英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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初めてのダンジョン

 ダンジョン、第一層。

 

 冒険者になったばかりの者がおっかなびっくりモンスターと戦って、喜んだり絶望したり悲喜交々なドラマが繰り広げられる場所である。レフィーヤも冒険者になりたての頃は、ここで先輩達に見守られてモンスターと戦った思い出があるが、今日、ここで戦うのは自分ではなくベルである。

 

 リヴェリアを先頭に歩くことしばし。適当なモンスターを見つけたリヴェリアは、それから十分な距離を取ってベルに向き直った。

 

「さて、一番最初に戦ってもらうのはあれだ。ロキの恩恵を授かったばかりのお前は一般人と大差ないが、借り物とはいえきちんと武装していることだし、一人でもどうにかなるだろう。もし危なくなったら私かレフィーヤが助けるから、安心しろ。死ぬほど痛い目を見ることはあっても、死ぬことはない」

 

 死ぬほど痛い、という文言に軽くベルが引いていたが、ベルをモンスターの方に押し出したリヴェリアは、レフィーヤにだけ見えるように腰の後ろについたポーチを開いて見せた。中にはエリクサーが三本。これなら即死でもない限り死ぬことはないだろう。第一層に随分と念入りなことだが、それだけ、リヴェリアのベルに対する思い入れがうかがえる。

 

「よし。では行って来い」

「わかりました!」

 

 うおー、と気炎をあげて突撃するベルの背中を、レフィーヤはぼーっと眺めた。足踏みするかと思えば意外や意外。モンスターに対して一歩も怯むことなく突撃し、ショートソードで切り付けている。さて、駆け出し冒険者の攻撃にモンスターも黙ってはいない。突然襲い掛かってきた兎小僧に対して反撃を試みるが、攻撃を当てた次の瞬間には、ベルは位置を移動していた。相手の回転とは逆の方に回り込み、一瞬ではあるが死角に入り込んでいる。

 

 冒険者相手ではこうはいかないだろうが、一層くらいのモンスターならば効果的な方法である。ここに来るまで、リヴェリアの話したことを律儀に守った結果だった。これにはレフィーヤも思わずお、と声を漏らしたが、その後のベルの行動は攻撃しては回り込み、回り込んでは攻撃し、の繰り返しだった。

 

 確かに効果的ではあるのだが、どうにもかっこよくはない。武器の使い方も、魔法使いのレフィーヤから見てもなっていなかったが、今日が初ダンジョンならばこんなものだろうと思い直す。

 

 少なくとも、自分が初めてダンジョンに潜った時はベルよりもずっと怯えていて、もっとかっこ悪かったに違いないのだ。

 

 モンスターを前に一歩も動けなくなる冒険者も少なからずいる中で、見守ってくれる者がいるとは言え果敢に突撃できるのだから、その点については少なくとも見どころがあると言えるだろう。時間はかかるだろうが、これならばベル一人でも倒せるだろう。そう思った直後、モンスターの足がベルの腕をかすり、服に血が滲んだ時は思わず手に汗を握ってしまったが、結局、彼はたった一人でそのモンスターを倒して見せた。

 

 動かなくなったモンスターの前で、油断なく剣を構えていること数秒。やっとモンスターを倒したと認識したベルは、そのままリヴェリアの元に駆けてきた。喜色満面とはこのことである。これで尻尾でもついていたら、千切れんばかりに振っていたに違いない。

 

「ただいま戻りました!」

「よくやった。初めてにしては上出来だ。だがまず、使い終わったら武器は鞘に戻せ。抜き身のままではいらぬトラブルを招く。他に直すべき所は……」

 

 まずは軽く褒めるところから始め、問題点を次々に指摘していく。褒められたことを忘れるくらいにずらずらとダメなところが指摘されていくが、ベルは一つ一つにしっかりと頷きながら、黙ってリヴェリアの言葉を聞いていた。リヴェリアの説明にも興が乗っているような気がする。元々面倒見の良い人ではあったが、ベルに対してはより親身になっている気さえした。ダンジョンに入る前、母親と子供と思ったレフィーヤは、さらにその思いを強くしていた。

 

「……とりあえずはこんな所だな。後はモンスターの生態についても、きちんと勉強しておくように。私の部屋にリストがあるから、ダンジョンから戻ったら部屋まで取りに来い。油断するなよ? 今日はないが、これから毎日テストするからな」

 

 はい! と何も考えずにベルは返事をしているが、流石にそれは安請け合いというものだとレフィーヤは思った。上層だけでもモンスターの数は相当数に上る。ベルが対峙したものだけならばまだ良いが、そうでないモンスターも含まれるのならば、その生態を答えよというのはかなりの難問だ。

 

 レフィーヤは今レベル3だ。ベルよりもずっとダンジョンやモンスターのことを知っているが、何しろ問題を作成するのはあのリヴェリアである。今そのテストを受けたとしても、完答することは難しいだろう。

 

 そして、リヴェリアが行ったテストでの落第は、更なる地獄がやってくることを意味する。その恐ろしさを知っているレフィーヤは、ベルに対する彼女の本気を見た気がした。

 

 その後、一種のモンスターにつき一回は戦わせ、そのモンスターの特徴と注意点、ドロップアイテムがある場合はそれも教え、その時々のベルの行動の問題点を指摘していく。遭遇したモンスターの中には当然、今のベルが一人で相手をするのは難しい個体も含まれていたが、そういう場合はリヴェリアが足元の石を蹴り上げ、それを杖で弾き飛ばして大穴をあけることで退治していた。

 

 絶世の美女であるリヴェリアが気軽にモンスターを滅していく様に、ベルはかなりショックを受けていた。その気持ちも解らないでもないが、冒険者になれば、見た目と強さが一致しないというのは見慣れた光景である。レフィーヤも、冒険者であるという先入観がなければ、例えばアイズなどがオラリオでも有数の実力者であるとは思いもしないだろう。その手のショックは日常茶飯事であると、諦めてもらうより他にはない。

 

 結局、リヴェリアとレフィーヤの監督の下、ベルは全身擦り傷と切り傷だらけになるまでモンスターと戦ったが、大きな怪我をすることもなくその日のノルマを終了することができた。幸運なことに、ポーチのエリクサーも出番なしである。

 

 ダンジョンから戻る道すがら、あれだけ指摘したのにまだあるらしい今日の反省点を講義しているリヴェリアと、それを大人しく聞いているベルの背中を見ながら、レフィーヤはダンジョンに潜る前、リヴェリアに言われたことを思い出していた。

 

 今日のベルの戦いぶりを見てきたが、頑張っているという印象はあっても飛びぬけて光るものは感じられなかった。当然、リヴェリアが目をかける理由も見いだせない。まさか好みの容姿をしていたからでは、と邪推まで考え始めるレフィーヤだったが、それだと思わせぶりに予言をしたリヴェリアがバカみたいである。

 

 戦いぶり以外に、見るべきところがあるのだろうか。スキルというのはダンジョンで戦う時にこそ発現するべきもので、先のベルの戦いぶりの中では、スキルを使っている様子はみられなかった。不慣れであるというよりは、存在そのものを知らないのだろう。スキルの存在を知らせていないとは、解せないことである。

 

 ますますベルに対する疑念を深めたまま、身繕いもそこそこに、レフィーヤたちは三人そろって黄昏の館のロキの部屋を訪ねた。元から約束がしてあったのだろう。所在不明なことも多いファミリアの主神は、部屋で手ぐすねを引いて待っていた。

 

「おー、おつかれー。無事に戻ってこれたみたいやな。さ、ステイタスの更新やで、服脱いでやー」

 

 ロキに促されベルは自分の服に手をかけたが、脱ぐ直前になってちら、とレフィーヤたちを見た。リヴェリアはベルの視線を受けても平然としている。高貴な出自であるが男社会で長く暮らしてきた期間が長いため、今さら少年の裸一つでは動じたりはしないのだ。むしろ、何を恥ずかしがっているんだと、ベルにからかいの視線を向けるくらいに余裕があった。

 

 問題は、レフィーヤである。

 

 ステイタスの更新に他人が同席することは、同じファミリアであってもほとんどない。レフィーヤが自分のことを振り返っても、アイズかリヴェリアが一度か二度立ち会ったことがあるかな、というくらいである。

 

 視線が気になるというベルの気持ちは、とても良く解った。貞操観念が固いと評判のエルフは、他人に肌を晒すこともあまり好まない。肌を露出することが女としてのステイタスを誇示するのだと言わんばかりのアマゾネスとは対照的だ。他人というのが異性であるなら、尚更恥ずかしいのも解るのだが、男性が脱ぐ立場で、女の視線を気にするのはやめてほしいと思う。恥ずかしがっているベルを見ていると、何もやましいところがないのに、自分がどうしようもない変態に思えて仕方がない。

 

 リヴェリアでもロキでもなく、レフィーヤの視線を気にしているベルに、ロキはぐふふ、といやらしく笑っていた。主神であるとは思うし尊敬もしているのだが、こういう顔をしているのを見ると杖で後ろ頭を叩きたくなってしまうから不思議だった。

 

「なんやー、ベルはレフィーヤがお気に入りか? ふられてもうたな、リヴェリア」

「男は皆若い方が良いと思ってるらしいからな。なに、これから挽回するさ。ほらベル。男が恥ずかしがるな」

 

 お母さん役の二人に促され、観念したベルはレフィーヤの方を見ないようにしながら服を脱ぎ、寝台の上にうつ伏せになった。ロキはその背中に馬乗りになり、指を滑らせていく。

 

 すると、ベルの背中にファミリアのエンブレムが浮かび上がった。滑稽に笑う道化師。ロキ・ファミリアの団員全員に刻まれている、主神ロキの眷属となった証である。

 

 その背中がぼんやりと光、ステイタスが更新されていく。魔法の知識があり、神聖文字もそれなりに読めるレフィーヤは、更新中のベルのステイタスを何となく盗み見て、そして絶句した。

 

 まず、その数値である。今日が初ダンジョンで契約以降初のステイタス更新ということは、ダンジョンに潜った段階でのベルのステイタスは全て0であるはずだが、今のベルのステイタスは魔力以外が全て60を超えていた。上昇値の合計は、250を超えている。

 

 桁を一つ間違えているのかと思わず目を疑ったレフィーヤだが、何度見ても上昇値は変わらなかった。無論、今まで経験していなかったことを経験しているのだからステイタスが『大きく』上昇するのは当然のことなのだが、それにしても限度がある。初心者であることを差し引いても、この上昇値は明らかに異常だ。

 

 多くの子供のステイタスを見たロキ、自分がどうだったかを知っているリヴェリアとレフィーヤはそれが良く解ったが、自分のことしか知らないベルは、それも解らない。僕のステイタスはどうだったんだろう、とわくわくどきどきしているのが、後ろ頭でも良く解る。

 

「ベルのステイタスはこんな感じやで」

 

 地上の言語に書き直されたステイタスを見て、ベルは歓声を挙げた。自分の成長が数値として実感できる。最初のうちはそれだけで嬉しいものだが、横目で見たその紙には、明らかにスキルの部分が欠損していた。

 

 英雄志願(ヒロイック・ロード)というそのスキルの詳細を見て、レフィーヤは言葉を失った。

 

 大成するという文言の壮大さにも驚いたが、レフィーヤの目を引いたのは経験値に補正がかかるという内容そのものだった。それが先ほどの異常な上昇に繋がるのだとしたら、恐ろしい話だ。レフィーヤが知る限り、レベル1からレベル2に上がる期間が最も短かったのは、敬愛するアイズ・ヴァレンシュタインその人で、彼女ほどの才能をもってしても達成には一年という時間がかかった。

 

 ベルの上昇率ならば、その記録を大幅に塗り替える可能性がある。リヴェリアの予言の意味が、今はっきりと理解できた。これは確かに、レフィーヤでも心が躍る。

 

「ところでリヴェリア。頼んどいたベルの先生の件やけども、レフィーヤで決まったってことでえーんか?」

「まだ返事はもらっていないが、この顔を見る限り大丈夫なようだ。どうだ、レフィーヤ。私の予言は当たっただろう?」

 

 不敵にほほ笑むリヴェリアは、女性であるレフィーヤが見ても恋に落ちそうなくらいに美しかったが、その笑顔が問題にならないくらいに、レフィーヤは興奮を覚えていた。

 

 大成すると神に保証されたこの少年がどこまで強くなるのだろう。『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインも、『九魔姫』リヴェリア・リヨス・アールヴも、『猛者』オッタルすらも越え、神話の英雄に並び立つ程になるのだろうか。更新されたステイタスを見て、無邪気に笑うその顔を見ていても、とてもそうは思えないが、レフィーヤは静かに、リヴェリアの頼みを引き受けることにした。

 

 

 

 

 


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