英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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ある愛の女神の黄昏③

 

 

 

 

 

 

 

 

 神とは元来自由な生き物である。地上の子供の倫理とかけ離れた存在である彼ら彼女らは当然地上の子供とは異なる倫理観で動く。情を交わすのに血縁を忌避することなく、推しの違いで情や契約を飛び越えて闘争し、そして故あれば裏切り故なくとも裏切る。

 

 故に、好き勝手に生きる神々は、神々は落ち目とみるや攻撃することに躊躇いや容赦はない。

まして存在そのものが己の利益と相反するというのであれば、嬉々として号令を下すのである。

 

 自分が追い詰められた立場にいることを悟ったイシュタルは、しかし冷静だった。顔を突き合わせて『神会』などとつるんでいる方が異常だったのだ。神々で殺しあうことなど昔はそれこそ日常茶飯事だったのだから。

 

「フリュネは?」

「『九魔姫』の相手に現地に向かいました」

「アイシャは?」

「現在春姫の捜索中です。まだ見つけたという報告はありません」

 

 つまり最大戦力であるフリュネは帰ってくる見込みがなく、次点であるアイシャは『女主の神娼殿』の中にこそいるが行方不明。作戦の狐の子である春姫も同様だ。加えて今ロキ・ファミリアの『九魔姫』とその一党からカチコミを受けている……というのが現状だ。

 

 交戦中との報告を受けているのは奴らだけであるが、まさか大ファミリアの副団長が自分の一党だけで突撃してくるとは考えられない。奴らの主神はあのロキである。一つ手を打たれたと思ったら他にも無数の手を打っているとみて間違いない。

 

 最悪を想定するなら全ての眷属を投入していると考えるべきであるが、更に最悪を考えるのであれば、最近ギルドを介して態々『共同歩調を取る』とまで宣言したフレイヤ・ファミリアまで投入されているかもしれない。

 

 そしてその二つのファミリアがやるとなったら残り全てのファミリアもなだれ込んでくるだろう。ロキとフレイヤ。この二柱がやると決めたらそれは即ち遠からず実行されるということである。

 

 全く忌々しいことこの上ない。いずれ滅ぼしてやるつもりでいたフレイヤ・ファミリアであるが、それは準備万端整ってからの話だ。そもそも眷属の力で劣るからこそそれを埋める手段をイシュタルは求めたのだ。積み上げたものが脆くも崩れ去ろうとしている。自分がどうしようもない所まで追い詰められつつあると認識したイシュタルの行動は早かった。

 

「フケるよ! 『女主の神娼殿』の中にだけ撤退の鐘を鳴らしな!」

『了解!!』

 

 イシュタルの言葉は外にいる仲間を見捨てると言っているに等しかったが、それだけ追い詰められているということを理解していたアマゾネスたちの行動もまた早かった。ほどなく『女主の神娼殿』の中に一定のリズムで鐘の音が鳴り響く。それはイシュタルの眷属たちの間で決めた符丁であり、意味は『現在の拠点を放棄してオラリオの外まで逃げる』である。

 

 娼館でありイシュタル・ファミリアの『本拠地』でもある『女主の神娼殿』は、豪奢な造りでありながら、イシュタルの意思を反映して小型の要塞としても機能するように設計されている。防火壁という名目で設置された隔壁は逃走を妨害するための装置でもあり、イシュタルの私室から地下通路への入り口までの最短距離を守るように展開される――と見せかけて、見当違いの方向に誘導するように設計されている。

 

 実際に脱出口までのルートは通路ではなくほとんど部屋を経由して行われる。一つの階層に最低二つは下の階層に降りられる梯子が隠してあり、そしてその部屋を経由してでないと、隔壁が全て降りた状態で脱出口に辿り着けないようになっている。

 

 金目の物を詰め込んだカバンを背負い――口さがないアマゾネスたちはこれを夜逃げボックスと呼んでいる――近場にいた眷属たちに指示を出しながら、ふと思い立ったイシュタルは絵画の裏の金庫を手早く開けると、宝石箱の宝石を半分だけ掴みだし、三本あったソーマのうち二本を思い切り窓の外に向かって放り投げた。

 

 つまらない細工であるが『神会』の面子の大多数が入れ替わりでもしない限りはオラリオには戻ってこれない。僅かでも混乱すれば良いさと小さく笑みを浮かべたイシュタルはそれで未練を全て断ち切り、廊下を横切ると眷属を引き連れて梯子に飛びついた。

 

 眷属はできるだけ連れていきたい。『九魔姫』の迎撃に出てしまったフリュネは諦めるにしても、まだ『女主の神娼殿』にいるはずのアイシャはできれば拾っておきたいのだが、奴は眷属の中でも特に春姫に固執していた。オラリオからの撤退を決めた主神と春姫だったらあの女はこれ幸いと春姫を取るだろう。

 

 撤退の鐘も主命であるなら春姫を探せというのも主命である。緊急時とは言え眷属に主命に反することのできる建前を与えてしまった以上、こちらも諦めた方が賢明だろう。全く悪いことは重なるものだ。

 

 先を急ぐイシュタルの耳に轟音が聞こえた。三階層くらい上――おそらく隔壁が破壊されたのだろう。敵対しているとは言え別のファミリアの『本拠地』に乗り込んできた上、躊躇なく破壊行為に勤しむとは必殺の敵意というより他はない。

 

 オラリオの地において子供が神に手をかけるのは大罪であるが、それが大きかろうと小さかろうと、また神であろうと子供だろうと罪というのは表沙汰にならなければ罰せられたりしないものだ。

 

 これがロキの段取りであればその辺りに抜かりはあるまい。ギルドまで話が通っていると見るのであれば、これまで行ってきた悪事も既に筒抜けになっていると見て良いだろう。ここを乗り切ったとしても、オラリオにいては立場が危うい。やはり逃げを打って正解だった。

 

「となると、外の『九魔姫』は囮ってことかい。ぞっとしないねぇ……」

 

 先ほどの破壊音は居室のある最上階よりも下の階層から聞こえた。『女主の神娼殿』を吹っ飛ばす目的ならば小規模に過ぎ、戦闘の結果であれば単発で継続していない。どこから侵入してきたのか知らないが、私室がも抜けの空であったからそのまま下に降りてきたが、隔壁が邪魔だったので破壊した……そんな所だろう。

 

 侵入者は手練れが最低一人はいるが少数。加えて魔法使いはいないようである。ロキ・ファミリア単独であればアマゾネス姉妹のどちらかあるいは両方といったところだろう。どちらも現状レベル5。フリュネが『九魔姫』相手に外に行ってしまった以上、単独であれを相手にできる眷属はイシュタル・ファミリアには存在しない。

 

 逃走を邪魔されるのであれば戦闘も辞さない覚悟ではあるが、自分を捕捉するつもりで隔壁を破壊したのであれば、脱出口の場所もルートも把握していないのだろう。ダンジョンほど複雑な構造をしている訳ではないが『女主の神娼殿』はオラリオにある建造物の中でも単純に広い。

 

 まだ上の階層にいるのであれば、ここから捕捉されることもないだろうと密かに胸を撫でおろすものの、誰の元にも降って沸くのが幸運というものでそれは天上の神々にとってさえ埒外のものである。手練れの侵入者が既にいるという事実の前には女神とて逐電を急ぐより他はない。

 

 断続的な破壊音を遠くに聞きながら、イシュタルは程なくして地下二階の脱出口についた。酒蔵の隣に位置する、上の階層からの梯子でしか入る手段のない部屋である。イシュタルよりも先にそこに到達していたのが六人で、イシュタルと共に逃げてきたものが三人と合計九人。アイシャの姿はやはりなかった。今も春姫の捜索を継続しているという体でこのまま離反する腹積もりなのだろう。レベル5のフリュネに続きレベル4のアイシャを手放すのは惜しいが背に腹は代えられない。

 

「行くよ。五人前、四人が後ろだ。全員通ったら脱出口は封鎖しな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一か所だけ壁壊せってロキは何考えてるんだろうね」

 

 ブレイン役のリリルカの指示の下、自慢の『大双刃』で隔壁を破壊したティオナは、己の主神の指示の不可解さに首を傾げた。壁を一枚、下の階にいる奴にも解るようにできるだけ大きな音を立てて破壊せよ。それがロキの指示である。

 

 何故そんなことをするのかという意図をティオナはロキに確認しなかった。頭が悪いということは自覚しているし、聞いた所で仕事の内容は変わらないのだから確認など後でも良いと思っていたら、指示だけ聞いて意図を理解したらしいリリルカがここに来るまでの間に懇切丁寧に説明してくれた。持つべきものは頭の良い友達である。

 

 そのリリルカは同じくロキの指示の通り、それらしい部屋に入ってはそこを漁っている。いわく目ぼしいものを回収しているとのことだが、これまたティオナの関与できない部分だ。持つべきものはデキる仲間である。

 

「終わりました、ティオナ様」

「おっけー。それじゃ次に行こうか」

 

 ロキの指示を受けたティオナたちは、リヴェリアが襲撃をかけて周囲の視線がそこに集中した隙を見計らって歓楽街の建物の屋根を走り、真っすぐに『女主の神娼殿』へと直行した。友好的でないファミリアの『本拠地』に入るなどティオナなどは初めてのことだったが、ロキがどこからか入手してきた『女主の神娼殿』の正確な図面をリリルカが読み込んでくれたおかげで広い建物の中でも迷わずに済んだ。

 

 一度外壁から屋上まで登り、そこから侵入。一路女神イシュタルの私室を目指すもこちらはイシュタルが退去してから侵入すべしとのことでしばらく待機。イシュタルがカバンを背負って眷属たちと出ていくのを見計らってから私室に侵入し、物色をリリルカに任せたティオナは周囲に敵がいないことを念入りに確認してから、二階層を降りて隔壁の一つを思い切り破壊した。

 

 テンション的にはもう二つ三つ破壊したかった所であるが、一つで十分だというのはロキにもリリルカにも念を押されていたことなので、ささっとリリルカの元へ戻って現在に至る。暴れん坊のアマゾネスはリリルカとつるむようになってから無駄に素直になったと評判なのである。

 

「次は?」

「個人的には金庫を攻めたい所ですが、リリの技術で開錠は難しいようなので別の所にしましょう。ロキ様も鍵までは用意してくれませんでしたし」

「扉くらいなら私が壊せるかもよ?」

「ロキ・ファミリアは誘拐されたベル様以外はこの『女主の神娼殿』にいないことになっているので、できるだけ痕跡は残したくありません」

 

 お気持ちだけいただいておきます、とリリルカは小さく笑みを浮かべた。

 

 隔壁一枚ならばどうとでも誤魔化せようが、歓楽街の元締めであり最高級店の金庫の扉が力技で破壊されたとなればその目は冒険者に向かざるを得ず、リヴェリアの宣戦布告によって目下敵対状態にあるロキ・ファミリアが疑われることは必至だ。目撃証言を総合すれば最悪ティオナ個人まで状況証拠を固められてしまうかもしれない。

 

 既にイシュタルの排除が確定的となった以上、後はどれだけ毟り取れるかの勝負だ。フレイヤがそんなことをするはずがないと確信を持っているロキは、これ幸いと火事場泥棒に精を出すことにしたのである。

 

 しかし建前上、まだベルは誘拐されたということになっているので、それを成すためには身が軽く緊急事態にも腕っぷしで対応でき、なおかつ目利きのできる人物が必要になる。その全てを高レベルで満たしていたのがフィンであるのだが彼は陣頭指揮を行うために現場から外せない。

 

 身の軽さで行けば次点はベートなのだが彼は鼻はきいても目端は利かない。更にその次のアイズは鼻まで利かないため更にその次点のティオナに最近仲良しの頭脳労働担当のリリルカを付けて火事場泥棒を行うに至った。

 

 表沙汰にできない仕事に抜擢された。新参だから使い捨てにされたと以前ならば考えただろうが、今は期待されているが故と考えることができる。ティオナをつけてくれたのもその証拠だろう。根が純粋な彼女にコトが済んだら殺せという類の指示を実行する時までバレずにいることができるとは思えない。もっとも、

 

(ティオナ様に殺しても良い奴と思われたら、もう死ぬしかありませんしね……)

 

 ベルが殴られた原因であるにも関わらず、何だかんだでよくしてくれているティオナには心の底から感謝している。そんなティオナに刃を向けられるのであれば、それは仕方のないことなのだろう。死にたくはないが、生まれて初めての友人であるティオナに殺されるのであれば悪いものでもない。

 

 とは言え、死にたい訳では断じてない。生きるために生きていた間違いだらけの小人生が終わり、明日に希望を抱ける日々がようやくやってきたのだ。バッドエンドを迎えないためにもここで一つリリルカ・アーデは役に立つ小人なのだというところを見せなければならない。

 

 手を動かしながらリリルカは考える。

 

 金目の物を盗むのは素人のすることである。ロキ・ファミリアともなれば故買屋の一人や二人は抱えていようが、知らされていないようなものを当てにするようでは程度が知れる。

 

 では足のつかない金そのものを盗めれば良いのだろうが、可能であればそれを狙うということは金を持っている側とて熟知している。こちらにはティオナがいるのだ。彼女が提案した通り後先考えないのであれば金庫破りも可能だが、ロキ・ファミリアの犯行であるという証拠を現場に残してはいけない。破壊しないと手を出せない金庫は存在しないものとして考えるべきだろう。

金庫破りの技術は当面の課題の一つにする。

 

 足がつかない程度にものを持っていくというのもリスクにリターンが見合っていない。既に危ない橋を渡っている最中だ。橋が崩落して濁流に飲まれる可能性を加味した上で、手にした物が小銭では意味がない。リリルカ・アーデは冒険者になりたいのであって、コソドロでいたい訳ではないのだ。

 

 手にするべきはロキ・ファミリアにとって価値あるもの。その形は現金であっても良いし交換価値の高い貴金属やら宝石であっても良い。普通の火事場泥棒ならばそうするだろう。そして自分が例えば女神イシュタル秘蔵の宝石など持って帰ったらおそらく神ロキは褒めてくれるが、満点はくれまい。

 

 あの女神様から満点をもらうにはどうしたら良いのか。暇を持て余して『大双刃』の素振りを始めるティオナを横目に見ながら、リリルカは黙考する。

 

 イシュタル・ファミリアがきな臭いということはソーマ・ファミリアで燻っていたリリルカでも知っていたことだ。いつかフレイヤ・ファミリアなりロキ・ファミリアなりと目に見えた衝突があるだろうと予見されていたが、何故それが今、それも三ファミリア共同でしかもおおっぴらに行われているのか。

 

 勿論そうでなければならない理由があるからだろうが、共同歩調を取ることになったとは言え二大ファミリアが合同でかかるとなると緊急性は非常に高い。計画があった上でのことであっても、ここより先に延ばすとデメリットが上回ると考えたか。

 

 ならば何らかの時間経過すると現状への回復が難しくなるような計画ないし陰謀が進行していたと考えるべきだ。当然、イシュタル・ファミリアだけでは二大ファミリアの片方にだって勝てる訳はないのだから、直接ぶつかることを考慮していたのであれば最低限、片方のファミリアには完勝できるだけの――それも、時間をかけて少しずつではなく、一度で大打撃を与えるくらいの算段がついていなければ割に合わない。

 

 そこまで考えて自己採点を行う。裏で進行していたシナリオとしては、それなりに筋が通っているように思う。では、そんな計画があったとして、ロキ・ファミリアの取り分が最も大きくなるためにはどのような行動を取れば良いのか。

 

 無難に行くのであればイシュタル・ファミリアの汚れ仕事の証拠だ。事実今までリリルカが集めていたのは裏帳簿及び取引の記録。これを片っ端からカバンに詰め込んで現在に至る訳であるが、満点を狙うならばここから更に加点が欲しい。

 

 何しろここまでならば『書類を持ち出せるだけ持ち出せ』とティオナに頼んだだけでも達成できる。流石リリだね! と後でベル様に褒めていただくためにさて後は何ができるか。考えたリリルカはティオナを引き連れてイシュタルの私室に戻った。

 

 撤退が済んだのか喧噪は既に『女主の神娼殿』から消えている。戦闘の音は外からしか聞こえていない。ロキの話通りであれば、北東の方角でイシュタル・ファミリアの主力とリヴェリアたちエルフ組が交戦中のはずだが、まさか負けるはずもなし一先ずそれはおいておこう。

 

 仮に。3ファミリアが今攻めなければならないような事態が女神イシュタルの主導ないし参画で進んでいたとして。その確たる証拠となるようなものがまだこの部屋に残されているとして。それは一体どこにあるだろうか。

 

 部屋の中央に立ち、部屋をぐるりと見まわしたリリルカの目は壁にかけられた絵画に留まった。部屋のどの位置からも見やすい位置にかけられており、寝台から見るとそれは正面にある。はめ込みの金庫を置くならここしかないがさて……と、絵画をどけるとやはり金庫があった。

 

 取ってに手をかけるとすんなりと動く。鍵はかかっていない。よほど慌てていたのだろうかと思いながらドアを開けると、中には中身のほとんどがなくなった宝石箱と一本のソーマがあった。少し前までソーマの眷属であったからそれがソーマの中でも最高級の品であることは解る。

ファミリアの中毒者どもならば、これを得るためならば冒険者の二三人は平気で殺すだろう代物である。

 

 奥まった位置にあることから、元々三本あったうちの最後の一本だと思われる。脱出する時に宝石と一緒に掴んで前の二本を持って行った。この一本はその名残だろう。最高級のソーマはほとんど神々専用と聞いている。これ一本でも一財産であるしロキもソーマを嗜んでいたはずだ。これを持って帰るだけでも面目は余裕で立つと安堵したリリルカは、そのソーマを掴み……動きを止めた。

 

 動きを、見えない何かに誘導された気がしたのだ。ソーマを元の位置に戻し、金庫の中を眺めてみる。

 

 落ち着いて眺めてみると金庫の中は綺麗すぎた。宝石箱の位置もソーマの位置も、平素に決めた場所から動いていないように見える。宝石の取りこぼしもない。一番手前の一本だけを急いで取るならばともかく、ソーマは二本持ち出されている。宝石だってそうだ。掴んだ宝石を持っていく余裕があるなら、箱ごと持っていけば良いのだ。

 

 慌てていて理屈にかなった行動ができなかったということは神だってあるだろう。だが金庫の扉はきっちり閉められていたしそれを隠す絵画も別にズレていたりはしなかった。にも拘わらず鍵は開いていたのだから、そこには何か意図があるはずだ。本当に急いでいるなら金庫を閉めた上で偽装工作などするまい。急いでここを開けて中身を出したと次に開けた見知らぬ誰かを誘導させる意図が中途半端に働いている。隠す意図はあるが看破された所で問題ないという神らしい傲慢さを感じたリリルカは宝石箱とソーマを金庫から出し、その中身を調べ始めた。

 

 あった。奥の底。違和感のある場所をいじってみると、二重底からもう一つ箱が出てきた。金庫の中に残された宝石箱と異なり、東方風の古ぼけた木箱である。一度深呼吸をし、意を決して開けてみる。

 

 中から出てきたのは石が一つ。一目で曰くのある品だと解る真っ黒な石である。この手の品の鑑定はできないリリルカだが、金庫にあったソーマも宝石も、この石の価値には及ばないのだと理解できた。元々、あの金庫はこの石を入れるためのものだったのだ。

 

「お手柄だねリリ」

「ありがとうございます、ティオナ様。これとソーマでよしとしましょう。撤退します」

「ベルも探して引っ張ってく?」

「ロキ様の話では男をあげる最中ということらしいですからね。邪魔しちゃ悪いでしょう」

 

 如何わしい雰囲気を出してロキは言っていたが、戦闘娼婦に手ごめにされるベルというののもイマイチ想像しにくい。そういう危機があってもベルならば無難に乗り越える気がする。

 

 万が一戦闘娼婦に手ごめにされて大人の階段を上ってしまったとしても、リリルカには何も問題はなかった。男性の初めてをありがたがるなど身持ちの固いエルフくらいのものである。リリルカはそんなものに興味はないし、そういう状況はむしろチャンスとさえ思う。席順に拘りがないのであれば異性に手を出すことに抵抗がなくなることはプラスにしかならない。

 

 出遅れているリリルカにとってはまたとないチャンスだ。先を走る二人がエルフであるというのも追い風が吹いている。事実どうであったとしてもイシュタル・ファミリアに『誘拐された』という事実は変わらないのだ。それがエルフにとって無視できないことであっても良いし、なくても構わない。経験済みという風聞は誘う側にもメリットがある。ベル周辺の事情がどう転ぶのか解らないが、何にしても此度の結果待ちである。

 

「リリ、楽しみだね!」

「最初は二人きりでお願いしますねティオナ様」

「もちろん! あ、リリが先で良いからね」

「ティオナ様……」

 

 当たり前という風ににっこり微笑むティオナに、この方は何て良いアマゾネスなのだろうと、リリルカは感動した。


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