英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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ダンジョンに行こう

 レフィーヤ・ウィリディスという少女がいる。

 

 ロキ・ファミリア所属の冒険者で、種族はエルフ。3というレベルはファミリア全体では上位にランクインしており、後の幹部候補と目されている冒険者の一人である。魔力特化のステイタスは『魔法使い』と呼ぶに相応しく、内外にはリヴェリアの一番弟子として知られていた。一言でその立場を表すならば『若手の有望株の一人』といったところだろう。

 

 そのレフィーヤは今、上層用の軽装でもって黄昏の館、女子塔の廊下を歩いていた。何故今さら上層に……という疑問はあるが、リヴェリアからの指示であるから文句を差し挟む余地はない。どのような組織であれ、上司からの命令は絶対だ。リヴェリアはファミリアの副団長であり、レフィーヤにとっては魔法の師匠でもあり、さらに言えばとあるエルフの氏族のやんごとなき身分のお方である。ただのエルフである自分に、太刀打できるはずもなかった。

 

 眠い目を擦りながら、廊下を歩く。

 

 そう言えば、早朝からダンジョンに行くなんて久しぶり――とあくびを噛み殺しながら待ち合わせの十分前に集合場所に着いたレフィーヤが見たのは、早朝でも一分の隙もない美しさを保ったリヴェリアと、白い髪に赤い目と、まるで兎のような風貌をした少年だった。

 

「申し訳ありません、遅れました!」

 

 遅刻した訳ではないが、リヴェリアよりも遅く来ては立場がない。眠気も一気に吹っ飛んだレフィーヤは慌ててリヴェリアに駆け寄って頭を下げるが、リヴェリアは困ったように苦笑し、

 

「いや、私たちが早く来過ぎただけだ。予定ではもう少し遅く来るはずだったんだがな、黄昏の館の案内が思いのほか早く終わってしまって手持無沙汰だったのだ」

 

 まぁ許してくれ、と軽く言うリヴェリアに、レフィーヤはもう何が何やら解らなくなっていた。リヴェリアの隣には、兎のような少年がいる。その特徴のある風貌には見覚えがあった。先日、ロキの提案で入団試験を受け、見事突破して入団した人間(ヒューマン)の少年だ。名前は確か、ベル・クラネル。

 

 まだ冒険者になる前から美人で気立てのよいエルフの嫁を貰ったにも関わらず、養いもせずに働かせているクソ野郎だという噂を聞いている。いつ身を固めるかは人それぞれだし、種族によっても大きな違いがある。冒険者というのもいつ死ぬか解らない職業であり、飲む打つ買うなど刹那的な生き方もする冒険者も多い中、家庭を持とうという気概は中々立派なものだと思わないでもないが、女一人働かせてというのは、やはり女の身では感心できなかった。相手がエルフというならば猶更である。

 

 まぁ、その噂をしていたのは独身男性の冒険者であるから、ただのやっかみという可能性も大いにあるが、火のない所に煙は立たないのが世の中というものだ。ベルが噂のエルフとそれなりの仲なのは、真実と見て良いだろう。人間であるから見た目通りの年齢をしているはずで、その容姿が年齢に直結しているならば、彼は自分よりも年下のはずだ。高くても十代の半ばといった所だろう。生まれてこの方恋人がいたことのないレフィーヤである。幼くして、恋人(らしい人)がいるベルは、何だか眩しく見えた。

 

 そのベルであるが、今日が初ダンジョンにしては装備が整っている。なりたての冒険者に自前の装備を整える金があるはずもないから、今身を固めている装備は全て、ファミリアの倉庫から引っ張り出してきたものだろう。

 

 使ってみたけど合わなかった。でも売るのもなぁ……という武器防具が、黄昏の館の倉庫には山と積まれている。ある団員など『ここには何でも揃っている』と豪語するほどだが、その通りだなとレフィーヤも思う。正直、下手な店よりもよほど品揃えも品質も良い。しかも団員ならば無料で借りることができるのだから、商売をする側としては堪ったものではないだろう。

 

 初心者の内はそれこそ、ここの装備だけで消耗品以外の全てを賄うことができるが、一瞬一秒の遅れが生死を分けるのが冒険者である。装備は身体に合ったものを、というのがロキ・ファミリアに限らず、全てのファミリアが守る鉄則だ。ここの装備で始めて、ある程度まとまった金が手に入ったら、自分の身体に装備を合わせていく。ここの装備を借りるのは、ファミリアの通過儀礼のようなものだ。

 

 そして、先輩に面倒を見てもらうというのも、同様に通過儀礼であると言える。特に右も左も解らない内はある程度ダンジョンになれた冒険者による先導が不可欠だ。ロキ・ファミリアではこれを義務化しており、レベル1の冒険者はレベル2以上の冒険者と一緒でないとダンジョンに潜れないようになっている。過保護にも思えるが、子供が死ぬよりはマシというロキの配慮に寄る。これには過剰なまでの実力主義であるベートも異を唱えないのだから、良いシステムと言えるのだろう。事実、レフィーヤもお世話になった。

 

 この慣例に当てはめるなら、リヴェリアにも下の団員の面倒を見る義務はもちろんあるのだが、彼女はレベル6で副団長と、主神であるロキと団長であるフィンの次に偉いエルフだ。レベル1でド新人のベルの面倒を見るには、正直雲の上過ぎるエルフ選なのだが、あれやこれやとベルの世話を焼いているリヴェリアの姿は、まさに『お母さんと子供』といった風である。されるがままのベルもそうだが、特にリヴェリアはこの状況を楽しんでいるように、レフィーヤには見えた。

 

 ここにいるのが例えばティオナならば、自発的にベルの補佐を始めたと言っても納得できるが、自分の立場を自覚しているリヴェリアが、ベルの世話を自分から始めたとは思えなかった。つまりは上からの指示があった可能性が高いのだが、ファミリアの中でリヴェリアに指示を出せる者はロキとフィンしかいない。その二人が出した指示となると、それはそれで大事となる。ファミリアに入ったばかりのベルに、そこまで目をかける理由は早々ないはずだ。

 

 ベル・クラネルという個人が、何かファミリアにとって特別な存在と解ったのか、はたまた、先日ロキと契約し、レアなスキルがいきなり発現でもしたのか。そこまで考えて、レフィーヤは後者だと理解した。それならばリヴェリアが沢山いるロキ・ファミリアの冒険者の中で自分に声をかけたのかも理解できる。

 

 そしてその予想は、レフィーヤにとってはあまり嬉しくないものだった。

 

 要するにこれは、ベルと自分の顔合わせのようなものだ。今日リヴェリアがやることを、次は自分がやるのだろう。自分もしてもらったことだし、現在もしてもらっていることだ。それをベルにやれと言われれば文句はないが、同時にめんどくさいと思ってしまうのも人、いやエルフというものだ。

 

 特にレフィーヤは最近、自分が伸び悩んでいることを自覚している。空いた時間はできる限り自分の修行のために使いたいと思うのも、向上心のある冒険者としては自然なことだった。新人のお守りをするということになれば、多くの時間をベルに取られることになる。彼個人のことは別に好きでも嫌いでもないが、時間を取られるということを考えると、憂鬱になるレフィーヤだった。

 

「お前の考えていることは解る。私も同じ立場ならば、そう思うだろう」

 

 レフィーヤの内心を敏感に感じ取ったリヴェリアが、そっと顔を寄せてくる。ぞっとするほどに整ったその顔は同性のレフィーヤをもどきどきとさせたが、そういう内心には気づかず、リヴェリアは囁いた。

 

「だから今日のベルの行動と更新されたステイタスを見て、それでもお前の好奇心が刺激されなかったら、この提案は忘れてくれても良い。ただ、絶対にそうはならないと、リヴェリア・リヨス・アールヴが予言しよう」

 

 リヴェリアらしい、大仰な物言いである。ハイエルフであり、高名な魔法使いである彼女に予言されると、本当にその通りになりそうで少し怖い。そんな色眼鏡でもって、ベルを眺めてみる。童顔だが、顔立ちは整っている方だと思う。人によっては軟弱であると思うかもしれないが、エルフという種族故か、レフィーヤはいかつくて男臭い男性よりは線の細い顔立ちの整ったタイプを好む傾向にあった。その観点から見ると、ベルは容姿はそれほど悪いものではない。年齢故か身長が低いのが難点だが、それはこれからに期待である。なんとなく、噂のエルフの嫁は彼よりも大分年上のような気がした。

 

 見た目から解ることなど、その程度のものだ。少なくとも、この時点でレフィーヤの好奇心を満たすようなものを、ベルから感じ取ることはできなかった。

 

「さて、今日はこの三人でダンジョンに潜る。ベル、こいつはレフィーヤ・ウィリディスだ。私の弟子……というものになるのか? あまりそういう気はしないが」

「いいえ。常々、リヴェリア様にはお世話になってます。ちゃんと自己紹介するのは初めてですね。レフィーヤ・ウィリディスです。よろしくお願いします、ベル」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 元気は良い。言うこともきちんと聞いてくれそうだ。後輩としては結構かわいいかもしれない。時間を取られるかもしれないという燻った気持ちと、この子ならば面倒を見ても良いかな、という仏心に折り合いが着かぬまま、レフィーヤは二人と共にダンジョンに足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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