げそのまま駆け寄ろうとする。

 

 

「だからお前の相手は俺だって言ってるだろ」

 

 

その声とともに頭の上を経由しPohが着地する。

 

 

「お前も早く本気を見してくれよ。お前の『二刀流』と俺の『アクロバット』どっちが強いかはっきりさせようぜ」

 

 

Pohは『アクロバット』というスキルを持っているらしい。名前と先ほどの動きからするに、素早く、トリッキーな動きが出来るようだ。

 

 

「ヤダね。お前にはこの曲刀だけで十分だ。それが嫌ならかかってきな」

 

 

俺は目を閉じて挑発する。

 

 

「舐めやがって.......いいぜ、本気も出せずに逝きな!」

 

 

足音が近づいてくる。

動きが機敏だろうが足は地面に着くし、息もする。

微かな音でもあれば動きは読めるんだよ。

気がつくと俺は目を閉じていた。

...........今!

 

 

振り抜かれた曲刀は何かを斬りつけた重みを持っていた。

 

 

「Poh、大丈夫か!」

 

 

赤いポリゴン片を撒き散らしているPohに駆け寄るザザ。アハトは横を走り抜けるザザに何の関心も向けずにユキの元へと歩いていく。

 

 

「ハハハ、Haha......執行人.....ココで俺を殺さなかったことを後悔させてやるよ」

 

 

Pohはそんな言葉を残しザザの肩を借りて森の中に消えていく。

完全に姿が消えてから走り出すアハト。

それからウィンドウを開き何かを具現化させる。

出てきたのは1対のイヤリング、1対の指輪、そしてネックレスが1つ。

そこから指輪を一つ取ると雪ノ下の左手の中指にはめ、雪ノ下を抱き上げると叫びの崖を後にした。

 

 

 

 

 

 

「Poh、何でそんなにイラついてるんだ。終始あんたの優勢だったしマグレで一撃くらっただけだろ」

 

 

「あいつ目を閉じてやがった。俺とあいつには埋められない程の差があるってことだよ。

それに俺が優勢だったのもあいつが本気じゃなかったからだ。俺を油断させるため.....俺はあいつの策にまんまと乗せられてたって訳だ」

 

 

いつの間にかPohとザザの周りに人が集まってきている。

影は1つや2つでは無く優に10を超えていた。

 

 

「お前らぁ今は未だ時じゃ無い。来るべき時のために技を磨け」

 

 

強い風が吹いた。

Pohとザザの2人は森のさらに奥深くへと消えていった。

 


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