英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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『戦争遊戯』⑥

 

 

 

 

 

 

 

 ぞろぞろとフレイヤ・ファミリアの冒険者たちを引き連れてオラリオに帰還したベルを出迎えたのは、人々の大歓声だった。行く手を阻むことはないが、誰もが通りに並び『白兎』ベル・クラネルを称えていた。中にはこのクソヤローと罵声を浴びせる者もいる。賭けに少なくない額を突っ込んで大損した冒険者たちだが、彼らも一様に笑顔を浮かべていた。

 

 レベル2の冒険者がレベル3の冒険者を倒したのだ。レベル差が絶対と言われているこの世界で、それを覆す偉業を成した者を称えない冒険者などいない。信じる神も種族も何もかも異なる者たちが自分を褒めてくれている。英雄になることを夢見て故郷を出て、冒険者になってまだ日の浅い少年にとって、目の前の光景は信じがたいものだった。

 

 今さっき自分が成したことが夢だったのではないかと頬をつねってみるが、痛みがあるだけで目は覚めない。どうもこれは現実であるらしい。自分がここまで褒められることがあって良いのか。ベルは興奮しつつも猛烈な不安に襲われるという複雑な精神状態になっていた。顔を青くしたり赤くしたり忙しいベルを横目に見た椿は、その初々しさに苦笑を浮かべる。

 

 これ以上姿を衆目に晒したくはないとオラリオに戻る途中でリューは何処へと姿を消してしまった。此度の主役の隣を歩く栄誉は椿一人のものとなっている。これはこれで気分は良いが、この二週間付きっ切りでベルの修行に付き合ったのはリューだ。

 

 あれだけ実直な女である。しかも少し煽られただけで自分から唇を奪いに行くだけの行動力のあるエルフだ。本音を言えば共に歩き、ベルを褒めてやりたかったに違いない。苦楽を共にし栄誉を勝ち取った。先んじてやりたいという思いも当然あるが、冒険者であるならば正当な報酬は受け取るべきだ。

 

 これは一つ借りであるな、と椿はリューに後で埋め合わせを押し付けることに決めた。

 

 そんな椿の内心を知らないベルは、戦っていた時よりもがりがりと精神力を削られながら視線を彷徨わせていた。バベルに向かうまでの道には多くの者がいたが一番顔を見たい人たちがいなかったからだ。

 

「『戦争遊戯』の終結はまだ宣言されておらんからの。主がロキたちに報告を済ませるまでは、姿を見せる訳にはいかんのだろう。バベルで用事が済んだら黄昏の館まで走って戻るのだな。この百倍は手荒い歓迎をしてくれるだろうから、楽しみにしておれ」

「それは……楽しみですね」

 

 この百倍となればショック死しそうではあるが、それで死ぬなら幸せかもなとベルは思った。自分の活躍を仲間が褒めてくれる。想像するだけでこんなにも嬉しいのだ。きっと楽しい時間になるのだろう。久しぶりに皆の顔が見たい。ベルの脳裏にはレフィーヤやリヴェリアなど、ロキ・ファミリアの仲間たちの顔が次々に浮かんでくる。

 

 話したいことが沢山ある。聞いてほしいことが山ほどある。顔が浮かんでしまうと、もう会いたくて会いたくて仕方がなくなってしまうが、自分にはまだすべきことがあると、バベルの影を見て思い直した。

 

 オラリオの中心部に立つ巨大建造物である。ダンジョンに蓋をするように建てられた世界でも最高の建造物とされているが、ベルにはいまいちピンとこない。人間、理解を超えるとすごいとか沢山とか大雑把な尺度でしか物を理解できなくなるものだ。

 

 ベルにとってのバベルはもはやその領域にあり、そのカテゴリーはガネーシャ・ファミリアの本拠地(アイ・アム・ガネーシャ)と同じ所にある。バベルを設計した神様がいるとすれば憤死しかねない感想であるが、尺度が根本的に異なる者の感想などそんなものである。

 

 ベル以外の全員が、足を止めた。一人先に歩かされてしまったベルは、不安と共に振り返る。ここまで一緒に来てくれたのに、どうしていきなりこんな意地悪を……内心をありありと浮かんだベルの表情に、椿は母性本能がものすごくくすぐられるのを感じていたが、心を鬼にして言う。

 

「ここから先に入れるのは神とそれに招かれた者のみだ。手前たちは同行できぬ。一人で栄誉を受けてくるが良い」

「その……椿さん。色々とありがとうございました」

「良いってことよ。礼は後でたんまり受け取ってやる故、忘れんようにな」

「はい。その時は改めて」

 

 フレイヤ・ファミリアの団員たちの前に歩み出る。『猛者』オッタルを先頭にずらりと並ぶ冒険者たちの迫力にひるみそうになるが、意を決したベルは彼らの前で深々と頭を下げた。

 

「此度はありがとうございました。この御恩は忘れません」

「神命である。我らに感謝する必要はない」

「それでも、助けてくれました。重ね重ね、ありがとうございます!」

 

 オッタルを始め、神フレイヤの眷属たちは答えない。神命である。それが彼らにとっては全てなのだ。女神の寵愛を集めているベルは憎悪の対象でさえあったが、眷属が彼を憎むことを女神は由としないだろう。彼らの全ては女神のためにある。女神がそう望むのであれば、そうするのが彼らの務めであり望みだ。

 

 つまり、仲良くせよと命じられぬ限り『白兎』と仲良くしてやる道理はない。彼らはこれっぽっちもベルからの感謝を欲してなどいなかったのだが、良くも悪くも鈍感であるベルにその機微は伝わらない。それでもベルはもう一度深々と頭を下げて踵を返した。その背中が見えなくなると、眷属たちは隊列を組み直した。

 

 ベル・クラネルの援軍という神命は果たした。ならば本拠地へと戻るのみである。団長であるオッタルは隊伍を組む時、先頭を歩く義務がある。隊列が組みなおされたのを見届けたオッタルが移動しようとした矢先、

 

「のお」

 

 ヘファイストス・ファミリア団長、椿・コルブランドがその背に声をかけた。神命を果たした今、ここにとどまる理由はない。その辺の名もない冒険者であれば無視しただろうが、椿・コルブランドという名前は無視するには大きすぎた。仏頂面に僅かな怒気を込めて、オッタルは振り返る。並の冒険者であればその顔を見ただけで委縮してしまうだろうが、椿とて第一級相当の冒険者、気性の荒い鍛冶師たちの頭目である。

 

 見上げる程巨大な猪人を前にも全く物怖じしない。大きな胸を誇示するように張った椿は、ん、と気息を整えながらオッタルの前に立った。

 

「手前からも礼を言いたい。『白兎』めを助けてくれて感謝する。正式な礼は日を改めて主神と共に行う故に、神フレイヤにもそのように伝えていただきたい」

「承ろう。確かに我らが女神に伝える」

 

 話は終わりと言ったつもりはないのだが、それで義理は果たしたとばかりにオッタルは話を打ち切り、眷属たちと共にバベルを後にした。残された椿は、一人で途方に暮れる。共に戦ったリュー・リオンは行方が知れない。主神であるヘファイストスは上にいるだろう。ベルをからかい倒してやりたい気分だが、降りてきた彼を拘束しても良いのは、同じ旗を仰ぎ見るロキの眷属たちのみだ。

 

 そこに混ざるような無粋な真似を椿は好まなかった。気持ち的には不完全燃焼も良い所だったが、これもまた一興と気合を入れなおして、椿はバベルを後にした。ベルをからかい倒すのはまた後で良い。流石に今からリューを捕まえるのは無理だろう。

 

 ならば本拠地に戻り、飯を食い、酒をかっくらって泥のように眠るに限る。一人が寂しければ、昨日の今日だ。血沸き肉躍る戦いに興奮した鍛冶師どもが多くいるに違いない。適当に彼らを捕まえて酒盛りの二つ三つをするのも良いだろう。それなりに良い仕事をしたヴェルフを褒めてやるのも良い。

 

 とりあえず、ベルを援護するという椿・コルブランドのやるべきことは終了した。寝て起きたら次の準備だ。普段は頼まれても参加する催しものではないが、主役がベルというのであれば参加するのも吝かではない。リュー・リオンはこないだろうから、共に戦った仲間として彼を独占できるまたとない機会だ。

 

 自らの意思で着飾るなど何年振りのことだろうか。年頃の娘のように心弾ませながら、椿は本拠地に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレベータを降り、広いホールを抜けると、大きな大きな両開きのドアがあった。学のない地上の子供でも一目でわかる。これは地上の子供が本来踏み入ってはいけない場所だ。その扉の前に立つのは――

 

「ベルーっ!!」

 

 敬愛すべき赤毛の神様だった。飛びついて頬ずりしてくる主神様に、年頃の少年であるところのベルは羞恥で固まってしまった。ここが『黄昏の館』にある主神の部屋であれば多少のことでもされるがままだが、外でされるのは気恥ずかしさが勝る。

 

 例えギャラリーが一人もいなくても、ここは神々のみが足を踏み入れることを許されるバベル上層部だ。そういう神聖な場所でこういうことをするのは不謹慎なのではと思うが、当事者の片割れが神様であると許されるのかもしれない。しかも自分は彼女の眷属であるから、猶更問題がない。

 

 それに気づいてしまうと抵抗する気も起きない。されるがままにされるのが眷属の義務というものだ。

 

「ようがんばったなぁ。ウチはベルのことを誇りに思うで」

「僕の力なんて……リューさんや椿さんは元より、フレイヤ・ファミリアの皆さんにも沢山助けていただきましたし」

「それでも最後に戦ったのはベルやんか。他の誰が何言うても気にしたらあかんで。ウチが頑張った言うんやから、それは正しいんや。まぁ、今のオラリオにベルのことバカにする奴はそうおらんやろうけども……」

 

 ぼそっとつぶやかれたロキの言葉に、ベルは首を傾げる。冒険者歴の短いベルは『戦争遊戯』が普段どう行われているのかを知らない。今回の『戦争遊戯』はオラリオの外で行われた訳だが、まさか自分が戦っている様子がオラリオでも見られていたとは夢にも思っていない。

 

 ここ最近の成長株ということで冒険者の間で話題になっていたベルだったが、今回の『戦争遊戯』の中継で冒険者やギルド関係者以外にも顔と名前が知られる様になった。しかも勝利者であり、種族のるつぼであるオラリオでも特徴的な白髪赤目の人間種族である。

 

 ロキの独り言はそんなベルの将来を若干心配してのものだ。ロキ・ファミリア所属であり、リヴェリア・リヨス・アールヴのお気に入りである。時の人とは言えまさかそんなベルにちょっかいをかける者がいるとも思えないが、そのまさかの事態が発端となり今回の『戦争遊戯』へと発展した。

 

 現状、ロキはフレイヤとは協定を結んでいる状態だが、ベルのことを考えるのであればもう少し顔を突き合わせて話し合いをする必要があるだろう。旧知の仲である。仲も決して悪いものではないが、口の上手さには自信のあるロキもフレイヤを相手にするのは聊か難儀する。付き合いが長く地元が同じこともあり、他の神々よりも手の内が知られているのも問題だ。

 

 だがまぁ、今はベルのことだ。あのフレイヤもまさか勝利者であるベルの晴れ舞台を台無しにするような真似はするまい。冒険者としてのベルはまさしくこれからだが、ベル・クラネルの人生を一つの戯曲とするのであればこれからの数時間は一つの山場となるだろう。

 

 人が神を見下ろす機会などそうあるものではない。『神会』の許可を得た子供が、神へと沙汰を下す。オラリオの歴史の中でも他に例のない娯楽に飢える神々としても楽しみにしている娯楽だ。その主役を自分の眷属が担えることに、ロキは大いに満足していた。

 

 これを機に、ベルは更に冒険者として成長していくだろう。レベルも上がるはずだ。その飛躍の一助となったのであれば、忌々しいアポロンの言動も全て許せる気がした。

 

「さ、準備ができてへんでも行くで。ここが今日、ベルの晴れ舞台や!」

 

 普段は神々しか踏み入れない場所に、ベルは人間として足を踏み入れた。中央に巨大な円卓があり、その周囲にずらりと並んだ椅子には全て神々が腰を下ろしている。男神もいる女神もいる。子供のように見える者から、老人のように見える者もいる。その全てが神であると思うと、ベルの呼吸も不規則になる。

 

 常日頃から神に接している冒険者であるが、それが束になると迫力もまた違った。その存在感に、自分との差をひしひしと肌で感じる。

 

 その中に、一柱だけ床に膝をつけている者がいた。ベルにも見覚えがある。神アポロン。『戦争遊戯』で戦ったヒュアキントスたちの主神である。誰もが振り返るような金髪の偉丈夫は、今は力なく項垂れている。敗戦の将なのだからそれも当然と言えば当然なのだが、神々の雰囲気と自分に向けられる視線から察するにただそれだけではないように思えた。

 

 何か、自分の想像の埒外なことを期待されている。本能的にそれを察知したベルは、更に身体をこわばらせるが、それを見て取ったロキがパンパンと手を叩く。

 

「ほらほらほらほら、ウチのベルが固まっとるやろ。もっとにこやかにいこうや! 勝者を脅してどないすんねん!」

 

 ロキの音頭に神々の視線が散る。それでも注視されないというだけで意識はされている。やはり神様となると視線にさえ力が宿るのだろう。強者にはオーラが見えるというが、それの視線版だと思えばこの居心地の悪さにも納得ができた。

 

 ベルと会場が落ち着くのを待ち、ロキは満足そうに薄い胸を張った。そして床で項垂れているアポロンをベルに顎で示す。

 

「さ、ベル。今から少しだけお前の言葉は『神会』の言葉や。何を言うても罰せられたりすることはないから、このアホンダラに好きなこと言ったり!」

 

 何故、という問いはベルの口から出てこなかった。他の神々が何も文句を言ってこないことから、それがベルの知らない所で話がついていることは察せられた。

 

 おそらくこれが『戦争遊戯』の賞品なのだろう。地上の子供が神に直接命令できる権利となれば、ベルの立場とレベルを考えれば破格の報酬である。

 

 ついでに神々が何故自分を注視しているのかも、ベルなりに理解できた。神様は娯楽に飢えているという。子供が神様に命令することなどそうあるものではないし、珍しいことが娯楽になるのは子供でも神様でも一緒なのだろう。

 

 神々の無聊を慰める足しになるのならそれはそれで良いことだが、好きに言えと言われてもベルには良く知りもしない特に恨みもない神様に言いたいことなど何もない。

 

「えーっと……そういえばあの娘のことなんですけど」

「どの娘や?」

「ほら、『戦争遊戯』をやる切っ掛けになった小人の……」

 

 ベルの言葉にロキは本格的に首を傾げた。全く心当たりのない様子に、もしやあの娘は僕の妄想の産物だったのではと不安になるベルだったが、それにヘルメスが助け舟を出す。

 

「手癖の悪いソーマの眷属だろ? 君の所で預かってるって聞いたぜ?」

「ああ、そんな娘もおったなぁ……その娘がどないしたん?」

「その娘の借金……がどれだけあるのか知りませんけど、それを棒引きしてもらうというのはどうでしょうか」

 

 ベルの提案に、神々は沈黙した。金子の要求というのは如何にも子供らしい俗物的な発想であるが、それを『戦争遊戯』の商品にされるのはどうかと思ったのだ。普通の人間には大金でも冒険者からすればそうではない。まして『戦争遊戯』の勝者が何でも言っていいと言われた末の言葉だ。

 

 何でも良いと言ったのは神々なのだから何を言われた所で文句をつける筋合いはないのだが、それが端金とあってはどうにも締まらない。

 

「そんくらいウチが何とかしたるから他のにしい」

「そうですか? それじゃあ……一緒に戦ってくれた人たちも呼んで宴会をしたいんですけど」

「それもウチが何とかしたるからもっと他のにしいや!」

 

 自分がベルの立場であったら相手の懐の限界まで毟り取るというのに、この子は何でこんなにも欲がないんやろとロキは内心で首を傾げた。とは言え、その欲のなさもベルの魅力と言えた。所謂良い人な神などは、ベルの無欲さに感心している所である。

 

「それなら……」

 

 結局、うんうんその場で唸っていたベルは考えに考えた末と言った様子で自分の願望を口にした。

 

「僕は今日、貴方の眷属と戦いました。と言っても、僕が戦ったのはヒュアキントスさんだけですけど……それでも今日のこの戦いのために、沢山準備をして真剣に臨んだと思うんです。それがこんな結果になってしまった訳で……」

 

 ベルは苦しそうな表情をする。倒した相手を慮っているのだろう。間違っても勝者がする顔ではない。主神としてロキは自分の子がそんな表情をしていることに耐えがたい苦痛を味わっていたが、空気を読んだ他の神が彼女が怒鳴り声を上げるのを寸での所で止めた。

 

「勝った僕が言うのもおかしいかもしれませんけど、その……ヒュアキントスさんたちを怒らないであげてくれませんか? 本拠地に戻ったら、よくやったなって褒めてあげてほしいんです」

 

 『白兎』の口から出てくるのは何とも殊勝な言葉だった。自分本位な者の多い冒険者にあっても、同じ主神を信じる眷属を大事にする者は多い。彼ら彼女らは共に戦う仲間であり命を預ける戦友だからだ。同じ冒険者ということで共感を覚えることはあるだろうが、それを理由に連帯したりはしない。

 

 命を預けるに足る理由というのは、定命の子供にとってそうあるものではない。精神性が優れている者も中にはいるが、それにしても昨日今日出会った人間のために、神からもたらされた権利を自分でも仲間でもなく、今日今まで戦っていた敵のために使うというのは、前代未聞だ。

 

 自分の名誉のためにそれを言ったというのならば理解できる。名誉というのは金銭と一緒で、地上の子供が命を張るに足る理由となるものだし、即物的だと納得もできる。

 

 しかし、地上の子供の嘘を見抜くことのできる神々の目と耳をして、ベルの言葉に嘘や欺瞞は全く感じられなかった。この年若い『白兎』は純然たる気持ちで、敵方の冒険者のことを案じているのである。

 

 長い長い溜息がアポロンの口から漏れた。膝をついたままの視線で床をじっと見つめていた金髪の偉丈夫は、ゆっくりと顔を上げる。

 

「何億年生きても、学ぶことはあるものだね、ロキ」

「高い授業料やったな、アポロン」

「なに、これで済んだのならば安いものだよ。私はもう少しで一番大切なものを失う所だった。でも、本当に良いのかいベルくん。君は子供の身で中々の犠牲を支払っただろう。それに見合った報酬が得られていると、僕は思えないのだが……」

「とんでもないです。僕はもうこの戦いで沢山の物を得ました。そのお気持ちだけで十分です、神様」

「聞いたかフレイヤ!? あれウチの子やぞ!!」

「……だから貴女は昔からモテないのよ、ロキ」

 

 目に涙を浮かべながらウザ絡みするロキを、フレイヤが面倒くさそうにあしらっている。それでも億年単位で関係を続けているのだから仲良しではあるのだ。組織としても個人としても対立することが多い二柱であるがこと最近に至るまで関係が切れる程の反目をしたことはない。タイプが完全に違っても波長が合うことはあるのだという良い見本である。

 

 先の言葉が『白兎』ベル・クラネルの願いである。ならば『神会』に否やはない。『戦争遊戯』の勝者として『神会』の音頭を取っていたロキが宣言する。

 

「『白兎』ベル・クラネルの願い、確かに『神会』が承った。以降、これは『神会』の理念に沿い、忠実に履行されるものとする。アポロン、異論はないな?」

「是非もない。『神会』と『白兎』の寛大な対応に感謝する」

 

 頭を下げ、ようやくアポロンは立ち上がった。ベルに視線を向けるが、すぐに逸らす。感謝の言葉はいくら尽くしても足りないが、それをしたところで彼が言うことは一つである。それはアポロンにとって自身の願望であると同時に、『戦争遊戯』の勝利者である彼の願いでもある。

 

「それじゃあ、僕はもう行っても良いかな。ヒュアキントスたちに言ってやりたいことが沢山あるんだ」

「ええてええて。行ってやり言ってやり。細かい話は明日でええから」

 

 どこか晴れ晴れとした様子のアポロンはロキに小さく頭を下げると、その後ろに立っていたフレイヤに視線を向けた。様々な感情を含んだその視線に、フレイヤは笑みを返すだけである。遺恨は残った。お互いに言いたいことは山ほどあったが、地上の子供であるベルの願いによって事態は一応の決着を見た。

 

 ファミリア規模で言えば、アポロンが一方的に損をした形になるが、ベルに言った様に彼は失うはずだったものを失わず、得難いものを得ることができた。恨み言はいくら吐き出しても言い足りないが、それを口にするのは無粋というものだろう。それは自分と眷属の誇りを貶める行為であり、勝者であるベルの名誉を汚すことになる。

 

 視線が交錯したのは一瞬である。それでフレイヤから視線を外すとアポロンは部屋を出ていった。部屋に入った時とは異なる晴れ晴れとしたその背中に、ベルはべルで暖かい気持ちになっていた。やはり神様と眷属は仲良くしていてほしいものである。それは他所の神と眷属でも同じことだ。

 

「さ、ベルはベルで話してやらなあかん連中が沢山おるやろ。リヴェリアなんて首ながーくして待っとるから、沢山甘えたりや」

「甘えるってどうしたら……」

「言葉なんていらん! 何というかもう、ほら、ぎゅーってしたり! ウチが許す!」

 

 自分の眷属が仲良くしている所を想像しているのか、早くもロキは頬が緩んでいた。彼女はそれで良いだろう。彼女は主神であり、多くの眷属を従える立場であり、仲良くしている眷属を見守る側だ。

 

 問題なのは眷属であるベルの方だ。あくまで許可であり命令ではない。ヒュアキントスが決意を断固として守ろうとしたそれよりも大分優しいものであるが、主神の希望をなるべく叶えるのも、眷属の役目というものだ。

 

 ロキ・ファミリアはロキの願望を反映して、女性の比率の方が高い。それでなくても、ベルの周辺は女性比率100%だ。必然的に、ぎゅーっとするのはその内の誰かということになる。

 

 想像して、絶句した。誰が相手でもハードルが高い。知った仲とは言え、一体どんな顔をしてぎゅーってさせてくださいと言えば良いのか。羞恥と興奮から思考がぐるぐると回りだす。

 

 そんなベルを見て、狡知の神(ロキ)はくふふと微笑んでいた。

 




この後黄昏の館に戻って当日の話がもう少し続きます。
後は戦後処理という名の宴会パーティをやった後、怪物祭編となります。
いわゆるデート回。相手は誰にしよう……

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