英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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ある愛の女神の黄昏②

 

 

 

 

 

 

 金の動く場所には人間が集まり、人間が集まる所では更に金が動く。金が金を呼び人が人を呼ぶ。金が動く限り人が集まる限りこの流れが停滞することはない。冒険者の街オラリオはまさにこの地上世界の縮図とも言うべき場所であり、その欲望の象徴たる歓楽街もまたこの世のあらゆる欲望が渦巻くオラリオの中でも掃きだめと言えた。

 

 その掃きだめに翡翠の髪を持った一人のハイエルフが現れる。女神も嫉妬する美貌を持つ彼女に周囲のありとあらゆる存在が目を奪われるが、目端の効く者はその装いと供の多さを見て我先にと逃げ出した。翡翠の髪の美女を先頭にした女エルフの集団は、その全員がダンジョン深層もかくやというほどの完全武装をしていたからだ。

 

 その先頭に立つ翡翠の髪のハイエルフ――リヴェリアが大音声を挙げた。

 

「ロキ・ファミリア副団長、『九魔姫(ナイン・ヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴである! 女神イシュタルの眷属に告ぐ! 貴様らが拐かした『白兎』を今すぐ引き渡せ!」

「ついに『白兎』に逃げられたか行き遅れ! 歓楽街にやってきて男を返せとは、とんだ間抜け女もいたもんだね!」

 

 歓楽街はイシュタル・ファミリアの縄張りである。眷属の主構成員であるアマゾネスは歓楽街の治安維持も仕事であるので、そこかしこに監視の目が光っていた。オラリオの歓楽街が規模の割に安心して遊べるのは、彼女らがいるからこそでもある。

 

 そのアマゾネスたちはリヴェリアの宣戦布告とも言える言葉を鼻で笑って返した。お堅いエルフと奔放なアマゾネス。二つの種族が同じことについて論ずるのであれば、その結論が相容れるはずもない。アマゾネスたちの舐め切った態度にリヴェリアの連れのエルフたちが殺気立つが、当のリヴェリアが軽く右手を挙げ、それを抑えた。

 

「リヴェリア・リヨス・アールヴが女神イシュタルの眷属に再度告げる! 貴様らが拐かした我らが同胞『白兎』を今すぐここに連れて来い! さもなければ――」

 

 

 

 

「歓楽街の建物を端から吹っ飛ばす」

 

 

 

 

 

 最初の言葉が事実上の宣戦布告であれば今度の言葉は開戦の宣言である。オラリオでもトップクラスの冒険者であるリヴェリアのこれから実力行使を行うという言葉に、流石の百戦錬磨の娼婦たちも冷やかすことはできなかった。

 

 先のからかいの言葉が娼婦の論理で発せられたものなら、リヴェリアの言葉は徹頭徹尾冒険者として、引いては神の眷属として発せられたものである。完全武装をしていても所詮はパフォーマンスであるという希望を捨てきれていなかったアマゾネスたちは、ここにきてようやくリヴェリアが本気であることを――軽口にキレかけた供のエルフたちが比較にならないくらい激怒していることを理解した。

 

 歓楽街には通信のための鐘楼がいくつかある。その鐘楼に一番近かったアマゾネスが走るのとほぼ同時に底冷えのする声でリヴェリアは指示を飛ばした。

 

「行け」

 

 副団長の意を受けて、女神ロキの眷属が手近の建物に走る。押し問答をする間もあればこそ、着の身着のままで客や娼婦が建物から飛び出してくる。念入りに、建物の中に誰もいないことを確認したラウルが戻ってくると、リヴェリアは呪文を唱えだした。

 

 

【間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼きつくせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】

 

 

「レア・ラーヴァテイン!」

 

 

 リヴェリアから炎が放たれ、建物が瞬時に炭となって崩れていく。本来広域に展開するモンスターをまとめて薙ぎ払う規模の魔法を建物一つに絞って放ったのだ。おかげで建物は原型すら留めていないが、周囲に建物には多少コゲた程度の被害しかない。激怒しているくせに恐ろしいまでの集中力である。大魔法を放ってのこの結果から、アマゾネスは否応にも今晩のリヴェリア・リヨス・アールヴが過去一でイカれているということを理解した。

 

 燃やすべきものを燃やしつくした炎は既に消えている。ついさっきまで客を引き賑わっていた建物が炭になってしまったのを見て唖然としているアマゾネスと周囲の客たちに、リヴェリアは地面に強く杖を打ち鳴らした。

 

 

「私は寛大で理性的だ。次を()()のは五分待ってやる。その間に、お前たちが拐かした『白兎』をここに連れて来い! さもなければ歓楽街を更地にするぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春姫に連れられたベルは、『女主の神娼殿』のラウンジにいた。娼館にあるまじき落ち着いた雰囲気の庭園である。何故こんな場所が……と率直な疑問を浮かべるベルに、春姫は首を傾げながら答えた。

 

「お外の方が……そそる? お客様もおられるとのことで。雰囲気作りは意外と大事だと聞き及んでいます」

 

 要はプレイ用の場所である。平凡な風景も知らない人物がここでコトに及んでいたのだと思うと邪な思いが入ってならないが、今は自分のことである。その平凡な風景の中央にあるベンチに、ベルは春姫と並んで腰かけている。歓楽街の中でも『女主の神娼殿』は背が高いため、その中腹にあるこの庭園も、歓楽街にあるほとんどの建物よりは高い位置にある。

 

 そこからは人の営みが良く見えた。ベルの住む『黄昏の館』の方が高くはあるのだけれども、

立っている場所が違えば見える景色も違う。ベルが『黄昏の館』から外を見るのは、朝起きて身支度を整えている時とリヴェリアの座学が終わって部屋に戻ってきた時くらいだ。

 

 それ以外の時間は大体外にいる。この時間、宵の口。歓楽街のドギツい灯りから始まり、オラリオの夜の営みが見える。人々の生活が見える。人間もエルフも小人も狐人も、皆この灯りの中日々を生きているのだ。はぁと感嘆のため息を漏らすベルを見て、隣の春姫が上品に笑う。

 

「気に入っていただけたようで、ようございました」

 

 ふと小さく笑みを見せ、春姫は視線をオラリオへと戻す。その美しい横顔を眺めながら――ベルの視線はどうしようもなく少し下がってしまった。良い雰囲気だと思う。オラリオの夜景は美しいし隣の春姫は美人さんだ。それでも、何というかベル・クラネルというのは年若い人間の男性であるので、どうしても視線は開いた胸元に行ってしまうのだ。

 

 娼婦が卑猥なことをしてくれる職業だというのは解る。露出の高い恰好をして客の気を引くのが仕事の範疇であることも理解しているし、娼婦であるならそこに種族は問わないことも解る。ここに来るまでにアマゾネスを始め、人間の娼婦も獣人の娼婦も小人の娼婦も何だったらエルフの血を引く娼婦も見た。そこに共通しているのは自分は娼婦だという認識と、これから客を取って稼ぐのだという強い意思から見るたくましさである。

 

 往来、そういう人たちばかり見てきたので、ベルの認識では娼婦というのはそういうものだったのだが、眼前の春姫はここに来るまでに見た娼婦のお姉さんたちと共通点がまるでないのだった。

 

 経験が少ないとかそういうことではなく、ここに来るまでに見たお姉さんたちと眼前の狐人の少女は在り方がまるで違う。冒険者の装備で全身を固めても、神の恩恵を受けていない者が冒険者とは呼ばれないように、娼婦として紹介されて本人がそのように名乗っていても、ベルはどうしても春姫がそうだとは認識できなかった。

 

 では何が問題なのかと言えば、卑猥なことをするための場所でそれらしい卑猥な恰好をした、しかし自分のではないとは言えお金まで払って呼んだ少女を、娼婦と認識できない故に、どこまでやっても許されるのか、その境界が全く理解できなかったのだ。

 

 例えば大きく開いた胸元に手を突っ込んでおっぱいを触ってみたとする。人間の少年としては大興奮だ。そういうことをするための場所で、ベルは客の立場なのだから行動としてはおそらく間違っていない……はずなのだが、それをすると春姫は泣き出してしまいそうな気がする。

 

 冒険者としての危険を乗り越えるために磨かれた感性が、()この少女に手を出してはダメだと全力で警告を発している。理性では納得できる。ベル・クラネルという少年にとってこういう営みは愛があってするものなのだ。お金で一時の快楽を求めてするものではないのだ。こういう場所を全否定するようで気おくれもするが、そうあってほしいという理想なのだから曲げるもなにもない。ベルの希望はそうなのだ。

 

 だが本能はそうは言っていない。煽情的な恰好をした自分好みの美少女が、どうぞどうぞという体で隣に座っているのである。おっぱいの一つも揉んで――そこまで大それたことはしなくても、こうせめて触ってみたいと思うのは男心ではないだろうか。

 

 春姫がベルを見る。理性と本能が戦っている真っ最中とはつゆにも思わず、何やら難しい顔をしているベルににこりとほほ笑みかけた。男を恋に落とす美少女っぷりである。それでベルは心を固めた。触ろう。一回くらいは触りたい。本能が理性に勝った瞬間である。こういうことは勢いだ。決意が鈍らぬうちに、春姫の気の変わらないうちにいざ、と手を伸ばしたその瞬間、轟音が大気を揺るがした。

 

 ベルが春姫を押し倒したのは反射的なことである。押し倒した春姫と地面を転がり、爆音から隠れるようにベンチの影に転がり込む。驚いたのは春姫だ。そういうものだと心構えを持ってはいたがいざ殿方に押し倒されると身体が竦んでしまった。これでは娼婦失格である。

 

 部屋にお布団まで用意したのにまさか外で……轟音は春姫の耳にも届いていたが、一瞬で忘却の彼方である。自分を押し倒した殿方は今どんな顔をしているのだろう。抱きしめられた腕の中でそっと見上げると、そこには真剣な顔で彼方を見つめる男の顔があった。

 

 その横顔に春姫は視線を奪われた。自分を買ったお客様は、年齢の近い人間の男性だった。少年と表現した方が近いかもしれない。愛嬌のある童顔で、冒険者と言われても武器を持ちダンジョンに潜るのがイマイチ想像がつかない、そんな風貌の少年が今、冒険者の顔をしていた。

 

 胸が締め付けられ、頬が朱に染まる。凛々しいお顔……と呆然としている春姫を、先ほどまで邪な気持ちで見つめていたベルは思考の彼方に追いやっていた。轟音と同時に鐘の音が聞こえてくる。ギルドが定めた冒険者の通信用の符丁に依れば、

 

『北東 襲撃 戦闘態勢 救援乞う』

 

 聞き間違いかと耳を澄ませるが、同じ内容の音が更に二度聞こえたことでベルは事態の深刻さを理解した。

 

 宵の口、冒険者でない者も多くいるこの時間帯に、イシュタル・ファミリアが縄張りとする歓楽街に襲撃をかけてきた。冒険者の、それも高レベルを複数抱えグループに違いない。イシュタル・ファミリアも迎撃はしているようだが、鐘の内容を聞くに排除できていないようである。救援を求めている以上、初動に当たった部隊は拮抗しているか押され気味なのだろう。

 

 轟音は一度。最低でも魔法使いが一人はいる。魔法で建物を吹っ飛ばしたのだろうか。何て野蛮な魔法使いなんだろう。うちのリヴェリア様を見習ってほしいと思いつつ、ベルは冒険者としての思考で冷静に自分の取るべき行動を判断した。

 

 ベルの判断は『退避』である。

 

 鐘を打ったのもイシュタルの眷属であれば、救援はイシュタル・ファミリア他、歓楽街に常駐している冒険者に向けられたもの。つまり身内に向けてのものであり、部外者の介入は想定していないどころか歓迎もしていないものと思われる。

 

 一人の冒険者として一般人を巻き込みかねない状況で私闘を始めた魔法使いに思う所がないではないが、武装もおいてきたこの状況で堂々と私闘を仕掛けるような冒険者相手に挑む程ベルは向こう見ずではないつもりである。冒険者は冒険してはいけないのだ。

 

 何をするにもまずは自分と春姫の安全の確保。それでも介入するべきと判断するなら情報の収集である。建物を魔法で吹っ飛ばすような野蛮な魔法使いの襲撃を受けているのだ。できる限り急いで避難しなければ危ないのだが、そこでようやくベルは『女主の神娼殿』に詰める娼婦ならイシュタルの眷属で冒険者なのではという可能性に思い至った。

 

 ベルは今レベル3である。冒険者の75%がレベル2以下であることを考えると上の方と言っても差し支えないが、逆に言えば冒険者の四人に一人は自分と同等以上の力を持っているということでもあった。

 

 特に女の冒険者は見た目に依らない強さを持っていることが多いので、娼婦ではあるがアマゾネスでないからと言って自分が守らなければならないようなか弱い人、ということにはならないかもしれない。自分よりもレベルが高かったら赤っ恥も良い所である。

 

 冒険者のレベルというのは概ね自分から名乗るもので、レベルを尋ねる行為はマナー違反とまでは言わないが歓迎はされない。今は娼館にやってきた客と娼婦の関係である。緊急事態とは言えここで冒険の話を持ち出して良いものか悩んだベルがちらと春姫を見やると、視線を受け止めた春姫はわたわた視線を彷徨わせた末にぎゅっと力強く目を閉じて顎を上げた。

 

 一体何が起こっているのか。理解の及ばないベルが固まっていると、何を思ったのか春姫はえいと小さく気合を入れてベルの首に腕を回した。突然の行動にベルがぎょっとする。

 

「春姫さんっ!?」

「ご安心ください! 経験の浅いダメ狐ではございますがこれでも娼婦です! お客様のご期待には応えてみせますっ!!」

「期待どうこういうのであればとりあえずどこか別の場所に行った方が……」

「春姫は! お外でも! 問題ありません!」

 

 変な方向に覚悟が固まってしまってどうしようもない。抱き着かれているせいか春姫の良いにおいで頭がくらくらするが、素面の状態で煩悩に負けて危険を看過するようでは冒険者として命がいくつあっても足りない。理性と煩悩ならば煩悩が勝つことが往々にしてあるのが冒険者であるが、理性に危機感が加わると煩悩など凌駕するのだ。危機感のない人間に冒険などできるはずもないのである。

 

 組みついてきた春姫の力は意外と弱い。懸念の通り春姫が自分よりもレベルが高かったら最悪ここでいたすしかなかった所であるが、これなら担いで逃げることも可能だ。お外でいたすということに未練が激しくあるが、変装までして入った娼館でトラブルに巻き込まれて衆目にさらされるのは御免である。

 

 娼婦を担いで娼館を走り回るというのもそれはそれで特殊なプレイのような気がするが、ここは緊急事態なので由とする。善は急げと春姫の膝に腕を回そうと姿勢を変えようとして――ベルは初めて庭園に自分たち以外の存在がいることに気づいた。

 

 一体いつからそこにいたのか。地面に突き立てた大剣に手をかけてにやにや面白そうに自分たちを眺めていた。ベルが気づいたことに気づいたそのアマゾネスの女性は、両掌をベルに向けてどうぞ続けてと無言で促してくる。

 

 あんな感じでおっぱい触ろうとしていた所も眺められていたのかと思うと死にたくなる。ここで更に恥の上塗りは御免だと、ベルは春姫の頬をつかむと半ば無理やり女性の方を向けた。

 

 春姫もきつく閉じていた目を開き女性を見た。すると、言葉にならない悲鳴を挙げてその場ですてんとひっくり返ってしまった。慌てて春姫を抱き起すベルに、女性の笑い声が響く。

 

「お前がここまでガツガツ行けるとは思わなかったよ。意外と娼婦に向いてるんじゃないか? それともそこな坊主がよほど好みだったか」

「こ、好みなんて……」

「そこで色気のある言葉が吐けない内はまだまだ半人前だな。さて、あたしはアイシャ・ベルカ。まだ延長の確認が入るような時間じゃないんだが、こっちも立て込んでてね。悪いんだが『白兎』あんたにはここで死んでもらうことになった」

「一体またどうして」

「お前は関わりないことだと思うが上の事情が絡んでてね。こっちも、お前を誘拐してここに連れてきた手前、話が大きくなり過ぎるのも困るんだ」

 

 武装した冒険者に剣呑な雰囲気。刃傷沙汰になる気配は肌身に感じるが、それ以上に事情が見えてこない。誘拐したというのは一体どういうことなんだろう。上の事情があるというのは本当のことなのだろうが、どうにも行き違いがあるような気がする。

 

 名前を偽ってこういう所に遊びに来た以上ベルの方にも後ろ暗いことがあるのは事実だが、それでイシュタル・ファミリアの副団長が、武装してまでやってくるというのは理解ができない。

 

 弁解、はしても意味がないだろう。立場のある人が武装してここまできた。それにどういう訳だが身元までバレている。加えて、歓楽街は今襲撃を受けており、顔役であるイシュタル・ファミリアはその対応に動かねばならない。

 

 それにも関わらず、戦力的にも重要な位置にいるはずの副団長が武装してここに来て、死んでもらうとまで言っている。解せないことはあっても、本気なのは見て取れる。

 

「待ってくださいアイシャ様! この方は『白兎』様ではありません!」

「娼館で偽名を使うなんて客にも娼婦にもよくあることさ。特に男の客はね」

 

 装置を解くと本来のベルの姿が露になる。白い髪に赤い目。音に聞く冒険者『白兎』の特徴に春姫が目を丸くする。

 

「見逃してもらうという訳にはいきませんか?」

 

 無駄な問と理解しながら、ベルはアイシャに問いかける。その間も、視線は静かに周囲の確認を始めていた。高層階ではあるが飛び降りられない高さではない。相手の『本拠地』であるが今は襲撃の最中。爆発した方へ団員が向かっているのを感じるに、普段よりも眷属は少ない……はずだ。

 

 自分よりも高位の冒険者と真剣に戦う機会。ベル個人として戦いたいが、武装もなくまして敵地で緊急時。逃げるのが最善だろう。逃げ切れる確証はないが、勝ち目の薄い場所で勝ち目の薄い戦いをするのは冒険心が強すぎる。戦うのは最後の手段にするべきだ。

 

「話題の冒険者を逃がしたとあっちゃ娼婦の名折れさ。見た目の通り私は床上手でね。かの『白兎』にも満足してもらえると思うよ?」

「遊びに来たのは事実なので、本当に遊んでもらえるならそれでも良かったんですが、できればその武器から手を放してくれませんか?」

「こういう場所で、私は娼婦だ。初体験で冒険するってのも悪くないんじゃないかい?」

「冒険者は冒険してはいけないと、ギルドの担当の人に言われてるもので」

「生真面目な女、種族はエルフ……多分ハーフだね。年はお前と大して変わらないだろう。十九ってとこじゃないか?」

「…………」

「娼館で遊ぶなら、もう少し肝を太くしておきな。何でもかんでも顔に出してたら、骨も残さず女に食われちまうよ」

「肝に銘じておきます」

 

 苦笑と共に春姫から離れ、アマゾネスに向かい合う。あちらは完全武装、こちらは平服。不利を通り越して無謀の領域である。せめて装備があればと思うが、今日はダンジョンには行かないということで部屋に置いてある運搬も可能な装備箱に入れてきてしまった。アテナ・ファミリアに行った際に仲良くなったレグルスくんから勧められたもので持ち主の身体の大きさや装備品種類や数によって中身をカスタマイズできるという優れものだ。

 

 あの箱一つあれば当面の体勢は整うのだ。あの箱があれば……というベルの思考を遮るように天から降ってきた何かがベルの近くに着弾した。轟音と共に土煙が舞い上がる。襲撃を警戒していたベルは当然の行動として春姫を庇う位置に移動するが、対するアイシャは気安い顔だ。

 

 これも予定の内なのだろうか。それでは()()は一体何なのだろう。疑念と深まる中軽土煙が収まると、そこにはベルが脳裏に思い描いていた獅子の図柄が刻印された銅色の装備箱があった。思わず天を見上げる。快晴だ。雲がないではないが、装備箱が降ってきそうな空模様ではない。

 

 理解が及ばないベルに対し、どういう訳かアマゾネスの理解は早い。からから笑った彼女は大剣を収めて、装備箱を示す。

 

「ほー、装備が降ってくるとは天もたまには気の利いた天気にするもんだ。先輩としての礼儀だ。それつけるまでは待ってやるよ」

 

 待ってくれるなら見逃してほしいものだ。春姫を連れて逃げられないか。隙を探してみるが眼前のアマゾネスには隙がない。ティオナほどではなさそうだが少なくとも自分よりはレベルが上のように見える。逃げられないのであれば戦うより他はない。

 

 観念したベルは装備箱を開け、装備を身に着ける。レフィーヤから貰った防刃シャツは別に保管してあるので、今の服の上から身に着ける。普段着とは言え冒険者の着るものだ。普通の人が着るようなものよりは頑丈であるが、ダンジョンに潜るには、もっと言えば自分より高位の冒険者と戦うには心もとない。

 

 どうせなら予備の服も突っ込んでおこうと心に決めたベルは、剣帯に全ての武器を通した。左の腰に『紅椿』右の腰に『果てしなき蒼』を吊るし、魔剣『不滅ノ炎』も一緒に右に吊るす。以前は背中に着けていたが、転がる時に邪魔になるということで小太刀と一緒に横に着けることにしたのだ。

 

 フル装備となったベルは身体の感触を確かめるように二度三度飛び跳ねる。ここが娼館で相手が戦闘娼婦であるということを考えなければ感触は悪くない。

 

「まぁまぁの男っぷりだね」

「お褒めいただきありがとうございます」

「私も娼婦だ。宵の口、男とするのが武器を持った戦いってのも無粋で仕方がないんだが……これも仕事だ。諦めておくれよ。その代わりお互い生きていたら、ロハでサービスしてやる」

「楽しみにしておきます」

 

 

 

 

「イシュタル・ファミリア()()()()()()()、『麗傑(アンティアネイラ)』アイシャ・ベルカ」

「ロキ・ファミリア、レベル3、『白兎』ベル・クラネル」

 

 

 

「夜はまだ始まったばかりだ! イシュタル・ファミリアのアマゾネスの手管、存分に楽しんでいきな!」

 

 

 

 

 

 


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