英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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その頃、道化師の眷属たちは①

 

 

 

 ベル・クラネルが人気のない場所で秘密裏に、金髪ブルマスクエルフと褐色サラシ巨乳ハーフドワーフに喜んで半殺しにされている頃、オラリオの空気は少なくとも表面上は、不穏なものとなっていた。

 

 此度の『戦争遊戯』が出来レースであることをアポロンを除いた全ての神が知っていたが、余人はそうではない。大多数の子供は勿論知らなかったし、冒険者の中でも知っているのは極々一部のみ。その情報が直接漏れることはないから、先に待っているのが出来レースだとしても、表面上はどうしても不穏な気配にならざるを得ないのだ。

 

 街に不穏な空気が流れていても、大半の神はそれを気にしなかった。何より退屈を嫌う神々は、『神会』から二週間後に設定された『戦争遊戯』という名前の、一方的で愉快な蹂躙劇を今か今かと楽しみにしていたからである。

 

 神々が警戒しているのは『戦争遊戯』が流れてしまうことだ。

 

 出来レースであるという事実がアポロンに知られてしまえば、彼は当然脱兎のごとくオラリオから逃げてしまうだろう。全ての決定権は『神会』が握っているため、謀であると気づいてもアポロン一柱ではどうすることもできない。打てる手は逃げることだけ……ならばそういう時こそ、恩を高く売るチャンスであると考える神もないではなかったが、出来レースと決まった段階で打算的な話は既に戦後のことへと移りつつある。

 

 アポロン・ファミリアを丸裸にするとして、それを叩きのめして発生する収入は当事者たちで山分けということになる。一番の功労者は間違いなくベル・クラネルになるだろうが、個人で取れる量などたかが知れている。筆頭は当事ファミリアであるロキ・ファミリア。それに付き合うことになってしまったフレイヤ・ファミリアが追従する形となるだろう。

 

 彼らはアポロン・ファミリアを逃がさないために、赤字覚悟で芝居を打とうとしている。事の展開によってはギルドに莫大な金額を払わなくてはならないのだが、全てが悪い方向に傾いた場合、制裁金一つでファミリアが大きく傾く。『戦争遊戯』後の軟着陸は、二大ファミリアにとっては最低条件。後はどれだけ毟り取れるかの勝負なのだ。下手を打って取り分を減らすようなことになれば、二柱の女神とそのファミリアを敵に回すことにもなりかねない。

 

 彼女らは少なくとも表面上敵対しているからこそ、オラリオに存在するファミリアの力関係は均衡を保っているのである。まかり間違って二柱の女神ががっちり手を組み、そしてそれが長期間続くことになれば、他のほとんどのファミリアは追従を余儀なくされる。

 

 そんな力による平和な時代が来ないことを自分たちではない何かに祈りながら、神々は事の推移を静かに見守っていた。

 

 見守るだけで済まないのは、当事者たち。その中でも、事情を知っているが知らないふりをしなければならない面々である。ロキ・ファミリアで言えば最高幹部であるフィン、ガレス、リヴェリアがそれに当たる。ベルの安全は既に確保している以上、無事に『戦争遊戯』の当日を迎えることができればファミリアの勝利は確定するのだが、その間、神アポロンに逃げられる『万が一』を防ぐため、そして神フレイヤの謀によって、団員が窮地に立たされているという『事実』を前に、よりそれらしさを出す必要があった。

 

 アポロン・ファミリアを相手に、実力行使を行う。オラリオの民の間でそれは、既に確定事項となっていた。民の噂を本気にしたアポロンは籠城を決め込み、本拠地から一歩も出てこない始末である。当然、その本拠地はアポロン・ファミリアの全団員によって24時間体制で警備されていた。

 

 彼ら単体で用意できる中では、最も固い布陣であると言える。アポロン・ファミリアは中堅のファミリアであり、オラリオに存在するファミリアの中でも、それなりに規模が大きい部類に入るのだが、最大手の一つであるロキ・ファミリアが相手では、何の気休めにもならない。

 

 自分の眷属を信頼していない訳ではないが、ない袖は振れないのは神であろうと子供であろうと変わらない事実である。『神会』が終わると、アポロンはすぐにフレイヤへと使いを出していた。

 

 アポロン・ファミリアがフレイヤの意向を受けて動いたというのは、オラリオではもはや公然の秘密である。手足の如く誰かを動かしたのであれば、そのケツを持つのが筋というものだ。『神会』を終え、アポロンが自らの本拠地で籠城を決め込んだ後すぐに――実際には、ロキとの密談を終えた後に、フレイヤは自分の眷属をアポロン・ファミリア本拠地の周辺に配置した。

 

 公然の秘密が、事実に格上げされた瞬間である。オラリオの人々はフレイヤ・ファミリアが誇る一級冒険者たちの所在を確かめたが、誰一人として姿を捕捉されなかった。既にフレイヤの密命を受けて動いているのだ。まことしやかにそんな噂が囁かれるオラリオで、しかし、ロキ・ファミリアは大きな動きを見せないでいた。

 

 ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリア。

 

 総力戦をすればどちらのファミリアが勝つのか。冒険者と共にあり、ダンジョンが風景の一部と化した街で暮らす者ならば、一度は考えることだ。ファミリア間の私闘はギルドの規定により『戦争遊戯』などの特殊な場合を除いて禁止されている。個人間の喧嘩程度ならば個人同士の話で済むが、組織戦となるとそうもいかない。どういう経緯で始まったものであれ、ギルドからの制裁は個人ではなくファミリア全体に及ぶ。

 

 衆目に晒された戦いは如何に最大手のファミリアでも誤魔化すことはできない。ロキ・ファミリアの狙いがアポロンであり、そのアポロンが本拠地から動いていない現状、アポロン本神が宗旨替えをしない限り、現場の一つはアポロン・ファミリアの本拠地周辺にならざるを得ない。

 

 アポロンの籠城には、それでもやるのか、という彼の意図が隠れている。言わば衆人環視を盾にした、神にしては非常に格好悪いものであるが、それに対するロキの返答は一つと誰もが知っていた。

 

 それでもやるのだ。

 

 ロキというのはそういう神であり、多くの神も民もそれを望んでいる。衆人環視はむしろ、ロキにプラスに働いていた。攻撃側が乗り気である以上、私闘を回避する手段はない。アポロンは表面上は気丈に振る舞いながらも眠れない夜を過ごし、オラリオの住民たちは『戦争遊戯』前の戦いを今か今かと待ちわびた。

 

 そしてそれ以上に、フィンたちロキ・ファミリアの最高幹部は頭を悩ませていたのである。

 

 ファミリアとしての事情もあるが、ここまで雰囲気が盛り上がってしまった以上、私闘を回避することはできそうもない。私闘を行うことが確定している以上、彼らの命題は極限まで被害を少なくすることである。ロキ・ファミリアも規律は行き届いている。末端まで話を通すことができれば簡単なのだが、話がどこから漏れるか分からない以上、それも難しい。

 

 多くの団員には、事情を知らせずに行動させなければならない。

 

 不当な扱いを受け、理不尽な戦いを強いられているベルのために戦おうとしている団員たちは、義憤に燃えている。そんな彼らを抑えるのは困難を極めたが、抑えなければファミリアの金庫が吹っ飛ぶことになるのだ。難しかろうと不可能だろうと、やるしかないのである。

 

 ベルを守る。団の名誉も守る。更に団の金庫も守り、当然『戦争遊戯』にも勝利する。全てを同時に達成しなければならないのが、最高幹部の辛いところだった。おまけに作戦行動中は愚痴を言える者も皆無なのだから、フィンたちの心労は貯まる一方である。

 

 勝負は一度。そう言い聞かせているおかげで、団員の暴発は防げている。同様に敵対勢力への不必要な接触も避けるように厳命してある。フレイヤ・ファミリアもロキ・ファミリアと同様に一部に事情が知らされているはずだが、一般の団員へはこちらと同様の命令が下されている……はずである、とロキから聞いていた。

 

 団員同士の結束という点で、ロキの眷属は他の追随を許さないと言われているが、主神への忠誠という尺度では逆にフレイヤ・ファミリアがオラリオ一であると言われている。彼らにとってフレイヤの言葉は自らの命よりも重いのだ。

 

 決行当日までは、自制心との勝負である。

 

 全てが動きだしたのは、『戦争遊戯』の前日、日付が変わる二時間前のことだった。学区に集まっていたロキ・ファミリアの団員、通称リヴェリア班が移動を始めたのを見て、オラリオの住人たちはこれから何かが起こるのを察した。

 

 普段であれば街から人通りもなくなる時間であるが、明日は『戦争遊戯』の当日である。オラリオの街はこの時間にも関わらず賑わっており、通りにも大勢の人がいた。そんな通りを、ロキ・ファミリア副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴを中心に、武装した団員たちが行く。

 

 目指す先はアポロン・ファミリアの本拠地である。

 

 ちなみに本来、武装した冒険者が大勢で移動しているだけではオラリオの法やギルドの規定には抵触しない。冒険者は武装しているのが当然であるし、パーティを組むのもまた当然である。まして同じファミリアの団員で固まって移動しているだけなのだから、何を咎められることもない。

 

 平時であればその理屈は通ったのだろうが、『戦争遊戯』を翌日に控えたこの状況では、それも通らない。ましてロキ・ファミリアは当事ファミリアの片割れであり、対外的には不当な要求を押し付けられていた側である。

 

 大勢の団員が、アポロン・ファミリアの本拠地がある方角に移動している。それだけでギルドが動くには十分だった。学区を張らせていた職員から第一報が届くと、『戦争遊戯』のせいで夜通し通常営業を強いられていたギルドは即座に職員の派遣を決めた。同時に、冒険者たちにも協力依頼を出すが、この依頼で冒険者たちが動くことはなかった。

 

 普通に考えて、理があるのはロキ・ファミリアの方である。物騒な手段を用いようとしているとは言え、大体の冒険者は心情的にはロキ・ファミリアの味方だ。それを制圧するために力を貸せ、というギルドの言い分も解るしこの手のギルドの依頼は時間が経てばいずれ命令に変わる。抵抗したとしても時間稼ぎにしかならないのだが、それでも、心情的にロキ・ファミリアに寄っているほとんどの冒険者たちは動かなかった。

 

 加えて、あの日『神会』に参加したほとんどの神は、自分の眷属に余計なことに首を突っ込むなと厳命している。己が主神の意思を優先するのが眷属というものだが、全ての眷属がフレイヤ・ファミリアの眷属のように絶対的な忠誠心を持っている訳ではない。

 

 オラリオにおけるギルドの立ち位置を考えたら、ただの冒険者では断りきるのは難しい。最終的に自分の眷属がギルドの要請に屈して、ギルドの指示に従ったとしても、自分の眷属を責める神はいないはずだ。

 

 ギルドの職員も、冒険者たちがロキ・ファミリア寄りなことは良く理解していたし、最初の依頼で動くとは思ってなかった。ならばすぐにもっと強制力の高い命令を出す判断をすべきなのだろうが、ギルドの職員もそのほとんどが、ロキ・ファミリア寄りだった。

 

 仕事に私情を挟むべきではない。ロキ・ファミリアがやろうとしているのは私闘であり、民間人にも被害が出かねないものだ。加えて最悪の事態として、『神殺し』が起こることも考えられなくはない。いかに最大手ファミリアの片割れとは言え、その団員が神を殺したとなれば、主神であるロキ及び、眷属全てのオラリオの追放は免れない。

 

 三つに分かれた班の一つが動きだしたとなれば、もはや一刻の猶予もないのだ。オラリオの中でロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアが抗争を始めるというのもぞっとしない話であるが、ロキ・ファミリアのオラリオ追放に比べば損失は微々たるものである。

 

 心情的にも打算的にも、ギルドとしてはロキ・ファミリアに何かがあっては困るのだ。アポロン・ファミリアを守るため、というよりもオラリオとギルドの今後を守るために、それでも、最初の一報から十分に時間を取ってからギルドは再度冒険者に依頼を、今度は強制力を持つものを発行した。

 

 そこで冒険者たちはようやく腰を上げた。その一部を引き連れて、ギルドは職員一名をリヴェリア班の元へと派遣した。選ばれたのはエイナ・チュールである。ベルの担当官であり、リヴェリアとも懇意にしているハーフエルフである。個人的にロキ・ファミリア――引いてはベルとリヴェリアに近いため、私情を挟むのではという懸念がギルド上層部にはあったが、なるべくならば相性の良い者をぶつけたいというのが上層部の決定である。

 

 職員歴こそ短いエイナだが、今回の『戦争遊戯』の発端となったベルとロキ・ファミリア副団長であるリヴェリアと繋がりがあるという、リヴェリア班とこれ程の相性を持った職員は、ギルドには他に存在しない。それに残りのフィン班とガレス班は、かなりの高確率で乱闘が予想される上、ガレス班はまだダンジョンから出てきていないのだ。冒険者でないエイナを使うのは、ここしかないという訳である。

 

 エイナに同行するのは建前上荒事を鎮圧するための人員であるが、最大手ファミリア同士の対決にその辺の冒険者が太刀打ちできるはずもない。彼らに期待されているのは、エイナが両方のファミリアにギルドからの警告を無事に伝えられる様に計らうこと。それから周辺の住民及び街区への被害を極力抑えることである。

 

 制圧せよ、という無理難題に比べれば幾分気が楽であるが、それでも、二つの最強ファミリアと戦うことに変わりはない。加えて心情的に冒険者たちはロキ・ファミリアの味方であるのだから、いくらギルドからの命令であっても、現場に赴く足は重い。 

 

 足取りの重い冒険者を引き連れながら、エイナは考える。ロキ・ファミリアが何かをやる、ということはオラリオの全住民が予想しており、当然ギルドもマークしていた。私闘を始めても即座にギルドから警告が飛ぶということは、ロキにも解っていたはずである。

 

 警告が到達するまでの間に、様々な妨害行為があることは予想されている。そのための冒険者の雇用であるし、そのために余裕を幾分、時間的な余裕を持って警告を出すことを決定した。その間に、全てに決着を付ける算段があるのかもしれない。ロキ・ファミリアとアポロン・ファミリアのみで話が完結するならそれも現実味があったがフレイヤ・ファミリアがアポロン・ファミリアの救援に動いているというのは、もはや公然の事実である。

 

 その事実は、ロキ・ファミリアも掴んでいるはずで、それでも尚実行に移したということは、やはりロキは相当に本気なのだろう。ベルのためにファミリア全体が、ギルドからの制裁も恐れずに立ち上がっている。エイナ個人的にはそれをとても嬉しく思うが、現状はロキ・ファミリアに決して芳しいものではない。

 

 今から全ての事柄がロキ・ファミリアに対して良い方向に転がったとしても、『戦争遊戯』開始までの大逆転は厳しいものとなっている。フレイヤ・ファミリアの睨みによって、他のファミリアからの救援に望みが持てない以上、ベルを守るためには『戦争遊戯』そのものを回避するしかない。

 

 そして、『神会』での多数派をフレイヤが握っている以上、残る手段はただ一つ。現在、ロキが取っている強硬手段。神アポロンの排除である。オラリオから叩きだす程度ならばまだ良いが、より直接的な手段を取るとなると、ギルドとしては黙っている訳にはいかなくなる。

 

 最悪、このまま『戦争遊戯』が成立してベルが敗北しても、彼が移籍するだけで話は片付く。最も穏便に、最もオラリオに被害の少ない手段を取るならば、『戦争遊戯』での敗北を受け入れ、その後改めてアポロンに報復するという手段を取るべきだった。

 

 現状フレイヤに『神会』の主導権を握られているというが、それもいつまでも続くはずもない。ファミリアの規模はロキも同等なのだ。自分の気に入った子供に対して、フレイヤは偏執狂的な拘りを見せる。他のファミリアから子供を引き抜き、トラブルを起こすという点で、アポロンと一致している。アポロンとフレイヤが手を握ったのもその辺に事情があるのかと思ったが、一連の事件でフレイヤが興味を持つ相手と言えば、ベルくらいしか存在しない。

 

 そして、そのベルはアポロンが自ら『戦争遊戯』の賞品としてしまった。フレイヤの目的がベルなのであればこの戦に彼女が協力する意味はない。むしろ、アポロンは忌むべき敵であるとさえ言える。そう考えると、アポロンとフレイヤの共闘にも、ロキ・ファミリアの動きにも微妙に不自然なところが見えてくる。

 

 ロキ・ファミリアにとって不利なこの状況が、実は有利に働いている結果だとしたら。自らの予想に、エイナは深く溜息を漏らした、そうなってはギルドの動きは、自分の働きは全くの茶番である。そこまで悪趣味なことをやる奴がいるのかと考えたものの、それにもすぐに結論が出てしまった。

 

 神ならやるだろう。あの連中はとにかく自由だ。自らの快楽のため、退屈を紛らわせるためならばあらゆることを平気でやる。

 

 目の前で、馬車の荷台が吹っ飛んだ。すわ襲撃かと冒険者たちが身構えるが、いくら待っても続くものがない。エイナにも冒険者たちにも、全く被害はなかった。

 

 土煙が晴れると、そこに広がっていたのは路地を埋め尽くすほどのガレキの山である。馬車に積載されていたものだけではここまでにはなるまい。両側の建物から重量物を好き放題落としてやったら、ちょうどこれくらいの山になるのではないか、という規模である。溜息と共にエイナは両側の建物に視線をやったが、既にそこに人影はない。遅延が目的ならば、自分の前に現れるのは最後の手段だろう。

 

 勧告をしにいくギルドの職員を、当該ファミリアの団員が妨害したとなれば、その時点で処罰は免れない。ロキ・ファミリアは今、そういう次元で話をしているのではないだろうが、この差し迫った状況で行動を制限されるというのは避けたいはずだ。

 

 現場に向かおうとする限り、こういう妨害が続くのだろう。職員に危害を加える意図がないのは見える。それは彼らなりの配慮なのだろうが、実力行使に出ている以上、不慮の事故というのはどうしても起こるものだ。

 

 大怪我の可能性を前に、エイナは益々気分が陰鬱になっていく。ギルド職員としての使命感のみで動いているエイナだったが、どうして危険を冒してまでリヴェリアの邪魔をしているのかと疑問が脳内で渦巻き始める。できることならば今すぐ仕事を放棄してやりたいが、生来の生真面目さがエイナを突き動かしていた。

 

 とはいえ、リヴェリア様の邪魔をしたとか後でお母さんに怒られないかなとか、ベル君に嫌な顔されたりしないかな、そんなことするお姉ちゃん嫌いとか妹に言われたりしないかな、と考えてるとまた憂鬱になってくる。ダメだ堂々巡りだと気付いたエイナは、力を込めて両頬を叩いた。人気のギルド受付嬢の行動に、同行した冒険者たちがぎょっとするが、気合いを入れ直したエイナは力強く彼らに先を促した。

 

 

「迂回しましょう。怪我なんてしないよう、できるだけ丁寧に進みます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は戻ってリヴェリア班である。ギルドの職員が追い付くまでが勝負だと、急ぎ足で歩く集団はオラリオの街でも目立っていた。物々しい気配を察知した人々は、何を言われるまでもなくリヴェリアたちに道を開けていく。

無人の荒野を行くが如くであるが、それでも時間は足りていない。

 

 遅延行為を行う人員は配置しているが、それでも職員が到着するまでに稼げる時間は30分が限度だろう。建前上はそれまでに『結果』を出す必要があるが、私闘がギルド職員の見ていないところで行われていれば、その限りではない。

 

 加えて、公正を期すという名目で今回、当事ファミリアの主神の身柄は日付が変わった段階で『神会』へと移される。ギルド以外にも、タイムリミットがあるのだ。ヤるならばそれまでにヤらなければならない。事情を知らない団員たちもそれは理解しているから、特にティオナとレフィーヤは、鬼気迫った表情をしている。

 

 よくここまで持ったものであると、リヴェリアは感心していた。二人でも突撃するのではないかという危惧があったが、今日この日まで二人はちゃんと自分の言葉を信じ待っていてくれた。今なお騙していることを考えると申し訳ない気持ちで一杯になるが、それもこれもベルとファミリアのためだ。

 

 多くの団員からしばらく恨まれることを覚悟し、リヴェリアは足を速めていく。『学区』から分散してスタートし、アポロン・ファミリア本拠地周辺で再集合。そこから全員で通りを歩いて、本拠地へと向かう。先頭を行くのはリヴェリア・リヨス・アールヴ。ロキ・ファミリアの誇るレベル6の冒険者であり、『九魔姫』の異名を取る第一級冒険者である。オラリオに住むエルフの頂点に立つ高貴な血筋である彼女には、同様に、エルフに連なる冒険者たちが純血も混血もなく続いている。

 

 本拠地が見えてきた頃、通りを塞ぐようにして集団があった。人数はリヴェリア班と同規模であり、エルフに連なる者ばかり、というところまで共通していた。彼らの何があっても通さないという雰囲気に、リヴェリア班のメンバーにも緊張が走る。

 

 やがて、各々の顔が解るくらいの距離まできて、先頭を行くリヴェリアは足を止めた。集団から更に一歩前に出たリヴェリアを見て、対顔の集団からも一人のエルフが歩み出てくる。

 

 金髪に青い目。人間の思い描く、いかにもエルフという風貌をした優男は、リヴェリアを前に恭しく一礼した。

 

「お久しぶりでございます。フレイヤ・ファミリアのヘディンにございます」

 

 フレイヤを至上とするフレイヤ・ファミリアの団員たちが、神以外に頭を下げるということは基本的にない。それだけ、彼らの中でフレイヤの占める割合が大きいということでもあるのだが、ファミリアを代表する高位冒険者であるところのヘディンは、リヴェリアに頭を下げるのに何ら躊躇いを見せなかった。

 

 それだけ、エルフに連なるものにとって、リヴェリアというのは特別な立場にいるのである。見れば居並ぶフレイヤ・ファミリアの団員たちも、一様に緊張していた。それだけに、彼らがかなりの決意を持ってここに立っていることが見て取れる。エルフというのは数ある亜人の中でも、縦の繋がりが強いことで有名なのだ。

 

 自分一人のことで一族全てに被害が及ぶかもしれない。エルフに連なる者にとって、リヴェリアに何かをするというのはそういうことだ。縦の繋がりが強いとは言え、横の繋がりが薄い訳ではない。如何にフレイヤ・ファミリアに所属している冒険者とは言え、その全てが家族と縁を切った訳ではない。

 

 とは言え、彼らは女神の命を受けてここに立っている。それでもやるとなれば、やるのだろう。悲壮な顔をしている彼らを前に、冒険者として雌雄を決するのも悪くないと思うリヴェリアだったが、ファミリアの副団長としてはファミリアの利益を考えねばならない。眼前に立つヘディンの目を真っ直ぐ見据え、リヴェリアは用意していた言葉を口にする。

 

「我ら、義を通すために武器を取った。歩みを阻むとあれば、誰であろうとこれを蹴散らす覚悟である。見たところ、お前たちは皆エルフに連なる者のようだ。刃を交えるのは忍びない。もし、我らの義に少しでも共感するところあれば、道を開けよ。これは、道化師の紋章にかけた、我らの戦いである」

「貴女様を足止めせよ。主命なれば、ここをお通しすることはできませぬ。どうしてもここを通ると仰せであれば、我らも倒してからお通りくださいませ」

 

 予想していた言葉である。戦うならば受けて立つ。なるほど、オラリオの住民が思い描いた、最強ファミリアが激突する図、というのはこういう口上から始まるのだろう、とリヴェリアでも想像ができる。それだけに些か陳腐な言い回しな気がしないでもないが、そこに思い至っているのは全ての事情を知っているリヴェリアとヘディンのみである。

 

 その二人以外には一触即発の気配が漂うが、ここで激突してしまっては大損だし、何よりリヴェリアに割り当てられた役割を果たせなくなる。頼むぞ、という思いを込めて、リヴェリアは更に用意していた言葉を口にする。

 

「蹴散らすといった。如何にお前たちがエルフの血族であれそれは変わらぬが、覚悟を持った精鋭であることは見て取れる。遠き我が同胞よ。その決意に敬意を表して、私を含め、エルフの血族は全てここで足を止めよう。その代わりと言っては何だが、私の意向を汲んではもらえぬだろうか?」

「これが血族の問題なれば、そうでない者の行動に私は関知致しませぬ。主命は果たした。かの神への義理も果たした。であるならば、我々が貴女様に刃を向ける理由はございませぬ」

 

 昔言葉で持って回った言い回しをしているが、要するに『エルフ関係の者全員がこの場に留まるならば、自分たちは今後、そっちの争いには関知しない』とヘディンは言っているのだ。彼らが受けた命令は『リヴェリアを足止めせよ』という中途半端なものである。彼女に加えてエルフに連なる者が全て足を止めるというのであれば、無理に刃を振るう理由はない。

 

 リヴェリアからしても、これは予想通りの提案である。フレイヤ・ファミリアでも、アポロンのために損をしたくないと考えているのは明らかだ。ともに自分たちの利益を考えているのであれば、落としどころも見えてくる。ヘディンの言葉に、ふむ、とリヴェリアは考えるふりをした。

 

 実際、割の良い提案ではあるのだろう。血族全員をこの場に留め置くだけで、フレイヤ・ファミリアの精鋭とことを構えなくても済むのである。今、ロキ・ファミリアに最も必要とされているのは時間だ。ここでこれを節約できるならば、ヘディンの提案に飛びつかない理由はない。

 

 問題は大きく戦力が低下することである。リヴェリアは意図的にエルフとそれに連なる種族の団員を集めている。右を見ても左を見てもエルフの関係者ばかりであるが、全員ではない。この時のために連れてきた団員が二人いた。

 

「アイズ、ティオナ。行け。この班で、我々の中でエルフの血を引いていないと見た目から判断できるのはお前たちだけだ」

 

 リヴェリアの言葉を受けて、ティオナとアイズは無言で走り出した。時間がないことは2人とも承知している。ここで相対している内に、ギルドの職員はこちらに向かっているだろう。勧告を出されたら――出されても闘う腹積もりではあるが、実際に出るのと出ていないのとでは何もかもが異なる。

 

 事情を知らない者たちにとっては、そこが第一のレッドラインだ。それよりも前に、全ての事を成さなければならない。神すら殺す覚悟で集まった面々である。リヴェリアの指示とは言え、自分たちが戦いに加われないことに不満を覚えないでもなかったが、なるべくであれば血族と戦いたくはない、というのはロキ・ファミリアの面々とて同じだった。胸の中では不満が燻っている反面、安堵の溜息も漏らしている。

 

 そして、その安堵っぷりではフレイヤ・ファミリアの団員の方が一入だった。主命である。神フレイヤがやれと言えば彼ら彼女らは何でもするが、できればやりたくないこと、というのは存在する。エルフの血族である団員にとっては、リヴェリアに刃を向けるというのはそれだった。

 

 全ての血族を集めて、リヴェリアの前に立つ。いざとなれば闘う覚悟ではあったが、リヴェリアならば両方の戦力をここで遊ばせておく道を選ぶ――はずであると仲間を説得することには、些か骨が折れた。フレイヤ・ファミリアでは事情を知っているのはオッタルを始めとしたレベル6以上の団員と、ガリバー兄弟のみである。

 

 リヴェリアがおそらく戦いを選ばないと見通しが立っていたのは、大幹部だけだった。事情を知らない面々は、本気でリヴェリアと戦われなければならないというプレッシャーの下、この場に立っていたのである。他の神への義理立てのために、どうしてここまでしなければ……くたばれ神アポロン。それがこの場に集まったフレイヤの眷属の共通の思いだった。

 

 ともあれ戦闘が回避されたことで、両ファミリアの団員たちの緊張感が弱まる。それでも臨戦態勢には違いないが、お互いのリーダーが己が主神の名に懸けて行った停戦である。これを勝手に破ることは神の名前に泥を塗るに等しく、また『あの』リヴェリアが関与した停戦であるため、この場にいるエルフの関係者にとっては二重に破れないものとなっていた。

 

「お互い苦労をするな……」

「勿体ないお言葉です」

 

 ヘディンは慇懃に頭を下げる。その顔には緊張が見えた。腕の立つ彼はレベル6とオラリオの冒険者の中でも一握りの実力者であり、最大手ファミリアの一つであるフレイヤ・ファミリアの大幹部の一人であるが、エルフの血筋としては平凡も良いところである。本来であればリヴェリアとは会話どころか姿を見ることもできない立場であるのだが、それを自覚しているエルフは、主命を果たして気が抜けたからか、普通のエルフの感性を取り戻し緊張でガチガチになっていた。

 

 そんなレベル6の冒険者に苦笑を漏らしつつ、努めて何でもないように振る舞いながら、リヴェリアは話を続けた。

 

「我らはあの二人を出した訳だが、そちらの配置はどうなっている?」

「アレン・フローメルと、ヘグニを配置しました。ギルドが来るまでの時間であれば、良い勝負をすることでしょう。ヘグニなど、武者働きをしようと勢いこんでおりました」

 

 後々のためにも、どちらかが一方的に負けるという展開は好ましくない。同じレベル6であるアイズとアレンは拮抗した勝負をするだろう。冒険者歴ではアレンの方が長いが、冒険者としての勢いはアイズに分がある。激しくやるなとフレイヤ本神から念を押されているからアレンはそれを忠実に実行するだろうが、事情を知らないアイズの方は本気で向かってくる。

 

 手加減をして勝てるような相手ではないが、主命は絶対だ。その上、後々のことを考えれば一方的な展開になることも避けなければならない。今回、最も調整に苦慮しているのは、もしかしたら彼かもしれない。反面、もう一方のティオナとヘグニの戦いは、レベルに一つの差があるため、ヘグニの方に分がある。

 

 オラリオではダークエルフもエルフの一種族として扱われている。作戦上仕方のないこととは言え、エルフに連なるものを集めた集団から、一人外されてしまったヘグニの疎外感は察するに余りあった。全身全霊をかけて、程良い手加減をしてくれるのだろう。

 

 それを怒り狂ったアマゾネスを相手にしてくれるのだから、リヴェリアとしても頭の下がる思いである。

 

 これから怪我をするだろうアイズとティオナ以外には、傷一つついていない。フレイヤ・ファミリアの顔も立てることができた。後は程よい時間にギルドの職員がやってきて、戦いを仲裁してくれれば全てが終わる。後は勝敗の決まった戦いの終わりを固唾をのんで見守るだけだ。

 

「そちらは良いな。事情を伝える時も、気は楽だろう」

「全ては我らが女神のおぼしめしである。そう言えば大抵のことは納得しますので」

 

 縦の繋がりの方が強いか、横の繋がりの方が強いかの違いである。ロキ・ファミリアに不満を持ったことはここ最近ではないが、こういう時はフレイヤ・ファミリアを羨ましく思うリヴェリアだった。

 

 

 

 

 




リヴェリア班で一番悔しい思いをしたのは、待機組の中に組み込まれてしまったレフィーヤでした……

次回、フィン班とガレス班回。

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